ラブライブ!~合同企画短編集~【完結】   作:薮椿

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《薮椿より》
 本日は、原作『ラブライブ!』にて『μ's+ MUSIC START!!』を投稿している、香月あやかさんの企画小説です!

《香月あやかさんより》
初めましての方には、お初お目にかかります。
しばらくぶりの方には、お久しぶりでございます。
いつもの方には、御機嫌よう。
香月あやかと申します。
今回はあの盟友(一方的)である薮椿氏が年末に合同企画を行うという事で、お祭りが好きな小生としては衝動に逆らえず、こうして久方振りに筆を取った次第であります。
相変わらず寸前投稿になりそう(これ書いてる時点ではまだ未完成)ではありますが、どうかご一読頂ければ幸いです。
長くなってしまいましたが、最後に、また書く気を起こさせてくれた、この企画を主催してくださった薮椿さんに改めて感謝を。
少し気が早いですが、皆様も残り少ない2018年、良いお年をお過ごしください。


お姫様達と騎士の夜

 

 

 

これは、夢だろうか

それとも、幻の類だろうか

 

微睡みのような、酩酊のような、甘い虚脱感の中

僕はその光景を、ただぼんやりと見つめていた

 

螺鈿を散りばめたような星空の下、篝火に揺れる9つ影

今この瞬間がずっと続けばいいとさえ思う

 

幻想的で、情熱的で、今宵限りの宴

この出来事を、僕はずっと忘れないだろう

 

 

 

 

〜お姫様達と騎士の夜〜

 

 

 

 

「それでは、ここで少しお待ちください」

 

従者の格好をした女性に、だだっ広い応接間に通され、僕は首をすくめるように黙って小さく頷く事しか出来なかった。

初めて入るお城の中は、外から見るよりも中はずっと広く、今いる部屋も、下手したら僕の住んでいる家よりも広いのではないかと感じるくらいだ。

 

羨ましいと思うよりも先に、掃除が大変そうだなと考えてしまうあたり、僕も大概貧乏性だなと思わず自嘲気味に笑う。

革靴越しにでもわかる上質な絨毯の感触に微妙な居心地の悪さを感じながら、僕は今日ここに呼ばれた経緯を今更ながら思い出す。

 

僕はこの王国に使える騎士だ。

国境の最前線で国を守り、隣国と睨み合い、時には小競り合いをしたりという事を生業としている。

自慢ではないが、生まれつきたまたま夜目が利くので、特に夜間の行軍で重宝されたり、重要な作戦の主軍を任せれていたりすることがしばしばある。

 

そして先日、僕の隊が他国との戦争において多大な戦果を挙げた。

そのことで、この国の王様から直々にお礼がしたいと、こうしてお呼ばれに預かった訳なのだが……

 

生まれも育ちも庶民の僕にとって、こういった場所はどうにも落ち着かない。

緊張しているせいか味がよくわからない——おそらくこれも高級品なのであろう紅茶で意味もなく唇を湿らせていると、先程の従者が戻ってきた。

 

「お待たせ致しました。陛下に謁見の前に、ひとつお願いが……」

 

深いお辞儀もそこそこに、やや困った顔でそんなことを僕に言った。

 

「実は、姫様方が貴方様にお会いしたいと言って聞きませんで……」

 

 

 

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この国には、9人のお姫様がいる。

 

全員もれなく、すれ違えば必ず振り返るほどの美少女達であり、王都では大変な人気を誇っている。

特にすごいのが、王族ながら芸能活動に力を入れておられるらしく、全員が音楽に合わせて歌を歌い、踊ったりするというのだ。

定期的に劇場で開かれているらしい舞台は毎度超満員で、定価の十数倍で入場券を購入する輩までいるそうだ。

 

僕自身、しっかりお目にかかったことはなく、前に一度、公務で前線基地に慰問でやってきた際に遠目でちらっと見たくらいだ。

あの時の仲間達の喜び方といったら、泣き出す奴や、手を握ってもらい「もう一生手は洗いません!」と叫んで怒られていた奴もいたりした。

 

直接会ったとなれば、後でどんなやっかみの文句を吐かれるかわかったものではない。

今日の出来事は胸の内だけに留めておこう。

 

とてつもなく長い廊下を歩きつつ、どこかへ案内してくれる従者の後ろでそんなことを考えた。

 

「こちらです」

 

一体何分歩いただろう、着いた先は、立派な装飾が施された木製の扉の前。いかにもといった佇まいの扉を、従者が控えめに叩く。

 

「失礼します。騎士様をお連れしまし——」

 

 

「やっと来たにゃあ!どこ!?騎士様どこ!?」

 

こちらが開けるより先に、小柄な少女が飛び出して来た。

 

「貴方が月の騎士様!?会えて嬉しいにゃあ!

さ、入って入って。貴方のお話、たーくさん聞かせて!」

 

聞き慣れない単語と共に、僕の手をしっかりと握って、部屋に招待——否、引き摺り込もうとしている。

 

「姫様!?いくら騎士様とはいえ、未婚の男女で密室というのは——」

 

「あたし全然女の子っぽくないから平気だって!さぁ騎士様!」

 

……お姫様って、みんなこうなのだろうか?初めてのことなので、面食らってしまいどう反応してよいか困ってしまう。

本当にすみません……と言いたげな従者の目線に心配ないと精一杯の目力を返し、手を引かれるまま部屋へと招かれた。

 

 

 

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月の騎士

王都では僕のことを、夜に現れる事からそんな風に言うらしい。

幾ら何でも名前負けし過ぎだと思う。

嬉しさや誇らしさよりも先に、大仰な呼称に対しての気恥ずかしさや申し訳なさの方が先に来てしまう。

 

「そんなことないにゃ!騎士様とっても素敵だよ!思ったよりもずっと若かったのがびっくりだけど……あたしと歳あんまり変わらないよね?」

 

そう可愛らしく小首を傾げながら話す美少女は、栗色の髪に蜂蜜色の瞳をしたお姫様だった。

柔らかそうな髪は短く肩の上で切り揃えられ、快活そうな雰囲気と相まって、本当に子猫のような印象を受ける。特徴的な語尾も、この子なら似合うなと納得してしまう。

 

「王都は貴方の話で持ちきりなんだにゃ。夜と共に颯爽と現れて、敵国に裁きをもたらす!やっぱりこういう英雄譚がみんな大好きなんだにゃあ……」

 

それがこんな男の子だったなんてねぇと、お姫様は天蓋付きのベッドに腰掛けてけらけらと笑う。

長い睫毛に瑞々しい唇。すらりとした華奢な手足。

本人は女の子っぽくないからと卑下していたが、どこからどう見ても麗しいお姫様だ。

 

「そ、そんなにまじまじ見られると恥ずかしいにゃぁ……」

 

赤面して顔を背けた彼女に、不躾な視線を向けたことを慌てて詫びる。

 

「あ、違うの!怒ってるわけじゃないのにゃ!そこはむしろ逆というか……いやいやそうじゃなくて!」

 

ぱたぱたと、慌てた様子で手と首を振る。

 

「お城の中ってとっても退屈でさぁ……あんまりお外にも出られないし、みんなといるのはすごく楽しいんだけど……」

 

椅子の縁にちょこんと腰掛け、脚をぷらぷらと遊ばせながら、お姫様は瞳を輝かせる。

 

「だから、今日は貴方の話を聞かせて?あたし外のお話が大好きにゃ!貴方のお話、隣の国のお話、何でも話してほしいな!

他の子達の時間もあるから、あんまり長くは居られないけど……」

 

そう言って立ち上がり、膝をついている僕に、手を差し伸べる。

 

「お話してる間、お城の中を案内してあげる!ほんの少しの間だけど、お姫様のワガママだと思って聞いてくれると嬉しいな!

 

ほら、一緒に行こ?」

 

そう微笑む彼女は、あどけなさの中に、どこか凛とした雰囲気を讃えていた。

 

 

 

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「こんばんは!初めまして!あの月の騎士様に会えるなんて嬉しいなぁ!」

 

頭の横で結った髪を揺らして、次のお姫様は僕を見つけるなり駆け寄って来た。

お日様のような、温かみのある橙色の髪。僕の手を握りながら飛び跳ねる度に、ふわりと本当にお日様のような良い香りが漂う。

 

「あの子とどんな事話してたの?私にも色々聞かせて!」

 

そう言って蒼玉の瞳を輝かせて僕を見つめるそれは、子供が兵隊の行進を眺めているのを見つめているのと同じくらい——それ以上に期待と憧れを抱いているように見えた。

お姫様という生き物は、先程の彼女と言い、こんなに元気が良くて外の話に貪欲なものなのだろうか。

 

彼女に手を引かれながら、矢継ぎ早に繰り出される質問に、言葉を選びながら答えていった。

何かを言うたびに目を丸くし、へぇー!や、すごーい!とわかりやすく反応を返してくれる。

答えている僕からしてみても、非常に気分が良いものだ。

 

「わたし、活躍する騎士様の話を聞いて、すっごく憧れてたんだぁ!本当はもっとたくさん色々とお話したいのに、次の子も待ってるから……」

 

珍しい。剣と戦に興味のあるお姫様なんて初めてだ。

まぁ、そもそもそれも僕が勝手に「お姫様」というものを決めつけていただけであって、本当は彼女のようにみんな活発であるかもしれないのだが。

 

「……それで、騎士様は、どんな女の子が好みなの?」

 

唐突に、上目遣いでそんなことを聞かれた。

今までずっと鍛錬や前線で戦っていたので、そういったのは考えたこともない。

どうしてそんなことを聞くのかと逆に尋ねてみると、やや驚いたような顔をして

 

「え?いや、特に深い意味はないんだけど……

 

……ばか、気付いてよぉ……」

 

最後の方は、か細くて良く聞き取れなかった。

 

健康的な肌がほのかに薄く染まり、僕の心臓も少し早くなった。

 

 

 

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「あ、いらっしゃい騎士様〜」

 

次のお姫様は、花園でお茶を飲みながら僕を待っていた。隣の椅子をぽんぽんと叩かれたので 、僕も大人しくそこに座る。大きな琥珀色の瞳に、堅い表情の僕が写っていた。

 

「ごめんねーみんなのところに顔出してくれて。私もちゃんと会えてとっても嬉しいなぁ」

 

そう言ってふわりと微笑む彼女からは、どことなく不思議な安心感を感じた。母性と言うか何と言うか、幼い頃に母の腕に抱かれて居た時の温もりというか、そういった慈しみに近い雰囲気を纏ったお姫様だった。

 

「実はね、私は貴方に一度だけ会った事があるんだぁ。ほら、少し前に公務で貴方のいる拠点に慰問で行った時にね。ちらっとだけど見たの」

 

慣れた手付きで僕の紅茶を淹れてくれながら、彼女は色々な事を話してくれた。

 

お城のこと、他のお姫様達のこと、芸能の稽古のこと、大変な公務のこと。

先程のまでと違い、僕が彼女の話を聞き、それに相槌を打つような形になっていた。

お姫様と言うのも案外大変な立場なのかもしれないなぁと、彼女の勉強漬けの日々の話や、様々な稽古がとても大変である話を聞きながら改めてそう思った。

実は大して凄くもない、兵役や戦争の話に過剰な憧れを抱いたりするのも、息苦しい日常からの反動なのかもしれない。

 

「——それで」

 

ふと、彼女が半歩身を乗り出して、僕にその綺麗な顔を近付ける。さらりと揺れた髪から漂う良い香りが濃くなって、思わず平行感覚を失いそうになる。

少し潤んだ瞳越しに、戸惑った表情の僕と目が合った。

 

「……どうかな、私って。どう思う?」

 

僕に伸ばされる、白磁のような指。置かれている立場も忘れ、思わず握ってしまいそうになる。

 

「一目見た時から、素敵な騎士様だなぁって、ずっと思ってたの」

 

するりと綺麗な指が頬を撫でて、産毛が粟立つのがわかった。

慌てて我に返り、戯れが過ぎますと席を立った。

 

彼女は一瞬、呆気に取られたような顔をして、くすくすと小さく笑った。

 

「あーあ。ざんねーん。私、結構本気だったんだけどなぁ……」

 

椅子からふわっと立ち上がり、僕に向き直った。

 

「突然変な事言ってごめんなさい。でもね、私は貴方の事をとっても慕ってるの。

ううん、私だけじゃない。『私達』全員、貴方の事を想ってるの。

今まで会った事がなくても、話したことがなくても、貴方は私が想像していた月の騎士様そのものだった。とっても嬉しかった」

 

胸の前で手を組み、切なげな表情を浮かべて、

 

「だから、今すぐに返事はしてくれなくてもいいの。

でも……でも、他の人を見ちゃいや……!」

 

餌を持った親鳥に、大きく口を開いて己を主張することりのような——

そんな必死さを不意に感じた。

 

 

 

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「こ、こんばんは……」

 

次のお姫様は、どことなく小動物的な印象を受けた。

物陰から頭だけを覗かせ、藤色の瞳をこちらに向けて何故か距離を取っている。

僕も挨拶を返し近付こうとすると「ひゃい!?」と謎の声を発し、物陰に隠れてしまった。

 

何か悪い事でもしてしまったのだろうか。どうしたらよいかわからず、声を掛けあぐねていると、

 

「あうぅ……す、すみません……

あの月の騎士様に会えると思うと緊張してしまってつい……」

 

暫くして、やがて意を決したように姿を現したのは、ふわふわとした梔子色の髪が良く似合う、可愛らしいお姫様だった。

 

「うぅ……」

 

上目でこちらを潤んだ瞳で見つめてくる姿は、何とも言えない庇護欲をそそるものがある。

どうしたら彼女が笑ってくれるだろうか、そんなことをつい考える。

 

「そ、そしたら取り敢えず歩きながら話しましょ——ひゃわっ!?」

 

くるりと振り返って歩き出そうとして、自分の足に引っかかった。

そのまま地面にうつ伏せに倒れそうになった彼女を、咄嗟に後ろから抱えるように支えた。

 

羽でも抱いたかと思う程の軽い感触。

そして、何だかとても柔らかな感触が——

 

「あ、ありがとうございま——ぴやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

助けられたのも束の間、礼を述べている最中に何処に触れられているのかに気付き、顔を真っ赤にしながら叫ぶお姫様。

 

下手をすれば即刻打ち首

そんな言葉が脳裏を過ぎり、僕は頭を地面に擦り付けてひたすらに謝った。

 

 

 

「も、もう大丈夫です……私もついびっくりしてしまって……

と、とっても恥ずかしかったですけど、怒ったりしてるわけではありませんから……

支えてくださってありがとうございました」

 

案内されるまま、着いたここは食堂だろうか。小さな椅子と机が何組か、小ぢんまりとした空間に並べられている。

 

この時間はとってもお腹が空くんですーと、何故か彼女におにぎりを握ってもらいながら、僕はまたお姫様と取り留めもない会話をする。

ほんわかとした雰囲気の彼女は、まさに僕が想像していたようなお姫様そのものだった。

緊張が溶けたせいか、優しく笑いながら喋る彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなる。

 

「はい、どうぞ。他の子達と違って何も出来ない私だけど、これだけはちょっとだけ自信があるんです」

 

そういっておにぎりを出してくれた。

礼を述べて手を伸ばすと、時計の鐘の音が2人だけの食堂に大きく響く。

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ次の子の番になっちゃう……」

 

明らかにがっくりと肩を落として、彼女は寂しそうに笑う。次に向かう場所を僕に教えながら、お姫様はおにぎりを包んで僕に持たせてくれた。

 

跪いて礼を言って、僕は食堂を後にする。

 

「あ、あのっ!」

 

呼び止める声が背中にかかる。

振り返ると頬を染めた彼女が、小さな拳を握りしめていて、

 

「その、ただの私の我が儘なんですけど——

他の子達の方がずっと可愛いし綺麗だけど、

 

最後は、私だけを見て、欲しいな、なんて……ご、ごめんなさいっ!」

 

陽だまりの花のような少女が見せた、芯の強さの片鱗である我欲。

 

儚げな見た目との違いに、僕の心は大きく動いた。

 

 

 

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「初めまして、月の騎士様。貴方の評判は良く聞いているわ。その実力もね」

 

次に向かったのは、お城の中でも端の方にある、近衛兵の練兵場。

そこで待っていたのは、甲冑を身に付けたお姫様だった。

 

麗しい金髪を頭の後ろで束ねて、優雅に一礼をするその姿は男装の麗人そのもので、余りの美しさに僕は一瞬息をする事も忘れてしまった。

 

「今までの子達とはずっとお喋りしてきたんでしょう?

そろそろ飽きてきた頃合いだと思って、私は少し趣向を変えてみたわ。

 

——さぁ、貴方も構えなさい」

 

おもむろに腰の刺剣を抜いて、その剣先を僕に向ける。

流石にお姫様相手に真剣で打ち合うのは……と躊躇った瞬間

 

彼女が視界から消えた——

 

「————シッ!」

 

視界の端で剣尖が閃く。反射的に、上半身を捻って身を躱す。髪がはらりと何本か切られて宙を舞った。額に冷や汗が浮かび、背中のど真ん中を寒気が貫く。慌てて後ろに跳んで距離を取った。

 

「宮廷の道楽剣術か何かだと甘く見ないで欲しいわね。

月の騎士様と言えど、簡単にあしらえる相手ではないという自負があるわ。

 

——さぁ、構えなさい」

 

紺碧の瞳に情熱を滾らせ、刺剣を身体の前で構える。その姿には付け焼き刃ではない、剣に対する自信が滲み出ている。

お姫様だからと、心の何処かで侮っていた。

とてもじゃないが、手加減できる相手ではない。

 

ひとつ、深く深呼吸をして、僕も腰の剣を抜く。

白銀色の刃身に、空に浮かぶ月が写り込んでいた。

 

 

 

 

「——くっ、やはり私では叶わないわね……降参よ」

 

それから打ち合うこと数合、叩き落とされた刺剣を悔しげに見つめ、お姫様はゆっくりと両手を挙げた。僕は剣を収め、彼女に駆け寄ると差し伸べられた手を掴み、引き起こす。

 

甲冑の汚れを手で払いながら、お姫様の表情はどこか晴れやかだった。

 

「これでも殆どの近衛にも負けないのだけど、やはり月の騎士様は本当にお強いのね……益々気に入ったわ」

 

そう話す彼女の反面、僕の内心は終始冷や冷やだった。万が一顔に傷でも付けてしまったらどうしようかと気が気ではなかった。だが、加減して戦えるような相手ではなかったのが尚更に疲れた。

 

「ねぇ貴方、前線基地の駐屯兵は辞めて、私の直属の騎士にならない?

この国は生まれの身分は関係ない実力主義だし、ゆくゆくは私とだって……」

 

冷や汗を拭っている所に、さらりととんでもない事を宣われた。

見ると、先程のように自信に満ちた姿で、挑戦的な眼差しを僕に向けている。

 

——ただ、頬がほんのり赤い気がするのは、身体を動かした後だからだろうか?

 

少し考えたあと、自分には守りたい仲間や部下がいること、あの場所には自分を必要としてるので、簡単には辞めて離れたりすることは出来ないことを伝えた。

 

「————そう、貴方はそれでいいのね?」

 

少し目を見開いて、彼女は再度尋ねた。僕はそれに対し頷く事で返す。

 

「……わかったわ。貴方が簡単に首を縦に振らないことも知ってたけれどね。

 

……ただ——

 

後悔、するわよ——?」

 

そう微笑む彼女の大きな瞳から、ひとつだけ雫が溢れた。

 

気の強そうなお姫様が見せた涙——その光景に僕は胸が一杯になった。

 

前に部下が口にしていた事を思い出す。

男は、女が見せる意外な一面に特に弱いのだと。

 

もし彼女の側近として仕えられたのなら、

その凛々しい顔を崩して、おかえりなさいと笑顔で迎えてもらいたい。

 

そんな事を、つい考えてしまった。

 

 

 

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「やぁやぁ騎士様!改めてこうやって見ると、ほんっといい男やんなぁ……

さぁ、もっと近う寄りぃや」

 

そうして迎えてくれた次のお姫様は、静かに楽器の演奏が流れる迎賓の間で、手を叩いて僕を呼んだ。

 

「ここはな、普段は舞踏会や演劇を鑑賞したりする時に使う場所なんやけど、今日は無理言って貸し切りにしてもろたんよ。折角の月の騎士様との逢瀬やさかい、誰にも水差されたくないしな!」

 

桔梗色の長い髪を緩く二房に纏めて、特徴的な言葉遣いをするお姫様は、悪戯っぽく笑って僕の腕に自分のそれを絡める。吐息ですら感じ取れる程に密着して、 悩ましいほど蠱惑的だ。

 

「窓からさっき仕合うてるところ見とったよ。やっぱり噂に違わず本当にお強いんやなぁ……あの子、廷内では本職を負かすくらいの腕利きなのに、益々惚れてまうやん?」

 

自分の匂いを染み付けるかのように、僕の胸にぐりぐりと頭を押し当ててくる。今までの子達とはまた違ったいい香りにくらくらしてくる。思わず肩を抱きそうになった瞬間、お姫様はするりと僕の腕から抜け出して、翡翠色の瞳を楽しそうに細めた。

 

「戯れはこれくらいにして……今日はあんさんを困らせよう思ってここに呼んだんや。

 

剣には滅法強い月の騎士様、踊りの方はいかが?」

 

衣装の端を摘み、腰を折って僕を誘う。彼女の目論見通り、僕は大いに困った。

仲間内で騒いだりする事はあるが、こういった場は全く慣れていない。

 

当然、異性と踊った経験もない。

 

「大丈夫や。うちが手取り足取り教えたるさかい。もしかして初めて?

へぇ……うちが騎士様の初めてを……」

 

僕の手を取りながらにやにやと笑う。気恥ずかしさを覚えつつも、彼女が本当に楽しそうにしているので、別にいいかなと思えてしまう。

 

流れている曲が変わった。お姫様は僕の腰に手を当て、耳元で囁く。

 

「ほら、楽しもっ!」

 

僕のぎこちない足捌きを見ながら、長年の望みが叶ったかの様に、嬉しそうにけらけらと笑う。

こうして二人だけの舞踏会は、瞬く間に時間が過ぎて行った 。

 

 

 

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「……ふーん、あんたがあの月の騎士?

話には聞いていたけど、思ったよりずっと若いのね。幼いと言った方が正しいかしら?」

 

次のお姫様は、瀟洒な椅子に腰掛け、腕と脚を組んだまま僕を迎えた。

菫色の吊り目はやや剣呑の色を浮かべ、燃える様な赤毛の先を指で遊ばせている。

今までのお姫様達と違って、歓迎してくれている雰囲気があまりなく、かえって新鮮な感じがした。

御伽噺にたまに出てくる、いかにもという雰囲気の高飛車なお姫様そのものだ。

なぜああいう人が許されるのだろうかと、子供ながらによく考えたものだったが、ようやく正解がわかったような気がした。

ただ顔が抜群に美しいだけで、みんなそれで許してしまうんだろうなと独りごちた。

 

「……何か今失礼な事考えなかった?」

 

不意の質問にどきりとし、慌てて首を横に振った。

 

「そう……

 

…………」

 

そしてこちらを見たまま、ずっと押し黙っている。

何か機嫌を損ねる様な事を、知らぬ間にしてしまっていたのだろうか。

おずおずと尋ねると、やはり不機嫌そうに、

 

「……別に、あんたが悪いわけじゃないわ」

 

と、ぷいとそっぽを向いてしまった。

そのままずっと黙ったままなので、どうしたら良いかわからず困っていると、沈黙に耐え兼ねたのかお姫様が、

 

「……あぁもう!だからあんたの所為じゃないんだってば!

 

とっても楽しみだったの!月の騎士様に会えるって!すっっっごく楽しみにしてたの!

でも他の子達が連れ回すから随分遅かったじゃない!もうあんまり時間残ってないんだもの!話したいことだって沢山あったのに!

 

だからもうそんな泣きそうな顔しないでよ!こっちまで悪い事した気分になるじゃない!

 

騎士ならお姫様のご機嫌くらい取りなさいよぉ……っ!」

 

涙目で、顔を髪と同じくらい真っ赤にして、僕に叫んだ。

分不相応に、思わず可愛いと、思ってしまった。

 

ぐすぐすと鼻を鳴らす彼女に丁重に詫びを入れて、こんな自分でも出来ることはないかと尋ねる。

 

「…………て」

 

涙を拭いながら、お姫様は頬を染めたまま、ぼそりと何か呟いた。

しかし、良く聞こえない。

 

「……しを、…………げて」

 

少し耳を近付けて、再度尋ねる。

彼女は茹だったような顔で、怒鳴るように言った。

 

「……っ、私を、抱き上げなさいって言ってるの!

 

こんな恥ずかしいこと何度も言わせないでよばかぁ!!」

 

僕は呆気に取られ、本当にそんな事でいいのかと聞いた。

 

「わ、私がいいって言ったらそれがいいのよ。

 

早くしなさいよぉ……」

 

今にも泣き出しそうな表情の彼女に近付き、背中と膝の下に腕を通してふわりと持ち上げた。

 

「あっ……」

 

一瞬びくりと身体と強張らせたが、直ぐに力を抜いて、僕の身体に腕を回してきた。

 

「もう少しだけ、もう少しだけこのままで……」

 

絵巻物に憧れたお姫様と、少年騎士の夜は、そうして静かに過ぎて行く。

 

 

 

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「御機嫌よう。良い夜ですね。お待ちしておりました」

 

読みかけの本から目線を僕に向け、次のお姫様は僕にそう挨拶をする。

次に案内されたのは書斎だった。実際に脚を踏み入れた感想としては、広過ぎてちょっとした図書館のようだなと思わざるを得なかった。

 

「ご存知ですか?王都では、貴方のことが童話として本になっているのですよ」

 

理知的な山吹色の瞳を楽しげに細めて、彼女はさっきまで読んでいた本の表紙を僕に見せてくれた。

 

「おひめさまとつきのきし」

 

鮮やかな色彩で、どうやら僕であるらしい鎧を着た騎士と、お姫様が9人描かれている。

 

「お読みになったことは?」

 

読んだことはおろか、本になっていたことすら知らなかった僕は、当然首を横に振る。

 

「それは良かった。では、どうぞ私の隣にお座りください

騎士様に、どんなお話か読んで差し上げようと思いまして……」

 

そういって、隣の椅子を勧められた。

 

「むかしむかし、あるところにひとりのきしがおりました。

 

かれはよるでも、ものをみることができ、ねむらなくてもすごすことができることから、『つきのきし』とよばれておりました——」

 

本を捲る手を止め、上質な藍染のような髪を指で梳いて耳にかける。

その動作が何故かとても艶かしく、僕は思わず息を呑んだ。

 

そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼女はふっと微笑むと目線を本に落とし、読み聞かせを続けた。

 

 

 

「————『おぉ、つきのきしさま。ありがとうございました。わたしたちはあなたさまを、たいそうおしたいもうしております』

そうしてきしは、おひめさまがたから、かんしゃのくちづけをたまわりましたとさ。めでたしめでたし」

 

そこで、彼女はぱたりと本を閉じた。

 

「いかがでしたか?私はこの本がとても好きなのですが……」

 

感想を尋ねられても、僕自身夜目は効いても寝なければ当然きついし、ところどころ過剰に美化され過ぎてて何とも言えない。苦笑いをして、首を竦めることくらいしかできなかった。

 

「あまりお気には召しませんでしたか……

私が書いたお話の中でも特によく書けたと思っていたのですが……」

 

驚愕の事実が発覚し、至近距離で顔を見合わせてしまう。慌てて取り繕おうとするも、彼女は笑いながら僕を制した。

 

「いえ、いいんです。私の想像の中での騎士様なのですから……

現実の貴方と多少は乖離して当然です。

別に気を悪くしたりはしてないので、そんなに慌てないでください」

 

くすくす笑う彼女に、僕は頭を下げる事しか出来なかった。

 

「——それはそうと、ひとつ聞きたいのですが……

 

貴方は、誰かと接吻したことはありますか?」

 

不意の質問に、僕の思考が止まる。

 

「本の最後に、騎士が姫と口付けをする場面がありましたよね?

実はあれ、想像で書いてしまっているんです。

どんな感じなんだろうなぁって……もしご存知でしたら、私に教えて頂けませんか?」

 

当然、僕にだってそんな経験はない。彼女の期待や、何か大きな感情が入り混じった視線が居心地が悪く、思わず目を逸らしてしまった。

 

恥ずかしいが取り繕わず、正直に伝えよう。

そう言って彼女に向き直ろうとした瞬間。

 

唇に、柔らかく、暖かい感触がした。

 

頬に微かに触れた、絹のような髪の感触。

どこからか、潮騒が聞こえたようなきがした。

 

「本当に、鈍いのですね……」

 

踊るようにくるりと回りながら離れたお姫様は、そう言って困ったように微笑んだ。

 

今日ここであった出来事は、僕と彼女だけの秘密だ。

誰に話すこともなく、記憶の海に留めておこうと思う。

 

 

 

◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎

 

 

 

「……随分遅かったわね」

 

最後に待っていたお姫様は、今まで見てきた彼女たちの中でも最も小柄な身体を尊大に逸らして、実に不機嫌そうな顔で、膝をつく僕を見下ろしている。。

 

「とりあえず入んなさいよ。

……と言いたいとこだけど、もう謁見の時間ね……

 

頭の両端で結ばれたつ艶やかな黒髪が、僕の視線の先でぴょこぴょこと揺れるので、思わず目で追ってしまった。

 

「……それで、こんなにあたしを待たせたのは、他の子達とよろしくやってたってことでいいのよね?あの月の騎士様とはいえ、いいご身分ね?」

 

大きな緋色の瞳は半目に伏せられており、じっとりとした視線を僕に向けている。

よろしくも何も、僕はただお姫様方にお願いされるままに会っていただけなのだが、それもあまり気に食わないらしい。

 

暫く睨み合う様に視線を交わしたあと、彼女は長い睫毛が縁取った瞼を閉じて、寂しそうにため息をついた。

 

「……悪かったわよ。そうよ。全部あたしのせい。

噂で聞いたことあるでしょ?

 

9人のお姫様は、全員賢くて美しい

 

——ただひとりを除いて」

 

小さな姫は、椅子の上で膝を抱えた。

 

「そうよ。9人いる姫の中でも、私は特に落ちこぼれよ。

頭もみんなの様に良くないし、武に秀でてる訳でもない。

食事だっても私が一番最後だし、貴方に会えるのだって、私が一番最後。

もう時間なんて殆ど残ってないのに……」

 

最後の方は、少し涙声だった。

彼女だって、他の姫達と同様、僕なんかと会ってくれる事を楽しみにしてくれていたのだ。

このお姫様にだって、他の子達のように

 

肩を震わせる彼女を見て、僕は手を差し伸べて、一緒に王様の所へ行こうと提案した。

 

「……いいの?

 

まだ私と一緒に居てくれるの?」

 

涙で大きく揺れる瞳を真っ直ぐに見つめ返して、僕は大きく頷いた。

 

「んっ……えへへ、ありがと!」

 

小さな手が僕の手を握り返し、彼女は初めて、笑顔を向けてくれた。

いつも暗い顔の末席の姫が、初めて見せてくれた花のような笑顔。

 

その顔があまりにも素敵だったから、

僕は誰かに、この少女の笑顔を見せてあげたいと思った。

 

 

 

◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎

 

 

 

王様への謁見の後は、お姫様達の芸能を初めて見せてもらう事が出来た。

城の屋上、篝火が焚かれた舞台の上で、9人のお姫様達が扇を持って舞い踊る。

 

さっき話をした人達と同じ人物とは思えないほど、舞台の彼女達は別人のように輝いて見えた。

 

僕はその光景を、不思議な気持ちでぼんやりと見つめていた。

 

これが、僕が護っている国のお姫様——

 

熱っぽい視線を向けてくる彼女達を舞台の下から眺めながら、僕は一層、この国を精一杯護っていこうと心に誓った。

 

そうして、夢か幻か、騎士とお姫様達の今宵限りの夜は更けていく——

 

 

 

◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎

 

 

 

「えーそんな夢見たのぉ?」

 

「趣味わるーい」

 

「はははは破廉恥ですあんまりです!」

 

「でも悪い気はあんまりしないかも……」

 

「ちょっと抜け駆け……じゃなくて、そんな気色悪いこと言うの辞めなさい!」

 

「不思議なこともあるもんやなぁ……」

 

「お姫様……姫……うへへ……」

 

「ほら、馬鹿なことやってないで練習始めるわよ!」

 

「はーい!ほら、そこでしっかりみててね!」

 




《香月あやかさんより》
如何でしたでしょうか?楽しんで頂ければ幸いです。
企画はまだまだ続きます。皆さんの作品も楽しみにしていてください!
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