夏休みまで10日を切った。
昼休みの教室では皆が予定を確認し合い、あるものは歓喜を、あるものは絶望をしていた。
俺はというと机に伏して狸寝入りを決め込み、空調の恩恵を受けている。
今の時期、さすがに外暑いしね。
するとどうだろうか、隣の席で何人かのグループが座る椅子を引きり動かす音が聞こえた会合が執り行われた。
「おい、海行こうぜ海!」
「ムリムリムリ、暑いし人多いし焼けるし何より泳げねぇし」
「女子かよ……、んじゃ山?」
「ってかメンツによるよなー」
「矢向さんどう? 海か山」
「うーん、家の手伝いが忙しいからどこも行けそうにないなぁ」
「あーまじでじま? んじゃ行くのやめようぜ、しゅーりょー」
「ちょっと男子〜、うち誘われてないんですけど」
「あ? そりゃ可愛いとその他で優先順位変わるだろ?」
「はぁ? サイッテー」
「なんだよかまってちゃんかよ」
「ってかさー、ゆーなってほんと大変だね。夏休みほとんど家の手伝いなんでしょ」
「うん、でもまぁいつもの事だから」
「ほらほらあんたらも遊びにかまけてないでゆーな見習いな」
「矢向さん、一生俺を養ってください」
「えっ、無理」
そんな雑談が耳に入ってきた。
どうやら話あってるのは矢向達のグループのようだ。
『世界は誰かの仕事でできている』という昨日のアイカツなアニメが始まる間際にやっていた缶コーヒーのCMを思い出させた。
ふぅ、マッ缶飲みたくなってきたぜ。同じジョージアだしな。
マッ缶で今日もボッチの仕事が捗るぜ。
俺がボッチでいることで他の奴に友人を与えられてやれる。
俺はそんなとこに幸せを感じるんだ。
……やべぇ本当に欲しくなってきたじゃねぇかマッ缶。
買ってくるか。
そう思い伏していた体を起こし、席を立とうとした。
「ってかさーねぇねぇ、比企谷くん。比企谷くんは夏休み何する予定?」
俺の隣の席に座っていた女子にいきなり質問された。
あまりにも突然すぎて頭が真っ白になってた。
「ぷっ、どうしたの比企谷くん? ガチ寝してて寝ぼけてる?」
「あ、あぁ。すまん寝ぼけてたわ」
「そーなんだ、ウケるー」
そう言って彼女は俺から興味を無くし、矢向達がいるグループに視線を戻した。
まぁ俺が何を回答しようと彼女には関係ない事でその場での会話のスパイスが欲しかったのだろう。そのスパイスが味気ないと判断したのか俺を即座に切り捨てたその判断力はさすがだ。
……俺ちゃん泣きそう。
「それで……? 夏休み何してるんですか?」
ねぇ、矢向ちゃん? なんで終わったことを振り返すの? もう会話終わったよね? 俺マッ缶買いに行きたいんだけれど。
ニコッとした微笑混じりの表情で俺の回答を待つ。
その表情に少しだけ鼓動が早まる。
うん、Noロリコン、俺。
この場合はあれだ、小町をだしに適当な事を言っておくに限る。
「あれだ、妹の勉強見てやるって約束しててな」
嘘は言っていない。
「つまりは夏休み暇って事ですね」
一瞬で見抜かれたようだ。
「ちげーよ、ちゃんと部活もあんだよ」
「比企谷くん部活入っているの? えー何部?」
さきほど興味を無くした女子がどうやら部活というワードに興味を示したらしく、いきなり会話に入ってきた。
「あぁ、奉仕部って部活なんだが」
「あー!! 前に一瞬だけ流行ったあの美人な先輩がいる部活!」
「マジで! 比企谷さんマジで!」
美人な先輩がいるってことに話を聞いていた野郎達が反応した。
うん、相模が先輩先輩言っているせいで俺に対して敬語で接すればいいのか同級生として接すればいいのかわからない感出してるよね君。
「そういえば、比企谷くん呼び出されてたよね。確かぁー、雪ノ下先輩だっけ。あーなる程、あの時なんでかなーとか思ってたんだけれどなんか繋がったー」
「そうそう、ちゃっかり弁当食べてたし、めっちゃ羨ましかった」
「でもでも雪ノ下先輩、結構毒舌って噂だしね。」
よく知ってるじゃん。矢向。
ただ本人の前でいうなよ、コテンパンされるからな。
「あぁ、まごうことなき事実だな」
「えっ、マジで」
「あぁ、俺いつでも侮蔑の言葉並べられてるしな」
「へ、へぇ。こわっ。」
「やべぇ、ゾクゾクしてきた」
あっ、1人なんとは言わないけれど才覚がある奴がいるようだ。
彼は雪の女王にどれだけありのままの自分をさらけ出せるだろう。
「ってかさ、ってかさ」
さっきからこいつは「ってかさー」を入れないと喋れねぇのか? なんだよってかさーって、ピクサーの親戚かよ。
彼女は周りをキョロキョロと確認し、少し声のトーンを落として俺にこう言った。
「ずっと気になってたんだけど比企谷くんって一色さんと付き合ってるの?」
……噂になってるしねー聞かれるよねー。
「あー、それな。一色さん彼氏いるって噂なってるしな〜」
続いて野郎の方がその話題についてくる。
最近、この系の話題は安易に否定しないほうが効果的であることに気づいた。
「お前らがそう見えるなら多分あいつの術中にハマっているぞ」
「えっそうなの?」
「あぁ、あいつ他からどう見えるかを操る天才だからな」
適当には答えた。
しかしその効果は男子には効果てきめんではあるが、女子のヘイトはガンガン取っていく。
ステータス極振りすぎんだろ。
「えー、ならなんで比企谷くんなの?」
「1番扱いやすいんだろ。知らんけど」
入学当初からよく分からん依頼に振る舞わされているのが事実だが、まぁそこを離すと面倒くさい事になりかねんからテキトーに誤魔化した。適当とテキトーの使い分け大事だろ。
「ふーん、じゃあ比企谷くんはフリーなんだー」
おっ? この会話の流れラノベで読んだぞ。
この後「じゃあ私、彼女に立候補しちゃおっかな〜?」とか言って来るんだろ。
まぁ考えてやらんこともないが、こんな友達の前で言われるとちょっと八幡恥ずかしい。
「ってかさー、なんで比企谷くんずっと立ってるの?」
マジかーここでってかさーが入って来るんかーい。
「いや、飲み物買いに行こうと思っただけなんだが……」
「あっそうなんだ。いってらー」
そんな軽い声におされ俺は彼ら、彼女らのグループから抜け出し教室を出た。
***
校舎から出るとすさまじい熱気が俺を迎える。
一瞬だけ空調で少し肌寒かった肌を温める役目を担ってはくれたもののすぐに暑さの方が勝り、汗はまだかかずとも暑いという感情を湧かす。
その暑さで冷却装置の駆動音がいつもより1.5倍マシマシチョモランマな駆動音でCO2を排出しているSDGsガン無視の古くさい自販機でマッ缶を買う。
そのおかげもあって今日も俺はキンッキンに冷えたマッ缶を今日も買えるのだ。
さて、いま教室に戻るとまだあいつら陣取っていると思うから少しだけ時間をおいておくとしよう。
正直ああいうノリの会話はたしかにできるが、相手する人数が多すぎるんだよな。
んで帰ってきてまた会話に参加しようとすると「おっ、おぅ………? えっ、お前との会話もう終わったんだけどなんで入ってくるの?」みたいな微妙な空気と女子のヒソヒソプークスクス話に花を咲かせるところまで予測済みなんだよ。
なので俺はせっかく外に出たので昼休み終了間際まで適当に過ごす事にした。
普通ならここでベストプレイスに行くところなのだが、昼休みの残された時間も残り3分の1程度、正直そんなにゆっくりはできない。
というわけで教室棟と特別棟を結ぶ渡り廊下の休憩スペースを利用する事にした。
空調も効いてるしまぁ周りの雑踏さえ気にしなければ居心地はいい。
たまには雑踏の中に身を寄せ読書をするのも悪くは無いと後ろポケットに収めていた文庫本を取り出す。
しっかりとブックカバーもしており、傍からはさも図書館で借りてきた本を黙々と読む優等生のように見えているだろう。
……ちょっとまて? 比企谷八幡よ、何故その思考に至った。
それではまるで一色ではないか。
特定の異性に気を引いて貰いたいが故にイタい行動なぞ既に卒業済みだ。
今回は特定などいなかった。何故そんな事をしでかした。
俺はそこを考える。
そういえば一色とはなんというか付き合いが長いな。染化されたか?
人との付き合いは常に真似がつきまとう。
それは当然で母親の真似をして子が育つ様に、真似は悪い事ではない。人が集団生活していく上で必要な事なのだ。
漫画のカッコイイキャラに憧れて現実でも取り入れた厨二病も染化のもっともたる事例だろう。そう悪い事ではないのだ。全て自分にはねっかえってくるけれど。
今回はそんなモノとは毛色が違うと判断した。
なぜならば無意識で行動を起こそうと思ったところだ。
先ほどの話の場合は最初確実に意識しないと行動が起こせない訳であって……
結果を出すためにこれしなきゃな……面倒くさいけれどやるか……
とかな。それを積み重ね立派な社ち……社会人を生み出すのだ。
つまりは無意識中で俺にこの行動をすり込んだ奴がいるというわけだ。
……誰がどう思っても一色しか思いつかないんだが。
いつ仕込まれたのだろう。
俺には全く身に覚えがない。
つまり何が言いたいかというと。
一色さん、パネェ
「あれ? ヒッキーだ、めずらしー」
そんなどうでもいいことを考えている最中に声をかけられる。
ふむふむ、希少生物ヒッキーがいるらしいな。
名前からして引きこもりのヒキガエルに似たツラをしてんだろうな。
どこだどこだ? ……って誰がヒキガエルやねん。
「うわぁ……キショい」
由比ヶ浜は何こいつ気持ちワルって言わずともわかる表情をしていた。
まーた人の心読んだな? そういところだぞ由比ヶ浜。
「そういえばヒッキー最近さっ、いろはちゃんとはどうなの?」
なんで一色のことを俺にきくんだ? 俺あいつの保護者じゃないんですけど。
てか女子同士なんだからお前の方が状況は知ってるんじゃないの?
「いや、特にはなにもないが……ってか最近はおとなしいな、俺もたまにしか喋らんな」
ちょうど材木座とメイドカフェに行ったときだ。
前にグラウンドを走らされてた時にタオル渡されてそれっきりだ。
それ以来喋ってねぇな。
ってかタオル返してねぇ。
「どうしたんだろうね? 最近全然奉仕部にも顔出さなくなっちゃったしさ」
由比ヶ浜よ、一色は他に部活あんのに週4回も顔出す方がおかしいと思わなかったのか?
「サッカー部が忙しいんだろ、そろそろ夏の大会もあるし結構忙しい時期だと思うぞ」
「そうなのかな〜、いろはちゃんとあったら今度遊びに来てねって伝えておいてね」
「ほいよ、了解」
「あとさぁ〜、今日ちょっとだけ放課後……時間……ある? 一応、ゆきのんにも話はしてるんだけど。あとはヒッキーに聞いて貰いたいんだけど……」
座っている俺に対し、由比ヶ浜はしゃがみ込み目をあわせ……いや上目づかいで俺をみながらそんな言葉を吐く。
ん? なんだ由比ヶ浜、その意味深な発言は? 最近訓練されてきてそれぐらいじゃ俺の心は動かなくなってきたぞ。
「まぁ……そうだな、小町と家で遊ぶ予定があるから……」
「って事は実質ヒマって事だよね。ならさちょっとだけ付き合って貰ってもいい? そんな時間もかからないしさっ」
なっ!? どこで習ったか知らないが上目遣いの視線を合わせないようにを下に避けたと思ったら、2つのメロンが待ち構えていやがった。いやはや思わず鼻と口の距離が伸びるあっぱれな戦略よ。二重の極みとはまさにこのこと。フタエノキワミアー!!
いきなりヒマって決めつけるのはよくないことだぞ? まぁ確かにヒマなんだがな。
「……おぅ、わかった」
「ありがとっ! それじゃぁ放課後ね!」
「結衣ー! 次の授業遅れるし。」
そう言って由比ヶ浜を急かすのはあの三浦先輩だ。
あいかわらず世話焼きである。
あの眼光も愛と捉えたら怖くない……いややっぱり怖い。
「あーっごめん優美子、それじゃね、ヒッキー」
そう言って俺に手を振り去って行く由比ヶ浜
俺をその背を見送りながら少し一色の様子がおかしいことに気づいたが、きっとお月様の日なんだなって事で結論付け昼休みが終わる手前までマッ缶とラノベを堪能した。
夏休みイベントのためにモブやらとの絡みも増やしています。