大皿に乗せられた2種のパスタを一色が丁寧に小皿へと盛りつけていく。
俺に盛り付ける女子を見せつけると豪語しているだけあって、パスタは小皿にきれいに盛り付けられていっている。
この光景にデジャブを感じ、どこで見たのか記憶をたどる。
すると、家で小町によくしてもらっている食卓の風景と似ていることに気づいて苦笑が漏れる。
「せんぱい?何想像しているかは知りませんけれど、また笑いが漏れてますよ?」
いきなりニヤって見られたらそりゃ怪しまれるわな。こりゃ失敬。
「ちとこの光景にデジャブを感じてな。小町によくやってもらっている光景に似てたんだよ」
「それって遠回しに口説いてます?いろはなら俺の奥さんに相応しいとか順序すっ飛ばすのは構いませんがせんぱいの収入面が心配なので安定した収入が入るまでごめんなさい」
もう何度目になるかわからないこの下り、一色は取り分けに集中しているのか、その言葉に感情はなくただつらつらと言葉を並べているだけだった。つまりは棒読みだ。
よく取り分けながらこんだけ言葉並べられるなと感心し、俺はその言葉の返しを考える。
「俺専業主夫志望なんだけれど…。ってかお前の頭の中の俺は名前呼びなのかよ」
「そうですよー。なので現実と差分が出てくるわけです。せんぱいが名前呼んでくれたら埋まるんですけれどね〜」
一色が盛り付け終わった小皿をこちらへと寄せながら期待を込めて、俺ににっこりと微笑む。
「呼ぶわけねぇだろ」
何言っちゃってんのこいつ。
妄想寄りに現実変えに来てる辺りやべぇぞ。
「まぁそんなことより、せんぱい?国語得意ですか?」
唐突に一色が両手を合わせ質問を切り出す。
文系は俺の得意分野だし。
「大得意だが?」
「では問題です!」
なんだ突然。俺に国語の問題で勝負しようっての?
おもしれぇ。千葉と国語の問題で俺に勝てる奴はそうそういないぞ。
「全てのかな文字を重複させずに使った誦文の事を何歌と言うでしょう?」
「いろは歌」
「え?なんて言いました?」
「いろは歌」
「最後の歌邪魔だから捨てましょう、ほらリピートですよ」
「何がそんなことよりだよ。がっつり名前言わせようとしてんじゃねぇよ」
「むー、これなら確実に呼んでもらえると思ったのにな-」
「詰めが甘いわ」
「まぁいいです。こんなくだらない事してないでさっさと食べましょ。冷めちゃいますよ」
あれぇ?こんなくだらない事を始めたのお前なんだけれどなぁー?
軽く嘆息をつき、先ほど渡された小皿に視線を向ける。
綺麗に磨かれた真っ白な小皿が暖色の照明で淡く彩られ、それに乗せられたボロネーゼがひときわ色濃く映る。
なるほど、これがインスタ映えという奴か。
食事は見た目も楽しむとはよく言ったものだ。
一色を見ると自分が盛り付けた小皿を写真に収めていた。
あっ、ここにもインスタ女子がいたのね。
そう思いながらボロネーゼをすする。
「こーら、せんぱいっ、すすっちゃうとソース服に飛んじゃいますよー。スプーンで丸めて食べちゃって下さい〜」
だれが年上なのか分からないな。
***
食事を終え、腹休めに背もたれにもたれ掛かる。
その瞬間にふぃーっと声が出てしまう。
余は大満足でおじゃる…
「さて、せんぱい?何か忘れていませんか?」
「スイーツなら一人で食ってくれ、もう入らん…」
「違いますよー、葉山先輩の件!今日中に何か妙案出してくださいねって言ったじゃないですかっ!」
あー、そんなことも言っていたね。
了承した覚えはねぇけど。
「すまん、完全に忘れていたわ」
半目で見てくる一色を目の前に超高速で考えをまとめる。
「せんぱい?私との時間が楽しかったからって当初の目的を忘れてたら本末転倒じゃないですか?それともー?また私と遊びたいって遠回しにアピールしています?」
アピール遠回してどうするよ?それアピールじゃねーじゃん。
「わーたわーた。今俺なりにまとめてみたわ」
「早いですね」
「意外と頭の回転は良いんだよ」
「そういう自慢良いからそのアウトプットしてくださいよ」
意外と成果主義なのね一色さん。
「とりあえず、お前はサッカー部入れ」
「はぁ?何で、サッカーとか興味ないし臭いの嫌なんですけど?」
「まぁ話は最後まで聞け。やっぱり葉山先輩との接点を掴むには定期的に会うことだろ。単純接触効果という心理学があるんだがな、接触頻度を増やすほど人は好印象を受ける。つまり、上級生との接点を下級生でも持てるってのが部活の良いところだ。さらに、しっかり仕事ができるんならさらに好感度アップ。葉山先輩目的で入った女子なんぞ仕事できんだろうし葉山先輩以外の男のマネジメントまでやらないし面倒臭がるだろう。それでも我慢して続けられるなら葉山先輩からも一目置かれ他の女子どもを出し抜ける事間違い無しだ」
「なるほど、一理ありますね」
「よし、そんじゃこれで決めようぜ」
「しかし、駄目です」
っえー!!!俺結構これ最高の案じゃんって思ったのに…
「プラスここにせんぱいもサッカー部に入るって案を提案します!」
「はぁ?」
あっ、素でむかつく返答が出ちまった。
まぁいいや、少し厳しめに意見してやろう。
オレヲマキコムナ。
「だって私だけ苦労するとか無理ですし…先輩がいれば苦労が半減するし」
「そこは葉山先輩頼れや、俺ばっか頼って勘違いされたらどうすんだよ、本末転倒じゃねぇか」
「むー…せんぱいが提案したんですから、最後まで面倒見る責任があると思います」
「そんな責任ねーよ。やるかやらないかはお前の判断だ。全てお前の責任でやるんだ」
「怖いんですよ…周りが敵でひとりで立ち向かうって?ひとりくらい仲間が居ても文句はないんじゃないですか?」
「立ち向かう覚悟もねぇなら最初から諦めろ。俺は手伝わん」
「…うぅ」
涙目で俺を見つめてくる一色をみて心が少し心が痛む
…っ、言い過ぎたか?
ちょっと泣きそうになってるし…
いやしかし、ここで甘やかしたらつけあがるし…
…うー
そんな顔すんなし。
「その、なんだ?葉山先輩に振られたらまぁな…その…なんだ…付き合ってやっから」
「ぇ?」
あれ?この間…なに
俺なんか変なこといった?
「せんぱぃ?今私に告白しました?」
「ふぁ?」
変に高い声が出た。
あーっ!?なるほどっ!!そういう風に捉えちゃう!!
照れくさく早く会話を終わらせようとして主語抜けるとかどんなミラクルミスだっ!
弁解しないと!
「っち、違うっ!そういう意味の付き合うではなくて…!」
やばい、テンパりすぎて上手く言葉が出てこねぇ…
「なるほど。つまりせんぱいはもし私が葉山先輩に振られたらせんぱいが強制的に彼氏になると…そう私を脅迫するんですね…」
こいつ何言っちゃってるの?
脅迫ってなに?脅迫って?
小学生の頃に罰ゲームで俺に告白しようとした女子が俺に告白することが嫌すぎてまじ泣きしてなぜか俺がその他多数の女子に集団シカトされた思い出がリフレインするからまじやめてね?
「確かに妙案って言うか背水の陣ですね。逃げ道をなくせば確かに必死で頑張れそうです。せんぱいが考えた妙案。この手で行きましょう!」
何故が一色はひとりうんうんと納得している。
何言っちゃってんの?ちょっと性格前向きに変わってね?
さっきまでひとり無理とか言ってたよね?
「いやちょっとまて、だから…」
「よーっし決まったら一気にやる気出てきた!せんぱいっ、今日はもう帰って良いですよ〜。私作戦練るんで」
「お、おぅ…」
あーもういいや…。
もう解放して貰えるんだ?んじゃ帰る-!
帰ろうと支度を始めた時、隣にある紙袋が視線に入る。
…
「いや、やっぱ送るわ。荷物重いだろうしな」
「ふぇ!?」
一色ちゃん、女の子がそんなやらしい声出しちゃ駄目ですよ?
八幡、不審者に見られて青い制服のお兄さんに職務質問されちゃうからね?
「どどど、どうしたんですかさっきまで嫌がってたじゃないですか」
「妹の教えでな。女の子には優しくしろとよ」
そういうと、一色は両手で顔を覆い下を向いて『水まで攻めてくるとか聞いてない…』とよく分からない事をつぶやいていた。
ひとしきり落ち着いたタイミングで再度彼女に声をかける。
「それじゃ、出るか」
「そうですね」
料金はサイゼよりも高いものの、そこまで高くはなかった。
二人以上で来るならね。
外に出る。日はすでに身を隠し、辺りは暗く夜が到来していることを感じさせる。
その闇を覆い隠すかのように無数の街灯が、街の姿を変えていた。
***
「ここまでで大丈夫ですよ」
一色がそう言って俺の手から紙袋を受け取る。
「そりゃあな。これ以上踏み込めるかよ」
一色の宣言通りしっかり家の前まで送っているのだから。
これ以上どこまで送るの?自分の部屋?
何ちょっといやらしいこと期待しちまうだろ。
だって俺も男子高校生なんだから。
「せんぱいにおうちの場所知られちゃいましたね。私逃げられなくなりましたね」
「何か含む言い方やめてね?何もしないからね?」
やめてね?勘違いしちゃうから。
「せんぱい知ってます?そう言う人ほど信用できないって?」
「否定はできんな、むしろ一理ある」
「ちゃんと来るなら連絡くださいね?女の子は家にいても準備ってものがあるので」
「あー、はいはい。いつか多分くるんじゃね」
「期待していますよ。今日はありがとうございました」
ちょうど、ここが去り際かな?
そう思い、踵を返し駅へと戻ろうとした時、思い出した。
おっと、そういえば忘れていた。
危うく渡しそびれるところだった。
「ついでだ、これも入れておくわ」
「へ?」
一色が受け取った紙袋の中にラッピングされた小物をつっこんだ
「まぁ、いらなけりゃさっさと捨ててくれ。そんじゃ…」
気恥ずかしさからその場を立ち去り、そのまま早歩きで駅へと向かった。
教室でふと耳に入ってきた一色と友人との会話を思い出す。
その際に誕生日の話をしていたのが不可抗力で耳に入ってきた。
そして今日が一色の誕生日だった事を知った。
キモがられるかなーこれ、俺がそいつの立場ならマジでキモいから二度と近づくなって言うくらいやりそう。じゃあなんでやったの俺?ドMなの?
携帯が震える。多分さっきの件で一色からのメールだろう。
恐る恐るメールを覗いてみる。
--- 誕生日プレゼントありがとうございます。まさか知っているとは思いませんでしたよー?最後の最後で渡すなんて、せんぱいはひきょうですね。---
なんで知っているのって言う追求がなかった…とりあえずほっとしたわ。
--- うっせ、渡すタイミング無かったし。とりあえず、誕生日おめでとう ---
--- ありがとうございますฅ(ミ・ﻌ・ミ)ฅ ではまた学校で〜 PS:外出るときの洋服は小町さんに選んでもらって下さいね。---
俺の服装ダメだった?何も言われなかったから大丈夫だと思っていたのに…
帰りに小町に聞いてみるか。
こうして、俺の長くも面倒くさい1日は幕を閉じた。
辺りはすっかり闇に落ち、気温が下がって軽く身震いする。
ふと空を見上げると欠けた月が雲で霞むことなくハッキリと映し出され、周りには無数の小さな粒があった。それらが全て星なんだなと世界の広大さを感じさせた。
この空に比べれば俺の悩みなんて小さな物だろうと考えようとしたが、大きかろうが小さかろうが結局は俺が面倒くらっていることには変わりが無い。
それにこの空に比べればってそもそも比較対象が違いすぎる…人間と空を
比較対象にすんじゃねぇよ。空ってそもそも悩む思考すらないからな?
それなら別の比較対象を用意するべきだ。人遺伝子合致率で考えるとチンパンジーかゴリラだ。…なぜ生物学的な霊長類を取り入れたよ。せめてホモサピエンスで括れや。
どうでも良い考えをしていると目先に丁度駅が見えてきた。
ようやく帰れると感情がこみ上げ、今までの思考を全て投げ捨て俺は足早に駅へと向かうのだった。