日本──愛知は名古屋。
名古屋駅がある都心部から離れた、巨大な太平洋に面する港区。その区には名の通り港──名古屋港がある。
そこに停められた1台の大型トレーラー。そこに大きなハットをした黒い髪の少女が近付き、そのドアを3回、それから遅れて2回ノックする。
「買ってまいりました」
すると、ドアの鍵が重い音を立てて開く。周りの様子を伺い、その後、急いでトレーラーの中に乗り込んだ。
「助かったっす」
中にいたのは──今や、世界的犯罪者であるRD。彼はメモを書く手を止めると、入ってきた女性に告げる。
「今は大丈夫っすね。
「では──失礼します」
助手席に座った女は被っていたハット、それから髪を掴んで引き上げると──その中に収められていた銀髪を手で弾き、ふわりと広げた。
「……慣れないものですね」
猫が睨むような目でじっと、外された黒い髪──ウィッグとネットを見るクロエ。随分と蒸れたようでRDが掛けてあったタオルを渡せば、直ぐに首筋や額に溜まっていた汗を拭い出す。
「で、どうだったすか、様子は」
「海を渡る前と変わらず、相当に混乱しているようです。しかし……やはり、あの男──ハングドマンの情報はメディア、報道機関は一切掴めていないようです」
「まぁ、予想通りっすね。アイツはそんな簡単に尻尾を掴ませてくれるようなやつじゃない」
「……ともかく、食事に致しましょう。こちらを」
クロエは座席を引き、折り畳まれていたテーブルを展開。その上に脇においていた、2つのレジ袋を置く。
1つはアイスコーヒーとハンバーガー2つのセット。もう1つはプチパンケーキとサラダ、それからホットの紅茶のセットだ。
「いただきます」
「……その毎回やるやつ、なんすか?」
「日本の礼儀作法だそうです。なんでも命に感謝するとか」
「命に感謝っすか……」
命を追われているのに感謝がよくできるものだ。そう、RDは内心で悪態をつきつつ、ハンバーガーが入った紙袋を開ける。
カーテンとガラスで二重に締め切られたトレーラーに濃厚なチーズ、胡椒などのスパイスのアクセント、そして何よりもジューシーに焼かれたパティ。
ファーストフード──これはただの栄養補給ではなく味を楽しむものでもあるらしい。向こうでもこちらに来てからも食事は栄養補給という意味合いしかなかったRDにはあまり馴染みのない文化だ。
包み紙を開く。さらに強く溢れた知らない香りにRDは警戒しつつ、RDは恐る恐る小さく一口を齧る──
「……美味、い……?」
「それにしては疑問があるように思えますが」
「いや、こう……慣れないって感じっすね」
そうは言うもの、RDは続けざまに一口、二口──気が付けば、あっという間に2つ目のハンバーガーも平らげていた。
そうか、なるほど。これが美味いという感覚。
「でも──このハンバーガーとかいうの、ここでは普通の食事なんすよね?」
「はい、先進国の日本ではごく一般的な食事の1つだと聞き及んでおります」
RDはコーヒーを啜り、しばらく天井を見つめる。
しかし、それも直ぐに止めた。今、そんな『もしも』を考えても何も意味が無かったからだ。
思考をイフからイマに。ここ日本に来た真の目標へと切り替える。
「それで──亡国機業の、スコール達は」
「反応が最後に確認されたのは一昨日、京都。ISコアの反応があったのはスコール、オータム、エム、それからIS学園でイージスと呼ばれていたレイン・ミューゼルとフォルテ・サファイアの計5名。彼女らの明確な所在までは掴めていませんが態々、厳戒態勢の日本に来たということは何かしら大々的な目的があるはず。まだ、京都市内、或いは近辺に潜伏している可能性は高いと思われます」
「……キョウト……」
「それほど広い町ではありませんが諸外国との出入りの多い舞鶴港や、陸上自衛隊の駐屯地がありますから亡国機業の他にもこの国のセキュリティに警戒する必要があるでしょうね──特にこの大型トレーラーなら」
クロエは積載されたソレに目をやる。
跪くAC。新しく組み直した機体には縄梯子がかけられており、何時でも動けるように乗り手を待っているが──それはできない。もし、この機体が露見すれば直ちに包囲網がしかれて、ゲームセット、終わりだ。
「如何されますか」
「……兎にも角にも、主任──ハングドマンにアイツらの中で繋がっている可能性が高いのはスコールとオータムっす」
記憶にあるのはオータムとスコールと契約を結んだ時。
彼女らはベースで、契約を結ぶ前何者かにセキュリティを確認していた。
──だからその呼び方やめろっつてんだろうが!
そして、オータムは呼び方に憤っていた。
篠ノ乃束を警戒できるレベルのセキュリティを保持しなおかつ嫌がる呼び方──それにハングドマンに全て当てはまる。
ならば、彼女らを締め上げれば何かしらの情報は出るはず。
「……でも、どこにいるか分からない以上、迂闊には踏み込めないっすね。例えば内通者でも、いればいいんすけど」
「内通者、ですか」
内通者。言うは易いが、それは無理難題だ。人脈もない、全世界から狙われており信用もない、そんな自分達にピンポイントで位置を教えてくれる。なんて、そんな都合の良い人物は──
「「あ……」」
2人がその声を上げたのは同時だった。
いる、一人だけ。関わりは一度しかないが──以前、話題に上がった可能性のある人物はいる。
RDとクロエはアイコンタクトで思い浮かべている人物が、共通であることを悟る。
「……どう思うっすか」
「どうでしょう。篠ノ乃博士から契約で新しい機体を受領したという話を聞いていますが」
「クロエから見て、どう思うっすか。この話に乗ってくると思うっすか」
「……率直に申し上げるなら低いかと。ただ、ゼロではないはずです」
「分の悪い、賭けっすか」
その人物の凶暴さは身に染みて知っている。交渉が決裂したならば、はいそうでしたかと大人しく引き下がってくれる相手でもない。
だが──それ以外に取れる有効な手が思いつかないことも確かだった。
「……繋げられるっすか」
「回線は生きています。ただ……良いのですね?」
「どうせ、待っててもやられるんだ──回線を」
「承りました」
銃で撃たれた苦い記憶。だが、従順ではない彼女なら。
RDは拳を握り、空中に投影された『calling』の文字を凝視し、相手の応答待つ。
『──よもや、貴様らが連絡を寄越すとはな。』
緊張が走った。ショートの黒髪のその顔。気彼女は以前とも、顔のよく似たブリュンヒルデとも違う気迫を纏う。
『それで?何の用だ、負け犬共』
そうして、彼女──エムは冷ややかな笑いを彼らに贈った。
■
あの後の話だ。
RDとクロエが命からがらベースへ帰投しても、泣き言を言っていられる暇は無かった。
崩壊したベースを囲んでいたのは黒スーツとラファール。彼らはRD達を見るなり、安全保障理事会から派遣された調査団だと名乗った。そして、続けてこうも言った「ここに来たという事は何か知っているということ。重要参考人として動向を願う」、と。
願う。全方向からラファールが銃を構えておいて、何が願うだ。少なくとも彼らはそう思ったに違いない。
しかし──囲まれる前から全てが分かっていたRD。手筈通りに、男達に銃を抜き放ち、その間に上空のラファールを全てクロエが叩き落とす。そして、一瞬で制圧した2人は、脚を焼き切るだけに留め、生かしておいた男に問うた。誰の差し金かと。
しかし、男は口を開くよりも早く即座に仕込んでいた毒薬を服薬し、死亡した。
それでハッキリとする。絶対にクロエに勝てない戦力、かと思えば生存よりも秘密のために死を選ぶ。これは亡国機業式の宣戦布告なのだと。
篠ノ乃束から始まり、国家、そして後ろ盾であった亡国機業。彼らの居場所はもうどこにもなく、程なくして世界が彼らに牙を剥くだろう。
彼らは喰い殺される前にベースを捨て、逃亡を始めた。盗んだトレーラーを改造し、新たなACを組み立て積載。中国を脱し、キルギス、タジキスタン、パキスタン、インドの地を越え──幾度の危険を躱し、ついに情報の尻尾を掴んだ。
彼らは海を越え、再び日本へと戻ってきた。
しかし、彼らは決して来るべきではなかった。
──全ての始まりの地の底。その最奥に座す『ソレ』は、