チャプター 18
襲撃、翌日。
建物の損壊を初めとし、打鉄6機、イージスと呼ばれていた代表候補生2人組の誘拐、候補生の機体の大きな損傷等々、被った損害の復興とそれに伴う責任追及にIS学園は追われていた。
生徒は原則、寮で待機。また、安全保障という名目で帰国も禁じられた。
その中でも特に、メディアからの注目を浴びたのは織斑千冬。
だが、彼女はメディアの前に姿を現すことはなかった。
「ここにいたか」
「あぁ、えーと、織斑先──」
「今は就業中ではないから、気にするな。ところで、容態は」
「命に別状はない……けど──」
彼の座る病室の視線の先。そこには今も人工呼吸器を付けられて眠る、シャルロット、セシリア、鈴。その僅かに覗く体にさえも傷は生々しく見えており、被弾した攻撃の火力を察するにはあまりあるものだった。
「……それで足取りは」
「学園では掴めていない。だが──束から連絡は受けている」
「束さんが……」
千冬は大きくため息を吐いて、一夏の横へとゆっくり歩み寄る。2人の視線は交わされず、ただ同じ方向を見る。
「……不甲斐ないな、教師が有事の際に生徒すら守れんとは」
「千冬姉……アイツ──RDのあのアーマードコアっていう兵器は俺を避けていたんだ。アイツは、俺の、白式を恐れていた。でも、俺はアイツを止められなかった。止められなかったんだ!……俺に、俺にもっと力さえあれば!」
自身の膝を拳を叩いて、肩を震わす。制服のズボンはもう、何度強く握り締められたのか、ボロボロだった。
静かな病室に啜り泣く声が響く。
「はやるな」
その頭を千冬は優しく撫でる。教師ではなく、姉としてゆっくりと。
「……私も至らなかった。ヤツを破壊するだけではない。だが、その前に私の為すべき事はお前たちを守ることだった事を、失念してしまっていた」
「……千冬姉。アーマードコア、あれは一体」
「異世界の兵器。だが、今となっては──ISを打倒しうる脅威。……束が恐れるのが重々理解できたよ」
チクタクと時計の針が進む。ちらりと一夏が外を見れば、病棟の外には報道機関が殺到しており、その行く手を必死に担任である山田真耶が食い止めていた。
それを千冬も同じくして捉え、瞳を閉じる。
「一夏」
「千冬姉……?」
「……教師でも、姉でもなく、織斑一夏という個人に問う。あれだけ打ちのめされて、あれだけ強大な力を見て、それでも──まだ戦う気はあるか」
一夏はそこで千冬の目を見た。その目には並々ならぬ怒りが込められていて──それ以上に、あまりにも悲しい瞳をしていた。
初めて見る目だった。誘拐された時のあの目でもなく、自身が初めてISに触れてしまった時のあの目でもなく、ただひたすらに自分を罰している目。
目を閉じて、考える。
はじめは驚きだった。巨大な兵器と世界を脅かすテロリスト。しかし、次第に培ってきた信頼関係からなるコンビネーションで少しづつアーマードコアを押し返し始めた。
勝てる、そう思い始めた時……ヤツの動きは急に変わった。豹変
と言ってもいい、ISの動きを予測し、それどころかまるで攻撃が分かっているかのような反応を見せていた。
堅牢な装甲に、積み込まれた総合火力、そして──それを操るパイロット、RD。銀の福音を乗り越え、成長したはずなのにそれでも届かなかった。
正直に言って、仲間が次々と落とされていくのは怖かった。自分の技量の低さで負担をかけてしまうのも。
でも──
「──戦う。俺はあのRDからみんなを守りたい」
だからって、逃げ出さない。
「……そうか、分かった」
千冬はその決意に満ちた目に小さく頷いて、ずっと握りしめていた携帯を耳に当てる。
「……私だ。お前の作戦に参加する。参加者はまた追って連絡する……私の機体を用意してくれ。ではな、また後で」
「今のは……」
「
「!はい!」
一夏はベッドに横たわる仲間の彼女達にもう一度、振り返り、そして、廊下へと飛び出した。
■
「……さて」
携帯を折りたたんだ束は休む暇もなく、キーボードを叩く。
「……なんで邪魔したかはもういい。私が向こうの援助をしたから、イーブンとかそういう話なんだろうけど、どうせオマエのぶっ壊れた思考パターンは
「──なにを目的にあのACに戦わせた?」
虚空に語りかける束。兎の耳型の通信機の向こうからは《愉快に大笑いする男》の声が聞こえていた。
「何がおかしいのさ……後、そのおかしなあだ名止めてくれない?寒気がする」
男はくつくつと一頻り笑い、それから束に何故、そう思うのか問うた。
「あの作戦、打鉄を回収するために目を引くにしたって、ACじゃなくてもいいはずだ。それこそ、クロエとあの子のツーマンセルで事足りる。むしろ、ACを出撃させるよりも、よっぽど効果的だったと思うけど?」
男は陽気にそれを簡単に肯定する。
ただ出し抜かれ、プライド、約束、ISの尊厳を傷付けられた束はさらに問い詰める。
「ハッキリ言って、無駄だった。確かに専用機を落とせはしたけど、私のISならあの時間の半分でちーちゃんと箒ちゃん以外は落とせてた。いっくんはもっと不確定要素になっていた。あのスコールとかいう女に指示したんだろ、ACを作戦に加えろって。どうしてだ、ACにプライドなんかオマエは持ってないだろ」
男はそうでもないかもしれない、そう言った上で直ぐにそれを冗談だと口にする。
「……まぁ、いい。オマエが送ってくれたデータは有益だった。それで妨害の件は一旦、保留にしといてやる。だけど──」
束は目付きを鋭くし、こう吐き捨てた。
「あの約束をここで破棄する。次は何もするな、私が今まで通り進めてやる。それで、あのACとRDを確実に葬ってやる」
男はその言葉にそれでいい、そう返す。
「次に連絡する時はACをぶっ壊した時だ」
「じゃあな──
ブツン、と通信を一方的に切る束。
その耳には間際の男の狂ったような笑いがこびりついていた。
■
潜水艦は何処の国からも攻撃されることなく、無事に亡国機業が所有する地下の船着場へとつけていた。
「作戦完了、お疲れ様。戦果は上々、色々かかったコストは莫大だったけど、手に入った打鉄6機と専用機のデータを鑑みれば、概ね黒字。良くやったわ」
そこで出迎えてくれたのはスコール。彼女は手元のタブレットで今回の戦利品を確認し、妖艶に微笑んだ。
「……そうっすね」
RDはヴェンジェンスから降りていた。それは『ヤバい』という感覚がなかったからため。しかし、だからと言ってちっとも安心感とうものは無い。ただ、ひたすらに警戒を続けていた。
「──そんなに篠ノ之束とここの関係が気になる?」
「──!」
RDは反射的に腰のハンドガンを引き抜き、オータムへと向ける。既に安全装置を解除し、引き金さえ引けばオータムの心臓を狙い撃てるだろう。
「せっかちね」
「アンタは、アンタらは最初からグルだった。オレがクロエに接触したのは偶然かもしれないけど、少なくともオレが契約した時には篠ノ之束を打倒したい、そう言ったはずだ!」
「えぇ、だから言ったわよね?──我々の目指す地点はそんな小さな所ではないって」
オータムは銃口を向けられてもまるで動じない。胸元の空いたドレスに防弾性能は全く感じられないが──その自信は間違いなく、ISによるもの。
不利なのはRD。だけれど、彼はそれでもスコールに迫る。
「オレを嵌めたな……!」
「いいえ。嵌めるなんて滅相もない事を言うのね。ただ、あなたは支援が欲しくて、我々はその見返りにあなたの指揮権を得た。仮にあなたの事を前線に出すのだとしても、それは契約の範囲内。我々自身はあなたに対して意図的な攻撃は加えてないわ」
「作戦を篠ノ之束に横流しにしてたなら明確な攻撃だろ!」
「それはあなたの推測でしょう、RD?そもそも、篠ノ之束と我々が繋がっている証拠は?もし、そう言うのであれば、我々が作戦を横流しにしたというのも含めて、明確な証拠を出して貰いましょうか」
「……ちっ」
そうだ。あくまでもそれらはRDの推測。ACの情報を流したのは間違いなく亡国機業とは推測できるが、それを裏付ける証拠はRDの第六感という主観的な要素のみ。
傍受だとか、盗聴だとか──その手で情報を得た可能性を否定する事はできない。ましてや、相手は篠ノ之束。ちょっとした会話でも彼女という要素が組み込まれれば筒抜けも同意。
よって、RDが第三者に明示できる確証は一つもない。RDは言い返す事ができずに、押し黙ってしまう。
「それで、契約は維持でいいのかしら?我々としては断ってもいいけれども」
「……契約、続行で、いいっすよ」
「いいっすよ、じゃないわよね?少なくともあなたは要らない予測で、上司に反旗を翻したわけだから。それなりの態度ってものがあるはずよね──そうだ。折角、
スコールの顔が酷く、歪む。その顔は悪魔のよう。彼女はその顔で床を脚で叩いて指し示す。
奥歯を噛み締め、RDはゆっくりと膝をつき、そして──
「……契約を、続けさせて、下さい……」
手をついて、頭を垂れた。
「ふふっ……いいでしょう。契約はそのままで。あぁ、でもこれから物を言う時は考えて言いなさい。それこそ、今みたいに床に頭をつけて冷やしてからね。クロエの治療が終わったら、後は勝手に帰りなさい。それじゃ、行くわよオータム」
「無様だな、いい気味だ!」
コツコツと2つの足音が遠ざかり、そして直ぐに激しい風圧がRDを襲う。
後に残されたのは、1隻の潜水艦と地面に這い蹲る男だけ。
「……クソッ!クソッ!クソッタレ!」
彼女らが去った同時に、RDは地面にインカムを叩きつけ、踏みつける。ガシャンとパーツを散乱させたインカムはもう二度と使えないと直ぐに分かるだろう。
胸の中でドス黒く濁り、沸き立つ復讐の意志──だが、それを抜いた時、自らが破滅へと向かうことは誰よりもRDが理解していた。
彼に残された道はただ一つ──全てを終わらせるまで戦うこと、ただそれだけだった。