ラブライブ!~合同企画短編集~【完結】   作:薮椿

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《薮椿より》
 本日は、原作『ラブライブ!』にて『ラブライブ! ―背中合わせの2人。―』を投稿していらっしゃる、またたねさんの企画小説です!

《またたねさんより》
 初めましての方は初めまして。自分としてはお久しぶりです、という言葉がしっくりきますが……笑
 またたね、と申す者です。
 今回薮椿さんの企画小説を通して、久し振りにラブライブ!というコンテンツに触れる機会をいただきました。
 今の自分が表現したかったラブライブ!の世界を、どうぞお楽しみください。


“私達”

 それはとある冬の夜の話。

 

 

 

 年明けの余韻が未だ抜けない、新年早々のネオン街。辺りを見渡せば新年初売りの広告が彼方此方で目に付く。そんな午後7時半を過ぎた都心の夜道を、少女は早足で歩いていた。少女と言えど、齢は既に20を超えている。正確には、昨年20歳を迎えたというのが正しい。

 

 高校を卒業した後予備校に一年通った彼女は、昨年念願だった都内有数の医学部への進学を果たした。

 

 医者となって両親の後を追う自分の夢と、スクールアイドルとして頂点を目指し、廃校を阻止するという皆との夢。彼女はどちらも本気で追いかけて、どちらもその手で掴み取った。

 

 高校時代はNo.1スクールアイドルのメンバーとして名を馳せた彼女だが、数年のブランクを挟めば大学での知名度もたかが知れたものだった。掴んだ栄光は過去の物になってしまっても、皆で辿った歩みは彼女の心の中にしっかりと残っている。

 

 

 そんな真紅の髪を靡かせて歩く彼女──西木野真姫(にしきのまき)の足取りは軽い。

 

 

 今日は彼女の大切な仲間達が自分の為に開いてくれた、“成人祝い”の日だった。浪人中は勿論、大学に入ってからもお互いの予定が合わず再会することはなかった、大切で、大好きな“センパイ”達。それを思うだけで真姫の心は羽根が生えたように軽くなる。

 

 が、しかしながら不幸にも、今日は6限に急遽補講が入ってしまった。必修科目故に休むことも出来ず、誘ってくれた“2人”に詫びを入れて遅れて参加する形に変えてもらい、今現在の早足で居酒屋へと向かうに至る。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

 指定された店内は、平日にも関わらず人でごった返していた。ピークの時間帯だからというのもあるだろうが、居酒屋特有の熱気と臭いが一気に真姫の鼻腔を擽る。店を予約してくれた“彼女”の名前を出すと、やはり既に中にいるようだった。

 

 案内された部屋に向かう足取りは、先程の軽やかなそれとは程遠い。彼女は思い出していた。大切な先輩達と久し振りに会う、ということへの緊張を。個室の入り口の前に立ち、躊躇うこと数瞬。迷いを飲み込んで、真姫は戸を開けた。

 

 

「あ、来た!久し振り、真姫」

「もう、センパイを待たせるなんて礼儀がなってないわねぇ?」

 

 

 数年振りに聞いた、変わらないその声。

 優しい笑顔で自分を見つめる2人の姿を見た途端心に押し寄せた安堵に、真姫は思わず涙が溢れそうになった。

 

 

 

「久し振り──絵里(えり)、にこちゃん」

 

 

 

 彼女が名を呼ぶと、2人は嬉しそうに笑った。

 

「寒かったでしょう?ごめんなさい、急がせて」

 

 真姫を慮ってくれたのは、高校生の時から変わらぬ……否、それ以上の大人の魅力を備えた女性へと成長した、絢瀬(あやせ)絵里。高校時代から異性を魅了していた抜群のスタイルは衰えを知らず、3年の月日は彼女に大人の色香を与え、その美貌をより完全なものへと昇華させた。僅かに感じさせていた子供っぽさも抜け、大人の女性となった彼女は、卒業してからも腰近くまで伸ばしていたロングの金髪を、首の辺りまで切り揃えていた。

 

「元気にしてた?最近連絡返ってこないから心配してたのよ?」

 

 一方、真姫を非難するように見せかけて、彼女を心配する心情が隠しきれていないのは、高校時代のツインテールを一本のお下げに変えたことで大人っぽさが増した、矢澤(やざわ)にこ。残念ながら体格やスタイルこそ大きく成長することはなかったものの、表情や雰囲気は年齢相応の大人びたものへと変わっていた。高校時代の少女らしい可愛らしさを見事に残したまま大人になった彼女は、あの頃と変わらぬ優しい笑顔を真姫へと向ける。

 

「ごめんなさい……私も色々と忙しかったから」

「ふぅん……なんか素直になったわね、真姫」

「何よにこちゃん、昔は素直じゃなかったみたいに」

「違うの?」

「違うわよっ!」

「ふふふ……」

「もう、絵里も笑わないでっ!」

 

 口では憤りながらも、心は嬉しさを感じていた。久々のやり取りは、確かに真姫の心に懐かしさを感じさせるもので、その懐かしさは真姫が長い間ずっと、待ち望んでいたものだったのだから。

 

 

 

 

 

      ──  “私達”  ──

 

 

 

 

 

 

 

「真姫は一杯目何にする?」

「えっ、そうね……じゃあ、カシオレにしようかしら」

 

 着て来たコートをハンガーにかけながら、真姫は絵里の質問へと応えた。それを受けた絵里は笑顔を返し、個室に備え付けられていたタッチパネルを使って注文を終える。

 

「はぁ?アンタ何可愛い子ぶったお酒頼んでるのよ私達の前で。真姫ちゃんってばコワーイ」

「なっ……!べ、別に大学生の一杯目なんてそんなもんでしょ!?可愛い子ぶってなんかないわよ!」

 

 ニヤニヤと笑いながら揶揄ってきたにこに、真姫は強く反駁する。

 

「そう言うにこちゃんは、一体何飲んでるのよ」

「ビール以外の選択肢ナシ!!」

 

 そう言いながら、ドヤ顔でジョッキを高々と掲げたにこ。そんなにこを見て、真姫は顔を顰めると、大きな溜め息をついた。

 

「……にこちゃん22歳にもなって、ネットではまだ“にこにー♡”とか“ラブにこっ♡”とか言ってる割に飲んでるものはジジクサイのね。ビールなんて美味しくないじゃない」

「はん、アンタもまだまだお子ちゃまねぇ、このキンキンに冷えたビールの美味しさがわからないなんて……って!なんで真姫がそんなこと知ってるのよ!?」

「だってにこちゃん、毎日SNSに投稿してるじゃないの。『#1日1にこにー♡』って」

「あ、私もそれ見たことあるわ」

「絵里まで!?どうして!?」

「流石に『@Niconiconi-830(やざわ)』は裏アカのつもりなら露骨過ぎ。鍵アカ(限定公開)にもしてないし、隠す気ないんじゃないの?」

「ぬわああぁぁぁ!!」

 

 頭を抱えながら大きく項垂れたにこ。そんな様子を見て、真姫と絵里は声を上げて笑った。

 

「失礼しまーす。ご注文の品です」

 

 そのタイミングで、真姫のドリンクと絵里が適当に見繕ったツマミが数品届いた。それらが真姫へと行き届いた事を確認した絵里が、自分のグラスを持って笑う。

 

「それじゃあ真姫。遅くなっちゃったし、私達はもう飲んじゃってるけど……成人おめでとう、乾杯」

「ありがとう絵里……乾杯」

「ちょっと!私とも乾杯しなさいよ!おめでとう、真姫!」

「にこちゃんもありがと。乾杯」

 

 2人との乾杯を終え、届いたカシスオレンジに口を付けた。カシス特有の酸味と甘味がオレンジジュースに溶け、微かなアルコールと共に真姫の体へと流れ込む。瞬間、体の奥底がカッと熱を帯びたような錯覚を覚えた。どうやらこの店のカシスオレンジはカシスの割合が強いらしい。その熱さの余韻に浸るのもそこそこに、真姫はにこへと疑問を投げかけた。

 

「……ていうかにこちゃん、本気でビールが好きなわけ?最初の一杯とかじゃなくて」

「私んトコの学部、飲み会がビール縛りなのよねぇー。最初は飲めなかったんだけどもう四年生だもの。後輩の手前飲まない訳にもいかないし、何より飲んでるうちにクセになっちゃって」

「ふーん……慣れって怖いわね」

「慣れといえば真姫はどうなの?もう大学には慣れた?」

「ママみたいなこと言わないでよ絵里。もう入学して9ヶ月にもなるんだから慣れたに決まってるじゃない」

「ふふ、それもそうね」

 

 卒業から3年の月日が流れても、気楽に話せる関係は変わっていない。その事に、真姫は少しだけ安堵を覚えた。他愛のない話は盛り上がり、そこから話題が絵里とにこの進路へと発展していく。

 

「……そういえば、2人はもう4年生よね?進路は決まったの?」

「ん……そうね、じゃあ私から話そうかしら」

 

 飲みかけのグラスをテーブルに置き直し、絵里は笑う。

 

「私の学部は知ってるわよね?」

「ええ。教育学部でしょ?」

「そう。察してるかも知れないけど、無事に採用試験に合格して、春から学校の先生になる事が決まったわ」

「へぇ、凄いじゃない!おめでとう、絵里。何の先生になるの?」

「中学校の理科よ。高校とずっと迷ってたんだけど、在学中に行った実習で漸く決心がついたの」

「なるほどね」

 

 真姫は白衣を着た絵里の姿を思い浮かべる。確かに黒板の前に立って教鞭を振るう絵里の姿はお似合いに思えた。

 

「でも、絵里が先生だったら、中学生の男子は放っとかないんじゃない?」

「えっ、どうして?」

「あなたみたいな美人に教えられて、生徒達が羨ましいってことよ」

「もう、真姫ったら……褒めても何も出ないわよ?」

 

 真姫の褒め言葉に、絵里は恥ずかしそうに頬を染めながら笑った。彼女は照れ隠しのように手に持っていたカクテルを煽り、ツマミへと手を伸ばす。そんな様子を見てから、真姫はにこへと声を掛けた。

 

「にこちゃんは?確か商学部だったわよね?就職するの?」

「ふっふっふ、まずはこれを見なさい!」

 

 自信ありげに行ったにこは、財布から名刺を取り出すと思い切りテーブルに叩きつけた。

 

「ん……これは?」

「私のマネージャーの名刺よ」

「マネージャー……ってえぇ!?まさか……!」

「その通り!私矢澤にこは、芸能事務所に所属することになりましたー!!」

「嘘っ、本当に!?」

本当(マジ)本当(マジ)、マージ・マジ・マジーロよ」

「……それ伝わる人いないデショ」

「でも私の個人的な気持ちとしてはマージ・マジ・マジカって感じね」

「絵里!?別にノらなくていいのよ!?」

 

 にこの唐突な宣言に心底驚愕したように驚きの声を上げる真姫。そして僅かだが酔いが回っているのだろう、普段の絵里からは想像もつかないような発言が飛び出した事にも真姫は大きく動揺したものの、直ぐに気を持ち直し、改めてにこへと祝福の言葉を掛けた。

 

「……とにかく、凄いじゃないのにこちゃん。遂に夢が叶ったのね」

「まだまだこれからよ。私はやっとスタートラインに立っただけ。事務所には入れたけどアイドルとして活動していけるかはわからないし、そこは私の努力次第だと思ってる。でも」

 

 そこで一度言葉を切ったにこは、稍あって笑う。

 

「……事務所に入ることができたきっかけは、μ'sの活動があったからだった」

「μ'sの……?」

「偶々オーディションの審査員がμ'sの事知ってたみたいで。面接で『ファンだったんです』って言ってもらえた時は、正直勝ちを確信したわね」

「わぁ、凄い奇跡……」

「……だから、ありがとう。アンタ達と歩んだ日々が、私の夢を叶える支えになってくれた。私に道を示してくれて、本当に感謝してるわ」

 

 照れ臭そうに笑うにこ。その表情には嬉しさや誇らしさ、様々な感情が込められていることを確かに2人は感じ取っていた。

 

「ふふ、じゃあ2人の進路も祝って、改めて乾杯ね」

「おお、真姫ってばいつの間にそんなにいい子に育ったのかしら!」

「誰目線よ」

「そういえば、真姫の方はどうなの?」

「私?」

 

 絵里からの質問に、真姫は目を見開く。にこも同意とばかりにその話題へと食いつきを見せた。

 

「そうよそうよ。どうなのよ?念願の医学部は」

「そうね……まだ1年生だから何とも。専門が何になるかも決まってないし実習とかも始まってない。大学は6年制だし、まだまだこれからって感じよ」

「へぇ……大変そうね、貴女も」

「授業の数も尋常じゃないもの。他の大学の基準がわからないから何とも言えないけど、基本的に週3日は1限から5限までギッシリと授業が入ってるし、残りの2日も4つか3つ授業が入ってるわ」

「げっ、アンタ空きコマ幾つよ」

「週に5つよ」

「はぁ?私の授業の数と同じじゃないの!」

「あらァ?にこの大学は4年後期になっても5つも授業が入るほど忙しいのかしら?」

「うっ、わ、私にも色々あるのよっ!」

 

 絵里の指摘に、にこは気まずそうに言い返した。そんな話をしながら、飲み会はどんどん進んでいく。因みにこの3人のアルコールへの耐性はというと、意外な事に割と強い部類に入る。強いて言えば、真姫がやや弱いと言ったところだ。

 にこは飲む物がビール一辺倒で、見た目に反して度数の高いカクテル系をちゃんぽんしないので、酔いにくい飲み方をしていると言える。酔い方も綺麗なので、面倒くさい事にもならない。正に一緒に飲みに行って楽しい人材だと言えるだろう。

 絵里は血筋からかはわからないが、滅法酒に強い。が、しかしその分ペースが早い。常人が1杯飲む間に、絵里は3杯目に突入しているなんていう事もザラだ。まさしく、ジュースのように酒を飲む。しかも、ウォッカやウィスキーと言った度数の高い酒を好むので、酒に強いのに酔いが回るのが1番早いというよくわからない事態に陥るのが絵里だ。

 真姫はというと、純粋にまだアルコールに慣れてないという側面が強い。飲み会に積極的に行くわけでもなく、家で好んで飲酒するわけでもない。カシオレを選んだのも、先輩にオススメされたそれを偶々飲んで、『あ、なんか美味しいかも』と思ったからにすぎない。飲み方も知らず、自分の酔い方も知らない。正しく無知、それが真姫の現状だった。

 

 そんな彼女達の飲み会が始まって1時間程。現在の状況というと……。

 

「ちょっと絵里っ!私のアイスに勝手にケチャップ混ぜないで!!」

「これは違うのよ、にこに脅されて」

「はぁ!?勝手に私を巻き込むのやめてくれる!?」

 

 ──大いに荒れていた。

 主に酔いが回って“イイ感じ”になってきた絵里によって。

 

「まぁそんなこと言わないで……」

「わ、ちょっとやめなさいよ絵里!服に手を突っ込もうとしない!」

「あ……ごめんなさい、真姫」

「もう……なんでこんなことするのよ」

「つい」

「「つい!?」」

 

 絵里の暴走により、場は更に盛り上がっていく。それに連れて、残り2人の酔いもどんどんと回っていき、3人は高校時代の昔話や、大学でのエピソード、恋愛関係についてなど様々な話題で笑みを咲かせた。

 

 

「はぁ、ほんっとに、昔と何も変わらないわね」

 

 酔いが回り、普段よりも僅かに上機嫌となった真姫が呟いた。

 

「そうね。こうして話してると、高校時代に戻ったみたいだわ」

「あの頃も、こんな下らない話で笑ってたわね」

 

 絵里とにこが笑っている。その様子につられて笑う真姫。

 しかし彼女は反面──その様子を、どこか遠くから見つめているような錯覚に陥っていた。

 

 嬉しさと楽しさで熱を帯びた心を、冷ややかな風が撫ぜる。心の中に巣食う後ろ向きな感情がもう1人の自分を形作り、語りかけてくるような感覚。

 

 絵里は学校の先生になり。

 

 にこはアイドルへの第一歩を踏み出し。

 

 そして自分は、医者になるための道を行く。

 

 数年前まで同じ場所を目指して歩いてきた自分達は、もう同じ方向へは歩けないのだと、もう1人の自分が囁いてくる。

 

 

「……そう、変わらない。変わらないのに──」

 

 

 普段の冷静な彼女なら、そこから先を言うことはなかっただろう。それを言う事で何かが変わるわけでもなく、誰もいい思いをするわけではない事を、彼女は十分理解していたから。

 しかし今の彼女は、それを考えることが出来る程の判断力が欠如していた。

 だから、口にしてしまう。決して伝える筈の無かった、彼女の秘めた本心を。

 

 

 

「──本当に、会えなくなるのね」

 

 

 

 その言葉に、今迄とは違う何かを感じた絵里とにこの手が止まる。そんな様子の変わった2人には気付かず、真姫は頬杖をついて窓の外を眺めていた。

 

「……アンタ、何言って」

「耐えられないの、私。皆が居なくなるなんて。絵里と希とにこちゃんが卒業してから、私の中の時は止まったままなのよ」

「真姫……」

 

 遠い目をしながら、真姫が頬杖をついたまま、もう片方の手に持ったグラスをクルクルと回す。氷の奏でる甲高い音が部屋中に響き渡る程、今この場には沈黙が訪れていることに、ほろ酔いの真姫は気づいていない。

 

 そして堰を切ったように、彼女の口から誰にも伝えるつもりのなかった独白(モノローグ)が溢れ始めた。

 

「……勿論、にこちゃん達が卒業した後、穂乃果達と過ごした日々も楽しかったわ。みんなで学校を守れたんだ、っていう実感も持てたし」

 

 でも。

 

「──それでも、私の高校時代の全ては、あの場所(μ's)にあった」

 

 

 

 

 

 朽ち果てた栄光と。

 

 

 過ぎ去った思い出と。

 

 

 今はもう無い、それでも嘗ては確かに在った、その宝物の残照だけを胸に抱いて、真姫はこれまでの日々を過ごしてきた。

 

 高校2年生になった4月。アイドル研究部の部室に待つのは、一年前苦楽を共にした、大切な“5人”の仲間。それが全てで、それ以上でもそれ以下でもない。新しく入った新入部員すらも、真姫にとっては有象無象に過ぎず、消えた“3人”の穴を埋めるには到底足りなかった。あの3人はもう居ないんだと認めたくない気持ちは、何年経っても真姫の心から消え去ることはなくて。

 

 過ぎ去った思い出だと、割り切ることが出来なかった。それほどまでに、あの場所が特別だった。初めて出来た仲間と、心を許せる場所。それが僅かでも欠けたという事実に、頭は理解出来ても、心が追いついてくれなかった。

 

 

 夢は叶った。勝ち取った。

 

 ──じゃあ()()()()

 

 

 そう考えてしまうと、もう無理だった。

 3人を居ないモノとして前に進んでいく日々に、価値を感じることはできなかった。

 

 “あの日”の選択が、間違っていたなんて微塵も思わない。『μ'sはこの9人じゃないと意味がない』。その言葉に欠片も嘘はないから。現に残りの皆はそれを受け入れ、アイドル活動を心から楽しんでいたように思える。

 

 しかし真姫は、真姫だけは其処から動けていなかった。

 

 先の見えない道も、この9人でなら怖くなかった、どこまででもいけると信じていた。だが3年生が居なくなった途端、真姫の両足はピクリとも動かなくなった。怯えて竦むこの足では、先の見えない道は歩けない。(よし)んば歩けていたとしても、真姫はその行為に意味を見出せずにいて。

 

 気づけば真姫は、遠くなっていく仲間達の背中を、ただ見つめることしか出来なくなってしまっていた。

 

 真姫の中にあるのは、μ'sに入る前に感じていた、無限に広がるような孤独だけ。

 

 得体の知れない、漠然とした黒い(モヤ)が自分の足に絡み付いているような感覚が、何年経っても消えることはない。

 

 自分が進んでいる道は、果たして正解なのか。進んだ先に、望む答えがあるのか。靄はいつも、真姫に問い続ける。

 

 

 ──『お前は何を考えているんだ』、と。

 

 

 そうして気づけば、真姫は練習を休みがちになっていた。作曲も納得できるようなものは仕上がらず、本気でアイドル活動に取り組めないような虚ろな自分が居ても迷惑をかけるだけ。そう思えば思うだけ、アイドル研究部から足が遠のいてしまって。迷惑を掛けた、心配を掛けた。只々、穂乃果達に申し訳ない事をした。受験勉強を言い訳にして、大切な宝物達から自ら遠ざかる道を選んだ。その後悔は心の奥深くまで根付き、消えないしこりとなって真姫を苛み続ける。それでも、確かに心に在り続けたのは──。

 

 

 

 

 

「──ずっと皆で一緒に居られればいいのに」

 

 

 

 ぽつりと、真姫が独りごちる。

 その言葉が、真姫の感情の全てだった。

 

 

 

 

 

 ──離れていく。

 

 大好きな皆が、離れていく。

 

 絵里達3年生組は、もう大学4年生になり、あと数ヶ月もすれば学生の身から解き放たれて1人の社会人として歩んでいく。自由な時間は更に減り、会える機会なぞ、より限られたものになるだろう。

 

 穂乃果達2年生組も、就活が始まっている。何時ぞやの氷河期は終わったとしても、それが大学生間で起こる最大の闘争であるという事実には変わりない。人生のモラトリアムは終わりを告げ、社会に向けて飛び立つための準備期間が始まる。

 

 凛と花陽は2人で都外の大学へと進学し、物理的にも距離が離れてしまった。自分が浪人した故にそれは更に顕著で、様々な面でハードルが高い。尤もそれを感じているのは真姫だけで、合えばどうって事は無いのだろうが。

 

 皆は既に、前を向いている。

 

 思い出は思い出に。過去は過去に。

 

 そうじゃないのは、後ろを向いたままなのは。

 

 間違っているとわかってて、このままじゃダメだとわかってて、どうすることもできていないのは。

 

 

 ──遠ざかる。

 

 μ's(思い出)から、皆が。

 

 それを受け入れられていないのは、過去に醜く縋っているのは、きっと自分だけ。

 

 未練がましいと、嗤って欲しい。

 

 女々しい奴だと、蔑んで欲しい。

 

 最早そうすることでしか、自分はこの鎖を断ち切る事は出来ないだろうから。

 

 

 

 

 

「……何を言ってるのかしらね、私ったら」

 

 酔いの回ったトロンとした瞳のまま、真姫は自嘲気味に笑う。

 

「こんなこと言ったって、もう何も変わりなんてしないのに……今更戻ることなんて、出来っこないのに」

 

 そこで初めて、真姫は自分の声が震えている事に気付いた。冗談でしょう──泣きそうだなんて。そうは思うものの、酔いで鋭敏になった感受性は真姫の心情を如実に表そうとしている。

 

「それでもずっと考えちゃうのよ──あの頃に、戻れたらいいのにって」

 

 無駄な言葉だと解りながらも、意味がないと悟りながらも、彼女の口から溢れ出るのは紛う事無き本心に違いなくて。だからこそ、それを理解している2人はそれを冗談はやめろと一笑する事をしなかった。

 と、そこで漸く、真姫は場を満たしている沈黙に気づいた。焦った真姫はわたわたと言葉を紡いでいく。

 

「ご、ごめんなさいっ、こんなこと言うつもりじゃ無かったのに……変な空気にしちゃったわね」

 

 笑顔を取り繕うも、それはこの場の空気を変えるには至らない。寧ろその気遣いを察した2人に、ぎこちない笑みを浮かばせてしまうほどだった。望まない結果に、真姫は只々焦る。現状を改善しようと思考を巡らすも、焦燥に駆られた思考回路では答えを導くことが出来ず、沈黙を選ぶしかない。

 

「……そんな風に考えてたのね」

 

 その沈黙を真っ先に破ったのは、やはりと言うべきか、絵里だった。

 

「絵里……」

「……そうね。私もにこも大学を出て更に忙しくなるし、こんな風にまた集まれるかどうかはわからない。私には私の道があって、貴女には貴女の道がある。それは多分、同じ方角を向いてはいなくて──そしてきっと、私達が同じ道を歩くことは、もう2度と無いんだと思う」

「っ……」

 

 

 

 

「でも、それでいいじゃない」

 

 

 

 

「え……?」

「私は先生になって、貴女は医者になって、にこはアイドルを追いかけて。同じモノを頑張って、同じ道を歩いてきた皆が、別々の道に進んで行く。それが当たり前なのよ。そして、それでいいの。

 

だって、進んで行く道は違くても。

 

──私達が進んで()()道は、同じでしょう?」

 

「───!」

 

 虚を突かれたように、真姫は目を見開く。

 そんな真姫を見ながら、思い出してみて、と続ける絵里。

 

 

「……最初はバラバラだった。各々がやりたい事をやりたいようにやるだけの世界だった。其処から1つの纏まりが出来て、たくさん話して、遊んで、出会って……そうやって、沢山の思い出を作ってきたじゃない。そんな風に皆で同じモノに取り組んで、紡いできた絆は無くなったりしない。これから会えなくなるのは寂しいけど、きっと大丈夫。私達の友情はこれからもずっと続いて行くって、私は信じてる。だってそうやって過ごしてきた日々が、今の私を支えてくれてるんだもの」

 

 絵里が笑う。彼女の言葉の全てが、真姫の中で腑に落ちた。

 

 

 

 ──そうか、ただ私は。

 

 ──()()()()()()()

 

 この繋がりを、失うことが。

 

 大切な友人達と、もう会えなくなることが。

 

 やっとこの漠然とした感情に、名前が付けられた。自分の足に絡みつく、靄の形をした怪物が、『今更気づいたか』と笑っている気がした。

 

 そんな真姫に差し伸べられた、2つの掌。

 

 その先で笑顔で待ってくれているのは、8人の大切な仲間達。

 

 

 ──そういうことだったのね。

 

 

「……そうね、そうよね」

 

 今度はもう、我慢することはできない。

 涙を流しながら、真姫は笑った。

 

 

 

 

 ──絵里の言う通りね。

 

 どんなに悲しくても、嫌だと嘆いても。

 

 必ず別れというものは訪れる。

 

 けどそれは、決して今までの繋がりが無くなるというわけじゃない。

 

 どんなに遠く離れていても、もう2度と会えなくなったとしても。

 

 “創”ってきた“作”品達(思い出)が、必ず私達を繋いでくれる。

 

 だから私は──この別れを、受け入れよう。

 

 この別れも、いつか大切な思い出になって、私を支えてくれる宝物になるはずだから。

 

 その全てを大事に抱えて、私は前に進んでいこう。

 

 

 

 

「……何よ真姫、泣いてるの?」

「うるさいっ、わよ、にこちゃん……っ」

 

 にこからの揶揄いに反撃する余裕もない程、真姫の涙は止まらない。それは繋がりが無くならない事に気づけた安堵故か、今迄穂乃果達に酷い事をしてしまったという後悔故か、受け入れられたとしてもやはり心を襲う寂寞故か、それともその全てが一緒くたになった感情故か。

 それは誰にもわからない──彼女自身にさえ。

 止め処なく溢れる涙を真姫が拭い。それをにこが焦りながら忙しなく宥め続け。更にその様子を絵里が優しい笑顔で見つめ。そんな光景が、数分間も続いていた。

 やがて泣き止んだ真姫が、憑き物が落ちたように、今日1番の笑顔で笑う。

 

 

 

 

「ありがとう。私、2人に会えて本当に良かった」

 

 

 

 その言葉に、2人は面食らったかのように固まっていたが、稍あって優しい笑顔を返した。

 

「私達も、貴女に出会えて良かったわ」

「ま、それを高校の時にも言ってくれたら、もっと嬉しかったんだけどねぇ〜」

「……ほんっと昔から、一言余計なのよにこちゃんは」

 

 にこへと皮肉を返せる程には、もう真姫は回復していた。そんな彼女の様子を見たにこが、にんまりと口角を釣り上げる。

 

「……よっし!真姫の悩みも解決した事だし、今日は飲みまくるわよ〜!とりあえず生ビール3杯!」

「えぇっ!?私はビール飲まないんだけどっ!」

「なによ、このにこにーの頼んだ酒が、飲めないっての!?」

 

 嫌がる真姫の頭を、にこがくしゃくしゃと撫でる。そんな様子を、絵里が笑顔で見つめていた。

 

 今、この瞬間を笑って過ごせる。

 それこそが、自分達で紡いできた絆を示す、何よりの証で。例え目の前に広がっているのが、行く先の見えない暗がりの道だとしても、後ろを振り返れば、その絆が自分の背中を支えてくれているのだと。

 そんな単純なことに気づくのに、3年もかかってしまった。

 

 

 

 

 ───“さようなら、ありがとう”

 

 

 

 

 私はもう、自分の足で歩いていける。

 

 そして皆との思い出を、私は絶対に忘れない。

 

 

 

 

 “私達”の関係は、例え会えなくなったとしても続いていくんだと、やっと確信を持つ事が出来た。真姫は、3年経って漸く前に進めそうな気がしていた。

 

 

 

 

 

 ──それは寒い冬の夜に、大切で大好きな先輩達がくれた、確かな予感だった。

 




《またたねさんより》
 今回の企画小説を書くに当たって、自分はやはりラブライブ!が大好きだなぁという事をしみじみと感じた次第です。
 キャラの可愛さやストーリーの面白さもそうですが、同じ作家の方々と出会えた事を、何よりも幸せに感じています。今回は、そんな思いを込めてこの小説を書かせて頂きました。
 早いもので第1作の『背中合わせの2人。』を投稿して3年の月日が流れました。それだけの月日が流れても、まだまだラブライブ!二次創作は熱のあるコンテンツだと感じています。今回このような素晴らしい企画を開催してくださった薮椿さん、そして参加していらっしゃる作家の皆様方へ、心からの感謝を。そしてこれからも、この界隈を盛り上げていきましょう!
 長くなりましたが、本当にありがとうございました!まだまだ企画は続いていきます、楽しんでいきましょう!
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