「救世主だって?」
思わず耳を疑った。その称号はあまりにも自分に似合わないものだったからだ。
「だって、それは」
クロエは機体の左腕──ヴェンジェンスのエンブレムをじっと見つめていた。
「……冗談じゃない、人違いだ」
「そう、でしたか。では、あなた様は──一体」
RDはしばらく質問に答えなかった。クロエと名乗る少女とモニタに反射して映る自分の姿を、交互に見る。
「クロエとか言ったっけか」
「……はい、私はクロエです」
「アンタには聞きたいことが山ほどある」
「分かりました。しかし、今は場が悪いかと」
クロエが向ける視線の先。それは赤い武装の女だった。一目で骨が折れていると分かるほどに肉体は歪んでおり、見るも無惨な姿だった。
だが、RDは直ぐに気が付く。体が上下に微かに動いていることに。
「……なんで、生きて」
そうだ、最初の攻撃もそうだった。不意をついた一撃。完全に油断していた胴体に命中させたはずなのに瀕死どころかピンピンとしていた。RDが考えた理由は2つ。一つはあのスーツ。しかし、あの薄いスーツ1枚程度でライフルを防ぎ切れるだけの防弾性能があるとは考えられない。
だとすれば──やはり。
「……やはり、あなた様は」
「なんだよ。オレはアンタの救世主じゃないって今、言ったばかりでしょ?」
「……」
そのまま黙り俯いたクロエを尻目にRDは、ヴェンジェンスを女達の近くまで移動させる。
どうやら、ブーストチャージに直撃させた者も含めて全員生存しているようだった。だが、それを許すRDではない。襲いかかってきたのならば、自分の安寧を脅かす敵なのだから。
銃口を下に向け、葬送の一撃を放つ。
「待って頂けませんでしょうか」
しかし、そこにクロエが何故か割り込んだ。
「退けよ、撃っちまうぞ」
「彼女達──いえ、彼女達のISには利用価値があります。どうか、こちらに『処分』を任せて欲しいのです」
「アイ、エス……?そういえば、さっきも」
RDは先の戦闘中の言葉を思い出す。生身同然の彼女らが自信ありげに高らかに同じ言葉を叫んでいた。そして今の、クロエの発言。彼女達、ではなく利用価値があるのはその『IS』だけ。
(ああ)
RDは経験的に理解した。彼女達の身にまとっていた武装──それがISであるのだと。つまるところ、ACのようなものらしい。ミグラントとしての活動を積んできたRDにはクロエが言うその利用価値、という言葉が痛いほどに分かる。
「……勝手にすればいい」
「ありがとうございます」
クロエは頭を下げると何処かに通信を始める。
その後ろ姿を確認した後、操縦桿を握る手を離した。
「なんだよ、これ……オレは、オレは、どうなったんだ……」
HUDに表示されたAPの残量から損傷は軽微であることは分かったが、そんなことはどうでも良かった。
欠片も見当たらないミグラント、シティ、企業、レジスタンス。聞いた事のない『IS』という武装。モニタに表示される汚染の欠片一つない空。そして──何故、自分が生きていているのか。
緊張の糸が解ければ、再びその疑問が回帰する。生きている事、それはRDに取ってこれに勝るものはなかったはずだった。
鳴り響くアラート、突撃していく自分、向かってくる『アレ』、両者は一瞬で肉薄、そして──焼き切られるコックピット。
「うっ……おえぇ……」
恐ろしい死から逃れるために生を願ったのに、死を知った今は生きる今は、それが苦しい。けれど、死にたくない。この状況は、RDにとって正しく生き地獄だった。
■
その後、増援を呼ばれないようにクロエの拠点へと移動することになった。当然、RDは渋った。しかし、信用できるまではACから降りないこと、もし危険だと思えば直ぐにクロエを撃ち殺すことを条件に同行することにした。
「ここです」
ヴェンジェンスの横を飛んでいたクロエが停止した場所は周りと変わりのない砂漠の上。
しばらく待っていると、急に機体がガクンと大きく沈んだ。
「お、おい!」
「大丈夫です。決して、あなた様に害を与えるものではないと保証いたします」
とは言うものの、砂の中に引きずり込まれてしまっては機体が今度こそ動かせなくなるかもしれない。RDはクロエの言葉に反し、跳躍しようとして気が付いた。
「……砂じゃないのか?」
「はい。これは量子化技術とホログラムを合わせて作られた表面上だけの砂です」
機体は気が付けば円状のリフトに乗っていた。上を見上げれば、確かにクロエが言うようにリフトを覆い隠すように砂が浮遊していた。そうして、上が点に見え始めたころ、リフトがガコンと大きく音を立てて揺れた。どうやら、最下層に到着したらしい。
「ここが、私のガレージです」
そこはRDの知っているガレージとはく異なっていた。
光沢のある白を基調とした明るい大きく開けた空間。資材はラベルの貼られた色違いのコンテナに仕舞われており整頓され、さらに床は埃の一つすらないように見える。
鉄とオイルの異臭漂う薄暗いガレージしか知らないRDにとって、あまりにもそれは未知の世界だった。
「彼女達はこちらに。それから、えっと」
「もう少し考えさせてくれ。……あぁ、でも。タオルケットと、それから水が欲しい」
「タオルケットと水ですね。直ぐに用意致します」
クロエはそう言うとヴェンジェンスの装甲板にワイヤーを解き、括り付けられていた女達を降ろすと、直ぐにガレージの奥へと消えた。
RDはそれを見送った後にもう一度考えた。
(ヤバい感じはしないけど──)
先はこのヴェンジェンスがあったからこそ、圧倒できた。しかし、降りてしまえば只人。もし、あのクロエに殺害の意思があれば容易く殺され、死んでしまうだろう。かと言って、このままでは何も知ることができないし、物資の補給の目処も立たない。
2つを天秤にかけ、散々迷い、RDはようやくコックピットを開けることに決めた。
機関部が前にスライド。続けてコックピットが下がれば、頭部ハッチが展開、外の空気と光が中に入ってくる。
「わ……」
驚く声。それはクロエだった。オルケットと水筒を持った彼女はこちらを覗き込んでいた。コックピットではなくRDだけを見ていたような気がした。
「……早く降ろしてくれ」
「あっ、直ぐに!」
その声でハッとしたクロエに抱き抱えられ、RDはようやく地上に降りた。それから、タオルケットで臭い顔を拭き、手渡された水を僅かに含んで毒がないことを確認してから一気にそれを煽る。
「お代わりの方お持ちしましょうか?」
「いや、いい……ほら、これで足りるか」
RDが息も絶え絶えに空の容器とポケットに入れてあった金の欠片を渡す。
「こちらは……?」
「代金だよ。アンタが何処の所属か知らないけど、タダってわけじゃないだろ」
RDがずい、と押し付ける。しかし、クロエはその金の欠片を不思議そうに見つめるばかりで一向に受け取ろうとしない。
「なぁ、アンタ──」
痺れを切らしたRDが口を開こうとした時だった。
『──見てたよ、ルーキー』
どこからか、知らない声が聞こえた。甘ったるい、けれどへばりつく女の声。
瞬間、背筋が凍った。震えが走った。
──ヤバい。とんでもなくヤバい。
RDは腰のホルスターから自動小銃を抜き、構えようとする。けれど、手が震えて小銃を手落としてしまう。
だが、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに声は続く。
『なかなか、やるじゃない?ちょーっと、時間かかったけどね。まあ、機体のおかげだね。それでゴミ虫相手にはちょうど良かったみたいだし』
「だ、誰だ!」
『あー、もううるさいなぁ。まぁ、初回だし恩情で見逃してやるよ。こっちだよ、こっち』
声の発信源は、倒れた女──その懐。それにいち早く気が付いたクロエはRDを掴んで、一気に後退する。
空中にノイズが走った。空間を切り裂くように、光る粒子が集まり、そして。
『初めまして、何処かの世界の人』
頭に乗せられたうさぎ耳を模した機械、胸元が大きく空いた青と白のエプロン。そして、目を背けたくなる張り付いた笑顔。
『──私は、篠ノ之束』
現れた紫色の髪の女、女の形をした『ナニカ』にRDは思わず、息を呑んだ。
怖かった。RDが感じた恐怖は数あれど──ここまでの恐怖を覚えたのは、これが2回目だった。
「篠ノ乃束──」
だが、恐怖を感じていたのはRDだけではなかった。
今、自分を抱えているクロエの額からも異常な汗が吹き出ては垂れ落ちていた。
篠ノ之束はクロエを一瞥。それから、RDに向くと冷たく言い放った。
『単刀直入に言うよ。その後ろのヤツとまとめて消えてくれない?』
その顔からは一切の感情が抜け落ちていた。
ACVの公式設定資料集をついに買えました(歓喜)
ありがとう、ブックオフ。