主役がいない、物語 作:花篠 成之
かぽん、とゆっくり回った
「本日は如何な用事ですか?脳幹先生」
『くだらない野暮用だよ。少しばかり善悪の天秤を調節する』
「そうですか」
しゃかしゃかと慣れた手つきで抹茶を
『すまない』
その謝罪は依頼する申し訳なさか、はたまたわざわざもてなしに茶を点てる手間を掛けさせたことに対してか。どちらにしても気にしていない極限は、器用に茶碗を前足で押さえ、茶を舐める師を静かに観察していた。
やがて飲み終えたのか首を上げ、まんざらでもない顔で極限にナプキンで口の周りを重点的に拭かれる。今は不在だが、もしこのゴールデンレトリバーに陶酔する弟子の女性がいたら極限は嫉妬の余り殴り殺されていたかもしれない。
その緩んだ犬顔のまま、声だけは真面目に話し出す。
『先日、魔術サイドからこの街に
「あの過激論者ですか」
『旺盛すぎる向上心は好悪で言えば好きだか、善悪ならば悪としか言いようが無い。周りを考慮しないで邁進するなど感性の欠片もない』
「おっしゃる通りです」
聞こえてくるのは日々の疲労感を滲ませる表情が容易に想像できる声音だった。犬なのに。
『大方、トップを降りる気配のない統括理事会理事長に直談判するための足がかりが欲しいとかそんな所だろうがね。それが荒っぽい手段かどうかはともかくな』
「だから私に『案内人』を先に確保してきてほしいと。珍しく本当に野暮用ですね。こっちはどんな無理難題を押し付けられるかひやひやしていたのに。そんなことなら唯一にでも任せられたのでは?」
背中に取り付けたロボットアームで、美味そうに茶菓子を囓るゴールデンレトリバーにそう尋ねる。なにも自分に頼まずともよかったのではないかと。
『唯一君には別の用件を頼んである。それに遭遇する相手との相性で考えれば君の方が適任だ。もっとも、君たち以外に頼める人間がいないというのもある。私が直接行ければ万事解決だったのだが』
「そんな些末事に、先生が行くまでもないですから。ああ先生はごゆっくりどうぞ」
どうやら脳幹は脳幹でこの後に仕事が控えているらしい。極限もそれを察したのか、手を煩わせるわけにはいかないと急いで立ち上がる。
『なに、家主のいなくなった家に居座るほど私も不粋じゃないさ』
「それでしたら送りますが?」
『むしろ君にそんな余裕は無いはずだがね。予定ではあと十数分で分隊規模の完全武装した
「なんで最初に教えてくれなかったお犬様ッッ!!」
そう聞くやいなや、ばたばたと高価そうな羽織に皺を刻みながら極限は慌てた様子で走り去っていく。
『まあ頑張ることだ』
背後でゴールデンレトリバーが悪びれもせず、滑らかにアームを使って葉巻を
風格と同時に漂ってきた煙の匂いで気がついたのか、俊敏に体をひねって葉巻を没収し、意趣返しに一言。
「ああ、ここでは畳に匂いが移るので喫煙は御遠慮下さい。それではッ!」
積もる恨み言もあっただろうに、他に言い残すこともなく本当にそれだけ言うとまた慌ただしく、しかし意外にも素早く疾走していった。
少しだけ時間が過ぎ十分後。
和室とはベクトルが違うが学園都市に似合わず生い茂る植物の中に、科学の結晶が足を踏み入れた。
『総員止まれ』
それは迷彩柄に塗装された
駆動鎧の内の1機が地面に近辺の地図を投影する。
『
彼らがいるのは通称『
柔らかな土の下にある、第21区から送られてきた水を蓄えている巨大な水槽が間欠泉のような勢いで水やりを行い、今は通報を逃れるため止めて貰っているが普段なら合成肥料散布のためにドローンが行き交い、併設して植物園も存在する、本来は賑やかな場所。
なお余談だが日夜頑張る苦学生たちのために、スーパーマーケットで破格で売られるようなお野菜なんかは『化合菜園』産であることが多い。
『標的は
『改めて聞くと無茶苦茶な条件だな』
能力者を相手取るときには、まず初手で能力を使用不可に陥れ、そこから鏖殺するのがセオリーだ。それができないというのは痛い。
『だから代わりに
「傍から聞いていれば面白そうな話じゃないか」
後ろめたい打ち合わせの、そのまた後ろにある毒々しい色のトウモロコシ畑を掻き分けて飛び出るふっさふさの白髪頭。
『誰だ!』
「失礼。私は木原極限。私から君たちに相談があるのだよ。時間に余裕はあるかね?」
己の師匠に掛けるものとは違う、傲岸不遜な言動をする不審な丸腰のひ弱な青年に、駆動鎧は油断なく銃口を向ける。
『「木原」の実験狂いが何の用だ』
「我々のことを知っているとは大変結構。ならば要求の想像も容易かろう?」
向けられた銃口を物ともせず、へらへらと嗤い続ける極限。危険度を認知していない大馬鹿か、それとも歯牙にも掛けないバケモノか。
「あの『素材』を、私に譲って欲しい」
けろりと爆弾を投下した。
「学園都市外の能力者?素晴らしいじゃないか!ランクが判別できないのは残念だが、極めて特異な『素材』であることは絶対的だ。人体実験にまで及ぶつもりはないが、もしも彼女を献上すれば私にも多少のお零れが期待できるというもの。だからどうか私に譲ってくれないだろうか?当たり前だが、見逃してもらうリスクに見合う謝礼は用意する」
あっさりと諸手を挙げて理性の手綱を手放し、どろりと濁った狂気を瞳に宿す。
大人しかった人間が、未知への興味を目前にして理性を躊躇いなく放り投げてしまう辺り、『木原』一族の業も相当に深い。相手をしている駆動鎧の方を常識人に錯覚してしまうほどだ。
『……噂通りの狂人か。生憎答えはNOだ。これは統括理事会からの依頼、たかだか一科学者の満足の為に命を棄てたくはない』
「私を“たかだか一科学者”程度に捉える所から的外れだとは思うがね。はあ、この交渉で終われば楽な依頼だったのだが」
『交渉決裂、ならば取り得る選択肢は他にない』
リーダー格らしき駆動鎧が機関銃を右手に抱えたまま静かに左手を上げる。それが合図だったのか、残りの駆動鎧も揃って引き金に指を添える。
「やめた方が良い。弾の無駄使いだ。それに、交渉決裂と決めつけるのはよくないぞ。妥協点の探り合いすらしていないというのに」
『必要ないな』
呆れた極限を断ずるように、上げた左手を振り下ろす。同時に、構えた銃口が一斉に
対する極限は、両腕で顔を覆う程度。それすらも完璧にはほど遠い。全身は言わずもがな撃ち放題だ。
発射された鉛玉は愚直に突き進み────極限に触れた瞬間、ぽとりと力無く落ちた。
あたかも与えるはずだった
『対策はしていたか』
苦々しげにリーダー格の駆動鎧が漏らすが、言葉を聞く限りは予想の範疇だったらしい。
「無論。ところで君たちは『
極限は喋りながら、つまらなそうに
『だからお前は無傷なのか……』
「ふむ?何か思い違いをしていないか?」
納得した様子の敵を見て、心底から不思議がる嫌味のない眼をする。
「私のこの一張羅は『流体装甲』
『何?』
「いや、確かに私もあれを手掛けたことはある。性質としては面白いが、限りなく失敗作の類だ。肌触りが悪くなる。そもそも基幹になる現象自体は日本にも古くからあった。有名所は加護を受けた巫女が
焼け穴だらけの袖を、見せびらかすようにひらひらと揺らす。けれどその下の皮膚には傷1つ無かった。
『待て、ならお前はどうして無傷なんだ?!説明がつかないだろ!』
「そう慌てないでくれ給えよ
多少乱れた白髪を搔きあげ、腹立たしいほどの沈着ぶりで口を開く。
「まず、矢張り君たちは私を見くびってはいな
バアァァァァァン!!!
轟く炸裂音が極限の肩を抉る。
後方ではマテリアルライフルを構えた駆動鎧が小さくガッツポーズを取っていた。
最初は呆然としていたが、数秒経てば浮き足立ち始めた。戦車の装甲すら食い破る一撃の前には誰もが平等に平伏す。そう思ったことだろう。
しかし。
その
「…………これでもう確定した。君たちは私を──────見くびりすぎだ。そうでなければ人の話は最後まで聞くだろう?」
『木原』は
『おい冗談だろ……』
肩の布地は盛大に敗れ、皮も焼け爛れた。
だがその下には。
この街の住人ならばどこかで見覚えのある、煤けぬ白い輝きが顔を覗かせていた。
『
「……さっきも思ったのだが、君も中々に勤勉だよな。真っ当な努力をすればそこそこの地位まで登れただろうに。それから、惜しいがコレは『
自分で言っておきながら、極限は少しばかり落胆した雰囲気を纏う。余程完全に再現できなかったのが口惜しかったのだろう。
最も、
それでも代案として“極限自身の動き”で発電する中学校の実験レベルの簡単な機構を埋め込み、電源を確保し一応は
流石に下位互換だけあって
『………この外道が』
「ははっ、やめてくれ給え。私でもまだ人道的だぞ?改造したのは私一人の身体だけ。安心し給え。そこら辺のロマンと感性についてはしかと教え込まれている。『サイボーグとは香ばしいロマンの息吹を感じる』と珍しく褒められたよ」
半ば自棄になって浴びせられた侮蔑を笑って受け流すが、その後に口を歪めて言葉は続く。
「
初めて、取り繕わずに
「感性を磨け。ロマンを学べ。
男なら誰だって
まるでどこかの誰かを踏襲するような発言と共に、
次回、科学VS科学
頭使って戦うのが好きなら科学サイドの方が書きやすいな。魔術はほら、なんかチート臭出ちゃうし。これでも一応原作リスペクトの立場としては火力控えめな運営なんですよ。うん、異論は認める。
それでは次の話で、また