カワルユウキ   作:送検

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隣の席の田中さん
第1話


 

 

誰か、誰でも良いんだ。

 

 

俺を、助けてくれ。

 

 

この、薄暗い部屋の中で一人、孤立無援。

 

 

誰でもいいんだ。

 

 

誰か──

 

 

反抗期の妹が甘え盛りになる方法を、教えてくれぇぇぇぇぇ!!!!

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉぉぉぉ!?」

 

ドンガラガッシャーン。

 

そんな物音が鳴り響く中、俺の意識は妙な浮遊感からの肩周辺に広がる物凄い衝撃と共に覚醒した。

寝覚めは非常に悪い。そりゃそうだろう。痛みから始まる1日なんてロクなもんじゃない。きっと今日は厄日なんだろうと、俺は痛めた肩を擦りながら、うんと伸びをした。

 

「……それにしても、めちゃくちゃな夢だったな」

 

懐かしい夢を見ていた。

それは壮大で、反抗的な夢。

髪の長い女‥‥‥妹が俺の頭にチョップを敢行し、痛みに蹲った俺を、その鋭い目で蔑む夢。

正夢だと信じたいのだが、可能性とか関係なしにこれは経験に基づく事実なのである。只でさえ完璧にマスターしたハイキックやらカウンターやらを兄にかます始末だ。気をつけなければならない。

人生何が起こるか分からないのが実情だ。あれだけ可愛かった妹は今では反抗期なのか分からない始末。彼女の放つ一撃は何より重く、痛い。

できることなら有無を言わさずハグの刑に処したいところではあるのだが、常識的に考えて戦力差を考えない特攻は自殺行為なので妄想のみに留め、大きなため息を吐いた。

いずれ一泡吹かせたいな、本当に。

 

冗談もそこそこに、現実に戻る。

先程まで見ていた夢に震え、心がヒエッヒエになってしまった俺は改めて今まさに起きている状況を確認するために辺りを見渡す。すると、目の前にはタンス。その上には先程から喧しい音を立てている目覚まし時計。

目覚まし時計程喧しくてかったるいものはないが、今の俺にとっては目覚まし時計の音を止めることよりもかったるい事案があったのだ。

 

 

端的に、寒くて起きるのがかったるい。

 

 

俺は、暫く毛布にくるまりながら倒れ込んだ状態でぼーっとしていた。耳を澄ませば目覚まし時計の喧しい音が聞こえてくるこの状態でぼーっと出来るのは個人的にやばいよ凄いよと自画自賛しつつボソリと一言。

 

「‥‥‥遅刻じゃん」

 

俗に言う寝坊と言う奴だ。

時刻は9時50分。今から急いでいけば、2時間目の途中に学校に着いているのだろうが、直ぐに着替えて、直ぐに外に出られるような準備をしていない俺にはそんな行為無理難題も甚だしい。朝ごはんを食べて、顔を洗って、着替えて、外に出る──ざっと見積もって2時間目の終了に合わせて学校に着くと言った所だろう。

いつでもマイペース。急いだって、焦って忘れ物をするのが俺。はっきり言って、この時間帯で急いでもなんの得にもならないのだ。

 

「‥‥‥よし」

 

先ずは朝ご飯を食べようという決断を脳内会議により決定し、それを遂行するために毛布から出て、目覚ましを止める。

ようやく訪れた静寂に、安堵した俺はうんと伸びをする。朝特有の静けさが俺の鼓膜を襲うと、伸びにより得た快楽がさらに増幅し、俺の幸福指数を増やしていく。やはり朝のこの時間は捨てられないよな‥‥‥なんて思いつつも、この先の顛末を何となく分かっていた俺は、一言。

 

「また、怒られるなぁ」

 

そんなことを独りごちつつ、先ずは朝飯を食べるために、リビングに向かって足を動かすことから始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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通学路というものは、一定の時間になると人がすし詰めのようになり、歩行が困難になり、気分を害すことが時としてあるのだが今日、盛大に遅刻をしてしまった俺はそんな苦労を味わう必要もなく、通学路を悠々自適といった心境で歩いていた。

お陰でストレスは多少軽減されている。これぞ遅刻者の特権‥‥‥!学校の僅かな単位を犠牲にすることで得れる‥‥‥特権!!

 

「何時も遅刻寸前で焦ってるのがアホみたいだな」

 

もっと言えば救いようのない馬鹿じゃないか。最後に心の中でそう付け加え、己に対しての評価をマイナスまで落とすと、その後は何も言わずに淡々と、自らの在籍する高校に向かって歩いていった。

校門を潜り、下駄箱に辿り着き、靴を脱ぎ、上履きに履き替えると、先程まで憂鬱だった気持ちが少しだけ引き締まる。俺にとって、上履きを吐くという行為はネクタイを締め直す行為と同じ。学校指定のものを履いたり着たりすることで、これから学校で何かをするというスイッチの切り替えが出来るのだ。

自分のクラスは1階。それ故に階段を上る必要もなく、廊下を歩けば直ぐに自分のクラスのドアがある。

相変わらずの寒さに身を縮こませながら歩き、ストーブのある教室にまで辿り着くと、何の気に留めることも無くガラガラとドアを開いた。

すると、俺に突き刺さるのは遅刻した哀れな少年を文字通り憐れむ細められた目付き。一瞬いじめなのかと軽く疑いたくなるものの、この視線を長年受けてきたからか、心が痛くなったりすることは無い。

人間、物事の事象にはいつか慣れるものだ。受け流し、時にどっしり構えて、物事にぶつかっていくことで人は如何様にも変わっていく。

それは俺も例外ではない。その視線にビクついていた過去の俺はもう居らず、華麗にスルーを敢行しながら前を歩く。

───が。

 

「‥‥‥」

 

敵は視線だけではなかったらしく。

俺の歩く先を邪魔するかのように、仁王立ちで立っている青年はこちらを強い眼差しで見つめている。

否、睨みつけていたという方が正しいか。それだけの力を孕ませた眼差しをこの男───俗に言う腐れ縁、友達はしていたのだから。

 

「‥‥‥どしたの?」

 

目の前に立っていたら先に進めない。試しに肩をトントンと叩いてみたものの微動だにしない。そんな男は、無駄な労力は使いたくない俺にとって相性の悪い部類にある。

そして、俺がこの坊主頭の男を苦手にするもうひとつの理由。それは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北沢啓輔ぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

 

 

 

この、馬鹿でかい声だ。

 

いっそのこと、野球場の売り子でもやったらお金を稼げるのではないのかという程の声を間近で聞いた俺は、その声に心底気分を落としつつ自分でも分かるほどのトーンの低さで語りかける。

折角引き締めた気分が、一気に緩んだのだ。

 

「‥‥‥何だよ」

 

「お前を待っていたんだよッ!!さあ!野球をやるぞぉぉぉぉぉッ!!」

 

「ないわー」

 

「何故だァァァァッ!」

 

喧しい。

 

というか、こんな寒い日にキャッチボールなんてしたら体が凍えちまう。運動部でもない俺は寒さに滅法弱いんだからな。果たしてこの目の前で悶えている腐れ縁は今の俺のこの状況をしっかり分かった上でそのような事を言っているのだろうか。

 

「取り敢えず、どいてくれ。席につけないからな」

 

無駄話もそこそこに仁王立ちする男──石崎洋介の脇を歩きながらそう言うと、わなわなと震えた石崎は俺を睨みつけるが否や、指を差して俺に吠える。

 

「‥‥‥俺は、俺は諦めないからな!?覚えてろよ──!?」

 

そう言うが否や、廊下へと出ていってしまった石崎を見送り、『誰がキャッチボールなんてするかボケ』と反抗の意を込めて思いっきりドアを閉める。

こんな日に外遊びを敢行する帰宅部が何処にいるのだと思い切り叫びたい気分になったが、ここには生憎人の目、何より──アイツの目がある。

ただでさえ言い合いになっていたのにこれ以上の喧嘩は不味いと思いドアを閉めるまでに留まったが、本来ならばこれでは済まない。想像の中では、石崎はもっと酷い目にあっているのだ。

 

自分の席である窓際の一番後ろへと向かうとこれまた何やらいい姿勢で、目を瞑り、顔を顰めている女が俺を待っているかの如く座っていた。

その姿はまるで牡丹のようで。怒っているかとでも言わんばかりの態度を見せてもそう見えるのは、他のなんとも言えない彼女の魅力なのだろうということを感じつつ、俺は隣の席へと向かっていった。

 

「.....はは、ダメだこりゃ」

 

向かっていくに連れて、彼女の怒りのオーラが手に取るように分かってくる。今回のあの子の怒りは俗に言う『まじおこ』なのだろう。顰められた眉や、瞑想しているその様子から、そんな怒りがはっきりと伝わってくる。

どうやら、ズルをしてまで安寧を求めた俺に、これ以上の安寧は送らせてくれないらしい。乾いた笑みを浮かべ、背負っていたリュックを机の脇にかけると、やはり、予想通りのひそりとした声が聞こえる。

 

「‥‥‥遅いよ、北沢くん。大遅刻だよ」

 

──さて、俺はこの隣の席で何かを呟き、顔を顰めた少女にどういった対応をしたらよろしいのだろうか。誰か教えてくれ。何ならこのクラスの誰でも良い。模範解答があるのなら教えて欲しい位だ。何せ、今の俺が咄嗟に彼女の怒りを沈める為に浮かんだ策は誠心誠意のDO☆GE★ZA位しかなかったんだからな。

 

「‥‥‥ま、まあ、なんだ。悪かったよ」

 

その言葉に、暫し膠着状態に至っていた俺は改めて考え、練った作戦を敢行するために頭を下げる。

その『怒らせてしまった原因』が何であれ、俺は隣の席の女を怒らせてしまっている。それ故に素直に謝る。そして、謝罪をする。それによって俺自身の評価と好感度をあげる作戦に俺は打って出たのだ。

 

謝罪をした後、席について隣の女を見る。すると、彼女はこちらを見て、少し頬を膨らませて、訝しげな表情を作る。

──おい、俺。その表情に対して威圧がないとか可愛いかよ、とか言ってくれんなよ。頼むから滑らすなよ、俺のお口。

 

「今回で3回目だよ、そう言うの───本当に大丈夫なの?」

 

「仏の顔も三度まで、だろ?大丈夫。俺は山よりも高く谷よりも深く反省しているから」

 

「‥‥‥なら良いんだけど」

 

そうかそうか、分かってくれたか。

物分りの良い友達を持てて、俺は幸せだ。人間、人付き合いが大事とか言うが、改めてその言葉の意味がわかった気がする。

理解者に、可愛い女の子。そんな2つの役を1人で何もかもやってのけてくれるこの子は流石演劇部と言うべきなのか。若しくは、神と形容すべきなのか。

兎に角理解してくれる存在のありがたみを知った俺は、その女の子に対して心の中で深く感謝を行い、崇め奉った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、隣の席の理解者の理解を得たところで、俺のルーチンワークを速やかに敢行しよう。

手始めに惰眠。2度目に惰眠。極めつけに惰眠のトリプルスリープが俺のルーチンワーク。人というものは睡眠が大事ということをよく聞く。ならば必要に応じて睡眠を摂るのは良いこと。

そして、全身の力を抜いて、3秒机に突っ伏すという惰眠のコツを持っている俺にとって睡眠は容易いこと。依然として睨みつけてくる田中がいるのは俺にとっての懸念材料ではあるのだが、目先の快楽を貪りたいと考えている俺にとっては、この程度の懸念材料では止まることは無い。

その光景を後目にノートを取り終わった俺は目を瞑り、机へとダイブする。

 

 

 

 

 

その勢いのまま、惰眠を──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──痛゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

突如として鋭いチョップが俺の後頭部を襲う。おのれ、敵襲か。まあ、この際どちらでも良い。問題は『誰が何の因果で俺を襲ったのか』なのだから。

 

痛みに悶えていた俺は立ち上がり、周りを見渡し声を上げる。恥も外聞もない。今の俺の頭の中にはチョップをした奴に対しての恨みしかなかったのだからな。

 

「誰じゃい!石崎か!それともそこのお前かぁぁぁぁ!」

 

「隣だよ!?角度と今の今までの会話で分かるよね!?」

 

と、俺がそう言って辺りを隈無く見渡すと隣の席の『田中』さんがその声に呼応し、大きな声を上げる。

ふむ、確かにそれもそうだったな。現に周りに誰もいなかったろうし。そもそもの話、俺はこの子と石崎以外にチョップをされるような恨みも友情も買ってない。先程の会話を鑑みたとしても、田中が俺にチョップを敢行したのは明白である。

ならば、何故この女は俺にチョップをかましたのか。それが問題であり、今の俺が考えるべきプライオリティでもあった。

 

「で、どうしたんだ田中」

 

俺が先程とは打って変わってあくまで冷静にそう尋ねると、隣人───クラス1のしっかり者と言っても過言ではない女の子はわなわなと体を震わせて俺を睨みつける。

 

「どうしたもこうしたもないよ、北沢くん‥‥‥北沢くん!」

 

「はい、北沢です」

 

「2時限目まで堂々と休んでいたんだよ!?このままじゃ留年しちゃうよ!ノートくらい取ろうよ‥‥‥北沢くん!!」

 

「へ、へい‥‥‥」

 

怒りながら、とっととノートを写せとチョップの体制をとり目で命令する田中。それを見た俺こと『北沢啓輔』は田中に告げられた怒涛の北沢連呼にひいひい言いながら板書きに書いてある内容を書き移そうとノートを取り出しながら弁解する。

 

「今日も悪いな‥‥‥反省はしているんだよ、これでも」

 

「その言葉はもう聞き飽きたよ‥‥‥惰眠はまだ良いとして、遅刻は本当にダメだよ?このままじゃ社会に出ても寝坊するようなダメな人になっちゃうから」

 

「うぐ‥‥‥痛いところを突いてくるじゃあないか。田中のくせに生意気だぞ!」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」

 

田中琴葉。

2年次のクラス分けで希しくも同じクラスの隣同士になったしっかり者の女の子。

まともな交流は2年次からという浅い付き合いではあるのだが、初対面である筈のコミュニケーションから何かと俺に世話を焼いてくれる女の子である。

この子の中で、俺が一体どういう存在になっているのかは気になるところではあるが今はそれどころでは無い。ノートを取り、ご厚意をご厚意として受け取らなければ田中のチョップが俺の頭を2度殺すだろう。

そんな想いから真面目にノートを取りつつ、田中の言葉に空返事を重ねていると、不意に田中が頭を抱える。

はて、どうしたのだろうか‥‥‥俺、また何かやっちゃいました?

 

「このやり取りを何度もやってる自分が憎たらしい‥‥‥」

 

案の定、俺が原因だったらしい。何度も何度も重ねる遅刻。進言しては繰り返される空返事。例え俺が田中の立場だとしても、同じ反応をするであろう。

ただ、冬も近付いている11月は本当に寒いんだ。寒い故に起きるのも遅くなってしまう。

その気持ちも察して欲しいのが本音ではあるのだが。

 

「分かってくれ田中‥‥‥今、俺は生命の危機に瀕しているんだ。凍死というかなり深刻な危機にな‥‥‥」

 

「‥‥‥なら、身体中にポッカイロとか貼ったりして寒さを凌げば良いのに」

 

「馬鹿かお前、のぼせ死ぬぞ」

 

ああ、そういえばお前って真面目故にポンコツなところが多々あるよな、はっはー‥‥‥と内心で大笑いをしていると、田中の瞳が一気に細められる。

その瞳は、呆れでもジト目でもない。まるで視線で殺すかのように細められた瞳で──

 

「何か言った?」

 

「明日からポッカイロ体全体に貼り付けて登校します」

 

「そして遅刻もしない‥‥‥仏の顔も3度まで、ちゃんと聞いたからね」

 

「謝るから許して」

 

1年前からそうだ。

奴の怒った時の目には鋭いナイフでも宿ってるのかというくらいの眼光が光り、思わず寒気がする。これが彼女の武器だとは思わないが、その睨みは俺を震わせるには充分で、その目と言葉に俺は机に頭を擦り付け、平伏の姿勢を取った。

 

「北沢くんに今1番必要なのは、学力でもなければ運動神経でもない‥‥‥朝早くから起きる習慣なのかも」

 

「‥‥‥それは違うな。今の俺にはとある『成分』が足りないんだ‥‥‥そう、惰眠成分という今の俺にうってつけの成分がな」

 

「必要なのは学力だよ。後、夜の睡眠‥‥‥遅刻をしないように目覚ましを付けたりする『習慣』こそ、今の北沢くんに必要なものだと思うな」

 

「そんなこと言うならお電話かけてモーニングコールでもしてくれよ。メアド教えるからさ」

 

そうだ。

そもそもの話、田中がチョップをかまさなければ俺は遅刻した時に恐怖に怯え、ビクビク登校する必要も無かったのだ。

それならばこの田中琴葉という女の子に責任を取ってもらえば良い──そこまで考えて携帯を取り出し、携帯番号を見せようとすると、その手を掴まれ、それなりの力で握られる。

 

「おいおい、田中さんよ。手ぇ握っちゃってますぜ。恥ずかしくないんですかい‥‥‥え、ちょっと。本当にやめてくれません?力入ってるから!痛いからっ!」

 

「‥‥‥学校内でスマートフォンを使ってはいけません」

 

「‥‥‥ふ、ふふっ!田中、俺はスリルを体験したいんだ。何時、何処で先生が見ているかどうか分からない、この荒野の中で‥‥‥!」

 

「さっきから言っている意味が分からないけど、北沢くんが馬鹿でしょうもない遅刻魔って言うのははっきり分かったよ‥‥‥!」

 

「ぐおぁぉあ!?」

 

更に入れられた強い力に悶え、遂にスマホを手放すと、田中は俺からスマホを取り上げて引き出しに入れられる。

そして、一言。

 

「次、スマホを動かす素振りを見せたらもれなくスマホが壊れます。それでも見ようとするなら北沢くんの骨に───」

 

「ぼ、僕のお骨どうなっちゃうんでせうか.....」

 

「ヒビが入ります」

 

「誰か助けて!!」

 

間髪入れずに言われた田中の言葉に俺は助けを求める。彼女は『やる』と言ったら『やる』子だ。少なくとも約束や宣言を破るような『悪い子』ではないということを俺は知っている。

連絡ツール&大事な骨かプライド。今の俺に必要なものは何かと言えば、それは勿論最愛の家族と連絡を取るための連絡ツールに決まっている。

必要なのは、恥を捨て田中に泣きつく覚悟だ。

今の俺には、それが必要とされている。

 

「‥‥‥田中、悪かった。悪かったからっ‥‥‥お願いだからスマホだけは!家族と‥‥‥家族と連絡が取れなくなっちゃう!俺1人じゃ死んじゃうから!」

 

しかし、そんな行為気にも留めなかった田中は相も変わらず冷たい眼差しで、呟く。

 

「次やったら‥‥‥本気でやるからね」

 

「は、はい‥‥‥はいっ!」

 

次やったら───。

 

その言葉は俺を恐慌状態に陥れ、今日1日スマホを触れないという地獄にも陥れる一言。

そんな言葉に、俺はただひたすら首を縦に振り、田中はそんな俺の情けない姿に胡乱な表情を向ける。

その表情を見た俺は、感謝と怒りの狭間で立ち竦み、一種のジレンマに陥っていたのだろう。田中から目を背け、大きくため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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俺、啓輔という人間について少しだけ確認と説明をしようと思う。

家族構成が妹と弟と母親の4人暮らしで、良くも悪くも素直。そんな家庭の中で、唯一と言っていいのか、俺という存在は性格がひねくれてしまっている。

何せ、高校入ってから3年生まで部活は未経験、時々遅刻はする。それでいて田中のような女の子を怒らせてしまうという悪行をこなしてしまっているのだ。そんな奴が『良い子』な訳が無いし、恐らく今後もなるつもりはない。

そんな俺は、俗に言う『不良生徒』とか言う奴なのだろうということを自覚している。まあ、これくらいで不良生徒とか他の奴らから見たら片腹痛い所だろうが俺が通っている学校からしたらこんな奴でも不良生徒認定されてしまう。何せ、不良が1人もいないからな。ちょっと悪いことをしてしまえば、直ぐに目立ってしまうのだ。

 

友達が少ないというのも、俺を不良生徒たらしめている原因だろう。高校入ってからまともに話した人間が石崎と田中くらいしかいない。クラスメイトには挨拶をする程度。勿論、挨拶するだけの関係など友達とは言えないだろう。そうなると俺の友達は田中と石崎という野球部エースだけになる。

 

まあ、何が言いたいのかというと。

 

片や野球部エース、片や委員長の俗に言う人気者としか深い付き合いのない不良生徒の俺が授業で孤立すんのはそれなりに分かっていることであって。

 

 

 

3時間目───

 

 

俺にとっては1時間目と形容してもおかしくないその時間。体育を受ける羽目になる俺は、殆どの時間独りでぬぼーっとすることを強いられているという事だ。

 

「‥‥‥」

 

白球が金属バットに当たる甲高い音が聞こえると、ボールはふわりと外野に向かって飛んでいく。ポジションの関係で俺は外野にいるため、捕球体制に入ろうと身体を動かしたが、それは杞憂に終わる。

俺の立ち位置はレフト。その一方でボールが飛んだのはライト。要するに、体育の授業でレフトに出来ることなんざ持ち場に飛んだボールをキャッチすることくらいしかないため、やることは何も無かったのだ。

ライトがバンザイして、ボールをキャッチし損ねる様を見てパチパチと手を2回叩くと、もう一度バッターボックスの方を見て、大きなため息を吐いた。

 

今現在の競技は、野球。

ズバリ、ピンポイントで俺の大嫌いな球技だった。

 

ここで誰に語るまでもない自分語りをしようと思うのだが、俺は野球という球技がとてつもなく嫌いだ。その原因は、ただ単純に俺という人間が白いボールを追っかけることが嫌だったり、腐れ縁がいちいち誘ってきたり、軽ーくトラウマってたりと様々な要因が絡み合って出来上がった野球に対する負のイメージ。

なんというか、身体が受け付けないのだ。今ではボールも見たくないし、出来ることなら保健室の女教師のお世話になっていたいのだが、物は試しと試してみた結果体温計を差し出され、結果が平熱なもんだったから文字通り、外に叩き出された。

あの先生がいる限り、保健室でサボるのは許されることはなさそうである。尤も、サボってしまうと成績下降の一途を辿るので、何度も何度もサボる訳にはいかないのだが。

 

さて。俺自身が体育という競技にしっかり向き合おうと決意し、嫌々ながらもバッターボックスを見遣ると、視界に俺に向かって走る男の姿が入った。

その姿は、まるでフライボールを追いかけて走るひたむきな野球少年のようで、その姿に見とれているとその男が俺を指差し、叫ぶ。

 

「上!!」

 

何やら必死げにそう叫んだ男の指示を、俺は話半分で聞き流していたつもりだった。理由は簡単、たった今男の子がバンザイしたボールを捕球したばかりなのにボールが俺の上を飛んでいる訳がない。

しかし、条件反射とは怖いもので。

その声に反射的に反応してしまった俺は、その声の指すがままに上を向いてしまう。

すると、視界1杯に広がったのはまっさらな空。

悪い予感がした俺は、その空を見た瞬間にすぐ視界を前に切り替える。

すると──

 

 

「‥‥‥うおおおお!?」

 

不意に風を切る音が聞こえた俺は咄嗟に前を見る。するとそこには眼前にまで迫ったボールが。

このままでは顔面直撃からの保健室行き一直線。折角授業を受けようと決意して間もないのにこのまま保健室は嫌だと思った俺は、持ち前の反射神経で唐突にやってきた白いボールを掌で掴む。やけに勢いのある『石』のような直球が掌を直撃し、やけに痛い。

 

その白球はまるで幼年期に受けたボールのようで──

 

なんて頭でどうしようもないことを考えながら、ボールの飛んできた方向を睨むともう1発。今度はグローブが飛んで来る。

 

 いくらなんでもかなりのスピードで飛んできたグローブなんぞを俺が片手で受け止められるはずもなく、為す術もなく見事にそれを顔面にくらい、倒れ込む。

 

鼻に鈍痛が走ったのだ。

 

「痛あああい!!誰か保健室!保健室に俺を連れてって!あわよくばサボるから!やった!これで3時間目休めんじゃん!!」

 

「本音がダダ漏れだぞ啓輔」

 

自覚がないがバッチリ声に出てたらしい。グローブが飛んできた方向。後ろに目を見やると、そこには俺のマイ腐れ縁、石崎がそこにいた。

彼は呆れた表情で小さくため息を吐き、俺を見下ろす。その姿にふつふつとフラストレーションを貯めつつも、結局怒ったところでなんの意味もないということを悟り──小さく息を吐いた。

 

「‥‥‥安心しろ腐れ縁、そんな法螺を吹いたところで、誰も俺なんぞを助けちゃくれねえんからな」

 

「あちゃー、それ自分で言っちゃうかぁ‥‥‥」

 

あぱー、と額を手でぽんと叩く石崎を尻目に俺は自力で立ち上がると諸悪の根源、石崎を睨み付ける。

 

「グローブを投げるんじゃありません。学校の備品だからって粗雑に扱うなよクソピッチャー」

 

「おー、すまねーな。何かムカつく顔が欠伸をしてたもんだからよ‥‥‥思わずグローブ投げちまったよ」

 

「あ゛?」

 

「お?やんのかゴラ」

 

お互いがお互いを睨みつける。しかし、そんな行為が無駄極まりない行為だということは俺も石崎も分かっていることであり──金属バットがボールを貫く甲高い音が聞こえると、1連の行為に何かを感じた石崎が大きくため息を吐いて、『やれやれ』と首を横に振る。

その様はまるで小洒落た道化師みたいで哀れ‥‥‥ゲフンゲフン、滑稽だった。

 

「はいはいゴメンね。というわけでキャッチボールでもしようぜ、どーせお前のところにボールなんてなかなか飛んでこないんだからよ」

 

「何故謝罪の言葉からキャッチボールの勧誘に話が飛ぶ」

 

「そんなことはもう決まっている‥‥‥そこにキャッチボールがあるからだッ!!」

 

カッコつけて何かを言ったところで肝心の石崎がカッコよくないのだから仕方ない。

悲しいかな、漫画の主人公のような言葉を誰かが使ったとして、それをカッコイイと思わせられるのは本当に極小数の人間のみだ。おまけに会話のセレクトもそんなに格好良くなかったため石崎の発言の威力は半減。たった今、俺の野球に対してのやる気がマイナスを突っ切ってしまった。

と、いうわけで──というのには些か無理があるのだが、兎に角キャッチボールをしたくなかった俺は石崎の目を見ながら、右肩を左手で抑えて一言。

 

「ごめん、俺肩関節脱臼しててさ」

 

「さっきまで準備運動元気にこなしてたじゃねえかよ」

 

む。流石に野球をやって、かつ普通に投げていたのに肩関節の脱臼は無理があったか。

ならば──と足首を抑えると苦悶に満ちた表情を作りながら、もう一声。

 

「足首を捻ったんだ」

 

「や、お前普通にランニングしてたじゃん‥‥‥つーかお前。普通に野球やりたくないだけだろ!?」

 

野郎。

流石腐れ縁だ。俺のやるべき事を全て読んでやがる。それとも単純に俺が分かりやすいだけなのか。

俺が思うに後者だとは思うが、正直それはどうでもいい。

今の俺のやるべき事は、とにかく石崎の『野球やろうぜ!』攻撃をかわし、平穏な3時限目を営むことなんだからな。

 

「兎に角俺はキャッチボールはしない。お前みたいな野球バカとキャッチボールするなら惰眠を貪っていた方がマシだ」

 

そう言って石崎を追い払おうとすると、その言葉に憤慨した石崎は顔を赤くして俺に接近してきた。胸ぐらを掴みかねない勢いで俺の元へ近寄ると、先程までミットを嵌めていた手の人差し指で俺の頬をグリグリと押し込む。

痛い、後ちょっと臭い。

 

「野球バカじゃねえよ!お前が野球に異常な程の嫌悪感を示してるからそう見えんだろ!?」

 

「異常なのはお前だ。後、指で俺の頬をグリグリすんな‥‥‥くっさ」

 

「よし言いやがったなテメェ!!表出ろ!!その腐ったパンツに風穴空けてやるからよ!」

 

「‥‥‥喧嘩売ってんのか?良いぜ、その喧嘩受けてやるよ」

 

まさに臨戦態勢。

俺は、白球とグローブを手に。石崎は何処で拾ったのか分からないテニスボールを片手にして、睨みつけあうその姿にギャラリーはいない。

普通に次の打者がバットをボールに当てている時点で俺たちの存在など気にも留めていないのだろう。それはそれで悲しいものがあるが、決して悪いことだらけではない。今のこの状況に集中出来るのは、決して悪いことじゃないんだからな。

 

気を取り直した俺は、にじみよる石崎を牽制すべくボールを投げるフリをしながら、フェイクも交えて近寄っていく。

その距離、20センチメートル。

野球というスポーツがデスマッチへと変貌してしまう可能性を孕む喧嘩が勃発しようとしたその時。

 

 

それの終わりは、唐突に発された1つの声からであった。

 

 

 

 

 

「お前ら‥‥‥」

 

野太く低い、ハスキーボイス。

俺も石崎も知っている、体育教師の声を聞いた途端背筋がぴくりと動く。この声は、俺が体育の時間に『最も』危惧しているもの。

振り向いたら非情な宣告をされる未来が見えてしまう。気付けば石崎はプルプルガタガタ震えてやがる。よ、よお。さっきまでの威勢はどうした石崎よ。足なんてぷるぷる震わせちまって。意気地がねえじゃねえか、ええ!?

 

「随分と元気だなぁ、北沢」

 

ハスキーボイスの矛先が俺へと向かう。矛先が俺へと向かったことに味を占めたのか片手でカッツポーズを敢行した石崎を殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、必死に我慢して後ろを向く。

鬼のような形相をした体育教師を相手取り、腰が引けつつも、俺は口角をひたすら上げながら詭弁を吐いた。

 

「か、風邪気味なんですよ俺。さっきから鼻詰まりがやべぇっす」

 

「せんせー、コイツさっきまで元気っしたー」

 

「石崎ィ!!」

 

しかし、そんな努力は石崎の一言によって水泡に帰す。そもそも俺の発言でどうにかなるという問題ではなかったのだが、風邪かどうかということを先生が信じるか否かで今後の対応も変わってくるというもの。

嘘を見抜かれてしまった俺には、相応の罰走が待っているだろう。

主に石崎のせいで。

 

依然として先生の怒りは収まらない。先程まで口笛を吹いてよそ見をしていた石崎を睨みつけると、先生はその怒りの表情から無理くり笑みを作った。

不動明王が、笑ったような気がした。

 

「‥‥‥そういうお前こそ、いつまで経っても備品を大事にしないなぁ石崎」

 

「や、やだなぁもう!僕このグローブ大好きなんですよ!何処がって......うん、そこはかとない素朴な感じが良いよね!」

 

「へっ」

 

「鼻で笑うんじゃねえよ啓輔ぇ!!」

 

どの口がそういうことを言うのか。備品を投げ、あまつさえそれをデスマッチに使おうとしたお前は最早俺と同類。先生にそれを見られた時点で、その綺麗事も通用しない。

余計な言い逃れはやめた方が懸命である。

 

「大体テメエはいつもそうだ!先ず私生活がノーコン!ちょっとはやる気出せよムラッ気野郎!!」

 

「直球が上擦る奴には言われたくねえよ。ああ、お前美人の女の子と話す時も声が上擦るよな。マネージャーに水貰う時、声を上擦らせないで『頂戴』って言えるようになったか?」

 

「あ!?」

 

「ノーコンなのはお前のボイスだってんだよ‥‥‥ノーコンボイス」

 

「あ゛ぁ!?」

 

1度は消えかけた火が今一度再燃する。

売り言葉に買い言葉という表現がまさに正しい一言で石崎に暴言を吐くと、それに負けず劣らずの罵声を石崎は俺に浴びせる。

俺達の喧嘩は、最早自分たちでは収めることのできない末期症状と化していたのだ。

 

「ふ、ふふふふふふ」

 

そして、俺達の罵声の浴びせ合いを目の前で見ていた鬼教か...体育教師は顔を引きつらせて笑う。

その表情は最早笑みが笑みではないと表現出来るなんとも言えない表情で。

そんな表情を浮かべた体育教師は俺たちを一瞥し、一言────

 

「お前ら2人とも走ってこい!!」

 

「すいませんでした」

 

「了解です」

 

俺達に罰走を言い渡した。

体育の授業の時はいつもこれだ。

先生に怒られて、俺と石崎が喧嘩して言葉という名前のブーメランを飛ばしまくる。

 

そして、怒られて走る───

 

「テメェのせいだからな啓輔!!」

 

「容易くブーメラン投げてんじゃねえ!!お前のせいでもあるだろうがァ!!」

 

「口より先に足を動かせこの不良生徒共がァ!!」

 

先生の怒鳴り声を号砲に見立て、俺達は周囲の目線をいなすかの如く、ランニングを始めた。誰の目を気にすることも無く、頭に浮かぶ限りの罵倒と文句を口に出しながら。

 

 

 

俺、北沢啓輔と腐れ縁、石崎洋介。

進学校に通う俺達がどうしてこんな低レベルな喧嘩をしているのかは俺達には知る由もない。

 

ただ1つ、確かなことはあって。

それは、俺と俺の隣を走る腐れ縁は楽しい楽しい体育の時間を無駄走りなんかに費やしてしまうどうしようもない『馬鹿』だということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きなさい!!」

 

「んごぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?!?!?」

 

舞台はまたしても教室。

体育の疲労が原因でまたしても教室で惰眠を貪っていると隣の席の田中さんの声と同時に、条件反射で身体がピクリと動く。

田中さんの声で俺が起きれたのは、俺自身の眠りが浅かったからなのか。もしくはパプロフの犬の法則が田中さんの声によって成立してしまっているのか。

それは俺には分からず。

どうやら学校の中に俺の安住の地はないらしい──なんてことを悟りながら、意識も虚ろに俺は田中に言葉を返そうと口を動かした。

 

「勘弁してくださいよ田中さん。俺は今猛烈に眠いんだ‥‥‥どこかのバカのせいでな」

 

嘘じゃあない。

尤も、石崎のことがバカになるのなら、それは例に漏れずに俺自身もバカの部類に入るのだろう。これぞ、自分のことを棚上げすると言うのだろう。そこにプライドは無いのかと言われれば‥‥‥うん、ないな。

そんなバカに加えてプライドも皆無な俺を田中は若干哀れみの目付きで見やる。言っておくが俺はこれしきのことで興奮なんてしないんだからな。

 

「‥‥‥それ、どっちもどっちの気がするのは考え過ぎ、かな?」

 

「ビンゴ!」

 

「北沢くん‥‥‥」

 

呆れたような表情で俺を見る田中の心境を察するには些か読解力のない俺ではあったのだが、果たして田中が俺に対して何を思っているのか。それはその後の言葉で理解をすることになる。

 

「北沢くん、貴方さっきから惰眠ばかり貪ってるけれど、本当に大学受験をしようと思ってるの?」

 

「いきなりなんでしょうか、田中さん怖い」

 

「いきなりもなにもないよ。このままじゃ色々大変になるよ?」

 

手厳しい一言をいとも簡単に発してくれる田中さん。そして、それを目の当たりにした俺は、今まで自分の行ってきた行動を振り返る。

今までの俺は、部活という部活をやった試しがなく俗に言う帰宅部とかいうやつをやっていた。それでも、自堕落に暮らしを送っていた訳ではなくそれなりに参考書を見て勉強したり、無闇矢鱈に面接やら小論文やらのノウハウが書いてある本を見たりと受験生としての行動は取ってきた。

しかし、最近は冬ということもあり若干の停滞期‥‥‥要するにおさぼりが多くなってきたのも事実。

確かに怠けていた。それは事実。謝らなければな。

 

「すまん、これからはもうちょっと頑張ってみるよ」

 

男に二言はなしとはよく言ったもので、実際に口に出してしまうと『やらなければ』という想いに駆られることが時としてある。

否、これは寧ろ人として当たり前のことなのかもしれないが俺にとっては物珍しい。普段からぐーたらしている俺からしたら、こういった言葉を発すること自体が稀なのだ。

 

それ故か。そんなぐーたら星人の突然の意思表明を聞くことになったクラス委員長は、先程から何やら呆気に取られたかのような顔をしていた。

 

「.....意外だなぁ、まさか北沢くんからそんな言葉を聞くなんて」

 

「俺だってやる時はやるよ。要はエンジンがかかるのが遅い馬鹿ってだけでな」

 

俗に言うスロースターターって奴だ。まあ、目の前のしっかり者にそんなことを抜かした暁には勿論その子は何時ものようなジト目で───

 

「その癖を何とかした方がいいんじゃないかな‥‥‥」

 

そんなことを言われるわけで。やっぱり俺はこの女の子には敵わないということを強く認識する。

こういう女の子なのだ。何処までも真面目で、毅然としている田中。そんな女の子にとって俗に言うところの不良生徒である俺は注意し、目を引く存在。他の奴らよりも怒られる比率が多いことは分かっているのだ。

とはいえ、俺は今のこのスタイルを変える気はない。

何故かって、これが気楽だから。わざわざスタイルを変えてまで田中と付き合って行こうだなんて思っちゃいないし、媚を売るつもりもない。

あくまで俺は俺。

それが俺のスタイルであり、信条。

 

そして、そんな信条を胸に、今日も今日とて北沢啓輔は気楽に生きていく。

なあなあに一日を受け流していきたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、流石にこの場面は何かを言っておかなければならないだろう。この場面で黙って惰眠とかキメたら確実にシバかれるし。例え誰が俺の事を馬鹿と宣おうが構わない。しかし、ここで黙ってシバかれてドM認定されるのだけは御免だ。

そんな意思から、俺の口は自然と言いたいことを言うように、紡がれていく。

その言葉は、意欲と誠意を同時にそこはかとなく見せることの出来る魔法のような言葉。そして、無理せずにストレスを溜めることもない素晴らしい言葉。

 

そんな俺の懸命な詭弁は──

 

「あ、明日やるよっ!」

 

「明日やろうは馬鹿野郎って言葉知ってる?きっと今の北沢くんにぴったりだと思うよ」

 

何時ものように、田中琴葉に弾き飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 




8/18 台詞の語尾修正
2020.5/22 台詞、語尾、地の文などの表現描写を修正
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