作戦実行まで5日前。亡国機業の手配したカーゴトラックに詰められて日本に渡ったRDとクロエは、亡国企業が所有する、とあるホテルの上階に集められていた。
「到着遅くなりまして誠に申し訳ございません。スコール様」
そこに待っていたのはバスローブ姿のスコール。相変わらず、セレブリティを前面に押し出したスタイルだ。
RDは足元を掬われた苦さを思い出し一瞬、眉を顰めそうになるが直ぐに拳を握って抑える。商人の世界では騙された方が悪い、鉄則だ。
それに今、スコールは直属の上司。私怨を優先した結果、支援が受けられなくなる、なんてことだけは避けなければならない。
「……これが例のものっす」
RDは懐から1枚のICカード──と、見せかけたプラスチックの社員証を取り出し、スコールに渡す。要するに身分証明証。アナログなのは篠ノ之束から少しでも干渉されないようにするためだ。
スコールはそれを確認した後、指で挟んでRDに返す。
「クロエもRDも長旅ご苦労様だったわね。でも、時間がないの。さ、席に着いてちょうだい、みんな待ちくたびれるの」
「了解致しました」
「……分かったっす」
スコールに続いて、一目で格式の高い扉をくぐるクロエ。
しかし、RDは足を止めた。本能が既に警告を発したのだ。
「RD様?」
クロエがそれに気が付き振り返った。
「クソ」
この奥は何かヤバいものがある。行ってはならない。分かっている。
だが──進まない訳にもいかないだろう。何せRDの後ろ盾はここしかないのだから。深呼吸をして、クロエの後ろに続く。
中は薄暗い間接照明に照らされた広いホテルの一室だった。部屋の中央には大きな白いテーブルが置かれ、そこには既に2人の人物が席に着いていた。
「おせぇんだよ!いつまで待たせんだ」
一人はオータム。ただし、タンクトップのパンツスタイルのラフな姿の前回とは違い、キチッと改まったスーツ姿だった。
オータムは二人の顔を見るなり「ちっ」と舌打ちし、テーブルを蹴る。
大きく机の上に置かれたグラスが揺れたが、RDもクロエも会釈してやり過ごした。
「……」
そしてもう1人。こちらは知らない、けれど見覚えのある人物だった。
黒いマントを羽織ってこそいるが、小柄な体格。肩より少し長めで切りそろえられた黒い髪。
「織斑……千冬?」
その顔はこの1ヶ月近くで何度も目にした織斑千冬にそっくり、というより同一人物。
「……私は織斑千冬ではない」
背筋に伝う冷や汗。『不味い』。本能が警鐘を鳴らし、すぐさま横に飛び退く。
衣擦れの音。一拍遅れて、金属が擦れ合う音が鳴り響く。それはその少女が抜いた拳銃の動作をクロエがISで握りこんだものだった。
「……いい反応だな」
「エム様、RD様は新しく入った我々の仲間です。どうか、穏便に」
「私に指図をするな……RD、だったな。ローレライに免じて今回は見逃してやる。だが──言葉には気を付けろ、次は殺す」
「……」
拳銃をホルスターに戻し、ふんと鼻を鳴らす、エムと呼ばれた少女。
「ご無事ですか、RD様」
クロエは倒れたRDに手を伸ばす。だが、RDはその手を取らず、尻を払いながらゆっくりと立ち上がる。
「へっ、ビビったのかよ。たったのそれだけで?」
「はいはいあなた達。喧嘩して仲良くなるのは結構だけど、今回の目的は何?ブリーフィングでしょう?」
スコールがパンパンと手を叩き、一同をまとめる。
食ってかかろうとしたオータムは面白くなさそうに浮かせた腰を席につかせ、クロエはISを待機状態へと戻す。RDはオータムとエムの二人を交互に確認し、それから彼女らから少し離れた所に座り、その横にクロエは立った。
「いい子たちね。それじゃあ、始めようかしら。オペレーション──ナイツパージを」
■
IS操縦者育成特殊国立高等学校──通称、IS学園。
それは言わずと知れた世界で最も有名な教育機関の一つにして、研究機関だ。
世界の何処からも切り離されたその学園には世界各国からISの操縦者を目指す者達が、集まり日々研鑽を重ねている。
ISは女性しか動かせない。そのため、IS学園は実質的に女学校として機能している訳だが──その中に一人、いいや世界に一人だけの男性がいた。
「……はぁ」
ネットニュースを眺め、ため息を吐く彼の名は織斑一夏。前代未聞のISの唯一の男性操縦者だった。
「一夏?何見てるの?」
「シャルか。これだよ、これ」
「これって──RD」
フランスの代表候補生、シャルロット・デュノアは端末のその顔を見て、苦虫を潰したように顔を顰める。
何せその男は自身の乗る専用機の元にして──自身の父親の会社が開発した世界シェアトップの機体、ラファール・リヴァイブの名を汚したのだから。
「我が祖国からも私に話は来ている。理解不能な方法でラファールをパイロットごと、3機も強奪したとか」
横から顔を出したのはドイツの代表、ラウラ・ボーディッヒ。昼食に添えられたザワークラウトを食べていた彼女は、同じく端末を取り出しドイツ語を翻訳したニュース記事のページに添付されていた写真を開き、テーブルに置く。
「──国籍、所属全て不明。それどころか、各国が総力を上げて捜索にあたっているが、今現在、足取りすら掴めていない。それを重く見た世界政府はコードネームを『RD』とし、テロリストとして認定した、か」
「由々しき問題ですわね。ISに携わる者として、強い憤りを覚えますわ」
「同意。出撃していいならアタシも捜索に願い出てたところよ」
深く頷いたのはイギリス代表のセシリア・オルコットと中国代表の凰鈴音。それから、篠ノ之束の実の妹である篠ノ之箒。他国の問題でありながら、態度を示したのは背負う義務や使命ではなく、彼女ら自身の正義感からだった。
「RD、か」
その中、一夏は会ったこともない男──『RD』には確かに憤りを感じつつも、別の感情も抱いていた。
懐かしさ、とも言うべきか。かつて一夏も世界術に唯一の男性操縦者として世界中に報道されたのだ。ISによって作られた女尊男卑のせいで、それはプラスでもマイナスでもあったが彼は違う。指名手配、完全にマイナスだ。
どのような手段でISを強奪しているかは分からないが、世界各国報道機関がこうも連日取り上げているのだ、長くは持つまい。
一夏は端末をしまい、ぐっと背伸びをする。
「そういえば、明日は学園祭だね」
「うっ」
シャルロットの発言に一夏は思わず呻く。同時に、伸ばしていた背中からゴキっ、と嫌な音が鳴り響いた。
「えーっと、急用を思い出した」
一夏は反った背中を戻しつつ、その反動で席から立ち去ろうとする。だが、その手を複数の手が掴んだ。
「……一夏さん?何処へ行かれるおつもりで?」
「そうだぞ、嫁にはこれからみっちり給仕の何たるかを覚えてもらうからな」
「……一夏」
「ダメだよ?」
「アタシはクラス違うけど。協力するわよ、ね?」
ジリジリと一夏に迫る恋多き乙女たち。その手には何処から取り出したのか、仕立ての良い燕尾服が既に握られていた。
「……だ、誰か助けてくれー!」
その声に答えるものは誰もいない。南無三。
IS学園は今日も、今日とて平和だった──まるで嵐の前の静けさのように。
■
「おい、今、なんと言った」
IS学園のとある区画。地上最強の名──ブリュンヒルデと呼ばれた女、織斑千冬はとある人物から連絡を受けていた。
『そのままだよ、ちーちゃん。RDは学園祭に現れる。必ずね』
その相手は親友、篠ノ之束。ラブコールから始まりり身内に見せるヘラヘラと甘い口調は普段通りだったのだが、千冬はその奥に強い怒りがあることに直ぐに見抜いた。
その理由をすぐさま問い正せば、返ってきた答えはそれだった。
「束。お前は掴んでいるのだろう?」
『なーに?束さんはちーちゃんの心なら既に──』
「──RDに、焦っているのか」
『……へぇ。バレちゃったか』
おちゃらけていた束は表情を改めて、千冬に、親友にソレを見せて告げた。
「なん、だ。コイツは」
『アーマードコア──通称、AC。異世界の兵器さ。これにRDは搭乗している』
「異世界の、兵器?」
そこに映っていたのは今、世界で報道されている加工された映像の
『ハッキリ言うよ。私はね、めちゃくちゃ怒ってる』
束が素直にそんな顔を見せるのは、自らも加担した事件──白騎士事件以来だった。いつもなら面倒事だと軽く流す千冬も、今回ばかりは真剣に友の声を聞く。
「それで束。私に何をして欲しいんだ」
『ACをぶっ壊して欲しい。ISの未来のために』
単純明快だった。戦闘の映像を見るに、並のパイロットでは決して勝てない。だからこそ、束は最も信頼出来る人物に頼んだ。
「できる限りの事は協力しよう。だが──それ以前に私は教師だ」
だが、そのキーパーソン、千冬は直ぐには縦に首を振らなかった。
『なんで?』
「生徒達に危害を及ぶのは看過できない。束、学園にそのアーマードコアとやらを入れるな」
『本気?折角、現れるチャンスなのに』
「学園の外でやる分にはいくらでも協力してやる、そう言っているんだ」
千冬と束の視線が絡み合い、ぶつかりあう。その沈黙はどれだけ続いたか。
『分かったよ、ちーちゃん。今回はパスしてあげる』
折れたのは束だった。やれやれとわざとらしく首を振った。
『その代わりにACを入れなければいいんだね?』
「あぁ。ただし、生徒に絶対に危害を加えるな。それも付け加える。お前には前科があるからな」
『えー、めんどくさいなー。でも、ちーちゃんの頼みとあらば聞かぬわけにはいかないってね。当日は学園の警備ちょっと借りるね』
IS学園のセキュリティは世界最高峰も最高峰だ。なんせ、世界を担う精鋭の卵が生まれる場所なのだから。だが、それを『ちょっと』と言う言葉で済ます束は親友であれどやはり、天災の名に相違はないと改めて思わされる。
本来なら止めるべきなのだろう。しかし、生徒の命をそれで保証できるなら仕方ない。千冬は渋々ではあるが頷いた。
『じゃあ、ちーちゃん。終わったらまた連絡するね!』
空中に兎とハートマークのホログラムが投影され、束との通信回線は途絶えた。
「AC、RDか」
束が言うほどだ強敵なのだろう。心の底で波打つ不安はあった。
だからこそ──
「守ってやらねばな」
千冬は自身の教え子達を思い浮かべ、区画を後にした。
■
『RD様、準備の方が整いました』
闇に2つの影が蠢く。一つはクロエ、もう一つはRDだ。
端末に更新された作戦内容を再確認していたRDはインカムから聞こえた声にその手を止めて、ハンドサインを送る。
『了解、それでは出発致します』
ぶぅん、とエンジンが掛かり大きく車体が揺れる。
月が照らす道、その続く先には巨大な学園がそびえ立っていた。
お気に入り40件突破、ありがとうございます!