おなかすいた   作:オーレリア

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チラシの裏に書いているのに高評価、お気に入り登録等して頂けてとても嬉しいです。まだ構想はあるのでゆっくりですが此方を書いていきます。

唯、ストーリーが進むのが遅くて申し訳ないです


再誕

 何も見えない、何も聴こえない、その他の感覚も殆ど感じない。何処か懐かしいふわふわとした心地よい浮遊感だけがある世界。何時までもこうしていたいと外界から切り離された静寂の中、幼児は微睡んでいた。

 

世界が怖い

 

 今は感じないだけで、起きたらあの恐ろしい存在が目の前に居るのではないか?

 あれよりもっと恐ろしい存在がこの世界には多くいるのではないか?

 

 意識が浮上しかかっては頭の片隅で想像してしまい、その度に恐怖から起きることを本能的に拒否してきた。

 

他にどんな恐ろしいものがあるのか分からない未知の世界が怖い

 

 あれから彼等は何も語りかけてこない。最初の内は頻繁に何かを伝えようとしていたようだが、しばらくしてからは黙ったままだ。何かをしているらしいということは何となく察したが、どうでもいい。そんなことに意識を割いて目を覚ましてしまう恐怖の方が自分にとっては重要だった。

 

 知らないことだらけの外よりも、自分だけしか居ない安全な世界に今日も浸り続ける。

 

 

 

 

 

 

「ここまで変化が見られないと退屈だな。せめて少しでも内部の様子が見れればやりようが有るんだがなぁ・・・」

 

 モニターをチラリと眺め、別の端末に向かい観察レポートをまとめている研究員の一人が呟いた。言葉通り退屈そうに欠伸を堪えつつ、眠気覚ましに淹れていたコーヒーに口を付ける。作業しながら飲んでいたそれはすっかり冷めきっていた。

 

「仕方ありませんよ。機器での検査は表面上のみの観察に留まっている上、肝心の内部を個性で調べようにも彼等はヒーロー。それも引く手数多な探査に優れた個性持ちですからそう長くここに留める事は出来ません。時折来てくれるだけでも有り難いことです」

 

「特にクレボヤンスなんて吐くほどの精神的ショックを受けたのに今も来てくれるからな。流石はヒーローと言ったところか。俺たちだけではどうしようもなく、誰かに頼りたくとも他の人間には簡単にはこの施設に立ち入らせることが出来ない。彼等には頭が上がらんほど感謝している。だが・・・・」

 

 部屋内をぐるりと見渡す。時刻は深夜、研究所内の人間は昼間よりも多少は少なくなっている。それでも一定数の研究者達が作業をしていた。機器の操作、データの解析に資料の整理と手際よく黙々と仕事をこなしている彼等。だが、どこか間延びした雰囲気が漂っていた。

 

「この状況は良くない。それは私達も重々理解しています。しかしだからこそ気を張らないといけません。何時、どんな変化が起こるか分からないのですから」

 

「・・・そうだったな」

 

 生真面目な後輩の研究員の言葉に彼の緩んでいた雰囲気が少し引き締る。目の前にいる男は、普段は真面目が過ぎて頭が固くなる嫌いがあったがこういう時はその真面目さが気持ち的に頼もしくなるのだな、と密かに感心した。

 

(・・・だが収容されてから容態が変わらないまま。ただ観察してその内容を資料にまとめる。それをもう何ヵ月も繰り返した。態々協力してくれたリカバリーガールが考案した実験も芳しくない。大半の同僚はほぼ諦め、情けないことに俺自身もそうなり掛けている。・・・一体どうすれば良いんだ)

 

 

 彼等が居るこの施設は周囲に被害を及ぼすほどに強力な個性を持ってしまい、社会に溶け込むのが困難だと判断された者が送り込まれる施設。ここに来るものの中には個性の暴走で家族を失うケースも多く、そんな彼等に極秘利に個性の解析と制御訓練を行い、社会に復帰させるのである。復帰する際、暴走以前の事を知られると生活に支障を来す場合もある為、名前や住所の変更も視野に入れられる。

 

 様々な個性が混ざり合い、複雑化、深化していくこの時代。社会に適応出来なくなる者が増え始めている。それをどうにかしようと考えた末に作られたのがこのシステムと施設だ。

 

 秘匿性の高さからヒーローの様に表社会には出ることは無く、知られることも無い為周りからは称賛されないが、ここに勤めている彼等は今まで何人もの人々の人生そのものを救ってきたという自負があった。助けた彼等から受ける感謝の深さはヒーローにも負けないと思っている。

 

 そんな彼等でも今回ばかりは匙を投げたくなるほどに頭を悩ませている。

 

 解決するための目標が定められたところまでは良かった。だが、そこから全く進められなかったのだ。

 

 外的刺激を与えて取り込む以外の反応の仕方を見る事で解決策を導き出そうと試みた。衝撃、光の明暗等の一定の負荷を与える。あえて様々な物質を取り込ませる。果ては個性も使って物理的、科学的な実験を数多く行った。

 

 結果は芳しくなかった。物理的な刺激では何も反応されずびくともしない。与えることを許されたどんな物質も表面の細胞に取り込まれる以外反応されることはなかった。もっと強力な刺激を与えるべきかとの話も上がったが、生命活動に危険が及ぶ刺激は下手をするとまた暴走される可能性もあると判断され取り止めになった。

 

 現在は中々妙案が浮かばず惰性的に観察を続ける日々。見た目、機器から送られるデータも過去のものと比べると僅かであるが変動しているが誤差の範囲と言ってしまえばそれで済んでしまう結果ばかり。

 

 白い球体が収容された日から既に『半年』が経過していた。

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

「どうした?」

 

「いや、今画面の端に何かが映ったような・・・モニターずらします。・・・・・・!!」

 

「何だこれは・・・おい!全員こっちに来てくれ!」

 

 最初に気付いたのは球体の表面を拡大しているモニターを観察していた一人の研究員だった。

 

 モニターの端に違和感を感じた。直ぐ様手元の操作盤に手を這わし、モニターを操作して気になった場所が中心になる様カメラを移動させる。違和感のある部位はそれほど大きく無いためそれだけでは不十分だと判断しカメラの倍率を徐々に上げていく。やがて違和感の正体が鮮明に映り混んでいくにつれ、研究員の眠たげだった目が開かれていった。隣にいた研究員が映像に映る異常に気付き、慌てて室内にいた全員を呼び集める。

 

 集まった頃には誰の目にも確認できるほどに拡大された『それ』を見た全員がざわついた。

 

 

 映っているのは全体的に白い表面によく映えている小さな模様。何時もであればゆっくりと浮かんでは消えていくだけのそれが小さく脈動する様に揺れ動いたかと思えば大きく歪み出す。まるで内部で何かが蠢いているように。

 

 同時にポコ・・・ポコ・・・と、形が歪み出す。小さなおできの様ものが表層から突き出しては引っ込んで元に戻る。今まで外的要因以外では全く形を変えることがなかったのに、だ。

 

 現在は一部分だけで起こっているが、急速にその変化はより大きく、拡大を始めている。この調子でいけば数時間もしない内に球体全体に広がることだろうと見ていた研究員達は予測した。

 

 

「全員持ち場に戻れ!この異変の箇所を一時的にA点と呼称する。他の計器でも異変が起こっていないか確認しろ!後、リカバリーガールに急ぎ連絡を」

 

 その台詞を切っ掛けに散り散りに別れ、室内が慌ただしくなった。計器の操作を担当していた者は急いで問題の箇所に焦点を当てて計測。それ以外の者は得られたデータの整理等の補助にまわる。

 

 ここに運び込まれてからほぼ初めて観測された変化らしい変化。だが、喜んでいる暇など無い。この異変を少しでも多く記録し次に備えるのが自分達の仕事だと、今まで蔓延していた空気が嘘のように張り詰めていた。

 

 暫く機材の操作音と怒号に近い報告の声が響く。

 

「・・・表面温度。A点を中心として急速に上昇しています!」

 

「A点、既に表面積の半分近くにまで広がっています。変化、拡大の速度が予想よりも遥かに速い、速すぎる。主任これはまさか・・・!」

 

 モニターを観測していた研究員が何やら焦るようにこの研究室の責任者である男に問いかける。声には他に恐れの色が多分に含まれていた。

 

 問い掛けた内容を聞いていた研究員達の間に先程までにあったものとは別種の緊張が走る。彼はこれが『暴走』の前兆なのなのではないかという意味で言っていた事に気付いたからだ。

 

 有機物、無機物問わず広範囲を喰い尽くす。今まで与えてきたどんな物質も例外にはならなかった。それは『この施設にある全ての構造物』もまた同様だった。唯一床に接触している部位はある程度めり込む程度で済んでいるが、そんなもの今この状況では何の慰めにもならないだろう。

 

 それに、もしこれが本当に暴走なのだとしたら止める術が無い。あの球体がある部屋は彼等が今居るこの施設から離れた場所に隔離されているが以前の暴走の規模を考えると心もとない。

 

「・・・総員避難準備を。仮に暴走だとしてもここに到達するにはそれなりに時間が掛かる距離だ。機器を自動化させて、ギリギリまでデータの移転と観測は続けーー

 

 突如、モニターが全て黒く染まった。彼等がいくら操作してもモニターは沈黙を保つばかり。「故障・・・じゃあないよな?」「まさか・・・」と騒ぎ始める彼等の中、観測していた者達が数名モニターので固まっていた。いや、凍りついていたといった方が正しいか。その中には最初に異変に気付いた研究者も含まれている。

 

 様子からして何かがあったのは明白。「何があった?」と主任が一人に声を掛けた。

 

「一瞬・・・画面一杯が白く染まって画面が暗く・・・間違いありません・・・『暴走』です」

 

 震える声で何とか言葉にした数瞬後、彼等は死に物狂いで外へ続く扉目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

(・・・・・・)

 

 あれからどれ程経ったのだろうか。

 

 なんとなく相当な時間が経過している気がするが、そんなことはどうでも良い。それよりも、また意識が浮上しかかっている。眠り直さなくては。

 

(・・・・・・・・?)

 

 もう何度目かも分からない回数意識を沈めたのだ。最早条件反射の域で再び眠りにつこうとした時、ようやく眠っていた間ずっと起き続けていた自身の異変に初めて気が付いた。

 

(!・・・!?)

 

 体が熱い。痛みを伴うほどに熱い。反射的に身じろぎしようとしたが何かが体の回りを覆っているのか手足を伸ばしてもゴムみたいに伸びて簡単には引き剥がせない。さらに呼吸が上手くできず、息苦しさを感じることに遅ればせながら気が付いた。

 

 眠っていた間感じないことが当たり前すぎて分からなかったが、今まで全く無かった感覚が急に感じ取れるようになって幼児はパニックに陥っていた。

 

(・・・・・!!っ)

 

 だが気付いたなら話は簡単だ。力一杯抵抗して無理矢理にでも引っ剥がしてしまえばいいだけのこと。直ぐ様幼児は手足を無茶苦茶に動かして暴れだした。動かす感覚にまで違和感があったがこの状況では気にして入られない。

 

 二度の抵抗があったが、無事まとわりついていたモノが振りほどけた解放感と何か硬質な物体がひしゃげるような不快な音と共に視界が拓けた。大きな音と眩しい光で身がすくみ、怯えながらも時間を掛け少しずつ目を開いていく。

 

 

 視界に写ったのは今まで見たことがない風景だった。

 

 四方が黒く平らな壁に囲まれた奇妙な場所。何時もであれば上を見上げれば必ず見えた青い天井も今は黒い壁に覆われている。天井の中心には小さな物体が光っていた。

 

 目の前を見てみれば四角、円筒形様々な形をしたこれまた珍妙な物体が山となり、細長い何かが繋がっている。

 

 それらの中心に鎮座しているのは、白く巨大な塊。首の無い大きな胴体、力強さを感じさせる太く長い腕、それしか持たない中途半端な人型をした生物らしきナニカ。それが今現在山となっている物体群を押し潰している事から、どうやら音の原因はコレらしい。

 

「・・・」

 

 のそり、と上半身だけの巨人が身を起こす。胴体の上部にのっぺりとした顔についていた目が此方に向いた。の大きな腕で妙な形をした物体を潰しつつ、こちらへ這い寄ってきた。

 

「・・・」

 

 一歩踏みしめる毎に微かな振動が伝わってくる。本来であれば直ぐにでも逃げ出すところであるが、害意も感じない上に不思議とそんな気持ちにならなかった。寧ろ安心感すらあった。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 やがて巨人は幼児の眼前にまで迫ったところで歩みを止める。しばしお互い無言で見つめ合い、先に痺れを切らした幼児が恐る恐る手を伸ばし、巨人の腕に触れた。

 

ーーあるじ・・・ヤットおキタ

ーーデモ、チョウドよカッタ

 

「!?」

 

 触れた瞬間、覚えのある周囲が遅くなる感覚と共に暫く聞いていなかった同居人達の声が頭に響く。正体に気が付いた幼児は、何故自分の体の外に彼等がいるのか、その体は一体なんなのか、とビックリして思わず後ろへ仰け反った。

 

 トン

 

 今度は背中にナニカがぶつかった。同時に周囲が遅延。先程味わったばかりの感覚をいきなり二連続で体験したことで幼児の混乱は加速する。

 

ーーあるじ、こんどコソ、まもル

ーーダカラ、はなレタラ、だめ

 

「~~~!!」

 

 また声が聞こえて慌てて後ろを振り返る。幼児にとっては目が覚めて直ぐに、訳の分からない場所での想像もしていなかった事態の連続で、頭の中は一杯一杯だ。

 

 後ろにいたのはこれまた自分より大きな巨人。同じくのっぺりとした顔をしているが、先程のとは違いきちんと五体があり、それほど力強さは感じない。どちらかと言えば細長い手足が合間って、柔軟性がありそうなスラリとした細身をしている。それが四つん這いの格好で此方を見つめていた。巨人の後ろの壁は無惨に崩れ、茶色の土が露出している。

 

 二体の巨人はゆっくりと此方にじり寄って来る。正体が判明して何も問題無いのを頭では理解はしていても、どちらも自分と比べて二倍近い巨大さを持つ故に威圧感が大きいせいで思わず尻餅を付いた体勢で後ずさりしてしまう。それを見た二体は動きを止め、此方を見るだけに止まった。

 

 どうやら気持ちが落ち着くまで待ってくれているらしい。その事を理解した幼児は少しの時間を置き、今度は自ら近づき二体同時に手を触れた。

 

 

 

 

 

 刹那に近い時間で情報を彼等から貰い、得た話を要約すると

 

 あの恐ろしい敵を無事に追い出す事は出来た。しかし、仕留めるには至らず、また襲ってくるかもしれない。

 

 その時に備え、自分が眠っている間に体をより強く造り変えていた。

 

 同時に体の中からだけではなく、いざという時のために外からも守れる存在が必要だと判断し、その為に用意したのがこの二体の巨人である。

 

 今まで外側の防御を担当していた細胞達を除き、体を造り変える事に集中していたため、今現在何故ここにいるのか、何処なのかはまるで分からない。

 

 というものだった。

 

 

「・・・」

 

『恐ろしい敵』

 

 ただ近寄られるだけで動けなくなるあの存在の事を今更ながら思い出して体が震える。またあれに襲われると考えるだけでどうしようもない不安に駆られた。自分の体を抱きすくめて踞り、ぎゅっと強く目をつむる。

 

ーーだいじょうぶ

ーーつぎ、アイツ、ワレワレ、しとメル

ーー『・・・ほんと?』

ーーほんとう

ーーあるじ、ぜったい、まもル

 

 二体は幼児を包み込むように抱き締めた。慰める意図等無く、ただ主人を守る意思表示を行動という形で証明しただけなのは幼児にも分かっている。だが、今まで一人だった自分以外に守ってくれる存在がいる。それを実感出来て、幼児は大きな安心感で満たされ胸が暖かくなった。

 

 そのままの体勢で彼等と現状把握の為、しばらく情報のやり取りを再び行った。本当ならば二体がこの場所の確認をするつもりだったのだが、不安で離れてほしくない幼児がいやいやと拒否したので仕方なくこうしていた。

 

ーーあるじ、おキタ。あばレタ、ワレワレふきとンダ

ーーおどろイタ。なんデ?

ーー『ごめんなさい・・・』

 

 起きた時、二体があんな位置に居たのは自分が最初に暴れたせいだったらしい。同じ体を共有する者を攻撃してしまった事実は自分自身を攻撃したことと同義であり、幼児はとても居たたまれない気分になった。生まれて初めて罪悪感を感じた瞬間だった。

 

 

 改めて自分の体を見下ろしてみる。

 

 起きてから今まで座り込んでいたこともあり気が付かなかったが、確かに座っているのにいつもより視線が高い気がする。手足も記憶している限りこんなに長く、大きくはなかった。

 

 だが、見た目ではそのくらいしか判断できなかった。体の色も真っ白のままであるし、特に体の形が変わった様子も見受けられない。皮膚の感触も記憶にあるままで、これで本当に強くなったのかいまいち実感が持てなかった。

 

ーーつよクナッテル

ーーあるじ、まえヨリつよイ

 

 それでも、彼等がそう言うのなら本当に強くなっているのだろう。これから確かめていけばいいだけだと今は納得することにした。

 

 それよりも

 

「おなか、すいた」

 

 安心したら空腹に襲われた。

 

 抱きついている二体の隙間から外の様子を伺う。すると、二体の内の片割れが潰していた瓦礫の山が目に入った。

 

 

 

 

「・・・あれからしばらく経ったが何も起こらず、か」

 

 彼等は数キロ離れた高台にある、あるものを見下ろしていた。鬱蒼と繁った森の中にポツン、と背の高い木の中に隠れてしまいそうな程に目立たない建物。地味な見た目とは裏腹に地下には大病院がすっぽり埋まるという規格外な建築物、そこが彼等が所属している場所である。

 

 正確にはそこから程なく離れた所にある白い球体が安置してあるであろう地下施設なのだが、ここからでは木々が邪魔になって見えない。

 

 

 個性の暴走による大規模な人災が起こると予測され、研究施設を命からがら脱出した研究者一行。モニターが切断された後に二度、建物全域を揺るがすほどに響いた衝撃と衝突音が危機感を煽り、彼等を大いに焦らせた。衝撃は相当なもので、何人かはバランスを崩して転ぶ者さえいた。

 

(施設全体に衝撃が届くとはなんというパワーだ。この施設はあの『タルタロス』同様の構造で造られているんだぞ)

 

 『特殊刑務所タルタロス』

 

 超人社会と呼ばれる現在。個性が無い時代とは違い、犯罪者となったものの多くが生まれ持った個性を使って暴れるケースが殆どである。その為万が一にも脱獄される事が無いよう、収容所には多くの資金と技術が注ぎ込まれていた。

 その中でも『特殊刑務所タルタロス』は凶悪且つ強力な個性持ちが多く収容されることから、それ等に耐えられるよう設計され、その耐久性は他の収容所の比ではない。耐震、対衝撃等はその最たるもので、特に焦点を当てた最新の設計構造と特殊素材を使用している。

 

(それを揺らす程の衝撃だと?オールマイト程のパワーには到底耐えられんが、そこらにいる増強型では衝撃は壁に吸収され、罅どころか微動だにしない筈だ。しかもその元凶が僅か五歳の子供だとは・・・)

 

 未だに信じられん、そう心の中で一人ごちた研究所の主任。幼くともこれ程の個性だ。成長したら何処まで伸びていくのだろうか考えるだけでも恐ろしい。

 

「余りにも静かすぎます。主任、今更ですがあれは本当に暴走だったのでしょうか?」

 

「分からん。もしかしたら暴走ではなかったのかもしれない。だが、この場所の安全が確認できるまでは我々は此処を動けんからな。大人しく協会から派遣されるヒーローの到着を待つ他あるまい」

 

 隣で同じく暗視スコープ越しで同じく観察している部下がこちらに言葉を投げ掛ける。彼の疑問に主任は首を振って返答した。何せ暴走だったのなら報告されていた内容通りに此処等一帯は白一色に染まっていただろうからだ。

 

「間もなくヒーローが到着するとのことです!」

 

 車内で連絡を待っていた研究員の一人が声を上げ、それを聞いた全員から歓声が上がる。助かった、と張り詰めていた緊張感が弛緩した。

 

「やっとか。これでこの恐ろしい状況から解放される・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「保護対象の居る部屋はここで間違いないんですか?オールマイト」

 

「間違いない。ここがあの子が居る部屋だ」

 

 ヒーロー協会に派遣されたヒーロー達は研究員達に話を聞き、直ぐ様現場に赴いた。その中には特徴的な髪型をした巨漢と背丈の低い老婆の姿もあった。

 

「しかし・・・ここに来るまで特にあの子が暴走したらしき痕跡が無かったが、本当に暴走なのだろうか?」

 

「あるとしたら精々、衝撃で出来たであろう亀裂くらいかね。それよりもあんた、まだ本調子じゃないんだから今回はあんまり無茶するんじゃないよ」

 

「分かっています。あくまで目的は保護。そうそう無茶をする場面なんて起こりませんよ。・・・それよりもあの子の容態が心配です」

 

「そうだねぇ・・・」

 

 オールマイトとリカバリーガール、周囲には悟られないように努めてはいるが二人の表情はどこか暗かった。暴走であるにしてもそうでないにしろ子供の身に何かが有ったのは確実。リカバリーガールは何とか人の姿に戻れるよう様々な試みをしてみたがろくな結果を出せず、それ処かその手掛かりすら得られなかったのだ。そんな中でこの事態だ。子供が無事であるととてもではないが楽観視出来るものではなかった。

 

 

 本施設から離れた小さな小屋。見た目に反して何ともものものしい扉から入り、地下を暫く降りた先にある部屋。外にある扉よりも遥かに大きく、ゴツい扉がこの先に居る人物の危険性を訴えている。

 

 その扉が今は中から巨大な物体がぶつかったのか大きく歪んでいた。壊れるまではいっていないのは幸いと行った所か。しかし、そのせいで通常の手段では開けられなくなってしまっている。

 

 だが、この場に居るのは態々協会が選別した選りすぐりのヒーロー達。程なくして扉は開かれた。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 見分けやすいよう塗装された黒い壁に囲まれた場所。その部屋の主は簡単に見つけられた。

 

 白い大きな何かに包まれ中心にいる、これまた白い小さな子供。何かの機械類を食べているのか頬を膨らませ、口の端からケーブルらしきものをはみ出した状態で固まり、金色の眼で此方をじっと見ている。

 

「この子が・・・」

 

「聞いていた特徴と一致する。間違いない」

 

「迂闊に接触するなよ。触れたら体が侵食されると報告にある。慎重に保護するんだ」

 

 開いた扉の前でヒーロー達は個性が暴走していた訳では無いと安堵の息を吐いていた。場合によっては命がけの事態になる可能性もあったのだ。

 

「まさかあの状態から無事に人に戻れるとは、人体の神秘はやはり医学ではまだ測れないもんだね・・・」

 

「ええ・・・本当に、良かったです・・・」

 

 周りのヒーロー達と違い、オールマイトとリカバリーガールは人の形をしてここに居る子供に感動で打ち震えていた。オールマイトは涙をこらえてさえいる。

 特にリカバリーガールはなまじ膨大な医療知識を持っていた。だからこそ、あの状態から人として生きられることがどれ程絶望的だったかを誰よりも理解していた。それこそ、覆した目の前の子供に敬意を抱くほどに。

 

 しかし、じっとばかりしてられない。ヒーロー達は警戒させないよう笑顔を浮かべながらこっちにおいでと手招きや声を掛けてみるも、言葉を理解していないのか此方を見ているばかりで反応を示さない。

 この時彼だけが気付いた。オールマイトの目には子供が戸惑っている様にも見えたことを。まるで何をしていいのか分からない、といった風に。

 

 

 誰よりも人を救う事に人生を費やして来た経験によるものか。見た瞬間、彼は自分が取るべき行動を直感で理解した。

 

 

 

 

 事実、子供は困惑していた。

 

 突然現れたことにもだが、それ以上に今まで生きてきた中で悪意、敵意、恐怖以外の感情を向けられたことの無い子供は彼等から向けられる感じたことの無い視線に動揺していた。

 自分を害そうとしていないのは何となく分かる。しかしその視線が、動作がどんな意味を持つのかが全く分からない。何故自分にそれが向けられているのかも理解できない。

 相手からの視線で自分が恐怖しない。それが逆に怖かった。

 

 どうしたらいい?と子供が考えていた所、彼等の中から一人大きな生物が自分に近づいてきた。自然と警戒して自分を包んでいる二体の巨人の中に身を隠そうとする。

 

「怖がらなくても大丈夫。何故かって、私が来た!」

 

 突然大声で叫ばれてビクッ!と震わせた。慌てて巨人達に全身を隠して貰う。

 

「オールマイト、あんた怖がらせてどうするんだい!」

 

「す、すみません、嬉しくてつい・・・。君もどうか怖がらないで・・・」

 

 後ろにいた小さな生物に怒られ、身をすくませた大きな生物は今度は申し訳なさそうに自分を見る。隙間から覗き見ると大きな体が若干萎んだ様に見えた気がした。

 

「先ずは自己紹介からだね。私はオールマイト、ヒーローだ。後、口にあるそれは食べちゃダメだよ」

 

「おー・・・るま・・・いと・・・?ひー・・・ろー?」

 

「!その反応。やはり言葉が・・・」

 

 何故だろうか。自分が声を出したら大きな生物の視線の種類が変わった。目尻とつり上がった口元が少し下がっている。声を出してはいけなかったのだろうか?

 

 すると今度は手を自分に差し出してきた。何かされると思い、反射的に後ろに後退する。同時、二体の内の五体がある巨人が、敵と判断した大きな生物に向かって長い腕を振るった。

 

「がっ!!っ」

 

 そのまま壁まで吹き飛んだ。自分と巨人が同時に後退しながら行った行動だったため威力が弱まり、壁を破壊するまではいかなかった。ビダン!!と水っぽいものを固いものに打ち付けた生々しい音が響く。

 

「オールマイト!!」

 

「あの子供にまとわりついているのは個性の一部か!」

 

 今度は自分を見ていた集団から慣れた視線が混ざり始めた。浴び慣れた視線の一つ、敵意だった。

 

(わからないより、わかるほうがいい)

 

 何をされるのか分からない状態で理解できない視線に晒されるくらいなら、分かりやすいこちらの方が寧ろ都合が良い。何せ相手を動かなくしてしまえばそれで良いのだから。

 

「待て!!」

 

 一触即発、そんな状況になろうとしたところでさっき聞いた声が響いた。今までの敵なら倒せていた一撃なのにまだ動けるのか、と警戒心を露に大きな生物に向き直る。

 

「げほっ、・・・この子に敵意を向けるな!この子は敵じゃない!!」

 

 男は腕をクロスさせた状態で立っていた。口元からは赤い色の液体が流れ出している。あの液体には覚えがある。あれが出ているのであれば同じことを繰り返せば何れ動けなくすることが出来ていたと記憶している。

 

「しかし・・・!」

 

「いいから手を出すな!!私がどうにかする!」

 

 大きな生物が自分に近づきつつ何かを後ろに向かって叫んだ。直後、集団からの自分に対する敵意が弱まった。相変わらず大きな生物からは理解できない視線が向けられている。一連の出来事から後ろにいる者達よりも統率した目の前の生物の方が遥かに驚異だと自分も二体も判断した。

 

「大丈夫。私は敵じゃーー

 

 今度は上半身だけの巨人が吹き飛ばす。壁から蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。それでも大きな生物の視線は変わらずまた近づいてくる。

 

「大丈――

 

(なんなの?)

 

 五体がある巨人が吹き飛ばす。壁から破片がバラバラと大きな生物に降りかかる。また近づいてくる。

 

(ちかづいて、なにをする?)

 

「だ――

 

 上半身だけの巨人が吹き飛ばす。大きな生物は近づいてくる。

 

(そのめは、なに?)

 

 五体の巨人が吹き飛ばす。近づいてくる。

 

(やめて)

 

 上半身の巨人が吹き飛ばす。近づいてくる。

 

(わからないの、こわい)

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 ・・・・・・・

 

 

 

 どれ程時間が経ったのか、分からない。もう何回も吹き飛ばされているのに近づいてくる。それでも、自分を見る眼も顔も何も変わらず理解出来ないもののまま。

 

 大きな生物の体は染まってない場所が無いのではと思うほど赤くなっている。口からは今も止まることなく液体を出しているし、後ろにある壁なんて体と同じくらい真っ赤だ。

 

 二体の巨人はすっかり動きが遅くなっている。そういえばこの集団が来る前に彼等は、何か食べないとあまり動けない、と言っていた。離れて欲しくないからとそのままにしていた自分のせいだ。

 

「大丈夫・・・」

 

 二体に気を取られていたせいか、いつの間にか大きな生物はもう自分の目の前に来ている。二体は間に合わない。辿り着く前に男が何かする方が早いだろう。

 

「・・・・・・ぁ」

 

 手を頭の上に伸ばしてくる。その光景に自分が眠る前に対峙した、あの恐ろしい敵の事を思い出した。感じる気配はまるで違うが、目に見える状況が余りにも似ていた。

 

「ぁ・・・ぁぁああああアアアアア!!!!」

 

「ぐぶっ――!」

 

「オールマイト!!!」

 

 無我夢中だった。どうすればこの理解できないモノを排除出来るか、それしか考えられなかった。いつの間にか自分の体と同じくらいの大きさの鋭い物体が右手から現れ、それを突き刺すように大きな生物の体の中心に向かって飛び出していた。

 

 ぞぶり、と気色の悪い音と共に右手ごと腹を貫通した。

 

 はたはたと口から自分の頭に赤い液体が降り掛かり、右腕からも大量に伝って体を赤く染める。”今度こそ大丈夫だ”、”これでもう動かなくなる”と何となく確信し、頭を上げた。

 

 

 大きな生物は変わらない目で自分を見ていた。

 

 再び頭の上に手を伸ばされる。これ以上はもう手が無い。有ったとしても焦りと混乱の最中では思い浮かばない。

 あの時の様に出来ないのかと思っても、あの何かがカチリと嵌まる感覚が全く無く、頭の中がかき混ぜられた様にぐちゃぐちゃになった気分で、まるで出来る気がしない。

 もう、目を瞑り大きな生物から何かされるのを待つしか無い状態だった。

 

(こわいのもうやだ・・・!)

 

 

 

 ぽんっーー

 

「・・・・・・ぁ?」

 

「怖かっただろう・・・」

 

 自分は今何をされているのだろうか?

 

 大きな生物の手が自分の頭に乗せられ、その手を左右に動かしている。

 

 ただそれだけ、それだけだった。

 

「・・・ぇ?」

 

「大丈夫・・・もう・・・大丈夫だ」

 

 今度は両腕で体を優しく包まれた。高い体温がじんわりと伝わってくる。赤い液体が自分の体に付着するが今は気にならなかった。

 

(あったかい・・・)

 

 何故だろうか。伝わってくる暖かさとは別に、体の奥深くからもよく分からない何かで満たされたように感じる。二体の同居人達に包まれた時とはまた違う暖かさ。改めて大きな生物の顔を見上げてみれば自分に向けられる眼、それが今伝わってくる暖かさと同じであることにやっと気付いた。

 

「何故かって?」

 

(あれ・・・?なんか、くらく・・・)

 

 自分の中で張っていた何かが切れた様に体の感覚が消え、視界が朧気になっていく。敵が目前にいる筈なのに不思議と怖くなかった。

 

「私が――

 

 大きな生物が何か口を動かしていたが、意識が途絶えた事で最後までその台詞を聞くことは無かった。

 

 




主人公が視線でヒーロー達の善意を感じ取ったのは、前回紹介した『ユーバーセンス』擬きが今回の件で少し発展したからです。但し、感じ取れるようになっただけで他に追加効果は有りません。

それと主人公と同じく登場した二体の異形はタグにある通りアルダノーヴァっぽいモノになります。
 今は辛うじて人形だと分かるだけで時が経つにつれ徐々にアルダノーヴァに近づいていく、という設定です。

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