主役がいない、物語 作:花篠 成之
とは言ったものの、どうやれば楽にしてあげるか分からないのよね。そういうのは他の隊の範疇だったし。ああ、そう言えば
さしあたり此の武装を整えるべく、投げてしまった傘の元に行こうとした。
そう。行こうと
「────それは困る。彼女も大事な『素材』なのだ。丁重に扱ってくれ給え」
「っ?!」
低く反響した声を皮切りに、ビキビキビキッ!!と定規で引いたような直線の亀裂が堅固なコンクリートを、此と少女の間をビルの壁床問わず駆け巡る。
急いで日傘に手を伸ばすも、寸前で届かない。
器用な事に少女を残した側のビルだけを建てたまま、半分に切り分けて崩落する。流石に空間移動もなく、この高さから地表に叩きつけられればよくて重傷、悪くて即死。とりあえず無事に済まないのは確定だろう。
「今更黒幕の登場って遅すぎないかしら?!」
ドゴッシャァァァァ!!!
と土砂崩れのような勢いでビルが倒壊する。嗚呼、暗部に身を置いているのだから碌な死に方はできないと思ってはいたが、もう少し待っていてほしかった。やっと理想の生活に手が届きかけていたのに……。
「何を勝手に達観した顔をしているのか。貴女はまだ生きていますぞ」
……あら。
周りを見渡せば確かにビルは崩れたが、此がいたフロアは八割方は変わらず存在していた。変わったのは見通しくらいかしら?上の階らしきものはすぐ後ろで瓦礫になっているけど。まるでビル一つ使っただるま落としみたいな芸当。あ、上も落ちてるから微妙に違うわね。
「いやはやそれしても今までしかと屹立していた物が儚くも消え去る。これぞ侘び・寂の境地」
いつの間に同じフロアに入り込んだのか、ズタボロの、しかしいかにも高そうな羽織袴を着た薄っぺらい雰囲気を纏った白髪の男が、ぺらぺらと饒舌を振るっている。
「どちら様かしら?」
「おっと失礼。私は木原極限。この度、街の暗部からの使い走りを任された者」
「そう。それで用件は?」
使い走りって言うから早く仕事を終わらせてあげようと思いやったのに、奇妙な物を見る眼をされた。
「なにかしら」
「いや、危機感とかは無いのか?」
当たり前じゃない。あんなに分かりやすい伏線まで張っておいて、気がつかない方がどうかしてる。何時かは来るって心の準備は万端だったわ。
「あの黒子とかいう風紀委員を送りつけたのも、あなた方でしょう?もしかして、最初のスキルアウトの差し金もあなた方かしら?」
最初からおかしかった。
とは言え最初は不信感程度で確信は無かった。
1つ目。此が青年を燃やしたときに、風紀委員が来るのが早すぎた。あれではまるで、最初からそこで犯罪が起きるのを知っていたよう。まあ、それだけなら早とちりした通行人が『たまたま』素早く通報して、対応したのが『たまたま』空間移動の能力をもった風紀委員だったって話も考えられた。
だけど、此が通報された時にどう言われたと聞いたか。
『ドレスの女性
これが2つ目の違和感。このフレーズは考えていた状況にそぐわない。
ドレスの女性とヤンチャしてそうな青年が二人きりで路地裏にいる。常識で考えれば普通、関係は逆だ。早とちりの通行人説は無理がある。
けれど実際の光景を目にするのは時間的に不可能。ならば考えられるのは、
こうなってしまうと『たまたま』で片づけていたものが必然性を帯びてくる。
此の能力を把握されていたならば、対抗してあの風紀委員が寄越された。そう考えた方が納得いく。更に連鎖して、それだけの舞台を整えたいならばスリの犯行も同一人物が差し金と見ていいだろう。
そして小規模ながらこれだけ緻密な作戦を組んだのだ。此を殺したいだけならもっと楽にできる。
「……美事。正確には我々はそうなるように仕向けただけで手配したのは別だが、それにしても素晴らしい」
「よもや此を舐めていらっしゃる?どうせあれも試されていたのでしょう?」
「その通り。仮にも暗部からの依頼、最低限度の生存能力は保持していることが望ましい。欲を言って、善性への対応策も見ておきたかった。ああ、勿論共に合格、申し分ない。本当なら、この後は追加で対重火器のハードプログラムが用意されていたが不要と判断したので省略した」
「そう」
けど、いくら丁寧な準備をされても此がその思惑に乗るかは別問題よね。『虹源橋』は使えなくても、『騒乱の栗鼠』は使用可能。逃げるくらいならなんとかなる。
何時でも使えるように片手をさりげなく頭に伸ばすと、極限は意外にも真っ直ぐに目を見て話し始めた。
「肝心の用件だが、貴女には『案内人』をやってもらいたい」
「『案内人』?」
「左様。この街の象徴とも言える『窓のないビル』。その佇まいからは武骨ながらも孤城のような気高さを感じさせる、我々『木原』も助力して建立された優れた建築物。と同時に統括理事会の長、アレイスター・クロウリーの居城でもある。あそこは文字通り窓も出入り口も無いのだ。そのせいで入るのに一々空間移動能力者の手を借りなければならない。
「そこにのこのこと現れたのが此、と。けど、此にメリットがないわよね?」
「この街での安全は保証してやれる」
「それは脅してるのかしら?」
正直、ついこの間此らを狙っていた脅威は消滅したから学園都市に留まる理由はこれっぽっちも無い。強硬手段を選ばれたら連れと一緒に逃げればいいだけよ。
そんな風に軽く考えていた。
「そこは自由に想像してくれ給え。私としては
その名前で呼ばれたとき、背中を寒気と虫唾が同時に走った。
「何故、その名前を……?」
「貴女こそ私を舐めていないか?まあその内知ると思うが、この街を利用して調べ物をするとき『木原』の名前は中々使い勝手がいい」
今まで特に何も思わなかった男の顔が急に憎く、そしてそれ以上に恐ろしく思えてきた。不意に目をそらした極限は、すらすらと此にとっては身の毛もよだつような言葉を
「日本国内の名家に第一子として誕生。けれど実父がどこの馬の骨とも知らない男だったせいで『素材』としての才能に恵まれず、過大な期待があった分反動として周りからは蔑まれる幼少期。つくづく同情する」
「……………………やめて」
あんな昔の事を今になって……。誰にも話したことのない、一番忘れたい記憶なのに。
「その後国内の結社に所属。そこから伝手を辿って次は北欧の結社に所属を変える」
なんで国内なら兎も角、国外まで知ってるのかしらね?もう耳を塞いでしまいたいが、聞かなければいけない気がする。ここでの失敗が致命的になるような、そんな気配。
「で、自分の実家の親戚の情報をわざと流し、釣り餌に食いついた思い人と揃って逃避行。流れ着いた先が学園都市、と。これが最近の出来事か」
…………この街に隠し事は無理みたい。重く感じる額を手で支え、浅くなりかけた呼吸を整えるために深く息を吐く。
「さあここからがやっと脅迫だ」
嗚呼、一体どこで形成が逆転されたのか。
「貴女は、この情報を一切合切まとめて相方に教えられたいかね?」
極限が懐から几帳面に留められた紙束を、価値なんて無いように軽く投げて寄こす。
そこには今しがた話されたような内容が詳細に全部、そう全部記載されていた。
此の出自。此の境遇。此が血縁の子供の情報を結社にリークした事実。果ては此の心情までもが推測の形ではあるが書かれている。
「それにしても、本当によくもまあここまで慈悲のない所業ができる物だ。どんなに愛おしい人間がいても、幼い血縁に切れかけの危ない橋を渡らせてまで二人きりでいたいと思うか?あのままでも傍にはいれただろうに。
「………もう駄目だったのよ」
初めて理性が認知したのは何時だったか。それまでは何人といるただの仕事のパートナーだったのに、親しみを通り越した恋しさを覚えていた。考えてみれば、肉親よりも長い時間を共に過ごしているのに、情が湧かない方がおかしな話。しかも此の場合は出自も並みの人間よりは不幸だろうから
だけど、此に『恋』なんて高尚な物は扱いきれなかった。物語の中では愛し合って告白して最高のハッピーエンド。不満など漏らさせない完膚無きまでに完成された結末。此はそんな理想論を目指さなかった。ただただ近くにいるだけで、満足だった。
結社の環境でも、確かに傍には
彼は優しい人。来る者を拒まない。彼のコミュニティには際限なく人が集う。だけど、それを続けるといつしかグダグダに爛れた“環”になってしまう。結社の時もそうなりかけていた。だから、一度彼の手で“環”を砕いてもらった。発症したガンが全身に転移する前に切除するように、此と彼との関係に支障を
「随分と独占欲の強い事だ」
「お願いだから、彼には……!」
恥も外聞もない。ひたすらに懇願する。彼に知られれば次は此との“環”が砕かれる。そういうところに彼はまったく容赦しない、それは此が一番見てきた。魔術を使うでもなく、神ではなく眼前の只人に頭を垂れる。
けれど祈られた側は、退屈そうに頬を掻くのみ。
「私としては貴女に『案内人』を務めて貰えれば御の字なのだが」
「……その『案内人』とやらになれば彼には秘密のままなのよね?」
「勿論だとも」
「なら結論は1つしかないわ」
秩序だって配置された、倒壊する前のままのデスクの通路を迷い無く歩み、差し出された冷たい手を握る。
「己の暗い過去を隠すためにより暗い暗部に躊躇いなく関わるとは、難儀な人生だな」
「そう思ったこともあるけど、生憎と後悔したことはないわね」
彼の傍らに立てるなら、選択に後悔なんてあるはずがないじゃない。
此はそれだけで幸せなんだから。
はいお判りでしょうが連結しましたー
もう当初の目標だった一話完結ですら無い……
まあ読みやすくなってたらうれしいです
次回は……まあ連結するとしたらあの人だよなぁ
ではまた次の話で
──溢れた幸せに包まれて Its_color_is_Gold 完