やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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#26

 晴天たるお日様と木々が吹く風に葉擦れを奏でる。

 やはり自然に囲まれているからこそ熱が籠もらない市内よりも比較的気温が低くなり過ごしやすい。

 全てのコンディションが文句なしと言える日だろう。

 なぜかテンションアゲアゲ車のステレオ全開で鼻歌歌って身体を揺らしたくなる。

 ……平塚先生が休日にやってそうだな。想像してみたら意外と似合うから困る。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 おっと、余りにも静か過ぎるので平塚先生の事を考えてしまった。八幡ついつい連想して現実逃避に走るんだ。ハハッ。

 

 

……

 

 

多分これを静かと言葉を選択した事自体間違いだ。

正しくは緊迫だわ。

 

 

 テーブルを前に隣に雪ノ下先輩、その隣に一色の横並びで黙々と梨の皮むきとカット作業を行っている。

 雪ノ下先輩が真ん中なのは策略的にそうなるように行動した。

 その隣でたまに様子をうかがうかのように一色がチラチラと横目で見ているのは気づいている。

 なんか気まずさが天元突破してて手元が震えるんだが……

 

 そんな時、隣で凄まじい勢いで皮を剥いている雪ノ下先輩の手が止まった。

 はぁ……と凄まじい嘆息を吐いてまた再開させる。

 一体なんだったんだ? 排気? 排熱? どっち?

いや分かってんだけどさ。本当すいません……

 

「比企谷くん」

 

 雪ノ下先輩はいつもと変わらない口調で俺の名前を呼ぶ。

 ようやくこの緊迫の空気とおさらばしたいが如く意気揚々とその言葉に反応した。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「あなた、また一色さんに何かしたの?」

 

 ビクッと雪ノ下先輩の隣で黙々と梨の皮をむいてた一色の身体が跳ねるのが見えた。

 俺も緊張の電気みたいな感覚が身体中を駆け巡る。

 

 あー駄目だ。

 この人完全にこの空気の大元を正面から叩き潰しに来てる。

 

 っていうかまたってなにまたって? 逆ですよ逆、いつも一色から問題を持ってくるのだ。

 俺は何も悪くない。

 

「いえ……特になにもないです~ははは……」

 

「一色さん、先ほどからやけに比企谷君に目が行っているようだけれど? 比企谷君に何か用があるのではないのかしら?」

 

「い、いえ。そう言うわけでは……」

 

 一色も歯切れの悪い返答をするが雪ノ下先輩は特に気にする様子もないようだ。

 

「そっ。それにしてもいつも騒がしい貴方たち2人が気を遣ってくれているおかげで静かで作業に集中しやすいわ」

 

 確実に何か含ませた言葉なんだろうけれどその手にはのらない。

 めんどくさいもん。

 

「そうですね。今は急ピッチに作業進めないといけませんし」

 

「その割には貴方の作業が進んでいるように見えないのだけれど? 包丁、震えてるわよ?」

 

「ひ、久し振りに皮むきをしたんで……やっぱブランクってあるもんなんすね~」

 

「あら? 作業前にあれだけ余裕綽々と大口を言っておきながら実力は大したことなかったのね。ふっ」

 

 何でそんな勝ち誇った顔してんですか? えっ? 勝負だったのこれ?

 それに俺そんな大言壮語吐いてたっけ? 家事できますくらいしか言ってないぞ?

 

「普通に皮むけてるだけでも偉いじゃないですか、できない人の方が現状多いですし」

 

 生きてるだけで偉いんだから皮むきできるんだったらもっと偉いだろ!

 

「そんな事どうでも良いわ」

 

 なぜその話題を振ったのん?

 

 それから会話が途切れ数十分くらい作業に没頭していた所だった。

 また雪ノ下先輩が口を開いた。

 

「比企谷君、何か面白い話をしてくれないかしら?」

 

 今日はホントよく喋るなこの人。しかも開口一番ハードルがたけぇよ……

 

「それ言われると1番困る言葉ですから2度と使わないことをオススメしますよ」

 

「あら、そうかしら? 貴方なら自分を笑いのネタにした話の100や200あると思ったのだけど?」

 

 いいのか? 昔自虐ネタは単発だったら面白いが幾つもそれを話していくと次第に空気重くなるんだぜ?

 なんか……ごめん。みたいな。

 

「雪ノ下先輩こそ今日は一段とおしゃべりじゃないですか。何か良いことあったんですか?」

 

「えぇ、後輩2人の|雨露霜雪≪うろそうせつ≫な空気に挟まれているから少しでも気を紛らわしたいのよ」

 

 なんか……本当にすいません。

 

「さて」

 

 雪ノ下先輩は持っていた梨のカットまで終わらせると

 そっと包丁を置いた。

 

「私の担当分は終わらせたと思うわ。あとはあなた達だけでお願い」

 

 ……まじすか。はえぇ……

 

 雪ノ下先輩は俺や一色の返事を聞かずに切り終えた梨を持って行こうとした。

 俺とすれ違い間際「うまくやりなさい」とだけ呟いて去って行った。

 

 うまくやりなさい?? なんだそれは? 何を上手くやれば良いんだ?

 主語がねぇからわっかんねぇよ。梨の皮むきをもっとうまくやれって事か?

 

 いやまぁ、もうちょっと慎重にやればまぁ、できなくはないだろうが

 

 それからもんもんと悩んみどれくらいが経っただろうか。

 5分しか経ってねぇ。精神と時の部屋かよ。

 

「あの……せんぱい?」

 

 どうやらこの空気に耐えきれなかったのか一色の方から語りかけてきた。

 

「……んだよ」

 

「梨、皮むくのうまいですね」

 

 だろ? ……雪ノ下先輩にはうまくやりなさいって怒られたぞ。

 

「まぁな、これくらいならできる」

 

「そうですか、すごいですね」

 

「あぁ……」

 

 ……

 

 会話終わっちゃったよ。余計なんか気まずくなった感ないかこれ?

 俺が悪いの? そりゃすごいですねって言われたらはい、ありがとうしか回答ないだろ普通。

 雑談むずくね?

 

「あの……せんぱい……先日はその……」

 

 おどおどしく俺の様子を横目で見ながら語りかけてくる。

 

 あれ、もう本題入ってくるの?

 その先日に流れがあるとか言ってたのは何だったのだろうか。

 君は壮大なマニフェスト掲げて当選したら何のことかさっぱり忘れる政治家かな?

 

 

……冗談はこのくらいにしておくか。

 

 

 

「なんつーか……途中で帰って悪かったな」

 

「いえ、なんかその……悪ふざけがすぎました、私の方こそごめんなさい」

 

「だな。俺だからまだ大丈夫だったが。他のやつにはやめといた方がいい」

 

「もうしませんよ」

 

「それがいいぞ」

 

 これで今回の件について、一色いろはは確かに謝罪したって事で決着はついた。

 形式上は解決している状態であり禊ぎは済まされたわけだ。

 一色いろはが俺に対する罪悪感は形式上洗い流されたって事だ。

 

 

 

だが……

 

 

 

 

「なぁ、一色」

 

 

 

 

 

 

 ただ、それで終わらないのが人間関係というのは知っている。言葉だけではどうにもならない部分だ。

 

 

 

 

 

 

「えっ……と、はい」

 

「お前からたびたび受けてた実験……もとい依頼についてだが……やっぱ俺じゃ力不足だ無理無理無理。そういう依頼や相談は由比ヶ浜か葉山先輩あたりにしてやってくれ。マジで何も思いつかん」

 

 建前上、俺に悪ふざけをしたと言っているが一色は何か隠し事をしており、それが枷となっている。

 ただそれがなんなのか、なぜ隠す必要があるのか、わからんがそれも取り除く必要がある。

 隠している内容が分からんが1つだけ分かる事は俺が関係していることだ。

 

 なぜこいつがあそこまで苦しい言い訳までして悪役を演じる必要がある。

 そうやって俺に心を消費する必要なんて無い。俺に優しくするな。

 

 よって一色いろはの中から俺を取り除けば悩みの種は無くなる。

 

 これが俺の結論だ。

 

 

 

 

 

その言葉を吐いた後、しばらく一色からの返答は無かった。

表情1つ変えずシャリシャリと梨の皮を向いていた。

 

 

しばらく緊迫した空気が流れ、体感としては数時間待った感覚だ。

 

 

「……そうですよね。わかりました」

 

 

そうだ。それでいい。

 

 

 自分のやった事に対しての尾を引いているから、自分から言い出し辛かったのだろう。

 自分からお願いした実験という名の依頼や、さらに由比ヶ浜や雪ノ下先輩との交友関係維持の為、奉仕部に出入りする分、嫌でも俺と会わないといけなくなる場面が出てくる。

 しかしそれだと俺と顔を合わせたときに気まずくなる。同じクラスなのだからまずそれは考えるだろう。

 だから今回俺から依頼放棄したことにより、俺と一色の接点を終わらせる。

 そうする事により、俺は接点の無い知人となり、まぁ昔よく遊んだ男その1として一色の記憶の一部と化するだろう。

 

 そしてこれを機に今はとくに関わる必要がないから、話をするタイミングが無いから。自分のコンディションが整ったら、その時が来たらと自分に言い聞かせて偶然という天の采配に身を任せ改善することを先延ばしにしてそのまま自然にフェードアウト……ってところだな。

 

 まっ、自然に関係が消滅できるの流れになっているのではないだろうか。

 何悩んでるかしらんが、俺が居なくなることで解決できるならそれでいいわ。

 

 俺にしてはうまくできてるのではないだろうか。

 

 なんか虚無に近い心境になりながらもチラッと一色の方を横目で見た。

 

 彼女は何も言わずに黙々と梨の皮をむいていた。

 

 


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