本日は、原作『BanG Dream!』にて『珈琲店でまったりと』を投稿している、大里野上さんの企画小説です!
「花陽、少し休憩して良いか?」
車に乗って二時間程経った時、先輩はそう言ってきた。
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
先輩は私を迎えにきてくれていた。実家にいると言っていたから、往復で考えれば四時間も運転している事に気づき、心配になった。
先輩が運転しているのは、高速道路の様に整備させた道ではなく、山に沿って出来た道だ。木々に囲まれ、車一台通るのがやっとの山道は、整備もあまりされておらず、曲がりくねって砂利や石、木の枝などが道路に落ちていた。普段運転をしない私でも、神経を使う運転である事は分かった。
「大丈夫、大丈夫。でも、その先で車が停めれるから、休憩には良いと思ってさ。花陽も休憩が必要だろ?」
「あの、ありがとうございます」
東京から宮崎までは飛行機で三時間、空港で先輩と合流してから更に二時間、自宅を出てから空港までの移動時間も合わせて考えると、六時間程経っており、慣れない長時間移動によって疲労が溜まっていた。
少し進んだ所で、右脇に車を停める事が出来るスペースが存在しており、そこで車は停車する。
先輩は、車から降りて伸びをする。私も倣って車から降りた。
11月、山の冷たい空気が肌をさし、空気に違和感を覚えた。
「空気が違う?」
「お、違うか」
先輩は、嬉しそうにそう言い、深呼吸をし始めた。
「花陽もやってみろ」
大きく空気を吸い込み吐く。澄んだ空気は都会の物より軽く、味さえ感じた。鼻からは山の自然の香りがする。土の、木々の、流れる川の、山に存在する自然が複雑に合わさった香りだ。車に乗っていた時は気づかなかったが、風に揺れる木々の音、川のせせらぎ、空を飛ぶ鳥の鳴き声、様々な音がする。違和感は、空気自体が別物だったから感じた物だった。
「どうだ。凄いだろ? 」
地元の自然を自慢する先輩。
「そう、ですね。本当に凄いです」
私は、九州の自然に圧倒されてそんな言葉でしか返せなかった。
「よし、休憩も済んだし行くか」
先輩は車に乗り込み、エンジンをかける。
「はい、楽しみです。先輩のお勧めのご飯!」
私はさっきまで以上に、今回の目的であるお米への期待を募らせた。
「おーい、起きろ花陽」
先輩に呼ばれ、私は目覚めた。
「あれ、私……眠ってました?」
「ああ、ぐっすりとな」
笑いながらそう言い、私の荷物を下ろしていく先輩。
途中休憩した時から一時間が過ぎていた。
「ここがばぁちゃんの家、準備には時間かかるだろうけれど、見る?」
古い木製の家だ。下手をすると時代劇に出てくる程年季が入っているが、手入れがキチンとされているのだろう、ボロという風には見えなかった。
「はい、気になります!」
「ばあちゃん! この娘が話した、白米が大好きな後輩! 美味しい白米を食べさせてあげて!」
大声で叫ぶ先輩。先輩の向いている方を見ると、田んぼがあり、お婆さんがいる。顔には深く皺が刻まれている。見える範囲で首も手も細く、曲がった腰を含めてとても小さく見えた。
慌てて、お婆さんのところに向かい、挨拶をする。
「お、お世話になります!」
「ああ、元気な娘だね」
お婆さんは、くしゃりと笑った。
家に入って直ぐ目に映ったのは、昔ながらの土間だった。
「おや、土間は初めてかい?」
驚いた私にお婆さんが言った。
「はい、まだあるんですね」
思わず出た言葉だったが、失礼だと直ぐに後悔した。
「この辺りは皆こんなだよ。こんな田舎じゃあ、都会の娘さんには驚きだろうね。」
お婆さんそう言って、奥からお米を持ってきた。
「丁度良く乾燥させた新米があるからね、お嬢さんの口に合うかわからないけれど、このお米を炊こうかね」
「新米! とっても楽しみです!」
「少し時間がかかるけれど、いいかい?」
「はい! お手伝いしますね」
「ありがとねぇ」
嬉しそうに返事をするお婆さんは、先輩に似ていた。
「釜でご飯を炊いた事は無いだろう? 私が教えるからね」
そこから、美味しいご飯を炊く準備を始めた。
「まずは、お米を洗うんだよ。水は山水で冷たいから気を付けてね」
お婆さんに教えてもらいながら、真似をする。
お米をふるいにかけて小さなお米を弾いていく。弾かれたお米は、後で飼っている鶏のエサにするらしい。それから、お米を少し手に取って、水で丁寧に洗って釜に移していく。これを五合分行い、釜にお米の1.2倍程の水を入れる。
「ああ、上手だね」
時間が無い時でも、お米を美味しく食べるために手間を惜しむことは無かった。今まであまり理解される事が無かったが、褒められたことが嬉しい。
釜に水を入れ、そこから一時間ほど待つ。
「孫は元気にやれていますか」
お米に水を吸わせる間に、お婆さんは竈に火を付けながら話しかけてきた。
「はい、大学でもバイトでも皆の中心にいますよ。私もとてもお世話になっていて」
先輩とは大学で出会った。大学に入学して直ぐのレクレーションで先輩は手伝いをしており、スクールアイドルをしていた事もあって、変に目立ってしまっていた私のサポートをしてくれた。それが、話すようになるきっかけだ。奇妙な事にバイト先も同じになり、とても良くしてもらっていた。
「そうかい、それは嬉しいねぇ。私は此処しか知らないから、あの子が心配だったんだ。ここに友達を連れて来た事も無かったから、苛められてないかと思ったんだけれど……」
そこで一旦お婆さんは言葉を切り
「孫は楽しそうにしていますか。……本当に、本当に良かった」
涙を浮かべながら、そう続けた。
「さて、時間だね。ご飯を炊こうか」
お婆さんは涙を拭き、釜の元に向かっていった。なんだか、無性におばあちゃん達に会いたくなった。
お米が水を吸って水かさが下がったので、水を足す。お婆さんの事も考えて、水の量を多めにして、柔らかく炊こうとしたが、「私の顎はまだ現役だよ」と言われ、お米の1.2倍程にした。
釜を置く竈の温度は釜底を温める程度になっていた。これは、炊きムラを起こさない様にするためらしい。
蓋をし、少し経つとチョロチョロと釜の中が沸騰し始める音が聞こえる。聞こえ始めたら、お婆さんと協力して薪を入れ、火を強くする。
沸騰が激しくなり、ジュウジュウと中身があふれ出す。そうなると、燃えていない薪を引いて、弱火にする。
ゴトゴトとした音を蓋が立てた。ここからは蒸らしの作業だ。中を見てはいけない。ここで蒸らしをキチンとすることで、旨みがます。早く食べたいと訴える食欲を抑えて、じっと待つ。音が静まると、蒸らしも終わりとなる。藁を燃やして、余分な水分を飛ばせば炊きあがりだ。
「よし、外にあるおひつを持って来てくれないかい」
お婆さんに言われて、外に干してあるおひつを取ってくる。
蓋を取ると、炊き立てのご飯の香りが湯気と共に広がる。思わず、ぐぅ~とお腹が鳴った。それほどまでに食欲をそそる匂いだった。いや、香りだけではない。つやつやとし、たったご飯粒はぱんぱんに膨らみ、光を反射しキラキラと光って見事に炊きあがっている。それは、ご飯粒一つ一つが自らが主役だ! と、主張しているようであった。
しゃもじを濡らし、お婆さんが慣れた手つきでご飯をおひつに入れて混ぜる。こうすることで、ご飯の間に空気が入りふっくらとなるらしい。混ぜる度に湯気と香りが溢れていく。
「腹減るよな」
いつの間にか帰ってきた先輩が、私の隣にいた。美しい見た目と、食欲を誘う香りに意識を持っていかれていたらしく、先輩に気づいていなかったらしい。
「先輩、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。それより顔、拭いた方が良いぞ。よだれ、凄い事になってる」
先輩が自分の口のあたりを指でつついた。慌ててハンカチで口を拭ったが、お婆さんにも気づかれていたようで
「食いしん坊だね」
と、笑われてしまった。
食卓に並んでいるのは昔ながらの和食だった。白米とみそ汁と菜豆腐、それとそばだった。
『頂きます』
三人で手を合わせ合唱をし、食べ始める。
私に取ってのメインは、白米だ。
箸をご飯に入れる。混ぜられた事でふっくらとしたご飯は、箸の侵入をすんなり通し、軽くのる。
一口食べる。アツアツのご飯をハフハフと冷やしながら噛む。仄かな甘みを持っていたご飯粒を噛めば、小さなご飯粒に凝縮された旨みが溢れてくる。噛めば噛むほど溢れる旨さ! 白米大好きの私でなくともこの旨さを味わったなら、ご飯が主役と思えるだろう。
水を十分に含んだため、ご飯粒には余分な硬さはなく、適度な柔らかさを持っており、新米として普通の米とは違って舌触りが良い。
噛みしめて、溢れる旨みを感じた。しかし、早く次のご飯を頬張りたい。相反する思いは、口に休む暇を与えず、ご飯を食べる速度を加速させていった。
そんな私を見て、先輩とお婆さんが笑っていたことを、後日先輩が送ってきた動画で知った。
「どうだ。旨かっただろう」
食べた食器を洗ってお風呂をいただき、後は寝るだけ。と、なったタイミングで先輩はそう言ってきた。
「はい! 先輩が食べさせてくれたお米が美味しかったので、ここまで来ましたけれど、あの時より美味しかったです。」
やっぱり、新米だからですか。そう、聞いた私に先輩が教えてくれた。
「いいや、それもあると思うけれど、一番は水だな。椎葉の水はな、山水を引いているんだ。標高1000m級の山達が連なる椎葉の水は、細かいフィルターを通すだけで飲むことが出来る程綺麗で、旨い。稲作にもその旨い水をたっぷり使うし、市販の炊飯でも、ご飯はその60%が水だ。ここみたいに釜で炊くと水の割合はもっと高くなる。旨い水と旨い米、育った土地の水と米の組み合わせ、さらに、椎葉の水は米炊きに合う軟水。これが旨くない訳がない。同じ水を使った豆腐や蕎麦も旨かっただろう」
確かに、私が夢中になって食べたご飯はもちろん、人参やホウレン草が混ぜられたお豆腐や、山の幸がふんだんに使われた蕎麦も絶品だった。
「先輩、ここのお水って貰えるんですか?」
「なんだ。椎葉の水のファンになったか? たしか、売っていた筈だ。それに、ここの水を送ってもいいと思う。米と一緒に送って貰えよ」
「ありがとうございます!」
それは、とてもうれしい。
私がニコニコしていると、困った顔をしていた。
「それでさ、花陽。言いづらいんだが……」
「どうしたんですか?」
言いにくそうに先輩は
「そのさ、車が故障したみたいで、明日帰れそうにないんだわ。多分東京に戻れるのは三日後になるかも……」
そう、言った。
「……ダレカタスケテー?」
久しぶりに叫んだ私の声は、山に響いて消えていった。