本日は、原作『ラブライブ!』にて『ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~』を投稿している、鍵のすけさんの企画小説です!
《鍵のすけさんより》
薮椿先生とご縁があり、今回参戦させていただいた次第でございます。
超シリアスです。シリアスすぎて心臓止まってしまうかもしれません。そうなったら広い気持ちでお許しください。
「あ、なんだか無性に最強を決めたいですね」
校門をくぐる寸前のことだった。
なんの前触れもなく、なんだか急にそんな事をしたくなった園田海未。
呟いた言葉のニュアンスは、まるでお使いを思い出したかのような、そんなアクセントであった。
「それでは最強を決めにいきましょう! 具体的に何の最強を決めるかは分かってませんがとにかく行きますよー! ラブアロッ!」
その時の様子を見ていた生徒たちは皆、こうコメントした。
――あれ? 園田さん消えた?
海未が消え、立っていた地面は抉れていた。両の脚を素早く動かせばそれだけ早く動ける。そして、足裏をなるべく地面から離さなければ可能な限り無音へと近づく。
そう、ここまで言えば頭の良い読者諸君はもうお気づきであろう。
――SURIASHI。
武道少女の基本にして、淑女の嗜み。海未レベルのSURIASHIならば無音かつ高速、否、光速で校舎入りすることも容易いのだ。全国レベルの者達ならばおそらく、SURIASHIから放たれるソニックブームでガラスが割れるのは火を見るよりも明らか。土なんて一部畳返されている。
「校舎の中に入りました! 目標、視界に入ったμ'sメンバー! 行きますよ~!」
第一の獲物を求め、園田海未。まずは音楽室へと飛翔する!
◆ ◆ ◆
「かくかくしかじか――ということで最強を決めるため、私は真姫、貴方に戦いを挑みます」
急に最強を決めたくなった――その理由を説明すると黙って座っていた真姫はおもむろに立ち上がり、ピアノへと近づいた。
「音楽勝負よ!!」
「随分ノリが良いですね!」
「ええ! さっさと戦うわよ! 海未!」
自分から仕掛けておいてなんだが、海未は困惑していた。だが、その困惑する時間はすぐに消え失せる。
「初戦! 園田海未対西木野真姫! 勝負内容は音楽! 二人共準備はいーい!?」
「希!? いつの間に!? そしてそのヘンテコな仮面は何ですか!? ひょっとこ!?」
「ウチは希やない! 今のウチは流離いの勝負見届け人ノゾミンや!!」
ひょっとこ仮面ノゾミンはそう言い、まずは真姫の先手を宣言する。
何がどうなって先手を決められたのかが良く分からなかったが園田海未は心得ている。
「私のピアノに酔いなさい!!!」
口が早いか手が早いか。真姫の長く細い指は鍵盤の上を踊りだす。曲は聞くまでもない。『愛してるばんざーい!』。真姫の得意中の得意と言っても過言ではない決戦曲であった。
腕と、内容は改めて評価するまでもない。最高中の最高。これ以上にない仕上がりと言って良いだろう。
海未は聞き惚れていた。
だが、すぐに首を振り、意識を高めていく。これは戦いなのだ。
一瞬といっていいだろう、至福の時間は終わり、真姫がドヤ顔を浮かべる。
「――どう!?」
「ええ、素晴らしい演奏でした。なれば私も全力でつかまつるのみです」
そう言いながら、海未は懐を探る――が重大な事に気付いてしまった。
(しまった……扇子を忘れてしまいました! これでは日舞を出来ない!)
いつもなら懐に入れている扇子をこんな時に忘れるとは。園田海未一生の不覚。
「……忘れ物をしたみたいやね。だけど、それだけが海未ちゃんはやれなくなるの?」
ノゾミンはそう言い、ふわりと笑みを浮かべる。
この言葉で海未は自身の心の内に揺れていた波が引いていく感覚を覚えた。
「ええ、ノゾミンの言う通りですね。扇子が無くても、私の心は音楽を奏でられるのですね」
呼吸を整え、手を差し出し――そして徒手にてつかまつる!
「確かに凄いとは思うけど、音楽勝負にはなってないわよね」
真姫の言うことももっともであった。
素人目から見て、確かに凄い。圧巻と言っても差し支えないだろう。
だが、それだけである。
『音楽勝負』という話では、これは些か――。
「いいや違うで真姫ちゃん! 耳を澄ましてみぃ!」
「どういうこと……? ハッ!?」
常人よりも恵まれた真姫の聴力は間違いなく捉えていた。
「これは……風を切る音?」
動かしている手は既に視認することは難しく、ただ鋭利かつテンポの良い風切り音が聴こえてくる。
気づくことの出来た真姫の肩に、希の手が置かれる。
「そうや。そして海未ちゃんの顔を見て、何か気づかへん?」
「えらく楽しそうってことくらいしか。……ん? 風切り音。楽しそう。――――まさか!?」
「そのまさかや! “音”を出し、それを“楽”しむ。これすなわち音楽。海未ちゃんは自分自身が“音楽”となったんや!!」
真姫は忘れていた。園田海未とは、追い詰められれば追い詰められるほど、真のパフォーマンスを発揮できるという人間だという事が。
忘れていたことに気付かせてくれる。今自分が見ているモノは、そんなメッセージが込められているように感じられた。
「くっ……! まさか私が海未に――海未に!」
初戦!
園田海未対西木野真姫!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「貴方に足りなかったのは日舞。たったそれだけの差なのですよ」
「私も日舞を習っていればもっと……!」
「いいえ真姫」
「海未……」
「身体一つあり、手を動かせばそれだけで日舞となりうるのです」
「NICHIBUって……すごいのね!」
友との語らいもそこそこに切り上げ、海未は走り出した。
この初戦の壁を乗り越えた海未にはもう勢いしか存在しなかった。
「待ちなさい海未!」
「その声は……にこ!!」
廊下によく響く声と共に、黒髪ツインテールを揺らしながら現れたのは矢澤にこである。その眼にはただただ闘志しか宿っておらず。
「聞いたわよ! あんたが最強を目指しているって! だったらこの銀河最強アイドルである矢澤にこにーに挨拶が無いのはおかしいんじゃない!?」
「ふ、もちろん貴方の元に馳せ参じるつもりでしたよ。私は最強を決めたいのですから!!」
「だったら、勝負といこうや!」
ひょっとこ仮面――もとい、ノゾミンが海未とにこの間に立つ。
「にこっち! 勝負は何や!?」
「愚問ね! アイドル勝負よ!! 私と来たらこれしかないじゃない!!」
「引き受けましょう」
「第二戦! 園田海未対矢澤にこ! 勝負内容はアイドル! 二人共準備はいーい!?」
ぴりっと、空気が緊張に包まれる。互いに視線を交わすその様はまさに龍と虎。今にも噛み合っても何ら不思議ではない。
「まずは私からよ!! にっこに――」
白目で呆けていたらいつの間にか、にこのターンが終わっていた。毎度毎度聞かされているので、今ではソラで言えるほどに記憶している。
「どうよ海未! この銀河のにこにーに対して、これ以上のアイドルを見せることが出来る!?」
「くっ……確かにアイドルの板のつき具合はにこの方が一枚上手。ですが……」
「だけど海未ちゃんにはアレがある! だよね、海未ちゃん!」
ノゾミンの後押しを受け、海未は構える。
「あんたの繰り出す技は知っているわ! 出るのね――ラブアローシュート!」
武道少女海未の第二の人格、アイドル海未が繰り出す絶殺の一撃、銘をラブアローシュート。
普段とのギャップが織りなす威力は非常に高く、悶死は不可避。
矢澤にこは
「行きますよ、にこ……!!」
脱力する海未。ここから繰り出されるラブアローシュートは絶妙の域へと突入するだろう。
迸る気迫が違う。にこは思わず唾を飲み込み、身構えた。
(なんて凄み……! まさかこの私がビビらされるだなんて!)
左腕を突き出し、右腕を引く。この実にシンプルな動作はラブアローシュートへの布石。
力は十二分に蓄えられた。
園田海未、つかまつる――!!!
「ラブアローシュートォ!!!」
「ニゴォ!?!?」
鳩尾一発。
まるで弓を射るかのような流麗かつ鮮烈な一撃。これが演劇ならば拍手喝采。
ゴロゴロと転がり、やがて壁にぶつかり気絶するにこ。念入りに確認した海未は拳を天へと突き上げる。
第二戦!
園田海未対矢澤にこ!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「貴方も弓道をやっていれば、少なくとも気絶することはなかったでしょうに……」
「……あれ? アイドル勝負は?」
「アイドルは体力勝負です。アニメ序盤でも言っていたではありませんか。あれくらい耐えられないようであればまたトレーニングメニューを増やさなくては……」
健やかな身体に熱意のあるトレーニング。そして弓道。これさえあれば強靭な肉体なぞすぐに出来上がる。
刹那! 海未の第六感が
「何奴!?」
咄嗟に掴んだのは、なんとおにぎり。しかも握りたて。
時代が時代ならば飛び込んできたのは矢だったのだろう。
「これは……」
米の一粒一粒に醤油で文字が書かれていた。海未が持つ超視力でなければ見落としていたほどの細かさ。
米にはこう書かれていた。
――海未ちゃん。家庭科室で待ってるよ! 花陽より。
挑戦状。よもや一刻の猶予も許されていなかった。時を置けば置くほど花陽の有利な陣地と化してしまうことは火を見るよりも明らか。
おにぎりをぺろりと食した後、海未は家庭科室目掛け、走りだした。
◆ ◆ ◆
「とうとう着きました、家庭科室へ」
「待ってたよ海未ちゃん!」
「その声は!」
エプロン&三角巾、“家庭的”という概念を具現化した存在なのが、きっとこの少女なのだろうと海未は思い直す。
「今日もお米が美味しいね! 小泉花陽! さあ海未ちゃん! 花陽の挑戦、受けてくれる!?」
「もちろんですとも! 勝負の内容は!?」
「おにぎり作り対決でどう!?」
「引き受けましょう!!!」
「第三戦! 園田海未対小泉花陽! 勝負内容はおにぎり作り! 二人共準備はいーい!?」
海未と花陽の首肯を確認したひょっとこ仮面ノゾミンが試合開始を宣言。
動いたのは、ほぼ同時であった。
まずは米を研ぎ、水を入れ、そこから出たものを捨てる。この繰り返しで、米はまるで刀の如く研ぎ澄まされるのだ。あとは、炊飯器に入れ、その瞬間を待つ。
ここまではとても楽しい段階である。
しかして両名は心得ていた。
この“次”が死闘なのだと。
「おにぎりを握るのはスピード! 触り過ぎず、触り続ける! この二律背反がたまらないよ~!!」
小泉花陽、動く。一心不乱。されど握る動作は精密に。
実際、花陽のおにぎり製作技術は絶妙の域へと達していた。こればかりはいくら海未でもその領域までは手が伸びぬ。
だからこそ、海未に求められているのはその一歩先なのだ。
「私も更に気合を入れるしかないようですね!」
「海未ちゃん! その動きは!!!」
圧縮。
米を圧縮。
ただただ圧縮。
だがこれは決して自棄になったわけではない。
園田海未の最大限を今、この米に凝縮しているのだ! ……おまけに調味料を一振り。
数分の時が過ぎ、両雄のおにぎり、並び立つ!
「両者、出そろったようやね! ……だけど」
ノゾミンは二人のおにぎりを見て、些か怪訝な表情を隠しきれなかった。
漫画やアニメの世界で出てくるような形の良いおにぎりと、ただの“米一粒”となっていたおにぎり。
――これは花陽ちゃんの勝ちかな? ノゾミンはそう思っていた。
実際、誰でも思う事だろう。しかしそんな見た目のハンディキャップを物ともしない姿が、園田海未にはあった。
「まずは私から! 食べてみて希ちゃん!」
「えらい自信満々やね花陽ちゃん。ではでは……はぐっ」
非常に形の良いおにぎりを手に取り、口に運ぶ希。
その瞬間、光に包まれた。宇宙の真理。お米のおいしさと生きることの意義を理解する。
これは食事であり、食育なのだ。気づけば涙を流していた。
「比べるまでもあらへん! 勝負は――」
「待ってくださいノゾミン! 私のも食してから決を!!」
「自信が、あるんやね。米一粒サイズで」
「無論です。米一粒サイズで」
海未の威風堂々とした態度に後押しされ、とうとう希はその米一粒サイズ大のおにぎりを口に運ぶ。
「――っ!?」
脳が揺さぶられる。米が何十、何百と凝縮され一つになればそれだけ甘みと旨みが強くなる。噛めば瑞々しい果実のように米の味が溢れ、呼吸をすると金の畑が目に浮かぶ。
気づけば、そのおにぎりは口から溶けて消えていた。
その事実に、気づいた希はついつい口に出していた。
「おかわりは……」
「ありません。あれっきりです」
「……あれじゃ良く分からなかったからもう一個だけ」
海未は口元を半月状に歪ませる。この言葉を出させた時点で、海未の作戦は成功したのだ。
「となれば言うことは決まってますね?」
「も、もちろん!」
第三戦!
園田海未対小泉花陽!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「花陽のおにぎりの完成度は私の目から見ても、中々に強敵と見えました。だからすごく美味で、すごく量が少ないおにぎりを作るしかなかった。そうなればもう、後は求めるしかないのです。夏草や兵どもが夢の跡……」
「う、うぅ……自信あったのに、海未ちゃんに負けちゃった。でも、おめでとう海未ちゃん!」
健気。これほどまでに真っすぐ言われたら流石の海未も搦め手を使ったことに罪悪感を感じなかったと言えば、それは嘘になる。
しかして園田海未は進むしかないのだ。
「ありがとうございます、花陽。今度おにぎり食べ放題へと連れて行ってあげます」
「えええ!? ほんと!? ありがとう海未ちゃん!! 楽しみにしているね!」
「あ、あの海未ちゃんおにぎりは……」
「そんなものはありません! さらば!」
ノゾミンを振り切り、海未は次の戦場を求め走り出す。
次で折り返し地点となる四人目。まだまだ先は長いが負けるわけにはいかない。
溢れんばかりの弓道があれば、全ては上手くいくのだ!
◆ ◆ ◆
「モノローグと共に走っていたら……どこに来てしまったのでしょうか? っと、あれは……」
いつの間にか外に出ていた海未はプールに辿りついていた。
時期外れなのに、何故かプールには水が溜まっている。
だが、海未にはその理由について考える暇は与えられなかった。
「次は凛の番だにゃ!!!」
「その声は凛!? しかも競泳用の水着ということは!」
「そう! 凛との対決は水泳五十メートル対決だよ!! これなら海未ちゃんにも勝てる可能性が高いにゃ!」
「第四戦! 園田海未対星空凛! 勝負内容は水泳五十メートル対決! 二人共準備はいーい!?」
そこまで来て、海未は自分の恰好に気づく。
運動能力的には五分と五分。だが、水着があるのとないのとでは、その速度には天と地の差がありけり。
――どうする海未!? 退くか、征くか!!
「切るしかないようですね。必勝への鯉口を」
「え、海未ちゃん着替えなくてええの?」
「それだと凛が勝っちゃうよ? 勝っちゃっていいのかにゃ~?」
「無論、負けるつもりはありません。そして着替える必要も無いのですよ」
その溢れる自信に、流石のノゾミンも止める訳にはいかなかった。
武士の背を押さずして何が日本女児なのだ。既に号令の為の右手は天へと屹立していた。
「よーい! ドン!」
「海未ちゃんに絶対勝つにゃー!!!」
高校生の水泳大会における五十メートルの平均タイムは二十七秒くらいとのこと。
星空凛、その類まれなる身体能力から繰り出されるクロールはプールの水を掻き分け、魚のようにすいすいと進んでいく。
(ふふふ。泳ぎにも自信があるんだよね! それに海未ちゃんは制服! どうするつもりかは分からなかったけど、これなら海未ちゃんも簡単には……!)
などと言っている間に星空凛、残りニメートル。否、たった今ゴールをした!
「はぁ……はぁ……」
水から上がった凛はまだ泳いでいるであろう海未の方へ振り向いた。
あんな泳ぎにくい恰好では一体どこを泳いでいるのだろうか。その口元には少しばかりの笑みがたたえられていた。
「――水の方を見てどうしたのですか凛? 私はここです」
仁王立ちをしながら園田海未はそこにいた。
予想外の事態に、凛は戸惑いを隠せない。
「え!? 海未ちゃんが……もう上がっている!? で、でもきっと泳げなかっただけで凛の泳ぎを見ていただけなんだよね?」
第四戦!
園田海未対星空凛!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「なんでー!? 何でなの希ちゃん!?」
「騒いではいけませんよ凛。それに、私はちゃんと勝利条件を満たしました!」
「うっそだー! そもそも海未ちゃん濡れてないにゃあー!」
「なるほど。つまり、私が濡れずに勝利条件を満たした泳法を見せれば納得してくれますね?」
こくんと頷いた凛を確認した海未は早速もう一度泳ぐための準備を始める。
軽く体操。特に腕を柔軟にほぐす。
深呼吸をし、全てを整えた園田海未――仕る!
「キェェェェェェェェ!!!」
気合一閃。
振り下ろされた手刀はその余りの速度に音と動作があべこべのままプールの水へと着弾する。
その瞬間、星空凛は奇跡を目の当たりにする!
「プールの水が割れたにゃー!!!」
手刀の空圧はプールの水を押し退け、やがて底まで見えてしまった。
「これは……もしかして」
その光景を凛は確かに知っていた!
――モーセ。
今しがた海未が起こした出来事は世界的にとても有名なかの聖人モーセが海を割ったことと全く同じだったのだ。
「ここからですよ凛! シャウォーワォッ!!!」
そこで呆けている海未ではない。全力ダッシュ。すぐさま二十五メートルまで行き、タッチ、そして折り返す。
園田海未の持つ優秀な運動能力を以てすれば、瞬きしている間に五十メートルを“泳ぎ終える”ことなど朝飯前である。
海未、高く飛び上がり、悠々と凛とノゾミンの間へ着地した。
「まあ、こういうことですよ凛」
「すごい! けど、これは水泳じゃないような……」
「いいえ凛。私は確かに水泳をしました」
「嘘! 泳いでいないにゃー!!」
子に言って聞かせる母のように、海未は優しく諭す。
「私たち人間は人生という荒波を泳いでいる。そして私は今、制服で凛、貴方に勝つという波へ挑みました。これ以上の“水泳”は果たして――あるのでしょうかね?」
効いた。今の一言は星空凛の胸を確かに打った。
これ以上はもう、勝敗や方法について追及しようとも思えないほどに。
「凛の……負けだにゃ」
「結局制服でガッチガチに装備している凛ちゃんに勝ったんやね、海未ちゃん」
「上手く事が運んで良かったです。正直こればかりはもうちょっと追及されたら殴らなければいけませんでしたので」
「海未ちゃんって結構武闘派なんやね」
これで残りは四人。少しばかりの呼吸が乱れてしまったが、まだやれる。
この程度で弱音を吐く園田海未ではないのだ。
「……ついアテもなく歩いてしまっていますね」
次の獲物を求め、海未は再び校舎内を闊歩する。
五人目は既に決めている。後は“彼女”を探すのみ。
「見つけたチカ!」
「このシベリア永久凍土のような声は! とうとう来ましたね! 絵里!!」
絢瀬絵里!
かしこくて、かわいい最強無敵の元生徒会長の姿が、そこにあった。
何やらとてつもなく自信満々の様子。
「聞けば色々とやらかしているようね! この絢瀬絵里が引導を渡してくれるわ!」
絢瀬絵里と言えば、ファンが少なからずいるという超有名人。にして、女子が好きな女子ランキングナンバーワン。
そんな彼女の口から飛び出るには些か荒っぽい気がするが、そこはあえて聞き流す。
肝心なのはこの後の勝負の流れとその展開。
「第五戦! 園田海未対絢瀬絵里! エリち、勝負内容は何!?」
「ちょっと待ってください!」
「え、どうしたの海未ちゃん?」
言うや否や、海未は絵里を呼びつける。
流石の彼女も突然の海未の行為に、何も考えることなく素直に近づいた。
「どうしたの?」
「いえ、ただ勝負をする前に、絵里に言っておかなければならないことがありまして」
「言っておかなければならないこと……?」
「ええ、実は亜里沙と今週の日曜日、買い物に付き合う約束をしていたのですよ」
「亜里沙と? へえ良いわね。それがどうかしたの?」
その瞬間、海未はとてもうら若き乙女がしてはいけない顔をしていたことを、ノゾミンは確かに見ていた。
「そんな私が絵里。貴方と戦って万が一にでも負けたとあれば、私はきっとショックを受けるでしょう」
「言っていることが、見えないわね」
「その結果、私はもしかしたら亜里沙に大変悲しい思いをさせてしまうかもしれません」
「なぁっ!?」
――ODOSHI。
日本古来の由緒正しきWABISABIが、そこには確かに存在していた。
園田海未は何だかんだで絵里相手には苦戦を強いられると予想している。もちろん最後には勝つつもりしかないのだが、万全を期せるなら期すのが武士の作法であろう。
「ひ、卑怯よ海未!」
「卑怯!? そんな人聞きの悪いことは言わないでください! 私は真剣に喋っているのですよ! 反省してください!」
「……ごめんなさい」
「よろしい。それで、絵里はどうしたいのですか? 私と戦うか、私と戦うことによって亜里沙を悲しませてしまうのか」
傍から聞いていたノゾミンは冷汗が止まらなかった。
こんな二択があってないような選択肢は選択肢ではない。
「うぅ……私はどうしたら」
この手のODOSHIに関しては考えるまでもなく“NO”を突き付けてやるのが正しい選択である。だが、出来ない。あろうことに身内を人質に取られてしまえば、そんな選択は出来ないのだ。
「失礼。底意地が悪かったですね絵里」
「海未……」
優しく絵里の肩に手を置く海未。
絵里から見れば天使のように見えたのだろう。だが、ノゾミンから見れば質の悪い悪魔にしか見えなかった。
「私は別に絵里や亜里沙を傷つけるつもりなど毛頭ありません。ただ、一言負けましたと言ってくれるだけで全てが済むのです」
「あれ、これ勝負してるんだよね?」
ノゾミンの言葉には一切聞く耳持たず、海未は畳みかける。
「一緒に言ってみましょう。一度だけ。一度だけで良いですから」
「一度だけ、なら……」
「ありがとうございます! では、行きますよ。せーの――――」
目を合わせ、タイミングを合わせ、“二人”は言った。
「負けました」
「はい!!! 聞きましたね!? ノゾミン!?」
第五戦!
園田海未対絢瀬絵里!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「ええ……これでいいの海未ちゃんは」
「無論です。勝利宣言を聞ければ私は大満足なのですよ」
「鬼すぎる……」
「引いてる暇はないですよノゾミン。次の相手はもう決まっているのですから」
目と目が合い、ノゾミンは得心した。
「ふ、なら三十分後にまた現れるで!」
「ふ、やはり分かりますか。お待ちしてますよ。」
絵里に何か言われる前に、足早にそこから去った海未は第六の戦場へと足を運んだ。
舌戦に持ち込まれたら不利なことこの上ない。相手の有利な戦場に持ち込まれる事これすなわち敗北と同義なのだ。
邪な心で動いているのではない。園田海未は真の武士道で動いているのだ。
――待つこと三十分。別に場所を教えた訳ではないのに、彼女は現れた。
「今まで勝負を見届けていたひょっとこ仮面ことノゾミンは仮の姿! 今のウチは東條希!!! さぁ勝負や海未ちゃん!」
ひょっとこ仮面を脱ぎ捨て、意気揚々と現れたのはμ'sの名付け親である東條希。
その背から吹き出る威容はさしもの海未でさえ身構えさせる。
「ウチの勝負は――」
「あ、待ってください希。勝負内容は決めなくていいですよ」
「へ? 何で?」
「ほら、私ってどうも希のペースに巻き込まれやすいというか、乗せられやすいと言いますか」
「え、あ、うん……? それがどうしたの?」
「そういう訳なので――」
海未は拳を固めることで希への返答の締めくくりとした。
「殴ります」
「……ごめんもっかい言って」
「殴ります」
「もう一声」
「めちゃくちゃ殴ります」
「何でやー!?」
世の中は非常なのだ。言外に含ませ、海未はにじり寄る。
「ストップストップストーップ!」
「どうしたのですか? なるべく楽に沈めるつもりなので安心してください」
海未の拳に浮かぶ幽鬼が、希の瞳にはしかと視えていた。
「ちょっと待ってよ! それじゃ正々堂々とした勝負じゃないよね!?」
「へ?」
「へ? じゃないよ! 良いの海未ちゃん!? それじゃ『ひきょーもの』になっちゃよ!?」
うっかり“標準語”になっているのにも気づかないまま、希は“正々堂々”という視点での命乞いをすることに一縷の望みをかける。
そんな必死の希の言葉に対し、海未は疑問符を浮かべていた。
「……ひきょーもの、という言葉が良く分かりませんし、希は恐らく思い違いをしています」
「どういうこと?」
「私は最強が決まればそれで言うことは無いですし、そもそも一言も“正々堂々”なんて言ってませんよ」
超音速、いや光速で希は今までの記憶を掘り起こす。言っているはず、言っているはず……言って、なかった。
希は海未と視線を交わしたまま沈黙する。
「……えへ!」
「うふふ」
再度沈黙。
しばらくした後に、希は自分の白いハンカチをシャープペンシルに括り付けた。
「どうか命だけは助けてください」
「よろしい」
第六戦!
園田海未対東條希!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「うぅ……海未ちゃんを見誤っていたわぁ……」
「これも全て弓道のお陰ですね。勝負強さを発揮してしまいましたか……」
去り際の海未の背中に希は声を掛ける。
「海未ちゃん! 気を付けて! 次の相手は――」
「私だチュン!!!」
謎の羽毛が舞い吹雪き、中から現れたのは園田海未が二大親友の一翼。
南 こ と り ! ! !
圧倒的な戦気が風となり、闘気は嵐となり、海未の肌を撫でる。
気を抜けたばあっという間にくず折れてしまいそうな心細さ。だが、確かに園田海未は両の足で地面を掴み取り、天を仰ぐ。
「穂乃果ちゃんを求めて三千里。いつでもどこでもチュンチュンチュン。音ノ木坂学院二年、南ことり見参チュン!!」
「現れましたねことり!」
「真姫ちゃん、にこちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん、絵里ちゃん、希ちゃんがやられちゃった。そしてあとは私とハノケチェンだけ。ハノケチェンはいまいち何が起こっているのか分かっていないみたいだけど、私が最後の砦になればそれで良いよね!」
ことりが自分の後方を指さした。
「この先はもちろんどこか分かるよね?」
「ええ、アイドル研究部の部室です」
「そこにハノケチェンがいるよ!」
「ならば私はそこへと征きます。ことり! 貴方を倒して!!」
「それでこそ海未ちゃんだよ!」
海未へと忍び寄る気配!
だが、その正体を海未は確かに知っていた!
「第七戦! 園田海未対南ことり! 二人共準備はいーい!?」
希こと再びノゾミンへと姿を変えた勝負の見届け人が海未とことりの間へ立つ。
「もう突っ込むことはしませんが、頼みましたよノゾミン!」
「任しとき! さあ勝負の内容は!?」
返答の代わりに、右拳を突き出すことり。その所作に海未は最上級の警戒をする。
これから起こるは血みどろの戦いとでも言うのだろうか、心なしかことりが邪悪な笑みを浮かべたようにも見えた海未。
――さあ、勝負の内容は!?
一言一句を聞き逃さぬよう、海未はその瞬間を待ちわびる。
「じゃんけんで勝負だよ! 恨みっこなしの一回勝負!!」
「引き受けましょうその勝負!」
じゃんけん。単純にして明快。これほど白黒つく勝負は無い。海未にとって、願ってもない内容だ。
互いが半歩下がり、片手を構える。
シン――と廊下が静寂に包まれる。まるで降り積もる深夜の雪の中に立っているようだ。
勝負の瞬間を待つ二人はさながら侍の決闘。どちらかの刀に血を吸わせなければ終わらぬ背水の陣。
「よぅし……」
腕まくりをすることり。その仕草へ海未は気迫を表情へ乗せる。
「ことり敗れたり!!」
「な、何で!?」
「腕まくりは一世一代の勝負への意気込みにして緊張をほぐすもの。対する私は普段通りにリラックスしている。――ことり! 貴方はこの時点で私に臆しているのです!!」
「確かに海未ちゃんの言う通りなのかもしれない……けど私は!」
無言。だが、勝負への意識は確かに燃えている。
南ことりは無心となった。
一点の曇りもない鏡のように。ただ静かに。
――明 鏡 止 水 !
齢十六にして、南ことりはその境地へと辿り着いたのだ!
次の瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた!
「最初は!」
「グー!」
『じゃんけん! ぽん!!』
見届け人である希の瞳に、神速の攻防が飛び込む――!
三十六回。たった十秒で繰り広げられた“あいこ”の数である。
互いの手の内を読みつくしたかのような打ち合いに、希は気づかない内に流れていた汗を拭った。
(なんて速度!! 見落とさないようにするのがやっとや……!!)
文字通り、瞬きすら許されない。現在――五十六回目の“あいこ”。
「もう諦めて海未ちゃん!」
「いいえ、諦めるのは貴方ですことり! 私には秘策があります!」
「どんな秘策だろうと、私は負けな――――!」
「穂乃果の例の写真、格安で譲りますよ?」
「私の負けチュン。参りましたチュン。チュンチュン」
園田海未グー、南ことりチョキ。八十三回目での決着であった。
「弓道で腕を鍛えていなければ――負けていましたね」
第七戦!
園田海未対南ことり!
結果!
園田海未! 大 勝 利 ! !
「これでことりも倒しました、か」
「ついにここまで来たね海未ちゃん」
「ええ。残るは――」
「行ってあげて海未ちゃん! そこで海未ちゃんの長い旅が終わるんや!!」
「皆の屍を乗り越えて、私は征きます!」
「死んでないけど頑張ってなー」
七名全てを葬った海未は走った。後ろを振り返る事はない。強敵と書いて友達との戦いを越え、彼女は旅の到達を感じ始める。
「着いた」
ついに辿り着くは部室。ここに“あの子”がいる。彼女を越えてこそ、真の最強。最強イズ最強なのだ。
「さあ残り一人!! 穂乃果!! いざ私と尋常に――――」
「あ、海未ちゃん! ちょうど良かった!」
μ's最後の一人にして、リーダー。益荒男が女体化した存在とも言える戦乙女――高坂穂乃果。
彼女が笑みを浮かべて海未を見る。
尊さが過ぎる!!!
たったそれだけで海未は尊さの波に溺れそうになり、それはそのまま心停止一歩手前という惨状を引き起こしかける。
「っはぁ!! はぁ……はぁ……!」
「海未ちゃん!? 大丈夫!?」
「ええ。大丈夫です。少しばかり心の臓が止まりかけたくらいなので……」
「それ大丈夫じゃないよね!?」
「だ、大丈夫です。ほんと大丈夫です。ところでちょうど良かったとは?」
「あ、そうそう! ちょっと待ってて!」
そう言うなり、穂乃果は自分の鞄の元へと歩みより、探り始めた。
その背中を見ながら、海未は決意を新たに拳を握り締める。非情になりきらなくてはいけない。
これから自分は最強を証明するためにこの親友と一戦を交えるのだ。笑っても泣いても、これが最後。
七人。七人の
穂乃果が戻ってきたその時こそ雌雄を決する時――!
「はいこれ!」
弓矢か鉄砲か、はたまた爆弾か。様々な先制攻撃を意識していたが、海未の瞳に飛び込んできたのは『ほむまん』であった。何を隠そう大好物。
だが、何やら少しばかりいつもの『ほむまん』とは違って見える。
「最近、海未ちゃん疲れてるかなーって思って。お父さんに教えてもらいながら作ったんだよ!」
「手作り……私に、ですか?」
「さっきもそう言ったじゃーん! ほら、食べよ食べよ! じゃなきゃ、私が食べちゃうよ~?」
「あっ、待ってください! 食べます! 食べますとも!」
「じゃあ早くこっちおいでよー! 一緒に食べよー!」
そう言って笑う穂乃果。その顔を見た海未の中には既に戦意はなかった。
いや、戦意を抱く必要はもうなくなったのだ。
何せ――。
「……ふふ、全く。私はやっぱり穂乃果には――――」
最終戦!
園田海未対高坂穂乃果!
結果!
園田海未!
完 全 敗 北 ! ! !
その宣言を待っていたかのように、生徒会室にぞろぞろとメンバーが入って来た。
「あ、いた! ちょっと海未ーだいぶやってくれたわね?」
真姫が半目になり、
「海未ちゃん、もう落ち着いた? よかったぁ……えへへ」
花陽が笑い、
「海未ちゃん海未ちゃん! 今度プールの水の割り方教えてにゃ!」
凛がワクワクし、
「はぁ……時折訳分からなくなるわよね海未ったら」
絵里がクールに決め、
「ああ、居たわね海未ィ……今すぐニッコニコーシテヤルカラオモテデロニコー」
にこが半ギレになり、
「海未ちゃんにこんなのが出とるよ? 復活を意味するタロット『審判』。今の海未ちゃんにピッタリやね!」
希が彼女を見据え、
「もー海未ちゃん! 皆に迷惑かけちゃだめだよ!」
ことりがプリプリと怒る。
「皆、すいません。つい最強を決めたくなってしまって……」
ですが、と海未は穂乃果へと視線をやる。
「私は恐らく、一生最強になれることはないようです」
その笑みを見た穂乃果以外のメンバーは全てを察し、静かに微笑み合った。
ほむまんを肴にした宴が始まる。
これは卒業式を寸前に控えた、午後のうたた寝の最中に視る夢のような出来事。覚めたらそれでおしまいの一瞬の
だが、あったのだ。確かに。そこには。
忘れる事の無いたった一日の乱痴気騒ぎ。
愛おしく、それでいていつまでも抱きしめられる思い出。
「海未ちゃーん! このままじゃ海未ちゃんの分無くなっちゃうよー!?」
「分かってます! 分かってますから! ちゃんと残しておいてください!」
物思いに耽るのはこれでおしまい。
――さあ親愛なる親友の、とってもおいしいほむまんを思う存分食べましょうか。
――ほむまんの味ですか? 言うまでもありませんね。
《鍵のすけさんより》
いかがでしたでしょうか?もう救急車が到着した頃合いでしょうか?多数の死者を出してしまったことに深くお詫び申し上げます。
お口直しは次のお方の作品で、ということで!
今回企画してくださった薮椿先生、とても有意義な時間をありがとうございました!