チャプター 07
『RD様、コンテナ──いえ、ヘリの残骸の方、見つかりました』
亡国企業との契約が締結されてから1週間。
ガレージの更に下にあった戦闘訓練所と呼ぶにはあまりにも殺風景なそこでヴェンジェンスを動かしていたRDに通信が入った。
「本当に、あったんすね」
『只今から回収して帰還いたします』
RDはヴェンジェンスのブースターを止め、リフトへと歩いて向かう。
その最中、思い出すのはこの1週間。良く言えば激動、悪く言えば振り回されていた。
まず、第一に取り掛かったのはRDの居住スペースの確保。この地下──暫定的にベースと呼称する──には人が居住できるスペースは客室しかなかった。しかし、聞けばその客室は普段はクロエが寝袋を敷いて寝るスペースにしているとのこと。
RDはガレージで寝ることにした。クロエは身体に障るといけないからと客室との交代を申し出たが、RDは断った。その理由は二つ。万が一、寝首を掻かれないようにするためと、ヴェンジェンスに直ぐに搭乗するためだった。
次に取り掛かったのは物資の確保。目下の問題であった運搬はRDが武装ヘリを操縦し、短時間でクロエがISで積み込むという破天荒な方法が採択された。迎撃されるという懸念は拭いきれない。しかし、戦乱を抜けてきた自身の総合的な能力、この世界の武装ヘリの性能、更には護衛に当たるクロエのISの性能から可能と判断。
問題は続く。今度は肝心の補充する弾薬だ。当然ながら、この世界にはACの規格の弾薬はない。そのためヴェンジンスから弾薬を数発抜き取ってダメ元で開発部門にデータを回してみると、なんとこれは一日足らずで用意された。嬉しい誤算だが、同時に亡国機業の技術力の高さに舌を巻いたのを覚えている。
そして、最後。これが一番時間がかかったのだが──
「RD様?」
「……コイツは……」
クロエの声はRDには聞こえていなかった。なにせ、大型のトレーラーの上に積載されたソレはあまりにも見覚えがあるものであったからだ。
RDは考えた。ヴェンジェンスが埋まっていたのであれば、もしかしたら他にも別のAC、或いは物資が埋まっているのでは無いかと。
その予測は確かに当たっていた。だが、まさかそれがこのヘリだとは思いもしなかった。
「……姐さんの、ヘリ」
貫かれ半ばで折れた機体。折れてもう飛べなくなったローター。歪んだコンテナにペイントされた焼けたハートのエンブレム。間違いなく、ロザリィのヘリだった。
「……っ!」
RDは慌てて操縦席へと駆け寄る。
(……いない、か。流石、っすね)
操縦席は真っ黒に燃えていた。しかし、そこに焼死体があったような形跡は無い。姐さん──ロザリィはやはり、上手く自身の放ったスナイパーキャノンを躱していた。
そして、RDは直ぐに思い出す。これが何を運んでいたのか。
「……クロエ、コンテナ開けてもらっていいっすか」
「え?はい、直ぐに」
クロエのISのパワーを持ってすれば、歪んだコンテナを開けるなど軽い仕事だ。軽く爪をかけて引っ張れば、意図も容易くコンテナはその中に納められていたものを露呈した。
「これって……RD様の機体と同じ」
「やっぱり、あの……ACの」
「A、C?」
レッグ、コア、ヘッド、アームに、FCS、ジェネレーター、それから各種武装。コンテナに詰められていたもの、それは紛うことなき『あのAC』の予備パーツだった。
よりにもよって──これが。呆然とするRDにその様子を見たクロエは聞く。
「RD様、このACとは一体」
「……アンタにはもう今更か」
RDは息を大きく吸って、吐く。
「……アーマードコア。略してAC。オレの世界ではそう呼ばれていた兵器の一つっす」
「RD様の世界、それはやはり」
「……オレはここの世界の生まれじゃない。もっと荒廃した世界でミグラント──武器商人として生きてたっす」
RDは語った。ACが発掘品であること。自分たちでもどうやって作られたのか解明出来ていないこと。そして、このヘリのパーツは自分の師事していたロザリィという人物、ひいては仕事の仲間が雇った傭兵のACのものであること。
一通り話した後、クロエは「やはりそうでしたか」と頷き、再びそのヘリの残骸を見やった後、首を傾げ、こちらの顔を覗き込んでくる。
「──大丈夫ですか」
「何が、っすか」
「先程から呼吸が乱れています……もしかして、RD様はこのACと──」
血の気が一気に引いていく。正面にいたクロエの姿が歪んで、掻き消え、あの光景が浮かぶ。
スナイパーキャノンを避けられた。でも、それはロザリィの姐さんの腕前が良かったからだ。あのACの腕前では無いと思っていた。確かにアイツは幾多の無茶を押し通していた。だが、それがなんだと言うのだ。オレはやれるはずだった。
──ムリよ。
練度の差は桁違いだった。
──あなたなんかに、そのACは倒せない。
正直、心の何処かでは分かっていたのかもしれない。
──私にはわかる。
不安を焼く回転する刃の音。されど、収まらない恐怖心。
──死ぬのはあなたよ。
あの時、もしいつも通り逃げていたのならば。今は、もしかしたら──
「──RD様?」
「あっ……えっと、今、何の話して」
「やはり……ご戦友の方のACだったのですか?」
違う、そうじゃない。オレはそのACに。なんて、言葉が出せるはずもなく、黙りこくってしまう。
だが、クロエは沈黙を肯定と受け取ったらしい。クロエは一呼吸置いた後、ポツリ、ポツリとそれを語り出した。
「最初に会った時、私はRD様に救世主と尋ねたのをお覚えでしょうか」
「オレのエンブレムがどうとか、ってやつっすか」
「私は……人造、人間です。試験管ベイビーと呼ばれる存在の、失敗作でした」
カミングアウト。思わずRDはACのパーツを見る手を止めて、思わず振り返る。
「遺伝子を操作され、意思を与えられ、私は生み出されました。全ては、戦うために」
クロエは震えていた。でも、それは恐怖によるものではなかった。強い怒りだった。
「ただ強くあれと願われ、私は試験管の中にいながらも、その声に応え続けました。私を産んだ連中もそれをいいことに次々と実験をし、そして、ある時一つの実験に失敗しました」
「それは……」
「この瞳、越界の瞳の移植施術です」
クロエはゆっくりと閉じていた両瞼を上げる。
顕になる黒と金色の双眸。その瞳が、RDを見つめる。
「……やはり、怖がらない、のですね」
「クロエからは『ヤバい』感じは今は、しないっすから」
「そうではなく。醜い、とは思いませんか」
「醜い、ああ。瞳の色が違うからってことっすか」
「はい」
RDは生まれた時から生きるのだけで精一杯だった。相手を騙して、ちょっとでも楽できるように稼ぐ。全ては自分を癒す、自分のために。
だから、色恋沙汰とか容姿とか、そういうことを気にしている時間は人生のこれまでどこにも存在してこなかった。
「……申し訳ないっすけど、オレには見た目がどうとか分からないっす」
「……!」
相手が自身の命を脅かすのかどうか。強いて言うなら、それがRDにとっての美醜の判断基準だった。
クロエはRDの回答に目を大きく見開いたが、直ぐに頭を振って再び瞳を閉じ、話を戻した。
「すいません、話が逸れましたね。この瞳は擬似的にハイパーセンサーを再現する、というものです。ですが、私のこの目は両目共に最大出力を常に維持するという欠陥品でした」
「常に最大出力?それの一体、何が問題なんすか」
「RD様は物を掴む時、どのように掴みますか?」
「それは、こう」
RDは手を伸ばし、拳を何度か握って開いてみせる。
「私の場合は違います。この瞳で得られた視覚情報はナノマシンによって脳への伝達、処理が高速化されます。しかし、肉体を動かす信号は変わらない。結果、脳と肉体のタイムラグが稼働中は常に広がり続け、物一つ掴む事すらままなりませんでした」
つまりは、遅延。イメージしやすい例とすればコントローラーの操作。入力信号が画面に反映されるレスポンスが悪い。それが現実世界で起こっているのがクロエだ。
「私はすぐさま、失敗作の烙印が押され、何も残せないまま殺処分される──はずでした」
絶望に満ちていたクロエの瞳に光が灯る。後方に佇むヴェンジェンスのエンブレムを見て、少しはにかむ。
「現れたのです。私の、救世主様は」
「救世、主」
「救世主様は黒い全身装甲のISに乗っていました。暗くて色までは確認できませんでしたが、その方にペイントされたエンブレムのシルエットは──RD様のエンブレムのような鳥の形だったことはしっかりと覚えています」
今の話を聞いて、クロエの瞳の力を信用するならばそれは見間違いではないのだろう。ただし、それは間違いなく自分ではない。
RDは頷いて、続きを聞く。
「救世主様は疾風のように研究施設を壊滅させると、培養液から出たせいで死にかけた私を抱えて、外の世界へと連れ出してくれました──そして、私は亡国企業内のベットの上で目を覚ましました」
「じゃあ、その救世主様とやらは亡国機業の所属じゃないんすか」
クロエは首を横に振る。
「救世主様は何故かスコール様に私を預けると、何処かへと飛び去ってしまったそうです。スコール様によれば、その時点で私の体には生命維持装置を兼ねた生体同期型IS『黒鍵』が埋め込まれ、また私の神経は細いケーブルに置き換えられ、少しの間なら眼を開けて歩く事ができるようになっていたそうです」
「そして、亡国機業にスカウトされたと」
「はい。黒鍵は生命維持にリソースが割かれているせいなのか武装こそ殆ど搭載できないものの、非常に卓越した運動性能を誇っていました。そこに目をつけたスコール様が、迎え入れてくれたのです。それに、私にとっても亡国機業への参加は好都合でした」
「それは、救世主を追えるからっすか」
「いえ、それもありますが──復讐です」
「復、讐」
クロエの顔つきが一気に険しくなり、空気が重くなる。
敵意が無いと分かっているのにも関わらず、RDはその気迫に思わず生唾を飲んだ。
「きっと、まだ水面下では私と同じような存在を生み出そうと暗躍している国家もいるでしょう。私はその全てを根絶やしにしたいのです。もう、己の正を悲しむものが生まれないように」
「まるで今の救世主みたいっすね」
「ただのエゴです。私は救世主になんてなれませんよ」
クロエはふぅ、と息を吐く。その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩し、クロエの表情にも普段通りの柔和な笑みが戻った。
「……失礼致しました。おあいこにしようと思ったのですが、つい私の事ばかり話してしまって」
「別に、気にしてないっすよ」
「お心遣い、感謝致します」
「本当に気にしてないすから。それよりも、ACのパーツをコンテナから出してくれないすかね。オレ一人じゃ、手に負えないんで」
「了解致しました。直ぐに取り掛からせていただきます」
クロエは直ぐにISを展開すると、コンテナからACのパーツの運搬を開始する。
RDはその後ろ姿を見ながら、あの事を考えていた。
(オレのエンブレムと同じシルエットの、救世主)
クロエが言っていた救世主。クロエの記憶違いならいい。だが、もしそれが本当にRDと同じシルエットのエンブレムなのだとしたら。
果たしてそれは──一体誰なのか。
「……っ!」
背筋に走った嫌な悪寒。それを振り払うように、RDはクレーンへとひた走った。
■
それから、二週間後。ガレージも整ってきた頃だった。亡国企業からRDとクロエに命令が下った。
「作戦目標は白式の入手。作戦エリアは日本──IS学園」
RDの戦いの火蓋が切られる時は、もう間近に迫っていた。