やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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初の平塚先生視点


#28 最後に平塚静はこう呟く

 ここは自然豊かだな。

 

 度々吹く風は心地が良く大地に活力を与え、草と木々の葉が擦れる音、蝉時雨が伴奏をし、キジバトとウグイスが主旋律を奏でる。普段は余り意識を向けない所に意図的に意識を向けると心地よい音楽と捉えてしまう。

 

 ……あっ、蝉がやっぱりうるさすぎる。

 

「……と、言う訳で。あくまで友達の話なんですが元の関係に戻りたいなって悩んでいまして……」

 

 大体話の内容は理解したがどうやら嫌でも一色は友達の話としたいようだ。

 雑談としゃれ込んでまさか相談事を話すとはなかなかできない芸当だぞ。

 

「ふむ……」

 

 一色は比企谷と誰かの告白場面を偶然目撃してしまった……と……にわかに信じがたいが一色が語るのだから事実なのだろう。

 ……で、比企谷はその女性を身の程をわきまえず振った……理由として俺に都合の良い女は警戒して当たり前。

 一色はその内容を聞いてしまったが為……がっつり盗み聞きしていないか君?。

 

 後日思いを告げる予定だった一色はその聞いた内容で自分にもそれが当てはまることに気づき言おうに言い出せず、苦し紛れの言い訳として『おふざけでした☆てへぇ(ハート)』と発言してしまい比企谷を怒らせてしまったと。

 

 そして今日まさかの偶然再会してしまい、ふざけた事を謝罪したが実質上絶縁を告げられたと。

 

 ……なるほど。

 比企谷は表面上の言葉を鵜呑みにする奴では無い、あいつは何かと言葉の裏を探ることに長けているからな。

 だからこそ悪ふざけという部分がハリボテであるという事は理解していると思うが。

 それでも関係を絶とうとしているのはなぜだ? 彼なりの考えがあるという事か?

 

 

 ――――――それにしても……

 

 

 何を経験したらその歳で自分に都合の良いという言葉を出せるのだ。

 普通の男子高校生なら女性から告白されたらテンション上がるだろうが。

 こんなラブコメ漫画みたいな展開なぜ私には来ない!!

 

 はぁ~~~…………生徒達がすっごい青春している。

 

 調理場で男女イチャコラしないように分けたはずなのだが……結局巻き込まれているではないか。

 なんだその贅沢な悩みは! 甘ったるくて吐き気がしてきた。

 

 私が高校生の頃にそんな青くさい悩みなど無かったぞ……無論そんな相手もいなかったからだがな!

 

 ハッと自虐的な思考に陥りそうになっているのに気づきそれをバッサリと打ち切った。

 生徒に心配させるような表情が表に出てなかったかどうか確認を含め一色に視線を向ける。

 

 

 

 

 

「……や、やっは゛り……わ、私……せんぱいにきらわれたんですかね……」

 

またもや涙をポロポロと流しながら一色はそう言う。

 

 

 ……よもやよもやだ。予想の斜め上をいった。

 

 

 なぜまた泣いている……いや、そもそも友達の話すら破綻させる語りっぷりなのだが……

 これは流した方がいいのか?

 

 さっきまであんなに平然としてただろ……もしや語ってる最中に感情がぶり返したのか? どれだけ情緒不安定になってるんだ。一色、君はそんな感受性が高い生徒だったか?違和感が拭えん。

 ……いやまて。私基準で考えてはダメだ。多感な時期だからな。そういうこともある。

 

 だが……うーん……これは男子には絶対見られたくない一面だな……酷い顔だ。

 確かタオルがあったな。……泣き止んだら顔洗ってくるように伝えておこう。

 

 それはそうと一色いろはという人物がここまで感情をあらわにする事が珍しい。

 私の教員歴において一色のような生徒は自身のプライドも持ち合わせており、自分自身を客観視し、人前でそうそう泣くことは無い。

 あったとして計画的に行えるはずなのだ……。こうも感情的に号泣するのは正直意外だ。

 

 ……だがしかし、一色は本当に無くすと悔しいと思える相手に出会えた安心感も芽生えた。

 

 さて、思考ばかりに気を取られ泣いている生徒を放っておく教師がどこにいる。

 ちゃんと時間をかけて話を聞いてやろう……

 

「大丈夫だ一色、私と一緒に話そう。そうすれば何かに気づくだろう。……その前に泣き尽くせ、それくらいの時間を待ってやれる器量はあるぞ」

 

 そして一色を抱きしめ頭を撫でた。

 

 

 

 ……

 

 

 

 それは一色に顔を洗わせ戻ってきた時だ。私の隣に座る一色をみてどうしても自分の顔が軽く歪む感覚を感じる。

 いかんいかん、眉間にしわが寄っている。

 

 おいなんだその『とうとう……先生の前で……泣いちゃった……』って恥じらいた顔。

 はにかむな! 顔赤くするな! 指をいじるな! やめろ! 私に効く! 可愛いなおい!

 

 まぁ顔を洗って冷静を取り戻したのだろう。

 深呼吸をし、冷静を保ちつつ一色にむけて言葉を放つ。

 

「大体事情は把握した」

 

「……これってどうしたら良いんですかね?」

 

 一色もそれなりに発言できるようには回復した事を確認する。

 だが……私もそんな経験が無いからなんて言いだし辛い歳になったのだよ。

 

「私にも分からん!」

 

 しかし、無い袖は振れん。

 

「えぇ!?先生って先に生まれたから先生なんですよね! それだったらもう少し何かあるんじゃないですか?」

 

 若干涙目の一色が声を荒げる。

 決死の気持ちでこの相談を持ちかけたのだろう。

 小説やエッセイに書いてあった展開を生徒にそれをあたかも自分が経験したかのように語るなどともってのほかだ。

 そんな虚勢をはってまで教師を続けるのであれば私は喜んで退職届を提出しよう。

 

「先生は先生だ。だが、先に生まれたからってお前達と同じ人生を送ってきたかって言われるとそうではないんだぞ」

 

 一色は顎に手を当て考える仕草をする。

 わずかの間を置いた後、ハッと何かに気づいた表情をする。

 どうやら結論にたどり着いたようだ。

 

 そして申し訳なさそうに「すいません……」と私に向けて発音し、軽く一礼する。

 

 なるほど、この相談有償にしてやるからな、覚えておけ。

 

 あの間に絶対に『相談する相手……間違ってました』みたいな事を考えていたに違いない。

 それはそれで癪に障る。というか私は君への回答を先送りにしたつもりは無い。

 

 先人に経験を教えてもらおうと言うことは教育ではポピュラーな手法の1つだ。

 しかしそれを聞いたところで全てそれで当てはまるかと言えばそうではない。

 用意された答えばかりを相手に当てはめるというのは裏を返せば相手の心や考えを軽視している事になる。

 

 だからな一色、ちゃんと見て気づいて理解してあげてくれ。

 

「一色、その友人とやらは今後その人とどういう関係になりたいんだったか?」

 

「そりゃ付き合って、結婚して幸せな家庭を築いて……子供9人と孫に見舞われて2人一緒に生涯を閉じたいらしい」

 

 一応友人語りのブラフ挟んでおいてよかった。継続するんだね。

 ……ってちょっとまて、ツッコミ所が多すぎる。いやそう言うことを言っているわけじゃない。

 

「結婚してから後が明らかに夢妄想過ぎる! 違うだろうが」

 

 自分の発言がおかしいことに気づいてハッとした表情をするがもう遅い。

 

「じょ、冗談ですよ。頭の中お花畑じゃあるまいし」

 

 あわわと両手を左右に振り、慌てた様子で一色は否定する。

 

 9人……いやぁ……本当に本当に頑張っても4人だ……それ以上は夫の収入に左右する。

 まぁ、共働きであればある程度は……っと何を考えているのだろう。

 今度は私が泣き出しそうになるからこの考えは止めよう。

 

「まずは……元の関係に戻りたいなって感じです」

 

「ふむ……では周りの人間を使えば良いではないか。うまくやればなし崩しに関係が戻るだろ?」

 

「そんな事しても多分元に戻らないと思います……皆といるときは話せて2人の時は気まずさが残って結局また離れてってなりそうで……それにあの子は、何度か彼に迷惑事を依頼してたので……愛想尽かされたのかなって」

 

「なるほど。その友人とやらは随分と彼とやらに大事にされているみたいだな」

 

「なんでですか?」

 

「考えても見ろ、迷惑事を1回持ってこられるだけでも仕事でもない場合は利害関係が無ければ普通拒否するはずだ。だが彼は何度もそれを受けた……と言う事は彼女は大事にされていたという話だ」

 

「そう……ですかね……」

 

「さぁな。私は今君が話した内容を元に仮説を立てただけだ」

 

「……」

 

 彼女は私が答えを出したと思ったのだろう。半目で懐疑的な表情で私を見ているのがよく分かる。

 まぁそれでも、早々に答えなぞ教えてやる気も無い。

 

「無責任だ……と言いたそうだな。そのとおり、この件に関しては私は無関係な人間だ、君の友人ともその彼とも何の関係もない。だからこそこう言った無責任な回答ができる。……だが君は違うだろ? 彼女と彼、共に交遊関係があるように思える。それを無関係な人間である私に話してたやすく解を得ようなんて……それこそ無責任ではないのか?」

 

 私に相談を持ちかけたと言うのもすぐに答えがもらえそうと考えたからだろう。

 無論そうしてやる大人はもちろんいる。しかし私はそれはしない。

 

「それは先生が大人だから……」

 

「私の言っていることが全て正しい訳ではない。彼を見て聞いて感じて考えた情報をもっとも持っている人物は誰だ? 他でもない君の友人だ。そしてそれは一色、君にも同じ事が言える。当人がそれを考え答えを出さないと意味が無い」

 

「でも……それで決めた答えがもし間違っていたら……」

 

 一色が何かに怯えているかの様に表情が歪む。

 

 なるほど……ここか。今君が一番恐れている所は。

 比企谷への悪ふざけの1件が尾を引き、次も失敗したらと自身すら縛り本当に八方塞がりになってしまった。

 どうすることもできず泣き崩れ、他者に答えを求めようとした。……筋が通ったよ。

 

 柄にもなく指を鳴らす。特に意味は無い。

 

「特別授業をしよう」

 

「へっ?」

 

 ポカンと素っ頓狂な声をあげる。まぁ突然授業が始まったらそうなる。

 

「うまくやるという言葉がある。一色も言葉は聞いたことがあるだろう? 意味は分かるか?」

 

「はぁ……要領よくこなすって意味ですよね」

 

 呆れたような表情で一色はちゃんと解答してくれる辺り優しさを感じる。

 

「そうだな、その意味もある。また上司から仕事を押しつけられ下手な仕事したらただじゃおかないぞという場面にも使われる」

 

 ほんとなんで若手だからって面倒な仕事をあれやこれや押しつけるんだ。

 

「一体どうしたんですか……闇が深いですよ……」

 

「やった事が無いことに対してうまくやれなんて言われた日には焦りしか無かったがな、まぁどうにかやれたんだが……」

 

「はぁ……それで何が言いたいんでしょうか?」

 

「つまりうまくやるという言葉を分解すると、『現状の知恵と経験を最大限に活かし、意志を持ってこう動くとこう言う結果になる事を仮説立てて行動する』という事だ」

 

「最大限の知恵と経験……」

 

 一色は顎に手を当て何か考えている。

 そうだ。その調子で考えるんだ。

 

「知恵と経験はより洗練されるほど成功率は増す」

 

「成功率? 失敗する事もあるんですか?」

 

 一瞬一色の表情が歪む。不安なのだろう。

 しかしここを乗り越えなければ何もできない。

 

「そうだ。結局は仮説を元に動いているからな。失敗だってするさ。だからこそリスクを受け入れた上で行動できる意志が必要になる」

 

「それでも手が届かなかったらどうするんですか……」

 

「さらに考えて行動するだけだ。その意志が続く限りな」

 

「何ですかそれ……がっついてるようでダサいじゃないですか」

 

「そうか? せっかく落ちるところまで落ちたのだ。慎重にならずもがきあがきそこからうまくできたならそれこそシンデレラストーリーだ。私はあがいてみる価値はあると思うが?」

 

「……そっちの話も含めて話すのはズルいですよ……」

 

「はて、私はその話も含めての特別授業といったんだ。うまくいったの言葉の説明だけではそれはただの野外授業となってしまうからな。先ほどの発言から君もうすうすは気づいていたと思うが?」

 

「ホントにズルい……」

 

 まだ何か迷いがありそうだがここから先は一色が考え気づく事だ。

 私が諦めるなもっと心を燃やせよと言ったところで響くことは無い。結局は自分から変わる意識をしなければ人は変われない。

 そこまで持って行けなかったのはまだまだ私が未熟である証拠だ。私もまた修行が必要だ。

 

「以上で特別授業は終わりだ。後は君とその友人が考えて答えを出してくれ。時間ならあるだろ? 熟考しなさい」

 

 君も当時最善策だと考えたから言い訳にその悪ふざけを演じたのだろ? なら同じ事だ、違うのは考える量だ。

 考えて考えて考え続けろ、一色いろは。

 

「……平塚先生はずいぶん回りくどい事をするんですね」

 

「何を言うか。教科書にある答えを教えるだけが教師の仕事では無い。用意されていない答えをどうやって気づかせて見つけ考えさせていくのかも教師の仕事だ」

 

 しかもそれにひな形は存在しない。常に十人十色の対応が迫られる。

 だからこそ教員というのは面白い。

 

「なんというか……その……ありがとうございます」

 

 まぁ君や比企谷、雪ノ下みたいな手のかかる子は早々にはいないがな。

 

「あと、この個人相談は高いぞ~」

 

「先生が生徒からお金を巻き上げる事案が発生したと報告しますよ?」

 

「それは手厳しい、ならそれはその権利を林間学校の小学生達に譲ってやろう。しっかりとサポートしてやれ」

 

「まぁ、それならやりますけれど……」

 

「あの子達の目からは君たちも立派な大人にみえるものだ。うまくやれよ?」

 

「なるほど、上司に仕事を押しつけられる平塚先生の気持ちがよく分かりました」

 

「だろ? ほらっそろそろ戻ると良い。皆が心配してるぞ。私は一服してから戻る」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 一礼し野外調理場に戻っていく彼女の後ろ姿を見送りつつポケットに入っている煙草を1本取り出す。

 葉を詰めて咥え、ライターで火をつける。

 

 肺に煙を送り込みガツンとタールの香りが鼻を抜けニコチンが全身に染み渡り、頭が冴える。

 

 ふぅ~……っと吐いた煙が風に運ばれ消えていく様子を見て無意識に小さく呟いた。

 

「結婚……したいなぁ……」


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