カインの腐敗録 作:痛い作者ことカイン=9
□地下墳墓モルブイン 【霊魂の案内人】カイン=9
「⋯⋯こんなもの、かな」
現れた最後の【ドラウグル】を送還し、近くにあった埃を被った今にも壊れそうな椅子に座る。
ボクのレベルは、今ので48にまで上がった。ひとつの下級職のレベルが最大50なのを考えると、こちらの時間で二日間通して潜ったと考えれば、それなりの速さなのではないだろうか。
それに、途中から、 【ドラウグル】の完全遺骸が鞄に入り切らなくなった為に回収は諦めたが、それでもかなりの数を回収出来たと思う。ログイン初日に4000リルで買った鞄だが、初心者用の三倍程度は入るらしい。
この二日間、地上に出ることなく潜り続けていた為、体中に埃や蜘蛛の巣が付着しているが、それ以外は特に問題は無かった。いや、汚れというのは女性にとっては問題なのだろうが、ボクはそういうのは余程でなければ気にしない質だ。
これは、順調と言えるのではなかろうか。
故、そろそろ【ドラウグル・コル】に挑もうかとも考えたが、策も何も無い。今は、そんな状態で挑むのも不安なため、どうしようかと地下墳墓を探索中である。
エンブリオでも孵化してくれれば何とかなりそうなものだけど⋯⋯。
考えながら、左手でうんともすんとも言わない己のエンブリオを眺める。どういう訳か、僕のエンブリオはこちらの世界で六日経ったというのにも関わらず、なんの反応もない。情報交換掲示板には、大体一日から二日で孵化する場合がほとんどということだったが⋯⋯。デスペナルティで進化が遅れる、にしては一回のデスペナルティに対して長すぎる気もする為、少し、いや、かなり不安の種となっている。
どうしたものか⋯⋯。
そんな時、視界の端、埃を被ったテーブルの上に掌大の水晶が見えた。まだ来たことの無い場所だったか?
「⋯⋯?」
アイテム名は【ジェム‐《ファイアーエクスプロード》】。ファイアーということは、十中八九火属性の魔法だろう。アンデッドには効果覿面のはずだが⋯⋯。なぜ地下墳墓に火魔法のジェムが?
それにしても、ジェム、ジェムか。これまでの探索中にも、鍵のかかった宝箱――スキルの有無で断念した――や、巻かれた紙などのなんらかのアイテム、チーズなど色々と見つけたが、ジェムは初めて見る。しかも、どういうわけかジェムはもう一つあった。
「ボクは、ズルをしているのだろうな」
初心者に過ぎないながらも、職業やアイテム、情報など、同じ初心者達の中でもボクはかなり恵まれている方だろう。それは間違いない。
そして、運、リアルラックというヤツもボクには備わっているらしい。
「⋯⋯よし。やってみせよう」
見つけた二つのジェムを回収し、ボクはいつかの戦士の元へと向かった。
今度こそは彼を成仏させてみせるさ。ああ、ボクなら間違いはない。
◇
「アオオォォオ⋯⋯」
「居た⋯⋯」
前回見つけた時と同じ場所に、ソイツは佇んでいた。
右手の片手斧は健在。少し焦げた左手を垂らしてはいるが、魔法が衰えるなどということも無いだろう。アンデッドだし。炎の魔法が使える時点でアンデッドかどうかも怪しいけど。
まあ、それは些細なことだ。そもそも、どうしてボクやネットの常識なんかで、
――彼は英雄の末路。なればこそ、矮小な凡人に過ぎないボクの物差しなど通じはしないのさ。
だからこそ、ボクも計らない。
【ドラウグル・コル】がボクに気が付く前に、柱から飛び出して一気攻勢に出る。
「《魂の送還》!!」
ボクの右手から放たれた《魂の送還》は、【ドラウグル・コル】の意表を突いて彼を送還しようと襲い掛かる。
そして、彼に白と青の波動が直撃し、
「ウァア!!」
【ドラウグル・コル】は、それを一喝で打ち破った。
やっぱりか。なら、彼の体力を削ぐしかない。幸いな事に、ボクの手元には、片方は攻撃特化のもの、もう片方は切り札としてのものの二つのジェムがある。
ファイアーエクスプロードの説明からすれば、その元々の威力とアンデッドとの相性を加味して、当たれば確実に彼の体力を大幅に削ぐことが出来るだろう。
それなら、当てれば良いだけのこと。
「ウォオオ!」
「くっ⋯⋯案外、乱暴だなキミは」
【ドラウグル・コル】の片手斧の振り下ろしを、間一髪で横に飛び退くことで避ける。だが、その一撃は、直撃した岩を崩し、破片をボクに飛ばした。
「今ので、十分の一も削れるのか⋯⋯本当に紙だな」
「ウォア!!」
危ない。なんとか体勢を戻し、さらなる間一髪で柱を盾にする。無様に逃げ回っているだけだが、それ以外にできることは無い。
今は、機を見るだけ。
だが、何もしないよりは少しばかり抵抗する方がマシだろう。だから、抵抗させてもらうよ、英雄。
「⋯⋯《魂の送還》!」
「ウォアア! ⋯⋯意味⋯⋯無キ⋯⋯事!!」
喋れたのか。いや、理性など残っていないだろう。ただ、祖霊たちが事実を伝えた、それだけの事に違いない。
ああ、そうやって強者の余裕を振り撒いていれば良い。遊んでいれば良いさ。
――勝つのはボクだ。
◇
「はぁ、はぁ⋯⋯」
「汝⋯⋯マダ⋯⋯逃ゲル⋯⋯カ?」
当たり前だ。まだ好機じゃない。いや、好機は幾つかあったが、ボクじゃ到底掴むことは出来なかった。
まだ、足りない。
体力が残り五分の二程度で、左腕が【骨折】していること以外はまだ普通だ。なら、まだやれる。
ジェムも残っているし、《魂の送還》はあと六回は使える。十分だ。
「ウォォォオ!!!」
「⋯⋯っ!!」
【ドラウグル・コル】によって砕かれ、ボクが来た時よりも少しばかり綺麗になったフロアをチラリと確認し、身を守れる場所を探す。
⋯⋯無い。賭けだが、避けるか。
痛覚をオフにしていなかったことが災いして、とてもではないが感じたことの無い痛みに悲鳴を上げる身体を酷使する。
その場から、出来る限り飛び退いて、全身を使って彼から距離を取る。
「ク、ソッ!!」
「ウォォ!!」
大きな破片がボクに直撃し、ごっそりと体力をけずった。彼は、そのまま次の攻撃に移ろうとする。
だが、これは好機だ。彼は、意味の無い攻撃しかしないボクの反撃など気にも留めていない。攻撃することに夢中で、彼が手傷を負うような攻撃をボクがするなんて思いもしないだろう。
それで良い。
【ドラウグル・コル】の死撃が命中する寸前で、出しておいたジェムを使用する。その爆炎は、ジェムから溢れ出し、無防備な【ドラウグル・コル】に襲いかかった。
「――食らえ、古代人ッ!!」
「ウォォォオアアア!!??」
爆熱する炎が、【ドラウグル・コル】の身体を包み込む。
質量の爆発と炎の熱に【ドラウグル・コル】が苦悶の声を漏らしながら、膝を着いた。
このまま決める。
そう考えて、もう一つのジェムを使うために意識を割いたその瞬間。
ボクは確かに
「うぁっ⋯⋯!?」
「「ウァァァァァァァァアアアアア!!!!」」
片手斧によって右足が切り飛ばされ、状態異常に【部位欠損】が追加される。そして、鈍い痛みがボクを襲った。
炎に炙られ、膝を着いた体勢ながらも、英雄はしっかりとボクを仕留める為に機会を狙っていたらしい。
「⋯⋯ぐっ!!」
「⋯⋯終ワ⋯⋯リ⋯⋯也⋯⋯!!」
【ドラウグル・コル】が、やっとボクを仕留められることに安堵するかのように即座に片手斧を振り下ろそうとする。それは、ボクの頭部をかち割ろうとし、ボクが咄嗟に出した両腕を容易く切断しようと迫る。
残った体力は十分の一程。避けなければ確実に死ぬが、今更避けることは叶わない。
⋯⋯詰んだか。油断したな。
だが、次もう一度来れば、彼を倒す事も出来るだろう。今日のところは、ここでデスペナルティを負うのも致し方なし、か。
⋯⋯何だろうな。
おかしい。どうして、ボクは笑っているんだ?
ああ、そうか。怖いのか。惨めに逃げ回ってなんとか一撃当てて、そしてまた死ぬ。確かに滑稽で笑える。
師匠に失望されることが? それとも、前回とは違って
まあ、どちらにせよ、これがボクの
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
いや。
――それで良いのか?
何度も挑み、少しずつ弱らせてから倒す。彼は、ただのモンスターで、ボクは一介のプレイヤーでしかないのだから、それがプレイヤーの行動としては最善策なのかも知れない。
だが、それは、気高く誇り高い英雄に対して相応しい仕打ちなのか?
――いいや、違うね。
ここで諦めることは、ボクにとっても彼にとっても好ましいことじゃない。そのはずだ。だから、負けない。いや、死なない。どんなになっても、ボクは足掻く。
何より、ボクは師匠と約束したんだ。
「ちゃんと扉から帰ってくる、てね」
だから。そう、だから、
「ボクは、ボクがどうなろうと死ねないんだ!!」
「ウオオオオ!!」
迫る片手斧が、ボクの左手に触れる直前、ボクは目に映った光景を直ぐには飲み込めなかった。そう、言葉で言い表すなら、正しくこういうことだ。
――ボクの身体は
左手の甲にある卵の形をしたエンブリオは、身体が腐敗した女性のような紋章の形となり、ボクがマスターであるという証を示す。ボクの左腕を断ち、右腕をも断って、ボクを殺そうとした凶器は、当初の予定を狂わされ、ボクの腐敗した左腕の半ばで止まった。
「うぁぁぁああ!!」
「⋯⋯何⋯⋯ダ⋯⋯!?」
何がなんだか分からないが、これは逃すことの出来ない好機と見た。
どういう訳か向上した筋力で片手斧ごと【ドラウグル・コル】の体勢を崩し、最後の切り札足るジェムを起動する。
「《ホワイトバインド》!!」
「⋯⋯動⋯⋯カヌ⋯⋯!?」
現れた白い杭が、英雄の体を柱に縫い止める。どれだけ力を込めて抗おうとも、アンデッドには解除不可能だろう。説明テキストにはそう書いてあった。
これで、条件は揃った。
ああ、これでやっとキミの魂を送還できる。
「終わりだ、《魂の送還》!!」
「ヌウァァアアア⋯⋯!!」
【ドラウグル・コル】は、断末魔を上げながら、両膝を着いて動かなくなった。最後の最後まで握られていた片手斧が、虚しくも音を響かせながら地面に落ちた。
あれ程までに古代の武勇と魔法で猛威を奮った、古代の英雄は物言わぬ遺骸となったのだ。
綺麗さっぱりとしてしまったフロアに、墓場特有の肌寒さを感じる静寂が戻る。
だが、この熱を冷ますことは出来ない。
「ボクの勝ちだな、英雄」
ボクの、勝利だ。揺らぐことの無い、ボク自信が掴み取った勝利だ。
心地好い。ああ、とても好い気分だ。勝者の特権ってヤツか。
出来ることなら、このまま、意識を失って⋯⋯。
ボクは、余韻に抗うことが出来ずにその場に倒れ付した。
ボクが最後に見たのは、
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