「ちーちゃん、ごめんね〜!作戦、一時中断!……理由は後で話すから〜!」
スコールの商談は思いの他、早く終わった。束が要求したのは以下の2つ。
一つ、スコール、オータム、エム、クロエの4名は以降、RDの救出に参加しないこと。一つ、上記の契約は亡国企業ではなく、個人に結ばれる契約であること。
対して、スコールが欲求したのも2つ。
一つ、新型ISの提供。一つ、完全なリムーバーの技術の提供。
スコールと束はその契約で合意。不可侵の約定が入っていないのは、篠ノ之束はやろうと思えばいつでもIS絡みであれば優位に立つことができ、効力を持たないからだ。
「……さて」
スコールとオータム、エムはすぐさま解放。これから帰還してくる織斑千冬を初めとする面々と鉢合わせすれば、よからぬ事態を避けるため、彼女らは特に裏工作をするわけでもなく帰投していった。
「私、ですか」
「本番とも言えるね。全く、束さん相手に大見得切ったのはクロエが初めてだよ……それで勝算は?」
「勝算?私がRD様に勝てる確率のことでしょうか」
「違うよ。相手を誰だと思ってんのさ。ISの開発者、篠ノ之束さんだよ?一応、君の意を組んで、ちーちゃん達の足は止めといてあげた。でも、生半可な交渉をしようものならまた直ぐにでも侵攻するし、君もタダじゃおかないよ。いいね?」
クロエはそれに対して笑みを浮かべることで答える。
空気が軋み、吐息の一つすらも心理戦に関わる緊張感。
「それで、私個人の申し出ですが」
火蓋を落としたのは、クロエ。
「その前にお聞かせ願いたい事があります」
「何?」
「──篠ノ之博士。あなたはISを使って何がしたいのですか」
束はその言葉に鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとする。
だが、それも一瞬。直ぐに口角を裂けるかと思える程に上げ、逆にクロエに問い返した。
「ねぇ、今のこの世界は楽しい?」
「……いいえ、全く」
「じゃあ、なんで楽しくないんだろうね」
「それは……」
「私は──可能性を追求するステージにはいつも邪魔者がいるからだと思ってるんだ」
邪魔者──それが何を意味するかをクロエは考える。
宇宙進出用のスーツ、IS、兎、そして邪険に扱っているAC──
「……争い?」
「ニアピン。技術を直ぐに滅ぼすことだけに考えてるバカ──要するに君らが援助してる連中のせい。だから、私は考えたのさ。1回、全部リセットして新しい秩序を作ろうってね」
「新しい秩序……あなたは、神にでもなりたいというのですか?」
「神?まぁ、そんなところかな。実際、こうして世界を支配しているのはISだし」
束はクロエの胸──その奥に埋め込まれたIS、黒鍵を指さして首を傾げる。
まともに歩くことすらできなかった虚弱な体に空間認識による演算能力、そして情報処理能力。何故、そんな力が与えられたのか──それはISを完璧に操縦するためだ。
ISが全てを牛耳るこの世において人間の女はISを動かすための生体部品の一つでしかない。極論を言えば、人はISに跪いているということだ。
ならば、そのISを作り自在に操れる篠ノ之束という存在とは?正しく神という他ないだろう。
「では何故、今すぐに実行に移さないのですか?アナタなら直ぐにでもできそうなものですが」
「なんにでも準備はいるのさ」
「そうですか……なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」
クロエは一礼。その向かいではさて、と束は頬杖をつく。
「それで?君の願いを聞かせてもらおうじゃないか」
「私のような存在を生み出している施設、団体、人物の抹消」
「……へぇ、面白いじゃん」
束は不敵に笑うと、パチンと指を鳴らす。すると、囲っていたテーブルの形が円から長方形に変形、卓型のディスプレイとなる。
それから手元に呼び出した空中投影のキーボードで何かコードらしきものを打ち込むとメルヘンチックな起動音と共に、大きな地図が映し出される。
「……これは」
「人体実験だったり、それを支援している奴らの勢力図」
「なんで、ピンポイントであなたがこんなものを……」
「私も同じことを調べていたんだよ」
地図にさらなる情報が反映される。それは保有する各国のISの数と勢力が持つISの便図。見れば、大国と呼ばれる国のISのなんと2割程度はその人体実験の勢力に取り込まれているではないか。さらに見れば、その中には亡国機業も含まれているではないか。
思わず唇を噛み、口の中に血の味が広がる。
「この勢力は勢いを増して拡大している、ISが登場してからずっとね」
「どうすれば、消せますか」
「教えないよ。君と潰すと決めたわけじゃないし。」
「くっ……」
最もだった。目の前に届きそうな願いを前にしながらも、クロエは臍を噛んで引き下がることしかできなかった。
しかし、束はその表情を見るや否や卓に表示された情報を切り替える。
「へぇ、アッチから依頼されたとかじゃなく本気なんだ」
「作られたのに産声を上げることすら許されない。あの場は醜悪な栄華を求めるためだけに無意味な屠殺を繰り返す地獄です……あんなものはこの世に存在していてはならない」
「動機は分かった。でも、君がRDを抹消できるのかは信じがたいんだけど?」
切り替えられたディスプレイに表示されていたのはIS学園で織斑一夏からの攻撃をかばうクロエの姿。この時、本来であれば作戦領域外。作戦の現場指揮であったとは言え、RDをかばうだけの情があったということは否定できない。
だが、クロエは澄ました顔で言う。
「殺せますよ」
「根拠は?」
「言葉が信用に足るとは思えません。ですので──行動で証明して見せましょう。ISの視界をジャックするなりで、どうぞ行動の一挙手一投足まで監視してください。あなたはRD様──いえ、RDとACがこの世から消えさる瞬間をご覧になるでしょうから」
クロエは束にそう、突き付けた。
「く……くくく……くくくく……アッハハハハハハハハ、アハハ!」
その宣言に腹を抱えて噴き出す束。高圧的な、嘲笑うような笑いではなく、もっとシンプルな子供のような純粋な笑い声が重い雰囲気を破壊し尽くす。
ひぃひぃと束が肩を息をし、それから親指を立てて言った。
「いいね。面白い、面白いよ!気に入った、そこまで言うならやって見せなよ」
「ええ、あなたがこの作戦の暁に協力を確約して下さるなら、必ずや」
「オーケー、乗ったよその話──なら、その光景とやら見せてもらおうじゃないか」
──こうして、彼女たちの契約は為され、そしてRDの抹消は完了された──
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[MAIN SYSTEM ENGAGED]