「せーんぱい。食べましたね」
きゅるるんるんとやけに仕上げた作り笑顔で俺の顔をのぞき込む一色
だーっ。面倒くせぇ、からあげ一個にどんな付加価値付けようとしてんだよこいつは……
「からあげ一個でどんだけ恩きせようとしてんだよ」
「そんな事は無いですよ〜。明日ですね、ちょっと一緒に映画にでも行きませんか?」
「はっ? やめとくわ。金も無くなるし面倒くせぇ。ってかお前と行く奴なら腐るほどいるだろが」
「まぁ、断られることは知ってますけれどね。せんぱい、1人では絶対に見に行かないけれど、誰かと行くならばまぁ最後にくだらないネタにはなるから見るみたいな映画を見に行きませんか?」
「いや、そもそも俺、そんな一緒に映画とか行ったことねえし」
行ったとしても小町とだけだ
「……聞いた私がバカでした。そうですねせんぱいはそうでしたね。でも私とは前に行きましたよねっ!」
「まぁ、そうだが……」
あの時は色々と制限があったからな。ラーメンやら迷宮やら。
「今回の映画はじゃーん! タダ券です!」
「また、用意周到な」
「ちなみにタイトルはいかにもB級映画! その名も」
「その名も?」
「サメの名は」
「……」
やべぇ、すげぇ気になる。この堂々と有名所のタイトルをパクってきました感はアニマルプロレスビデオに通ずる物があるな。
「たしかに気になるが、これ俺じゃなくても良いだろ。誰でも気になるぞ。それ」
そう言うと一色はぷくーっと頬を膨らませ上目遣いで俺を見る。
「も〜、私はせんぱいと行きたいんです〜」
「んだよ、その後に飯でも奢ってもらおうっていう魂胆だろ」
タダより高い物はないって話だ。いきなりタダ券くれるって言うと疑り深く裏を探らんと後で何をされるか分からん。
特に一色の場合、俺はその術中に幾度となくはまってきたからな。段々とやり口が分かってきた。
「せんぱい、もしかして口説いています? 映画見るだけって話なのにちゃっかりその後のご飯まで予定しているとかせんぱいにしてはよく考えましたね。もしかして案外楽しみだったりしてます? 私気軽に行くはずだったのですが気合い入れないといけなくなりましたね。集合時間少し遅めにしますね、ごめんなさい。」
ちげーよ。お前と一緒に行くと大体そのパターンだろうが。
「なんでもう行くって話になってんだよ。俺行かねぇぞ」
「もうからあげ食べた時点でせんぱいに拒否権は無いですよ」
「だからどんだけからあげに付加価値付けてんだよ……ぼったくりだろ……」
「せんぱいが素直に頷けばこの手段を使わずに済んだんですよ」
「お前はどこぞの詐欺師かな?」
「さて、決まったことですし、ほらせんぱい。からあげどうぞ〜」
面倒くせぇ……。ドタキャンしたら多分小町経由でなんか言われそうだし。素直に行くしかないか……
「はぁ……分かったから食えるだけ食って良いよな」
「はいっ」
そう言って満面に笑で俺にからあげを差し出す一色にまぁいいかと俺の中で結論を出し、俺はからあげを口に運ぶのだった。
***
俺はいつも通り奉仕部の部室へ向かい、扉に手を駆けたが俺の予想と反し、扉が横にスライドすることが無くガタッとつっかかった音を立てた。
珍しく鍵がかかっていた。雪ノ下先輩が来ていないのだろうか?
するとすぐに俺の携帯が鳴った。
差出人は雪ノ下先輩だ。
--比企谷くんごめんなさい。由比ヶ浜さんと一緒に向かってる途中で依頼が来たのでそちらを終わらせてから来るわ。職員室に部室の鍵があるから取ってきてもらってもよいかしら--
珍しいな。奉仕部が一時期名を知らしめた時くらいしかそう言った事は起きなかったんだがまだ名残があるのか。
俺はそんな事を考えつつ職員室へはいる。
梅雨のじめっとした不快指数の高い空気が一掃されるかのように空調の効いた部屋で近くに来た教師に内容を伝え部室の鍵を貰う。
そして名残惜しそうに職員室を去ろうとした時に声を掛けられた。
「おぉ、比企谷じゃないか」
そう言って俺に声を掛けるのは平塚先生だ。
「平塚先生じゃないですか。ちゃんと仕事してますか?」
「君は私の上司かなにかか? 生徒に心配される程素行不良な面を見せたことはないのだがな」
「そうですね。とりあえず何か話題をって思ったら出てきたんですよ」
「比企谷ぁ……教師相手にとりあえず何か話題ってそんなに人と話す話題というものは君の中では枯渇しているのか?」
「いえ、考えるのが面倒なだけですよ」
「そうか。なら少し付き合え」
そう言って職員室奥にあるパーティションで区切られた部屋へ案内される。
平塚先生は冷蔵庫からマッ缶を取り出し俺に差し出す
キンッキンに冷えているマッ缶、これは最高の状態じゃないか。
「すまんが、いいか?」
そう言って俺の目の前で煙草を取り出し見せてくる
「だめですよ」
「まえは良いって言っただろうが」
「最近は煙草駄目ってニュースでやってるじゃないですか。禁煙しても良いんじゃないですか?」
「禁煙は幾度となくやってるのだがな。やはり私では無理そうだと諦めている」
「禁煙すると結婚できると思いますよ」
「おい比企谷。それ以上話すと私の抹殺のラストブリットが飛んでくるぞ」
「スクライドとはまた古いっすね。ファーストもセカンドもぶっ飛ばしていきなりラストってあたりが緊迫感ありまよね」
婚期のラストブリットってな。ヤバいちょっと面白い。絶対口に出せないけれど。
「……その話についていけるお前もなかなかだが。私をあざ笑うかのような考えを巡らせてなかったか?」
最近女性全員は男性に無い何か特殊能力的な物を有していて秘匿する義務を国から与えられているのでは無いかという陰謀論が俺の中でどんどん開花して言っているんだが。マジでなんで俺の心の中を読めるの?
「そんなことは無いっすよ」
「そうか、ならいい」
よかった、なんか具体的にとか言われていたら回答次第で転生のアンコールブリットが飛んで来そうな予感がした。
そう言って平塚先生はそのまま煙草をくわえ火を付ける。
「比企谷、それよりな」
平塚先生は煙を吐き俺に問いかける。
「君は一色と随分仲が良いようだな? 付き合っているのか?」
この人は何を言っているんだろうか?
「っは?? そんな訳ないじゃないですか。そこまで仲は良くないと思いますよ」
「そうか、1年生の中でかなり噂になっていてな私の耳にも入ってくる位だ」
噂? また誰かがSNSで情報流したとかそんなところか?
「またSNSとかですか?」
「いやそうでない。私から見てもそうなんだ。お前達は」
「ん? どういうことですか」
「比企谷、最近お前の近くには一色しかいない」
そういえば最近あいついつも近くにいるよな。
ただそれだけだったら仲が良いだけって話になるだろ。何周りが先走り過ぎだろ。
「別にそれだけだったらただ仲が良いだけとかって話ですよ」
「その仲がいいもお前は否定したんだが……」
ぐっそうだった。
「そ、そんな事よりも噂って具体的にどんな内容なんですか?」
「内容としては、購買裏で2人弁当食べていたり、ファミレスに2人でいたり、休日2人で買いものしていたりと噂が流れているがこれは事実か?」
「ノーコメントで」
……全て事実だから困る。壁に耳あり障子に目ありとはこの事だなと思った。
「まぁいい。交際することに関しては私から言う事は無いが、節度をわきまえるよう頼むぞ」
「はぁ……」
職員室の扉が開く音がして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「しつれーしまーす」
由比ヶ浜だ。
パーティションの影から見たら雪ノ下もついてきていた。
そんな俺と由比ヶ浜の目が合う。
とっさに隠れたが時既に遅かった。
「あ〜っ!? ヒッキーこんな所にいた〜!」
ちょっと由比ヶ浜、職員室なの。大声で俺の名前呼ばないでもらって良いですかね?
「由比ヶ浜さん、ここは職員室よ。そんな大声あげては駄目」
「あっ……ごめんゆきのん」
そう言ってシュンと縮こまる由比ヶ浜。
「いいのよ、次から気をつけましょう」
なんだ、職員室に入ってきていきなり百合百合オーラ満開にさせんなよ。
「そんな事より比企谷くん。鍵を開けておくようにと言っておいたのだけれど。あなたはそんな簡単なことも出来ない無能だったのかしら?」
「い、いやそれには理由がありましてね……」
「雪ノ下か。すまないな。私が休憩の連れとして少し話に付き合って貰っていたんだ」
「そうだったんですか。いえそれなら大丈夫です。彼はもう連れて行って大丈夫でしょうか?」
「あぁ、大丈夫だ。十分話し相手になってもらったよ」
「うす……」
こうして俺たちは職員室を後にして奉仕部へと向かった。
その道中、俺は小町から由比ヶ浜宛ての手紙を思い出し、由比ヶ浜を呼び止める。
「なぁ、由比ヶ浜」
「ん? どうしたのヒッキー? なんかヒッキーから話しかけられるの珍しいね」
そう言って不思議そうに俺を見つめる。
「小町から手紙預かっててな。これ渡しとく」
そう言って俺は由比ヶ浜に手紙を渡した。
「あっ……ありがとう」
ぎゅっとその手紙を大切そうに握りしめていて、こいつはこう言う表情も出来るんだなとただそれだけ思った。
***
映画はいい。
皆で来ようが1人で来ようが結局1人になれるからだ。
さらにわざわざ隣の奴の顔色伺わずにただ目の前にあるスクリーンに集中すれば2時間近い時間を1人で時間潰しできるにもかかわらず俺も相手も満足できる。なんというWin-winな娯楽だろうか。
ボッチに優しい娯楽、それが映画だ。
しかしそんな映画にも事前準備を怠っては駄目だ。
まず上映前のトイレは必須。特に真ん中席に座ると言う事は『私は2時間弱トイレに行きません』と宣言しているようなものだ。その覚悟を持って席を選ぶのだ。
腹の調子がちょっとでも悪かったら端の席を選ぶか通路前の席を選ぶのが定石だ。
続いて売店だ。混み合う前に買うのが良い。最近は電子マネーを使って支払いはスムーズに済ませるとなおよし。しかしここで絶対に選んではいけない物がある。Lサイズの飲み物とポップコーンだ。
映画館のLサイズとポップコーンはやけにでかい。そして嫌がらせなのかストローを刺す口が2つついて居る。マジで余計なお世話だ。今時2人でストローチューチューするカップルがいるのであれば、そいつら互いの脳みそチューチューし合ってるんじゃないかと猟奇的な連想をしたくなってしまう。おっと話がそれた。
そんなデカい飲み物を1人の俺が持ってみろ。周りから『あいつ1人のくせにLサイズとかマジウケるんだけどプークスクス』と冷ややかな目で見られることは確実で、さらにポップコーンなんて買ってみろ『うわぁwこいつどんだけ食うんだよ、上映中ポップコーンあさる音うるさいの絶対お前だろ、あとくせぇw』って視線を向けられること間違いない。
だからこそ、映画館の食べ物はチュロスかホットドッグ、飲み物はMサイズにするのが最適解だ。
ホットドック、チュロスは映画の上映前の宣伝で食べ終わっておくとなおよし。
以上のことを守れば快適な映画ライフが君を待っているだろう。
ビデオカメラとパトランプ野郎が教えてくれないやつだ。気をつけろよ。
……って、隣の奴にすげぇ言いてぇ。
目の前のスクリーンを見ながらポップコーンをポリポリと食べている一色を横目に俺的映画ルールを唱えて見るもやはり気づかれない。まぁ思っているだけであり、口で言ってないしな。当たり前だ。
一色の策略に乗せられて折角の休日に映画を見に行くことになった俺はそんなにこの映画にのめり込めずにいた。
サメの名はと言いつつアニメかと思ったら実写じゃねぇか……しかもさっきからスクリーンの男女がイチャコラしているだけだ。いつサメ出てくんだよ。
大体の恋愛映画って付き合う前の過程が省略されすぎなんだよ。そもそも付き合った事すらない男子高校生がこんな恋愛映画を見て思う事ってこの主人公いつサメに食われるのかな? だろ。
他人の恋愛に全く興味なんて持てねぇよ。
そんな事を言っているとおやおや? スクリーンの男女がベッドでイチャコラおっぱじめたぞ? 濡れ場あんのかこの映画!?
気まずい雰囲気を感じ取り、そっと一色を見ると目が合ってすぐに視線を外した。
早く場面切り替わらねぇかな……
***
ようやく映画から解放され、力なく映画館から出てきた。
ちょっと早めに出たからまだ日は高い。
「せんぱい……あの映画微妙でしたね」
「おれ、何度退室したくなったか分かんねぇわ」
「私途中寝てました」
それな。俺が退室できなかった理由。
「それよりご飯どこ行きます? 今日はラーメンの気分じゃ無いです。あとサイゼも」
「先手打たれると俺の行く飯屋リストが全滅するのだが?」
「なので私がちょっと気になっているお店があるのでそちらに行きましょう」
おっ、俺がわざわざ探さなくて良いのは良いことだ。
後ろからついて行くことにするわ。
「せんぱーいついてきて下さい」
「おぅ」
そうして俺たちはゆっくりと足をすすめることにした。