高さ数メートルにも及ぶ巨大な門を潜ると眼前に広がる広大な敷地が広がっていた。綺麗に刈り込まれた芝生に同じ形に切り揃えられ等間隔で並ぶ木々。目の前には晴れ渡った青い空を反射して、青く染まったガラスで全面を張り巡らされた『H』の文字に見える建築物。こちらもまた見上げるほどに巨大だった。
初めて乗ったトラックと呼ばれた乗り物に揺られること数時間。『おとうさん』の大きな膝に乗せて貰いながら辿り着いたのはそんな場所だった。
「始めまして!ようこそ我が雄英高校へ!僕はここで校長をしている根津と言う者さ!」
「校長とはここで一番偉い人のことさ!」ゲートを潜り抜けた先で話掛けて来たのは、柔らかそうな白い毛に覆われた体と長い尻尾、右目には縦に裂かれた大きな傷跡。傷を除いた外見的特徴から、ネズミが一番近いかもしれないと思える姿をした人(?)物だった。動物的外見であるにも関わらず黒いスーツを見事に着こなし、それが彼が人間若しくは人間社会に生きる者である亊を証明していた。
「根津校長お久しぶりです。これから親子共々お世話になります。・・・ほら、『乃羽』。これからお世話になるんだから挨拶はきちんとしないと駄目だぞ」
『おとうさん』の後ろで身を隠しながら、じっとその人物を見ていたら挨拶するよう促された。そう言えば、人に会ったら必ず挨拶をするよう言われていたのを思い出す。『おとうさん』の左腕に着けている腕時計を見せて貰い時間を確認。
(えっと、いまはおひるで、はじめてあったから・・・)
「こん、にちわ。はじ、めまして。『
言い切ってから数拍間を置き、互いの眼を合わせて頭を少し下げた。・・・『おとうさん』の後ろから顔だけ出した状態でだが。
「惜しい、惜しいぞ乃羽・・・!すみません校長。この子はまだ人見知りが・・・」
「大丈夫!この程度で気を悪くする程狭量じゃないのさ。寧ろこの短い間で会話が成立する処か挨拶まで出来る方が余程凄い!・・・オールマイト、君も父親になったばかりで勝手が分からないのも理解するけど、ちゃんと誉めて上げなよ。それが親になった人間の義務だ」
「お、おっしゃる通りです・・・。すまない乃羽、頑張って挨拶したのに怒ってしまって・・・良く出来たな偉いぞ」
少し残念そうにしていた『おとうさん』が根津の言葉で一転して、申し訳なさそうに優しく頭を撫でてくれる。それが少し嬉しくて、手繰り寄せて大きくて固い手のひらに頬を擦り付けた。
「うんうん!大分なついているようで何より。それに事情を知っている上でここに招いたのは我々雄英側。いきなり無理はさせなくて良い。徐々に慣れて貰えれば良いのさ。・・・それにしても――」
根津はまじまじと自分を見る。嫌な視線では無いが良いものとも感じない。興味・・・の視線だろうか?もどかしいような何とも言えない微妙な気分になったので、『おとうさん』の後ろに引っ込み完全に身を隠す。
「ん?ああ、気分を悪くさせてしまったみたいでごめんよ。ついジロジロと見てしまった。それとオールマイト、君達の後ろにいる彼等が報告にあった――」
今度は自分の後ろに視線を変えた。その行動に釣られて後ろに振り返る。
「はい。女性の姿をした方が『アール』、男性の上半身の姿をしたのが『ダール』。共に乃羽の個性により生まれた存在です。その特殊な生まれにより、彼等は一応ではありますが個別ではなく乃羽の身体の一部として扱うことになりました」
すぐ後ろには細身の『アール』と腕だけで立つ変則的な二足歩行をしている『ダール』が居た。
彼等も自分同様、名前と言う個を識別する特別なものを『おとうさん』から貰った。未だ呼ばれても直ぐに反応できない時があったりするものの、自分はそれをとても大切に思っている。なんと言うか自分と言う曖昧だったものがハッキリと形になった様で、名を呼ばれる度に胸が暖かくなるのだ。
オールマイトに『おとうさん』と呼ぶのも似たような理由だ。おとうさんは「親子となったなら先ずは形から・・・」とか「本当の名前はオールマイトでは無い」とか、良く分からない亊を言っていた。けど、新神乃羽だけがオールマイトを呼ぶ時に使って良い言葉だそうだ。
自分だけの『特別』・・・そう思うとちょっと誇らしい気がした。
「成る程、了解した。・・・さて、色々と積もる話があるだろうが長時間の移動の後だ。疲れも貯まっていることだろう。今日は我々が用意した家でゆっくり休むと良い」
「何から何までありがとうございます。寮の部屋では無く態々家まで・・・」
「はは、ここは雄英高校だよ?技術的にも広大な敷地的にも家の一軒建てるくらい訳無いさ!ただちょっと離れている場所にあるから本校舎までの移動は歩きだと大変だけどね」
「・・・いえ?」
「あー、ちょっと説明が難しいな・・・まあ行けば分かる!」
まだ理解出来ていない単語が多く出る会話の中で、『家』なる単語が強調されていた亊に気付く。『家』とは何だろうか?おとうさんに聞いてもはぐらかされるだけで要領を得ない。疑問を他所に、乗ってきたトラックに再び乗せられて『家』とやらに行く亊になった。
少しだけバスに揺られた先に有ったのは、この『雄英高校』と呼ばれた場所に着いてから見た巨大な建造物群と比べると大分こじんまりした二階建ての建物だった。
但しあくまで比べたらであり、乃羽を除いて体格の大きな二人の人間と二体が住む亊を鑑みても、相当に敷地も広く全体的に大きい。外見は洋風、緑の多い雄英高校の景観を損ねないよう茶色と白色を中心としてデザインされていた。ドアや各所の窓が大きいことからどの方向でも室内に光が入りやすく、日中は何時でも明るい環境をイメージしているのだろう。
「ちっちゃい」
「それはそうさ!他の建物はたくさんの人が使うんだ。人が多い程大きくなるし、少なければ小さくなる。君達四人だけで生活するならこれくらいの大きさがちょうど良いのさ!」
子供らしい単純且つ率直な感想に気を悪くした風もなく朗らかに笑った根津はオールマイトに向き直る。
「どうだい?昔から”学生の為の寮が欲しい”との希望が一部の親御さん達から有って、計画だけはしていた学生寮『ハイツアライアンス』、それを元に個人宅として再設計したんだ!生活に必要になりそうなものは全て用意、設置住み。乃羽君達の体格と個性の都合上、最低でも四人以上が住める亊を想定して間取りとか色々広めにしてあるよ!そしてこれがこの家の資料さ」
根津校長はオールマイトに家の間取り、家電の取り扱い説明書や契約書等の紙束を手渡した。各部屋にクローゼット、エアコン、机と椅子、テレビにベッドは当然として、リビングには広いキッチンと大きなソファ、最新式の大型テレビまで完備。更にこの家で発生する費用は何であれ全て雄英側が負担とまさに至れり尽くせりといった内容だった。・・・正直”ここに定住したいな”、何て読んでいたオールマイトは思ったとか。
真剣に読み込んでいる父の姿を見て、気になった乃羽は何が書いてあるのか見せてほしいとせがん来たので見せて上げた。・・・四角い絵と見たことの無い文字がいっぱいあって良く分からなかったらしく、直ぐに諦めてオールマイトに資料を返したが。
暫くして一通り流し読んだオールマイトは神妙な顔付きで、感嘆した溜め息を吐いて根津に深々と頭を下げた。不思議そうにその様を見ていた乃羽も真似をして頭を下げる。
「・・・もう何と言ったらいいのか。感謝の言葉も有りません」
「気にしなくていいのさ!乃羽君はこの幼さで相当に苦労してたんだ。ちょっとくらい報われても良いじゃないかと思って快適に過ごして貰えるよう色々手を尽くしてみたのさ。後は何か問題が有ったら言ってくれれば直ぐに対処するよ!」
「ささ、入った入った!」そう根津に促されて家に入った乃羽達は、その日はそのまま家の中で過ごすことになった。
広々としたリビングでトラックに積んでいた荷物を解き始めたオールマイトを他所に、乃羽と二体は家の中をキョロキョロと世話しなく見て回る。先にオールマイトから”ここには自分達しかいない”と知らされているからか好奇心の赴くままに動いていた。
乃羽にとって今まで居た簡素で殺風景な部屋と違い、複雑な構造の間取りと用途の分からない家具や家電に道具等初めて見るものばかり。目に写る全てが新鮮だった。
初めて見るということなら雄英に到着した直後も同様なのだが、当時は知らない人間が居て安心で出来ない状況。落ち着いて周囲を観察する余裕が無かった。
だからか――
「おとうさん、おとうさん。これなに?」
「ん?それは冷蔵庫と言ってね。食べ物はここに入れておくと長持ちするんだ」
「これは?」
「それはコンロだ。食べ物を温めるのに使う。後で見せてあげよう」
気になったら何でもオールマイトに説明を求めた。他の人間なら気にも止めないであろう些細なものでも質問攻めにし、彼に作業する暇を与えなかったほど。中には彼をして困らせる内容もあった。
「おとうさん、これなーに?」
「ん?それは――ソファだね。他の椅子とは違って落ち着いて座りたい時にはこっちに座るんだ。・・・後、危ないし怖いから元の場所に戻してね?ゆっくり床に下ろすんだよ?アール君見てないで手伝って上げて!?」
「はーい」
数人が座れる大きなソファを持ち上げ、グラグラと覚束ない足取りでこちらに近寄って来たのをオールマイトは慌てて止めた。力は十分以上あるが、バランスがとれていない乃羽が危なっかしいのと怪我で無理な動きが出来ないオールマイトが危機感を持ったからである。尚、危険は無いと傍観していたアールが元に戻した。
「おとうさんのうそつき!!ほかのひといた!!」
「ンNoooo!!それ鏡ィィィ!!?」
突然ガシャン!!と何かが割れる音が鳴り響き、直後乃羽が大声を上げてオールマイトに飛び付いた。何事かと見に行ってみれば、そこには粉々に砕け散った鏡と拳を突き出しているダールがいた。彼等の全身が映る大きさであることから姿鏡だったと思われる。いきなり結構な額の損害が出たことで彼の胃がキュッと締め付けられた。
「おとうさん、このちっちゃいおへやなに?へんなのある」
「そこはトイレと言ってね。・・・・・・あー、乃羽達は使わないから関係無いかな?」
「なんで?」
「えー、と・・・・」
(え?これ、この子の場合どう説明すれば良いの?寧ろ情操教育的にこの年齢の子に詳しく教えて良いの?)
指し示されたのは扉に『WC』の文字が書かれた部屋。本来であれば人間である限り避けては通れぬ場所であり説明すら不要なのだが、聞いた当の本人は例外中の例外。それも年齢を考慮すると教えるかどうかも戸惑われる。
――最終的に何とかその場凌ぎでうやむやにすることには成功した。・・・次の日の朝、トイレから出てきたオールマイトを乃羽が目撃し何をしていたのか問い詰められることになるのだが、この時の彼にそんなことを考える余裕はなかった。
(つ、疲れた・・・。まさか何も出来ないまま一日を終えるとは。世の親御さん達はこれが当たり前の日常を送っているのか・・・)
結局、その日はひたすら質問攻めに遭い、一向に荷解きが終わらないまま一日を終えた。夕食は料理専門のヒーロー『ランチラッシュ』が態々この家まで持って来てくれたので非常に助かった。きっと料理中もあれは何かと色々と聞いてきただろう。そこまでする余裕は今のオールマイトには無かったのだから。
精神的に疲れきった彼は、ベッドで抱き付いてくる乃羽と添い寝する時になって初めて落ち着く事が出来た。因みにアールとダールは部屋の隅に立ったまま微動だにしない。幾ら勧めても聞かなかったことから眠る気は無いのか、それともあの状態で眠れるのだろうか。
(それにしても、私が父親になるなんて1ヶ月前は考えもしなかったな・・・相手も居ないのに)
視線を下げ、硬い胸元に抱き付いてくる乃羽の白い髪をゆっくり透くように撫でる。撫でる度に僅かにすり寄ろうと身動ぎする仕草が面白いような微笑ましい様な奇妙な気持ちになって、疲れきっている筈なのについ何度も繰り返してしまう。
(私は、この子に何処まで愛情を与えて上げられるのだろうか?)
彼は自分の子となった乃羽と一緒にいる間は、僅かでも嫌な表情を一切見せなかった。平和の象徴であり続けている間、自分はまず間違いなく立派な父親には成れないと考えていたからである。だから、せめて一緒に居る間だけでも父親らしく振る舞おうと勤めるつもりでいた。
それともう一つ、彼は父親となる為に必要な心得とも言えるものをリカバリーガール含む周囲の人間から口酸っぱくなる程聞かされていた。
彼はその内容を『育児はプライベートが一切無いヒーロー活動』と捉えた。案外的外れの解釈では無かったらしく。皆同様か限りなく近い例えを育児経験のある者はしていた。
時には構って貰いたくて予想外の行動に出ることもしょっちゅう。親の都合なんて関係無いとばかりに気分の赴くまま動き回る。もし体調を崩したりすれば四六時中看病に明け暮れ、例え睡眠中であっても油断は出来ない。家庭次第では育児に疲れた親達がノイローゼになることもある、と考えればいかに過酷か分かるだろうか。
しかし、育児の大変さを伝える彼等彼女等の姿は慈愛に満ち溢れていた。一見矛盾している様に見えるが熱心に語る彼等の姿に、過酷さ以上に自分の子供に対する深い愛情を彼は感じ取ったのである。
まさに24時間365日行われる子供への愛の奉仕活動。これを人間、いや生物として当たり前の行動と受け入れているのだから滅私奉公を常とするヒーローであるオールマイトからすれば、世の母親父親達への尊敬の念が湧くと言うもの。
(そう言えば、エンデヴァー君はお子さんが何人か居るそうだが・・・スゴいなぁ。奥さんがいるとはいえ、育児しながらヒーロー活動もするなんて・・・今度会ったらこっそり助言でも貰えないかな?)
思い起こされるのは強力な炎の個性を有し、No・2ヒーローに上り詰めている一人の男。自分をライバル視して己こそがNo・1ヒーローになる、と努力を怠らない彼には現在4人の子供が居てその内の一人にはヒーローにするために英才教育までしていると風の噂で聞いた覚えがある。
親として彼は尊敬すべき先輩になる。ヒーロー業と子育てを見事両立している彼からは是非とも子育てのアドバイスが欲しい処だ。
但し、平和の象徴として敵から様々な恨みを買っているせいで、乃羽を自分の子供と公表してしまえば巻き込まれる危険性が非常に高い。故に公には聞けないのが歯痒いところ。
(取り敢えず明日は雄英側と事情説明をし・・・ない・・・と・・・・・・)
今後のことを考えている内に睡魔が襲う。添い寝しながらであっても疲れきっていた彼は直ぐに泥のように深い眠りについた。
――――――――――――――――――――
「おはようございます・・・」
「おはようオールマイト!疲れは取れ・・・て無さそうだね。取り敢えずそこの席に座るといい」
雄英高校本校内にある校長室。入って直ぐ目の前には校長である根津が立っていた。促されるままソファに身を沈めたオールマイトの目元にはシワが寄り、表情は疲れきっていた。眠れはしたが眠っただけでは疲れはとれなかったらしい。
「流石の平和の象徴も子育ては初日とあって大変だったようだね!」
「ええ、想像はしていたのですが実際にやってみると大分勝手が違うようでして・・・」
「ははは!それはそうさ。人の一生の中で、育児は一大事業と言っても過言では無いからね!
・・・じゃあ、時間も勿体ないことだし早速説明させて貰おうか」
「――何故”我々雄英が新神乃羽君を受け入れたのか”」
オールマイトが着席して早々、根津は神妙な顔をして口を開いた。その内容はオールマイトが今現在最も聞きたかったもの。
何せオールマイトが新神乃羽に受け入れられてから直ぐに雄英に行くことが決まっていた。その場では納得していたが、よくよく考えてみれば話の流れが少々強引過ぎた。その上肝心の雄英側の理由が分からなかったのである。
国立雄英高等学校とは、個性を使うことを国から認可された人間の大半が勤める職業『ヒーロー』を育成する事を目的に開設された公的機関。国立、それも国が直接運営するだけあって最先端の技術、選び抜かれた人材、潤沢な資金が注がれている。一時的に保護する事はあっても、決して孤児を引き取るような慈善事業をする場所では無い。
そんな場所が何故一個人の子供を態々受け入れたのか。
「理由はいくつかあってね。知っていると思うけど、一つは君自身の問題だ。これについては良く知っているだろう?」
「・・・ええ、恨みを多く買っているヒーローは、敵に弱点となる身内が真っ先に狙われる。ここなら幸い、私が周囲に知られないようにさえ出来れば隠匿性は十分あります」
大概のプロヒーローはプライベートでは防犯等のセキュリティを余程の事情がない限り徹底させている。身内に及ぶ危険から少しでも遠ざけるためだ。
組織である警察や軍であれば恨みは組織という集団そのものに向かい個人へのリスクは分散する。だが個人の力に依存するヒーローに対する恨みは深刻だ。なまじ分かりやすいだけに復讐の矛先が本人だけではなくその家族にも向けられるのだから。
「そして、二つ目は個性の危険性だ。詳細は未だ不明ながら暴走時の殺傷力、範囲共に強力で保護以前から個人で複数の敵を打倒している。しかも今は身体が成長して、アール君やダール君の様に数まで増えたことで厄介さに拍車が掛かっていると見て良い。
二桁にも届かない年齢で、それも誰の手も借りない本当の意味での独力でここまで至っているんだ。――今後も成長する可能性が大いにあるあの子がもし敵側に堕ちてしまったら一体どうなるか・・・考えたことはあるかい?」
「それは、そうならないよう私があの子を育てるつもりで・・・」
考えていない訳ではない。その為に自分が父親になると決めたのだ。
「だが、あの子が成長しきる前に君は現場に復帰しなければならない。そしてその時間は極めて短い。・・・分かるだろう?君は平和の象徴としてもヒーロー業を疎かには出来ないと。その間一体誰かに乃羽君を守ってもらおうと考えていた筈だ」
誰か。その言葉にオールマイトの脳裏に唯一頼れるだろう老人の影が過った。
「・・・ええ、理解しています。貴方方の提案はまさに渡りに船でした。私は、私が動けない間にあの子を他人に対して信用まではいかなくとも、多少は慣れさせる程度まで行けたらと思っておりました。そうして私が居ない間に信用できる誰かにあの子を任せたい・・・と」
根津からの厳しい現実を語られ、気落ちする。考えれば考える程個人でどうにかなる問題では無かったと理解し始めたからだ。
だが、まだ理由としては弱い。そこまで語るならもっと大きな理由がある筈だと、それだけは聞かなければ。うつ向いていた顔を上げ、根津に向き直る。
「しかし、余りにも都合が良過ぎたのです。話の流れが急すぎて、まるで私が身元を引き受ける前から決まっていたかの様に感じました。それにその二つの理由だけならば他の場所でも難しくとも問題は無い筈。疑うのは申し訳なく思っておりますが、他にもここでなければならない理由が有るのではないのですか?」
「君の疑問は尤も、寧ろここからが本題だ。――後回しにしてすまなかったが、こちらが乃羽君がここに居なければならない本当の理由さ」
訝しげに問われた根津だったが、こうなることは予想していたとばかりにうんうんと頷く。そして徐に懐から何かを取り出し、オールマイトの目の前に差し出されたのは一枚の写真。
「これは――保護される以前の乃羽の写真?・・・どういうことですか?あの子の写真は今まで見つからなかったと聞いていたのですが」
写っていたのは白い肌と金色の眼をした小さな子供。背の高い木の上で何を見て驚いているのか口を開け呆けているような表情をしている。今よりも幼げな姿をしているが特徴的すぎるその容姿は見間違えようがない。
「これはあの事件の最中に撮られたものさ。障害物の多い場所で行動し、奇襲を常としていたあの子は何の奇跡か今まで記録媒体に写ることは無かったらしいんだけどね。・・・・・・問題はこれが見つかった場所だ」
「見つかった・・・?まさか!?」
「そう、この写真は最近解体した敵組織アジトを捜査していた時に発見されたものさ」
「――!」
オールマイトの脳裏に最悪の展開が予想される。この頃の乃羽は物珍しい容姿や強力な個性故に、懸賞金紛いのものまで懸けられ様々な敵組織に狙われていた。
多くはオールマイト含むヒーロー達が壊滅させたがまだしぶとく生き残っている組織が有っても可笑しくない。大規模なあの事件があった後だ。中にはオールフォーワンが乃羽の個性に興味を持っていたことを知る人間も居る可能性もある。
悪の首魁オールフォーワンが興味を持ち、自分が介入した影響が有ったとしても、あれほどの大事件を起こしてまで欲した子供。それを知る敵にとってあの子はどれ程の価値を持つだろうか。
「表向きは死亡したと発表されてるし、この写真も事件後直ぐに回収され出回る様な事が無かったのが唯一の救いさ。しかし、あの子の特徴が多少裏に出回ってしまったことは避けられなかったみたいなんだ。・・・その状況で見た目の年齢は多少は違えど容姿が変わっていないのは如何ともし難い」
「少なくともあの子に親い血縁者であると思われ、再び狙ってくる可能性がある、と・・・」
力一杯叩きつけたい衝動を何とか自分の内に押さえ込む。代わりにギチッ・・・!と音が鳴るほどに強く拳を握り締める。表の世界に出ても一度見つかればまた裏社会から付け狙われる。何も知らない無垢な子供に、何時までも危機が付きまとう世の不条理さに怒りを覚えた。
同時に合点が行った。何故子供一人にここまでするのかを。
「だから防衛能力の高い雄英に住まわせることで安全を確保しようとしたわけですか・・・。もしやと思いますが此処に住むことになったのは校長だけのお考えではありませんね?」
「その通り。下手な所に預けたら敵組織に襲撃されるかもと危機感を持ったヒーロー協会や上のお偉いさん方も意見が一致してね。条件を満たせるのがここだったと言うわけさ。だから乃羽君の為にリカバリーガールに無理を言って君の主治医としても派遣したのさ!」
「普段ここの保険医でお忙しいリカバリーガールが頻繁に来ていたのはあの子の為だった、ということですか・・・」
「事情が事情なだけに今乃羽君を外には出すのは難しい。でもここ雄英高校なら出来うる限り最高の環境の中で安全に伸び伸びと育てられるということなのさ!念のため何年かは外に出られないだろうけど、将来的にはヒーローに成らずとも自分で身を守れるように『個性使用許可証』も取得させたいと思っているよ!」
”学習能力も意欲も高いと聞いているから、場合によっては飛び級してもらえば早く自由に外を歩けるようになるだろうしね!”朗らかに笑う根津の言葉に、悔しさや怒りで張り詰めていた力が弛緩していく。
今は、新神乃羽にとって外の世界は危険だ。だがここ雄英で学び力を付けていけば、何れ一人でも自由に外の世界を歩き回れる。誰かしらの思惑はあれど、父親として子供の安全を思えば今の状況はこれ以上望むべくもないものだった。
「もう何度も言っていますが、ありがとうございます。どうか乃羽をよろしくお願いします・・・。」
故に自然と頭を下げ感謝の言葉を口にしてしまうのは当然の反応だろう。
「いいのさ!それよりも君の方が大変なのさ。何せこれから君の傷が癒えるまでの数ヵ月、育児と同時に乃羽君の他人に対する警戒心のハードルを下げなきゃいけない。頑張りたまえよ、我々も全面的に協力するけど人間の価値観を根本から変えるのは並大抵のことじゃないからさ!」
「は、はい。誠心誠意頑張る次第です・・・」
今までのはあくまで理想論。乃羽が彼等の想定通りに動いてくれるかは全てはオールマイトの教育次第である。それでもこれ以上ない最良の環境、少しばかりオールマイトの気が楽になったのは間違いないだろう。
「あ、それと昨日あの家で色々有りまして、つきましては修繕費のご相談が・・・」
「初日からかい!?」
費用大丈夫かな・・・?これからの資金繰りに頭を悩ませるネズミと別の意味で何度も頭を下げる男の姿があったとか。
読了有難う御座います。
漸く主人公の名前が出せました。