「ついたぞ」と平塚先生はギアをPレンジに切り替え、鍵を指すところやサイドブレーキがあるべきところにあるボタンを押す。
車のエンジンが止まり、ドライブが終わったと知らせる刹那の静けさ。
人と話すと言うよりも景色を見て楽しんだ。それが終わりって思うとすこし寂しい。
まぁそんな寂しさなぞ降りてしまえば即座に忘れるわけだが。
俺の視線に気づいたのか平塚先生は「珍しいか? これがエンジン。これがサイドブレーキなんだぞ」と教わり、うちにある車との違いを見せつけられた。
降り立った場所は非常に緑豊かな場所だ。辺り一面木、草、花。
俺は息を大きく吸い込み両腕をあげて伸びをする。
長時間の車内だったから身体が固まって仕方がなかった。
「うむ、空気が新鮮でおいしいな」
煙草を吹かしながらそんな事を言っている。
それで本当に味が分かるのだろうか? 何にでもうまいって言う人にしか見えない。
あっ、俺もそうだった。
そういや森の中だから空気が新鮮なんだな。
空気に鮮度があるのか知らねぇけど。ただ他より冷えている場所ってだけでそう決めた。
それならエアコンはいつでもキンッキンに冷えた新鮮な空気が吸えるって事じゃねぇか。
なら新鮮な空気を吸うためにわざわざ遠出せずともエアコンがキンッキンに効いた室内ならいつでも新鮮な空気を吸えるって事だよな。と言う事は家にいることが森林浴、引きこもりは森林浴なのだ! ……あー……帰りたい。
「あっ! はちまーん」
ジャンヌ・ダルクは神の啓示を聞いたとある。比企谷八幡は天使の声が聞こえた。
つまり俺は戸塚先輩のために生まれてきたようなもの。もう離さねぇ。
「というか先輩は何故ここに? 俺奉仕部の合宿らしいんで俺たちだけだと思ってたんですが?」
「実は平塚先生からお誘いもらったんだ。八幡も来るって聞いたから……来ちゃった」
「戸塚先輩……」
「あっこら! はーちーまーん!」
なんだろうなんか伸びが入った事とにより名前がよりデフォルメされ可愛らしく聞こえる。
癒ししかない。
「僕、前に同い年だから呼び捨てにして良いっていったよ?」
戸塚先輩はぷくっと頬を膨らませ、計算したかのような的確な角度で見つめてくる。
これが天然で出来るなんざ信じられるか? あいつでも………っ!
無意識に脳裏に浮かんだ想像から紛れるため行動に出る。
「あの? は、八幡?」
おっといつの間にか彩加の手を握っていた。
しかしなんだ……この手の柔らかさ、本当にテニスしてるよね? なんでこんなフニフニしてて柔らかいの? ってかいい匂いしちゃうのなにこれ?
使ってるシャンプー教えてもらってもいいっすか?
「ちょっ……八幡ってば。くすぐったいよぉ……」
「……あなたたち到着早々何をしているの?」
色々と危ない雰囲気を醸し出していたところに雪ノ下先輩からの鋭い指摘が飛ぶ。
すぐさま、彩加から手を離す。
「す、すいません」
「うぅん、大丈夫だよ、それより八幡こそ大丈夫? なんか心ここに在らずって感じだったよ?」
「ちょっとまだ寝ぼけててぼーっとしてただけだ」
「あはは〜、そうなんだね。僕もさっきまで寝てたからさ、一緒に寝ぼけちゃってるねっ」
そう言ってまぶしい笑顔を俺に向ける。
うむ、もうこの笑顔を見ただけでも千葉村に来た甲斐があるというものだ。
「さて、そろそろ集まってくれ」
平塚先生が集合の声をあげると男女グループ別れて雑談していた皆々が車の前に集まる。
「これから先に到着している生徒達と合流する。車の中でも言ったがくれぐれも林間学校生徒達の模範となるよう行動をするように」
「先に到着している生徒とは誰なのでしょうか?」
雪ノ下先輩が当然の質問をする。もちろん俺も疑問に思っていた。
こういった行事って誰が来るのか事前に通知するもんだろ?
そうじゃねぇと『誰だよ……あいつ呼んだの?』なんてコソコソ噂話されて居づらさから全集中・ステルスヒッキー発動しないといけないだろうが。
それが直前に知るってこれ絶対平塚先生の趣味も絡んでんだろうな。
「それは到着してからのお楽しみだ」
どうやら対面するまで答えはお預けのようだ。
少し歩くと大きな建物みたいなものが見えてきた。
それと同時に大勢の人の姿が見てとれた。
同時に道中、森の虫の音や木々の葉擦れの音は100名近い人数の喧噪にかき消された。
「あれは……」
「あーっ! 隼人くんだ! やっはろ〜!」
遠くで点のように見える葉山先輩を見つけた由比ヶ浜が大声で葉山に声をかける。
近くに居る俺にとっては大音量に耳の鼓膜が大震災だ。
さらに近づいていくと目線の先にいたのは葉山先輩だけだった。あれ? 1人?
どうやら到着した俺たちに気づいたのか葉山先輩がこちらに近づいて来た。
「やぁ、無事到着してくれてよかったよ」
「すまないな、指揮をとってもらって。誰とは言わんが1人寝坊をかましてくれた生徒がいたものでな」
「えぇ、誰とは言わないけど」
「あはは……」
そう言って平塚先生と雪ノ下先輩の目線がこちらを向く。
ねぇやめて! 目は口ほどにものを言うのよ!
……はい、すいませんでした…
「平塚先生、荷物の方を預けたらすぐに手伝ってもらっていいですか? 申し訳ないのですが量が量なので現状俺たちだけでは回りそうもないです……」
達……と言う事は他にも来ているのか。まぁいつメンだろうなー。初めて使ったよいつメン。最初ブタメンに新商品でたのかとおもったぜ。
「ふむ……了解した。宿舎に荷物を預けたのち、すぐに合流しよう」
平塚先生? なんだろう。この人なんかイキイキしてないか?
もしかしてあれか? ピンチの時に現れたヒーローっぽくてテンション上がってんじゃないだろうな?
宿舎に荷物を置きすぐさま集いの広場に向かう。そこにあれだけ大勢いた小学生の姿は見当たらず、なぜか葉山組の面々も見当たらない。
そして先に出て行った平塚先生すらいない。どこ行ったんだあの人?
あるのはビニール袋に包まれている大量の弁当とあと大量のクーラーボックスだ。
なにをすればいいかわからずただぼーっとつっ立っていると、見覚えのある車が近くに止まる。
出てきたのは案の定平塚先生。
「葉山達は先にオリエンテーリングのゴール地点に持てるだけ持たせて向かわせた。君たちは先にこれらを車に乗せてもらっていいか?」
こうして弁当やらクーラーボックスを車に詰め込むだけ詰め込んだ後、「君たちもすぐにゴール地点に向かってくれ」と言い残し平塚先生は行ってしまった。
俺たちも乗っけてくれてもいいんじゃないかな?
乗るとき弁当膝上においてさ……あっ、5個弁当入っているビニール袋を膝上に3つ置く? 生暖かい感触と地味に重いな。
それに非常に繊細なバランス感覚が必要になる。最悪車内にぶちまけて小学生の教員と平塚先生にガチギレされるまでついてくる。そして残った弁当からおかずとご飯を少しずつわけてもらうために個々に話をして嫌な顔されてつつもらっていく……ぐぅぅっ!!? カレー事件の思い出が!! よってリスクマネジメント大切だな。仕方ない、歩くか。
「急いだ方がいいかもしれないわね」
「うん、ちょっと出遅れちゃっているから急ごっか」
ゆっくり歩くことすら許されないのん?
全く、こうなったのは誰のせいだよ。
……俺でした、ほんとすいません。
そうして俺たちも急ぎゴール地点を目指すことになった。
***
俺たちはとにかく早歩きくらいの速度で黙々とゴールを目指した。
途中途中でクイズやら課題に四苦八苦している小学生達を見ては何故か嬉しさが込み上げてくる。
「しげちーより先にクイズとっぴっぴー」
「おーっ! よーすけにこされたー! マジはやいな!」
「……なぁきばみ―。これマジむずくない? 世界で二番目に山だって、なに? アルプス?」
はっはっはー! 小学生達よ! くるしめー!
「スマホで調べたら一発じゃん」
「きばみ―……天才かよ……!!」
最近の小学生は既にスマホを手にしているのかよ……
ズルすぎるだろ。
急いでいる途中で悩んでいる小学生の班から声をかけられることがよくあった。
しかし、その声をかけて貰えるのは俺や雪ノ下先輩ではなく、派手目な見た目の由比ヶ浜や天使トツカエルだ。
まぁ、こうなりたいなぁって憧れがあるから話しかけるのだろう。
オリエンテーリングの課題の話から派生してスポーツ、テレビ番組、ファッションなどなどに話は派生するが雪ノ下パイセンのわざとらしい咳き込みでそれら話題をバッサリ切る。
多分話しかけられない事を気にしてそう。言わんけどさ。
「ほら、先を急ぐわよ」
「そ、そうだね。ごめんねゆきのん」
「何故謝る必要があるのかしら、由比ヶ浜さん?」
「雪ノ下先輩、俺も話しかけられないから大丈夫です」
「なにをもって大丈夫と言っているのかしら。あなたと同列扱いっていうのかなり癪に触るんだけど?」
鋭い目線が俺を貫く、かなりご機嫌斜めなご様子で……
「ゆ、ゆきのんもさっ! 小学生の子達に話しかけて見たら」
由比ヶ浜があせあせとフォローする。
「話しかけたわ。何故か逃げられるの……」
まぁそうだわな。
俺が小学生だったら恐怖の大王だわ。絶対近づかない。
「話しかけてくる女の子達にかわいいってよく言われるんだけど……なんか複雑だなぁ」
それは仕方がない。
真実を伝えたら多分その子達は性別とは? とか哲学に目覚めてしまうかもしれない。
それから俺たちは次々にオリエンテーリング中の小学生たちを追い抜いていく。
ただ、流石に足が若干痛くなってきた。自転車通学で鍛えていると思ったがそうでもなかったみたいだ。
そして5人組の班に追いついたとき、何か違和感を感じた。
4人の後を1人が2歩くらい遅れて歩いているのだが、一向にその後ろの1人に前の4名は気遣う事をしなかった。
4人だけで会話が行われており、時折後ろを見てはクスクスとなにが可笑しいのか密かな笑みを仲間内で共有する。
だが、後ろを歩く女の子はストレートに伸びた黒髪やフェミニンな服装で他の子に比べ垢抜けている印象を受けた。
十二分に可愛いと思う。普通こういった子は男子から時折意地悪されて影で可愛いよなって言われてモテると思うんだが珍しい……
待てよ? ……すごい身近に同じような人いた気がするぞ?
「なに」
「特に……」
おっと、何か思ったのかまさか目と目が合っちまったぜ。絶対に恋なんて始まらない。
どうやら雪ノ下先輩も違和感に気づいたようだ。
まぁ、気付いた所で俺たちが何かできるわけではない。
この様子から見ると根が深そうだし関わったら面倒くさそうだ。
この子には悪いが俺たちは先を急いでいる訳でこの件は放置させてもらおう。
実害があるわけでもないし、これは彼女の中で人間関係の何かを学ぶ機会になるだろ。
そう考えを締め、俺たちはそそくさその班を追い越した。
***
オリエンテーリングのゴールに到着した俺は近場の縁石に腰掛ける。
さすがに道中ほぼ早足で歩いて来たから足にきた。ふくらはぎパンパンよ。
体力の違いか、彩加は息すら上がっておらずその後も先に到着していた平塚先生と話をしていた。
「あら、もう息切れ? だらしないわね」
「雪ノ下先輩? だいぶ足がぴくぴくしていますよ?」
「その下卑た視線で私の足を見ないでくれる? 鳥肌立つから」
「座ったらいいんじゃないですかね?」
「いやよ、そんな汚いところによく座れるわね」
そんなに汚いか? 流石に俺も黒く変色とかしてたら座らねぇけど立派な石の色してるだろ?
そんなこと考えながら雪ノ下先輩と話をしていたら葉山先輩がこちらにやってきた。
「比企谷、雪ノ下さん。到着早々で申し訳ないのだけど果物のカットをお願いできるかな? 包丁扱える人があまりいなくてさ」
「まぁいいっすよ。昔家事くらいはやってたんでそれくらいなら」
雪ノ下先輩は無言だ。なにこの緊張感。
「えー! 私はー!」
いきなり会話の中に由比ヶ浜が割り込んできた。
「いや結衣は……俺たちと一緒に配膳しようか、量があるしみんなでやった方が早いだろ?」
きっと葉山先輩は前のクッキーの件で確信したんだろう。
その役振りはありがてぇ
「えー……私もゆきのんと一緒に果物切りたかったぁ〜」
「由比ヶ浜さん。お気持ちだけ受け取っておくわ」
雪ノ下先輩はキッパリとその誘いを断る。
まぁ今回はスピードも求められるからな構ってる暇がないのは確かだ。
「うー……」
「由比ヶ浜さん、また今度教えてあげるから」
あら、デレの下さんですね。
「もうクーラーボックスと包丁もろもろの備品は出してるから、そのまま作業場に向かってくれ」
「了解っす」
こうして由比ヶ浜と葉山先輩、俺と雪ノ下先輩とで別れ、俺たちは作業場に向かったのだったが……
「あっ! 追加のカット担当の人ですか? お疲れ様でー……せんぱい!?」
瞬間冷凍かのように空気が凍りついた。
……なんでこいつこんな所いんだよ。