やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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#23 とうとう彼女は噓をつき、濁った色は濃さを増す。

 とうとう当日を迎えてしまった。

 

 私の心境とは裏腹に空は雲一つなくその雄大さをこれほどかというほど見せつけ、真夏にさしかかった太陽の日差しは暑くなれよとどこかの太陽の子のような事を思っていそうな調子で私を照りつける。

 

 そんなものに日中ずっとあたってたら肌が焼けてしまう。しかも今日はノースリーブにショートパンツと少し肌の露出度が高いのだ。

 一応、日焼け止めに丈の長いシャツを羽織ってはいますがそれでは日差しが防ぎきれないのでそそくさとビルの影へと移動した。

 

 あぁ……せんぱいとの待ち合わせの場所に向かう歩幅がやけに重い。

 

 あれだけ早くきてほしいと待ち望んだ日がここまで憂鬱になるなんて思ってもなかった。

 

 あの日好奇心に負けて二人の会話を聞くことさえなければ私は脳天気にこの日を迎えられたはず。

 ……あまり人のことを疑いたくはないんですが、矢向さん……あの子わかってて私に公園の穴場の情報を漏らしたのではないのかと正直疑ってる。

 まぁあの時に時間とか明確に言ってなかったからその確率は相当低いですが。

 もしそうだったら何が策士じゃないだ。

 たちが悪い。

 

 それよりももっと気になることがある。

 

 お二方、手を繋ぐまでのスパン短くないですか? これどう考えてもせんぱいが拒否しなかったからですよね? むしろ繋ぎに行ったんじゃないですか。

 ちっちゃくて大きいだけでこんなにもアドバンテージあるの? はぁ? ちょっと理不尽極まりないんだけど。ムカムカしてきた。

 

 そんな事を考えながら足を進めていると見えてくる私を悩ませるとうの本人。

 黒いスキニーとシンプルなカットソー、濃いめの緑のYシャツの装いで壁にもたれかかるようにしてスマホをいじっていた。

 

 多分小町ちゃんセレクトでしょう。

 まぁせんぱいセレクトで来られるより数十倍はましですけど。

 

 そんなことを思いつつ、さっきまでの重い足取りが嘘のように軽くなり、少し小走りになる。

 

 まぁ会えるのを楽しみにしていたら少しはやめにきたら既に待ってて焦った様子でせんぱいに近づく私。男ってこういうの好きでしょ?

 

「せんぱーい」

 

 声までしっかりルンルンで楽しげに装っている。

 んふふっ、結構気合い入れてきましたからね。

 

「んっ、おぅ」

 

 何の抑揚も躍動感もない淡々とした返事が返ってきて一気に私の感情が落胆へと突き落とされる。

 

 んもぅ、この人ホント変わらない。

 

「可愛い可愛いいろはちゃんですよ〜、待ちわびました?」

 

 すると表情も変えずに即答で「一色、あざとい」と返ってきた。

 それと同時にももたれかかった壁から離れ私の元にのそのそと歩いてきた。

 

「もぅ〜、内心嬉しいくせに」

 

 そう言うとなにやらにたぁっとした粘着質のあるような笑みを浮かべる。

 なんですか? 気持ち悪いですね。

 

「やだなぁ、そんなわけないじゃないですかぁ〜?」

 

 全身にぶるっと寒気が走る。

 やけに高いねちょねちょした声色が気色悪さを増幅させる。

 これは真面目にヤバいやつです。

 

「うっわぁ……気持ち悪いです気色悪いです、恥ずかしいです、隣に来ないでもらっていいですか? というかよくそんなこと平然と言えますねせんぱいは周りの目なんて気にしない人なんでしょうが私は気にするのでもう少し気を使ってもらっていいですか? ごめんなさい」

 

「開幕から暴言のオンパレードじゃねぇか」

 

「もう2度とやらない方がいいですよ? 真面目に他の人にしたら通報すらあり得ますからね?」

 

「そんなにかよ……お前に似せたんだがな」

 

「……せんぱい? それは私があんな気持ち悪い声って言ってます?」

 

 それちょっとショックなんですが。

 

「いや? 普通に誠実に努力して真似ようとした結果だ」

 

 あら、真顔でそんな事言われた。なんの捻りも無くただ単に真似ただけなんですね。

 

「それなら……なんというか先輩は物真似のセンスは皆無ですね」

 

「そら男が女の物真似なんてすぐにできるかよ」

 

「せんぱいならやってくれそうって少し期待はありましたが」

 

「その期待はどこから来たよ」

 

「まぁいいです……それでどこ行くんですか今日?」

 

「どこ行くも何も今日話するだけだろ?」

 

 

 ……はぁ?

 

 

 

「はぁ?」

 

「えっ、何その反応」

 

 えっ、これガチの奴ですか?

 

「せんぱい、流れ読みましょ? フランス料理のコースがあるようにこう言った事にも流れってあるんですよ? いきなりメインディッシュが許されるのは定食屋か牛丼屋か確定した浮気の証拠を突きつけるカップルくらいですからね」

 

「なにその面倒くさいの。なんでわざわざ遠回りするんの?」

 

「その場の雰囲気を高めるためです」

 

「なんだよそれ……」

 

 矢向さんとはお祭り行ったじゃないですか。私だって少しでも雰囲気作りをしておきたいんですよ。なんで私とは駄目なんですか?

 ムカムカしちゃいますよ?

 

「まぁ適当に散策しながら考えることにしましょうか」

 

 私がそういって歩き始めたら、せんぱいは後ろからのそのそとついてきた。

 喋りづらいんですが。

 

「いつのまにか話が進んじゃってんだけど……」

 

「そうそう、そういえば最近近くにタピオカミルクティーのお店ができたんですよ、知ってますタピオカ?」

 

「いくら俺でもそれくらい知ってるわ」

 

「でも飲んだことはないですよね。せんぱい1人で買いに行けそうにないし」

 

「あれひとつでラーメンに匹敵するカロリーがあるらしいな。それだったら俺は迷わずなりたけに行くわ」

 

「そうらしいですが、一部は写真撮って自分の顔加工してネットにあげてあとはゴミ箱捨てるみたいですよ」

 

「は? もったいねぇ。あれ結構値段するだろ。俺にくれよ」

 

「うわぁ……」

 

「なぁ一色、その不審者を見るかのような目はやめろ、俺が可哀想だと思わないのか?」

 

「いえ全く。ただせんぱいが女の子が捨てようとしていたタピオカを懇願して欲しがる様子を想像してしまってつい」

 

「それお前の妄想だからな? 俺は悪くないぞ」

 

「すいません。つい妄想が捗ってしまいました」

 

「妄想が捗るのはわかる。楽しいもんな」

 

「せんぱい私で変なこと妄想してないですよね?」

 

「それよか飲まずに捨てる奴って結局なにが目的なんだ? タピってる私超可愛いとかか?」

 

 なんで話題を戻したんですか? やっぱりムッツリなんですね。

 

「なんで話題変えて誤魔化したんですか……まぁ〜いいです。目的ですか、そうですねー……」

 

 そう言って私は振り返りせんぱいを見る。

 振り返り際にスカートを大きく揺らすのがポイントだ。

 

「だいたいタピオカって女子だけで行くことが多いじゃないですかぁ〜?」

 

「ん、ニュースとか見るとなんかそんな感じするよな」

 

「そう、そこがポイントなんですよ!」

 

「なんでだ? 女子数名のグループでやけに楽しそうに行列並んでんのよくみかけるがそれだけじゃないのか?」

 

「仲がいいのは表だけって事ですよ。その子が視界からいなくなるとすぐに罵倒雑言を繰り広げて下品な笑いを繰り広げるのが女なんですよ」

 

「……おっおう。なんかやけに闇が垣間見えてきたな」

 

「それと同じで、女子グループで好きな男が被った女子が居たとします。そいつをどうやって蹴落とそうと考える訳です。仲が良いように装ってタピオカを一緒に買いに行って加工した写真をネットにあげて楽しいねって言う風に感じさせつつ、相手が飲み始めたのを確認しつつ自分はワザとタピオカの容器を落とす。これで相手だけデブらせる事が可能となる訳です。私じゃなきゃ気づかなかったです」

 

「怖い怖い怖い……なにその騙し合い。闇どころじゃねぇよ深淵を覗き見たわ」

 

「そんな目的でタピオカは捨てられるんです」

 

「ずいぶんとんがった目的だな。同じ手法だけだったら相手にも勘づかれるだろ」

 

「なのでパターンがあるんです。トイレに行って流すか、目の前で飲まないといけない状況の場合のリスクを考えて太りにくくする為にトクホ製品を事前に飲んでおいたりして少しでも相手より被害を抑えるんです」

 

「まじでよく考えたな。怖すぎて俺もう素直にタピれねぇよ」

 

「まぁ好きな人の気持ちを振り向かせるにはなり振りかまってられない感じなんでしょうね」

 

「そんなもんなのか」

 

「そうです。他にもマウンティングタイプもありますね。男とタピってる様子をSNSに上げて、自分の場合はスタンプ使って顔全体隠すくせに男の方はイケメンである事を主張するかのように薄く目線を入れるだけで『わたしぃ〜、こんなイケメンと今デートしてるんだよぉ?』って承認欲求押しつけてくるタイプですがそれは気にした時点で負けなので注意が必要です」

 

「もはやタピオカ関係ねぇし。そもそもそんな写真が流れてきても興味湧かねぇよな普通」

 

「まぁ知り合いの女に向けてのマウンティングが目的なのでせんぱいとかはそう思うでしょうね」

 

「なんでお前らってそんなマウンティング取り合ってんの?」

 

「お前らってなんですか。私を含めないで下さい。ごく一部の話をしているんです」

 

「えっ、これお前の話じゃねぇの」

 

「そんな訳ないじゃないですか。一部改変したので私の話ではありません」

 

「結局お前の話なんじゃねぇかよ……」

 

 そうやって話題も一区切りしたところでちょうど大きめのアミューズセンターが見えてきた。

 

「せんぱい。カラオケとかって行ったことあります?」

 

 私的にはちょっと発声練習したいんですよ。

 プールって手もありましたがこれはちょっと刺激が強すぎるのと突然誘える部類でも無いですしね。

 

「まぁ……付き合いで行くってぐらいだな」

 

 付き合い??

 せんぱい友達いないのに付き合いってなんですか? もしかして矢向さんとすでに来た……とか?

 

 そんな事を考えた矢先に少しだけチクッとした。

 

 そんな気持ちを振り払うように私は会話を紡ぐ。

 

「へぇー、せんぱい友達いないのにカラオケ行く付き合いはあるんですねー」

 

「そうだぞ、小町の唐突な思いつきでよく付き合わされんだよ」

 

 あー、なるほど。小町ちゃんか。家族の付き合いならそう言って下さいよ。

 

「それなら、今日は私と行きません?」

 

「家族以外と行くと恥ずかしいだろ」

 

「恥ずかしいなんて最初の一曲歌ったら忘れちゃいますよ。大丈夫ですよせんぱいがガマガエルの声なのは百も承知なんで」

 

「なに悟ったかのような優しい表情してんの? 聞いてもねぇのに俺の歌声ディスんのやめてね?」

 

「それならちゃんと私にその証明をして貰っていいですか?」

 

「そもそもその証明をする必要があるのか?」

 

「ありますよ、せんぱいが今後奉仕部の2人とカラオケ行く機会がすごく可能性は低いですがあるかもしれないじゃないですか。その時に恥をかかないように今のうちわたしがジャッジした方が良いじゃないですか?」

 

「それなら小町に普通って言われてるぞ」

 

「それはもしかしたら身内贔屓がかかっている可能性がありますよね」

 

「無きにしも非ずだが、さっきからなんだ一色? 俺とカラオケ行きたいの?」

 

「何っているんですかせんぱい。ただ井の中のヒキガエルになってませんかって言ってるんですよ。身内以外の意見も聞いた方がより客観性が保てていいと思いますよ?」

 

「客観性保つとかいらねぇだろ。そもそも誰かに聞かせる為に歌う訳じゃねぇだろカラオケってストレス発散だろが」

 

 今日に限ってなんでこんなに面倒くさいんですか。

 私とカラオケはそんなに行きたくないんですか?

 

「むぅ〜……わかりました。正直に話します。せんぱいとカラオケ行きたいです」

 

「いきなり素直になるとかあざといな一色」

 

 あざとい? そんな訳ないじゃないですか。

 少し照れ臭さいようなはにかむ感じの表情の演技と上目遣いを駆使して言ってみましたがあざとさはありません。

 

「……行くんですか? 行かないんですか?」

 

「そこまで言われたらな。仕方ねぇな」

 

 そういって照れ臭いのか頭をポリポリとかいている様子が少し可愛いと思ってしまった。

 

「まったく、素直じゃないですね」

 

 

 ***

 

 

 入店後受付を済ませて伝票に記載のある部屋へと向かう。

 すると扉がカードをかざすと開くオートロックタイプだ。

 

 最近のカラオケ店は2名くらいの部屋ならオートロック式の部屋に案内できるみたいだ。ヒトカラ女性を狙ったカラオケのナンパが頻発しているみたいですし置き引きとか置き引きの心配もなくなるから助かりますね。

 

「とりあえずダムですが良かったですか?」

 

「別にカラオケの機種とかこだわりとかねぇよ」

 

「たまにいるんですよね。『俺ジョイじゃないと歌えない』とか言う人」

 

「そうなのか? 別に一緒だろ、まぁ音質とかわかっちゃう奴なんじゃね? 知らんけど」

 

「そうなんですかね〜、せんぱいはなに歌うんですか?」

 

「基本J-POPの有名どころやらアニソンやらだな」

 

「へぇ〜そうなんですね、まぁ私も似たようなものです。アニソンはそんなに知りませんけど」

 

「まっ、好きなの歌えればそれでいいだろ」

 

「そうですね、でもだからといっていきなりセクハラな曲入れないでくださいよ。私の知り合いの話なんですが今年の夏はどこに行こうかとか歌使って私と予定を組もうとしてくるの本当に鳥肌立つんで」

 

「お前、人の真似すんなよ」

 

「なんの話ですか? 知り合いの話ですよ」

 

「話の中に自分を指す主語が入ってんだろうが」

 

「っあ、ホントだ。意外と難しいですねこのくだり」

 

 こういうところはやけに頭回りますね。さすが国語1位。

 

「ちなみにそいつのその後は?」

 

「そりゃ、そのあと裏で女子の笑い者にされてましたよ。あとその人のあだ名がドコ夏って言われるようになりました」

 

 そう言うとせんぱいはボソッと『無茶しやがって……』と遠い目をしてしまった。

 みんなの前であれされたらさすがにひくでしょ普通……

 

「ってかお前、結構いろんな奴と遊んでんのね」

 

「そりゃまぁ、付き合いで遊びに行く時もありますし、ちょっと買い物を手伝ってもらいたい時とか……っは!? せんぱいもしかして! 違いますからね? 違いますからね!?」

 

「なんで2回言ったよ? まぁお前は手伝ってもらってる感覚だろうが相手はそうは思ってないかもしれないからな。気をつけろよ」

 

「えっと、それはなんの心配ですか?」

 

「単なるお節介だ。その誰かは知らんがお前の好きな奴に勘違いされたら元も子もないからな」

 

 ……まだそんなこと言ってるんですか?

 あれだけしたのにまだそんなこと言うんですか?

 あの日の最後、完全にお前の気持ちは理解したって感じだったじゃないですか。

 それなのになにこれ……本当にこの人なに考えてるのかわからない。

 

 ……ステイステイ、まって、待つのよ一色いろは、その考えは早計よ。

 せんぱいはお前の好きな奴と言った。つまりはせんぱいも含まれているということをせんぱいは理解しているという事です。

 そう考えるとその証明問題から求められる結論は『俺が嫉妬するからやめろ』という事ですね。なるほど完全に理解しました。それならこういう感じでお返しする事にしましょう。

 

「まぁ、ちょっとやきもち焼かれたら嬉しくてもっと好きになっちゃいますね」

 

「うぇ……そうかよ。ようやるわ」

 

 メロンソーダを飲みながらデジモクの画面をスイスイ操作しながら眺めていた。

 あれ? もしかして違いました?

 っと言う事はやっぱり別の人と思っているって事ですね……

 なんかムカついてきました。

 

「ほら歌いますよ!」

 

「お、おう、どうした一色?」

 

「歌ってないとやってられないんですよ!」

 

「なら先手は譲ってやるよ」

 

「それはどーもっ!」

 

 そしてせんぱいと交換づつ歌い2時間程が経過した。

 点数で低かった人がドリンクを持ってくるって勝負をしかけ私の圧勝した所で一旦休憩を入れようと言う話になった。

 

「せんぱい、本当に普通ですね。面白味がないです」

 

「だから普通っつっただろうが。俺になにを求めてんだよ」

 

「いや、隠れた才能とかあったら面白いかなと」

 

「漫画の読みすぎだろ。俺はただのパンピーだ」

 

「まぁでも? 『君』とか『好き』とか『キス』とかの歌詞が現れるたびに私をチラ見するのはちょっと気持ち悪かったですがね」

 

「うっ……気づいてたのかよ。あれだ、普段カラオケは1人か小町とだけだから身内以外で歌い慣れてないだけだ」

 

「まぁ、そう言う事にしておきます」

 

「んでなに飲む? ココア?」

 

「それで大丈夫です〜」

 

「了解」

 

 そう言ってせんぱいは部屋から出て行った。

 その間にデジモクをスイスイとみて次歌う曲を探しているとふとデュエット曲に目がいった。

 

 結構有名どころでせんぱいも知っている曲だと思うから今度いっしょにこれを歌おうと提案するのはありですね。

 

 そんな事を考えて音質の良いタイプが無いか探しているとせんぱいが戻ってきた。

 なんか若干気落ちしたかの様子でボソッと「なんでコーヒー用にミルクじゃなくて練乳置いてくれんの」と独り言を呟いてた。

 

 それはせんぱいだけに需要があって他の人はそんなハイカロリーな飲み物は飲まないからですよ。

 

 そう思いながら先輩からココアを受け取る。

 

「せんぱい、デュエットとかどうですか?」

 

「んっ。ま、まぁいいんじゃねぇか? んじゃおれ適当に入るわ」

 

 せんぱいの言ってるそれはデュエットじゃないですからね?

 

「大丈夫ですよ~ちゃんとデュエット対応してるのありますから、それ一緒に歌いましょ~」

 

「そう言われても俺、おまえ等みたくパリピでハイテンションノリノリなデュエット知らないんだけど」

 

「勝手に私までパリピの仲間入りにしないでくださいほら、これですよ。聞いたことありますよね」

 

 そういってせんぱいにデジモクを見せる。

 

「知ってるが……知ってるが歌が俺のキャラじゃねえって……」

 

「まぁせんぱいが朝の11時に車でステレオガンガン鳴らしてテンションマックスでリズムに乗りながら私の家に来たらさすがの私も110に通報せざるを得ないですね」

 

「ツッコミどころ多過ぎでなにに手をつけたらいいかわかんねぇよ」

 

「まぁキャラとか関係なくて歌えるなら歌っちゃいましょう。ほいっと」

 

 そういいはなちつつ、デジモクの送信ボタンを躊躇なく押す。

 

「あっ、おまっ! ……知らねぇかんな」

 

 そして演奏が始まり歌いだして私担当のフレーズが終わるとせんぱいがタイミングを合わせて歌う。

 

 ただ、確かにせんぱいと曲の雰囲気が違いすぎてじわりじわりと笑いを誘った。

 

 ちょうどラップの部分を歌い出したあたりで堪えきれず吹き出してしまった。

 

 半目で私をみながら歌うせんぱいには悪いことをしたなとジェスチャーで謝罪の意を示す。

 

 無事歌い終わるとズゴゴゴコと音を立てながら乳酸菌飲料を飲んでるせんぱいと目が合う。

 

「いや、あぁいうせんぱいも新鮮で良いですね」

 

「二度とやんねぇかんな」

 

 

 ***

 

 

 その後カラオケを時間の限りまで歌い尽くし店を出る。

 出たと同時に夏の気温が襲いかかり、一瞬でカラオケ店で得た冷気を奪い去っていく。

 

 ただ、入った頃と比べ日も傾いてきており、若干暑いという感じだ。

 

「なぁ、そろそろいいんじゃないか?」

 

 せんぱいが怠そうにそういう。暑いですからね。

 まぁ少しは紛らわせたとは思う。発声練習もバッチリだ。

 

「そうですね。あれ、近場に話ができる場所ってありましたっけ?」

 

「あー、あそこで良いか?」

 

 そう言ってせんぱいが指を指す先にあったのは少し小さめの公園だった。

 丁度日も傾いてて影になっている所が多かった。

 

 その公園に入り適当に日陰になっているベンチに腰掛ける。

 せんぱいも人ひとり分の隙間を空けて隣に座った。

 

 やばい、いざこうなったら普通にどきどきし始めてきてしまった。

 何から話せば良いか分からなくなってきた……!

 

 せんぱいがぼそっと『デジャブを感じるな……』と呟く。

 そういえば矢向さんのときも公園でしたね。

 ふっとどういう光景だったか思い出そうとした。

 ……が、それがいけなかった。

 

 

 

『そうなんですね。それじゃ……私の事も警戒してます?』

 

『ん……まぁさっきの話聞いた辺りから少しな』

 

『そうですか……なら……なら一色さんもですか?』

 

『それはまぁ〜……そうだろ……ってかなんで一色をいまだした』

 

 

 

 あっ……

 

 

 あの時の2人の会話を思い出した。

 

 そうだ、たしかせんぱいは私のことも警戒していると言った。

 という事は私が今告白したところでせんぱいの気持ちはこちらに向いていない。

 つまりは

 

 そう思った時、私の表情が緊張で強張る。

 

 この思いを今言ったら……すべて終わってしまう。

 どうしようか。

 

 とりあえず先に本題から少し遠ざけて時間を稼ぐことにしよう。

 

「久し振りに楽しいカラオケでした」

 

「お前の無茶ぶりがなけりゃーもっと楽しかったかもな」

 

「それでもちゃんと歌ってくれてた癖に」

 

「まぁ、歌うって事自体はストレス発散にはもってこいだからな。そう言うことだから」

 

 そう言って腕を組みながら頷いている。ツンデレさんですかね?

 

「せんぱいストレスとかあるんですか?」

 

「あるにきまってんだろ。ストレス抱えすぎてマッ缶なしでは生きていけねぇよ」

 

「あれもはやお薬的な立ち位置だったんですね、ひきました」

 

「そこでひくのかよ」

 

 流石に通常の会話と裏で別の事を考えると言う高等技術は私には難しく、

 ここまでしか会話が続かなかった。

 

 吹く風が木々を揺らし葉のすれる音がサーッと聞こえてくる。

 

 会話が途切れ沈黙が続いていたので、その音と蝉の鳴き声が組み合わさり、これからの出来事を演出しているかのように聞こえた。

 

「……んじゃ、聞くけどよ」

 

 そういってせんぱいが口を開く、それと同時に私も覚悟を決める。

 

「あの時お前は何を言おうとしたんだ?」

 

「……いやだなぁせんぱい。あれは演技ですよ?」

 

 結果、思いとは全然違う言葉を私は自ら口で発する。

 

「っは? なにいってんのお前?」

 

 流石のせんぱいも困惑している表情だ。

 まぁあれが演技だったら私は大女優か魔性の女の道を突き進む人生でした。

 苦し紛れとは知っています。

 しかし今言うと全てが終わってしまいます。

 そんなの絶対に嫌。

 それなら私は自分の信用を代償に払ってでも関係を続けたい。

 

「だって私ってモテるじゃないですか〜? 好きな人とそうなったときどういう雰囲気に持っていこうかなってちょっとせんぱいを使って抜き打ちの実験したんですよ〜」

 

 張りぼての言葉が自分自身に突き刺さる。

 

「いや、ちげぇだろ。明らかに度は超えてただろうが」

 

 せんぱいはそんな張りぼての言葉をいともたやすく見抜く。

 

 それじゃあもうなんて言えば良いんですか?

 せんぱいはこの関係を壊したいんですか?

 

「あれ? もしかしてせんぱーい? 私が気があるって思っています? そんなわけないじゃないですか。私って結構モテるんでこう言った練習って欠かせないんですよね〜。勘違いさせてしまってたら……ごめんなさい」

 

「……なぁ、何があった」

 

「……しつこいですね、そういう男は嫌われますよ?」

 

「そうか。ならもういいわ」

 

 そう言ってせんぱいは立ち上がり、公園の出入り口へ向けて歩き出してしまった。

 

「あっ……」

 

 情けない声が漏れる。

 怒ってるんだろうな。こんな事を話すはずじゃなかったのに。

 チクチクと自分の胸が痛み、自己嫌悪に悩まされながら私はしばらくそのベンチに座り込んだ。

 

 

 ***

 

 

 それから私はなにも考えることができずにフラフラと街を徘徊していた。

 

 気がつけば学校近くの大きな商業施設マリンピアに来ていた。

 

 そこでも何の目的もなく、ただお店を見て回りとにかく今は視覚情報のみでいたかった。考えたくなかった。

 

 しかしそれもむなしく、またあの公園での出来事が脳裏に浮かぶ。

 

 そこに、自分の不甲斐なさが胸を苦しめた。

 せんぱいにとって私も警戒される対象である事がものすごく怖くて、否定されるのが嫌だった。

 

 だからこそ何も出来なかった。

 私は日和ってしまった。こちらの方が何事も無く壊れることがないから。関係を深めるより平坦を選んでしまった。その後悔が後を引き自分の心に突き刺さる。

 

 泣きそうな感情を押し殺してそろそろ帰ろうかと思った矢先、声をかけられる。

 このタイミングでナンパとか本当にウザい。

 とにかく姿も見ずに無視を決め込むことにした。

 

「なぁーいろはすってばよー? 隼人くーん、なんで俺っちシカトされてん??」

 

「戸部、いろはに何か怒らせるようなことでもしたんじゃないのか?」

 

「っべー、そりゃないって隼人くーん」

 

 あれ? よく聞くとなんか知り合いのような……

 

 そう思い、下ばかりを見ていた視線をあげる。

 すると部活でよく見る2人、戸部先輩と葉山先輩の姿が映る。

 

 知り合いと認識した私は足を止める。

 

「あれ、葉山先輩じゃないですか。失礼しました。タチの悪いナンパかとおもってしまいまして」

 

「戸部が喋りかけたのがまずかったな、こちらこそすまない」

 

「いーろーはーすー、いつも備品の買い出し手伝ってんのにそりゃねぇぜ」

 

「ところで葉山先輩はこんなところでどうしたんですか?」

 

「あぁ、準備をしに来たんだ」

 

「準備と言うと?」

 

「夏休み前に学校の掲示板にボランティア募集の張り紙とか貼られてなかったか?」

 

 葉山先輩がいう学校掲示板というのはほとんどの生徒は見ていないのですが、ちょっと確かになんかやけにカラフルで少年漫画みたいな熱い謳い文句が書かれていたチラシはチラ見で見たことがあります。いろんな生徒が笑いの種にしていましたが……

 

 ……もしかしてそれのことですかね?

 

「そういえばそんなものがあったような気がします」

 

「その夏休みボランティアって奴、隼人くんがやってみたいって言うからみんなでやることになったんっしょ」

 

「へぇー、良いですねそういうの」

 

 葉山先輩はそういう所もしっかりしてるんですね。

 すごい人だと思います。

 

「まぁ、大変そうではあるが、それなりの経験はつめそうだからね。どうだ? いろはも参加してみるか?」

 

「面白そうですけれど……でももう参加確定してるんじゃないんですか?」

 

「人数は大いに越したことはないし引率は平塚先生だ。話さえ通せばまぁなんとかなるだろうさ」

 

「そうなんですか」

 

 正直このモヤモヤってしている気持ちををどうにかしたい、晴れるかどうかはわからないけれどまぁこう言うのに参加して和らげるっていうのははありかもしれない。

 

「いいですね。内申とかにも良さそうですし是非私も参加させてもらっても良いですか?」

 

「おぅーけぃーっ! いろはす参戦けってーっしょ」

 

 いきなり大声で言われ耳がキーンとした。

 戸部先輩、私といるのが嬉しいからってかなり迷惑です。

 

「戸部、うるさい」

 

「戸部先輩? 少し黙っててもらっていいですか?」

 

「っべー、隼人君もいろはすも俺に厳しくない? おっ、これいわゆるツンデレ系て奴べ」

 

「いや、ただ単純にうるさい」

 

「うるさいですよ、戸部先輩」

 

「っベー……」

 

 ただ戸部先輩のせいでさっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでいる事に気づいたのは2人と別れて後のことだ。

 

 もしかして戸部先輩は私が気落ちしている事に気づいててわざとああいう風に振る舞ったのだろうか?

 

 いや、考えすぎだ。戸部先輩はいつも通りだ。

 

 さて、それじゃあ私もボランティアに向けての準備をしなきゃね。

 ボランティアとかそんな大層な理由があるのだったらお父さんに言ったら準備のためのお金出してもらえるかもしれない。

 ここはまずはお父さんを口説き落とすところから始めよう。

 

 そう思い私は商業施設から出る。

 すると日がさらに傾き橙色に染まっている光景が見えた。

 

 今ここでそんな哀愁を感じてしまってはさっきようやく吹き飛んだ感情がまた振り返すだろう。

 私はただただそんな橙色に染まった道を様々な思いを胸に足早に駆けていった。

 




ちょっと難産でした。
投稿が日曜日になってしまい申し訳ない。

あとがきはこちら
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=231955&uid=258772

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