勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。   作:吉樹

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第3話 「魔王様、精霊メイドを召喚する」

「ふう……さすがに疲れたな」

 

 

 小川から水をすくって喉の渇きをいやした後、私は脇に転がっている少し大き目の小石に腰かけた。

 

 追撃部隊を返り討ちにした私は、街道から逸れて森に入っていた。

 ちょうど小川のせせらぎ音が聞こえてきたからだ。

 喉が渇いたこともあり、休憩がてら、今後の身の振り方を考えるために、この場に立ち寄っていたのである。

 

 これといって目的地があるわけでもないので、これくらい寄り道したって別に構わないだろう。

 

 

「……小腹が空いたな……」

 

 

 道具袋には生活必需品がそれなりに詰め込まれてはいるが、生憎と、食料は入っていなかった。

 私は基本的に間食もあまり摂らないので、自室にはお菓子の類も一切なく。

 こんなことになるならば、非常食をストックしておけばよかったと後悔である。

 

 

(……まあ、魔王城を追放されるなんて予測、立てられるはずもないがな)

 

 

 苦笑い。

 

 贅沢はしていなかったつもりだが、生活に困ることはなく、必要なものはすぐに揃えられていた。

 しかしいまでは……

 飲み水にすら苦労してしまう始末。

 

 

 ぐう……っと、空腹を訴えてくる腹。

 

 

 あまりにも情けなくて、涙よりも笑いがこみ上げてくる。

 

 森の中なので探せば食材はいくらでもあるだろうが、残念ながら私には食材の知識もなければ、料理すらまともにできなかった。

 料理人がいたのだから、私が料理をする必要がなかったせいでもある。

 

 それだけ私は……頂点にいたということだ。

 

 

「くくく……地位がなくなっただけで、私はこんなにも無力だったんだな」

 

 

 自虐的に呟いてから、思い出した。

 私には、身の回りを任せていたメイドがいたことを。

 

 

 召喚者の魔力を糧とする精霊。

 

 

 地位のある者や魔力の強い者は、金銭の関係ではなく自身の魔力で働いてくれる精霊メイドや執事を使役するのが主流であり、私もまた、同じようにひとりの精霊メイドを使役していたのだ。

 精霊メイドや執事は魔力を与える限り決して裏切るということがないので、信頼性が高い精霊に趣が置かれるのは自然の流れだった。

 

 金の切れ目が縁の切れ目……普通のメイドや執事の多くは、簡単に裏切るのだから。

 

 

 召喚自体は下級に部類されるので問題ないが……

 

 

「問題なのは、いまの減退した私の魔力が”あいつ”の好みにあるか、だな」

 

 

 新しく別の精霊を使役してもいいが、どうせならば、いままで使役していた同じ精霊がいいと思ってしまうのは……私自身、精神的に弱っているからかもしれない。

 

 全てを失ったわけだが、せめて身近に置く者は、慣れ親しんだ者がいい、と。

 

 

(……無意識に、私も弱ってたんだな……)

 

 

 私だって不安を抱いてしまうのは仕方ないだろう。

 虚勢を張っても意味がないので、無駄な強がりはしない。

 思い出すと、いまの状態で使役できるのかわからないが、すごく顔が見たくなってしまった。

 立ち上がった私は、正面の地面に魔法陣を展開する。

 

 

 明滅する魔法陣から現れたのは、メイド服に身を包む、ひとりの女性。

 

 

 美男美女のエルフを思わせる美貌の持ち主ながらも、まったくの無表情であり。

 白銀の髪と真紅の目が特徴的な魔族とは違い、前髪を切りそろえた深緑の髪と深緑の目が、まるで人形を彷彿とさせていた。

 

 その精霊メイドは、私を視認した後、きょろきょろと周囲を見回した。

 

 

「おや……? ここは魔王城ではありませんね」

 

 

 淡々とした口調には、感情の起伏がまったく見られない。

 感情がまるでないというわけではないが、彼女は単純に希薄なのである。

 

 

「ふむ……なるほど。クレア様。()()()魔王城を追い出されたのですね」

「……ん? ”ついに”? どういうことだ? お前は何か知っているのか?」

「我々精霊メイドの情報網では、すでに周知の事実だったのですが」

 

 

 当たり前のことを言うような口ぶりで、精霊メイド──アテナが私を見てくる。

 

 

「魔王陛下──クレア様は、じきに裏切られるだろうと」

 

 

 とんでもない爆弾を投下してきたものだった。

 

 

「なっ……いやいやいや! ちょっと待て!?」

 

 

 私はこめかみを抑える。

 

 

「そういう情報がありながら、どうして私に教えなかったんだっ?!」

「聞かれませんでしたので」

「…………ああ、そうか、そういうことか。お前は、昔からそういうところがあったよな」

「やれやれ。私に八つ当たりされても困ります。裏切られたのはご自身の不始末でしょう? 自身の無能さを棚に上げて私を責めるなど……愚の骨頂としか言えませんね」

 

 

 アテナは私に使役されていながらも、他の使役精霊と違って絶対服従の姿勢ではなく、言いたいことははっきりと言ってくる、少し変わったタイプだった。

 そういう面の相性が私と合っていたというのもあるが、彼女は口は悪いがメイドとして優秀だったこともあり、彼女(精霊メイド)を変更することなく、今日までずっと傍に置いてきたというわけなのだ。

 

 

 相変わらずの憎まれ口に、私は腹を立てるよりも、妙に懐かしく思ってしまう。

 

 

「アテナ、いまの私の状況をどこまで把握している?」

「把握も何も、召喚されなければ私は精神世界で眠った状態なので、外の状況はわかりかねます。精霊メイドのネットワークも、あくまでも召喚されている状態に、交換するものなので」

「そうなのか」

 

 

 淡々と答えてくるアテナに、私は隠すことなくいまの状況を教えた。

 隠す意味もなかったからだ。

 ここで見栄のために嘘をついたところで得るものは何もなく、ただただアテナの信頼を失うだけである。

 

 

 口を挟むことなく静かに聞き終えたアテナは、理解したように頷いてきた。

 

 

「なるほど。それでクレア様の魔力が()()なっているのですね」

「アテナ。私としては、これからもお前に傍にいてほしいと思っているんだが……」

「おやおや。プロポーズの言葉とは、気が触れましたか? 私にそっちの趣味はありませんよ?」

 

 

 抑揚のない声で、冗談か本気かわからないことを言ってくる。

 そんな彼女に、私は溜め息ひとつ。

 

 

「真面目な話だ。いまの私は魔力が減退している。お前の糧となる魔力が、いまの私の魔力で足りているのだろうか?」

 

 

 割と真剣な口調で問うと、アテナは「ふむ……」と顎に手を当てて、私をじっくりと観察してきた。

 深緑の両目がわずかに光を帯びたのは、私に内在する魔力を見極めているのだろう。

 

 ──やがて、アテナの両目から光が消えた。

 

 

「薄味になったスープ……と、いったところですか。まあ、これはこれでありですかね」

「……? どういう意味なんだ?」

 

 

 ちょっと意味がわからなかったので私が頭に疑問符を浮かべると、アテナはこほんと咳払い。

 

 

「大好きな料理を出す店があったとします。しかし薄味になってしまいました。ですがその料理は、その店でしか食べられません。ならば、多少の不満はあれどもレアリティを優先するのは当然のことです」

「……不満は、あるんだな」

「当然ではありませんか。まあですが、私は(魔力)に煩いのです。相性の良い魔力が薄くなったとしても、その味を手放したくはないのです。ですが、とてもとても不満です。それはもう限りなく。精霊にとって魔力は死活問題になってきますので。ですがまあ、私はオトナなのです。多少の不平不満はごくりと飲み込んでも、胃もたれを起こしたりはしないのです。ですからその点だけは、ご安心ください」

 

 

 珍しく饒舌になったのは、やはり不満の現れなのだろう。

 無表情でまくし立てられるのは、ちょっと怖いものがあった。

 

 しかし私は……

 

 

「そうか……すまんな」

 

 

 素直に嬉しいと思ってしまった。

 全てを失ったと思っていたが、私は全てを失ったわけではなかったということだ。

 

 

「あっさり下剋上された無能な元魔王様、ひとつ宜しいですか?」

「なぜお前は、いつも傷口に荒塩を塗り付けるのか。……なんだ?」

 

 

 無表情ながらもアテナが、まるで借金取りのような眼差しを向けてくる。

 

 

「薄くなった分、今までの倍の魔力を頂きます。文句はありませんね?」

「……戦闘に影響が出ないタイミングでなら、な」

 

 

 きちんと主義主張をしてくる”旧友”に、私は苦笑いを隠せないのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

「空腹なんだ。さっそく、何か料理をつくってくれ」

 

 

 再び契約し直したアテナに遠慮することなく注文するも、当の彼女はやれやれと溜め息を吐いてきた。

 

 

「食材もないのに何か料理を作れなど……相変わらず無理難題を吹っかけてきますね。どこぞのヒーローみたいに『僕の顔を食べなよ』的な展開を期待されても、返答に困ります。私の中身は餡子ではないので」

「むう……そうか」

 

 

 言われてみればその通りである。

 いくら優秀なメイドとはいえ、食材がなければ何も作れはしないだろう。

 

 彼女が言った某ヒーローが何者なのか気になったが、精霊にしか知らない情報があるのだろうと、深く追求はしない。

 

 

「ちょうど、そこに小川が流れているのです。魚を捕られてはどうでしょう?」

「魚、か……」

 

 

 当然ながら、私には魚を釣った経験なんてあるわけがなかった。

 

 

「釣り竿もないのに、どうやって魚を捕ればいいんだ?」

「そんなものは知りません。ご自分で考えてください」

 

 

 魚を捕るまでは何もしないとばかり、アテナは手近にあった小岩に腰かける。

 まるで他人事である。

 まあ、食べ物を必要とする人間()と違い、精霊であるアテナにとっては、私の魔力さえあれば事足りるので、そういう反応になるのだろう。

 

 

 兎にも角にも。

 

 漁獲することに関してはアテナは役に立たないようなので、私は思案することにする。

 

 

(どうしたものか……)

 

 

 道具がなければ作る? ……私にそのような技術はない。

 熊のように素手で捕まえる? ……人間が動物の瞬発性を真似できるはずもない。

 ならば……

 

 その後もあれやこれやと試行錯誤を繰り返した結果、私がつくづく温室育ちだったのだと痛感するだけだった。

 

 いつまで待っても何の動きも見せない私に飽きたのか、小岩に座るアテナはいつしか、宙を舞う蝶々と戯れていたりする。

 完璧な美貌を持っているだけに、その光景は絵になっており、思わず見惚れてしまうが……

 腹の虫が抗議をしてくるので、私は正気に戻る。

 

 

(動物にはない知恵が、人間にはあるんだ。だったら、それを使えばいい)

 

 

 そして考えることしばし。

 ようやく私は、ひとつの答えにたどり着く。

 

 剣を鞘から抜いた私は、小川に蒼の切っ先を付き入れた。

 当然ながらそれだけでは何の効果もなく、川の中を優雅に自由に泳ぐ魚たちは、簡単に避けていく。

 

 

 私は、知恵を持つ人間だけが得ている、英知ともいえる魔法を発動させた。

 

 

 冷気が吹きすさび。

 氷が関となって、川の流れを遮断する。

 さながら、簡易的なダムと言ったところだろうか。

 

 進行方向が突如として塞がれたことに、魚たちが右往左往。

 

 そこへ、川の中に突き立てている蒼剣の出番である。

 雷撃が迸り、魚たちをまとめて感電死させたのだ。

 

 ぷかぁっと水面に浮かんでくる大量の魚を前に、私は満足げな笑み。

 

 思わずドヤ顔になってしまったのは……スルーしてほしい。

 それだけ、嬉しかったということだ。

 

 

「アテナ、魚を確保したぞ」

「時間がかかったようですが、まあいいでしょう。あやうく『魚すら満足に捕れないのか! この無能め!』と蔑むところでした」

 

 

 蝶々との戯れを中断したアテナはそう言って立ち上がり、私の元へと歩いてくる。

 

 

「ではクレア様。魚を回収後、魚と同じだけの小枝を拾ってきてください」

「……おいおい。まだ、私を酷使するつもりなのか?」

「これは異なことを。食事を摂りたいのはクレア様であって、私ではないのですが?」

「ぐ……わかった。いまは、言う通りにしよう」

 

 

 空腹には逆らえない。誰だってそうだろう。魔王とか関係なく、私はとにかく腹が減っていたのだ。

 

 言われた通りにすると、私から短刀を借りたアテナが手際よく魚を捌いて内臓を取り出した後、いつの間にか用意していた焚き火に、小枝を貫通させた魚をくべていた。

 

 

「……これは?」

「焼き魚です。魚料理においては、割とポピュラーな代表作です。本来なら塩で味付けしたいところですが、生憎といまこの場には調味料がないので、素の味をご堪能ください」

 

 

 焼けた魚を手渡され、ひと齧り。

 ……うん。決してまずくはなかったが、おいしいとも言えない微妙な味加減。

 確かに、これならば塩味が恋しくなってくる。

 こんなことならば、魚以外にも、木の実やキノコでも採取しておけばよかったかもと、思ってしまう。

 

 

 ……とはいえ。

 私だけでは、この程度の料理すらできなかったのだから、贅沢は言えないだろう。

 

 無言で魚をハグハグすることしばし……

 

 

「……ふう。とりあえず、満腹にはなったかな」

 

 

 元々私はあまり食べる方ではなく、どちらかと言えば小食の部類に入るので、これだけの魚でも十分すぎるほどに満足してしまうのだ。

 

 

「あふ……」

 

 

 大きな欠伸をひとつ。

 どうやら、満腹になったことで眠気が襲って来る。

 リラックスしてしまったことで、いままでの緊張感による疲労が一気に押し寄せてきたらしい。

 

 

 しかしそんな私を前に、アテナが無表情の目を私に向けてきた。

 

 

「では、対価の魔力を頂きます」

「……え?」

「『え?』ではありません。物事には対価が発生することは、今さら説明する必要はないと思うのですが?」

「いや、そうじゃなくて。魚料理をしただけで? という意味なんだが……」

「現状を考慮した結果、前払いさせて頂いた方がよいかと思いまして」

「いやいやいや……前払いとか、さすがにそれは、暴利じゃないか?」

 

 

 戦闘力が低下した状態による、先ほどの追撃部隊との戦闘で、私はひどく疲れていたのだ。

 そのうえ、漁獲でも少なからず疲労している。

 こんな状態でアテナに魔力を食われては、さすがに意識を保っている自信がなかった。

 

 

「クレア様。残念ながら、貴女に主導権はないのです」

 

 

 冷淡に告げてつつ、私へと近づいてくるアテナ。

 

 まじか……と私は絶句。

 これではどちらが主人なのかわからない。

 

 

「私としても”空腹”を覚えている状態なのです。まだ前回の働きによる報酬を頂いてはおりませんので」

「……ああ、確かに、そうだったな」

 

 

 まさか魔王城を追放されるなんて思ってもいなかったので、アテナへの報酬はまだ未払いだったのだ。

 あの最強勇者との決戦の日が、ちょうど報酬の支払日だったということもある。

 

 

「……すまなく思うが、延期という選択肢はないだろうか……?」

 

 

 こんな状況なのだ。

 もう少し安全が確保されてからでないと、おちおち眠ることすら出来ないだろう。

 寝ている時に襲われては、まさにひとたまりもないのだから。

 

 

「やれやれ……ご自分は満腹感を得ておいて、私には空腹のままでいろと仰ってくる。どれだけ鬼畜なのですか? 貴女は。それとも、空腹に喘ぐ他者を見て悦に浸る狂気的な嗜好の持ち主なのですか?」

「いや、何もそこまで言わなくても……」

「先ほども述べましたが、正直なところ、私にも()()がないのです。精霊にとって魔力接種は生死にかかわることですので。というわけで、頂きます」

「いや、ちょ……」

 

 

 私に反論の余地を一切与えずに、アテナが私に襲い掛かってきた。

 負い目もあることで反応が遅れてしまった私は、あえなく魔力を根こそぎ奪われることに。

 急激な魔力低下により意識が混濁してしまい。

 私の意識は、あっけなく闇の底に落ちていくのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 ※ ※ ※

 

 

「はあ、はあ、はあ……っ」

 

 

 息を切らせながら、ひとりの軽装姿の少女が森の中を駆けていた。

 走るたびに尻尾が激しく揺れ、狼型の耳がしきりにぴょこぴょこ動いている。

 その全身は傷だらけで、額にも汗がびっしり浮かんでおり、それでも狼人族の少女はひたすらに駆けていた。

 恐怖が浮かんでいるその双眸が後ろを振り返ると、その原因たる”存在”の姿が。

 

 

 

『逃がさないぃぃい! ”あの人”を殺したお前だけは許さないぃいぃい!』

 

 

 

 宙を浮遊しながら、血走った目で少女を追ってくる女。

 半狂乱といった様子から、もはや会話が成立しないことは明らかだった。

 

 

 走りながら少女は、無駄と知りながらも叫んでいた。

 

 

「知らないってば! あたしは無関係だって!!!」

 

 

 森の中で気楽に採取クエストの最中に、運悪く”こいつ”に遭遇してしまっただけなのだ。

 

 

 

『”ジェイ”は立派な勇者だったのにぃいぃ! どうして魔王に殺されなきゃいけないのよぉおおぉ!』

 

 

「だから知らないってば!! 誰だよそいつ!」

 

 

 誇れる戦闘力を持たない彼女は、ひたすらに逃走する。

 冒険者とはいってもランクは初心者レベルなので、採取クエストで経験値稼ぎをしていたところだったのだ。

 

 

「あーくそ! なんでこんな森に”狂精霊”がいるんだよ!! 聞いてないよぉっ!!?」

 

 

 名の通り狂っている以上、穏便な話し合いなんて出来るはずもなく。

 まだ冒険者を初めて日が浅い彼女には、完全に手に負えない相手だった。

 

 

 狼少女は自身の不運さを呪いながら、ひたすらに逃げ回る──

 

 

 

 

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『小説家になろう』にて本編書いてます。

こちらは時間のある時に更新してる感じです。

 

 

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