「……繋がらない」
どれだけコールしても、クロエにもそれどころかスコール、オータム、エムにすらも繋がらない。
RDがヴェンジェンスに乗り込んでから、はや3日。一日目は検査に何かが引っかかったからだと考えた。だが、2日目、そして今日に至るまで連絡がないというのはどう考えても異常だ。
また──嵌められたか。そんな焦燥感に駆られるも、だからと言ってクロエの現在地を知らない今、何かできるわけでもない。精々、ヴェンジェンスの中で待機することだけだ。
「……いや、そうじゃないだろ」
違う。それは違う。RDは自らの行動を振り返って、ゆっくりと首を振る。
「なんで、他人なんかアテにしてんだ、オレは」
手を握り締め、放す。
補給にはクロエは強力な護衛として必要だ。だが、それは補給時の話。普段の護衛は、必要としていない。
確かにクロエはこの世界において自分を除けば、最も信頼できる人物であるのは間違いない。だが、あくまでその関係はビジネスパートナー。頼る存在ではない。
そもそも、元から自分は他人を信用せずに生きていたはずだ。ACもあるというのに、何故、人を頼るだなんて考えに固執していたのか。自分の考えの不可解さに眉を顰める。
(いや、今はいい……これが緊急事態なのは変わりない)
目を瞑って、一旦その感情に蓋をする。
クロエは間違いなく何かに巻き込まれたと見ていいだろう。篠ノ之束か、亡国企業か、或いは第3勢力か。何れにせよ、連絡がどこにも取れない自分の取れる行動は3つ。待つか、探すか、逃げるか。
待つ──自らが冒すリスクこそ低いが、後手に回れば事態は最悪の展開を可能性がある。
探す──もっともリスクが高い。ベースを離れるということはACのパーツを無防備に晒すのと同意で、もし仮に篠ノ之束がこの事態を引き起こしているのだとすれば自分はそれこそドツボに嵌ることになる。また、敵は衛生映像を握っているだろうから、外に出た時点で戦闘は避けられないだろう。だが、
逃げる──今なら、何の監視もない。ACと自身の能力を使えば、それなりに長くは逃げられるだろうが、物資がない以上、先が見通せない。却下。
実質、2択。待つか、探すか。
と──
「……!」
すると、潜水艦が寄港している海──ISの緊急発進用に作られた通路側の水面が揺れた。
『ヤバい』感じはしない。だけれど、RDはすぐさまヴェンジェンスを戦闘モードに切り替え、そちらへと照準を向ける。
刻々と激しく揺れる水面、生唾を飲んで構えるRD──そして。
「……」
「……なんだ、クロエっすか」
現れたのはクロエだった。PICで急激にブレーキを止め、RDに深くお辞儀をする。
検査後だからなのか黒鍵も随分と綺麗に修繕されており、刀身が焼けていたエストックも新品──もとい、刃渡りが僅かに短くなった完全新規のものに換装されていた。
「連絡がつかないからどうしたかと──」
「──要点だけ、お話致します」
「……クロエ?」
そう語る、クロエの言葉と目付きは何故か、鋭い。
明らかに様子がおかしい。RDはヴェンジェンスの照準を下ろそうとして、半ばで止める。
クロエはしばらくヴェンジェンス、ひいてはRDが乗るコアをじっと睨んだ後──宣言した。
「──私、クロエは本日付けで篠ノ之束博士の軍門に下りました」
「──は?」
RDの思考が止まった。
クロエは今……一体何と言った?篠ノ之束の軍門に下る、篠ノ之束の味方になった?
顬から冷や汗が垂れ落ちる。ゆっくりと、止めていた照準が戻っていく。
「つきましては、篠ノ之束博士の命令に従い──亡国機業所属傭兵『RD』をこれより排除いたします──お覚悟を」
大気が燃える。エストックより刀身の2倍以上の炎が溢れ出し、組み上げたベースを焼いていく。それはまるで、彼女の奥に燻っていた復讐の色そのもの。
飛び散ったその火の粉がヴェンジェンスに降り掛かる。
『──死んでもらう』
ならばもう、交わされる友好など不要。
敵となったクロエ──黒鍵、目掛けて
閉鎖空間に鳴り響く、銃声。それは開戦の合図でもあり、2人の引き裂かれた信頼関係の悲鳴でもあった。
「……対策されていたのですね」
『アンタも、腐りきった脳ミソを取り替えて貰ったみたいだな』
初手の反応は互角。
黒鍵の頭を狙ったACの規格の中でも大型の口径の銃弾は、黒鍵はエストックで防御。圧倒的な熱によって銃弾を融解させ、質量とサイズを削り、後方の壁へと勢いを逸らす。
ヴェンジェンスはその間に黒鍵の側面へとブースト。もう一つの武器、
「甘い!」
黒鍵は他のISの機体とは違い、服を纏うような姿であるためその姿、大きさは殆ど人間と変わらない。その利点を活かし、黒鍵は脚を折りたたむ事で射線から逃れる。
(甘いのはアンタだ)
だが、電磁弾は黒鍵の直ぐ後ろで弾けた。パルスガン、その名の通りこの武器はパルスによる振動破壊を行うもの。電磁弾を避けても、直後に起こる広い面積の爆発から逃れなければ意味が無い。そして、至近距離ではもはや避けようもない。
「!……なるほどっ!」
しかし、流石は強化されたIS乗り。ハイパーセンサーで捉えた爆発と前方の爆発との間にある、爆発が拡散しきるまでのわずかなタイムラグを一瞬で分析。越界の瞳によって高められた空間認識と精細な機体操作によって、そのわずかな隙間を潜り抜け、回避に成功する。
「はあああっ!」
そのまま勢いに乗り、エストックを逆手に持ちヴェンジェンスに黒鍵は肉薄。焔がヴェンジェンスを覆う。
「そいつは……っ!」
追憶する、苦い思い出。エストックの軌道は奇しくもあの時と同じ、胴を2つ分かち背中に抜ける軌道。
それは、条件反射だった。ハンドガンの先端を機体を旋回させて捻りこみ、エストックを弾き上げる。
「しまっ──」
『貰った』
まさか、弾かれるとは思っていなかったのだろう。
ハンドガン、OXEYE HG25の最大の特徴はその高い衝撃力による敵の行動の制止。先は逸らされたが、今度は至近距離。溶かすにも間に合わない。
ヴェンジェンスに火が回るよりも速く、マズルフラッシュが黒鍵を覆い尽くす。完全なゼロ距離、最大威力が発揮される
続いて、RDがパルスガンを構え──突如、ハンドガンが暴発した。
(……なに!?)
ハイブーストで黒鍵から回り込むように距離を取りつつ、確認。そして、その理由は直ぐに判明した。
(
半ばで折れたハンドガンを見ればもう弾が出ないことは明白。RDは即座にハンドガンを
「くっ……!」
ただし、黒鍵が受けた損傷も少なくない。
あの一瞬、エストックをスライドさせて突き刺し、さらにムーンサルトの要領で奥深くへ突き刺すのと同時に回避したまでは良かった。だが、威力のあるハンドガンが爆発したことに伴う衝撃までは躱すことはできなかった。
結果、シールドエネルギーは大きく削られ、エストックも機能に不具合を起こしたのか、炎が放出されなくなる。
「……」
『……』
戦況は膠着。
武器を一つ失ったヴェンジェンス。残されたパルスガンはこの閉鎖空間においては通常のISから強く出ることができ、さらに肩部のサブコンピューターと自分の直感がそれを後押しする。だが、それを黒鍵は初見にも関わらず回避した。ブーストチャージ、パルスガン。持つ武器で、黒鍵を仕留めるのには骨が折れる。
しかし、仕留めるのに骨がかかるというのは黒鍵も同じ。炎の出力を失った今、このエストックはただのエストック。物理攻撃以外をすることができない。しかし、ヴェンジェンスの装甲は物理に滅法強い。攻撃は当たらなくとも、攻め手に欠ける。
『……なんで裏切った』
互いに攻められない。だから、RDはパルスガンの照準は向けたまま、クロエに話しかけた。
「それは一番、あなたが分かっているのでは?篠ノ之束博士と協力する方が私にとってメリットが大きかった、それだけです」
『だから、ACの破壊を……バカな選択だよ、アンタ。死にたくないって言うのに、のこのこ来ちまったんだからさ!』
とっくに話すことなどない。こうなった時点で、彼女が裏切った理由なんて見えていたも同然。
つまり、そう。これはただの確認作業で──時間稼ぎ。
ENを回復させたRDは、黒鍵との距離をあえて詰め、パルスガンを発射。
だが、黒鍵はそれを体をよじって、再びすり抜け、RDと距離を離す。
「……この武装ではACは勝てませんね」
『あぁ、だからアンタはここで死ぬ』
「でも、負けるわけじゃない」
黒鍵はさらに加速、自身が入ってきた水路に迫る。
「……あなたはこれから行われる作戦の邪魔になる……ここで大人しくしていてもらいましょうか」
『逃がすかよ!』
ヴェンジェンスのブースターにエネルギーを充填。RDはグライドブーストで追いつこうとし──だが、そのカメラの視界が大きく揺れる。
コックピットに鳴り響くアラート。そして四方八方から聞こえてくる、爆発の音。
『これは──クロエッ!』
黒鍵を掴もうとしたヴェンジェンスの空いた右手が崩れ、天盤となっていた大岩に押し潰された。そしてヴェンジェンスも連続して崩落してくる地盤によって逃げ場を失い、次第に埋め尽くされていく。
「さようなら──RD様」
カメラが最後に捉えたのは潜水艦を真っ二つに切り裂き、こちらを振り返るクロエ。
そして──地盤の下敷きになったヴェンジェンスのカメラアイから光が途絶えた。