カインの腐敗録 作:痛い作者ことカイン=9
追記
諸々の展開を鑑みて、当小説を続行するにはカインの〈Infinite Dendrogram〉開始時期をレイより一ヶ月早い程度にすることとしました。通告が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。
□霊都アムニール 【死霊術師】カイン=9
朝目覚めた時、動かないはずの存在が勝手に動き出していたらどう思うだろう?
上体を起こして、辺りを見回すボクの頭の中は、さながら世界の真理に辿り着けそうだというその直前、自分の進んできた道が過去辿り着けなかった先駆者のそれと同じものを辿ってきたに過ぎないと理解した時の冒険家だろうか。
「ォォォオ」
「え、なんで動いているんだい?」
幽鬼の如く、上半身をだらりとさせながら行ったり来たりするドラウグル達を眺めながら、ボクは困惑の頂点に立ち尽くしていた。しかもなんか、辺りには瘴気みたいなのが漂っていて心做しか薄暗いし。
それにしても、今日はよく舌が回る。
この状態に思い当たる節は無いわけではないが、そうだとしたら何故今なのか。
ボクは、急ぎメニューから
「ボディ・テリトリー?」
案の定、ボクのエンブリオ【半神死霊 ヘル】は第二形態へと進化を果たしていた。
だが、問題はそれではなく、カテゴリーである。
テリトリーとは、いわゆる結界型。
つまり、身体型のボクのエンブリオに新しく結界型が付いたということ。そんなことがあるのかは知らないが、そもそもボクのエンブリオのカテゴリーはボディというとにかく珍しい型だ。考察も当てにはならないだろう。
この結界のスキル名は《
効果は⋯⋯これは⋯⋯。
「弟子よ。そのスキルを切ってくれないか? 故なく蘇らされた者たちが煩わしい」
「ああ、すまないね師匠。⋯⋯それにしても、どうして今進化したのだろう?」
アクティブスキルみたいなので、解除することが出来てほっとする。
経験値のようなものがエンブリオに蓄積したから勝手に進化したのだろうか。
⋯⋯何にせよ、検討は付いても確信が得られないんじゃ考えても致し方ない、ね。
ボクは思考を中断すると、レベル上げの為に日課となった墓掃除へと向かうことにした。
スキルについても、いろいろと試したいことがある。まさか、先取りしたコレが役立つかもしれないとは思ってもみなかった。
「さて、弟子よ」
「改まって、どうかしたのかい師匠?」
早速今日のレベル上げをこなそうと思っていたら師匠に引き止められた。
いったい、どうしたのだろう?
「【古戦士】としての己を鍛えに往くのなら、その前に深淵に踏み込むと良い」
「深淵? ⋯⋯あ、え、でも良いのかい?」
「良いも悪いもない」
彼が言う深淵が、死霊術師系統上級職【
「元より、もう一つジョブに就いた時点で【大死霊】への道を示そうとは思っていたのだ」
「⋯⋯なるほど」
つまり、ボクはもうそうなれる、【大死霊】となるに相応しい器であると師匠から認められたということ、だろうか。
⋯⋯ちょっと、嬉しいかな。うん。努力が実を結ぶっていうのは、中学を受験した際にも体感したけど、アレと比べてもコチラの方が数倍強い感動と実感を与えてくれた。
「早く取ると良い」
「ああ。それなら、そうさせてもらう」
見慣れた祭壇のジョブクリスタルに触れ、【大死霊】のジョブを選択。確認にYESを押した。
すると、
「へえ。あんまり変わった感じがしないものだね」
「うむ。元よりお主は半分がアンデッド。ジョブよりも、エンブリオの方が強大であったのだろう」
聞くところによれば、【大死霊】になると種族が強制的にアンデッドになるらしいが、ボクの場合は何ともなかった。
師匠は、ボクのエンブリオがボディだから、そちらの方が表出して、【大死霊】によるアンデッド化は免れたのではないかと言うが、ボクもそう思う。
「なんだか、締まらない⋯⋯ね」
「致し方あるまい。そもそも、喜ぶことでも無いだろうに」
「え」
「む?」
いや、種族そのものがアンデッドになるなんて格好良いじゃないか。
え、知らぬ? ⋯⋯そうか。
□地下墳墓アンルシガナ 【大死霊】カイン=9
「終わり、で良いかな」
やっと、【古戦士】のレベルが50になった。
【霊魂の案内人】様々だね。恐ろしく経験値効率が良い。
流石に上級職のレベル上げともなればそうはいかないだろうが、下級職のレベル上げならば三日、あちらの世界で一日ダンジョンに篭れば50レベルになる。流石にオールしたわけではないので五日ほどかかったが、それでも普通のマスターよりかは圧倒的だ。しかも、【古戦士】は【霊魂の案内人】や【死霊術師】とシナジーがある。
もうすぐ3月になるし、学校の方もいろいろとあるからこんな風にほぼ丸一日ログインなんて出来なくなるだろう。なればこそ、今のうちにやれるだけやっておく。それが、最善だとボクは思う。超級激突の日も迫っている。
《死者界》についてもあらかた分かった。これがどういう使い方が出来るのか、とかそういうのも把握出来たと思う。
後、【ドラウグル】の完全遺骸がいつの間にか外套のボックスいっぱいになってしまった為、一度帰ってボックスを整理したいというのもある。沢山回収したし、かなり
せっかく取った【大死霊】のレベルも最大にしたかったが、正直言ってもう今日は疲れた。合計レベルも荒稼ぎによって271になったし、今日はこの辺で良いだろう。
この《地下墳墓 アンルシガナ》は霊都アムニールから少し離れた場所にある、古代ノールド人の地下墳墓のひとつだ。
師匠から教えてもらったいくつかの地下墳墓の中でも、いちばんアムニールから近い場所であった為、【古戦士】のレベル上げの為にこの世界で五日前から篭っていたのだ。【死兵】のレベル上げの時もここでレベル上げをしていた。
「《死者界》はあと一回だけど、日付が変わったら全回復するみたいだし、向こうで休憩したら【大死霊】もレベル最大にしよう」
予定も決めたし、早く帰ろう。
□
「⋯⋯?」
帰る為、来た道を上へと向かって引き返していると、ふと縦にされた棺桶群のひとつ、底が抜けて通れるようになっている通路が目に入った。
地下墳墓の通路は木の根が張っていたり、蜘蛛の巣や埃まみれになっている普通の通路の他に、こうした縦に置かれた棺桶の底が抜けて通れるようになっている所謂隠し通路が存在する。
この通路はさっきまでは開いてなかった。誰か他のマスターやティアンが来たという可能性も考えにくい。この地下墳墓は【霊魂の案内人】のスキル《霊魂の呼び声》でしか入り口を見つけることが出来ないのだ。
⋯⋯まだ時間は大丈夫。五時間前に軽食も摂ったしトイレも済ませてきた。
「⋯⋯もう少し潜ろうか」
ボクは、誘惑に抗うことなく通路の先へと歩を進めた。
あんなに意味有りげに道が開かれていたのだから、何も無いということは無いだろう。
そう思い薄暗い道を進んでみるが、特にこれといった変化はない。道中のドラウグルは死霊術師としての力を使うまでもなく《霊魂の送還》でどうにかなる。
たまたま開いただけの普通の道だったのだろうか?どうにもそうは思えないのだが、この様子ではそう納得するしかないのだろうか。
結局、このまま行っても特に何も無いと判断し、帰ろうと身を翻した直後、
「⋯⋯かふっ」
口から血が吹き出し、視界端に【部位欠損】の状態異常の文字が浮かび上がる。
何処をやられた?その答えは簡単にわかった。
心臓だ。痛みは無い。だが、日常生活では味わうことの出来ないような凄まじい苦しみがボクに襲いかかる。
それを、
心臓だけでなく、今の状況判断に務めた一瞬で頭も切り落とされてしまったらしい。
一体誰にやられたのか?それもすぐに分かった。
『ホウ。心臓ヲ消シ飛バシ、首ヲ撥ネタトイウノニ、生キナガラエルカ』
「⋯⋯生憎と他とは違う体でね」
ボクの後ろには、いつの間にか全身に銀色の鎧を纏った戦士の姿が。その言葉からして、こいつが僕の心臓を
フルであったHPが凄まじい速さでゼロになり、ゼロになった瞬間、【死兵】の固有スキル《ラスト・コマンド》が発動。擬似アイテム化した頭部をキャッチして首から上を失った身体に接着。視界の中で一分弱のカウントダウンが始まるのを見届けながら、バックステップでソイツと距離を取った。デンドロを始めてから、身のこなしが格段に上達したように思う。
「⋯⋯っ」
切り飛ばされただけの首と違って、失われた心臓は修復出来ない。だが、心臓を失った苦しみ程度なら、目の前のことに集中していれば無視できる。
問題は、この
⋯⋯取り敢えず、さっさと《死者界》を発動しようか。これで、《死者界》は今日はもう発動出来ないが、大丈夫だ。これで決めるから。
『⋯⋯我ガ
「ご名答」
空間が塗り変わる。
禍々しい瘴気が漂い始め、回収できずに放置していた完全遺骸のドラウグル達が徐に立ち上がった。その目は、普段《死霊術》で使役している時とは違って紫色の怪しい光を灯している。
《死者界》は半径10メートル以内に効果を及ぼす、ボクのエンブリオ【半神死霊 ヘル】が新たに獲得したテリトリーとしてのスキル。
その効果は、範囲内に存在する魂無きもの、平たく言えば完全遺骸などに仮初の魂を与えて使役するというものだ。MP消費は無し。ただし、効果時間は10分。加えて、連続使用は不可。使用回数は一日三回。これだけでは、利点が《死霊術》と違ってMPを消費しない程度しかない。
だが、このスキルにはもうひとつ効果がある。
「すまないね」
「ゥァ」
待機するドラウグルの内の一体が、まるで糸が切れたかのように倒れ伏すと同時、ボクのゼロのままであったHPが半分ほど回復した。逆に、倒れたドラウグルは光の粒子となって消えてしまった。
これが、《死者界》の第二の効果。
範囲内の《死者界》によって使役している存在を自らに還元し、その分、HPを
死んで《ラスト・コマンド》により仮初の命を、限られた時間を与えられているだけに過ぎないはずのボクの視界には、既に《ラスト・コマンド》の時間カウントは
考え方としては、一度死んで失った魂を外部の魂から補っている感じだろうか。
こんなにもシナジーのあるスキルが、ボクみたいな塵屑から生まれるとは思わなかった。
『魔性メ』
「なんとでも呼ぶが良いさ」
実際、ズルみたいなものだ。
それに、こうしている間にもボクのHPは凄まじい速さで減っていっている。
何せ、心臓が無い。
ボクのエンブリオは、切断されたりいろいろで身体から身体の一部位が離れても、それが擬似アイテム化し、断面とくっつけることで再生する。さっきの首みたいにね。
だが、何ものにも例外があるように、ボクのエンブリオだって万能じゃない。
今回のような心臓を完全に破壊されてしまった場合なんかは好例だ。そもそも、ボクのエンブリオは半神死霊。半分は死霊だけど、もう半分は神、というか扱い的には普通のマスターの体だ。だから、心臓や頭部を完全破壊されたらHPが尽きて死ぬ。
つまり、ボクは今現在進行形で死のうとしている最中というわけだな。
「⋯⋯さて、じゃあ勝たせてもらおうか」
『調子ニ乗ルナ⋯⋯!』
大剣を構える彼に対して、ボクはフッと笑みを浮かべた。
勝ち筋は無いが、彼を倒す方法くらいはあるだろう。
例えばジェムとか、英雄とか、ね。
それに、怨念はとっくのとうに溜まっている。
「―――《デッドリーミキサー》」
翳した手から、渦巻く強大な怨念のエネルギーが放出される。
直撃した《デッドリーミキサー》は着実に【ドゥー・アルガッド】の体力を削った。
というよりも、上半身の右側を
《デッドリーミキサー》は溜まった怨念を放出する高威力の大魔法。
なんでこんなに怨念が溜まっているのかと言えば、《死者界》によるアンデッドの自らへの還元は、ボクの肉体に怨念を溜めるからだ。
それだけじゃない。
『グウァァァッ⋯⋯!? 貴様ァァ、何故ダ⋯⋯! 何故、強クナッテイルッ⋯⋯?!』
「申し訳ないけど企業秘密だ」
ボクの今の合計レベルは273《・》。
種明かしをするならば、やはり《死者界》の還元による効果だろう。ボクにもよく分かっていないが、高確率でボクはゲームバランスを壊すようなズルをしている。
つまり、こういうことだ。
「ゥァア」
「ボクの身と成れ⋯⋯なんてね」
いつの間にか半分を切っていた体力を復活させる為に還元したドラウグルが、光の粒子になって消えてゆく。
レベルの欄を見れば、ボクの合計レベルは27
さて、スキルの残り時間は後九分。
悪いけど、これもボクの力だ。
勝たせてもらうよ、UBM。
□
【<UBM>【黒銀英雄 ドゥー・アルガッド】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【カイン=9】がMVPに選出されました】
【【カイン=9】にMVP特典【黒銀古鎧 ドゥー・アルガッド】を贈与します】
「⋯⋯初めてのUBM討伐がこんな汚いやり方だなんて、信じられない⋯⋯」
身を投げ出すようにその場に転がったボクの第一声には、ありありと情けなさと悔しさが混じる。
完全に物量に頼った戦い方だ。戦士達にも、倒した【ドゥー・アルガッド】にも申し訳が立たない。勝てれば良いが、勝った後に後悔するかしないかは別だ。
しかも、《死者界》が切れて危うく死ぬところだった。逃げ回っていたら、ちょうど日付けが変わって《死者界》の使用可能回数が増えなければどうなっていたことか。
「ギリギリで、しかもこういうやり方でしか倒せないのはどうにかしなくてはいけないね」
レベルは300になった。後は、埋まっていない下級職二つを何にするか決めて、だね。
新たな当面の方針を決めて、さあ帰ろうかと思い立ち上がった。
「あ」
ボクは
【致死ダメージ】
【パーティ全滅】
【蘇生可能時間経過】
【デスペナルティ:ログイン制限24h】
勘のいい人とかは、とっくのとうに【霊魂の案内人】の経験値効率の良さの理由とか、《死者界》でレベルが馬鹿上がりする理由とか分かってるんだろうなあ。いや、別に勘が良くなくても分かるか。
ちなみに、成長期みたいなものなのでさっさと楽出来なくなります。