カインの腐敗録 作:痛い作者ことカイン=9
第0話 カイン=9の誕生
□2045年2月21日 戒能九玖
ボクこと、
いや、だからどうというわけじゃないが。あくまで、ボクはボク自身という個を再認識する為に、こうして己を振り返っている、というわけだ。
まあ、今こうして語っているボクがボクじゃない、ボクという存在が別のボクを押しのけて表層に出ているだけかも知れないが。それは瑣末なことだろう。
まあ、兎に角続けさせてくれ。ボク自身、あまり多く語ることも無い程度にはまだまだ若輩でね。それほど時間は取らないだろう。
先に述べた通り、ボクはそれなりの私立中学校に入学するわけだ。だが、それでも受験というのは初めての経験でね。だから、最低限以上には勉強した。ありとあらゆる誘惑を断ち切り、全てを遮断する、というのはなかなかに味わうことのできない体験だと思う。そこに生じる苦難も、ね。
それでも、ボクには一つだけ、ボクの心を掴んで離さない誘惑があった。それはまあ、ゲームというやつで、その中でも昨今話題となったもの、VRMMOという代物なんだ。近所に住む、言わば姉のような存在である女性から聞かなければ、その存在すらも知らなかっただろう。ボク自身、ゲームにはてんで興味もなかったわけだからね。
だが、非日常、とりわけ新たなる世界、家や学校なんかじゃない第二の世界をボクに提供してくれるらしい
そう、つまりだ。
ボクはこの度、兼ねてより購入し、受験の為にと封印していた〈
なに、ボクとて事前に情報を得ないほど無計画じゃないさ。だけど、一から十まで知りたがる程無粋でもない。
要は、ボクはこれから始まる新たな世界への
締め括って、頭に装着した機械のスイッチを入れる。
今、キミはボクのことを痛々しいヤツだと思ったんじゃないか?
それは間違いじゃない。
だけど、ボクは人間という存在の中にあって、無限の可能性の一つに過ぎない個。つまり、アレだ。
―――ボクは、ただの中二病さ。
◇
気がつけば、ボクは馴染んだ自室とは明らかに違う空間にいた。
その部屋は木造洋館、その書斎を思わせる造りをしており、もうそれだけでボクの好奇心を煽る。木の匂いも再現されている辺り、この空間はボクみたいなタイプの人間からしてみれば興味をそそられないわけがない。ここで、本を読むというのはかなり惹かれるものがある。
暫く、この部屋について思考に耽っていると、何者かがボクに声を掛けてきた。
「ようこそー」
「あ、ああ。よろしく」
少し声が上擦ってしまった。
そこに居たのは猫である。木製の椅子に座ってこちらを見つめるその姿は、猫に他ならない。
⋯⋯猫は、苦手なのさ。アレルギーというわけじゃないが、猫の死体を見た時の経験以来、どうしても猫を直視できないんだ。
「ああーもしかして猫は苦手なのかなー?」
「⋯⋯ああ、実を言うとそうなんだ」
「それならー無理にする必要は無いよー」
ありがとう、ボクがそう言うと、猫は気にすることないよー、と言って朗らかに微笑んだ。
なるほど。管理用AIが十三番、チェシャ⋯⋯確かに馴染みやすいのかもしれないね。まあ、ボクの担当がチェシャであったことには、少しばかり驚きを隠せないが、それとて、些細なことだろう。
「まずはー描画選択をーしてねー。今から変えるよー気持ち悪くなったら言ってねー」
「ああ、それなら問題無いよ。ボクは、アニメーションを選択する」
「分かったよー。その感じだとーログインをする前にーひと通りは調べてきた感じかなー?」
頷くと、チェシャは説明の有無をボクに問う。実際、説明が欲しいのは各種初期設定のシステム、主にアバターなどについて知識だけだ。早く始めたくて、ボクの心が逸っているのも事実。
その旨を伝えると、チェシャはオッケーという気の抜けるような返答をして次の設定に入った。
「それじゃあー手短にやるねー。⋯⋯次は、プレイヤーネームの設定だよー」
プレイヤーネームについては、Web小説界隈で使っているボクのペンネームを使うつもりでいる。ボク自身、Web小説を初心者から脱したくらいには齧っている。戒能のカと九玖のルビであるナインから取っている。九、玖、どちらも9でナインだなんて、ボクの両親のネーミングセンスはどうなっているのだろうか?色々な意味合いで。
話が逸れたな。
「プレイヤーネームは、カイン=9でお願いできるかい?」
「オッケー。設定したよー。次はアバターだね」
チェシャの言に合わせて、ボクの目の前にいくつもの画面とのっぺらぼうのマネキンが出現する。なるほど、これが一ヶ月間ログインとログアウトを繰り返させるほどにキャラクターメイクに熱中させたという噂のシステムか。
だが、ボクはこれに時間を取るつもりはない。
「アバターはリアルのままでお願いするよ」
「⋯⋯本当に良いのー? アバターの変更は出来ないよー?」
「ああ、構わないさ」
そう言うとチェシャは渋々ながらも受け入れてくれた。
そもそも、ボクは第二の世界を求めているんだ。それに、ボク自身を偽る必要は無い。まあ、自らを偽る、ボクじゃないボクが存在するというのも惹かれるものがあるのは偽りじゃない。
が、ボクはこのまま行く。このことについて例の近所の女性に伝えた時は全力で反対されたが、まあ、あの人とはそれなりの付き合いだし、ボクの意志を尊重してくれる辺り、根は良い人ってヤツなんだろう。末恐ろしい人だけど。
「次はー初心者用の配布アイテムを渡すねー」
チェシャが取り出したのは小さなカバン。それは、何の変哲もないものだが、中身は異空間につながっているという、とても好奇心を刺激するものだ。見た目は少し気に食わないが、買い換えることも出来るらしい。余裕が出来たら探してみようか。
「それとー初心者装備も配布するねー。どれが良いか選んでねー」
「それじゃあ⋯⋯」
チェシャが取り出したのは、様々な装備が載っているカタログのようなもの。ボクは、試しにペラペラと捲ってみる。あった。
ボクが選んだのは、フード付きの簡素な黒いローブ。そして、武器には先端が髑髏を模した杖を選択した。
如何にも、怪しい魔術師といった風貌だが、それで良い。ボクは、闇の魔術師、その中でも
何故って?だって、格好良いじゃないか。骨とかゾンビが特別好きなわけじゃない。ボクはもっと直接的に魔法らしいモノの方が好きだったりする。
なら何故、死霊術師などと言うものを選んだのかと言えば、ただ単に、第二の世界を歩むなら何らかのロールになりきる所詮ロールプレイに興じるのも一興だと思ったまでのこと。でもって、ただの魔法使いじゃつまらない。小説を書く上でも、自らの思い描く世界に没入するのは大切なことだ。理想の自分、理想の存在に己を投影してみせること。ボクからすれば、それはかなり重要なことだと思える。
その点、自他共に認める中二病なボクは、他の人よりも有利ってわけだ。まあ、そう上手く行くとは思えないがやってみるだけやったって構わないだろう。
それに、ボクにはもうひとつだけ目的があるんだ。まあ、それについては、またいつか語るとしようか。
今は、さっさとチュートリアルを終わらせたい。
チェシャに選んだものを伝えると、何やら気の抜けるような掛け声と共に、僕の視界が黒い布で少しばかり遮られる。これはフードか。
チェシャが、いつの間にか取り出した姿見に映るボクの姿を確認する。フードを付けている時は、正しく“駆け出し”闇の魔術師といった容姿だ。背中に括りつけられている杖も拍車をかけている。フードを取ると、ボクの現実での容姿と瓜二つな長い黒髪が姿を現した。常にフードを付けていれば顔が誰かにバレることも早々ないだろう。
「如何にもって感じだねーボクは良いと思うよー」
「ありがとう」
うんうんと頷くチェシャは、確かにそうなんだろう。AIでありながらこの良さがわかるとは、ボクとしても運命を感じざるを得ないな。
「後は、これだね。5000リル」
「1リルが現実でいう10円くらいだったかな」
手渡されたのは五枚の銀貨。五万円というのはゲームではどれくらいなのだろうか?まあ、向こうで追って試していけば分かるか。
「そして、お待ちかね⋯⋯だと思うエンブリオの移植だよー」
「エンブリオ⋯⋯」
意外かも知れないが、これについて、ボクはあまり注目していなかった。
何故ならば、ボクが求めてるのはあくまでもインフィニット・デンドログラムという第二の世界であり、別にゲーマーでもないボクは、巷で噂のエンブリオには惹かれるところが少なかったのだ。
近所の女性は、エンブリオのシステムとティアンとの関わりこそがこのインフィニット・デンドログラムの醍醐味だと言っていたが、ティアンとの関わりはともかくとしてエンブリオについてはよく分からないというのが正直なところ。その女性は確かメイデン?とかいうタイプのエンブリオらしいが、かなりレアなのだという。確かに、彼女ならそんなレアなタイプでも引き寄せることが出来るだろう。そんな予感がする。
僕には、精々が粗製濫造のエンブリオが関の山だろうさ。まあ、だが、この感じならエンブリオにも期待しても良いかもしれないが。
「はい、移植完了ねー」
「あまり変わった実感は無いものなんだな。ボクとしては、もう少し劇的になにかあるものかと」
「まあねー。それは第0形態だから、まだまだ卵なんだよー」
なるほど、この淡いながらも確かに光り輝くこれは、エンブリオの卵というわけか。だったら、今は気にしても仕方ないな。
「エンブリオはー孵化後の紋章に収納できるようになるからねー」
「分かったよ」
「まあ、いつ孵化するかも分からないし、気楽に待っていると良いよー」
そういうものか。まあ、ボクのエンブリオ、
「それじゃあー最後にー所属する国家を決めようかー」
「質問なんだけど、死霊術師、ネクロマンサーになれるのは何処かな?」
「んー、これ、答えちゃって良いのかなぁ⋯⋯。僕としては答えるのも吝かじゃないんだけどねー。まあ、チュートリアルも他のマスターと比べてかなり早く終わっちゃったし、特別に教えてあげちゃおうかなー」
そう言うと、チェシャは机の上に地図を広げる。そして、唐突に地図上に立ち上がった七つの光の柱の内の一つを指し示す。
「いろいろとあるし、死霊術師になるならこの妖精郷レジェンダリアがオススメかなー」
「分かった。それならレジェンダリアにするよ」
「オッケー。最後になるけど、他になにか聞きたいことはある?」
その質問に、ボクは首を横に振った。まだまだネットワークの情報だけでは分からないこともあるだろうが、チュートリアルでそこまで知りたくはない。
「それじゃあーレジェンダリアの首都、アムニールに飛ばすよー」
「ああ、頼んだ」
「ああっと、その前にーこれだけは言っておかないと」
唐突にチェシャの雰囲気が変わる。伝えたいことがあるらしい。
「君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性」
先程までの気が抜けるような間延びした口調から、しっかりと語り伝えるような口調に。もしかして、これがチェシャの素か。
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
その言葉の直後、ボクの周りの全てが瞬間的に消え去った。あの良い雰囲気の書斎は愚か、チェシャさえもそこにはいない。文字通り、全てが消え去ったのだ。
「なるほど、そういうことか」
眼下には見覚えのある世界の形。これは、あの地図と同じだな。
そうこう考えていると、ボクの体が吸い込まれるように大陸のある箇所、チェシャの勧めで選択したレジェンダリアへと向かい、高速で落下していくのが分かった。
にしても、一昔前のライトノベル作品、それも転移系みたいな始まり方だ。マンネリだが、まあ良い。これくらいが始まりには丁度良いものさ。
吹き付ける風にフードが外れかけるが、右手で抑えて阻止し、ボクは不思議な高揚感を噛み締めた。
こうして、ボク戒能九玖改めカイン=9は<Infinite Dendrogram>の世界に足を踏み入れることとなったのであった。
感想、誤字脱字報告お待ちしております。来ると、作者は喜びのあまり筆を走らせます。