その後の桂言葉   作:葛城マサカズ

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第4話

現場にあった髪の毛や伊藤家にあった言葉の指紋に学校での証言からの分析で言葉が容疑者である事は確実だった。だが言葉が世界を殺し、誠の死体を解体した証明の決め手である凶器にそれに付着している指紋を警察は見つけていない。決め手を欠いた為に言葉を任意同行する事となった。

世界殺害を言葉が認め、殺害の状況も証言した事から言葉は容疑者から事件の犯人となった。

野瀬達捜査班は言葉凶器として使った鋸を探す事となった。

言葉は榊野学園に埋めたと供述した。その埋めた詳しい場所を言葉に案内させるべく野瀬達は榊野学園へ来た。

「桂さんよあれ」

「あの、人殺しの」

「顔隠れててよくわかんねえよ」

捜索は平日に行われた。証拠を早く確保する事と危ない凶器を除去する為だとして榊野学園に警察が入り捜索を開始していた。

捜索はもしも長丁場になり昼休憩の時間に生徒が野次馬になるのを避ける為に午後から始めていたが授業を受けている筈の生徒は集まる警察に好奇心を高めていた。そこへ帽子を深く被った特徴ある黒髪のロングヘアの言葉を見つけたのだから授業そっちのけで騒ぎ立てる。

「おい、授業中だぞ!」と叱る教師の注意は届かず生徒達は目の前に居る殺人者としての言葉に目を離せずにいた。

校舎から浴びる無数の視線に野瀬は言葉が正常でいられるか心配だった。

言葉は落ち着きを見せているが、態度や口調は生気を失ったものであり自らの心を閉じているかのようだった。そこへ殺害現場であり通っていた学校に来ている事で精神にストレスを与えて錯乱などの異常を発症させないか不安になった。

それは言葉の傍に寄り添う森野と高町も同じで変化が無いか言葉の顔を覗いている。その言葉の表情は何も感じる事がないように無表情であった。

「この人殺し!よくも西園寺さんを殺したな!」

一人の女生徒が校舎の窓を開けて叫んだ。

「おい、やめんか!」と怒鳴った教師がその女生徒を窓から引き離した。

一方の言葉は帽子の影に隠れた顔を更に俯かせた。

「桂さん」

森野が心配そうに何かを言いかけた途端だった。

「そうです。私は人殺し。人殺しなんですよ…」

帽子の影で言葉は自虐的な笑みを浮かべていた。

 

榊野学園の生徒である澤永泰介は言葉を見ていた野次馬の一人であった。

教師は一度は注意したが、もはや動かぬ人の壁と化した生徒を説得する事を諦めて野次馬の一人になる始末であった。

(あれが桂さん…信じられない)

警官に囲まれて歩く言葉を澤永は切ない思いで見ていた。

恋焦がれていた相手。しかしその思いを強姦という形でぶつけてしまった想い人。

結局は言葉から拒絶された澤永だったが今でも未練を残していた。その未練のせいか澤永の足は教室から廊下へと向けられた。

教師も他のクラスメイトも澤永に気付かずまだ言葉を見続けていた。

「アンタ、澤永だっけ?」

廊下で澤永は隣の教室から出てきた一人の女子と出くわした。

「そうだけど」

吊り目でセミロングの女子に澤永は心当たりは無く戸惑っていた。

「桂さんを好きだったの知っている。だからこれから見に行くんでしょ?行こうよ」

澤永が目の前の相手が誰か分からぬままに一緒に廊下から階段へ行き外へと出ようとしていた。

「ねえ、君って誰だっけ?」

廊下を降りて玄関に来た所で澤永は女子に尋ねた。

「小泉夏美」

「へ?」

「行くよ!」

聞き取れなかった女子の名前でである小泉夏美。それが分からないままに澤永は夏美の後に付いて行く。

二人が玄関を出ると遠くに警官が立ち現場近くを封鎖している。

「おい、こりゃマズくないか?」

「大丈夫、大丈夫」

澤永の心配を無視して夏美は警官の目から逃れるように校舎の影に隠れながら言葉に近づける場所へ向かう。

「桂さん来たよ」

野瀬達に連れられた言葉が澤永と夏美から見える所に現れた。校舎の影に隠れながら二人はそれを見つめる。

「テレビで見た場面そのままだね。本当に犯人だ。なんか面白い」

夏美は見下すような目で言葉を見ていた。事件以前は言葉を苛めていた一人であったからだろう。

だが澤永は悲しげに見つめていた。確かに世界を殺し誠の遺体をバラバラにした罪があっても澤永には言葉を責める感情が湧かなかった。

「ちょっと、澤永?」

いきなり校舎の影から出て行く澤永に夏美は驚く。けれどもすぐにどんなアクションを澤永がするのか楽しみしようと嫌な笑いをした。

 

「あの辺りに鋸を埋めました」

言葉は体育用具を収めている倉庫の裏を指した。警官一人がそこへ向かうと枯れた雑草と散らばる空のジュースの缶の間に掘って埋めたと分かる土の盛り上がりがあるのを報告した。

「あそこで間違いないね?」

野瀬はその場所を指差して言葉に確認する。

「はい」

言葉が肯定すると鑑識課の面々がその場所を囲み。凶器の掘り出しにかかった。

言葉と野瀬達は鑑識の作業を黙って見つめた。

「桂さあ~ん!桂さ~ん!」

いきなりの大声に野瀬達と警官全員が声の方向へ視線を向けた。そこには一人の男子生徒が言葉より30メートルの所で立っていた。

「桂さん!俺だよ!澤永だよ!」

澤永は手を振って言葉の近くに駆け寄る。それを一人の警官が制止する。

「桂さん!俺は!」

警官が二人がかりで澤永を押し戻そうとしていたが、澤永は警官の腕より身を乗り出して語りかける。

「俺は!信じてる!桂さんが人殺しなんてしてない事を!信じてるから!」

とうとう警官三人で押さえ込まれようとしても澤永は言葉を見つめた。まだ帽子の影に顔を隠した言葉を。

「知り合いか?」

野瀬は哀れな目で澤永を見ながら言葉に聞く。

言葉は澤永の方へ顔を向けて答えた。

「いいえ、私あの人知りません」

冷たい返事に野瀬は「そうか」と納得したという事を言葉に言った。

「俺は!帰って来るのを待ってる!」

澤永がそう言った時に言葉の口元は苦々しく歪む。

「あなたは誰ですか?私はあなたの事は知りません!迷惑です!」

言葉は澤永に言い放った。

顔には明らかに不愉快な怒りが浮かび澤永なる男子生徒を拒絶しているのが誰にでも分かった。その拒絶は望まない相手に身体を汚された事からでもあった。それは言葉本人と澤永しか分からない事情である。

「そんな…桂さん…」

2度目の拒絶に澤永は力が抜けて呆然と立ち尽くした。その様を制止していた警官三人が哀れむ同情の目で脱力した澤永を見ていた。

(やっぱり俺は嫌われていたのか…)

澤永は言葉を襲った後にそれでも好意を引こうとしたが誠が恋人だと言葉に言われて拒絶された。そして今もまた言葉は澤永を嫌悪を込めて拒んだ。

(それでも俺は桂さんが犯人だとは信じたくない)

今もこちらを睨む言葉に許しを請う目で澤永は見つめる。

「桂さん。行きましょう」

森野が言葉にそう促すと言葉は振り払うように澤永から視線を外して野瀬達と共に凶器のあるという現場へ歩く。

遠ざかる言葉を棒立ちになってまだ見つめていた。

「なあ君。まだ授業中だよね。戻りなさい」

澤永に警官が丁寧に促した。

「あ、はい。すんません…」

元気の無い声で答えると澤永は校舎の方へ戻る。

小泉の居る所にはもう二人の女生徒が集まっていた。それは澤永にも見覚えがある顔だった。

澤永は名前は知らないが、小渕みなみと森来実の二人だ。小泉も合わせていつも三人一緒に居るのを澤永は日常的に見ていた。

「澤永。あんたやるじゃん」

小泉がからかう。だが今の澤永にはそれに構う余裕は無く無視していた。

「振られたからってシカトしないでよ」

森が煽るように言っても澤永は無視して三人の前を通り過ぎようとする。

「哀れだよねえ振られた男って、ねえ、みなみ」

「あ~うん」

小泉は軽蔑に近い目で澤永を見ながら小渕に同意を求めるように見下した事を言う。小渕は流されやすいせいか、何も考えずにか肯定する返事をした。

森がそれで笑い声を上げると三人揃って笑い始める。哀れな男を嘲笑っているのだ。

けれども幸いと言うべきかその笑い声は澤永には届かなかった。言葉に拒絶された絶望感から心を閉じていたのだから。

 

凶器である鋸は言葉が示した場所から発見された。土に埋もれていたとはいえ今だに黒くなった血痕が金属部分の半分以上にこびり付いていた。

科捜研がその鋸から言葉の指紋と世界に誠の血液が付着していたと2ヵ月後に報告する事となる。捜査は次いで言葉がどう誠の遺体を解体したか。世界を殺害したかを検証する実教見分に移った。

世界殺害の現場である榊野学園での実教見分は校舎の屋上で行う事から校舎の中を通らねばならず前回の様な関係者でない者が近づき被疑者を刺激する事態がますます起き易い事から部活をする生徒以外ほとんど生徒が居ない日曜日に行われた。

最もこれはトラブルを避けたい学校側の要望でもあり当日は警察にはありがたい事に部活動も休みに学校側はしていたので心配は杞憂となった。

「私は西園寺さんから包丁を離させてから、こうやって、首を鋸で斬ったんです」

寒風がやや流れる屋上で言葉は野瀬達の前でその時の動作を身振り手振りで世界殺人の再現をしている。

淡々と語るそれは罪悪感や殺人をしてしまった嫌悪も無い。

ただ自分のした作業を言っているに過ぎない。

「首を斬られた西園寺さんはどうなった?」

野瀬が次の説明をするように求めた。

「西園寺さんは首から血が吹き出てその場で倒れました」

「西園寺さんの倒れた向きは?」

「仰向けにです」

はっきりと悩む事も逡巡も無く世界殺害の状況を言葉は語り野瀬は供述と食い違いが無いか確認する。

(この嬢ちゃんは気味悪がる事もないのか)

野瀬は実況見分に立ち会う言葉の様子を見てそう感想を持った。

過去に何の感情も無く現場での検証に立ち会った被疑者は居た。それは男女共にであるが10代の少女でこんなケースは野瀬には初めてだった。

(ここで殺したのは西園寺だけではじゃなくて桂自身の心もだろうな)

まだ闇の中にあるような言葉の瞳を見ながら野瀬はそう思った。また同時に思う事もある。

(果たして伊藤誠はこんなにまで狂わせる程の男だったのか?)

野瀬は生徒や担当の教師に母親から誠がどんな人物か聞いていた。

見た目は優しそう。性格もそれを裏付けるものであったが、女性関係はそれらの真逆だった。まさに本能のままに広がる奔放な誠の恋愛事情は誠本人がかなり優柔不断な性格だとも言えた。しかし世の中にはそんな性格が良いとは言えない異性に惚れてしまう者が居る。言葉もそんな一人なのかもしれない。

「倒れた西園寺さんをどうしました?」

野瀬が尋ねると「私は」と言ってから言葉はその場にしゃがみ込む。

「一回だけ西園寺さんを呼びました。けれども返事が無いのでもう死んだのだと思いました」

あっさりと世界が死んだ場面を言葉は証言した。森と高町はあまりにも簡単に言いのける言葉に複雑な表情を浮かべた。

「それからどうしまた?」

「私は確認をしました。西園寺さんが本当に子供が出来たのかを」

言葉は寒さで白い右手で鋸で何かを斬る動作をしゃがんだ姿勢のまま行った。

「鋸で西園寺さんのお腹より下の辺りを斬って開きました」

そこで言葉の口が止まった。僅かな間であったがしゃがんで表情が見えにくい言葉から重い雰囲気を感じ取った。

「けど、やっぱり中に誰もいなかったんです。本当に西園寺さんは強情な人です」

言葉は呆れたように言った。

彼女の心の中では「私の言う通りにしていれば」と思っていたに違いない。

世界が妊娠したと言った時に言葉は世界に病院での診察をアドバイスし、病院の紹介までしようとしていた。それを素直に聞いていれば世界が冷静になり誠殺害までにはならなかったのではと思っているのであろう。

 

「榊野学園では西園寺世界さん殺害の実況見分が容疑者の少女立会いの下で行われました。今後は検察へ身柄を送る事になる模様で――――」

言葉の母親である桂真奈美は自宅のリビングでテレビを見ていた。

そこには未成年だからと名前は伏せられていたが自分の娘について語るニュースが流れていた。報道では実教見分に向かために警察署からワゴンに乗り込む前の言葉のスニーカーを履いた足だけが映った。姿そのものは警察がブルーシートを広げて隠してくれていたが地元ではもう言葉が犯人だと知らない者はいない。

真奈美自身も白い目で見られる経験を娘が逮捕された直後から味わった。今では人目を避けたくて外出を控えるようになってしまった。

また何より気が重いのは娘が殺した相手が仕事上での知り合いの娘である事だった。

真奈美は経営コンサルタントをしており世界の母親である西園寺踊子が店長として経営するレストラン「ラデッシュ」の経営に関して指摘や分析などの助言を行っていた。

事件後は世界の葬式に謝罪の意味で行き西園寺家の面々から罵声を浴びせられながらも霊前への焼香をと合掌を夫と共にした。その時に踊子と目を合わせたが長い時間居られない為に何も話せず謝る意味で頭を下げる事しか出来なかった。

それから経営コンサルタントの仕事も休止状態となった。これは夫からの意見でもあったし真奈美にしても踊子と会うのが辛かった。

また業界へのイメージとして仕事を自粛する事で犯人の母親としての謝罪の意味が通るという事もあった。一方の夫は仕事に出ていたが事件絡みでの嫌味を言われる事があるようだ。

だが一番真奈美が仕事よりも心配なのはもう一人の娘である次女の心であった。

11歳の心に姉が殺人犯として逮捕された事は大きなショックだった。

「お姉ちゃんはとても悪い事をしてしまったの。とても簡単には許されない事でね。少し長い間帰ってこれないのよ」

言葉逮捕当日。真奈美は詳しい事には触れず心に姉が逮捕された事を教えた。

「けどね心。お姉ちゃんを嫌いにはなっちゃダメよ」

「心はお姉ちゃん嫌いにはならないよ。いつでも大好き」

心の無垢で元気な返事が真奈美には救いだった。

けれども言葉逮捕から数日後。心は通っている小学校でクラスメイトなどから「お前の姉ちゃん人殺し」と言われる虐めを受けた。それを知ったのは担任の教師からの電話であった。

真奈美は心に学校を休ませ代わりに家庭教師を雇い学校の授業に遅れないようにさせた。

これは良い効果があったと真奈美には思えた。

家庭教師として来た25歳の本庄正子は勉強だけでは無く心の良い遊び相手にもなった。本庄が心にとっての姉代わりにもなった事が家から出れない事や姉が逮捕されたショックを和らげてくれたようだ。

「あら、心」

リビングに心が入って来た。顔はにこやかである。

「本庄さんさっき帰ったよ」

心はそう言いながら真奈美の座るソファーに並ぶように座った。

「じゃあ晩御飯にしましょうか。何が良い?」

真奈美が我が子に振り向き尋ねる。

「ハンバーグがいいなあ」

心は甘える笑顔でリクエストした。

「分かったわ。じゃあ支度するわね」

真奈美がソファーから立ち上がると心も席を立った。

「心?」

真奈美は心が何をしたいのか分からなかった。

「晩御飯の準備手伝うよ。ハンバーグの作り方教えて」

娘の申し出に真奈美は思わず涙が零れた。

「どうしたの?母さん?」

笑顔から一転して動揺する心に真奈美は涙を拭きながら笑みを浮かべた。

「大丈夫よこれは悲しくて泣いているんじゃないの」

真奈美はしゃがんで心の顔と向き合い心の両手を包むように握った。

「心と一緒なのが嬉しいのよ」

言葉の逮捕から夫を支え心を守る事を第一に生活をしていた。それは妻として母親として強くあらねばならないと言う自責の念を強くさせた。それは逆に真奈美を精神的に疲れさせる事となっていたが心が真奈美に振り向いた事でどこか母親として報われた思いを感じたのだ。

「じゃあ心。手を洗ってエプロン着てきなさい」

「うん。分かった」

嬉々として料理の準備に向かう娘を見てやつれ気味であった真奈美の表情が晴れるかのように清々しくなっていた。

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