「──これがこの世界です」
「インフィニット・ストラトス……か」
RDは思わず天を仰いだ。クロエから聞かされた女性しか操縦できないIS、アラスカ条約、白騎士事件、初めての男性操縦者織斑一夏──そのどれもがRDの知らないものだった。
しかし、世界変われど所詮は人の世。裏ではISは兵器としての側面を協調され、水面下では争いは続いていた。とはいえ、あの世界よりかはマシだろう。表面上だけとはいえ、生にしがみつくような生活をしなくとも明日を迎えられる平和が築かれているのだから。
「篠ノ之、束」
だが、RDはその仮初の平和すら享受することはない。対立したのはインフィニット・ストラトスの開発者にして世界をひっくり返したジョーカー。それは世界を相手取るよりも遥かに難しく、その構図は正しくレジスタンス。
「それでRD様。これからどうされるおつもりですか」
「アンタには関係ない」
「いいえ、関係あります。まだ、私はアナタに救われた恩に報いることができていませんから。教えて下さい、何をするのか」
「……はぁ、分かったよ。まずは、とにかく物資のルート確保、それと並行して情報収集を行う。これでいいか?」
クロエのお節介焼きに嫌気をさし、つらつらと言葉を並べ足早に去ろうとするRD。向かう先はヴェンジェンスだ。
「お言葉ですがRD様。それは無謀かと」
「あ?」
だが、それに待ったをかけたのはクロエ。ISを解除し、瞳を閉じたせいなのか杖を突く彼女は、RDに一つの端末を手渡す。
「クラモチギケン、デュノア……なんだこれ」
この世界の文字と言語はRDの世界と何故か共通しており読むことができた。だが、意味は解せない。その他にも続く、ワードの数々にRDはただただ困惑するばかりだった。
「そこに記載されているのは世界的なISのメーカーです」
「何が言いたい」
「RD様、情報収集をしながら物資の確保と仰いましたね」
「ああ」
「相手は本腰入れたあの篠ノ之束博士です、RD様が情報収集する時間をそんな悠長に待っているとは思えません」
それにはRDは心の中では癪だが同意はする。あの恐ろしい怪物が、正々堂々正面から立ち向かってくるとは思えない。しかも相手はこちらの位置を一方的に把握している。
どう考えても、こちらが不利だ
「じゃあ、他にどうしろって言うんだ」
だが、地道にやる以外に手はない。戦う分には拠点は必要ないが移動の足と弾薬の補給は必要だ。歩く先は茨の道なんて厳しさでらない。だが、他に解決の糸口はない。
そう、思っていた。
「私と、いえ、我々と組みませんか」
「は?なんだって?」
「──亡国機業」
それは何の因果だったか。
「表向きにはISメーカーですが、本質は戦争ビジネスを生業としている企業であり、私の所属している団体です」
「亡国、機業」
「そして今、我々が最も欲しているのはIS、並びにその製造方法。つまり、篠ノ之束博士の確保です」
クロエは閉じた瞳をRDに真っ直ぐ向ける。その姿にRDが感じ取ったのは、強い怒り。
「ISを圧倒する戦力。それが今の我々には必要です」
「RD様は物資を、我々は戦う力を欲している。ならば、共に歩めるはずです。篠ノ之束と争う、その一点において」
その姿勢から嘘は感じられなかった。そして、クロエからは散々ミグラントの生活で見てきた人を誑かし、騙し討つような気配もなかった。
企業。それはRDを唆し、ヴェンジェンスを与えた忌むべき存在。
思考する。こんなに美味い話があるものかと。クロエがそうは言うもの、他の亡国企業なる連中がヴェンジェンス自体を欲しがり、自分を抹殺しにくれば元も子もない。特に戦争ビジネスをしているのならば。
1分、2分──10分以上経ったかもしれない。RDはついに一つの決断を下した。
「……上の連中を呼んでくれ。商談をしたい」
「かしこまりました。直ぐに」
信じられる存在かどうかは分からない。だが、全ては生き延びるため。RDは再び企業と組みする事を選んだ。
それから、5時間後。現れたのは2人のIS乗りだった。
■
「お初にお目にかかります。私、亡国機業所属、スコール・ミューゼルと申しますわ。以後、お見知り置きを」
「……」
「ほら、挨拶」
「……オータムだ。馴れ合うつもりはねぇ」
「……RD。よろしくお願いするっす」
先と同じ客室で対面するRD。
金髪でどこか奥ゆかしい雰囲気を醸すスコールと名乗った女性はRDを眺めると、ふふっと笑った。
「何か、問題でもあったっすか」
「いえ、失礼致しました。報道とクロエから聞いた報告の差異が大きくてつい」
「報道?」
「あら、ご存知でなかったですか」
「テメェ、本当に愚図だな。こんなのが本当に戦力になるのか?えぇ?」
「控えなさいオータム。幹事会が判断したのよ」
「チッ、分かったよスコール」
オータムの粗相をスコールは「申し訳ございません」と謝る。しかし、Rそれが平謝りでしかなく、むしろスコールの方が優位を誇っていると確信していることは人となりを気にしてきたRDには丸わかりだった。
(これが女尊男卑ってやつか)
だが、RDには馴染み深いものだった。それが長年、彼にとっての日常だったから。
「それより、報道って」
「あぁ、こちらです」
スコールが取り出したタブレットに映っていたのは分割された複数の画面。その全てに映るは、己の顔。
「国際指名手配犯──RD」
クロエの言った通り、RDの逃げ道は既に塞がれていた。顔、体つき、更には虹彩まで事細かに分析されていた。あの一瞬で、それだけの情報を持っていかれていた。ただし、ヴェンジェンス──ACの情報は何処にもなかった。
RDが呆然と眺めていると、スコールが続ける。
「所謂、テロリスト認定ですね。小社では既にRD様を拘束した団体に篠ノ之束博士本人が直々にIS技術を提供すると通達されている事を確認しております」
「アンタ達は違うんすか」
「我々が目指す所はそんな小さな通過点ではありませんので」
含のある笑いを浮かべるスコールは、後ろに控えていたクロエに目配せをし、部屋の壁面に取り付けられたスイッチを押させる。一瞬、部屋の照明が落ちたかと思えば、再び明かりが灯るといつの間にか降りたシャッターに部屋は囲まれていた。
「オータム、あの人に確認を。できるわよね?」
「うっ、分かった。分かったよ、スコール。……こちらオータム……だからその呼び方やめろっつてんだろうが!……はぁ!?アンタの指示だろ!?……クソっ、完全にシャットアウトされてんだな……うるせぇ!通信終了!クソっ、これだから嫌なんだ!」
「また、からかわれたのね。可哀想に後で慰めてあげる。それで、どうだって」
「スコール……現状、篠ノ之束からの干渉はなし。セキュリティも万全だ。盗聴の心配もコイツ以外にはねぇ」
「いいわ。では、本題に入っていきましょうか」
スコールはタブレットの画面を切り替える。それと同時にタブレットペンを取り出し、画面にグリッドラインを引いた。
「弊社がRD様に提供できるサービスは物資の補給、現地に詳しい専属コンシェルジュ、更には訓練所、ガレージの自由な提供です。何か不足と感じる部分はありますでしょうか」
「アンタたちはヴェンジェンスに触らない。それも条件に入れて貰いたいっす」
「いいでしょう。では、反対に弊社がRD様に要求しますのは、いかなる場合でも召集に応じ、その唯一無二の力、ヴェンジェンスに搭乗しその作戦指揮下に入って頂くことです」
「作戦行動時というのは?」
「弊社はPMC事業、並びに派遣事業も行っております。RD様には必要と判断した際には出撃していただきます」
要するに機業に属する傭兵になれ、ということだ。それはつまりRDが忌避する死が蔓延する戦場へ駆り出されるということでもある。
断りたいに決まっている。一生、このまま地下にこもれるならこもっていたい。
「……分かったっす」
「では、御承諾ということで。こちらにサインを」
「いや」
「なんでしょう?」
「篠ノ之束を確保したら──オレの身の安全はそちらが保証する。事前に通達した通り、これは必ず履行してもらえるんすよね」
「もちろん。契約は必ず履行致します。信用と沽券に関わりますから」
あくまでビジネスのため。そんな枕詞がつきそうなスコールの話はハッキリ言って、どこまで信用していいかは分からない。悪魔と地獄へと相乗りするような話だ。
「オレは、アンタらの傘下に入らさせてもらうっす」
だが、選択の余地はない。いいや、もし、裏切られたとしても、その時は消してしまえばいい。自分にはその唯一がある。
RDは渡されたタブレットペンに署名をした。
スコールはそれを確認し、自身も署名をすると立ち上がった。
「では、契約。確かに締結致しました。改めて申し上げますが、我々は『企業』です。対価に見合うだけの成果を挙げることは当然の義務と考えます。くれぐれもそのおつもりで」
「分かってるっすよ」
「では、只今よりこのガレージはRD様、いえ、RD、あなたも使用を許可します。更に地下には戦闘訓練所があるから、そちらも自由に。コンシェルジュにはクロエが、物資の補給は支部に取りに来て頂戴。これにて私達は失礼するわ、オータム」
「ちょっと待つっす!いや、待て!」
最後の最後で落とされた爆弾にRDは思わず待ったをかけた。
「なに?私達、これからまだ一仕事あるのだけれど」
「ガレージがここで、アイツがコンシェルジュ!?」
「えぇ、何か問題でも?契約は確かに履行したわよ」
「いや、それはそうっすけど!」
そうじゃない。RDはAC用のガレージを用意し、そこに物資を運んできてくれるのだと思っていた。顔が知られている自分が外に出る危険を犯せば、亡国機業にもデメリットになるのだから。
しかし、それはRDの思い込みだった。AC用のガレージを建設し、物資を補給するだけでもハイリスク。それに加えて──このお節介焼き。RDはもう一度審議しろ、とスコールの胸ぐらを掴もうとする。
「うるせぇな、スコールに触るな」
だが、その喉元に何か鋭利な金属が突き付けられた。
赤と金色のIS。それはオータムが展開した、八本の腕の内の一本だった。
喉元に刺さらなかったのはRDがその直前に『ヤバい』と感じ取り、一歩身を引いたからだった。
「死にてぇのか、あ?こっちはブスっといけば簡単に命が取れんだぞ」
「うっ……」
しかし、オータムは止まらない。RDの喉元に少しづつ迫る。肌に触れ、皮膚を裂こうと奥へと迫ってくる。
「──お止め下さい、オータム様。彼はもう私達の仲間です」
「クロエ、テメェ!」
ソレを弾いたのは同じくISを展開したクロエだった。RDとオータムの間に割って入ったクロエは拳で腕をかち上げ、RDを抱えて後退する。
「何やってるのオータム。行くわよ」
「チッ……覚えとけよ」
スコールに続いて退出するオータム。RDとオータムはその間、ずっと睨み合っていた。
「ご無事ですか。RD様」
「なんで、オレを何度も助ける……んすか」
「繰り返しになりますが。私はRD様に助けられた恩を返せていません。だから、助けました」
クロエはISを解除して、RDを地面に下ろす。
(……クソっ)
RDは初めてその時、クロエという少女を正面から捉えた。白くしかひ赤く開いた傷が生々しい肌、折れてしまいそうな細い体、透けて見える血管とその奥に見える金属の配線。そして──震えながらも立つ足。
彼女も怖かったのだ。だけれど、彼女はそれでも自分を助けた。彼女の事は正直、RDは苦手だった。しかし、それでも自分はタダで助けられてしまったのだ──ならば。
「……オレはRD」
「存じております」
「アンタがなんで、そんなにも恩を返したがってるのかは正直分からないっす。でも、オレはアンタに二つ今、借りが出来た」
「……はい」
「オレは死ぬのはゴメンです。死ぬのだけは死んでもゴメンです。でも、タダ働きもゴメンです」
RDはクロエに手を差し出す。
「オレはオレの平穏を得る事を第一優先に生きる。でも、オレはその次にこの借りを返す。……だから──これからよろしくっす、クロエ」
「はい、よろしくお願いします。RD様」
その手をクロエは優しく取った。
交わることのなかった者達は今、運命に翻弄され交わった。
■
仕事を終えたスコールはオータムと別れ、一人、ある人へと連絡をしていた。
「えぇ、あなたが言う通りでした」
「なんだかんだ特別に弱いのですね、彼は」
「えぇ、ええ。ヴェンジェンスとかいうAC、あれもあなたが?」
「あぁ、それは前の世界で。なるほど、今回は彼がたまたま持ちこんでしまっただけと。成程、拾い物ですらあの性能ですか」
「次の白式回収の作戦に彼を?」
「へぇ、あなたがそうまで言うなら期待しておきましょう」
「では、また後ほど──」
通信を終了するスコール。その画面には吊られた男のエンブレムが映し出されていた。