本日は、原作『ラブライブ!』にて『ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~』を投稿している、カゲショウさんの企画小説です!
ドキドキと心臓がうるさいくらい動いている。ただ電話をかけるだけなのに、こんなに緊張するのは初めてだ。じわりと滲み出す汗が輪郭をなぞって落ちていく。
かれこれどれくらいの間スマホとにらみ合いをしていたのだろう。窓から見える入道雲が、ついさっきまで高みの見物を決めていたと思ったのに、今はその姿が見えなくなっていた。
大丈夫、電話をかけて話すだけだから、大丈夫。そう自分に言い聞かせて大きく深呼吸をする。
よし、と意を決して画面を操作し、電話帳から一人の人物の番号を呼び出す。
ごくりと生唾を一つ呑み込んで、発信ボタンを押した。
一回、二回、三回……無機質なコールが耳元で鳴り響く。コール音が聞こえるたびに大きくなる心音のせいで、近くで泣いているはずの蝉の声が聞こえない。
四回、五回、六回……無機質なコール音が途切れて、微かな生活音がスピーカーから流れる。
『もしもし』
低くも無く高くもない、けれども凛としていて頼りがいのある女声。その声に心臓を掴まれたように身体が一瞬硬直するけど、小さく深呼吸をして硬直を解く。
「も、もしもし、僕だけど——」
緊張してるから少しだけどもってしまった。だけど、もう賽は投げられたのだと佇まいを正して、もう一度深呼吸。
そしてぱさぱさになっていた唇を軽く湿らせて、人はいないけどしっかりと前を見据えて胸の内にある想いを女声にぶつけた。
「——今月の仕送りが振り込まれてないのですが。お母様」
瞬間、通話が切られた。
「ちょっとちょっとちょっと!!! なんで切ったのあの人!!??」
電話かける直前まで「うわ~仕送りの催促とか流石に気が引けるけど、ないと困るし、もしかしたら忘れられてるだけかもだしな~」みたいな葛藤で緊張してた息子の電話を言い訳もせずぶつ切りとは何事だろうか。さっきまで良心の呵責とか畏れ多さとかでバクバクに鳴ってた鼓動が、今度は別の意味でバクバクと鼓動を早くする。
脳裏に浮かぶのは、最後に通帳に刻まれた110の数字。例えここが辺境の田舎の地であっても、一か月110円じゃ生活できないよ。というか、家賃すら払えずに追い出される未来しか見えない。
「とにかくもう一度電話しなきゃ! じゃないと僕が死ぬ!!」
スマホの画面を素早く操作して母さんの番号を再び呼び出す。今度は意外にもワンコールで繋がり、スピーカーからさっきの凛とした女声が聞こえる。
「もしもし、母さん? なんでさっきはいきなり電話を切ったのさ!!」
『ごめんなさい。母さん、ちょっとアレルギーで「仕送り」って単語聞くと通話を切っちゃうらしくって』
「嘘を吐くにしてももう少しまともな嘘は吐けなかったの?!」
『正直引っかかると思ってたわ』
この人は自分の息子をあまりにも低く見すぎではないのだろうか?
「そんなの今どきの小学生でも騙されないよ!」
『えぇ、そうね。騙されなくて本当によかったわ』
「……何か含みのある言い方だね」
『好きに解釈しなさい。……で、なんの用だったかしら?』
やっぱり小馬鹿にされてるような気がして問い詰めたい気持ちはあったけれど、ほぼ九割故意犯で仕送りを振り込んでいない母さんの事だから、下手すればこの通話も切られて音信不通になる可能性がある。ここはそれをぐっと堪えて会話を続けるのが賢い選択だよね。
軽く咳ばらいをして、僕は本題を切り出す。
「僕の仕おく——生きるための資金の事についてだよ。まだ振り込まれてないんだけど……」
『あら、そんなの振り込んでないから当たり前じゃない』
「そうなんだ。じゃあこれから振り込んでくれるって事だね」
『あら、そんなの嫌に決まってるじゃない』
「だよねー。あーよかっ……なんだって?」
僕の聞き間違いかな? 何か生命線が絶たれたような気がするんだけど……。
『聞こえなかった? 仕送りは振り込まないって言ってるの』
「なんで!? なんで息子が路頭に迷って行き倒れる道をプロデュースしようとしてるのさ?!」
『大袈裟ね。東京にも野草や段ボールくらい生えてるでしょう?』
「それは世間一般では大袈裟になる事だから!! というか、段ボールは自然発生しないからね!?」
自慢じゃないけど、そうなった場合、僕は一週間も生活できている自信はない。きっと一週間後の新聞の朝刊には小見出し程度の記事が載っていることだろう。最期の時は最愛の人に看取られながら静かに終えたいから、流石に勘弁願いたい。
一週間後の自分の成れの果てを想像して身震いをしていると、母さんは呆れたようにため息を一つ吐いて少しだけ怒気を滲ませて話始めた。
『そもそもアンタね、なんで母さんが仕送りを振り込んでないかわかる?』
「えっと、僕をコンクリートジャングルに放り出すため?」
『端的に言えば馬鹿に払う金はないからよ』
「そんな理由で仕送り止めるとかアンタは鬼か!?」
もしやこの人は実は実母じゃなくて、遺産狙いの義母だったりしないのかな? 僕に対する言葉の棘が大きすぎる気がするんだけど。
『そんな理由、ねぇ……』
「な、なにさ。僕は間違ったことは言ってないでしょ」
『……アンタ、一人暮らしする前に私とした約束を忘れたとは言わせないわよ』
「約束? ………………ぁー」
全身から冷や汗が出てきた。
『忘れてたのね。……まぁそんなことだろうと思ってたけど』
「い、今思い出しました……」
『なら説明しなくてもわかると思うけど、私はその約束の中で言ったわよね? 成績不振の場合仕送りの額は減らしていくって』
「い、言ったけど……。いや、でもそれにしたって仕送りゼロはおかしくない!? だって僕、単位は一つも落としてないんだよ?!」
『一度全教科赤点を取って、追試と先生方の恩情で貰った単位でよくそんな口たたけるわね』
「お母さま? どうしてその事を知ってるのかは存じませんけども、ここは一つ冷静に話し合いませんこと? あまり怒ってばかりだとお身体に悪ですわよ?」
『それで息子の馬鹿が治るならいくらでも身体を悪くするわよ。で、何か申し開きは?』
スピーカー越しなのに感じる有無を言わせない圧力。
きっとここで上手く言い訳ができれば母さんも恩情で仕送りをくれるだろう。だから考えるんだ。この状況を打破して仕送りを手に入れる方法を……! だからお願いだ、僕の身体……!! 片手で遺書を書き始めようとしないでくれ……!! まだ生きていたいと、そう願ってくれ……っ!!
「えっと、ですね。そのぉ……」
考えろ考えろ考えろ考えろっ! 教授にでっち上げの理由を喋って何とか単位をもぎ取ることができた頭で考えろ!
体感で10分。実際は2秒。ごくりと固唾を呑み込んで口を開く。
母さんが満足する言葉。それは——。
「……お」
『お?』
「……お・ね・が・い♡」
『また生きて会えるといいわね』
無情に切られる通話。
教授に単位を貰った時、あまりにも頭が可哀想すぎるからと言われたのを思い出したのは、通話が切られて一時間後の事だった。
「というわけで助けてトモえもん」
「誰がトモえもんだ。というか、まずは状況を話せ状況を」
翌日。困った僕は、こういう時になんだかんだ役に立つ昔からの友人宅を訪れていた。
因みにこの友人、僕が「相談があるんだ」って言った瞬間に某ゲームの貧乏神をなすりつけられた時のような顔をしたけれど、僕は知っている。君が僕のテスト結果を秘密裏に母さんにリークしていたことを……。因果応報ってやつだね。ざまあみろ。
怒ると怖いのでバレないようにほくそ笑み、今の僕の状況を説明するために用意してもらった麦茶で唇を湿らせる。そして昨日の事の顛末を事細かに話していく。
「——とまぁ、ザックリ要約すると、僕の大学の成績が悪かったから九月の……つまりは今月の仕送りはなしって事になったんだよね」
「金は貸さないからな」
「いや、流石にそんなことは言わないから」
後々禍根の残らない奢りならともかく、金銭の貸し借りは交友関係に響くっていうからね。ただでさえ少ない友人をこんなことで失うわけにはいかないよ。
友人はそうか、と少しだけ安堵したように言って、ずっと手の中に隠し持っていたであろう爪切りを傍らに置いた。もしお金を貸してと言っていたら、あの爪切りで何をされていたのかは気になるところだけど、それを聞く勇気は僕にはなかった。
「でもじゃあ、お前は何の用で俺の家に押し掛けてきたんだよ」
「それは勿論、節約のために暫くここに住みつ——」
スッ(友人が爪切りに手を伸ばす)
「——くわけにはいかないから、アルバイトをしようと思いまして!!」
なんなの……なんなのさ、その爪切りは!! 得体が知れなさ過ぎて滅茶苦茶怖いんだけど?!
未だ嘗てない程に爪切りに恐怖心を抱いている僕をよそに、友人は友人で僕の発言に気になる事があったのか、片眉をピクリと上げて僕を訝しげな眼で見る。
「バイトぉ? お前がか?」
「僕以外に誰がするっていうのさ」
「いや、まぁそうだけどよ……」
いつもはさっきみたいにスッパリ物を言うタイプの友人が何かを言い淀む。僕がバイトするのはそんなにおかしな事かな?
不思議がる僕に、友人は姿勢を正して真剣なトーンで言う。
「正直、バイトは止めといた方がいいと思うぞ」
「一応聞くけど、なんで?」
「お前馬鹿じゃん」
さては貴様、心配するふりして喧嘩売ってるな?
「待て待て。お前は俺が喧嘩売ってるように見えるかもしれないが、正直お前がまともに働けるビジョンが見えないんだよ。マジで」
「いやいやいや、流石に僕だってバイトぐらいできるからね?! 教室で毎日馬鹿騒ぎしてるパリピにもできるんだよ?」
「でもな、アイツ等はちゃんと一桁の暗算ができるんだよ……」
どうやら友人の中では、僕は一桁の暗算もできない大馬鹿らしい。これには流石に異議を唱えたい。
「僕だって一桁の暗算できるし、なんなら二桁の暗算だってできるから!」
「7×9は?」
「48!」
「今のでお金を扱うサービス業に努めるという選択肢は消え——あ、おい、ここで舌を噛み千切ろうとするな。後始末が大変だろうが」
あの憎きパリピ達にもできることが僕にはできなかった。自決理由はそれで十分だろう。
後始末の心配する友人と心の中にある微かな理性が、何とか自決を押しとどめてくれた。……だけど、目の前で自決しようとする友人を止める理由が部屋の後始末が大変だからというのは、それは優しさなのかな?
まぁいいか。生きると決めたのなら、まずは目の前の問題をどうにかしないと。
「まぁ、さっきのは急だったからちょっと間違えたけど、僕ってどんなバイトが向いてそうか相談したくて今日は来たんだよ」
「働くことに向いてなさそうだがな」
「うるさいよ?!」
きっと僕にも天職というものがあるはずなんだ。だから、そんな社会不適合者みたいに言われるのは心外だ。
「だけど実際問題、お前にお金を扱わせるのは不安だし、秋葉というか、ここら辺で工場のバイトなんてないし、喋らせると馬鹿丸出しのお前に向いてるバイトってそうそう無いぞ」
「そこまでスペック低くないよ! それに、ほら、ティッシュ配る仕事とかならできそうじゃない?」
「だけどあれ出勤日数自体少ないから、家賃その他払うにはちょいと足りねぇんじゃないか?」
「うぐっ……確かに……」
家賃は都会にしては安い所に住んでるからこのバイトだけで何とかできそうだけど、光熱費とか水道代とか、食費や娯楽費……は削れても、8万弱は必要な計算になる。また聞き情報でしかないけど、正直ティッシュ配りだけで稼げる気はしない。
「ま、そういい具合に好条件のバイトが見つかるわけないわな。諦めて残ってる金で野草図鑑買うのが賢明かもな」
「残念だったね。残金の110円じゃ野草図鑑も買えないよ!」
「その情報で俺は、自信満々に言うお前の頭以外に何を残念に思えばいいんだよ……」
友人から憐みの視線を感じる。やめて! そんな目で僕を見ないで!! ついでにわざわざ立って押し入れにしまってた段ボールを引っ張り出さないで!! 僕は一か月段ボール生活なんてしたくないから!!
「くぅっ……!! 覚えてろよぉ!!! バーカバーカ!!」
「いや、何を覚えておけばいいんだよ……」
友人宅を飛び出す僕。
絶対にバイトして一か月食いつないでやる。そんな固い決意を胸に、僕はコンビニに駆け込んで求人雑誌を読み漁ることにした。……メイドカフェの時給高いなぁ。
あれから二日後、僕は秋葉原からちょっと外れた所の路地にある、シックな感じの喫茶店の前に立っていた。
ここは、結局求人を探してもいい条件が見つからずに放浪してた時に見つけた喫茶店で、お腹もすいてたからふらりと立ち寄ってみた所だ。
内装は若い人たちがにぎわってそうな喫茶店とは違い、シンプルで落ち着いた感じがとても過ごしやすかった。出された料理もコーヒーも美味しくて結構長い間居座った気がする。
そしてその時に、カウンターにいたマスターが話しかけてくれて、ついテンションが上がってた僕はバイトを探してるけど、自分ができそうなバイトが中々見つからないことを話してしまった。今思うと、いきなりそんな話をしだすなんて結構迷惑な客だったのかもしれない……。
だけど初老の物静かなマスターは僕の話をしっかり聞いて、今の現状を憐れんでくれた。そして、一度この店でバイトを体験してみるかい? と提案してくれた。柔和な笑みを浮かべた時に後光がさして見えたので、多分マスターは仏か何かなんだろう。
勿論僕は是非と快諾。そして今日はその体験日。時刻は開店一時間前で、諸々の仕事内容を説明してくれるらしい。人生初めてのバイトで緊張はしてる。だけど、マスターはいい人そうだったし、お客さんも常連さんばかりらしいからきっと大丈夫だよね!
不安と期待を胸に、僕は扉を開けた。
「くたばりなさいっ!!!!」
ブシュゥウウゥゥゥゥ(顔面に殺虫スプレーをまかれる音)
「目が!! 目があぁああああああ!!!」
沁みる!! 殺虫剤が目に沁みて滅茶苦茶痛い!! というか叫んだせいで口の中に殺虫スプレーが!! まっず!!!
突然の出来事に対応できずに、店の入り口でゴロゴロと悶え苦しむ僕。開幕1秒でこの店でのバイトが不安一色で塗りつぶされてしまった。
「あ……え、ちょ、ちょっと、大丈夫?!」
近くにいた女性が慌てた様子で声をかけてくれた。
目の痛みを必死にこらえて声をかけられた方を見る。全体的に華奢なシルエットで大人とも子供とも取れない独特な雰囲気のある女性がそこにいた。その右手には殺虫スプレーがあるから、きっと僕の顔面に殺虫剤をぶちまけたのはこの人だろう。
「えぇ、大丈夫、です……ちょっと視界が霞んで呼吸が、しに、くいだけ、ですので……」
「世間一般ではそれは大丈夫って言わないわよ?!」
確かにそうかもしれないけど、流石に死にはしないから大丈夫だと思う。
徐々に治まる痛みをこらえて立ち上がる。目はまだ霞んでいるけど、ぼんやりと輪郭は見えた。
小柄で細身の身体。それを七分丈の真っ白なシャツに黒のレディースパンツとシンプルなカマーエプロンで包んでいる。綺麗な黒髪は後ろで一つに纏められていて、大人っぽい雰囲気を持ちながらも顔は幼く、いわゆる年齢不詳系の方だろうか?
「……あ、でも身長と胸は小さいから高校生かな?」
「アンタ初対面のくせにいい度胸してるじゃない」
人の額に青筋が浮かぶ瞬間を始めてみた気がする。
「ち、違うんです! 僕、考え事がたまに口に出ちゃう癖があるみたいで! わざとじゃないんです!!」
「わざとなら尚悪いわよ!! というか何の弁明にもなってないじゃない!!」
殺虫スプレーのノズルが僕の顔面を捉える。どうも言葉選びを間違えたようだ。
手を挙げて降参のポーズをしては見るものの、女性の指はすでにスプレーのトリガー部分にかけられており、僕の返答次第でその指が引かれてしまう。だけど困った事に、この場の打開策が何も思い浮かばなかった。
土下座すれば許してくれるかな? と思っていると、女性は構えを解かずに僕に問いかける。
「……というか、アンタはそもそも誰よ。お店はまだ開店時間じゃないわよ」
好機。この流れで、何とかさっきの事をうやむやにできないかな?
「あ、えと、僕は今日ここでバイトの体験をさせてもらう者です。マスターさんに、この時間に来いって言われてまして……」
「バイトの体験? 私今の今まで聞いてないんだけど……」
「一昨日マスターが提案してくれて、急だし中学生の職場体験かって感じかもしれないですけど、本当なんです! 信じてください!!」
「…………マスター! ちょっといい?」
確認のために厨房にいるマスターを呼び出す女性。僕の言い分は信じてもらえたけど、スプレーを下ろさない辺り警戒はしているみたいだ。中々手厳しいなぁ。
「どうしたんだい? にこ君——って、あぁ、君はあの時の子だよね。待ってたよ」
厨房から出てきたマスターは僕を見たことで瞬時に状況を理解して、女性の警戒心を解くように歓迎してくれた。
聞く前にマスターが僕を迎え入れたせいで女性は2秒ほど目を瞬かせて固まっていたけど、状況を呑み込めたのかスプレーを下ろしてくれた。死にはしないけど滅茶苦茶痛いし苦しいから、またかけられなくて良かったと胸を撫でおろすばかりだ。
「ちょっとマスター。私、新人が入るなんて聞いてないわよ」
「あぁ、昨日一昨日とにこ君は休みだったから伝え忘れていたよ。申し訳ない」
ははは、と柔らかく笑うマスターをジト目で軽く睨む女性。結構年上のマスターに対してタメ口で話してるし、結構付き合いが長いのかな?
「……はぁ。まぁ不審者やお客さんじゃなくて助かったわ」
「僕ももう一度そのスプレーを食らわなくて助かったよ」
「うぐっ。それは、その……悪かったわね」
「何か騒がしいなと思ってたけど、収集はついたようだね。とりあえず、にこ君の紹介をしてもいいかな?」
マスターはもう一度柔らかく笑うと、女性の隣に立って僕に女性を紹介する。
「彼女は矢澤にこ君。君と同じ大学生で……確か1歳年上だったかな?」
「僕は20歳です」
「私は21歳よ」
「という事みたいだね。にこ君は3年間働いてくれてることもあって、もう大体の仕事はできるから、君も分からないことがあったら彼女に聞くといいよ」
年も近いし聞きやすいだろう? そう言って軽くウインクする姿はどこか可愛げがあり、少しだけドキリとしてしまった。
マスターに紹介された女性、矢澤さんは僕の方に一歩だけ歩みよると、さっきまでのキリっとした顔が破顔した。
「にっこにっこにー! 貴方のハートににこにこにー♡ 笑顔届ける矢澤にこにこ♡ にこにーって覚えてラブにこっ♡」
これからよろしくね♡ そう言って軽くウインクする姿には何か薄ら寒いものがあり、少しだけブルリとしてしまった。
さて、今のは何だったんだろう? 何かご丁寧にフリまでついてたけど……。もしかして、初対面の僕が話しかけやすいように気をつかって笑わせようとしてくれたのかな? その心遣いはありがたいけど、盛大に滑ってしまってる以上、迂闊な反応は矢澤さんを傷つけることになってしまう。
何とかいい感じにさっきのをなかったことにしつつ、別の話題に転換しなければ。
「マスター、なんかこの店冷房効きすぎじゃないですか?」
「さっきのが寒いなら寒いって素直に言いなさいよ! 逆にむかつくわね!」
ダメだった。だけど自分で寒いって分かってるのならやめてほしかったよ。
「どうやら仲を心配する必要はないみたいだね」
いえ、結構心配でたまらないです。特に矢澤さんの頭とか。
口には出せない僕の訴えは、まぁ当然のごとく伝わるわけもなくて、マスターはてきぱきと僕たちに支持を出す。
「にこ君は取り合えずある程度ホールのスタンバイを頼むよ。君は制服を渡すから、それに着替えたらまずはにこ君の手伝いをしてもらうよ」
「分かりました」
「ふん。まぁ手間だけはかけさせないでよね」
「その点についてはご心配なく。僕、友人や親からは手間はかけるだけ無駄だと言われているので!」
「……自慢気なところ悪いけど、アンタ、多分それ見捨てられてるわよ」
「なんと」
第三者から明かされる衝撃の事実。てっきり手間がかからないから、手間をかけようとしても無駄って意味だと思ってたのに……。
「……マスター、私これから先不安でいっぱいなんだけど」
「……まぁ、きっと大丈夫だよ」
大丈夫だよ、矢澤さん。僕も胸が不安でいっぱいなんだ。
マスターの後をついていき、矢澤さんやマスターが着ているのと同じ制服を受け取る。多少使用感はあったけど、洗剤の良い匂いがするし、特に気にすることなくそれを着る。
「おぉ……なんかそれっぽい」
ロッカーの隣に置いてあった大きな姿見で制服姿の自分を見る。平々凡々な顔立ちの僕でも、デザインと素材がいいおかげで、それなりに様になっていた。
なんかこう、制服着るとこれから仕事するぞ! って感じがしてテンション上がるなぁ。…………ちょっと練習しておこうかな?
「い、いらっしゃいませぇ……」
駄目だ。なんか言葉が尻すぼみになって頼りなさげに見える。笑顔も引きつってるし……。
「いらっしゃいませぇえ」
今度はなんか語尾が上がりすぎてる気が……。うーん。難しいなぁ。
これはちょっと練習した方がいいかな?
「いらっしゃいませ……いらっしゃいませぇ……いらっしゃいませっ……いらっしゃいませ!」
「………………何やってんのよ、アンタ」
「ほわっちゃ!!??」
後ろを見ると、更衣室の扉の向こうで矢澤さんが呆れた目で僕を見ていた。
「ちょ、ちょっと! いつから見てたんですか??!!」
「三回目くらいからよ。着替えるだけなのになんか遅いと思ったら……アンタもやってたのね、練習……」
いたたまれない気持ちになったのか、苦い顔で顔を背ける矢澤さん。やめて! そんな反応されたらただでさえ恥ずかしいのに、余計恥ずかしくなるっ!!
古来より日本には「穴があったら入りたい」という諺があるけれど、今はその諺を作った人の気持ちが分かるかもしれない……。なんならそのまま埋めてほしい気までする。
「……ほら、開店まで時間がないんだし、しゃがんでないで早く来なさい」
「…………はい」
羞恥で顔を染めながら矢澤さんを追ってホールへ向かう。
「おや、着替え終わったんだね。……うん、とても似合ってるよ」
「マスター……」
悲しいときに優しい言葉をかけてくれるマスターは、やっぱり仏かそれに類する存在だと僕は思う。
でも、そうだよね。せっかっく体験するんだから、あれしきの事でくよくよしてられないや。うん。マスターに迷惑のかからないよう頑張ろう!!
「よっし! 矢澤さん、僕は何をすればいいですか!!」
「うわっ。何よ急に元気になって……まぁ、取り合えずこの台拭きを使って全部のテーブルを拭いてちょうだい」
「はい!!」
「その時に、ナプキンとかの残量も確認して、必要そうなら補充しなさい」
「了解です!」
矢澤さんから台拭きを受け取って、近くのテーブルから拭き上げていく。あまり時間がないとも言ってたから急いで、でも絶対手は抜かないようにしっかりと拭いて次のテーブルに移る。……ただテーブル拭いてるだけなのになんか楽しいな。
「たー、たーたらたったーたららららたららーららーらーらー♪」
「ぶふっ!!??」
「矢澤さん??!!」
ホールの床をモップで掃除していた矢澤さんが急に盛大にむせた。一体どうしたというのだろうか。
大丈夫ですか? と近寄って尋ねると、ガシッと両肩を掴まれて、嬉しそうなのか嫌そうなのか、はたまた困ったような良く分からない表情で僕を見る。
「あ、アンタ、その曲……知ってるの?」
「その曲? 今店内にかかってるジャズの事ですか?」
「違うわよ!! 今アンタが鼻歌で歌ってた曲よ!!」
「えぇ?! 僕今鼻歌歌ってたんですか!!??」
「無意識だったの?!」
つい楽しくて歌ってしまってたのか……。いつも家で一人作業とかしてると鼻歌歌ってたからその癖かな……恥ずかしい。
でも僕が鼻歌で歌ってたって事は、あの曲かな? ちょっと前に人気だったスクールアイドルの曲なんだけど、もしかして矢澤さん知ってるのかな?
「僕は曲を友達から聞かせてもらっただけで詳しくは知らないんですけど、凄く好きなんですよね。メロディは優しい感じがするし、歌詞を聞いてると、こう、一人じゃないよ、頑張ろう!! って気持ちになれて……って、矢澤さん?」
「……なによ」
「口が不自然に吊り上がってますけどどうしたんです?」
「な、何でもないわよ!! ほら、早く仕事しなさい!!」
自分から聞いといてなんなのさ。変な人。
『…………』
『……よかったね、にこ君』
『…………はい』
こうして少しイレギュラーは起きたものの、開店作業は着々と進んでいき、開店十分前にいは準備を終わらせることができた。
僕は台拭きを一度流しで洗って定位置に戻した後に、モップを片付け終わった矢澤さんの所へ行き、指示を仰ぐ。
「取り合えず、アンタは体験って事らしいからオーダーの取り方と料理の提供。そしてお客さんが食べ終わった後の片付けの一連の流れまで覚えてもらうわ。しっかり覚えなさい」
「記憶力に自身はないですけど、メモ帳はあるので大丈夫です!」
「なんでアンタはこう、一々不安を煽るようなことを……まぁいいわ」
矢澤さんは口頭ではなく、実際に動いて教えてくれた。
その流れとしては、お客さんが来たら人数を確認して席へ誘導。一度下がってメニューとお冷を出す。下がる際にはお決まりのセリフを言って下がる事。そして注文が入ったら伝票を持って行って注文を聞きながら記入をし、記入した伝票はここに張り付けておく……など、実に分かりやすく教えてくれた。
「——とまぁ、これが一連の流れになるわね」
「なるほど。分かりやすかったです」
「ふふんっ。あったり前でしょう?」
ない胸を張る矢澤さん。……この人とまだ会って一時間程度しか話してないけど、雰囲気は大人っぽいのに身長とかシルエットとか性格の根っこが子供っぽいから素直に称賛しにくいなぁ。
何とも言えなくて口をもにょもにょさせていると、マスターが軽く手を叩く。
「それじゃあ二人とも、オープンするから準備よろしくね」
「は、はい!」
いよいよオープンするのか……。大丈夫かな? ちゃんと案内とかできるかな?
ドキドキと心臓が早鐘を打っている。そんな僕の不安を感じ取ったのか、矢澤さんがそばに来て肩に手を置く。
「来るのは殆ど常連だし、客数もそこまで多いわけじゃないから心配しなくても大丈夫よ。アンタはまず、『笑顔』と『恐れないこと』この二つだけ頭に入れておきなさい」
「矢澤さん……!!」
……やっぱりなんだかんだ頼れる先輩なんですね。その言葉で少しだけ、緊張がほぐれましたよ。
「それじゃあ先に私がお客さんを案内するから、それを真似て次に来るお客さんを案内しなさいよ」
そう言って、カマーエプロンをピンとただして入口の方へ歩いていく。矢澤さん、あなたの仕事姿、しっかりと勉強させてもらいます!!
矢澤さんが扉を開けて、外にかかっていた「close」の立札を裏返して「open」にする。
さぁ、バイトの時間だ……!!
——カランコロン
1組目のお客さんが入店してきた。
「いらっしゃいませぇー。喫茶店『Smile』へようこそぉ」
できる事なら、さっきの尊敬とかその他諸々を返してほしい。それが、矢澤さんの接客を見て出てきた言葉だった。
「…………マスター?」
「……いや、うん。にこ君も常にあんな接客をしてるわけじゃないから、大目に見てやってくれないかい?」
自分が悪いわけじゃないのに申し訳なさそうな顔をするマスター。
さっきまでサバサバとしてた矢澤さんが急に猫なで声全開で接客し始めたから驚いたけれど、マスター曰く、あの客はああいった接客をされると喜んでくれるらしい。いきなりお店の雰囲気とのミスマッチを見て絶句していたけれども、そういう事なら仕方ない。そういう事にしておこう。うん。矢澤さんの寒い自己紹介を思い出して、本当は本人がやりたいだけなんじゃないかと思ったけど、そういう事なのだ。
若干冷めた目で見ていると、再びカランコロンと軽快なベルが鳴る。どうやら二組目のお客さんが来たみたいだ。
「よし、頑張るぞっ」
大事なのは『笑顔』と『恐れない事』ッ! 行くぞっ!!
「いらっちゃいましぇ」
これほど死にたくなったのは初めてだった。
入ってきた二人の男性のお客さんは何かを堪えるに口元を抑え、上を向いている。もうこのバイト体験を放り投げて家に帰りたい衝動にかられたけれど、ぐっと我慢する。
ここで逃げたら友人の思惑通りになるし、何より、『恐れない事』という矢澤さんの教えに反することになる。ここは深呼吸でもして、もう一度仕切り治そう。
「い(ガリッ)……いらっひゃいまへ」
痛い。思いっきり舌噛んだ。
「えっと、君、大丈夫かい?」
「……はい、大丈夫です」
お客さんに心配されてしまった。その心配は心についた傷に少しだけ沁みますね……。あと舌。
咳ばらいを一つして気持ちをリセットする。
「お客様は二名様でよろしかったでしょうか? ……はい、では、こちらのお席へどうぞ」
二名のお客さんを席へ誘導し、一度下がってお冷とメニューを持っていく。流石にここでは失敗はせずに何事もなく渡すことで来た。
矢澤さんから教えてもらったセリフを伝えて一度下がる。裏の方に引くと、そこにはニヤニヤと笑う矢澤さんの姿があった。
「お疲れ様。まあ、噛むなんて誰もが通る道なんだから気にしないことよ」
「だったらそのニヤケ面やめてもらえませんかね?!」
傍から見ればアンタのさっきの接客の方が笑いものですけど!!??
しかし、それを伝える前に矢澤さんはお客さんに呼ばれてオーダーを取りに行ってしまった。くそう! もう絶対失敗するもんか!!
そう固く決意したところで、マスターがカウンターの方から顔をだす。
「さっきのお客様の注文が決まったみたいだから、オーダーを取りに行ってもらえるかな?」
「あ、はい!」
「……にこ君も言ってたけど、言葉を噛んでも気にしないようにね」
マスターと優しい言葉に見送られて、さっきのお客さんの所へ向かう。大丈夫大丈夫。失敗しても、しっかりと仕事をやり遂げることを優先するんだ、僕!!
「ご注文はお決まりでしょうか?」
よしつ! 入りは完璧だ!!
「はい。自分はたまごサンドとエスプレッソを」
「俺は……この店のおすすめって何かな?」
「この店のおすすめ、ですか……」
困ったな。勤務時間一時間ちょっとの僕には分からないんだけど……。
助けを求めて近くの矢澤さんに視線を送る。丁度注文を取り終わったのか、ばっちりと目が合う。
コミュニケーション時間が短い僕達でも、狭い店内だからここの会話は聞こえているはずっ。教えてくれ矢澤さん。ここのおすすめ商品って何っ?
その思いが届いたのか、矢澤さんは小さく微笑みを浮かべると、声を出さずに口だけ動かす。僕は読唇術の心得はないけど、大きくゆっくり動かしてくれたおかげで何とか読み取ることができた。ありがとう! 矢澤さん!!
「当店のおすすめメニューは塩焼きそばとブレンドコーラになります」
「そんなメニューこの店にはないわよっ!!」
横から飛んできた矢澤さんに思いっきりチョップを食らう。容赦なく振り下ろされたのと勢いがついていたのとで結構痛い。
突然の出来事にお客さんが驚いている中、矢澤さんはすぐに笑顔を作って頭を下げる。
「申し訳ありません。彼はまだ入って間もない新人でして……」
「あ、ああ、そうだったのか。いや、こっちこそ悪かったよ」
「ありがとうございます。当店のおすすめはマスター謹製のナポリタンとブレンドコーヒーですが、いかがいたしますか?」
「じゃあ、その二つを頼むよ。……頑張ってね」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
僕の頭を掴んで下げさせた後に、にこやかに去っていく。これがプロ、か……。
「マスター、ナポリタン1、たまごサンド1、ブレンドコーヒー1にエスプレッソ1入ったわ」
「了解。ドリンクの方は、にこ君お願いね」
マスターが厨房に下がるときに無言で肩に手を置いたのが、無償にいたたまれなかった。
時は流れて、ランチのピーク過ぎ。
最初こそ失敗しまくりだった僕だったけど、矢澤さんのフォローと慣れで何とか乗り切ることができた。
現在時刻は15時。気づけばもう夕方が近くなっていた。
「ひとまず二人とも、お疲れ様。この賄い、よかったら食べてね」
そう言って差し出されたのはソーセージや玉ねぎ、ピーマンがふんだんに使われたナポリタンだった。
「え、いいんですか? これって賄いというよりメニューにある奴じゃ……」
「まあね。でも、一生懸命に働いてくれてる若者に粗食を出すってのも気が引けてね」
「マスター……!!」
何ていい人なんだ……!! 現代日本は労働者を数字と認識してぞんざいな扱いをするって良く聞くけど、こうしてしっかりと働きを評価てくれる人もちゃんといるんだね……。マスターのような人がもっと増えれば日本の労働問題も何とかなるかもしれないな。
「ありがとう、マスター。でもいいの? 私達二人一緒に休憩もらっても?」
「ああ。仕込み自体はそんなにするものないし、私一人でも事足りるよ」
「そう。じゃあ先に休憩いただくわね」
「ゆっくり休憩しておいで」
そう言って僕と矢澤さんは賄いをもって裏へ下がる。
マスターが作ってくれた賄いのナポリタンは濃厚なケチャップの味と野菜の素材の味が絶妙で、更にそこにバターの風味が加わって本当にこれがナポリタンなのか疑わしい程美味しかった。
「うわぁ、滅茶苦茶美味しい……!!」
「アンタ、子供じゃないだから……。がっついてると喉に詰まらせるわよ」
矢澤さんは呆れた表情で僕を見ながら自分のナポリタンを食べる。なんか落ち着いた風を装ってるけど、ナポリタンを食べた時に目がきらりと輝いたのを僕は見逃さなかった。
それから暫くは僕らは黙って賄いを食べる。疲れた体と盛大に噛んで未だに少し痛む舌に旨さが沁み渡る。
「「ごちそうさまでした」」
奇跡的に同時に食べ終わった僕らは合掌してマスターへの感謝を口にする。
「そういえば」
食器を下げてると、矢澤さんが唐突に切り出した。
「アンタが今日バイトしてた理由を聞いてなかったんだけど、何か特別な事情でもあったの?」
そういえば僕が今日だけ働くっていう事だけは伝えてたけど、その理由までは話してなかったっけ?情けない話だから、あんまり話したくはないんだけど……。
ちらりと矢澤さんの顔をうかがう。まぁ、今日は凄くお世話になってるし、沢山フォローもしてもらってる人に、嫌ですっていうのもお門違い……かなぁ。
暫くうーんと考え込んだ結果、別に重い話じゃないしいいかという結論に至って話すことにした。
「実はですね——」
大学のテストが全部再テストで単位がぎりぎり取れた事。それが母にバレて仕送りをカットされたこと。バイトして生活費を稼ごうとしたけど、友人には止められたこと。そして、マスターに誘われたこと。全部話した。
矢澤さんは終始呆れ顔で、話終わった最初の言葉は「アンタ本物の馬鹿だったのね」だ。ちょっとだけ話したことを後悔した。
「ひどいよ、矢澤さん……」
「悪かったわよ。アンタじゃないけど、つい思ってた事が口に出たのよ」
「それ何の弁明にもなってないですよ!?」
どこかでやったようなやり取りをして、矢澤さんがくすくすと笑う。
「けどあれね。アンタ見てるとなんとなく面倒見たくなる気持ちになるのが分かったわ」
「え、そんな気持ちになってたんですか?」
「流石に後半になるとそんな気持ちの方が強くなったわよ。何回もオーダーミスとかサーブミスかするんだもの」
「うぐっ……」
確かに後半は矢澤さんがフォローに入る回数が増えた気がしなくもなかったな……。
さっきまでの自分の仕事ぶりを反省して噛み締めていると、矢澤さんはテーブルに肘をついて笑う。
「アンタは穂乃果にちょっとだけ似てるのかもね……」
「? 何か言いました?」
「別に。ただ、これからもここでバイト続けるの? って聞いただけよ」
「バイトですか……」
ふむと考える。
正直今日半日働いた感想を言えば疲れたしきつかったっていうのが本音だと思う。労働だから当たり前なんだけどね。
友人のいうように実際僕はバイトに向いてないなぁって時々思いもしたね。特に最初のお客さんを迎え入れた時とか死にたくなったし。
生活費だって、流石に鬼畜な母さんでも見殺しにすることはしないだろうから、すすり泣きと今日の苦労話を脚色物を話せば仕送りをしてくれるかもしれない。そうすれば僕は働く必要がなくなるわけだ。
「正直辛かったですけど……」
……だけど、楽しかったというのもまた事実だ。
辛かったし疲れた。だけどそれ以上にマスターやここに来るお客さん。そして矢澤さんと一緒に働くのは楽しかった。だからこのままバイトを続けることもやぶさかではない。
それに今後、また仕送りを断ち切られても蓄えがあれば、暫くは生きていけるかもしれないしね。
「……まぁ、検討中って感じですね」
「そ。私としては足手まといが増えたら困るけど、人では足りてないから期待だけはしておくわ」
それだけ言って矢澤さんはホールの方に戻っていった。
僕も早く戻ると仕様。帰りにコンビニで履歴書を買う予定をリマインダーにセットして矢澤さんの後を追いかけた。
《カゲショウさんより》
どうも、カゲショウです。
今回もギリギリ投稿をしてしまいましたが、いかがだったでしょうか。本作は愛も憎しみもスポ根も感動もすべてを廃した、純粋なギャグのみで成立させた話である!!……と、言いたいところではあるのですが、やっぱり難しいですね。最期はやっぱり尻切れトンボみたいになってしまいました。けれど、自分の全力を注いで書いた作品ですので楽しんでいただければ何よりです。にこ味が薄いのはご愛敬です。
さて、あまり長く話してもあれですので謝辞と行きましょう。今回こういったラ!作家界隈の交流を含めた企画を提案してくださった薮椿様、本当にありがとうございます。そして、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。この企画はまだまだ続きますので、ぜひ最後まで読んでください!!
次の方は作家界隈でもかなり有名なかたですので、どうぞお楽しみに!!