ほんとマジでガチで家に帰してもらっても良いですかね??
由比ヶ浜の件が重なり若干遅い下校時間、人も自転車も疎らとなった駐輪場で誰か待っている一色を確認すると深いため息をつかざる得ない。
俺の歩いて来る姿を認識したのだろう一色がふふんと得意げな顔で待ち構えていたが、おれの歩調は止まりもせず遅くもならずそのまま一色とすれ違う。
「っちょっとせんぱい〜!」
せんぱいって誰先輩ですかね?ご存じないです。
そのまま自分の自転車を見つけて鍵を解錠するところで一色が強制的に視界に登場する。
「ちょっとせんぱい!無視はいじめの始まりですよ!」
「いじめをいじめと認識しなければいじめは起きないんだよ」
「なに言ってるんですか?正直キモいです」
お前、それ殺すとか死ねとか相手に向けて言ってんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!
と同じ事言っているからね?自覚してる?
「お前のそのキモい発言も俺をいじめてるからね?」
「そんな事よりも〜!…さっきの2年生、何ですか?」
後半になるにつれて言葉冷たくなってるから。
ってかこいつも見ていたのか。
別にこれと言って話すような事でも無いからな。
「別に話すようなことじゃねぇよ」
まぁ由比ヶ浜の情報をむやみやたらに公開する必要も無いし俺がそれを喋って何のメリットがあるかというわけでもない。
ここは濁した方が身のためだ。
「むー、携帯渡して連絡先交換してたじゃないですか〜」
だから、その軽いふくれっ面の表情と上目遣いはやめなさい。
お兄ちゃんスキルが強制発動するから。
ってかそれも見てたの?もしかして口説いてるんですか?一色さんちょっとストーカーの資質あるんじゃないですかね怖いですごめんなさい。
「あれは成り行きで交換することになったんだ」
「じゃあ私も教えるんで携帯貸して下さい」
一色さん?いつもは上目遣いなのになんで今上から目線なのかな?
下目遣いも得意だったりする?
まぁ別に連絡先増えるくらいどうでも良いけれど。
「まぁ、いいけど…」
一色に携帯を渡すと自分の携帯と交互に見ながら操作を始めた。
女の子はみんな携帯電話のスペシャリストなのかな?
指の動きが速すぎて分かんねぇ。
「せんぱい友達いないんですね」
「いきなり核心つくな。泣いちゃうだろ」
何こいつ俺になんの恨みがあって俺の傷心抉ることするの?
「それより、さっきの2年生って由比ヶ浜先輩って言うんですね」
多分連絡帳を見たのだろう四件しかないし、由比ヶ浜の名前は目立つ。
「そうだが、俺の個人情報どこ行ったよ?」
「せんぱいの個人情報は私の個人情報です」
「なにそのジャイアン理論」
「はい、登録終わりました」
喋りながら2台の携帯操作できるってやばいな。
何がやばいってやばいくらいにやばいやつがやばい事しているんだ。
もう何言ってるか分かんねえがとにかくやばい。
そんな事を考えつつも一色から携帯を返してもらう。
五件に増えた連絡先をみて少し顔の表情が緩くなったのを感じた。
「せんぱい、その表情キモいです…」
一色はうわぁ…っというような嫌悪感丸出しの表情で俺から2歩くらい遠ざかった。
やめろよ、比企谷菌って言われてみんな俺から物理的に距離取ってたの思い出しちゃうだろ。
特にツラいのはどんな授業の時でも机を必ず離されるって所だ。
給食の時なんざ皆机合わせて島を作ってるのに俺一人の机だけ孤島だったわ。
…思い出したら涙腺が緩くなっちまう。
「用件はそれだけか?なら帰るわ」
「ちがいますよ〜、ほらあれです。ご褒美もらいに来ました」
「はぁ?何言ってんのお前?」
「ちょっと、何ナチュラルに忘れてるんですか!」
あー、そう言えばそんなこと言ったな。
絶対受かんねぇだろとか思ってたわ。
「あー、あったな。で?結局何して欲しいの?できることは限られるが?」
「それなんですけれど〜、今気になる人がいるんですよね」
「……は?」
一色さん?まだ入学1日目ですよ?
それでいきなり気になる人がいるとか頭の中どうなってるんですか?
女の子は素敵なハッピーセットでできているとでも言うんですかね?
おいおい、ハッピーセットで人体錬成出来るのかよ。
なるほど、そのとき正常な思考を持って行かれたのか。納得。
俺の怪訝な表情を見るに一色はどうやら何か勘違いをしたらしくニタっといたずらっぽく笑う。
「あれ〜?せんぱいもしかして今俺の事じゃね?って考えませんでした?勘違いも甚だしいですが、まだ数回しか会ったことがないせんぱいは今後の頑張りに期待ですよ?」
そんな事みじんも考えたことは…いやちょっとはあった。
ってか今後の頑張りって何だよ、比企谷先生の来世に期待ってか?
何それ人生ガチャなの?イケメン当たるまでリセマラOK。
…自殺喚起に繋がるからやめた方が良いよ??
「うっせ。ハッピーセットのこと考えてたわ」
「えー…それはそれで意味不明で相当キモいです…」
あ、うん。多分俺もそれ言われたら引くわ。
「それより相手だれだよ。それが分からんと動けん」
「そうですね、これです」
そう言うとすっと携帯を見せてきた。
画面には確かに爽やかなイケメンが隠し撮りされていた。
「隠し撮りかよ」
「許可取ろうものなら周りの先輩の視線が怖くて」
流石にそこで割って入る根性はなかったみたいだ。
「とりあえずこいつと付き合えるように俺は動けば良いって事か」
「まぁそういうことです」
よりにもよって1番面倒くさいお願いを出してきやがった。
恋愛経験なぞ振られた事くらいしかない俺にとってはどうやって成功に導くなぞ知らんぞ。
「ちなみに俺そんなに恋愛経験ねぇからそこまで気の利いたアドバイスとかできないぞ」
「せんぱいにそんなの期待していませんよ?でも実験には付き合ってもらいますよ」
「実験?」
「やっぱり向こうはよりどりみどり取る手数多に引く手数多のイケメンじゃないですか。そうなるとやっぱり私からアプローチしないといけないじゃないですか。だからせんぱいをつかって実験をしようという考えです!」
ふふんと得意げに仁王立ちで胸を張って自信満々に語っているようで悪いが
なんかマッドサイエンティストの臭いがしていた。
「っというわけで、4月16日ちょうど休みじゃないですか〜、実験に付き合ってもらいますよ〜」
1週間以上先の予定入れられるとかなに?
もうそんなにお友達と予定つめっつめなの友達100人できんの早くね?
「面倒くせぇ」
「ちゃんとお願い聞いてくれるって話じゃないですか、しっかりと付き合ってもらいますよ!」
今度は前屈みの上目遣い、両手は後ろで組んで斜め45度の微笑めいた仕草。こいつ自分を可愛く見せるパターン幾つ持ってるの?108くらいあるんじゃね?
「へいへい、そんじゃもう帰って良い?」
話は決まった。とりあえずその日まで俺は一色と関わらなくて良いというポジティブ思考でいるとしよう。今日はもう色々とありすぎなんだよ。家に帰って寝かせろ。
「せんぱい、駅まで後ろに乗せて下さいよ〜」
やだ、一色大胆。でも俺それを友達に見られるのは恥ずかしい。
友達いないけれど。いや1人いたわ。やべーこのネタ効果薄れる。
ってか自転車の二人乗りって普通に道交法違反だからね?
「やだ。それに2人乗り道交法違反だからな…」
「むー、なら押していきましょ」
「なんでお前と一緒に帰る前提なんだよ」
「こんな可愛い子が1人で歩いていたら危ないじゃないですか」
「自分で言っちゃったよ…そんな危険がはびこるような時間帯でもないでしょ」
「そんな事は無いですよ?前にサイゼにいたナンパなんてしょっちゅうですから」
やはりあれはまだ一端だったのね見えないところで苦労している一色ぱいせんカッコイイ。
でも自分でそれを振りまいてね?俺の感心を返せ。
「まじか、お前が周りに愛嬌振りまくっているからじゃないのか?」
「ほら、行きますよーせんぱ〜い」
「っは?」
どうやら深く突っ込ませないように話は一緒に帰ると言う事で決まってしまったようだ。
先を歩く彼女の歩幅は狭く、ゆっくりだった。
俺が追いつくことを前提として先を歩いているのだろう。
ふと、視野を広げると
青々としていた空は朱の色を纏い、春夜の訪れを感じさせた。
桜色の花弁が風で舞い、その光景に彩りを与え、最後に彼女がその絵の中心に存在することでこの光景は完成した。
俺は深くため息を吐きながら自転車を押し、一色と共に校門を出るのであった。