その後の桂言葉   作:葛城マサカズ

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 今回は裁判の場面があります。
 舞台は2007年から2008年なので2009年から施行されている裁判員制度以前の裁判の形態になります。


第5話

西園寺踊子はまだ陽が昇る前に起きた。

踊子はベッドから起きるとそのまま寝室からシャワーを浴びる為に浴室へと向かう。その格好は何も着ていない裸である。

何もかもを流すようにシャワーを浴びて浴室から出るとタオルで身体を拭いてから寝室に戻った。

「もう、やめてよ」

踊子は下着を履こうとした所で背後から男に抱きつかれた。その男へ踊子は冷たく拒む。

ここはその男が住むアパートの部屋であった。踊子は仕事を終えてから男の部屋に直行して日付が変わるまで男に抱かれていた。

「いいじゃん。アンタの裸見てたら我慢できねえよ」

踊子よりも若いその男は踊子の身体を撫でようと手を伸ばしたが踊子にその手を掴まれた。

「今日はダメだって言ったじゃない」

そう言っても男の手は踊子の胸へと伸びようとする。

「いい加減にして!今日は娘の四十九日なんだから」

踊子が抱きしめる男から手を解いて離れると怒って言い聞かせる。

「ごめんごめん」と言いながら男は踊子と戯れるのを諦めた。

踊子は娘の世界が亡くなった直後は自身が経営しているレストラン「ラディッシュ」を一週間休み娘の喪失を嘆き泣きに泣いた。

その喪失感を埋めるように踊子は自分より若い男を誘っては肉体関係を持ち続けた。悲しみを埋める術を見つけてからはなんとか店長の仕事に復帰は出来た。

仕事に復帰すると変化をすぐに感じた。いつも踊子に苦言のアドバイスをしている経営コンサルタントの桂真奈美が来なくなり代わって40代半ばの中年男のコンサルタントが来るようになった。

これは踊子にとっては良い事だった。

真奈美は自分の娘を殺した犯人である言葉の母親だ。彼女に仕事上とはいえ会えば怒りの感情をぶつけてしまうに違いない。それは遺族である踊子には当然の感情だが真奈美へどんなに怒っても世界は生き返らない。むしろ虚しいだけだと分かっていた。

それは世界の葬式に訪れた真奈美とその夫に対し親戚一同が一斉に責めたのを見てからの悟りであった。

けれども心に鬱積する悲しみは癒えない。

だから若い男と肌を重ねて悲しみを消し去ろうとしていた。しかしそれは一時の事であり日常に戻れば心に重く残る悲しみがこみあげるのである。

それをまた消す為にまた快楽に走るという爛れた私生活をしていたが、世界の四十九日法要があるこの日だけは母親としての自分に戻ろうと未練がましく踊子の着替えをベッドの上にあぐらをかいて眺めている男を無視して身支度を整える。

「じゃあ、行くから」

「ラディッシュ」での仕事を終えた時から着たままの服を踊子はベッドの上で寝転ぶ男に向けて告げた。

「行ってらっしゃい」

寝転んだまま男がのんびりとした声で応えた。

踊子は男の部屋を出ると朝日が差し込む静かな街を自宅に向けて歩き出した。寒い空気に当たりながらの帰宅は踊子の心を覚まさせる。

「何やってんだろ…私」

踊子は白い息を吐きながら不安定な自分に呆れた。

 

同じ日の正午。澤永は伊藤誠が住んでいた自宅より帰ろうとしていた。

伊藤家でも誠の四十九日法要が行われていた。葬式の時のように冠婚葬祭用の会館では無く伊藤家の面々を中心に厳かに法要が行われていた。

澤永は中学の時からの友人を弔う為に伊藤家を訪れた。誠の母や伊藤家の一族から「よく来てくれた」と感謝をされた。特に誠の母親は息子に弔ってくれる親友が居た事に感激していたようだった。

この法要には澤永以外で同年代は一人も居なかった。誰もが30代以上ばかりで伊藤家の子供は一人も居なかった。その理由としては誠が亡くなった理由が三角関係の末路であるという事や息子と同年代を誠の母親に会わせては辛かろうという一族の判断があった。

当の誠の母親は親戚一同を気遣う健気さを見せていたが、息子が亡くなって2ヶ月近くが過ぎても彼女の面影には悲しみでやつれた面影は残ったままであった。

そんな誠の母親を見て澤永は複雑な思いになった。

言葉が警察に連れられて榊野学園で現場検証に来た時でも澤永は言葉を信じていると大勢の前で叫んだ。だが、その後に言葉が犯人だとする報道や周囲から聞いた事件に関係のある誠や言葉・世界の事について聞いたり言葉が犯人だとする事件の全容を認めざる得なくなった。

 けれども澤永は言葉への思いを断ち切れない。そこへ殺人を犯した言葉という現実が混ざりどう自分の中でどう受け止めればよいか分からず悶々としていた。

 「君。確か伊藤誠の友達の澤永君だよね?」

 突然背後から話しかけられた澤永。後ろを振り返ると髪型がポニーテールの少女がそこに居た。

 「そうだよ」と答えると彼女はまた質問をした。

 「誠の家に行って来たの?」

 「うん。中学からのダチだからな」

 それを聞くと彼女は何かを納得したように僅かに頷いた。

 「実は私もこれから行くんだ。澤永君も行ってたなら私が行っても大丈夫だね」

 「けど、俺以外はおじさんやおばさんだけだぜ」

 「それは気にしない。すぐ帰るし」

 会話をしながら目の前の少女が誰か記憶を探る澤永。そういえばバスケ部で見たなあ。確か名前は加藤だっけ。そうだ加藤乙女って子だったな。

 澤永はフルネームまで正確に思い出し、それは正解だった。

 澤永と誠の同級生であり言葉のクラスメイトである加藤乙女だ。

 「じゃあ。私行くから」

 乙女が澤永と分かれようとした時だった。澤永が慌てるように尋ねた。

 「なあ、何で誠の所に行くんだ?」

 それに乙女は少し面持ちが強張ったがすっきりした顔で澤永へと振り向いて答えた。

 「心の整理よ。あの事件や誠について。もう終わりにしたいから」

 「終わりにする?」

 「だって伊藤も西園寺さんも死んでしまったんだから、これ以上気持ちを引きずってもしょうがないじゃない」

 「それもそうだな…。いや、ごめん。変な事を聞いて」

 「いいよ。じゃあ行くから」

 分かれた二人は物思いに耽りながら歩いた。

 (あれが大人の考えってもんなのかなあ)

 澤永は乙女の断ち切るように心の整理をしている事に感心した。今までもやもやと気持ちが揺れて悩んでいた自分とは大違いだと。

 (俺もこのままじゃダメだな。どこかで踏ん切りを着けないと)

 実らない片思いをようやく捨てようと澤永は思うようになった。それでも今は未練を寒空の下で感じていたかった澤永であった。

 

 乙女は伊藤家を訪れた。誠の母親と一族には「中学からの友達でした」と自分と誠の関係を語った。母親はまた四十九日法要にまで来てくれた友人が居た事を素直に喜んでいた。一族も歓迎はしていたが、中には乙女も誠と関係を持っていたのだろうとその通りではあるが邪推をしていた。

 乙女は澤永と同じく中学からの同級生だった。また当時から乙女は誠に思いを寄せていた。その思いを学園祭で誠に告白して肉体関係を持つまでになったが、誠が乙女以外の女子とも関係を持ち自分もただ身体目当てだと分かると一気に誠への思いは冷めた。

 (本当に馬鹿だよ。こんな事になって)

 小さい写真立てに収まった学生服姿の誠の写真に手を合わせながら乙女は誠へ語りかけるように思った。

 あそこまで女子の間をフラフラと性欲のままに誠は突き進み世界の愛憎で殺されてしまった。なんて馬鹿らしい最期なんだと乙女は誠が死んだ直後から思い続けていた。

 (私が誠を独占して離さなかったら…)

 けれども一方で誠を諦められない思いが交錯していた。

 しかし、もう誠はこの世に無い。悩んでも仕方がない。もうやり直す事は出来ないのだから。

 乙女はこの誠の四十九日法要を弔う事で自分なりの誠との決別をしようとしていた。

 最初はこれで気持ちが切り替わるかと不安だったが、こうして誠の位碑と遺影を前にしても心は落ち着いていた。もう誠が想い人だった事や身体を重ねた事など遠い記憶だったかのように。

 (さよなら)

 合掌していた手を開きもう一度誠の遺影と向き合った乙女は短く別れを告げた。

 もう会わない。もう顧みない男に。

 

 梅の花が各地で咲く頃。原巳浜署の「榊野学園女子生徒殺人事件特別捜査本部」は陣容を減らし証拠や供述のまとめと整理を行い検察へ送る作業をしていた。

 警察にとって誠・世界・言葉の三人の起こしたこの事件は終わっていた。後は書類による後始末だけが残っていた。それを野瀬達が日々行っていた。

 言葉を取り調べての供述を正式な記録として書類に書き、事件の顛末を記した報告書を仕上げるそんなデスクワークが連日続いた。

 野瀬にしても高町と森も1週間も言葉には会っていなかった。もう聞き出す事は無くなっていたからだ。

 いや、一つだけあったがもう諦めたのだ。

 それは誠の遺体を言葉がバラバラに切り刻み、バッグに詰めた事だ。

 言葉が検察に送検されて起訴された容疑が「殺人及び死体損壊」であったが、前者は克明に供述して自ら殺人を犯したと認めた。だが後者に関しては全く違う姿を言葉は見せた。

 「伊藤誠君の遺体について聞きたい」

 野瀬は取調べで尋ねた。その口調は穏やかだがどこか威圧感が含んであった。

 「誠君が死んだと言うんですか?」

 言葉は野瀬を直視して聞き返す。その表情は冷たく「何を言っているの?」と嘲笑うかのようだ。

 「そうだ。西園寺世界に伊藤誠は殺されたんだ。その死んでしまった伊藤誠の身体を君が鋸で切り刻んだ」

 野瀬は淡々と言葉の目を見つめて「さあ認めろ」と顔に書いた。

 「何を言っているんですか野瀬さん」

 言葉はまた感情が無い返事をした。

 「誠君は死んでなんかいませんよ」

 もはやこの台詞は言葉の定番となっていた。逮捕する前の沖縄からこれまで野瀬達が誠が亡くなったと言うと言葉は毎回こう返した。 

 「いや、死んだよ。君が西園寺さんを殺害したその日に」

 野瀬が追求するとその場に居た高町と森に緊張が走った。これまでは正常ではない精神状態の言葉を刺激してはならないと言葉が語りたがらない事には深く追求はしなかった。

 だが、言葉が犯した罪のもう半分である誠の遺体を刻んだ死体損壊について聞き出さねばならない。野瀬は追求して言葉が発狂するのを覚悟でやっている。それに高町と森野は戦慄していた。

 「誰が誠君を殺したと言うんです?」

 言葉は静かに野瀬に問う。意外なほど言葉が落ち着いている事に野瀬は少し拍子抜けしたが圧迫感はそのままに言葉へ告げる。

 「西園寺世界だ。伊藤誠の自宅で刺し殺したんだよ」

 「そうですか西園寺さんが…」

 言葉はどこかとぼけた様に納得したと言う風な返事をした。

 「その後で君は伊藤家に行き誠君の身体を鋸でバラバラに解体した。そのバラバラにした身体をバッグに詰めて持ち去ったんだよ君は」

 野瀬が誠の遺体を切り刻んだ事を説明した。だが言葉は他人事を聞くように無感動で野瀬は手応えの無い気味悪さを感じ始めた。

 「それから君は愛している誠君を殺した世界さんを呼び出して榊野学園の屋上で西園寺さんを殺した。違うか?」

 しかし言葉は黙ったまま野瀬を見つめている。

 「もう黙るのはよさないか。犯行を認めて証拠は君自身が出しているんだ。これ以上何を隠す?」

 けれども言葉の唇は閉じたままだ。固く何かを耐えるようなものでは無く平然としたものだが野瀬には言葉の口は固く閉じているように見えた。

 野瀬は全身から溜息を吐く。

 「これからずっと口を閉ざすのかい?どんな理由であれ遺族は真実が知りたい筈だ。いつかはそれを語らねばならない。今黙っていても意味は無いぞ」

 「やはりダメだな」と野瀬が諦めた時だった。言葉の唇がゆっくり動いた。

 「真実って何ですか?私や誠君に西園寺さんだけの出来事ですよ。私が何を言っても理解できるのは私と誠君に西園寺さんだけです。三人にだけしか真実はないのです」

 思いがけない言葉の反論に野瀬達は面食らった。

 「だが、その真実を教えて欲しい。それが君の義務だ」

 野瀬は溜息で抜けた力を戻し言葉に向き合う。だが言葉の読めない表情は変わらない。

 「野瀬さん。一つ認めて下さい」

 「なんだい?」

 「誠君は生きている事を」

 「それは出来ない。彼は死んでいる」

 まるでテーブルを引っくり返されたような思いを野瀬は感じた。これを認めれば聞き出したい伊藤誠の遺体をバラバラにした事は無かった事になる。それでは意味が無い。

 野瀬は座りながらまた脱力する。

 「……今日はここまでにしよう」

 野瀬は重い声で取り調べの終了を宣言した。まるで敗者のように。

 「野瀬さん。もう少しやるべきです」

 高町が食い下がる。

 「私も続けるべきだと思います。今日で最後になるんですから」

 森野も高町に続く。この日が取調べが出来る最後の日であり何としてでも事件の空白である伊藤誠の遺体切断について聞き出さねばと2人は野瀬以上に思っていたのだ。

 「いや。もう終わりだ。報告書をまとめとけ」

 「え?野瀬さん…」

 「これで終わるんですか…」

 「そう。終わりだ」

 野瀬はそう言って静かに取調べ室から出た。

 そんな野瀬の背中を言葉は何も動じない表情で見つめていた。

 これが一週間前の事だ。

 結局。遺体切断の事は何一つ聞き出せず言葉を検察へ送る事となった。

 「よし!今日はこの事件の後始末が終わったから飲みに行くぞ」

 野瀬は高町と森野を誘う。他の捜査員は2週間前から別の事件の捜査に行き。終わった事件の後始末は野瀬と高町・森野だけで行われていた。

 「野瀬さん。すいません今日は妻と約束していて…」

 高町が申し訳なさそうに断りを入れた。

 「気にするな。奥さんを大切にせんといかんぞ」

 「はい、ありがとうございます」

 結婚1年目の妻を持つ高町は上司の好意に感謝しながら久しぶりに夕方の我が家へと帰って行った。

 そんな高町を見送りながら野瀬は「これで今晩は森野とデートだな」と言い。森野は「私は焼肉が良いです」と意地悪に返した。

 

 野瀬と森野は焼肉屋では無く野瀬がよく行く居酒屋でささやかな仕事を仕上げた事を労った。

 店を開いて30年は過ぎて煙草や焼き鳥の煙で煤けた白い壁紙の壁のある古い小さな店だったがこの晩も客は満席とはいかないまでも盛況である。

 二人の座る席の机には乾杯したコップに注がれたビールと焼き鳥に輪切りにしたイカの揚げ物やマグロの赤身とハマチの刺身などが並んでいる。

 初めてこの店に来た森野は焼き鳥の上手さに舌鼓を打ち野瀬へ満面の笑みを浮かべていた。それを見て野瀬はここに森野を連れて来て良かったと満足した。

 「森野よ。今回の事件だが女から見てどう思った?」

 やや顔が赤くなった野瀬が森野に尋ねた。

 マグロの赤身を噛んで飲み込んでから森野は答えた。

 「桂さんと西園寺さん。この二人は可愛そうですよ伊藤に振り回されて。それにしても分からないのはあの伊藤をどうして二人はあそこまで好きになったんですかね?伊藤に惚れなきゃあんな事にはならなかったのに」

 焼き鳥とビールのせいか今の森野は饒舌だ。

 「なるほど。ところで森野は男を好きになった事はあるか?」

 思わぬ野瀬の質問に森野はアルコール以上に顔を赤くした。

 「何度か恋を。いや、片思いしか無かったです。高校生の時に告白した事があったんですが…もう彼女が居たからダメでした。それから恋をした事は無いです」

 恥ずかしそうに自分の恋の遍歴を大雑把に語る森野が野瀬には可愛く見える。

 「刑事をやって20年以上になるが男と女の関係がこじれての殺人事件は何度も見たな。だいたいは浮気相手が居た。自分への愛情が伝わらないと言うのがほとんどだな」

 「今回の事件も同じなのですか?」

 「同じだな。妊娠したと騒ぐ西園寺に伊藤は愛想を尽かして他の女に乗り換えようとした」

 誠は世界が妊娠したと告げた後で乙女など肉体関係を持った同級生女子に携帯電話で連絡を取ろうとした事は捜査で分かっていた。

 「そして伊藤は桂と寄りを戻した。それに西園寺は怒って伊藤を殺す。桂は伊藤の仇を討つように西園寺を殺した。一人の男を巡って二人の女の子は狂ったんだ」

 「狂ったんだ」と言う野瀬の言い方に森野はどこか腑に落ちない顔をした。

 「恋愛での恨みや怒りは狂ったと言うものなんでしょうか?」

 「いや、恋をした時点で人は男でも女でも狂うもんさ。周りが見えなくなって好きな相手だけが自分の世界になる。それは狂ったと同じさ」

 「確かに恋に狂うとは言いますね。 でもそれだと人を愛するのは狂っている事なんですか?」

 この質問に野瀬はまず心地よい笑いをした。

 「そこは恋と愛は違うものだよ。高町はどうだ?あいつは奥さんを愛しているが狂っているように見えるか?」

 「そうには見えません」

 「だろ。けれども高町は今の奥さんと付き合い始めた時は気持ち悪いぐらいニコニコして凡ミスばっかりやっていたもんだ。これが狂った状態。しかし結婚してからは今と同じようにしっかりとやっている。この違い分かるか?」

 「それは、えと」

 森野は言葉に詰る。どう違うかを説明できない。何となくは分かるが言葉が見つからないのだ。

 「それは大人として高町は相手をパートナーとして認めたからだ。恋から愛へと落ち着いたんだ」

 野瀬の言を理解できないが森野は頷く。野瀬はその辺りは追求しなかった。

 「あの三人はまだ子供で恋に燃え上がり狂い。ただそれだけしか無い毎日になっていたんだ。伊藤は他の女に目移りしていたが桂と西園寺は伊藤しか見なかった。もしも伊藤が桂と西園寺以外の子と本気で付き合っていたらこんな事件にはならなかっただろうな」

 「ですがそれでは桂と西園寺が伊藤の新しい彼女を殺害する事になるのでは?」

 「それは無いだろう。今回の事件はあの三人の関係によってこそ起きてしまったんだから」

 森野はそこで合点した。

 「伊藤を中心にした恋愛の始まりは西園寺と桂からでしたね。そして事件の時もまた三人に戻った。だからこそライバル同士の桂と西園寺は反目し合う事になった訳ですね」

 「その通り。伊藤の浮気が続いていれば彼女達は心を縛るものは無くなった筈だからな。そうなれば失恋で落ち込みはするがライバルに負けたと言う嫉妬や怒りにまではならなかっただろう。目の前の相手こそが大きな存在だからね」

 「それ分かります。私も中学の時に告白しようとした男の子が先に告白していた友達に取られた時は友達を恨みましたからね。その友達が全然その気が無いなんて言うから尚更腹が立ちましたよ」

 「まさにその感情だよ。西園寺にとってはあれほど思っていたのに報われない。むしろ裏切られたと思えて伊藤を殺した。そして桂も自分の元へ戻った彼氏が殺されて怒った。そしてあの破局になった。恋に燃えて狂った結果だ」

 森野は誠・言葉・世界の事件へ至る心情的な面での野瀬の分析に納得した。

 「もしもこの事件が防げると言いますか。殺人まで至らないようにするにはどうすれば良かったでしょうか?」

 森野は野瀬へ問う。野瀬はふむと少し考える。

 「一番いいのはあの三人が交流を持たない事だが。現実的には伊藤がしっかりする事がまず第一だな」

 それを聞くと森野は「やっぱり彼氏がしっかりしないといけないですよね」と過去の何かの体験からであろう相槌をする。

 「男もそうだが桂にしろ西園寺にしろ伊藤があんな甲斐性なしになった時点で伊藤から離れるべきだったんだ。諦める事ができれば何も殺すまではやらんかったろう」

 野瀬はこう事件を防ぐ方法を挙げてみた。

 伊藤誠を中心に広がった男女関係。その中から抜け出せず誠を自分へ引き戻そうと言葉と世界は躍起になった。そうした思いを知らず知ろうともせず誠は本能であるかのように他の少女達との間を渡る。互いが逆方向を向いていて尚一緒になろうとする矛盾が引き起こした事件なのだ。

 「でも諦めるのはあの年頃ではかなり辛いものですよ」

 森野は言う。

 「その辛さに耐えられるかが大人になる試練なんだよ。俺は何度もその試練を繰り返しとる」

 最後は恥かしそうに言いながら野瀬はビールをあおる。

 

 

 言葉の裁判が地方裁判所で始まった。

 裁判で言葉は世界殺害については認めたが誠の遺体を解体した事は認めなかった。

 いや、誠が死んだ事すらまだ認めず「誠君はまだ生きています」と反論した。

 「沖縄であなたが発見された当日。あなたの傍には1つのバッグがありました。その中身は憶えていますか?」

 検察が言葉に誠が変わり果てた姿になっているのを思い出させようとしていた。

 ヨットで沖縄本島近海にまで漂流し誠のバラバラ遺体が詰ったバッグと一緒に海保に発見された時の事である。

 「そのバッグには誠君が居ました」

 言葉の言い様に検察がやや強張った。

 「居たというのはどんな状態で?」

 「バッグに収まるような形です」

 検察と裁判官は核心を遠ざけるように取れる言葉の返事にやきもきする。

 「ですが、人間はバッグへ簡単に収まるものでしょうか?伊藤誠さんはどんな様子でしたか?」

 「誠君は初めて乗るヨットに満足していた様子でした」

 「伊藤誠さんは笑っていたと?」

 「ええ。私のすぐ傍に誠君は居ましたから」

 言葉は良い思い出のように検察へ語った。

 「それは生きていた状態ですか?」

 なかなか答えを言わない言葉に検察はストレートに尋ねる。

 「もちろんですよ。誠君は生きてるんですよ」

 「私の質問は以上です」

 手に負えないと諦めた顔で検察は自分の席に座る。代わって言葉の弁護士が裁判長に発言の許可を求めた。

 「裁判長。被告人の精神鑑定を求めます」

 これは裁判官・検察・弁護士の一致した考えとなった。この裁判を担当した検事は「この裁判は弁護士のシナリオでしかやりようがない」とぼやいた。

 言葉の弁護士は最初から言葉の異常な精神状態から精神鑑定で勝てると確信していた。刑法第39条にある「心神喪失者の行為はこれを罰しない」が通れば言葉は無罪に出来るからだ。

 そしてその通りとなった。

 「桂言葉を無罪とする」

 裁判長は判決をまず述べると言葉に科せられた罪である世界の殺害と誠の死体損壊どれも精神鑑定の結果から刑法第39条に該当すると判断したと主文を続けた。

 精神鑑定の結果は誰もが予想した通りに責任能力がある正常な状態では無いと報告書を出した。検察は世界殺害を言葉が認めているのだから責任能力があるのではと考えたが裁判でも正常ではない言動を言葉がするのであるから精神鑑定の結果を肯定せざるえない。

 検察は世界の母親である踊子に高等裁判所への控訴を勧めたが踊子は断った。

 「これ以上裁判をしても意味はありません」

 この時の気持ちを踊子は誰にも語る事は無かったが、自分のよく知っている人物。桂真奈美の娘が我が娘を殺した犯人であるが、この事件の始まりが自分の娘が一人の少年を殺した事に端を発している以上は自分だけが被害者だと言えない心境があったからだ。

 こうして事件は桜が花弁を全て散らし緑の葉に包まれた時に終わった。

 

 事件から五年後

 原巳浜はいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。事件の関係者である当時の榊野学園の誠の同級生達は卒業して大学生か社会人となっていた。

 もうあの事件は過去の記憶である筈だった。

 警部に昇進した野瀬も多くの事件同様に過去の記憶として留めているに過ぎなかった。だがその記憶が不意に蘇る日がいきなり訪れた。

 「こんな所でまた顔を見るとはなあ」

 野瀬は結婚式に参列していた。この式での新郎が野瀬の親戚の息子であった。その新郎と並ぶ新婦が言葉だった。

 「野瀬さんお久しぶりです」

 「本当に久しぶりだね真君。最後に会ったのは君が中学生の時だったなあ」

 久しぶりに会う甥っ子に野瀬はにこやかであった。

 「それと新婦さん。はじめまして野瀬と言います」

 野瀬は真と同じ口調で言葉へ挨拶をする。だが目は僅かに険しい。

 「どうも。はじめまして野瀬さん」

 言葉も覚えていたようで姿勢と口調が少し固くなった。

 この変化を真は悟る事は無かった。いや、野瀬も言葉も悟らせるつもりは無かった。晴れの席であるし言葉の過去を真へ伝えるかどうかは言葉次第なのだから。

 「真君。嫁さんを大事にするんだよ。男の気ままで鈍感なところはすぐに女を怒らせるからね」

 野瀬はアドバイスをする。

 「はい。もちろん大事にしますよ」

 真は気安い返事をした。とはいえ野瀬からすると半分は真面目な忠告のつもりであった。何故なら甥っ子の名前が伊東真だからだ。読みはまさにあの伊藤誠と同じなのだから。

 「新婦さん。こんな甥っ子ですがとてもいい子なんです。少し鈍感でも許してやって頂戴ね」

 野瀬は冗談でも言うように言葉へ言う。だがその目は言葉の双眸を見据えるようだった。甥を危険な目に遭わせるなと警告しているのだ。

 「はい。真さんの性格はよく知ってますから」

 言葉は落ち着いた声で答える。言葉は野瀬の威圧に嫌悪感を抱いていたがそれを露骨には表さなかった。

 野瀬は挨拶を済ませて席に戻った。

 「野瀬さん。真君は運がいいね。逆玉なんてできて」

 野瀬へ伊東家の者が話しかける。庶民の家庭と言える伊東家が豪華な一軒家を持つような桂家と結婚するのだからまさに逆玉の輿と言える。とはいえ言葉は伊東家に嫁ぐのだから完全に逆玉とは言えないのだが。

 「しかもあんな可愛い嫁さんだし真君は幸せ者だ」

 浮かれた様子でこの結婚を伊東家は祝しているようだ。だが野瀬は浮かれる気持ちにはなれない。

 (果たして幸せなのだろうか?桂言葉はあの伊藤誠を甥に被せて見ているに違いない。なのに彼女は甥の性格をよく知っているだのと言う。勘違いか本当か。勘違いなら夫婦生活は酷い終わり方をするんじゃないだろうか?)

 そう懸念が湧くとこの結婚式が何か現実離れした馬鹿騒ぎのように見えてくる。果たして真君は桂言葉が五年前に精神を病んで殺人を犯した事を知っているのだろうか?聞こうにも今は無理だ。

 (五年で更正。いや変わっていればいいが…幸せにやってくれよ。頼むぜ)

 微笑む真と言葉を眺めながら野瀬は願った。

 お互い幸せなならそれでいい。もう修羅場に戻るなと。

 

 (終)




 この作品はCSで放送していた「School Days」を某掲示板で実況しながら見ていて「言葉は有罪か無罪か」の議論があった事から思いついた話です。
 (言葉の精神状態が不安定なので刑法第39条により無罪だろうと言う結論になった)
 
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