『…………』
十九世紀のロンドン。人類史のターニングポイントとして産業革命が起きたその時代が4つ目の特異点。
この第4特異点ロンドンでは魔霧というものが発生しており、ただの人間では死に至るほどの魔力がある
そんな場所にて問題が発生していた。
かと言ってそれがカルデアを揺らす程の問題かと問われたら、可とも云えるし不可ともいえる、非常に曖昧なものだ。
だが、いまこの特異点にいるカルデアのマスターとその仲間たちにとってはとても重要な案件である。
立華とマシュは疑惑に満ちて、マルタはにっこりと微笑みながらも頰は引き攣り指の骨を鳴らしていた、クーフーリンは愉快気に、セイバーリリィは目を見張ってその光景を見つめていた。
全員の視線の先にいるのは、カルデアの切り札ともいえる存在で頼られる存在であるランスロット。
そして彼の両腕には――。
「ねぇ離れてよ! わたしたちのお父さんに触らないで!」
「あぁ!? てめぇこそすっこんでろ!」
銀髪の黒いマントを羽織った少女がランスロットの右腕に抱きつき。
鎧をまとった勝気な切れ目で、騎士の鎧をまとったセイバーリリィに似通っている顔つき少女が左腕に抱きついていた。
二人の少女がランスロットの両腕を占拠して、叫びあっていた。
「違うよっ! お父さんはわたしたちのお父さんなんだもん! お母さんの中でずっと見ていたんだから!」
「てめぇは何素っ頓狂なことを言っていやがるっ、ランスロットは硬派な独身だったんだぞっ!? 忌々しいことにあの盾野郎はいたがっ、この人に妻はいなかったんだ!」
互いに睨みあいながら叫びあう二人にランスロットは頭を抱えたくなった。そして思う――いったいなぜこんなことになったのだろうかと。
* * * * *
まず最初に六華たちがロンドンに無事レイシフトしたことから始まった。レイシフトの方も何の問題もなく成功したが……ロンドンに来て早々に戦闘が始まってしまったのだ。
マスターのいないはぐれのサーヴァントとして喚ばれたモードレッドが丁度良く六華たちの付近で、戦闘していたのを発見して――。
『おぉ、モードレッドじゃないか。 久しぶりだな』
『————ピャッ?』
普段の彼女ならば決して上げないだろう素っ頓狂な声を上げた。そして、ここからモードレッドによる怒涛な攻撃と攻め込みで敵は一掃されたのは言うまでもない。
戦闘終了後は即座にモードレッドはランスロットの元に駆け寄っては、彼の頬を両手で揉みだして今度は引っ張りだした。目の前にいる彼が確かに存在しているのか確認するかのように。
『……嘘だ、本物、なの?』
『俺はちゃんと存在しているぞ。これは夢でも何でもない、現実だ……モードレッド』
その声を聴いて、ようやく彼が実在していると判断した瞬間。モードレッドの瞳から涙が零れ落ちると慟哭を上げた――先ほどの戦いぶりから想像つかない位、ただの少女のように。
その後、彼女が泣き止んだのは十分後のこと――ようやく落ち着いた彼女から事情を尋ねた。
モードレッド曰く自分以外がアーサー王の国であるこのロンディニウムを汚すことは許さないという、ある意味滅茶苦茶な理由からこの特異点を作り出した元凶と敵対していたとのこと。
そんなモードレッドに協力を促すと、拒否も何もなく『別に構わねぇ』と了承。
『俺はランスロットの部下だ。主であり師の命に従わねぇ馬鹿はいねぇ』
『元だろう。お前は出世し円卓の騎士になった……それに部下になったのも一年未満だろうが』
『それでも、あんたは俺の主に変わりないんだよ。多分、あの盾野郎も同じことを言うだろうさ』
そう言ってモードレッドがマシュを見る――その視線は忌々しいものを見るようなもので、マシュは戸惑いを浮かべていたが。何はともあれ、モードレッドそしてこの霧を晴らそうとしている現地民であるジキル・ハイドを仲間にして、彼らはこの第四特異点の人理修復を開始したのだ。
因みにセイバーリリィの姿を見た時、「ちっちゃい父上なのかっ!?」と驚愕していたのはまた別の話。
しかし、ジキル・ハイドの在宅から出て、霧が立ち込めるロンドン内を歩き進めていくも霧が更にたち籠っていく。その影響でランスロットは六華たちとはぐれてしまい、数時間も探すも見つからずに立ち往生している中で彼女と出会った。
『……お父さん? お父さんだぁっ!』
黒いマントを羽織った少女がランスロットの姿を見つけたと同時に、笑顔を浮かべて抱き着いてきたのだ。
少女の突然すぎる行動に困惑するランスロットを尻目に少女は彼を見上げる。
その顔を見て、一人の女性が脳裏に浮かんだ。
銀髪にアイスブルーの瞳に幼い顔立ち……決して似通っていない筈なのに、彼女の顔をなぜか思い出した。
『お父さん、お父さん! やっと会えたねっ、お母さんの中からずっと見てたよ、感じてたよ。 わたしたち、ずっと会いたかったんだ!』
『お母さんとわたしたちを守れなかったお父さん……でも気にしてないよ! だってこれからはずっとお父さんと一緒にいられるんだからね!』
少女の無邪気な言葉に思い出す。
部屋の椅子に座っていた、黒髪が美しい幸せそうに微笑んで腹部を撫でる彼女。
しかし、その微笑みをランスロットは最後まで守り切れずに……彼女は亡くなった。
腹部に宿っていた新しい命と共に。
『っち!』
苦く忌み嫌う思い出を即座にかき消すように舌打ちをすると、少女は怯えたように彼から離れて見上げた。
『お、お父さん、怒っちゃった?』
『あ……い、いや、怒っていない。 それよりもお前の名前を聞かせてくれないか?』
『えーっ!? わたしたちの名前覚えてないのぉ!?』
覚えてない云々よりも、まず少女とは初対面なのだが……というランスロットは敢えて突っ込まずに『すまないな』と謝罪。
対する少女は膨れっ面になりつつも、嬉しそうに自分の名前を言った。
『わたしたちの名前はね、ジャックだよ! もう忘れちゃダメだよ、お父さん!』
少女――ジャック・ザ・リッパーは輝かんばかりの笑顔を浮かべていった。
その後、ジャックはランスロットと共に行動することになり、立華たちの探索に赴いた。
探索最中に敵勢サーヴァントであるキャスター:ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススと対峙することになった際。
『ふむ、私一人では荷が重いですね……丁度良いです。ジャック・ザ・リッパー、わたしと共に戦ってください』
本来ならば彼女は敵勢サーヴァントであり、ロンドンを覆う魔霧の原因の一人であった。しかし、ジャックは自信満々の笑みと共に言い放ったパラケルススの言葉に対して。
『嫌だよ?』
その一言で一蹴された。
パラケルススの余裕のある笑みが固まり、ランスロットは思わず不憫な目で見てしまったのだ。
『わたしたちはお父さんに付いていくよ? だってお父さんと戦いたくないし、それにいつもパラケルススは薬臭いし嫌いなんだもん』
……その後は簡単なことであった。
キャスターであるパラケルススをランスロットが苦戦することはなく、アロンダイトで首チョンパして終了したのだった。
呆気なくパラケルススの戦闘を終わらせたランスロットはジャックを引き連れ、再び立華たちの探索を開始したのであった。
そして、漸く立華たちと再会したのは数時間後。
帰ってきた主人を迎え入れる犬の様にモードレッドが近寄ると。
『むっ、駄目だよ! この人はわたしたちのお父さんなんだからねっ!』
そう言ってはランスロットの腕に抱きつくジャックと、周囲の空気が氷の如く冷え切ったのは同時のことであった。
そして、それを気に求めずにモードレッドがジャックの言葉に強く反論しては反対の腕に抱きついてきたことで、冒頭の出来事に戻る。
* * * * *
(さて、どうするか……)
漸く振り返り終えたランスロット。
両腕に抱きついて可愛らしい争いをしている部下と義娘(自称)、そして周囲の視線をさてどうするべきか。
特に立華とマシュ、セイバーリリィの目はキツイ。特異点Fより見守り務めてきたのに、ここでまさかの義娘登場により、まるで浮気がバレた父親のような感覚がして少しばかり居心地悪い。
更にマルタの目も徐々に厳しくなり、終いには殺気混じりの視線となっている……クーフーリンは後でボコボコにすると決意した。
(やれやれ、本当にどうするべきかな)
彼の悩みは終わらない……。