「矢向、お前、ああいうのマジで止めてね」
今までの人生最大の山場を超え、ふぅっと緊張を吐き出す。
「そうですか? 結構面白かったんですけれどね」
そんな俺とは裏腹に、この矢向は何か面白がるように笑い声を上げている。
まったく大層なご趣味をお持ちだ。
「面白いを生け贄に俺の精神がすり減らされんだよ」
「そう言っておきながら実は内心嬉しいんじゃないですか? ほら比企谷先輩って女の子にからかわれると喜びそうな顔してますよね」
「おい矢向、そこに正座しろ。お前が唱える八幡ドM説を真っ向から論破してやる」
「比企谷先輩、こんな所で正座しろだなんてむしろドSなんですか? というか私何されるんですか、別料金とりますよ?」
「……俺が悪かった」
別料金とか躊躇無く言うなよ。歌舞伎町に通い詰めてるキャバ嬢かよ。
バーニラ、バニラ、こうしゅーにゅー。
こいつなら一定層のお父さん方々に人気が出そうだな。
いやむしろパパ活のほうが……って何考えてんだ俺。
「分かればよろしい」
そう言いながらパクパクと美味しそうにドリアを食べる矢向。
美味しそうに食べるなと思いながら俺もナイフでハンバーグを切っていく。
「比企谷先輩はあれですね。ハンバーグとかステーキとかを食べる度に切っていくスタイルなんですね」
スタイルって文言にすこしかっこよさと優越感の感情がわき上がる。
しかし俺はこいつより学年は同じだが年上だ。それに気づかれるのは俺のなけなしのプライドが許さん。
俺は少し短く息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「それ以外にスタイルがあんのか?」
「最初に全部切っていくスタイルです。ちなみに私は最初に全部切るスタンスです」
確か小町がそのスタイルだわ。先に全部切っておいて後は食べるだけ見たいな感じ。
「あぁ、なるほどな。そういうことなら俺は食べる度に切るな。先に全部切ったら空気に触れる面積が増えて冷めやすくなるからな」
「へぇーそういう理由なんですね。意外としっかりした理由があるんですね」
「まぁ冷めやすいかどうかは知らんがな」
「なーんだ。適当に答えたんですか?」
呆れたような表情で矢向は俺を見る。
そりゃ適当に答えるに決まってんだろ。
そんな事を律儀に調べるほど俺は神経質じゃねぇよ。
「昔からの食べ方の癖だ。今更理由付けとかしても意味ねぇだろうが」
「まぁそうですね。カレーの食べ方も最初から全部混ぜる派と白米を残しておく派でわかれますしね」
「矢向、その話題は戦争が始まる。話にあげない方がいい」
「そうなんですか?」
何故かこの話題は各派閥マウンティングしてくるんだよ。
きのことたけのこの戦争が終結したというのにまた別で争うなんて……人間ってそんなものね。
「話は変わるんですけれど、比企谷先輩は一色さん以外にクラスで親しい人ととかいないんですか?」
正直一色ですらも親しい間柄なのか分からんがな。
「いねぇよ。たまに相模が話しかけてくるぐらいだ」
「相模……??……」
どうやら矢向は相模の顔を無理矢理記憶から絞り出すかのようにうーんと眉間にしわを寄せ長い思考時間を要した。その経過時間が俺の中の相模に対する可哀想という感情を増幅させる。
相模よ、俺のステルスヒッキーの継承者はお前だったのか。
「あー、あのメガネ君」
思い出して何よりだ。よかったな、相模。
危うく涙が出そうになった。
「もう少しいいあだ名考えてやれよ。メガネが本体だと思われちまうだろうが」
「考えるほどの興味も無いので」
相模ェ……どこまでも救われねぇな。
***
俺たちは飯を食べ終わったあと、勉強を再開させた。
うまそうに頬張る矢向の顔が印象的だった。普段はコンビニ弁当ばかりなのだろうか? と老婆心がよぎってしまったが俺には関係ないことだと押し止めた。
1時間経過したあたりで流石にこれ以上居座るのは店にも迷惑だろうと考え、矢向の同意を得て店を出た。
由比ヶ浜と雪ノ下先輩はいつの間にいなくなっていた。
いつの間に出たのだろう。
「それでは比企谷先輩、行きましょうか」
「行くってどこに? 帰るのか? んじゃぁな」
「何言ってるんですか、私の家にですよ」
こいつ堂々と言い切りやがったな。お前男子高校生舐めすぎだろ。
どこぞの小悪魔女子もそんな言葉一言も発したことない言葉を言いやがって。
クソッ……クソッ!!
男子高校生はあれだぞ、その言葉聞いただけで混乱するんだぞ!!! メダパ二と同意語なんだぞその言葉。
え? マジで? ちょっと心の準備がまだなんだけど……って考えるな! 感じろ比企谷八幡!!! 状況の判別からあきらかに友人として……だ!! 。ふぅ……俺じゃ無きゃ確実に見間違えてたぜ……。ってかさ〜、まじで勘違い起こすから女子こう言う誘い方ヤメロよ。なんだよ魔性の呼吸ーノ型カンチガイ!? とか言うつもりなの? 世の中の男完全にアウトじゃん。
「矢向、いきなり男連れ込むとかそれどうなのよ……」
「違いますー。比企谷先輩は通りますよね、私の家のコンビニ」
引っかかったなーって悪戯に笑うその顔……
こいつが男だったら超激辛ラーメン店監修カップ麺の付属の辛子ソースを顔面にぶちまけている所だったぜ。
「さぁ行きましょう!」
「なに勝手に決めてんだよ。断るに決まってんだろ面倒くせぇ、自転車こぐの俺だろ? 疲れるだろうが」
「面倒くさいも何も通学路にあるんですからついでですよね。もしかして……意識しちゃってます??」
ニヤニヤした口を手で隠しながらもう片方の手で俺の腕をペシペシと叩く矢向。
マ、マジでうぜぇ……べ、別にそんな意識するわけねぇだろうが。
すると俺の中にいる軍師比企谷が俺に問いかける。
『八幡よ、お前は騙されたと分かっていてもそれを受け入れるのか』
……そうだ比企谷八幡。俺はまだ終わってはいない。しっかりと冷静になり、周りの状況をよく見ろ。
矢向の言動を察するに確実に俺が断ることを見越して今この言葉を発したに違いない。
となると……だ、ここは矢向が想像している俺の行動の逆を取ることで矢向に一矢報いるチャンスなのではないだろうか。
流石軍師比企谷、飯を食ったから脳に糖分が行きわたって冴えてるぜ。
「そりゃ意識するに決まってんだろ。こ……こんだけ可愛い女子と2人できゃえ……帰るってなんか青春ぽくないか」
この台詞想像していたよりもかなり恥ずかしい……くっそカミッカミで生々しくて穴があったら入りたいレベルの恥ずかしさだ。
「そうですよね。でもこれはその可愛い女子と仲よくなるチャンスですよ。しっかりエスコートして下さいね。なんなら手も繋いじゃっていいですよ。別料金取りますけれどねっ!」
あるぇ〜? 堂々と返されたんだけれど……軍師比企谷役に立たねぇな。
それにこの流れどう見ても後ろ乗っけないといけないパターンじゃねぇかよ……あ〜……面倒くせ。
「わーたよ。ほれ行くぞ」
そう言って俺が駐輪場に向かう際に矢向とそこそこ距離が近かったのだろう。
俺の薬指の先が少しだけ矢向のどこかの指に触れた。
「きゃっ」
その声に俺は何があったのかと即座に振り返る。
するとそこにはちょっとだけ頬を赤く染め、当たった方の手をもう片方の手で隠している矢向が見えた。
「あぁ、すまん。もしかして爪で引っ掻いちまったか?」
「い、いえ。そう言うのではなくて。まぁちょっと予想外の出来事だったので驚いただけなんですよ」
ん? そうではない? 触れただけでそれでこの反応。……こいつ……もしや?
「そうか、すまんな矢向、驚かした詫びにさっき言ってた手を繋いだら別料金って奴、乗ってやるよ。手握ってもいいか?」
「えっ? ……い、いきなり何言ってるんですか?」
矢向が先ほどまでほんのり赤めだった顔をさらに濃くし、慌てふためく表情を見て確信した。
俺は鈍感でも難聴でも主人公でもねぇただの一般高校生だ。
気がつかない訳が無いだろ。
なるほどなるほど。なんでもかんでも金を絡めてくると思ったらこう言うことか。
なかなか可愛らしいところがあるじゃねぇか。
ふんっ……これなら一矢報いる事が出来そうだ。
「ほれ、早くしろよ、駐輪場までな」
そういって矢向に手を差し伸べる。
そんな俺の余裕ある行動にどうやら矢向も気づいたらしい。これは茶番であると。
「比企谷先輩、そんなに私の好感度を上げたいのでしたら是非とも繋ぎましょうか。後で覚えておいて下さい」
そう言って矢向は俺の手をとる。
その手が触れた瞬間、俺の心が跳ね上がった。あるぇ? 想像と現実の振れ幅が大分おおきい。やべぇ柔らけぇ!!!!!
理由はどうであれ俺の目の前の可愛い女子と手を繋いで歩いているのだ。
意識しないわけが無いんだ!!
しかも矢向が俺の手をがっちりと掴む。これは互いに指を絡め合わせたつなぎ方、俗に言う恋人結び。
男子高校生はこれをされると死ぬとすら言われているチート技をこいつはいきなりやってのけたがしかし、俺にされているのは形はそれでも万力込めて握りつぶされている現状だ……しかし正直そんなに痛くはない。……いやうそ、結構痛い。
「ちなみに料金はうちのコンビニで人気のチキン・ハンバーグ弁当782円税込でお願いします」
それよりもちょっと冷たくて柔らかい女の子の手の感触で会話どころではない……しかし返さないといけないのでなけなしの気力を振り絞り回答する。
「なんかやけにデジャブを感じる弁当だな。そして地味にたけぇ……」
「賞味期限そろそろだったの思い出したんで」
「お前そんなもん売りつけるとかコンビニ経営者の鏡だわ……」
「そんなにほめても値引きはしませんよ」
「ほめてねぇから」
***
「ほれ駐輪場ついたぞ。頼むマジで痛いから手離してくれない?」
「あら? 先輩の初めては緊張でいっぱいでした?」
「言い方考えろアホ。力込めて握りやがって」
「それは愛の強さですよ。先輩」
そんな愛の力いらない、怖ぇよお前。
5分の間常に万力を込めて握られていた手に安息の時が訪れた。ってか5分も万力込められるってすごくね?こいつどんな体力してんだよ……2度と怒らせることは止めておこう。
「先輩、これに懲りたらもっとうまく騙すことをオススメしますよ」
「それは善処するわ」
バレる前提で始めた事だしな。
「それよりほら先輩、自転車これじゃないですか?」
「……なんで俺の自転車しってんの?」
「私も普段自転車ですし。たまに帰りで先輩に遭遇した事もあるんですよ」
いやそれでもさ、普通何の興味も無い奴の自転車とか覚えないよね? 先輩だから覚えられていたとか?
もしかしてこいつ……俺の事好きなのか?
いやいやいや、ちょっと待て。
あれ俺って矢向にとって相模と同じ部類だから興味無いから名前すら覚えられない奴だと思うのだが?
ん? これはどういうことだ?
「先輩、ほら早く鍵外して自転車だしてください」
そんなことはねぇか。ってか、呼び方が一色と同じになったんだが……多分俺は舐められているのだろうきっと。
挽回しようにも怒らせると怖いし下手に関わりたくねぇ。
俺は矢向がうるさいのでさっさと鍵を解錠して跨がる。
間髪入れずに矢向が自転車荷台に跨がる。
「おいっ!? はえぇよ」
「おっとごめんなさい。我慢できなかったです」
「どんだけ足疲れてんだよ。お前」
「……もしかして重いとか思いました?」
「そんなことは言ってねぇよ。むしろこれくらい軽いわ。でもな、努力って身近な人しか言ってやれないこともあるんだ。……コンビニ弁当は程々にな」
「それ重いって言ってるのと同意語ですからね」
「わざとだ」
「知ってます。実は羽のように軽いんですよね」
「お前、砂糖たっぷりコーヒーよりも自分に甘いのな、少しは現実みろよ」
「まぁ、世の中は苦しい事ばかりですし、自分くらいには甘々にしてやりたいんですよ」
「それは同意だな」
それから俺は何も言わずこぎ出した。
町中を照らす人工的な光が道を照らし、俺はいつもの通学路へと戻るように。
しばらくして矢向が口を開くが良く聞こえなかった。
自転車の走行時に声をかけられると耳のリソースががっつりと持ってかれるから正直あまりしゃべりかけて欲しくないがそう言う訳にもいかず俺は「どうした?」と声をかける。
「先輩は、一色さんのことどう思ってるんですか?」
ぶっこんできた質問で少し言葉が喉に詰まる。
しかし、その言葉は男子にはよく聞かれているから俺はいつもの言葉をそのまま口にする。
「そうだな、まぁもう1人面倒な妹が増えたって程度だな」
もはや脊髄反射で返したと言われても反論はできないが今の俺にはちょうど良い回答ではあったのだが
「……それは本当ですか? じつは意識しているとか照れ隠しとかじゃないですよね?」
後ろから聞こえた、先ほどとは違う真面目な声色に俺は自転車のブレーキをかけざるを得なかった。
そして完全停止した自転車で姿勢を固定しながら後ろに顔を向ける。
すると、俯いた状態の矢向の姿が見て取れたがその表情は街灯の逆光で暗くよく見えなかった。
「……やけにつっかかるな? 俺と一色は特になんでもねぇよ」
「そうですか。でしたら……」
矢向は俺に目を合わせ、何かを飲み込んだ。
潤んだ瞳を俺に見せ笑顔を見せ矢向は言葉に出した。
「学校での楽しみがまた一つ増えた気がします」
「あぁ?なんか全然よく分からんがまぁ楽しみが増えたのなら良いんじゃね?」
冷静に返したが、俺の血が厄介ごとの危機を察知し騒ぐ。
また面倒なやつに目を付けられたのではないだろうか。
俺のあしたはどっちだ。
そんな事を考えつつ、憂鬱にまた自転車を漕ぎ、家路へとついた。