日本の心、伝統文化を伝える街、京都。
金閣寺や、五重塔、清水寺。古くから残る雅な建築や遺産が街の随所に見受けられ、他の都市とは全く違う和の雰囲気を醸している。
見慣れない者からは非常に見応えのあるもので、それはRDとて同じだった。
たた、そんな観光する余裕も、それ以前に観光という文化をRDにはない。
千本鳥居で有名な伏見稲荷がある稲荷山から僅かに離れた無名の山の麓に停泊したトレーラーの前に1人の少女が歩いていく。乱雑に短く切り落とされた黒髪を揺らし変装もせず、悠々と闊歩する姿には、まるで姿を隠す気を感じられない。自身の力に絶対的な自信を誇り、そして奢り昂っているのだと一目で察するに容易い。
「行きましょう、RD様」
クロエがトレーラーを先に降車。同時に黒鍵を展開し、RDもそれに守られるような形でトレーラーから降りる。
警戒はしている。だが、彼女から感じ取れる『殺気』を鑑みれば、明らかにそれは不足だと理解する。
ざっ、ざっと降り積もった新雪を踏んで互いに間合いを詰めていく。そして、その動きは立ち会いにおける一足一刀の間合いの寸言で同時に停止した。
「言い残すことはあるか」
女──エムは、開口一番、新たに受領したISの大剣を突き付け、宣戦布告を告げた。
それを弾くようにクロエもエストックを構える。一触即発──だが、それに待ったをかける者がいた。
「今日はアンタとは戦わない。やる時はアンタが言い訳できないようにタイマンで殺す、そう伝えただろ」
「ならば、今日がその日だ」
「まぁ、待てよ。そもそも、アンタに首輪がある限り途中で向こうから止めが入るのは目に見えてる。いいか、武器を下ろせ。オレはアンタと話をしに来ただけだ」
「……ちっ。軟弱者めが」
「どうとでも呼べ」
エムは不機嫌そうに止めに入ったRD、それから今も尚、油断なくエストックを構えるクロエを睨んだ後、ゆっくりと大剣を下ろした。
RDは『殺気』が霧散したことを確認した後に、クロエに目配せを送り、エストックを下げさせ、同時にISを解除させる。
「舐めているのか、貴様!」
それをエムは侮辱と捉える。下ろした大剣を再び振り上げ、刹那にしてクロエの喉笛に刃を添えた。白い肌に一筋の切れ目が生じ、赤が滲む。
しかし、クロエは眉一つ変えず、言葉を紡ぐ。
「違います。私たちはずっと観られているのです。その、コアネットワークを通じて」
「だからどうした。困るのは貴様らだけだ」
「そうでもない。アンタだっていつかは
「……これが最後だ。次は無い」
煙に消えるように纏われていた黒い装甲は粒子に変換され、消える。代わりに黒い外套をはためかせ、一歩下がったエムは腕を組み、話してみろと言わんばかりに鼻を鳴らした。
同じくしてクロエの横に歩み出たRDはふぅ、と息を1つ吐き、拳を握る。
これが破談となれば、物資、地理、戦力、全てに置いて状況は相当に悪くなる。これは分の悪い賭けであり、しかし、必ず勝たねばならない賭けだ。ゴクリと唾を飲んで、交渉を開始する。
「……オレたちは商談に来た」
「商談?何を売るというのだ。貴様らが持ち合わせるものは全て私が壊し、消すものだ。なら、値を付けるのは貴様らではない。私だ」
「随分な言い草だな。だが、オレたちが売るのは──アンタの命だ」
「は?」
突如、指をさされたエムは驚きに声を上げる。だが、それもほんのつかの間で、エムの目は一瞬で吊り上がる。
「やはり、死にたいか」
小柄な体格から発せられる、先の非ではない殺意。凄まじい重圧で、膝を折りそうになる──それが、以前のRDならば。
「真面目な交渉だ」
RDは即座に言い返し、言葉を続ける。
「織斑一夏と織斑千冬──その顔を見るに関係者なのは確実。どういう関係かは知らないが、アンタはあの2人を殺したがっている。いや、いたといった方がいいか」
「口を閉じろ」
「理由は2つ。第一に親密ならばアンタが立っている場所はここじゃなく、IS学園だったはずだ。あの篠ノ之束が魔の手を許すはずもないからな。2つ目の理由は少し前のアンタの殺気。組織を裏切ったからって義憤を覚えるようなヤツじゃないアンタがなんで、オレたちに怒りをぶつけるのか。呼び出されたのが億劫だったからか。いいや、それは、違う」
「口を、閉じろと言うのが聞こえないか……!」
「億劫ならそもそも来る必要性がない。なのにアンタはここにいる。ならば別の理由があると考えるのが妥当。ならば、アンタが、エムが織斑一夏、織斑千冬の関係者であると推測されるのであれば凡その理由は絞れてくる──そうだ。アンタが倒したかった2人をオレが倒しちまったから……そうなんだろ?」
「その口を閉じろと言っているのが聞こえないか!」
「──」
腰から引き抜かれ、即座に発砲された拳銃。弾は3発。既に放たれた上にISを展開していない以上、クロエは動けない。ましてやRDは争い絶えない世界で生き抜いてきたとはいえ、人間だ。銃弾を見てから躱す、なんて芸当はできない。
RDは回避の挙動すら見せず、そのまま貫かれる──
「……興味はあるみたいだな」
銃弾は確かに貫いた。だが、肉体ではない。頭のゴーグルとウインドブレーカーの脇腹だ。
「下らん無駄話はいい……本題だけを言え」
睨みを効かせるエムの銃の照準はRDの頭に向けられたまま。今は当てると言わんばかりに、かけられた指はトリガーのあそびを殺し、狙いを研ぎ澄ませていた。
ノった。その言葉を待っていたRDは、ついに勝負に出る。
「オレたちがアンタのその体に流れてる首輪を外して、全力で戦わせてやる。だから、ここにいる亡国機業の所在と保有する戦力を教えろ」
RDは泰然自若でじっ、とエムを見た。いいや、内心は穏やかでは無い。隙を見せれば、その時点で意味もなくエムの獲物となる。決して余裕を見せるのでは無く、我慢する。唾を飲み込むことすら我慢し、冷や汗が垂れそうになるのも表層に出ないように必死に堪える。
対してエムは言葉を発しない。寒風が首筋を撫でても、微動だにしなかった。
両者が譲らず、話さず、動かずで何秒、或いは何分過ぎた頃か。
「……無理だな、貴様ら程度ではアレには敵わん」
動いたのはエムだった。銃をホルスターにしまい、エムは笑みを浮かべた。ただし、それは嘲笑ではない。彼女では有り得ないと思っていた、自らの無力さを痛感したようなニヒルな笑みだった。
(どういうことだ……)
この反応に困惑のはRDだ。良くて内通者、悪くて戦闘の2択の他ないと思っていたのだが、エムが見せた弱々しさは彼の中にあった人物像に大きなヒビを入れた。
ただ、それはそれでいい。それを察したのであろう、動向の行く末を見守っていたクロエが口を出す。
「エム様、アレとは一体」
「知ったところで無駄だ」
「何故」
その疑問をぶつけるとエムは拳を震わせ、唇を噛んだ。一筋の血を流し、浮かべるは怒り。その矛先はRDとクロエではなく──己自身。
「ハングドマン、ですか」
「──違う。ヤツなど比ではない」
「じゃあ、一体……」
エムは答えず、代わりにクロエに小さなものを投げ渡した。それは、エムの顔写真が付けられたカードだった。
クロエが受けると同時にカードはふわりと粒子と化しクロエの体内──正確にはクロエの黒へと吸い込まれていった。
そして、クロエは黒鍵が送り返してきた解析結果に目を見開く。
「これは、本部の場所とマップ……!?」
「くれてやる。急げば1度くらいならセキュリティは躱せるはずだ」
「どういう、ことですか」
「勘違いするな。私は貴様らの余計な世話に今も殺してやりたいくらいに臓物が煮えている。だが、勝機という無知ゆえの希望に溺れ、夢見心地のまま殺すのは惜しい──」
エムはRDに背を向けて歩き出す。
「おい、待て!まだ──」
まだ、話は終わっていない。RDが引き留めようと伸ばした手は、突如、下から吹き上げた雪によって阻まれた。
「だから……全てを知り絶望しろ。絶望し、憎悪の他に見い出せなくなったその暁に私は、貴様が奪った私の復讐を果たす。せいぜい、足掻き、犬歯を突き立ててみろ」
雪を切り払い、黒は刹那にして空へと消えた。凄まじい加速が生んだ暴風が止む頃にはもうどこにも見当たらなかった。
「……信用できるっすか」
RDの問いにクロエは静かに首を横に降る。
「ただ、引くにも、もう引けない。なら、覚悟を決めて戦う。ニホンにはそういう言葉があるとか言ってたっすよね」
「背水の陣ですね。ですが──今、それ以上に相応しい言葉があります。それは──」
RDたちはトレーラーに乗り込み、道を往く。
通り過ぎる自然も、文化も、彼らの目にはもう止まることはない。行先は覚悟を示す行為そのものがことわざとなった地。
舞台は清水。情緒奥ゆかしい古都に潜む亡国機業との決戦はもう間も無くに迫っていた。