曇天の空は日射を遮り気温を落とした。
さらにその雲はいつ雨を降らせてもおかしくないような空気を醸し出していた。
そんな中、俺は自転車を走らせる。
ちょっと雰囲気的にいつ雨が降ってもおかしくない。
少し急ごうとペダルを力強く踏む。
ケイデンスを上げるぞ!
そう思った矢先、赤信号に止められた。
畜生、俺の体力返しやがれ。
信号待ちの気紛らわしに昨日家に帰った後のことを思い出す。
拘束から解かれ嬉々として家に帰った迄はよい。
そこからさらに玄関前で正座させられるとはお兄ちゃん思いもしなかった。
「おにぃちゃん…小町おにぃちゃんがコンビニに行くんだろうなって思ってその格好見過ごしたの、わかる?でもその予想を裏切ってデート?…おにぃちゃんの一生で数回あるかないかのビッグイベントでその格好はないよ…小町一生の不覚だよ」
「えっ、そんなにダメだった!?」
「ありえないよー?上はジャージで下はスウェットって、コンビニによく出没する田舎のヤンキーみたいな格好」
小町ちゃん?それってお兄ちゃんも田舎のヤンキーって遠回しに言ってる?
「まじか…めっちゃ楽なのに」
「着心地の問題じゃないよー?今度から女の子と遊びに行くときはちゃんと小町に言うこと!わかった?」
「はい…」
外では恥ずかしい格好だって知らなかったんだよ。
でもそういうこと後で言われるとすげー恥ずかしいよな。
しばらくはあの場所に近づかないようにしよ…
目先の信号が青へと変わり、ペダルを踏み、俺は急ぎ学校へと向かった。
***
教室に着き、いつも通り俺は机に突っ伏してHRまで、眠りにつこうとした。
そこでいきなり声をかけてきたメガネ野郎がいた。
おっおぉ…人に声かけられるなんて中学3年の夏以来だ。
ってか、んだよ。
俺のスゥウィートタイムを汚すんじゃねぇ。
「比企谷先輩、もしかして昨日、一色さんとデートしてました?」
「はぁ?」
目が覚めたわ。
ってかその一色いろは。
お前のせいでほかが先輩呼びになっちまってるだろうが。
「いや、違ぇし…あれはデートじゃねぇ。一方的な荷物持ちだ…」
「まぁ、見ればいくら何でも分かりますよ。先輩どうしたんですか?5秒で支度しろとか言われた格好してましたよね?」
やめろよ、40秒でももっとマシな格好できるとか遠回しに言わなくていいから。
俺のナウでデリケートな羞恥心抉ってくるな。
「ってかお前誰だよ?」
「っえ!?相模ですよ。最初のLHRの時に自己紹介しましたよね」
「40名近く居る奴らの自己紹介って一度に覚えられないでしょ普通」
お前興味ない奴の名前なんて覚えるか?覚えないだろ?無駄な労力だろ?
そんなの完全記憶能力でもない限りあり得ないわけだ。
一回言えばわかるとかそんな幻想ぶっ殺せや。
「そうですね、確かに」
おっ、意外と素直だな。
「ときに相模、なぜお前がその情報を持っている?ショッピングモールにいるときにでも出くわしたのか?」
「違いますよ。あれ、グループチャットで回ってきたんですよ」
そう言って相模はグループチャットの画面を見せてきた。
ってかこういうメッセ関連って普通に人にも見せるんだね。
友達いねぇからわかんねぇや。あっ1人いたわ。
『一色いろは、彼氏とデートしてるwwチョーウケるんだけどw』
『格好wwww田舎のwwwwヤンキーwじゃんww大草原ふっかふかwwwwww』
『えー兄貴とかじゃねぇの?』
『あれこの人確か同じクラスだったよね?誰だっけ?』
『ばっか、同じクラスのヒキタニ先輩だろw』
『ちげーよ比企谷先輩だろ!前に2年の人と話してんの見た』
『えーっっていうことは一色さん比企谷先輩とつきあってるの?』
『その可能性もなきにしもあらずだな。』
・・・
・・
・
「こいつら一色の話より俺の事馬鹿にしすぎだろ」
俺の居ない所で俺の話題で持ちきりとか俺大人気だな。
おっ、また3つ揃ったな、また鳴けるぜ。むせび泣く八幡。
哀れ過ぎるだろ…
それよりも大草原ふっかふかってなんだよ。
なんか包まれる優しさを感じちゃうだろ。
そんな大草原で、俺は貝になりたい。
「まぁこんな会話があったわけで早速事実の有無を確かめに出向いてきたわけです」
「野次馬根性出しすぎて引くわ」
「罰ゲームですよ」
「それ免罪符じゃないからな?」
俺を罰ゲームの景品にすんのやめてね?
罰ゲームでバレンタインあげるとか、罰ゲームで映画行くとか、罰ゲームで食事行くとか、罰ゲームで告白するとか罰ゲームで付き合うとかあれ?罰ゲーム何か可愛くないか?
まぁ理想はそうだな。
だが現実はこうだ。
罰ゲームでデートするとか言われてそれでもデートだと頑張ってファッション整えたはずなのに当日待ち合わせに誰も来ず、学校では遠くから撮影された俺の自慢のファッションが拡散され笑われていた。
なかなかエグいだろ?誰が俺に罰ゲーム押しつけろっつったよ。
自分で完遂しろや。
「とにかく、比企谷先輩は一色さんと付き合ってる事実はなかった…ということですね」
「みんな一色好きだなぁ」
「そりゃー、あの顔と性格ですからね。モテるかと思いますよ」
携帯をいじりながら相模はそう答える。
多分またグループチャットで今の話を伝えているのだろう。
「そうか…」
あの性格の裏を知っているのかねぇ?
確かに男ウケする性格ではあるな。
大体可愛い女は面倒くさいんだよ。
小町が良い例じゃねーか。
小町は可愛くて面倒くさいのが良いんだよ。
悪いか!!
「実際、何人かの男子とは既に遊びに行ったって噂ですしね」
そのうちの一人が俺なんだろうがな。
「まぁ、良いんじゃねぇか。あいつが好きでやっている事だし。わざわざこっちが詮索する必要ねぇだろ」
「意外と一色さんの肩持つんですね」
「いや?そうでもないぞ。興味を持たないようにしてるだけだ」
「一色さんに興味を持たないとか先輩もしかして…」
そう言って、相模は1、2歩俺から遠ざかった。
「おぃ、ぐ腐腐腐な考え方はやめろ」
あははと軽く笑った後、一礼して相模は俺の席を後にした。
おぃ、本当に今の誤解解けてるんだろうな?解けているんだろうな!??
まぁ、邪魔者がいなくなったのでようやく俺のスゥウィートタイムを始めることができる。
机に突っ伏して目を閉じる。
興味が無いか…
そいつが今何をしているとか何を考えているとかそれを考えるだけ時間の無駄だ。
やるべき事は目の前に沢山あって、相手がいないと答えが出ない事に時間を費やすことは時間の無駄遣い以外に例えようのない行動だ。
それは机上の空論ではなく、考えるだけ考えて間違った答えを出し、それに気づかず行動して笑われ続けた俺だからこそ言えるのだ。
たまに正解の答えを出すこともあった。
その正解で得られた幸せという時間は酷にも有限で最終的に絶望を俺に押しつけてきた。
よって俺は結論づけた、幸せとは不幸の始まりなのだと。
つまりは正解でも不正解でもどちらをだしても不幸になるのだ。
俺の導き出した答えは、初めから相手に興味を持たないということだ。
ふと携帯が震える。小町が何か忘れ物をしたのかと突っ伏した体を起こし、携帯を覗く。
--- やっはろー、ヒッキー!今日ってお昼ってどうかな? ---
どうやら彼女は俺のことを忘れていなかったらしい。
ってかやっはろーってなに?
***
------Iroha View
お昼休み。
お昼は基本1人だ。
まぁ女子を敵に回すようなことをしている自覚はあるもの。
それでも度々昨日の事を聞かれる。
誰でも行くような近場のショッピングモールで2人一緒にいたんですよ?
そりゃ聞かれますよねーって、自覚はありました。
一色いろはは比企谷八幡とデートしていた。
その実体は荷物持ちでもそれを信じてくれる人間はどれ位いるだろうか。
拡散された写真を見ながらため息がでる。
9割はそう思うよね。
だってだって、いくら何でもあの格好で一緒にいるっていったら、どっかのコンビニで偶然バッタリと会ってそのまま荷物持ちになってもらったって言い訳すら通じる位THE・部屋着なんですからねせんぱい。
現に、『先輩を荷物持ちに使うなんて一色さんすごーい』とか言っている奴いるし。
皆が言う事も分かります。
私もあのデートを評価するならば、マイナスの点数を付けていたところです。
何度見てもどう見ても変わらないトップスがジャージにパンツがスウェットの超ラフスタイルファッション。
あれはお家でのみ許される格好ですよ。
よくその格好で外出られましたね?
田舎のヤンキーですか?
その姿で駅前に立たれていたとき、すごく残念な気持ちになりました。
苦言の百や二百言ったり、荷物持ちやらせないと何着ていくか苦悩に苦悩を重ねた私が報われません。
ましてや、苦悩して決めてきた私の服装にたいして、一切何も言ってこないとか…
今まで一緒に遊んだ男子の中では初めてです。
女性慣れしていなさそうな人だとは思ってはいましたが、実際お母さん以外の女性と一緒に歩いた事無いのでは?と思うくらい私に対し配慮がない。
本当に妹がいるんですかね?
一応女子と一緒に行動している認識はあるみたいで、常にどこかをキョロキョロと淀んだ瞳が忙しなく動いているんですよね…変なところで意識されても困ります。
極めつけには、たまに何か考えついたのかニヤっと口角が上がったりするあたり、香ばしい気持ち悪さが漂って来ます。
正直買い物中、何度か他人のふりしたかったです。
でもでも、最後はちゃんと家まで送ってくれて誕生日プレゼントまでくれたんですよ?
ちゃんとヒントは与えたんですがね。
ちょっと遠回し過ぎたかなって思ったんですがね…
それをしっかりと拾ってくれたんですよ?しかも最後のタイミングで出すなんて…
やっぱりせんぱいはあざといですね。
…
あ〜…今、クズ男に貢いでいる女の気持ちが痛いほど分かる。
これはちょろい…ちょろいろはだ。
やめろ出てくるなちょろいろは。
そうだ、葉山先輩の事を考えよう。
葉山先輩は聞けば聞くほど漫画のイケメンなんだよなー。
この学校に葉山ありと言うくらいの知名度だしね。
尾ひれが付いているのを考慮しても、文武両道、眉目秀麗を実現したかの人物。
うん、やっぱり葉山先輩をもっと深く知れるように努力しなきゃね。
うーん、せんぱいももう少し頑張ったら葉山先輩より少し下の顔になると思うんだけれどせんぱいはそこを頑張らなくていいや。変な虫ついても困るし。
…
あ〜…今、『私だけがあなたの事を分かってあげられる』とか付き合ってもないのに彼女面するスゴイ痛い女の気持ちになってた。イタタタタ…これはイタいろはだ…
やめろ出てくるなイタいろは。
そうだ、葉山先輩のことを考えよう。
あれ?さっきも同じ事考えていたデジャブ?
ポンッとメッセージアプリの着信音が鳴り、携帯を手に取る。
さて、どこの男子が私を誘いに来たのかなと覗いてみると、由比ヶ浜先輩と仲良く昼食を取っているせんぱいの写真がアップされていた。
ふーん、やっぱり由比ヶ浜先輩と仲良しなんだ。
ってかせんぱい?入学してすぐに可愛い女子と知り合うって面食いなの?あー胸も大きい方がいいの?ちょっと高望みしすぎじゃないですか?可愛い女子1人で我慢してもらっても良いですか?もちろんせんぱいは年下好きですよね?
あれ?何だろう、この胸の内を駆け巡るどす黒い感情は。
これはやばい、やばいろはだ。
やめろ出てくるなやばいろは。
そうだ、あれを思い出そう。
せんぱいのしでかしたミラクル。
『その、なんだ?葉山先輩に振られたらまぁな…その…なんだ…付き合ってやっから』
うんうん、これこれ。完全に告白。
最初のデートで告白なんてせんぱいもなかなかやりますね。
まぁ本心からじゃないの分かってますけれど、ちょっとときめきましたよ。
…よし、だいぶ落ち着けた。
それにしても、冷静になって考えて見ればこの写真って結局誰が撮っているのだろう。
明らかな隠し撮りを2度目…
ちょっとしつこく感じられ、私の不快感はこの投稿した人物に移り変わった。