召喚と再会
まだ世界に神秘が溢れていた、アーサー王の時代。
円卓の騎士の中で最も名を挙げられている騎士がいた。
その騎士は自らの愛を全て王に捧げ、己に恋慕を抱く乙女に目を向けなかった。
騎士は円卓の中で最強と謳われていた。
騎士は王よりも信頼が厚かった。
騎士は養子を愛し、時に業務よりも養子を優先にしていた――その子も父の背中を追って騎士となった。しかし母親については不明。
騎士が振るう宝剣と纏う鎧に曇りなき純粋な想いが込められていた。王のために、そして民の為に蛮族を討った。
様々な悪と闇を、彼は討伐していった。
誰よりも騎士として生きた彼の名は――サー・ランスロット。
彼は様々な武勇を誇り、自身の愛剣アロンダイトがありながら、数多の武具を使いこなしている。
幾つかの伝説を築き、王からの信頼も厚く、騎士たちからも慕われ、正しく理想の騎士として謳われていた。
彼に想いを寄せる乙女たちも多かったが、そこは閑話休題。
彼の武勇には様々な逸話が存在している。
特に挙げられるのが暗黒騎士討伐、天下を切り開く冥界の剣を持つ王と黄泉の騎士団、他にも楡の木の枝で戦ったこと、蛮族と魔竜の討伐――また武勇だけでなく、初めて女性騎士を取り立てた人物でもある。
そして、武勇で埋もれてしまっているが、もう一つ有名なのがある――それは戦時中に騎士たちに自らの食糧を振り分け、彼自身は周囲にいた動植物を手当たり次第に食べたらしい。喩えそれが蛇だろうが虫、得体の知れないものも焼いて食べた。
それを見た騎士たちは彼と同じものを食べたという……少しでも彼に近づきたいがために。
そんな彼を題材にした作品も多く、円卓の騎士と謂えばランスロットと云われるほどだ。
そしてアーサー王を主人公とする英雄譚として創作された『アーサー王の物語』では、幾つかの伝説を築き上げながらも、王妃ギネヴィアとの不義の愛でブリテン崩壊の切っ掛けを作った裏切りの騎士。しかし王妃との不義の愛はフランス人の捏造したものだ。
しかし、そんな人望が厚かった彼は消えてしまった。養子も、国も、王も、仲間も騎士としての役目を全て残して。
騎士としての名誉も立場も何もかも置いて、彼は唐突に姿を消してしまったのだ。理由も不明のまま忽然と煙のように。
円卓最強の騎士が行方不明となり。実質王よりも支持を集めていたランスロットという精神的主柱を失ってしまったブリテンは衰退し崩壊した。
やがて、崩壊に導いたランスロットは尤も罪深き円卓の騎士として謳われ――『裏切りの騎士』という名を付けられた。
故に彼はこう云われている、裏切りの騎士――サー・ランスロットと。
しかし、それはあくまで歴史を探りし者たちの見解であり、本来は異なったものである。
そして、歴史を探りし者たちも、その時代に生きた騎士や民たちも知らなかった。 ランスロットは生前の記憶を引き継いでいた転生者であることを。
その転生者は死すことなく世界の裏側で戦い続けていた――幻想種を狩り食べつくしながら……。
* * * * *
「……それで?」
『————』
「……ふざけているのか? この世界に閉じ込めたのはもとはといえば、お前らが原因だろうが。手前勝手に言って」
『—————!』
「別に構わん。 もう空間を斬撃が可能な技ができたからな……もう此処から出てやる」
『? ——? ——!?』
「謝罪してももう遅いぞ、悪いが貴様の所為で俺の息子共々王や円卓もバラバラにされたんだ……少しばかり痛い目にあえ」
『——! ——!? ——! ————!』
「星が悲鳴を上げようが、貴様が喚こうが知ったこっちゃない――俺は俺の大切なものを今度こそ守りに行く……たとえ遅かったとしてもな」
細身ながらも偉丈夫まで鍛え抜かれたその身体と落ち着いた顔立ちの若者はそう云い放ち、腰に差していた剣を鞘から引き抜く。
黒曜に美しく輝き、幅広・両刃で大型で、束頭と刀身に紋様のついた剣。刀身から迸るオーラ、鋭い切先、芸術品と謳われそうな美しさを持つ剣の名は――アロンダイト。
若者、ランスロットはアロンダイトを振るう。
それだけで空間は裂け、内側への道ができた。
空間に泣き喚いて響くのを無視して、その裂け目に足を踏み入れて姿を消える寸前。
「守護者ばかり仕事してないで少しは仕事しろ、ブラック上司」
そう吐き捨てて、完全に彼の姿は消えた、
残されたのは、自分の発言に後悔に満ち足りた悲鳴を上げる霊長の抑止力(アラヤ)。
そして、ランスロットの帰還に星が声を上げた……人類が生存できる喜びとそれを支えなければならないことの苦痛の悲鳴を。
――人類と星の生命が維持出来るのだから、頑張ってほしいものである。
魔力の粒子によって練られた漆黒に染まった極光、光を呑み込む闇を眼前にランスロットは冷静にアロンダイトで真っ二つに斬り裂いた。
呆気に捉えたのは、この特異点F終了後に人理修復の旅をするオレンジ髪の少女、藤丸 六華とデミサーヴァントであるマシュ、そしてオルガマリー所長……三人の背後にはキャスターであるクーフーリンの姿もあった。
「やれやれ、ようやく戻ってきたと思いきや……まさか王と対峙するとはな」
「……貴様、まさかランスロット、なのか?」
「お久しぶりです、我が王よ……ずいぶんと御姿が変われたようで」
黒ずくめの禍々しい甲冑と金色の瞳の女性騎士、主君であるアルトリア・ペンドラゴンが眼前にいた。
アルトリアは最初は唖然としていた様子だったが、次第に表情が変わっていく――笑みを浮かべ、涙が瞳から零れだして叫びだした。
「……フ、フフ、フハハハハハハハハハハッ! ランスロット! ああ、ランスロット、ランスロットォオオオオオ! 遅いじゃないか、私がどれだけ待ったと思うのだ! ずっと、ずっとずっとずっとずっとお前を待ってたのにっ、なんで帰ってこなかったっ!」
狂ったように笑い紡ぎだす言葉の途中に涙声が混じり、まるで迷子になった子供が親を見つけたような喜びも混じっていた。
「……」
「ずっとずっと、頑張ったんだぞ? お前がいなくなっても、みんなを纏めて王としてふるまって……でも結局、結局——っ」
先ほどまでの振る舞いが嘘のように、子供のように言葉を紡げるアルトリアの姿。
そんな彼女を六華は切なく思い胸元に置いた手を握り、マシュは涙を流していた――なぜ涙を流しているのか分からない、彼女の姿を見て知らずと流していた。
クーフーリンも憐憫に思い表情をゆがめ、オルガマリーは既視感を覚えたが自然と納得した……目の前にいる彼女は嘗ての自分だと――誰も認めてもらえずに孤独になっていった自分だと。
「なんでっ、なんでっ、戻ってきてくれなかったんだっ。 どうして、そいつらのためにっ!」
「もういい……もう語らなくていいんだ、アルトリア」
紡げ続ける彼女にランスロットはアロンダイトを構えた――決意を込めた目で彼女を睨んだ。
「お前を蝕んでいた絶望も苦しみも受け止めてやる……それがお前たちを置いて消えてしまった俺のやるべきことだ」
そんなランスロットの決意に同調するように、アロンダイトの刃が煌めいてはオーラが迸る。
そして、戦う前にランスロットは背後にいたマシュに顔を向けて笑った。
「よくやった。 王を相手にしてもよく諦めなかった――強くなったな、さすがは俺の」
「え?」
最後に紡げた言葉にマシュは聞き取れなかったものの、それでも心中に広がるのは歓喜と敬愛の気持ちだった。
だが、それよりも疑問が強く思わず聞き直してしまう姿に、寂しさを覚えたのかランスロットは目をつむっては逸らした。
「……いや、なんでもない」
ランスロットはそう言ってアロンダイトを構え直して、アルトリアに向けた。
「さぁ、行くぞ。アルトリア……お前の苦しみを受け止めてやる」
「あぁ、あぁ! 行くぞ、ランスロットォオオオオオ!」
これはF地点での王との再会……残念ながらこの後の物語とオルガマリーの結末は原典と同様です。
しかし、彼女たちは希望を捨てずに、次の特異点に向かいます――最強の騎士とともに。