主役がいない、物語   作:花篠 成之

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噛みつく猛犬 Crazy_dogsⅡ

 網膜を焼く閃光があった。

 

 鼓膜を裂く轟音があった。

 

 内臓を震わす衝撃があった。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ──激突の後には、なんの痕も残っていなかった。

 

 雑然としていた数秒前と比べて、すっきりしたと感じられるその場所に立っていたのは一人だけ。

 

「……見事である。多少は被害を抑えようと手加減はしたが、ここまで威力を削られるとは思っていなかったのである」

 

 大した傷もなく、寸分変わらない様子でメイスを持ち、仁王立ちするアックアだけだった。

 鬱蒼と茂っていた木々は一部を残しほぼ消滅したが、一帯への被害は十分抑えられていた。アックアが地面に到達する前に衝突したことで発揮するはずだったエネルギーが大幅に失われたのだ。

 

「……あれで手加減込みとは恐ろしい、ネェ……」

 

 アックアの声に答えたのは、僅かな倒木の下敷きになった男。押し退ける気力もないのか、全身から『チューブウェア』の水と混ざった薄い血液をドクドクと染み出させている。

 

「それでは、覚悟はできているのであるな」

「とっくに。あーあ、こんな戦力があるなら尚更あいつを狙わなくていいと思うんだけどネェ……」

 

 命を賭けて戦ったせめての手向けとして、苦しまずに逝かせてやろうと高々とメイスを振り上げる。

 

「残念ながらこれが私の為すべき事な」

「おじさんはマルバを傷つけるの?」

 

 既視感を覚えた、否、既聴感とでもいうべきか。自分の言葉を遮る幼さの残る声に、聞き覚えがあった。声の主は予想通り先ほどの少女。

 

「マルバはいい人だよ。私を助けてくれるって、ずっと嘘を吐かないで学園都市(ここ)まで連れて来てくれた」

 

 相手は年端もいかない少女。なのにアックアの第六感が次第に警報をけたたましく鳴らす。その間にも彼女は主観に頼った論法で自分なりの勝手な結論を組み上げていく。

 

 それは、致命的な暴発までのカウントダウン。

 

「マルバを傷つけたってことは、おじさんも悪い人だよね」

 

 

『グル………』

「ッ?!」

 

 

 生臭い吐息と得体の知れない威嚇のうなり声を五感で感知すると同時、咄嗟に逸らした上半身のあった空間にガチッッッ!と“何か”が噛み付いた。

 

「今のは一体なんであるか!」

 

 大きく飛び退きながらアックアは叫ぶ。問うのは正気を疑わしい少女ではなく、横たわっているマルバというらしき男の方。

 男は怪我も考えず口角から血の泡を飛ばして叫ぶ。

 

「それがあんたらが扱おうとしてた奴の正体だ!クソッ、おい落ち着け!」

「何を言っているのである!私たちのターゲットは彼女などではない!」

 

 

「「………………?」」

 

 危機は相も変わらずに襲っているが、関係なく二人の間に寒々しい空白が生まれる。

 きっと互いに思ったに違いない。「何を言ってんだコイツは」と。

 そして次にはこう思っただろう。「あれ、もしかして人違いじゃね?」と。二人は段々と白くなっていく互いの顔色を見て、考えが同じ事を察した。

 

「…………回復魔術は使えるかネェ?」

「もちろんである。水のルーンを扱う上では基本であるからな」

「頼む」

 

 少女からの不可視の咬撃を戦闘センスで回避しながらマルバを押し潰している倒木を彼方に蹴り飛ばし、回復魔術を行使する。燐光と共に流れていた血河は止まり、肉体の損傷も治っていく。

 

「……よし。ほら、俺もう大丈夫だからサァ!攻撃を止めて欲しいネェ!」

 

 施術が終わると復活した体を強調するよう、少女にぎこちないスキップで走り寄る。少女がそれを見ると、アックアへの視線が外れ、自然と攻撃も止む。

 

「……………本当に?」

「本当サァ!」

 

 威勢良く声を張り上げるが、裏腹に何時アドリブがばれるか内心ヒヤヒヤだ。じっとりと、破れた『チューブウェア』のせいではなく気持ちの悪い汗が背中を伝う。

 

「さっきのは?」

「あれはゲームサァ、ゲーム。あいつってば乱暴で会う度にこうしてくるのサァ。証拠にほら、治してくれたネェ?お前もゲームのキャラが怪我したって別に泣かないよだろ?」

「……うん」

 

 徐々に少女はいつもの空気を取り戻す。その事に心から安堵のため息を細く吐く。

 

「だからおじさんを攻撃するのもやめてあげてネェ」

「分かった。ゴロー、戻っておいで」

 

 呼びかけに応じ、ぐるぅ……と先程とは違い何処か嬉しそうなうなり声が少女の耳元でする。その様子を見て、ようやく安心したマルバは腰が砕けたようにへたり込む。

 

「…………すまないのである」

「良いって事サァ」

 

 メイスを影の中にしまい込み、座り込んだマルバの横でアックアが謝罪を囁く。

 

「それよりも貴様は何故私を攻撃したのか聞いてもよいのであるか」

「……分かってるだろうけど人違いサァ……」

 

 少し離れた所でキャッキャッと見えない獣と戯れる少女を尻目に、マルバは初めてゴーグルを上げて、重い口を開いた。

 

「俺は元々北欧系の結社の一員でサァ。まあそれは術式を解析すれば分かると思うけどネェ。最近はやけに勢力図の移り変わりが激しくて、古巣もよそに抗争を仕掛けようとしてた」

「古巣ということは抜けたのであるか」

 

 苦々しい顔で目を伏せながらも強く頷く。ギリギリと歪む顔に後悔の色はなく、むしろ抱く嫌悪感の方がよく目立つ。

 

「ああ。そこまではまだいいが、抗争に無関係の少女を利用しようなんて許せると思うかネェ?」

 

 そんな性分だったから『閉鎖の環を開く資格を与えよ(Anulus929)』なんて魔法名を名乗るのかもしれない。一度完璧に、完全に、完結した安穏を破壊してまで新しい誰かを受け入れる。それは、果てしなく強固な意思が問われる行動である。魔術師なんて人種は例外なくこんな者だ。どうしても叶えたい、だけど普通の手段じゃ不可能な願いがある人間しかなれやしない。

 

「それがあの少女、というわけであるな」

 

 やはり上条当麻の存在は世界情勢に確実に悪影響を及ぼしている。なんとしてでもあの右手だけは回収する。

 マルバから少女の身の上話を聴き、不憫に思うと同時に何度目かも数え切れないほど辿り着いた結論に至る。

 

「どうしたかネェ?急に怖い顔しちゃってサァ」

 

 心中が知らず知らずの内に表情に表れていたのか、マルバまで心配そうな様子を見せる。

 

「いや、何でも無いのである。それはそうと、結局あれは一体なのであるか?」

「あの子の?あれは『犬神憑き』サァ」

「……イヌガミツキ?」

「やっぱり知らないよネェ。まあそこが強みなんだけどサァ」

 

 曰く、犬神憑きとは日本固有の憑き物。ありがたがって拝まれることもあれば、畏れられ祟る事もあるという。そんな万能性と土着信仰ゆえ詳細が知れ渡っていないことによる対策の取りにくさから、今代の憑依主である少女が狙われたのだという。

 

「暗殺に戦闘はもちろん、果ては資金繰りまでなんでもござれ。組織のために使い潰そうとするから、俺ともう一人で共謀して連れ出したのサァ」

「学園都市に連れ込んだ程度で諦めるものであるか」

「多分追ってくるだろうネェ。だけどここに来るしかなかったのサァ。犬神憑きってのは血筋に取り憑く。だから全身の血液と骨髄をまるっと交換しちまえば取り憑けなくなる」

「たしかにその難易度の手術は学園都市でしかできないのである」

「で、手術日が明日なのサァ」

 

 微かに瞬く深夜の星を、目に現像するかのように一心に眺める。そこには今までの苦労への万感の思いが滲んでいた。

 

「やっとこれで終わ……ッッ!」

 

 次の瞬間、何を『予告』されたのかボロボロの体で跳ね起きる。そしてその軌跡をなぞるように黒いガラス片がうねり、暗闇の中からマルバの足を貫く。

 

「……残念、今度は人違いじゃない」

「やっと見つけましたよ。早急にあの子を返してもらいましょうか」

「帰れよロータス。こんな終盤になって登場なんてかっこ悪いぞ」

「はて、我々が外聞を気にする意味が分かりません」

 

 カツン、カツンと杖をつきながら暗がりから表れたのは、白髪を複雑に編み込み腰まで伸ばした小柄な老人。その後ろには何人も侍らせているのをみると中々の身分なのだろう。

 

「誰であるか」

「ああ、ろくな挨拶もないことを赦して欲しい。私はロータス。マルバの同僚です」

「今となっては元、って前に付くがネェ」

「煩い!貴様は黙っていろ!……ああ、申し訳ない。我々も貴方には感謝しているのです。貴方がいなければこんなにスムーズに行かなかっただろう。だが我々とは関わらないでもらおう。でないと今度貴方が怪我をすることになるのでね」

 

 アックアの誰何(すいか)に、ロータスと呼ばれた老人は慇懃無礼に答えるが、言葉の端々で自分が圧倒的に勝っているのを確信しているのが窺える。根拠は大量に待機している部下であろうか。それとも周囲に木や植物がなく、マルバが丸腰なことであろうか。

 

「その忠告は聞き入れられないのである」

 

 しかしその傲慢にアックアは叛逆する。

 

「ほう。如何なる理由があって我々と敵対するのですかな?貴方にメリットは無いように思えますが?」

「メリット云々の話ではないのである」

 

 影にしまっていた巨大な特製のメイスを再び影から抜きだす。その行為は完全に敵対の意思表明。もう言い逃れはできないし、するつもりもない。

 

「私とこの男は魔法名を名乗り戦っている。決闘を邪魔するとどうなるか理解しているのであるか?」

「はて、争っているには見えませんが?」

「今この場において貴様の私見に興味など毛頭ない」

 

 話の終わりを告げるようにメイスを正面に構え、呼応するようにロータスの部下も、そしてロータス自身も術式を始める。色とりどりの光が煌めき、多様な音が夜の街に響き渡る。

 

 

「あんた何考えて……」

「そう言えば教えていなかったのである。私の名は『後方のアックア』。忘れるな。いつまでもあんた呼ばわりは不快である」

「あん──アックア!どうしてこんな真似……」

「貴様の覚悟を尊重したまでである。それに、これは教えたはずである」

 

 

 視線は敵にしかと向けたまま、ほんの僅かに顔を背けてぽそりと呟いた。

 

 

「私は『その涙の理由を変える者(Flere210)』であると。そこで待っていろ。すぐに終わらせるのである。それまで貴様は幼子を守ってやれ」

 

 結末は─────言う必要もないだろう。

 

 




“設定集”
名前:マルバストラム(通称 マルバ)
概要:
 北欧系魔術結社『天導の栄華』聖華隊第三部隊所属。『光殺の槍(ミストルティン)』『予告断首(ミミルズネック)』『伝界喇叭(ギャラルホルン)』の三つを併用して戦闘を行う技巧派魔術師。本来は暗殺業務を主にするが、今回はアックアの気を逸らすために自ら注意を引いていた。学園都市には少女から犬神を離すために連れて来た。
 現在はアックアにより『天導の栄華』が崩壊。手術を受けさせる必要もなくなり、学園都市に在住。フリーとして生活している。


名前:犬吠(いぬぼう) 狩音(かのん)(少女)
概要:
 犬神憑きの少女。その特性から『天導の栄華』に狙われたのを、内部にいたマルバともう一人が手助けして逃亡。『天導の栄華』崩壊に伴いマルバたちと共に学園都市に住み始める。取り憑く犬神にはゴローと名付け、良い関係を築いている。手術を受けずに済んだため、未だゴローとは運命共同体。

名前:?(未登場)
概要:
 『天導の栄華』第四部隊所属。転移術式をメインに使う、マルバのアシスト役。構成の問題で名前すら出せなかった不憫な方。『天導の栄華』から少女を連れ出した協力者。

補足……『天導の栄華』
 北欧系魔術結社の一つ。構成メンバーにはコードネームとして花の名が与えられる。それぞれに聖華隊と呼ばれる部隊が存在し、
第一部隊:司令部。最重要機関。
第二部隊:大規模戦闘用部隊。
第三部隊:隠密行動兼暗殺用部隊
第四部隊:後衛サポート用部隊。 といった風。
 アックアの手により崩壊した。


 とまあ、ここまで長い設定集も含め読んで頂き、誠にありがとうございました。
 読んでくださった皆様には感謝を。
 また発作が起きれば書くかもしれません。
 それでは

“噛みつく猛犬 Crazy_dogs”──完


 一番の猛犬はマルバ説。
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