主役がいない、物語 作:花篠 成之
一話目を思い出しながら読んだ方が良いかも。
それじゃあスタート
学園都市第十五学区。
ここには、人通りの多い賑やかなショッピングモールが所狭しと軒を連ねる。
「~~~♪~~、~~~♪」
その人波の合間を縫って
本日のお日柄を筆頭に、最近は良いことが続いて気分がはとても良い。運気は絶好調。日傘は持ってきたけれど、丁度気持ちよい暖かさの日差し。カクテルドレスにして正解でしたね。形式通りのアフタヌーンでは暑苦しかったでしょう。
此が誰かって?そう言えば挨拶がまだでした。此の名はマリーゴールド。長ければマリーでもどうぞ。
「それにしても人が多いですね。昔から日本はこうだったでしょうか?」
通りのショーケースを何気なく眺めながら、当てもなくふらふらと漂う。此自身には
実の所、連れが大怪我して入院中ですが、応急処置が効いたのか生命に支障はないそうで、お医者様からも「君が過剰に心配していると彼もおちおち休めないね?」なんて言われて病室から追い出されてしまいました。もし万が一死んでしまったらと思うと気が狂いそうなのに……。こうして出歩いて気を紛らわしでもしないとやっていられません。
「あら、すいません」
「……………」
あちこち目移りしながら歩いていたせいか、誰かとぶつかる。此の不注意もあるけれど、もっと別の対応は無かったのかしら。
少し気には障ったけれど、そんな細かいことは水に流してウィンドウショッピングを続けると、他所では見かけない独特なデザインの傘が眼に入る。この街で機能性よりもデザイン性をとるなんて珍しいわ。
「すいません」
「はいただいま!」
チリリンと軽やかな音を鳴らし入店すると、若い女性店員が応対に奥から出てきた。すぐに対応してくれる当たり、ちゃんとした店ね。雑な所だと返事してから出てくるまで五分とか何も言わずに待たされるもの。日本には少ないけどね。
「表の傘を1本いただける?」
「承りました。あちらですとお値段8500円になります」
「そう…………おや?」
「どうしました?」
無い。財布が無い。ハンドバッグの中に、ちゃんと入れておいたはずなのに。もしや忘れたかしら?底を漁るように丹念に探すも見つからない。
少し取り乱し始めた此を見て、何か理解したのか店員がしたり顔で頷いている。
「あー、やられちゃいましたか」
「何を?」
「何ってスリですよ、スリ。今日みたいに人の多い日はよく被害が出るんです」
シュバシュバッと何かを盗むようなジェスチャー込みで分かりやすく伝えてくれる女性店員。言われれば思い当たる節がない訳でもない。
「どうします?商品は取り置きできますから、
「いえ、それには及びませんわ」
ぶつかった男の人相はまだ記憶にある。なら、此が直接取り戻しに行った方がずっと早い。大規模な抗争にでもなるのなら連れの復帰を待つのが得策だけど、取り戻すだけならば此一人で充分。
店員に踵を返し、ドアの鈴を鳴らして表に出る。
「あまり目立ちたくはないけれど、泣き寝入りっていうのが一番癪に障るわ」
持ってきた日傘をカシャリと手動で広げる。やっぱりジャンプ傘の方が便利かしら。けど、それだと雰囲気が出ないのよね……なんてことはどうでも良いわ。
「そうねえ……あのビルでいいかしら?方角は黄、距離は……三節くらい?」
手で日除けを作り、辺りを見回して適当な高台を探す。こんな人ごみの中じゃ見つかる者も見つからないもの。上から探した方がずっと効率がいい。
「まあ失敗したらもう一回調整すればいいだけの話ね。『
此のささやきに反応して日傘の骨の1本が微かに、日の光に揉み消されるほど微かに黄色く発光する。
次の瞬間、此の足元に確固たる地面はなく、地上20メートルほどの景色が広がった。
成功。とはいえ何年もやってるルーティンだから、今更大きく外すなんてのも考えにくいけれど。
「さて、と。不埒者は
ビルの上から覗き込むように下界を隈無く捜索する。ああ、それにしても面倒ね。いくら『
あの娘の飼い犬に協力して貰う案も視野に入れ始めた頃、薄暗い路地裏にやっと見つけた。本来なら足を踏み入れるのも遠慮したい所ですが、みすみす逃すのも腹立たしい。
「方角は青、距離は五節っと。ごめんなさいね」
「え?──ぐえっ!」
此から盗みを働いた罪人の頭上に転移、さり気なく頭頂を踏みにじる。これ位やらないと此も溜飲が下がりませんから。
「此は返してもらいますね」
薄汚い路面を滑った財布を拾い上げ、軽く叩く。中身は……よかった。全部揃っている。
「ったく、誰かと思えばわざわざ取り返しに来たのか?とんだお転婆じゃねえか」
「今回のことは不問にしてさしあげますから早く立ち去りなさいな。此も暇じゃないの」
クルリと翻したドレスの裾。それが起こしたそよ風に埃が舞う。こんな埃まみれの場所に長くいたい人間なんて、それこそ心が汚れてる人間くらいね。そう、例えば今のそのそと起き上がった不良の彼とか。改めて見てもやっぱり汚いわ。
「なあ待ってくれ!俺たちみたいなスキルアウトは、こうでもしないと金がねえんだよ。頼むから、な?良いご身分なんだから少しでもいいから恵んでくれよ」
「お断りします」
足を止めずにスタスタと表通りを目指す。何を言い出すのかと思えば、愚者の戯れ言。一文の価値もない。妄言を吐き出す暇があれば健全な努力をしなさいな。
「……ああそうかい。あんたみたいな、お高くとまったお嬢様にまで舐められたらこっちもお終いなんだよ!」
はあ……。頭に血が上ったのか、手の平からガスバーナーを二回りほど大きくさせたような火柱が立つ。熱くなりやすい子供に危険な能力を与えるなんて、この街の首脳は頭がおかしいのかしら?しかもこれで
けどね。
残念なことにた目下に舐められたらお終いなのは
「──
ボンッッッ!と髪を騒がせ、頬を撫でる温風が背後から此方まで届く。
背後にそびえ立つのは
ほら。ちょっと髪の毛の先がチリチリになってるだけよ。あと10年くらいしたら流行の最先端を走ってるかもしれない。
まあこれも虹の根元のありもしない宝物に手を伸ばした報いね。甘んじて受け入れなさい。
店に戻ろうとするも、空間転移で移動してしまったから覚えていない。さて如何したものか。
「……まあ行けば分かりますか」
「どこへ行くつもりですの?」
「どこってさっきの………あら?」
後ろに誰か居たかとほんの少し違和感を持ちながら肩越しに振り返る。果たしてそこにはツインテールの少女が堂々と仁王立ちしていたが、見覚えはない。
「
「……正当防衛です」
「この期に及んで白を切るとか、随分肝の据わった方ですのね?こっちは一般市民からの通報で駆けつけてますの。諦めなさいな。ちゃんと音声データも残ってますのよ?『ドレスの女性が青年に危害を加えた』と」
ああ、こんなことになるならいっそのこと焼いておくべきだったかしら。それなら知らぬ存ぜぬで───無理ね、通報されてたら。けど通報って……。
「悪いけど、此は捕まるわけにはいかないわ」
他の街ならまだしも
「それは逃げると宣言してますの?」
たとえ直接関係したのが善人であれ、末端に過ぎない以上は逃げるのが最善。
「ええ」
──方角は赤、距離は四節。
遠目に捉えた廃屋らしきビルの中に逃げ込む。誰もいない、もの寂しいデスクが整理されて置かれてるのを見ると、夜逃げした会社か何かかしら?なんにせよ流石にここまで来れば
──シャッと。一歩踏み出せば布を裂く音が浅く走った。大方何かに引っ掛けのだろうなんて思って無視していたが、引っ張られて動けない。
原因は、ドレスに突き刺さる十数本の鉄の矢。これではまるでピン留めされた昆虫の標本ね。
「あなたには聞く事が増えてしまいましたの」
少し離れた虚空から、ツインテールが躍り出る。……まさか此と同じ空間転移が使える能力者もいるなんてね。しかも能力は
「発展しすぎた科学は魔法と変わらない」って誰の言葉だったかしらね?寧ろ上回られたんだけど。
それにしても、やっぱり
「最近はお姉様もあのド腐れ類人猿との関係に変化があったようで、妙にビリビリしてますの」
……なんとなく禍々しいオーラが漂ってるけど、呪われたりしない?ここって科学第一主義よね?最近の学生の間では丑の刻参りが流行です、とかいわれても困るわよ?一途なのは好感が持てるけど、他人に迷惑を掛けるのは、って此が言えた義理じゃないわね。
「お蔭様で、最近の黒子はひっっじょーにイライラしてますの。あなたには関係ないですけど、ストレス解消にお付き合いくださる?」
さっきは風紀委員とか名乗ってた割には私怨が強すぎやしないかしら。まあ別に私怨の割合が増えようが減ろうが此のやることに変化は無い。
ぱさりと黒子のスカートの下からホルダーに整理された鉄の矢がその鈍い輝きを覗かせる。
此が動けば、あの娘はそれも予測して矢を飛ばすのだろう。頭の良さで学園都市の学生に勝てるなんて自惚れはしない。だったら。
「プレゼントは如何?」
「いりませんわ!」
空間移動はもう使わない。日傘を目隠しにするように投げ渡す。同じテレポート使用者。どうせ標準は同じ視界。そして相手は学生、人殺しなんて耐性はないはず。以上二つの理由を考慮して、姿が視認できない相手に鉄の矢を打ち込むなんてリスキーな真似ができるだろうか。
案の定攻撃は無かった。投げた傘は避けられたが、それでいい。その一瞬が欲しかった。
ぷつりと艶やかな茶髪を引き抜く。髪は乙女の命なんて言われるけど、再生するなら構わない。術式の核に使われることなんて日常茶飯事。
「これが
つまんだ髪が空気にほどけるように消えていく。
悪いけど、此は相手の得意な分野に限定してあげるほど優しくない。必要なら相手が持ってない武器だって持ち出す。
「何を言っ、て、いま……?」
黒子の顔が徐々に強張り、膝は折れ、鉄の矢に触れようとした腕は空をさまよう。
ほら、効果が出てきた。『
「さてと…………どうしましょう?」
『
「やっぱり始末するのが手っ取り早いですね」
「…ぅ……ぁ……」
二つの小さな水晶体に浮かぶのは抵抗の意思に恐怖が少々。ああ、脳からの距離が近いから眼球や口はまだ『騒乱の栗鼠』の効果が薄いのか。それだけ出来ればテレポートで逃げ出してもいいのに、もしやパニックで演算できないとか?まあ突然全身の自由を奪われればパニックにもなりますわ。
一先ず放置して部屋の隅に転がった傘を取りに行く。最近のお気に入りなのよ、あれ。
「少しお待ちなさい。すぐに楽にしてあげるから」