やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

50 / 68
いろはす回続きです。


#21-3 そして彼と彼女は一歩を踏み出した。

 日もだいぶ傾きあたりも薄暗く、道路脇に設置された提灯が灯った時刻、少しだけ気温も下がったかなと感じる今日この頃。

 

「珍しいね。こんな所で合うなんて」

 

 まさかの矢向さんと遭遇するとは……いやー、何という偶然。

 正直あまりしゃべったことないんだけど。

 こんなキャラだったっけ?? もっと物静かだったような……

 

「ホント偶然だね」

 

 そう言って矢向さんの視線が自然とビニール袋に注がれる。

 

「一色さんこの近くに住んでるの?」

 

 そーだよねー。普通聞かれるよねー。

 

「実は知り合いの家に今日遊びに来ててさ~」

 

「へぇーそうなんだ。それって~もしかして彼氏??」

 

 悪戯に笑いながらそんな話をしてくる。

 あれ? 私たちそこまで仲良かったっけ?

 

「そんなことないよ? 普通に女の子」

 

 私は小町ちゃんに呼ばれたから。せんぱいはそのお兄さん。噓は言っていない。

 

「そうなんだ、一色さんならなんか居そうとおもったんだけどなー」

 

 そりゃ私も欲しいわ。

 お金持ってて、時間守って、暴力なんてもってのほかでさわるとほのかに暖かい人! ATMとか言わない!

 

「矢向さんは? 買い物?」

 

「そうそう私も夕飯の買い出し~」

 

「だよね~、もうそんな時間だしね」

 

「うん、ほんとそうだよね〜、うちってコンビニやってるんだけどさ、お父さんとかはもうコンビニですませようってばかり言っちゃっててー。たまにはコンビニ飯以外のものも食べさせてあげたいんだよねー」

 

 へぇ〜矢向さんの所ってコンビニやってるんだね。

 なんか接客とかやっているからかな? 話しやすいな〜意外な一面。

 

「へぇ〜、いいじゃないですか。コンビニ弁当だけだと身体に悪そうだしね」

 

「そうそう、明後日のために体力付けてもらわないとー!」

 

「明後日?? 何かあるの?」

 

 そう言って矢向さんが道路脇の提灯に目をやる。

 

「明後日ね、この地区の花火大会やるんだ。ちょーっと規模は小さいけれどね」

 

 あー、提灯があるからいつかあるんだなって思っていたけれどそんな直近なんだね〜

 

「へぇ〜そうなんだね」

 

「規模は小さいって言っても結構混雑はしちゃうんだよね。ただ……駅の近くにちょっとだけ高台になってる公園があってね。そこ花火見るときの穴場だったりするんだ。一色さんももし行くなら参考に〜……んふふふ〜」

 

「うん、ありがと〜」

 

 ……いやーそれにしてもやけに幸せそうにそんな事を語るもんだからついつい女子の血が騒いでしまいますねぇ。ここはちょっとその沼に指先だけ触ってみることにしますか。

 

「おやおやぁ? 矢向さんもなかなか幸せそうな顔だけどもしかして?」

 

「そうそう。ちょっと気になる人とお祭りに行く約束してぇ〜……、えへへぇ~」

 

 そうやって顔を赤らめて恥ずかしそうに顔を隠す矢向さん。

 

 や~ん、かぁ~わぁ~い~い~……っとでもいうと思った?

 何年も一色いろはやってるんだからこれくらいすぐわかるっての。

 この話が本題だったんだろう。だからテンション高めだったのか。わかるわかる、私もせんぱいに撫でられたときは一日中ハイテンションだったしね。

 

 ただ、彼氏自慢のろけマウンティングを一時間コースで聞いてる暇はないの。豆腐が売り切れる。

 のろけが始まる前に早く切り上げよう。

 

「あっ!? ごめーん! ちょっと買い忘れあったんだった! なくなる前にいかなきゃ!」

 

「そうなんだ! ごめんね。引き止めちゃって」

 

「ううん、また時間が空いてるときその後の話、ゆっくり聞かせてね!」

 

「うん、じゃあね!」

 

 そう言って矢向さんと別れ、無事絹ごし豆腐を買うことができた。

 

 それにしても矢向さん、男いたんだね~。

 あらあら、せんぱい。お気に入りは彼氏持ちになる数秒前、残念残念。

 

 そんなことをニマニマと考えながらまた私は先輩宅の玄関をくぐる。

 

「ただいまー」

 

「よぉ、遅かったな」

 

 既に先輩はお風呂から上がっていたみたいで、残念ながら私の妄想上にいる水に滴る良いせんぱい、筆記体英字のHACHIMANをこの世に拝むことはできなかったんだけれどそれでも……

 なにこの夫婦みたいな会話。最高なんだけど。

 

「なにニヤニヤしてんだよ気持ちわりぃ」

 

 水と塩入れて煮てやりましょうか? 水煮も滴るヒキガエルができますよ?

 

「むっ〜!! いきなりなんですか! せんぱいに言われたくないですよ! 笑うとヒキガエルになるくせに!」

 

「んだとこら? いいのか? 年上の男子高校生が大泣きすんぞ? いいんだなおい?」

 

 そう言ってまた頬を引っ張られた。そんなにというか全く痛くはない。

 以前はそれで恥ずかしがってた癖に今はそんな気配全く無い。自宅って所が大きな力になっていますね~。んふふ〜。

 

「ししつをいったらけしゃないでふかー!」

 

 頬から手をはなすとどうやらビニール袋にめがいったようだ。

 そこでせんぱいは私の頬から手を離す。

 もう少し触ってても良かったんですよ?

 

「なにこれぇ? 夕飯? なんで?」

 

「せんぱい? 小町ちゃんの真似ですか? 兄妹なのにせんぱいが言うと逆に気持ち悪いですね」

 

「まだ言うかよ」

 

 また頬つねる気ですか? いいでしょう受けて立ちましょう!

 

 そう思って仁王立ちで迎え撃ったら先輩が何も無い所でこける。

 

 体勢をくじいたせんぱいが私に向かって倒れ込み、そんなせんぱいをわたしは流石に支えきれず一緒に倒れてしまった。

 

「……!!?」

 

 倒れた衝撃はそこまででしたが体勢がちょっと近づきすぎて……

 先輩の顔が見事に私の胸のど真ん中にホールインワンして埋まっている。

 うーん。どこぞの少年漫画みたいな展開ですね。

 せんぱいはなんか化石みたいに動かなくなってしまってるし。

 

 ここで甘い悲鳴の1つでも叫んで先輩のほっぺに季節外れの紅葉を付けてやれば良いオチで済むんですが。そんな気が全く起きない。

 むしろずっとこうして居たい気持ちがあったりします。

 

 それにしてもせんぱい、さっきお風呂入ってたからかシャンプーの香りが私の我慢をうちけしていくのですが……

 このままでは非常にまずい。

 正直いままで距離を置いていた反動で感情の抑制力が皆無なので……

 

「せんぱい……」

 

 私の意志に反するかのように腕が動き彼の後頭部に回る。しっとりとお風呂上がりの人肌少し暖かなその温もりは私の我慢を奪う。

 

「い、一色。ちょっとまて。これはまずい」

 

 ようやく状況を理解したのか焦るせんぱいの声が微かに残っていた私の理性を決壊させた。

 

 不思議と腕の締め付けを強くしてしまう。

 あっ……これもう無理。せんぱい、せんぱい。私の気持ち、受け止めて下さい。

 

「せん……ぱい……わたし、私ねっ……!」

 

 わたくし一色いろはが覚悟を決めた矢先、玄関の施錠が外れるガチャという音が聞こえた。

 どうやら時間切れの合図が鳴ってしまったようだ。

 

「たっだいまーおにぃちゃーん!! 今日のお夕飯は豚の生姜焼きだよぉ〜! やっぱり特売はいいねぇ〜! 戦場だよ〜! 生きてるって感じがするよ~!!! ………っあ」

 

 小町ちゃんは謎のハイテンション怒涛の勢いでドタドタと玄関を上がって来て私たちの身を整える隙すら与えなかった。多分、小町ちゃんに見えている光景は私に覆い被さるような体勢のせんぱい。胸の谷間に顔を埋めているせんぱい。そしてそれを受け入れるように後頭部に腕を回している私。誤解しないわけが無い。

 

 その光景を目の当たりにした小町ちゃんは目を右往左往動かしながら頬を赤くして両手の人差し指をいじいじしながら気まずそうにこう言う。

 

「おじゃま……でした??」

 

 

 ***

 

 

 テーブルに置かれるのは大皿に盛られた麻婆豆腐と3人分の平皿に盛られた千切りキャベツと豚の生姜焼き結構がっつりめな夕食が仕上がった。

 

 小町ちゃんといっしょに料理をしてたときは流石にちょっとどう話せば良いかわからなかったんだけど……このまま夕食も気まずい雰囲気で行ってしまいのかと思うと少し気が重たくなる。

 

 そして3人テーブルに座りいただきますをしたすぐさま小町ちゃんは口を開いた。

 

「おにぃちゃん、いろはおねぇちゃんが夕飯買いに行ってるなら小町にも教えてよ」

 

「んなこと言ったってまさか夕飯まで買ってくるとは思わなかったんだから仕方がない。ってかお前もどこ行ってると思ったら特売かよ。お前ら勝手に行動しすぎ、よって俺は悪くない」

 

「んもぅ〜使えないごみぃちゃんだなぁ」

 

「へぃへぃ、サーセンしたー」

 

 きっと小町ちゃんなりに気を使ってくれたのだと思う。

 本当にできる子ですこと。せんぱいの妹ってほんとですかね? いや、そうじゃなくては困るんですが。

 

「ごめんねー私も次から気をつけるね」

 

「そんなそんな、いろはおねぇちゃんが作ってくれるなら小町もら……助かるからすごい嬉しい!」

 

 この子本当にせんぱいの妹ですね。楽したがるところとかそっくりです。

 

「んん〜っ! この生姜焼きすごい柔らかいね!」

 

「そうでしょそうでしょ? いろはおねぇちゃんが用意してたタマネギのみじん切りの中に豚肉を入れておくだけであら不思議! 柔らかくなるんだよね〜」

 

 つけてたの5分くらいじゃなかった??

 あまり柔らかくならないと思うんだけどなぁ……

 下処理をちゃんとしていたからだとおもうよ? まぁ野暮なことは言わないでおこう。

 

「それにしてももうお二人がここまで進んだ関係になっているとは驚きの展開速度に小町は驚きを隠せないよ~」

 

 食べている生姜焼きを吹き出しそうになった。この話題やめよ? 恥ずかしいし。

 

「これは叔母小町になるのも秒読みですね~、でもでも~おにぃちゃんもいろはおねぇちゃんもまだ高校一年生なんだから順序すっ飛ばしたりしたら小町悲しむよ??」

 

「安心しろ小町、俺は小町一筋だ」

 

「おにぃちゃん……小町もおにぃちゃん一筋だよ? ……あっこれ小町的にポイント高い」

 

 ホント、この兄妹。せんぱいのシスコンは最初からわかってたことだけど小町ちゃんもブラコンの気があるのよねぇ~

 

「それを言わなきゃポイント高いんだがなぁ……」

 

「でもでも、小町と同じくらいいろはおねぇちゃんも愛してほしいなぁ~」

 

「なにそれ? 俺と一色が付き合う前提で話進めてる?」

 

「えっ!? あんな事しておいておにぃちゃん責任とらないとかクズオブカスだよ」

 

「あんなことってあれはただ体勢ミスって倒れただけだっつうに」

 

「えー、お兄ちゃんお風呂まではいってたし。それにいろはおねぇちゃんもその気になっちゃって完全に受け入れてたし……レディーパーフェクトリー、役満だよ」

 

 最近の中学生ってそんな事も知ってるの? 進んでるなぁ。

 

「小町ちゃん、ちょっとその話私も恥ずかしいからやめよ?」

 

「だよね~おにぃちゃん! 食べ終わったらマリカーやろー!」

 

 何という変わり身の早さ。

 ちょっとびっくりしちゃいましたよ。

 

「おっ、いいぞ。一色いるからコックピットはなしだかんな」

 

 コックピット? 何の話だろう? ゲームの種類?

 

「えー、まぁいいけど。やりづらいし」

 

「やりづらいのに何でやったんだよ」

 

「おにぃちゃんとのスキンシップ?」

 

 あぁ先輩少し嬉しそうだ。ほんと顔に出るね。

 

「小町ちゃん? 疑問系になったの八幡的にポイント低いよ?」

 

「えっ、だって本音話したらおにぃちゃん泣くし」

 

「えっ、まじで? じゃあ聞かない」

 

「えー、ここ気になって聞くところでしょー」

 

「んなことより、マリカーやるんだろ?」

 

「そうだった。おにぃちゃんおちょくるの楽しくて忘れてた」

 

「俺おちょくられてたのかよ……」

 

 

 ***

 

 

「いやー楽しかったですね〜!」

 

 そう言った私とせんぱいは夜道を歩く。

 

 すっかり辺りも暗くなり心配した小町ちゃんがせんぱいを私の自宅前まで送れと勅命を出してくれた。

 

 なんだかんだマリカーも盛り上がって面白かったんだ。

 主な趣旨は先輩の反応を見て楽しむ所なんだけどね。

 

「お前も小町もゲームで勝てよ。ダイレクトアタックとか卑怯過ぎだろ」

 

「勝つ手段は1つとは限らないんですよ」

 

「せめて手段は選べよ」

 

 そんな他愛もない話をしながら私は企んでいた。

 

「せんぱい。小町ちゃんから聞いたんですけれど」

 

「んぁ? また小町インフォメーションか?」

 

 どこかにありそうな名称ですね。

 

「まぁそうなんですが、せんぱい、誕生日が近いらしいですね」

 

 せんぱいはなんかポリポリと頬を書いている。

 

「まぁな」

 

「ならせんぱい! 私と実験しましょうか、私の思い人のために!」

 

「なんで俺の誕生日にお前の実験付き合わねぇといけないの? 面倒くせぇ」

 

「えー? なんですか誕生日でも一人で可哀想な先輩を誘ってあげてるんですよ?」

 

「……断ってはいない」

 

 ……あれ? ほんとだ?

 

「……どうしたんですか? らしくない」

 

「お前も言うのかよ……」

 

「まぁ、はい。そりゃ〜、普通なら嫌だよ絶対行きたくないは最初から言ってくるものだと思っていましたからね」

 

「まぁ良いだろ……気分だ」

 

「んふふ〜なら決まりですね〜」

 

 それから世間話をたまに挟みながらゆっくりと駅へと向かう。

 

「なぁ、一色」

 

「ほい?」

 

 どうしたんですかせんぱい? 真剣な顔して? お腹痛くなったんですか? それきっと夕飯のせいじゃないですよ?

 

「なんつーか……あれだ……お前あの時……なんて言おうとしたんだ?」

 

 

 ……

 

 

 

 頭の中が真っ白になるとはこの事だ。

 

 うん、理解してる。倒れ込んだときに言おうとした言葉のことでしょう。

 

 街灯と赤提灯が私と先輩の姿を照らしていて

 鈴虫がこの場のBGMを奏でるかのようにりんりんと鳴り、私の鼓動も早まる。ついでに顔も熱い。

 

 最高速度の脳回転を行いそれでも最適解の答えが見いだせなかった。

 

「えっと……その……」

 

 そうだ……私、せんぱいに思い伝えようとしたんだ。早口ですらちゃんと聞いてる人なんですから。

 流石に聞き逃しているはず無い……ですよね。

 

「まぁ……あれだ。その……実験の日までにって事で良いか?」

 

「えっ……あっ……はい……」

 

 どうやら執行猶予をかせられたようで、熱の籠もる頬をどうにか押さえ込みたいために辺りを見回す。

 提灯が道の端に吊され赤く灯っている。

 この変な空気を変えるために口にする。

 

「そ、そういえばせんぱいはお祭り行くんですか?」

 

 するとせんぱいはあたりの提灯を見渡しながら嫌々そうにこう呟く。

 

「まぁ、用事で……だな」

 

「ふふっ……どうせ小町ちゃんに屋台のごはんねだられてるんでしょ」

 

「そんなところだ」

 

 そんな、他愛も無い話をしながら私たちは駅へと向かう。

 わざと手を振り子にし、さりげなく何度もせんぱい指先に触れさせながら。

 

 

 




調子のってガツガツと書いていたら内容がR-15を余裕で飛び越えて行く内容だったので大分削りましたが
いろはすとのスキンシップ回でした。

ちなみに執筆の際の参考はTo L○VEるです。

来月の投稿スケジュール等はこちらに書いています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=229685&uid=258772

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。