俺が一方的に見つけて相手側はまだ気づいてはいないが、多分、いや絶対雪ノ下先輩だろう。
私服姿と、その二つに分けて結わえた髪が学校では見られない新鮮味を感じさせる。
まぁあの容姿なだけあって、結構注目を集めている。
しかし、相も変わらず周りの視線など目もくれずパンフとにらめっこした姿で何かを探していた。
あの人何やってんの? この歳で老眼なのかな?
何度となくパンフレットとあたりの状況を照らし合わせ、多分行きたいブースを探しているのだろう、そして意を決した様にパンフレットを閉じて壁に向かって歩き始めた。
「雪ノ下先輩……そこ壁しかないっすよ」
さすがにちょっと可哀想になり声をかけた。
すると物凄い形相で睨まれる。昔同じ様な事があったな。昔鉛筆忘れた奴に親切心で貸し出そうとすると『比企谷菌うつるからいらねぇよ。あったくやーバトエン貸して!』って言われたの思い出す。くっそ近藤め……
雪ノ下先輩は視界にいるのが俺だとわかると短いため息をしてからこちらへと歩いてきた。
「この会場は希少生物も取り扱っているのね」
「人間の総人口は70億人超えてるみたいっすよ。全然希少性もへったくれもないのではないですかね?」
「人混みを好きそうに見えないあなたがここに居るのは珍しいって言ってるのよ」
「仰るとおりなんですけれどね」
そりゃ俺がひとりで会場をうろちょろしていたらそりゃおかしいと思われるわな。
俺だって休日の1日を家の中でゴロゴロと怠惰に過ごしたいわ。しかしまだ小町と一色が会場に残っているから先に帰ると怒られそうだからいるだけだ。
「それで? なんで壁に向かって歩き始めてたんですか?」
「……迷ったのよ」
雪ノ下先輩は苦虫をかみつぶしたような表情でそれを語る。
その親の敵ともとれる視線は再び開かれたパンフレットに注がれた。
「えっと……ここそんなに広くないっすよ?」
方向オンチさんなのかな? どうやら完璧超人と思っていた雪ノ下先輩にも少し弱点があったようだ。
まぁ、同じ面積に区画整備された一帯が続く施設がある場合、確かにどこに居るかわからなくなる。
地図が役に立たないことだってあるのだ。しかし技術革新の進歩はすさまじく、そう言うときのためのスマホの地図アプリがあるのだが、雪ノ下先輩は今は珍しきアナログ派らしい。ちなみにそんな地図アプリを使用しても俺は新宿で彷徨う羽目になった。
「それにしても、どうしたんですかこんなところで? 何か見に来たんですかね?」
「まぁ……その……いろいろと」
うん、ネコだな。確実にネコだな。パンフにめっちゃデカい丸付けてるし。自分で書いたのかネコの絵も添えてるし。
俺の視線に気づいたのか雪ノ下先輩はゆっくりとパンフレットを折りたたんだ。
「ひ、ひきがあ……んんっ、比企谷君はどうしてここに?」
滅茶苦茶動揺してんじゃないですか。珍しい光景なのでおちょくりたい気持ちではあるが、あとで何されるかわからないのでここはスルーする事にしよう。
「いや、妹と一色と来てまして」
「……妹さんならまだしも何故そこに一色さんも混ざってるのかしら?」
「俺が聞きたいです。妹ときたらすでにいたんすよ」
「順調に囲われているわね」
「ん? なんの話ですか?」
雪ノ下先輩が何を言っているのかさっぱりわからん。
「……いいわ。なんでもない」
「そっすか」
「えぇ、それじゃあ」
「うっすまた学校で」
そう言って俺と雪ノ下先輩は別れの言葉を口にし、別れることとなった。
この狭い会場で何度も遭遇すると非常に気まずいので、それを避けるべく俺は会場近くのバーキンへと退避することとした。
***
ハンバーガーはなんて素晴らしい食べ物だろうか。
この丸みを帯びた形状もさることながらこの片手で持てる小さな形状に様々な食材がまとめられている。
緑、赤、クリームと色彩豊かに彩られたそれは俺の視覚情報から脳へとうま味を伝達し、すでに俺の舌にはハンバーガーのうま味が存在した。それにより唾液分泌を促進させる。
そんな芸当ができるハンバーガーはもう芸術とでもいって良いのではないだろうか。
俺はそっと目に刺さる赤い奴を紙ナプキンで包み存在を無かったことにし、ハンバーガーを食す。
パティを噛みきる断面から肉汁がたっぷりあふれ出してくる。
その肉汁を受け止めるレタスそしてバンズに肉汁が染みわたり、あらたな味、食感を俺に発見させてくれる。
さらにマヨネーズがいいアクセントだ。これがあるとまたまろやかな味とスパイスのコラボで先にマヨネーズの味がし、それを追ってくるかのようにスパイスと肉の味が俺の舌を刺激する。飲み込むのがもったいないくらいだ。
あぁ……至福の時だ。
「いたいたー! せんぱーい!」
一色ちゃん? ちょっとまって、ここ店内だからね? 大声あげるとこじゃ無いからね?
驚きすぎてハンバーガー吹き出しそうになっただろうが。
「一色、お前うるせぇ。他の人の視線が俺に釘付けになってるだろうが」
「えっ……せんぱいなんですかその俺実は注目される奴なんだぜってアピール……いらないんですけれど」
お前のせいでこうなってるんだが……
「んなことはいいわ。小町はどうした?」
「小町ちゃんなら先に帰りましたよ? あれ? 連絡入れてませんでした?」
おもむろに携帯を出すと着信メールが来ていた。
あまりにも誰からもメールが来ないし密林とDMくらいしか来なかったから着信通知自体をオフっていたのが悪かったな。
--あとはお若いお二人でどうぞ! --
小町ちゃん? あなたも十分お若いわよ?
「せんぱい。やっぱりトマト嫌いなんですね〜」
自身の水分で紙ナプキンを透けさせた自己主張の激しい赤い奴を見ながら一色が言う。
「あぁ、まぁな」
……
あれ? なんか言葉のキャッチボールで俺が大暴投した空気流れちゃってんだけれど何これ?
「せんぱい、そんな事より知ってます?」
俺の返事が無かったことにされたんだけどどうすんのよこれ。
「なにがだよ」
「6月18日って結衣先輩の誕生日なんですよ」
「あぁ、だからどうした?」
……
あれまた?
「せんぱいの思考に誕生日なんだからお祝いしてあげようって気持ちはないんですかね?」
あ〜、なるほどな。同じ部活のメンツともなると誕生日を祝うのか。
誕生会呼ばれたと思って行ったら『誰だよあいつ呼んだ奴……』って主賓が言っていたのを耳にしてから、誰の誕生日にも参加しなくなったからわからんかったわ。
「あぁ、全然あるぞ? ただ俺がなんか渡しても迷惑がられるだけだろ」
「そんな事ありませんよ。誕生日を祝って貰えたらそれだけで嬉しいですから」
「……そうか」
それを体験していないからそんなことが言えるのだ。いや、これは俺のエゴだ……ただこいつの人生はそういう体験とは無縁の世界で生きてきたのだからしょうが無い。
その体験をしてから幸せを語れとか押しつけがましいにも程がある。
「だって、私……せんぱいからプレゼント貰ってすごく嬉しかったんですからねっ!」
そう言ってトートバッグから見覚えのある髪留めを出した。それは俺と一色が実験の時に渡した一色への誕生日プレゼントだ。
「んだよ。まだ持ってたんかよそれ」
「だって嬉しいじゃないですか」
んだよ。ちょっとだけ可愛く思えるじゃねぇか。
「えっ……ちょっ……せんぱい??」
いつのまにやら一色の頭を撫でていたようだ。
こいつは本当にお兄ちゃんスキルを強制発動させるのがうまい。
だから小町ともうまくやれているのだろう。
「せ、せんぱい……あの……その……ちょっと……ひとが……見てるんですが……」
あっ。そういえば店内だって事を忘れてた。
そっと耳を澄ませば『俺に全てのカップルを別れさせる程度の能力があれば……』等と聞こえてくる。
すさまじい怨念を感じるカントゥリーロー
そんな事よりもなんだろうか、一色が気持ちよさそうに俺の手にんっんっと頭を当て撫でる事を要求してくる。
なんだこいつ? 親の愛でも足りてなかったのか? なるほど、だからほかの野郎に手を出しまくってるわけか。
「おぃ、一色。そろそろ出るぞ。流石に人目につきすぎる」
「ふぇ?」
なんちゅー声出してんだよ。やめろよ知り合いに見られたら誤解されるだろうが。
一瞬の間がありッハっと我に返った一色が顔を真っ赤にして挙動不審な動きをする。
「あっ、そそそそそそうですね!! それじゃあっち行きましょう! ジャスコ!」
テンパりすぎて昔の呼び方だしちゃったよ。まぁ俺もその呼び名嫌いじゃない。
「そうだな。ジャスコ行くか」
「ちょっせっせんぱい。今のはちょっと間違いでして……」
「そうか? 俺は嫌いじゃ無いぞ? ジャスコ」
「そ、そうですか……ななら行きましょう! ジャスコ!」
「一色。大声出すな。それは恥ずかしい……」
***
「せんぱい。こんなのとかどうですか?」
そう言って見せる可愛らしいブックカバー。一色、祝ってあげる気持ちはすごく伝わるがあいつが本を読むと言う思考はどこから生まれたのかそれを問いただしたい。
「一色よ、そもそも由比ヶ浜が本を読むと思うか?」
「うっ……た、確かに」
「だろ? ならもう少し偏差値低めのものをあげた方が喜ばれると思うぞ」
「せんぱいそれは言い過ぎです〜。結衣先輩だってすごいんですからねっ!」
「ほぅ……何がすごいんだ?」
「えーっとあれ〜……なんて言ったっけ? …………料理とか」
しどろもどろになりながら由比ヶ浜の良い所を絞りだそうとしている。
何というか……けなげだな。一色よ、そこまでお前由比ヶ浜と仲よかったっけ?
「確かにすごいがすごいのベクトルが間違ってるだろ」
「でも、お菓子作りの時に結構興味を持ったみたいですよ! これからと言うわけでエプロンにして見ませんか?」
幾多もの死人が出るぞ。それでも良いのか?
「まぁ良いけれどな」
「それじゃそのお店に行ってみましょう。実は近くにあるんですよね〜」
そう言って一色は嬉しそうにその店へと案内してくれた。
「どうですかね? これとか?」
「あ〜、いいんじゃね? 犬の絵柄とかあいつっぽいし」
紺色のエプロンに刺繍で犬の絵柄が施されたエプロンを一色が取り出してきたので、これはこれであいつに似合っていると思った。
多分これでプレゼントは終わりだろと思って適当に店内を見回っているとまた一色から声がかかる
「せんぱ〜い。こんなのとかどうですかね?」
振り向くとエプロン姿の一色が視界に入る。
パステルカラーのイエローと少しだけフリルの入ったエプロンは女の子らしさを感じさせる。
「まぁ……いいんじゃねぇか?」
「よし、これで決まりですね」
そういって一色はレジへと並んでいった。結構行列が出来ていたので会計には時間が少しかかりそうだ。
そんな事よりも一色ちゃん? 最近俺の一言で物買うようになっているけれど根底から間違っているから辞めた方がいいよ?
俺は店の外で一色を待つことにした。
すると見覚えのあるあのツインテールが威風堂堂と歩いているでは無いか。
知り合いと間違われないように存在感を消そうと努力するも、どうやら俺の居る店が目的地だったらしく無念にも発見された。
野生で自由気ままに生きていたポケモンがモンスターボールに囚われる気持ちがよくわかった。