カワルユウキ   作:送検

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第9話 BURNING UP!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「冗談でしょう」

 

 

 

 

 最愛の妹にそう言われた俺は苦笑いのような何かを禁じ得ずにはいられなかった。

 

 自分でも分かっている。まさか俺が、あの委員長とバドミントンをやるなんて思いもしなかったのだから。大体混合ダブルスとか何だし。何で俺が混合ダブルスやらなきゃならないんだし。

 

 「まあ、何はともあれバドミントンをやらなきゃいけなくなった。しかも田中が目指しているのは優勝だ。参ったな、俺はテキトーにバドミントンをやってればいいと思ってたのに田中さんまさかのガチ勢だよ」

 

 「......琴葉さんは真面目な人だから。大体、クラスメイトなんだからその程度の事兄さんは織り込み済みでしょう?」

 

 洗い物を終わらせた志保は台所から顔を覗かせて呆れた顔つきで俺を見る。果たしてその顔付きがどういう意味を孕んでいるのやら、俺には分からない。

 

 「まあ、そうなんだけどな」

 

 「だったら今更うじうじ考えるような事をしない。何時も短絡的で直情的な兄さんらしくないわよ」

 

 「遠回しに俺をディスりにかかるの、止めろよな」

 

 

 志保が台所の仕事を終え、麦茶の入った2つのコップを持って向かい側の椅子に腰掛ける。どうやら、俺の分のお茶を用意してきてくれたらしい。

 

 「悪い」

 

 「りっくんを寝付かせてくれたお礼」

 

 「何時もやってる事だろうよ」

 

 肩を竦めてそう言うと、志保も俺と同じく肩を竦めて自嘲気味に笑う。

 

 「当たり前の事を当たり前のようにしてくれる。そんな兄さんに偶には妹の気遣いがあっても良いと思ったの」

 

 「俺は何時も志保の気遣いに助けられてるぞ」

 

 「嘘よ、私最近兄さんにガゼルパンチを放った記憶しかないわ。それで助けられているって言うのなら兄さんは真正のドMよ」

 

 「サラッと俺がドMになっているかのように言うの止めろよな......!?ほら、最近肩とか叩いてくれたりしたじゃないか。それは気遣いにカウントされないのか?」

 

 「あれは......一種の手段だったから。それに、兄さんの肩を叩くなんて久しぶりで加減も分からなかったわ」

 

 ああ、そうだったな。確かに志保が俺に肩のマッサージをしたのには言いたいことがあったからというれっきとした目的があったからこそだったよな。

 だからといってその目的を達成する為の手段が肩のマッサージとかやだもうこの妹可愛すぎでしょとか色々言いたいことはあるんだけど、それを言うのは野暮ってやつだな。

 

 「それでも俺は嬉しかったがな」

 

 「......話は変わるけど、兄さん」

 

 照れたなこいつ。耳を赤く染めやがって、バレてないとでも思ったのかよ可愛いなぁ......

 

 そう思った瞬間、右足に確かなやわっこい感触が当たるのと同時に激痛が走る。

 

 「痛ぁい!?」

 

 「話が変わると言ったでしょうこの駄目兄貴。頭の中で変な妄想なんてしてないで私の話を聞いて?」

 

 「いやお前それほぼ『聞け』ってのと同義だろ!?」

 

 現に今、俺がこう言っている最中にもグリグリグリグリ俺の足を痛めつけている志保が聞く耳を持つ筈がない。なまじ俺の急所のような何かを心得ている志保は口も腕っ節も達者な女の子になってしまったのだ。お兄ちゃん、そういう風にシッホを育てたつもりないんだけどな。

 

 「と、兎に角お兄ちゃんは志保がグリグリ足を痛めつける限り人の話なんて聞かない───」

 

 「聴け、耳を傾けなさい」

 

 「ああっ!この子遂に躊躇いもなく言っちゃったよ!しかも笑顔で!!」

 

 「喧しい。りっくんが起きたらどうするの」

 

 「ぐ......志保、お前本当に良い性格になりましたよね」

 

 まさかりっくんを盾に使うなんて......そう考えた俺が、苦し紛れにそう言うと志保は俺を見て溜息を吐いて苦い笑いをこちらに向ける。

 

 「幼い少女にガゼルパンチ、肝臓打ちからのデンプシーロールを会得させたのは何処の誰?」

 

 「俺ですねごめんなさい」

 

 昔、喧嘩とか事件とかに巻き込まれた時の護身術とか抜かして遊び半分でボクシングマンガの技を覚えさせたのが元凶だったのだ。あれからの志保はというものの俺に対して容赦のないパンチを繰り出すようになってしまった。因みに1番効いたのは本気で怒った志保のよそ見からの放置プレイ。あれはシスコンの俺にとってはどんな拳よりもキツかった。

 

 「......それよりも、兄さん。琴葉さんとバドミントンをするなら、せめて1日だけでもいいから真面目に、真摯にバドミントンと向き合いなさい。じゃないと琴葉さんは怒るわよ」

 

 「えー......」

 

 「えーもへーもないわよ。誘ってくれて、それを了承したのならその人の考えにしっかり付いていく......人としてのマナーよ。兄さんより年下の女の子だって実行しているのよ?」

 

 まあ、そりゃあそうだな。

 

 折角誘ってくれたのにそれを無碍にするのは良くないと思って、田中の誘いを了承したのに、それで適当なプレイをしたら本末転倒だよな。

 志保の言いたいことは、そりゃあ分かるよ。

 

 「だがな、俺はバドミントンのセンスなんかないし意図せずとも田中の足を引っ張る事になるかもしれんのだぞ?」

 

 「真摯に行うことと技術的なものはまた違うのよ。そうね、例えるなら......下手でも最後まで付いてくる人間と、上手くても高慢で適当な人間、兄さんならどちらとバドミントンの練習したい?」

 

 「......下手なほうかな?」

 

 「そう、じゃあ兄さんは自分が人にやられて嫌な事を率先して行う畜生だったのね。私、そんな兄さん嫌いよ」

 

 「な───!?」

 

 「......あくまでそうなったらって話よ。いちいち大袈裟ね......」

 

 そう言うと志保は、席を立ちリビングを出ようと歩き出す。その後ろ姿は以前にも増して頼もしく見えて、俺は思わずその後ろ姿に声をかけてしまった。

 

 「ありがとな、志保」

 

 「琴葉さんが球技大会なんかでモチベーションやら諸々を落としたら事務所に迷惑がかかるから。くれぐれも馬鹿な真似とか、血迷った行為をしないように」

 

 そう告げて、志保は自室へと向かいその姿を消して行った。馬鹿な真似とか血迷った行為の心配をされている辺り、志保の中で俺がどんな立ち位置になっているのかと突っ込みたい所ではあるのだが、石崎曰く細かいことを気にしているとモテないらしい。それ故に、俺は先程までの考えを頭の隅に追いやり、明かりのついた天井を見上げる。

 

 

 

 今、その部屋には俺しかいない。母さんとりっくんは眠り、志保も自室へ篭った。

 故に、静寂───リビングには俺の呼吸音しか聞こえない。この状態なら、考え事をするのにはお誂え向きだろう。

 

 今、俺は田中とバドミントンでタッグを組む約束をしている。そして、やるからには勝ちたいと田中さんは仰った。誘われた側の俺は田中さんの言うことには逆らえない。『ラブ・アンド・ピース』なんて以ての外だ、死に晒せ。

 

 この状況を乗り越える為に必要なもの。それはシッホ曰く真摯に向き合う事、そして人にやられて嫌な事を他人にしない事らしい。

 俺は、基本的に嫌な事というものは野球以外にはないのだが、強いて言うなら調子に乗っている奴は嫌いだし、自らを誇示する人間も嫌いっちゃ嫌いだ。

 

 だからこそ、俺は先ずはバドミントンをしている間は高慢、卑屈、誇示はせずにひたすら田中に付いていく必要がある。でなきゃ志保に嫌われる。妹に嫌われるのは絶対に嫌だ。それこそ自宅の押し入れでおいおい泣き喚く。

 

 それから、後は田中の足を引っ張らないようにしたい。こう見えて田中はなんでもそつなくこなす事が出来る故に、バドミントンも人並みには上手い。

 片や俺はと言うと野球以外はポンコツの運動神経を誇る人間であり、テニスとかなんかは壁打ちでも空振りする程のセンスの悪さである。

 

 それでも、まあ、頑張ればなんとかなる筈だ。某サッカーアニメの主人公だって『何とかなるさっ!』とか言ってドリブルでそよ風を巻き起こして背中周辺からオーラぶちまけてたらいつの間にか全国制覇だ。俺だって、頑張れば、何とかなる。うん、2次元と現実はまた違ってくるけどそう思っとこう。じゃないとやってらんねえ。

 

 「よし」

 

 決意は固まった。天井のシミを数えてたら、目が疲れてきたので、俺もそろそろ自室で睡眠を取るとしよう。

 うつらうつらとしつつ、自室へ向かう。すると、俺の目の前に人影が。

 

 「お、陸......どしたの?」

 

 何だか心配そうな顔付きでこちらを見るもんだから気になって尋ねてみると、陸は依然として心配そうな顔を俺に向けて一言。

 

 「しんぱいだよ、お兄ちゃん」

 

 「なして?」

 

 「こんな時間なのにお姉ちゃんと何か話してたから......お兄ちゃん、お姉ちゃんに怒られてたんじゃないのかなって......」

 

 おー......

 

 弟にまで心配される長男って果たしてどうなんだろうな。というか、別に志保には怒られてないし......いらん心配をかけてしまったらしいな。反省、反省。

 

 「んー、別にお姉ちゃんに怒られていた訳じゃないぞ?ただ、相談事に乗って貰ってただけだよ」

 

 「......本当?」

 

 「ああ、本当だ!だから心配すんなよー可愛いなぁ!」

 

 陸を抱っこしてニコリと笑う。すると、陸もニコリと笑い......昔の志保と同じような顔ではしゃいでいた。

 守りたい、この笑顔───なんて言葉にしたら何処かの誰かさんに馬鹿にされるのだろうが、今の陸の笑顔にはそれくらいの価値があったのだ。

 

 「よし!元気になった!丁度良いから志保の誕生日にやるイタズラ考えようぜ!」

 

 「い、イタズラ!?お兄ちゃんそれはダメだよ!」

 

 俺を注意したりっくんが何やら顔を青ざめさせているのだが、そんな事はお構い無しに俺はりっくんを説得しようとする。

 

 「良いんだよ、プレゼントと一緒に渡すんだから......大体な、こういうおめでたいことってのはサプライズみたいなのが付き物なんだよ。最近志保俺がサンタさんの格好しても驚くどころか呆れた視線を送るんだぜ!?ここは1発志保が滅茶苦茶驚くような事をして、とんでもないプレゼントを────────

 

 

 

 

 

 

 ......なーんて事は冗談だからさ志保さん。拳をふらふらさせて臨戦態勢でこっち睨むのやめて?」

 

 「ノックアウトさせてあげるから直りなさい馬鹿兄貴」

 

 青い顔をしているりっくんを尻目にいつの間にか現れた志保の、恐らく何倍もの力強さを孕んだパンチが俺の肩を貫き、悶絶───なんでこの子肩パンこんな上手いの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 結論から言うと、俺がやらなければならない事というのはしっかりと今起こっている現実から目を背けることなく、バドミントンと田中に対して真摯にならなければならないということだった。

 

 まあ、俺が真摯とか普段寝坊助不真面目不勤勉な不良生徒が何言ってんだぷぎゃーワロスとか自分で自分を笑いたくなるが、これをやらなければ志保に嫌われてしまうのだ。偶には真面目にスポーツやってもいいだろう。普段筋トレしかしてないから、気分転換にもなるかもしれんし。

 

 「......と、いうわけであってだな。さっきネットでバドミントンについて色々調べてみたんだけど」

 

 「先ずは色々突っ込ませて北沢くん」

 

 田中が何やら頭を抱えて俺を見る。その表情はまさに困惑。はて、俺が何かやったのか。それとも田中の調子が悪いのか。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「まずひとつ。その大量のマンガはなに?」

 

 「ああ、これはは○バドだな。先ずはルールから覚えようと思って。これ結構バドミントンのルールとか書いてあって面白いよ?」

 

 逆転のクロスカット───とマンガには載っていないアニメの方の技の名前を言いながら嬉嬉としてカットの打ち方を真似ると田中はその漫画を取り上げ、何処から取り出したか分からない養生テープで縛り付けてしまった。

 

 「は○バドォ!?」

 

 普段使わない金をはたいて購入した故に愛着の湧きつつあった漫画を取り上げられたことに対し思わず叫び声を上げるも、田中は取り合わず無機質な声を続ける。

 

 「2つ目。その大量のワックスでセットされた髪型はなに?」

 

 「いやさ、先ずは見た目から入ろうと思ってさ。漫画のコーチの真似してみた。流石にパツキンはダメだし、黒髪故に不完全燃焼で終わったんだけどな」

 

 「じゃあ、最後。そのハチマキは?」

 

 「修造」

 

 「競技が間違ってる事に関して突っ込めば良いのかどっちなのか教えて」

 

 いや、それよりも先ずは整髪料を溶かせ。とものっそい笑顔で至極当たり前の事を言ってのけた田中。それを見た俺は苦笑いで一言。

 

 「やる気が空回りしてしまった」

 

 「やる気の方向性がブレてるんだよそれ」

 

 田中が溜息を吐いて苦い顔を俺に向ける。しかし、その表情は何時もの俺を叱るそれではなく、若干の微笑みも見受けられる。

 

 「......兎に角、ワックスは球技大会の練習までに溶かして、ハチマキは付けない。分かった?」

 

 マジか。

 

 事前学習からの事前準備をしてきた俺の誠意はどうなるんだ。と内心田中を恨めしく思うものの、今回の俺は田中に逆らうことは出来ない。仕方なく、俺は両手を上げて、全面降伏の意思を告げる。

 

 「......分かったよ」

 

 「なら良し......それと」

 

 そう言うと、田中は少しだけ悩む素振りを見せた後俺を見据え、胸の前で握りこぶしを作る。

 

 「......バドミントン、頑張ろ」

 

 「何時になく真剣ですね、田中さん怖い」

 

 「私は何時だって真剣だよ。特に勝負事においては......負けず嫌いだから」

 

 

 

 

 勝負師の顔なんて、何時ぶりに見ただろうか。

 

 そう思ってしまう程、田中の顔は本気と書いてマジというくらいに熱意と熱情に満ち溢れていた。灼熱のような覇気が田中琴葉という少女を纏い、辺りを彷徨い歩いていれば火が移ってしまいそう。

 

 ただ、今回だけは。田中の覇気に触発されてもいいのではないのかと、俺は何となくそう思ってしまった。それが、どういう過程でそう思ったのかは分からない。

 

 ただひとつはっきりとしているのは。

 

 

 「......負けず嫌いなのは、俺だって同じだよ」

 

 

 

 俺は今、どうしようもなくバドミントンをしたいと思ってしまっている事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「お、お前ら......まさかここまでとは」

 

 男は、困惑した。

 

 それは、2人の熱意に溢れた混合ダブルスペアが、球技大会の練習中、阿吽の呼吸で何度も何度も頭をぶつけてるから。

 

 男は、顔をひくつかせた。

 

 それは、灼熱のような覇気が先程とは打って変わって沈静化してしまったから。

 

 「......天才」

 

 ここまで来れば、最早神に選ばれた者達だと男───石崎はある種の達観に至る。まさか───

 

 「同じコースの球を追っかけて同じところにたんこぶ出来るとか何処の息ピッタリペアだよもうお前ら爆発しろ」

 

 石崎は、ため息混じりにそう言う。その声を───先程から心に秘めときゃいいナレーションのような何かをぶつくさぶつくさ言っているのを倒れ込んだ状態でバッチリ聞いていた俺は同じく頭をさすっている田中を見て、取り敢えず謝る。

 

 「すまん、田中。立てるか?」

 

 「う......うん、大丈夫」

 

 良かった。頭のダメージって結構気を遣わないといけないからな。え?石崎の坊主頭を叩いたのはどうなんだって?はっは、忘れとけ。

 

 「それにしてもお前達......特に啓輔は癖が強すぎるだろ。何だよ両利きって。それとお前がさっきからやろうとしているあれ......何だよ」

 

 「クロスカット」

 

 「技術を付けて出直してこい。今のお前じゃどれだけの運動神経があっても無理だよ......てか、漫画の見すぎだ」

 

 図星を言われた。

 

 「田中も田中で......なんつーか、気合が空回りしてんだよな。二人とも、思う所は同じなのに考えていることは同じじゃないっつーか......」

 

 そう言い淀むと、石崎は頭をぽりぽりかいて、俺達に大きな声で問いかける。

 

 「お前ら!勝ちたいか!?」

 

 「うん」

 

 「そりゃあもう」

 

 二人とも勝ちたいという想いは変わらないだろう。田中は当然のこと勝つ気でいるし、俺は田中についていくということが確定しているし、やるからには勝ちたいし。

 

 それ故に、田中に続く形で同意すると石崎が再び質問を俺達に送る。

 

 「じゃあどういう風に勝ちたい!?」

 

 「圧倒的に」

 

 「とにかく勝つ」

 

 「そこだよッ!!」

 

 石崎が俺と田中にツッコミを入れる。おかしいな、そんな俺達おかしいこと言ったか?

 

 「お前ら勝つためのやる気は滅茶苦茶あるのにそこに行き着くまでのプロセスがないから空回りしてミスを連発してんだよ。折角勝ちたいって気持ちは同じなんだから作戦くらいは立ててからラリーの練習をしろ!」

 

 ふむ。

 

 確かに作戦を立てることは大切だな。かの有名な武将にも有名な軍師さんがいてこそ、幾度の戦にも勝利を収めることが出来たのだ。

 立派な作戦無くして勝利はない。完全勝利───バベルの頂上に射す太陽の光を浴びる為にも、俺達は練習に向けていた熱意を少しでも作戦立案に費やすべきなのだろう。

 

 「で、作戦って具体的にどーすんの。あれか、キツツキ戦法か」

 

 「どう挟み撃ちにするってんだよ......てか、最善の策を考えるのもペアの仕事だろ。そんなもん2人で考えろ」

 

 そう言うと、石崎は校庭へと歩き出す。

 

 「じゃあな、これから俺はバスケの練習で忙しいんでな。後は2人で仲良くやってろ」

 

 去り際の後ろ姿が、曲がり角を曲がったことにより消えてなくなるとぽつりと田中が呟く。

 

 「......作戦、か」

 

 「まあ、急に細かい作戦とか用意してもできっこないし、簡単な......そう、お約束事みたいなやつだな」

 

 例えば、こっからここまで渡っちゃいけないみたいな。決まり事のひとつやふたつなら俺だって何とか覚えることが出来るだろうし。

 俺に技術がない以上、ダブルスの力や技術力は数段落ちてしまう。ならば、せめて連携面や頭を使う事くらいは他に勝っておきたいところだ。

 

 「お約束......か」

 

 「どうだ?例えば......そうだな」

 

 俺は田中から1歩離れ、離れたことにより出来た間を指さし、境界線のような何かを作る。

 

 「こっから右は、俺がやる。だからその左はお前がやれ、みたいな?」

 

 「......ああ、成程。つまりコースの役割分担をするという事か」

 

 「そそ、そういうこと」

 

 そうすれば、俺と田中が同じコースを狙って打とうとすることで懸念される衝突も幾らか緩和される筈だ。死角から突然やってくる痛みより痛いものはないからな。俺だって、急にボールが死角から飛んできて頭にぶつかったりしたら嫌だし、辛い。

 

 「......真ん中に来たのは誰が叩くの?」

 

 それは......うん、ほら。あれだよ。

 

 「1番近い奴が叩く」

 

 「また衝突するよ!!」

 

 田中は最後の最後でアバウトな考えに至ってしまった俺にツッコミを入れる。仕方ないだろ、誰だって完璧な考えを1発で出来るやつなんていないんだからさ。

 

 「大体、試合中はかなりのスピードでシャトルが動くんだからいちいち北沢くんの位置まで見れないし......無理があるよ、それ」

 

 「ならどうすんだよ。言っておくが、これ以上俺には引き出しはないからな。精々後は位置を変えろとかそれぐらいしか───」

 

 俺がそう捲し立てるように言いかけると、顎に手を添えて考えていた田中が不意に顔を上げて目を見開く。

 

 「それだよっ!」

 

 「......は?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 

 「前衛と後衛に分けて、中途半端なシャトルが飛んできたら前衛がしゃがんで後衛が───」

 

 「そいつの頭ごと撃ち抜くと」

 

 「どうしてそうなるの......?」

 

 だってそんなイメージしか湧かないんだから仕方がない。

 

 「じゃあ、お前が後衛やってくれよ。俺が前衛で鋭いシャトルとかネット前に落ちるシャトルは対応するから。んで、中途半端なシャトルが来たらお前はしゃがんだ俺の頭ごと全力スマッシュを撃ち込んでくれ。俺はその尽くを耐え抜いて見せるからよ」

 

 「......北沢くんって、本当に性格悪い時があるよね」

 

 「うるさいよ」

 

 こちとら痛いことをされるのには慣れているんだ。大体加減しつつも何時ものようにチョップを敢行したり抓ったりして俺を痛めつけているんだから、今更ラケットで頭を撃ち抜かれようが大したことは無い。その程度でやられているのなら、俺は既に石崎の『熱男』でくたばっている。

 

 「......あ、それともなに。俺の頭をラケットで撃ち抜くのが怖いの?やだもう!何時もチョップ容赦なく打ってる田中さんらしくないじゃん!」

 

 田中さんマジテラワロスー......と舌を出しながら煽っていると、田中は何時もらしからぬ引きつった笑みで俺を見る。

 

 と、そんな表情も束の間。ため息をひとつ吐いて空気をリセットした田中は俺を見て、ラケットを思い切り振り抜く。

 オーバーハンドストロークからなされる思い切りの良いスマッシュは、俺の顔面付近を通り髪の毛にラケットが掠る......そんな感覚がした。

 

 「......本当は人に向けて振り抜いちゃ駄目なんだけど......言質は取ったからね、北沢くん」

 

 冷たい声がかかり、俺の身体は自然と硬直する。別に、これから俺が田中のスマッシュやらドライブの餌食になろうが恐ろしくもなんともないし、それこそさっき言ったように慣れている。伊達に渋谷のコークスクリューブローやら、志保のガゼルパンチをくらっている訳では無いのだから。

 

 では、何が俺の身体を硬直させ、何が現在進行形で俺を恐怖という感情に陥れているのか。それは、勿論田中の冷たい視線と、声色。本気で怒った......若しくは悟った時の視線と同義のもの。

 

 「容赦はしないから」

 

 そんな彼女の視線を見れたのははレアで、物珍しくて、序にラッキーなんだけど、状況が状況だ。

 

 俺は、そんな彼女を見て一言───

 

 「ジーザス」

 

 体育館の天井を見上げ、無数の明かりに俺は睨みを効かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、俺と田中のバドミントンの特訓は苛烈を極めた。

 ある日は、穏やかな陽気が降り注ぐ中で石崎という協力者と共に、連携面の練習。

 

 「北沢くん!しゃがんで!!」

 

 「オーライ......ぎゃああああ!?」

 

 穏やかな日差しを背景にしてスコーン!!という音と共に俺の頭に衝撃が走る───こんな光景を見た石崎は練習後、顔を青ざめさせて『......後で、俺の良く使っているキズぐすりを紹介するよ』とか言ってきた。キズぐすりは有難いけど、俺の事を思ってくれての発言なら少しでも中途半端なロビングを上げるのを止めてくれはしないだろうかな。

 

 

 はたまたある日は、雨の降る中での体育館での練習。

 

 少しでも個々の技術を上げるために、シングルスで対決───勝っては再戦、負けては再戦を繰り返し今ではかなりの試合数をこなしたんだなぁ......と感慨に耽ることも出来る。因みに対戦成績は10勝9敗。田中にそれを言って自慢したら田中の奴『自分が10勝だ』とか言ってきやがった。まあ、この件に関しては俺も分からなくなってきたので放置───田中は依然として不満そうに少し頬を膨らませていたが。

 

 まあ、そんな精神的にも体力的にも厳しい訓練を繰り返して行った結果、それなりにフォーメーションも形になり、それなりに動けるようになり......少しではあるものの勝算も立てられるようにはなってきた俺と田中は、球技大会を前日に控えていた。

 

 

 

 

 「そう、結局そこまで来たのね」

 

 時は球技大会前日の夜。りっくんを寝かせた後に志保がいれてくれたお茶を飲みつつ、近況報告のような何かをしていた俺は、近頃の練習により張ってしまっていた筋肉を解していた。

 

 「結局......ってことは俺が途中で折れると思っていたのか?」

 

 「ええ、勿論」

 

 「そりゃ随分辛辣な評価ですね......」

 

 お茶を啜り目を細めて志保を見ると、同じくお茶を啜った志保があっけからんとした口調で続ける。

 

 「仕方ないでしょう、今まで兄さんが熱意を出して何かをやったことなんてある?唯一続いた野球だってポーカーフェイスなのかは知らないけど淡々とやってたし」

 

 「じゃあお前聞くけどサードがアウト1つ取る事に『アウトォォォォォォ!!うきゃきゃきゃきゃ、うきゃー!!!』なんて言って目立ってたらお前どう思うんだよ、絶対『コイツ変態だな』って思うだろ?」

 

 大体、バスケにしろ、野球にしろスポーツの感情表現なんて自由だ。虎のバードやノーミサンのようにポーカーフェイスで淡々と仕事をやってのける人もいれば、鷹の熱男や北のいじられ?キャラさんだったり色々なところの色々な人が、人それぞれの個性を磨き、輝いている。

 そして、その時の───中学まで野球をしていた俺の感情表現の仕方が淡々と野球をすること。たったそれだけの話だ。

 

 「......まあ、兄さんがそう言うのなら別にいいけど。元より中学生の兄さんが野球をやっている姿。私は見てなかったし」

 

 「そうだな。まあ、色々あったし」

 

 「......ええ、そうね」

 

 俺が今言った『色々』というワードには、様々な思いが詰められている。俺自身の後悔、自責。そして、家族の事情。俺の知り得る全ての思いを孕んだ『色々』だ。

 

 志保は昔、俺が野球をしている姿を『格好良い』と称した。どうやら当時俺が愛用していた赤色のバットやらリストバンドやらグローブやらを使って走り回る姿が志保の幼いお眼鏡にかかったらしく、それはもう試合がある時には毎回毎回、志保は俺の試合を見に来てくれていた。

 母さんと、『今はいない父さん』を引き連れて。

 

 陸が生まれて、暫くは志保も俺が野球をしている姿を応援してくれていたし、父さんも、俺が野球をしている姿を微笑ましい表情で見ていてくれていた。これでも父さんには憧れていたんだ。俺に野球を教えてくれて、俺の活躍する姿を本当に嬉しそうな表情で見ていてくれていた記憶がある。

 母さんは、色々忙しくて試合を見に来れなかったけど、理解していた。それでも、その日の試合で沢山打ったことを報告すると、本当に嬉しそうな表情で喜んでくれていたのだ。

 

 

 

 

 

 ある日、父さんがいなくなった。

 

 いなくなった原因は知らない。俺が知っているのは乱雑になったタンスと、父に関する全てのものが消えていたという事実。

 野球は、その時やりたかった。

 だけど、一家の長男として家族を守らなきゃいけない。

 母さんは野球を続けろって言った。

 その言葉を拒否するべく首を横に振ると、母さんがしゃがみこみ、俺の目の前に顔を近付ける。

 

『子供が遠慮をしないっ、啓輔が野球をやっている事が私にとっての楽しみなんだから』

 

 その時、子どもだった俺はその言葉に正直に野球を続けた。

 そしてみるみるうちに野球は上手くなって、当時のエースの力もあって県大会で優勝して───

 

 

 

 

 俺は、あの日、野球を続けた事を死にたくなるくらい後悔した。

 

 

 

 

 「あらあら、2人共どうしたの?」

 

 不意に、顔が上がる。先程まで無言になっていた俺と志保はそんな声にハッとなり、二人同時に声のした方を向く。

 

 「母さん」

 

 そう、目の前には北沢家のラスボス───なんてのは冗談で、何時も美味しい朝食を作ってくれているマッマが俺達を微笑ましい表情で見つめていた。

 

 「お母さん、お茶いる?」

 

 志保が立ち上がり冷蔵庫に向かうも、その足を母さんの声が止める。

 

 「ああ、別にいいわよ。私もそろそろ寝るから」

 

 穏やかな表情でそう言う母さん。それを見た俺は久し振りに見た光景に胸を踊らせ、志保を茶化す。

 

 「相変わらず志保は早とちりだなぁ、まあそこが可愛いんだけどさ!」

 

 「ええ、可愛いわね」

 

 「母さんもそう思うよな。長い黒髪に整った顔立ち!早とちりなのは気立ては良い証拠だし、料理も上手!!これに勝る可愛いがあるか!いや、ない!」

 

 あ、やらかした。

 

 「......啓輔は本当にシスコンね」

 

 「......後で処す」

 

 やらかし過ぎたと冷や汗を1滴流す頃には時既に遅し。目の前には、若干苦笑いでこちらを見やる母さんに、後ろには溢れんばかりの殺意でこちらを睨みつけているであろうシッホ。

 

 こりゃ後で志保に半殺しにさせられるなぁ、なんて思いつつ茶を啜り話題転換をしようと席に座る。

 

 「話は変わるけど母さん。俺、明日球技大会があるんだよ」

 

 「啓輔が?」

 

 「ええ、兄さんはバドミントンをやる為に。尤も最初はワックスを塗りたくりまくったり漫画の世界にハマってたりとか色々やる気の方向性を違えていたみたいだけど」

 

 「ワックスが無くなっていたのはこれが原因か......」

 

 母さんは苦笑いで俺を見る。しかし、その瞳は優しく何かを怒るような、そんな眼差しではなかった。

 

 「啓輔」

 

 「ん?」

 

 不意に尋ねられて、母さんの方を向く。すると、母さんは純粋に、疑問をぶつけてきた。

 

 「学校、楽しい?」

 

 その質問に対して、俺は即答───

 

 

 

 「無論、楽しいに決まってる」

 

 田中がいて、石崎がいて。そいつらが俺を楽しい気持ちにさせてくれて。そんでもって、明日は球技大会だ。楽しくないわけがなかろうて。

 

 さあ、明日は待ちに待った地獄の球技大会だ。田中に触発されてここまで来た以上、最後まであの委員長様に付いていこうではないか。

 そんなことを思い、俺は天井を睨みくつくつと笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 「あーっはっはっは.....ゲホッゲホッ!!」

 

 「兄さん気持ち悪い」

 

 「ごめんなさい」

 

 志保の罵声が俺のやる気を1段階下げた。

 

 

 

 

 

 




現在、興味本位で書いてしまったバド回に苦戦中。
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