本日は、原作『BanG Dream!』にて『醒めない未来』を投稿している、かさくもさんの企画小説です!
これは私の独り言であり、決別であり、独白だ。
桜が咲き乱れている。
今日は三月の最終日。流れる季節は途方に暮れてしまう程に早く、過ぎ去る時間はあくびに比例するほどに一瞬だ。
最近私は"時間"というものが怖く感じる。
皆と居た時間の速さと、一人で過ごす時の時間の速さがとても同じ長さだとは思えない。思いたくもない。
卒業式が終わり、µ'sとしてのラストライブも終わった。矢継ぎ早に過ぎる季節は、私たちにはあまりにも残酷過ぎた。
思えば私たちが、九人がµ'sとして活動してからの期間は極僅かだ。
男女の平均年齢を併せて、人の一生が八十歳だとする。
一年が十二ヵ月で、それが八十回。九百六十ヵ月。その中で私たちが高校生として同じ時を過ごせたのは、たった十ヵ月。
六月に私と希が加入して、今が三月。
私は最初、反対だった。
生徒会長として、廃校を阻止できるようにどれだけ行動しても報われない結果や実態。
あの時の私は自分で自分を追い込んでいたのだろう。それでも、廃校してほしくない思いは確かにあった。
現実は甘くなく、その思いが良い方向へと動くことは決してなかった。
あの時の私は何と戦っていたのだろう。
仮想敵と、来る日も来る日も戦って、報われないままに終わって。
絶望や挫折と寄り添って、人のことを敵視して。穂乃果達のことも、初めは甘い考えで遊びの延長線上だと思っていた。
自分がどんなに頑張っても成果が出なかったことに対して、絶対にできると豪語して実行しようとする彼女たちが眩しくも恨めしかった。
心の雨は止まない。それでもこのまま終わりたくないという気持ちだけは募っていく。
敗北しても、廃校してほしくなかった。今思えばなんで廃校にあんなに反対していたのか、少し不思議に思ってしまう部分もある。
だけど、それほどまでに私は、私たちは廃校を拒んでいた。
つまるところ、私たちの歌はある種のシュプレヒコールだ。
µ'sににこが入ってからの動きは早かったように思う。
その勢いが余りにも凄すぎて、圧倒されて、私が何をしても駄目だと負い目を感じている間にも勢力を増す彼女たちが眩しかった。
六月。全員が揃って私も一緒にと誘ってくれた。隣に居た希も入って、µ'sは九人になった。
あの時誘ってくれなかったら、今はない。
結果論でしかないけれど、それでもあの時の選択がすべてで、あの時に戻るとしても私はきっと同じ道を辿る。
廃校を阻止するべく、もう一度と立ち上がった九人。
希望も救いもなかった。あの時のあの場所で、初めて希望が芽吹いた。陰が出来るなら、光が射しているということだ。
ここからが私たちの旅の始まり。穂乃果達は四月から旅を始めていたけど、その列車に私と希を乗せてもらった。乗車した六月。
心に雨が降っていた私に、傘を差し伸べてくれたのが皆だ。現実を見るばかりの悲痛で、雨に打たれていた。
諦めの果てで立ちすくんでいた私に、それでもって声を掛けてくれた八人。
何度も立ち上がる強さを見せてくれた穂乃果。
穂乃果の溌溂な明るさには、すごく助けられた。太陽のような女の子だと私は思う。
いるだけで場が明るくなったり、良い意味で感情が分かりやすかったり。そんな所が年上としては可愛く思うし、リーダーとしての頼もしさも感じた。
誘ってくれたことは今でも感謝してる。この先も。私一人だった静かな部屋が、あなたの試みでとても明るくなった。
どこにも行けない、どこにも行かない状態だった私を、孤独という部屋から連れ出してくれたのは穂乃果。そして皆。
正しさなんて要らないと思った。希望を絶やさないように、皆で少しずつ歩んだ日々。
アイドル経験なんてあるはずもなく、にこはスクールアイドル経験が少しあったけれど、他の八人は素人。
最初は戸惑うこともあった。躍りながら歌うという行為は思った以上に体力がいるし、フォーメーションや曲構成、基礎。覚えることは山のように出てくる。
大変だと思っても辞めることをしなかった。それは廃校阻止という目標があって、何よりもその日々が楽しかったから。
初めてステージに立った時の緊張は、今でも覚えている。斜光粘膜に囚われたかのような、漠然とした意識の果て。時間があっという間に過ぎて気付けば終わっていた。
残った感情は"楽しい"という想い。皆で歌って踊れることが楽しい。これが大勢の人に見てもらえたら、きっと廃校だって阻止できる。
今思えばあれが奪還の航路が開けた瞬間だった。
でも、それと同時に、終わりへの逆算も始まっていた。
私はアイドルになってから、言葉の大切さを更に理解した。
歌う時の歌詞。µ'sのメンバーとの意思疎通する会話。ファンの人へ贈る言葉。日本語は溢れるほどに多くて、どの言葉を使えばいいか分からなくなってしまうこともある。
言葉が持つ力は巨大だ。私たちが飛び乗ったµ'sという列車は、言葉という名のレールを走っていた。言葉から言葉へ。会話や歌を伝って、先へ。
往復することもなく、何万キロ走ったのだろう。
その時に歌った言葉、歌には種子をつけて。聞いた人々の心に植えて。いつか、何かしらの形で芽吹いてほしいと願って。
言葉の大切さを強く知れたのは、海未のおかげ。
最初にすべての曲を作詞していると聞いたときは、本当に驚いた。
そしてその曲のどれもが、同じ毛色の歌詞ではなく三者三様十人十色。それぞれ違う色の輝きを持っていた。
歌詞は人の心に残る。好きな歌手の歌は歌詞カードを見てどんな歌詞なのか見たくなるし、街中で流れている音楽も歌詞が素敵で気になることだってある。
人は学生の時に聴いた曲を、生涯忘れることなく口ずさむと聞いたことがある。
それなら私は聴いただけではなく歌って踊ったのだから、一生どころか来世にすら持っていけちゃうかもしれない。
それくらい大切な歌詞で、大切な曲で、大切な仲間。
言葉は育つ。自分の中で、時の中で、あなたの中で。
もしも私がこの道を辿ってなかったら、そんなことを最近は考える。
ものすごく勉強して、頭の良い大学に行って出世街道を歩んでいただろうか。
やりたいことを見つけて、その目標に向かって必死に取り組んでいただろうか。
一人で廃校阻止しようと、躍起になって失敗していただろうか。
たられば話に過ぎないけれど、そんなことも妹の寝顔を見ているとちっぽけな話に思えてくる。
違う道を歩む私がいたとしたら、それはもう私ではない誰か。絢瀬絵里という名の、別人。
こんなことを考えても後悔はない。
私は今の私を誇りに思っているから。
こうして写真を見て思い出しながら、ペンを握っている今だけど、見返すだけでその時に飛べるような気がする。
数々の衣装も、µ'sを作り上げる大きな要因。それをことりが全て作っていたのだから、作業量は想像もつかない。
曲やイベント毎にコンセプトやニュアンスを変えて、誰が見てもかわいいと言うような、記憶に残る衣装の様々。
ことりは努力を見せない子だ。少なくとも私が知っている限りにおいてはそうだった。
きっと夜も深くまで衣装を作っていただろうし、その笑顔を絶やさない姿も裏では努力をしていたはず。
私以外にも、きっとみんなも気付いている。気丈に振舞うことりは優しさと一緒に強さが同居している人。
そんな姿にメンバーも励まされたし、負けてられないという刺激も貰った。
意識一つで世界が変わる。私も、µ'sも、これを読んだ人にもそれが伝わることを願って。
九月は鮮明に記憶に残っている。刻み込まれた夏の行方は、きっと私たちの心の中に。
学園祭のライブで穂乃果が倒れた時は焦りで満たされて、先行きが分からなくなった。
先輩なのにこういう時に先導できないと、自分の小ささを実感する。それでも私たちは前を向けた。
何よりも廃校が阻止できた。悲願の達成とでも言うべきか、私たちは無事目標を成し遂げることが出来た。
それでも壁はまだ立ちはだかって。ことりが留学することになったり、それを穂乃果が止めに行ったりと落ち着く間もなく九月は過ぎていった。
講堂で行ったライブは満員で、見たことのない景色がそこにあった。
私を、歌を、踊りを見に来てくれた人があんなに沢山いたこと、それこそが夢の世界で現実との隔離。
アイドルは偶像だということを、今なら理解できる。
アイドルとしての一生を、蛍火として駆け抜けた私たち。
"輝きたい"それがいつしか夢から現実へと変わって、踏み切り越しに現実と夢の境界線を見た気がした。
描いた夢が現実に変わっていったのも、メンバーが同じ意識を持っていたから。
共通認識というものは大事で、人と人のコミュニケーションは必要以上に取らないと相手のことが分からない。
海未の作詞事情と同じく、真姫が全曲作曲しているということを知った時は驚きを隠せなかった。
そもそも真姫はアイドルの曲をそんなに聴いているタイプではなかった。
勉強したのだろう。彼女が書く楽曲のどれもがキャッチーで、アイドルが歌うにふさわしいメロディーの数々。
バラード調のものから、テクノ、ポップやロックなどとにかく幅が広い。
真姫の曲がなかったらµ'sはここまで大きくならなかった。そして真姫がメンバーじゃなかったら、それはもうµ'sではない。
少し恥ずかしがり屋で、本音が言えないけど誰よりもµ'sを大切に思ってくれてる。そんな真姫。
音楽で人を元気付けれるとするなら、それは真姫と海未のおかげだ。私たちの声と、真姫の曲、海未の歌詞が繋がってµ'sの曲として完成する。
音楽は続く。歳月の中で、日々の中で、心の中で。
ラブライブの地区予選で歌ったユメノトビラは今でも鮮明に覚えている。
A-RISEと合同で行った地区予選。始めは穂乃果の唐突な思い付きと、チャレンジ精神によって事が進んだけれど、今思い返すと良い緊張感を持てたと思う。
ユメノトビラは大切な曲。地区予選を勝ち上がっただけではなく、私たちの夢のチャンスを与えてくれた曲。
まさに夢への扉を開いてくれた、道しるべになってくれた曲だ。当時の動画は今でも携帯にちゃんと残っている。見返すことだってある。
そういう時に、私はµ'sのことが大好きなんだと実感する。µ'sは私に夢を与えてくれた。その扉の開き方まで教えてくれて、先に進む方法まで教えてくれた。
µ'sと共に成長してきた、十七歳の終わり。
穂乃果達が修学旅行に行っている時には、ファッションショーでのライブをやらせていただく機会があった。
それまで元気はあっても、意見を持って前に出てくることはなかった凛が初めてセンターに抜擢されたイベント。
あの時、凛は悩んでいた。女の子としての自信がない凛と、勇気が踏み出せない凛が合わさって壁を作ってしまっていた。
前の私と似た状態。どうせ私なんかという、固定された概念に囚われた内側の世界。
凛はまだ一年生。それなのに自分を抱え込んで、自分を説き伏せていた。元気な反面内気で、自分を隠してしまいがちな凛。
それでも凛には花陽という友達がいた。二人はいつも一緒で、楽しいことは何でも分かち合うほどの仲の良さ。
穂乃果と海未、ことりの三人も目に見えない絆で結ばれていたけれど、花陽と凛も周りから見て仲が良いんだろうとすぐに理解できる。双子のような二人。
花陽と真姫。二人に背中を押されて、結果的にはセンターに立つことを決めた凛。
私たち三年生はそこを詳しくは知らないけれど、きっと一年生皆で話して、頑張って決めたんだと思う。
その頑張りを私は称えたいし、凛の自分を変えたい気持ちは嫌というほど分かる。
私は思う。
言葉にならない気持ちこそ言葉にするべきだし、例えようのない事こそ例えるべきだと。
言葉は自身を定義する。言葉は自分を作る。言葉は相手と自分を育てる。
気持ちを押し殺していても、黙っていては何も始まらない。
最終予選で歌ったSnow halationの光景は一生忘れることはない。
穂乃果のソロで橙に包まれた会場は皆の家族も見に来てくれて、多くのファンの方も来てくれた。
まさに夢の空間。アイドルが夢を与える職業というのはよく耳にするけれど、人々に夢を見させてもらっているのもアイドルだということが手に取るように理解できた。
アイドルは夢を与えるだけじゃない。夢を与える権利を周りの人にたくさんもらって、その上で成り立つ関係なんだ。
東京予選突破。その影響は大きかった。スクールアイドルが全国的に流行っているとはいえ、こんなにも大きい反響を頂けるとは思ってもいなかった。
私たちのµ'sという名前は、多くの人を巻き込み巨大化していった。
私たちだけでは表せない、大きな存在。家族やスタッフ、学校の皆やファンの方。そしてメンバー。全てが合わさってµ'sが出来るんだ。
穂乃果が言ったみんなで叶える物語っていう物語は、随分前から始まっていたみたい。
そしてその物語を進む列車に、皆が乗っていた。乗ってきてくれた。
どんどん勢いをつけて、行き先が明るくなって。その代わり、残酷なほどに早く過ぎるのは時間。
私たちの車両には、時間という名の女の子が同乗していたらしい。
ここまで私たちが来れたのは、意識が一つに向いていたというのは本当に大きいと思う。
何を成し遂げるにしても、意見を揃えるのは大切。同調圧力ではない、共通認識。
その部分に置いて、にこは本当に頑張ってくれた。
にこが過去にスクールアイドルをやっていたのは知っている。
周りがにこに合わせられなくて、辞めていったことも。
だからにこは嬉しかったのだと思う。穂乃果達が同じ歩幅でしっかりとついてきてくれることが。
にこが先陣切って一年生や二年生に教えてくれたから今があるし、この関係が続いている。
家ではちゃんとお姉ちゃんしてるのに、メンバーの前だとちゃっかりアイドル全開になるところも、意識の一つで。
私は妹の前でそういうことが出来ないし、むしろ良いお姉ちゃんとして妹の中で存在できているのかも分からない。
願わくば、私もそうでありたい。
にこみたいに、周りを笑顔にできる存在。"にっこにっこにー"という言葉は、今やにこの決め台詞というよりは笑顔の魔法みたいに感じる。
笑顔を届けるのがアイドルだとしたら、私たちは笑顔を届けられるくらいに日々を大切に生きなくてはいけない。
全国大会の最終ステージ。アンコールが巻き起こり、私たちはそれに応えた。
僕らは今のなかで。頭の中で感じることは、楽しい感情と感謝の連鎖。
私たちをここまで連れてきてくれた人たち。
支えてくれた家族の方々。
メンバー。
様々な思いが混ざり合わさって、µ'sを象った。
僕らは今のなかでという曲は、聴けば聴くほどµ'sの為にあるような曲だ。
突き進むことの躊躇いのなさ。未来は怖くないという自己暗示にも似た指標。考えるよりも行動すること。
今までの私たちが、赤裸々に書いてあるような気すらして。
私たちを進ませてくれた、勇気の歌。
この歌が、言葉が、メロディーが、聴いてくれた人たちにはどう聴こえていたのだろう。
小説やテレビ、ラジオに映画、インターネット。そして音楽。
友達との会話、親とのひと時。
言われて嫌だった言葉、嬉しくてたまらなかった言葉。
喜びや悲しみ、怒りに安心。
積み重なっていった思い出が、過ぎ行く季節に反射した。
思えば早いものだった。
思い返せば返すほど、夢のような時間で、もう戻っては来ない時間。
この先忘れることはなくて、この先在り得ることのない時間。
卒業式は穂乃果のサプライズに驚かされた。
私たち三年生は皆泣いていた。今までの思い出が溢れ出て、止めどなく空へと流れていた。
希が泣く姿は、あまり見たことがなかった。
私と一緒で、希も自分のことを隠しがちだ。µ'sのことが本当に好きだということは伝わるけれど、感情を表に出すことはあまり多くない。
私にとって希は一番の理解者。
私の気持ちをすぐに汲んでくれるし、私だって希の考えていることはなんとなく分かるようになった。
きっとこれからもその関係は続くし、色んな相談をこれからも希にするんだろう。
泣いている私たちが空へと歌った言葉。愛してるばんざい。
学校も、家族も、メンバーも、愛で溢れた卒業式だった。
卒業したという事実は、私たちを先に進ませた。
"卒業したという事実は、私たちを先に進ませた"という事実は何よりも受け入れがたい終わりの始まりでもあった。
アキバドームでの第三回ラブライブ開催決定。
それが私たちに飛んできた、一通の知らせだった。
私たちはニューヨークに行き、ラブライブの知名度を上げるためのライブをすることになった。
急すぎる話で、卒業式が終わった後にすぐ始まったこの話。
三月中は一応私たち三年生も高校生ということで、それに協力することになりµ's解散はお預け。
皆で踏み入れた海外は未知で溢れていた。
多少のハプニングもあったけれど、乗り越えてここに立っている。
トレーニングも忘れずに行ったり、勿論観光もちゃんとしたりして。
まるで解散なんてなかった事のように物事がどんどん進んで、このままずっと一緒に過ごすかのような空気が流れていた。
そして始まったアメリカでのライブ。
日本の良さが伝わるように、ことりが日本の着物から着想した衣装を作ってくれて海外の方々にも注目を浴びることが出来た。
でも、海外の人よりも日本での反響の方がすごかった。
モニターを通して日本でも放送されていたそのライブを、大勢の人が見てくれていた。
空港では所謂出待ちというものを経験し、自分たちが以前よりも大きな影響力を持ったということを否が応でも実感することになる。
私たちは悩んだ。ここまで存在が大きくなってしまったµ'sを、本当に解散してしまっていいのかということを。
それでも、一度決めたことだから。
私たちは皆で決めて、誓った。それをなかった事にはしたくない。
人気になったから解散をなかった事にしようとは、思いたくなかった。
自分たちの意志が一番大切。それを教えてくれたのはµ'sだから。
µ'sには私たちが一番正直で居たかった。正直に向き合って、正直な最期を迎えたかったから。
私たちは終わることを私たちの手で選んだ。
スクールアイドルは学生のアイドル。私たちはアイドルではなく、スクールアイドルでいたい。
限られた時の中で、輝き続けたい。その輝きは私たちの後に続いてる、後世のスクールアイドルが絶やさずに灯し続けてくれる。
µ'sが終わることに恐れる事なんて、何一つなかった。
アキバドームのイベントの告知をするために穂乃果が思い付いたのは、全国のスクールアイドルと合同イベントをやること。
全国で活躍するスクールアイドルに声を掛けて、秋葉原の歩行者天国でのライブ。
秋葉原ライブの準備、最終日。私たちは自分の意志で道を決めて、自分の意志で解散を話した。
翌日、弾ける楽しさが溢れた。あの時の景色は壮観だった。スクールアイドルが、心を一つにした瞬間。
そしてアキバドームでのラブライブ。最後のステージ。
事実上の解散ライブだった。
この日の為にことりは衣装を作り、海未と真姫は曲を書き下ろした。
僕たちは一つの光。
µ'sのことを歌っていて、それでもついてきてくれたファンのこともちゃんと想っている歌詞。
私たちらしさが伝わる、ありがとうを届けたいメロディー。それ以外例えようがなかった。
今が最高。
それが最後のメッセージ。
私たちは時を駆け抜けた。何かが作用しているかのような、あまりにも早すぎる時を駆け抜けたんだ。
その中で辛かった事なんてない。いつも"今が最高"だった。
先へ先へと進んで、その方向全てが最高で、あの場所に立っていた。
私たちの夢は終わった。
醒めたわけじゃない。夢を見終わったんだ。
廃校阻止という学校単位のことから、世界を巻き込んでラブライブという大舞台でのライブ。
過去の私に言っても、きっと信じてくれない。
この文を読んでも、メンバー以外はピンと来ないかもしれない。
九人で見た景色を、一つずつ拾い集めているだけなのだから。
隣にいた八人にしか分からないこともある。
それでも私はこれを読んでいる人に伝えたいこともある。
この文章を読んでいるのは、µ'sのメンバーだろうか、知らない人だろうか。
それとも誰も読んでいなくて、未来の私への言葉になるのかな。
私はこの半年で感謝しきれないほどの素敵な経験をさせてもらった。
そしてアキバドームのライブで、µ'sは解散した。
もう再結成することはない。私たち九人が集まることはあっても、それはもう元µ'sだ。
µ'sはもういない。終わってしまった。
終わりたくなかった。
好きだった。
µ'sが大切で。
あの空間が好きで、メンバーが好きで、夢で。
身に余るほどの大役もやらせていただいて、それでも九人でスクラムを組んで乗り切った。
どれくらいの奇跡が重なって、今ここに立っているのだろう。
溢れてる胸の中に、見終わった夢の模様が溢れる。
そこには絶対的にメンバーの笑顔があって、そこに私もいる。
奇跡を待ってても何も起こらない。迎えに行かなくては始まらない。
捨て身の覚悟でやったなら、報われなくても後悔しないと教えてくれたのはµ's。
泣き笑った顔も、驚いた顔も、弾けるような笑顔も、そのどれもが愛しくて。
この先何があっても、私たちは見えない力で繋がってる。
時を過ごした重みが、言葉を交わした重みが、私たちを作り上げてくれた。
言葉は正直だ。
伝えなければ始まらない、伝えなければ分からない、伝えなければ変わらない。
想いが想いと繋がって、人々を形作っていく。
動き続けた長身と短針は、振り返ってみるといやに短期間。
胸に回想すると、走馬灯のように。
ここからの道は背中合わせの方向。
気持ち紛らわすためのいい方法があるなら、教えてほしい。
こんなにも大きくなってしまった私たち。不覚とまで受け取れる、心を侵食したµ's。
なんでもなかった時間が、いつの間にか何にも代え難い想い出になった。
最後の授業、最後のライブ、最後の卒業。
何か伝え忘れたことはないかな、そう考えてはまた虚しくなって。
皆とこのまま一緒にいたいって思ってしまって。
エンドレスにループして、現実を見て。
先へ進む気持ちと、µ'sから離れられない気持ちが同棲している。
会おうと思えばいつでも会えるのに、不思議だ。
これを書き終わったら、µ'sが本当に終わってしまう気がして。
涙が止まらない。
それでも私たちは、前を向かなければならない。
もう、終わってしまったから。
私たちがソレを選んだのだから。
自分が示した道を進む。
点はいつかきっと線を結ぶ。
明日は必ず今日を含む。
未来を空想しては、また前を向く。
列車はもう止まって、先を急いでいた同乗した時間はもう姿も見えない。
その姿さえ、思い出せない。
時が過ぎることは怖くない。
前を向くべき時が来たと思えば、何も怖くない。
これでµ'sは終わり。私たちは明日から、スクールアイドルではなくなる。
向き合うことは怖くない。
それを教えてくれたのはµ'sだ。
上手くいくかなんて、誰にも分からないけれど、前を向かなければいけない。
私を肯定してくれた家族やファン、そしてメンバー。
それだけで十分だった。
私を肯定してくれるなら、私も私を肯定するよ。
その肯定が、私を肯定してくれた一人ひとりを肯定することになるのだから。
µ'sは夢。
いつか終わる夢を見ていて、夢を見終わった私たちは解散へと辿り着いた。
その景色はいつまでも忘れることはない。
いつまで経っても、応援してくれた人のことは覚えている。
支えてくれた家族には、感謝しても感謝しても足りないくらいの感謝を。
応援してくれたファンには、精一杯の勇気と元気を。
やりたいことがあるなら、諦めないで。夢だと思わないで。きっと叶うから。
誰にでもチャンスはある。私たちがそうだったように、夢を見る権利は誰にでもあるんだから。
そして一緒に居てくれたメンバーには、もう思い付かないくらい色んな感情。
一言でごめんなさい。それでも、これ以外言えることがなさそうだから、言わせてください。
だいすき
そしてこれは時を経て、懐かしんで読む私へ。µ's解散したての十八歳の私から。
人生是一方通行。どうか、ただ前だけを。
春が外で躍るようにはしゃいでいる。
今年の桜は咲くのが少し早かった。
卒業式の時にはもう咲いていた。今は三週間が過ぎた。
日に日に時は削られていく。
高校三年生。一つ一つに最後がついた年をµ'sで過ごせた事は、私にとって人生の財産。
改めて、全ての人に伝えたい。最高の時間を、ありがとう。
この先を見据えながら歩き出す、青い春のおわり。
書き始めた時は部屋の窓に写り込んだ桜も、今では違って見える。
だから最後は、書き始めた時の文と揃えてみようかな。
これは私の独り言で、決別で、独白。
伝えたいことは、まだまだ足りないけれど。
もう、桜が舞い落ちる。
《かさくもさんより》
読んでくださりありがとうございます。
物事が終わった後の、漠然とした不安と墓標にも似た過去、それらが未来を示す光となるような話を書きたくてこういう結果になりました。
絢瀬絵里の一人称視点で、彼女がただ独り言のように只管それを何かに書いているだけの内容。
それでもいずれ誰かが見ることを悟っていたり、そうじゃなかったら自分で見るようにメッセージを残したりと、未来への種子を残しているような。
µ'sとして終わったのがあの時だとしても、三年を経た今でも僕たちの中で何かしらの種子が芽吹いているわけです。
今回の企画。初めは薮椿と十人いったら良いねという話をしていましたが、気付けば三十人超えの大所帯。
しっかりとµ'sが残した種子は花開いたということを、証明するような企画になったと思います。
普段はバンドリの二次創作を投稿していますが、参加できて良かったです。
また、総勢三十人越えの多種多様な二次創作が溢れ出るこの企画。
最後までどうぞお楽しみください。
そして僕に感想を下さい。
ありがとうございました。