カワルユウキ   作:送検

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文章構成に四苦八苦してました。

では、続きをお楽しみください。


第13話 学期末テスト

 朝。

 

 不自然な程の悪寒に駆られ、当社比では最悪の目覚めとなってしまった俺は声にならない呻き声を上げて、先程からうるさいほどに鳴り響く目覚まし時計の音に終止符を打たせるべく、ゾンビモードの如く、のそりのそりと歩き出した。

 

「あ゙ー......だる゙いぃぃぃぃ......」

 

 起き上がり、目覚ましの音を遮断したのと同時に発したダミ声のような何かは、俺の意識を覚醒させ、いつものようにドアを開けるべくドアに手をかけた。

 

 最近は、時間通りに起きる癖が着いてしまったようでどうしても朝寝坊が出来なくなってしまった。俺とて寝坊に否定的なわけではないのだが、田中さんにチョップを食らうのは勘弁だし、最近はテスト勉強もしているし、朝寝坊は奇跡的に行っていない。高校3ヶ月皆勤は俺の中ではちょっとしたシーズン記録だ。

 

 と、まあそんな風に色々な条件が積み重なったその上で俺の特技の中に『目覚ましの時間通りに起きる』という技が追加された訳だが、朝寝坊をしない事で俺の中では新たな懸案事項を抱えてしまっている。

 

 それが、目覚めの悪さであった。

 いや、よくよく考えてみてくれよ。俺ってば田中に出会うまではずっと寝坊助やってきたのにそれが急に変わると思いますか? 変わらないなんてないのは分かってますけどさすがに変わるスピード位はありますから。誰もが目まぐるしくフォルムチェンジなんてするわけないから。ここ重要。

 

 俺という人間は朝寝坊をしてはいけない立場にある人間なのである。田中が俺の近くにいて、チョップを敢行していく限り俺はこの惨状からは逃げられない‥‥‥悲しいことにな! 

 

 故に、朝寝坊をしない為には無理矢理体を起こすほかないし何回も顔を洗って自身を奮い立たせなければいけない。幸か不幸か、最近は身体が早起きに馴染むようになってきた。顔を洗ってシャキッとなる回数が10回から2回になったのだ。毎日洗顔7回目くらいから『早くしてくれない?』と志保に凄まれるのは嫌だからな。流石に慣れなければならない。

 

 

 

 

 

「今日も俺最っ高!!」

 

 さて、今日も顔を2回洗った後に鏡を見て決め顔を作り、何時も通りのセリフを吐いていると後ろで眠そうにしている志保が俺を睨む。その表情から朝起きてばかりで不機嫌なんやなあ‥‥‥と鏡越しに生暖かい目つきを送っていると志保が一言。

 

「五月蝿い」

 

「ごめんなさい」

 

 

 そう言うと志保は、壁にもたれかかりながら歯磨きを目を瞑る。眠いのか、それとも精神を統一させているだけか、志保の心の中を悟れない俺には何も分からない。

 

 歯を磨き終えて志保に洗面台を譲ろうとするとなんと志保がうつらうつらとしていました。心のフォルダにその年相応の顔付きを焼き付け、俺は心身共に目覚めを迎えた。流石、一発可愛がれば十発殴り返す人型目覚まし機だ。どんな表情でも俺に目覚めという健やかな時をプレゼントしてくれる。

 

「志保、終わったぞ」

 

「‥‥‥ええ、分かったわ」

 

 なんだ、志保も眠っていたのか。

 あれから何時まで起きてたのかは知らないが、こうして志保が眠そうにしている以上、自称シスコンの俺がほっとく訳にはいかない。何時も、色んな方法で起こしてもらっている恩返しだ。せめて、今日くらいは志保の目をバッチリ覚まさせてやりたい。

 

 何か出来ないかな。俺にしか出来ない、志保の目を完璧に覚まさせる何かが。ビンタするか───否、巫山戯んな。逆襲に遭って最悪死ぬぞ? 

 抱き着くか───いい加減にしろ。ぶん殴られて気絶して遅刻すんぞ? 

 

「‥‥‥兄さん、何かよからぬ事を企んでいない?」

 

「お兄ちゃんは志保にそんなことしない」

 

 死ぬのが分かっているのに飛び込むのは俺のセオリーではないからな。

 

「嘘よ。兄さんの顔、まるで悪代官のような顔をしているわ。そんな顔を鏡に見せといてよくそんな事を言えるわね」

 

 ジト目が眠たげな表情とミックスして非常に恐ろしいです、はい。

 けど、そんな表情にすら愛情のような何かを感じてしまっている俺はドMなのでしょうか。

 

「いや、ほら。志保を起こす方法を考えてたんだ」

 

「私は、今、ここに立っているのだけれど」

 

「それは眠っていないという証拠にはならんだろ」

 

 立ちながら寝るなんて造作もないことであろう。志保には悪いがその言動は眠っているのに眠ってないと言い張る奴にしか見えない。

 

「‥‥‥仮に私が眠っていたとして。兄さんは私に何をする気?」

 

「ビンタ」

 

「殴り返す」

 

「ハグ」

 

「ジョルトカウンターがお望み?」

 

「‥‥‥後は、脇を擽るとパニック状態───って話を聴いたんだ」

 

 と、俺が言うと志保は悪寒で目が覚めたのかまるで汚物を見るような嫌な顔つきをしながら俺を見据える。端的に言って実の兄に向けるような目つきではなかったのだが何時ものことな上に俺にとってはこういう目つきあってこその志保だと考えているので今更気にすることではない。

 

「............」

 

「おやおや志保さんどうしたんだい? まるでゴミを見るような目付きだよ? 俺別に志保にそんな事しないし、寧ろどうすれば今日も志保が元気に登校できるのか考えてただけだから」

 

「そんな視線向けてないわ」

 

「え」

 

 ならどんな目つきなんだよとツッコミを入れようとすると自称ゴミを見るような目つきを送ったまま志保が不敵に笑った。

 

「今世紀最低な変態不審者を生ゴミを見るような目付きで見つめているのよ」

 

「りっくん!! 志保が虐めるよォ!!」

 

『変態不審者』という新たなワードに耐えられるほどの強固なメンタルはどうやら俺にはなかったらしく、弟のりっくんに助けを求める。最早恥も外聞も関係ない。ここまで来たら大天使であるりっくんに俺のメンタルを直してもらうほかない。

 

「本当にそう思っているのなら、コーヒーをお願い」

 

「了解、熱いのを用意しておくわ」

 

 ついでにりっくんにメンタル直してもらうわ。

 

「最近は寒いから、それが有難いわ」

 

「ウイ」

 

 志保とサムズアップを交わし、インスタントコーヒーの用意を始める。粉入れて、水温めて、はいっ、これで完成───っと。

 その秒数10秒の早業に我ながらやばいよすごいよと浸っていると、てくてくと歩く音が。その足音に反応して後ろを向くと、そこには寝ぼけ眼の大天使りっくん──────

 

「あっ、好き」

 

「何が?」

 

「りっくんは知らなくていいぞー。そのままのりっくんで居てくれたら良いからなー」

 

 そうしてくれれば俺は一生ストレスフリーでいられる。

 

 だが悲しいかな。りっくんも何時かは成長して俺のことを『兄貴』とか言うんだろうな。出来るなら志保と同じく兄さんにしてくれ。りっくんの『兄貴』なんて聞きとうない。

 

「そうはいかないよ、お兄ちゃん。僕だっておとなになるんだ」

 

「教育アニメの影響か? 悪いことは言わないから何時ものりっくんでいてくれ。ねえ、頼むから。今だけでもそのままでいて? その姿で俺を癒して?」

 

「いやだ!」

 

「反抗期だァ!! 母さん!! りっくんが反抗期になったァ!!」

 

 ああああああもうやだァァァァァァ!!! 

 母さん助けて!! 志保が反抗期に近い状態になって、りっくんまでもが反抗期にでもなっちまったら俺もう手に負えないよ!! 

 

 成長速度があまりに早過ぎて俺が2人の成長に追いつけない!! (建前)

 

 どうしよう2人とも最高かよ! 今日は赤飯炊こう!! (本音)

 

「お兄ちゃん、僕もコーヒー飲みたい!」

 

「悪いことは言わないから100%のオレンジジュースにしなさい」

 

 幾ら成長したといってもそれはいけません。

 味覚をおかしくするぞ。

 

「えー......でも、コーヒー飲んだら大人だって」

 

「そんな事を言ったのは誰かな? 16歳までコーヒーを飲めなかったお兄ちゃんに喧嘩を売ってるのかな?」

 

「お姉ちゃん」

 

「志保ォッ!!!!!」

 

 

 

 その日はジョルトカウンターから始まり、志保がコーヒーを熱がり、舌を出した所を大笑いした事で朝っぱらから武力行使の大喧嘩になり、珍しく黒い笑顔を家族に見せた母さんに拳骨を喰らうまで収拾が付かなかったのは、北沢家のみぞ知る事件である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト期間はあれよこれとと過ぎていき、気が付けばテストの開始まで24時間を切った今日この頃。クラスは真面目に勉強する者、それなりに勉強する者、そして不真面目に騒いでいる者と3等分されている我が2組では、教室の窓際後方で石崎と琴葉が勉強をこなしていた。

 

 石崎は暗記科目の特訓、琴葉は纏めたノートの最終確認を行っており、まさに万全といった状況で優雅にノートを眺めていた。

 

「(......これなら、勝てる)」

 

 琴葉は、朧気ながらも確信した。かのシスコンお化け、北沢啓輔をけちょんけちょんにして、自らが北沢啓輔を何らかの形でこき使う場面を。

 しかし、念には念を入れるのが琴葉である。どれだけの知識が脳内に蓄積されていようが石橋を叩いて渡るように、琴葉は何度も何度も間違いないノートの内容を記憶し、ひとつひとつ答えを噛み砕いていく。

 そんな琴葉の頭脳は、ピークに達していた。北沢啓輔と戦うという意識から成り立つ抜群の集中力は琴葉の脳内をクリアにし、過去史上5本の指に入るであろう集中力で脳内には恐るべき正確性で記憶が蓄積されていった。

 

 その一方で、石崎も周りに助けられながら何とか赤点回避ギリギリのラインにまで学力を向上させていた。野球部の連中にスパルタ指導を受け、ひいひい言いながらも根性で頑張ってきた石崎には、この勝負を何としても切り抜けるという執念が根付いていた。

 普段は目もくれないテストにも、野球が懸かれば本気になる───果てしない野球馬鹿、それが石崎洋介という男であり、野球部のエースであった。

 

 しかし、そんな男にも休息は必要である。『腹痛いお』とか抜かして先程から席を外している啓輔が暫しの間ここに来ないことを悟った石崎は、いつも通りの軽いノリで、琴葉に話しかけた。

 

「ねえねえ、田中ちゃん。今ちょっと良いかな?」

 

「?」

 

 琴葉は、石崎の言葉に反応するとノートから石崎へと視線を向ける。その表情は、先程まで集中していた石崎が唐突にこちらへ話しかけた事に対する『驚き』の心境を孕んでいた。

 

「ははっ、別に大したことじゃないんだ。休憩がてら少し世間話をしようってだけで」

 

「休憩......」

 

「そー、休憩。田中ちゃんもどう? ちょっとした世間話を───啓輔の腰巾着としてみない?」

 

 腰巾着───

 その言葉に少し、目を見開いた琴葉。少なくとも啓輔が石崎の事を腰巾着だと思っている節はなく、この状況で石崎がこういった事を言うのは、予想外だったというのが琴葉の気持ちである。

 

 故か、琴葉は石崎に向けて声を上げる。石崎の言葉を否定するように、自分の意思を伝える。

 

「石崎君は北沢君の腰巾着なんかじゃないよ。北沢くん、言ってたよ?」

 

「あー‥‥‥『光が憎ったらしくて仕方ない‥‥‥あ゙〜石崎さん勘弁してくださいよー』ってか」

 

「凄いね、一言一句そっくりだ」

 

「伊達に腐れ縁やってねえよ......いや、間違っては欲しかったよ? 影と光とか何処のバスケよって思ったし。けど、何となく分かっちまう訳ですよ。奴の考えてることってのがさ」

 

「良いね、それ。言いたいことを言い合える友達って本当に良いものだと思う」

 

「言いたいこと、ね......」

 

 そこまで言い切った石崎はふと、昔───北沢啓輔と共に野球をしていた頃を思い浮かばせる。

 かつて、親友とも腐れ縁とも称する事のできる啓輔と共に野球をしていた過去。それは石崎洋介という人間を楽しませるには充分過ぎる過去である。

 

 北沢啓輔がいたからこそ、彼と切磋琢磨してきたからこそ今の自分が居る。無論、その考えに至るまでの葛藤こそあったものの、こうして『ある程度』割り切れるようになってきたのは石崎という人間が大人になった、というひとつの証拠でもあった。

 

 人間、どこかで暗い過去や輝かしい栄光を棄てて新たな1歩を踏み出さなければいけない時が来る。その転換期、というものが石崎にとってはかつての相棒である北沢啓輔との離別であり、北沢啓輔にとっては野球を切り捨てることであった。

 四捨五入という言葉は数学用語で対象の数字が4以上ならば次の数字を繰り上げ以下ならばその数字はあたかもなかったものとして切り捨てる1部の計算式や問題には外せないものである。

 転換期に何かを切り捨てるのも、四捨五入と同様の節があり、時に記憶を塗り替え、時に数字を切り捨てることで元の数字を変え、セオリー通りに問題を解くことで大人という答えに辿り着かなければならない。

 

 頭では分かっている。例え馬鹿な石崎であろうとも、そのようなことは分かっているのだ。けれども、石崎は心のどこかで啓輔と野球をやりたい───過去に戻りたいという思いを抱いてしまっていた。

 理屈を知ることと、理解をすることはまた別だ。石崎洋介は理屈を知り、多少の割り切りが出来ていたとしても心のどこかではその定石を理解しきれず、理不尽な想いに辟易してしまっていたのだ。

 

 故か、田中の言葉に反応を示した石崎は何時もの明朗快活な笑みに少し影を落とした。

 

「良いものばっかりじゃねえっすよ?」

 

「え」

 

「俺ら見ての通り腐れ縁、けど今は道を違えたクラスメイト。これでも昔は野球を一緒にやって、甲子園出ようぜ! って勝手に盛り上がってたんだぜ?」

 

「そうなの?」

 

「そーなのです! しかもバッテリー組んでたんだけどそりゃあもう啓輔は半端なかったからな!? 俺の心理状態しっかり把握してリードするし、ベースを盗む奴を100%退治出来てしまうほどの強肩、そしてパンチ力のあるバッティング......端的に言ってやばかった」

 

「......それじゃ中学時代もバッテリーを?」

 

 それは、興味本位で投じられた質問。普段なら頷くであろうその質問に────

 

 

 

 石崎は首を横に振った。

 

 

「え......なんで」

 

「転向させられたんだ、奴が小4の時にな」

 

 その言葉に田中は身体を硬直させ、石崎の顔を見つめる。琴葉が覗き込んだ石崎の顔は何かを憂うような顔。

 そんな顔つきに、今まで見せたことのなかった石崎の自虐的な笑みに琴葉は焦燥感を顕にする。何か石崎の気に触るような事を言ってしまったのかもしれない。踏み抜いてはいけない地雷を踏み抜いてしまったのかもしれない。堰を切るように溢れ出したそんな後悔は、琴葉の心境をなんともいえないものへと変貌させていった。

 

「あ、悪いようには思わないでな? 別にこの件で機嫌悪くなるほど俺ガキじゃねえし。てか、数年前の出来事で気を遣わせるとか───マジごめん!!」

 

 石崎が頭を下げて両手を合わせる。そんな傍から見ればおかしな格好の謝罪を真に受けた琴葉は『こちらこそごめん』と軽く頭を下げた。

 

 無言の空気が石崎と琴葉の周囲に漂う。割と周囲の雰囲気には鈍感であり、何時も今はこの席にいない不良生徒と共に馬鹿をやっている石崎すらも察せられるこの空気に石崎は『たはは.....』と笑いながら続ける。

 

「腐れ縁って辛いよ。約束が何かの事情でぶっ壊れた時、道を違えた時、友情が壊れた時の空虚感ったらありゃしないから」

 

「北沢くんと、石崎くんが......?」

 

「うーん、当たらずとも遠からずって感じかな。現にこうして今は仲良しこよしだし、馬鹿やってるし」

 

 それは、確かな事実。どれだけ殴り合おうが暴言を吐きあおうが仲間は仲間。その思いが変わることは無い。

 

「ただ、俺って人間が啓輔に対して負い目を抱いてるのは確かだし、啓輔が何かしらの事情があって野球を辞めたことも、変わっちまった原因も分かってる」

 

 なら、確かめれば良い。話し合いをして、お互いにズレ込んだ感覚を擦り合わせて行けば良い。しかし、石崎はその考えを放棄して、力なく笑みを作った。

 

「けどさ、俺にはないんだよ。『聴けるだけの勇気』が」

 

「勇気.....?」

 

「誰かに頼ってばっかの人生が死ぬ程嫌いだった。何で頼ってばっかなんだって、何で頼らせてくれないんだよって、ずーっと思ってたのにな」

 

「え───」

 

「......田中ちゃん」

 

 石崎は、田中を見遣る。それは本来の石崎らしからぬ真面目な顔つき。そこから織り成す石崎が形成したらしからぬ雰囲気に、琴葉は思わず息を呑む。

 

「啓輔を、宜しくな」

 

「───宜しくって」

 

 琴葉がそう言った途端今まで漂っていた雰囲気は霧散し、いつものおちゃらけた雰囲気の石崎が頬を膨らませながら琴葉にキメ顔を作る。

 

「額面通り、末永くお幸せにってな!」

 

「額面通りなの!?」

 

 石崎の額面通りと言う言葉ほど信用ならないものはない。

 そもそもこの男、基本的に頭が悪く語彙力もあまりない。そのような男が額面通りという言葉を使いこなせるわけがなく、その言葉を石崎が使ったのもたまたま見たドラマでそのような言葉を使っていたから───という石崎の気まぐれであった。

 

 そうこうしている間にも、廊下から歩いていく音が聴こえる。ドアが開く音と同時に琴葉と石崎が同時にドアの方を見遣るとそこには何やらゲッソリした様子の啓輔が気だるげなオーラを振り撒きながらこちらへ向かって歩いてきていたのだった。

 

「よーお前ら北沢家の落ちこぼれが戻って来たぞー......って、田中は何故顔が赤いんだよ」

 

 それを聴いた琴葉は思わず自分の頬をぺたぺたと触る。確かに頬が熱い───そもそもこの少女、見かけによらず己の色恋沙汰に関して免疫がない節がある。故に、時として自ら自爆する時もあるし先程の石崎の茶化し等に一定の弱さがある。

 尤も、彼女はその事実を理解していないのだが───

 

「べ、別に何もないよ!」

 

 たった今、頬が熱くなり漸く『己が照れている』ことに鈍感ながら気が付いた琴葉は慌ててその内面を悟らせないように啓輔に対して『誤魔化す』という選択肢を取る。

 

 が、それは無策! 

 

 何故かって、そこには自他共に認める『空気読めない男』石崎がいたのだから。

 

「よーよー啓輔!! お前さんも愛されてるなぁ!! お前、田中ちゃんが顔を赤くしてる原因何だか分かるか!? この子俺の言葉をきょっか───」

 

「石崎くん!!」

 

 啓輔の肩に腕を回した石崎の不意に発せられたその爆弾発言に琴葉は思わず狼狽する。しかし、そんなこと知ったこっちゃない啓輔は石崎と琴葉を順番に見てため息を吐く。

 

「いや、お前ら仲良いなー」

 

「お、そうか? でもそれ言うならお前らの方も仲良いよな。お前ら実は付き合ってるとか───」

 

 石崎がそう言った瞬間、啓輔と琴葉はそれぞれ瞬間的に言葉を脳内で処理し、言葉に発する。片一方は、無表情で。もう片方は平静を保ちつつも少し頬を赤らめた状態で。

 

『それはない』

 

「えー、即答......でも息ピッタリって事はさ、脈は───」

 

『それもない』

 

「......お似合いだと思うんだがなぁ」

 

 石崎が勿体なさげに呟いた一言に啓輔はジト目で田中を見やった。そもそもこの話に関して無知も良いところであった啓輔は端的に言って被害者である。そんな啓輔がボキャブラリーに富んだ言葉を発せられるはずもなく、石崎の言葉をそれこそ額面通りに拾い、思いの丈を正直に語る。

 

「いやいやー、俺には田中みたいに綺麗で真面目な委員長なんて勿体ないですよー」

 

 勿論、啓輔にとっては賞賛の意をもって発した一言である。北沢啓輔にとっての田中琴葉と言う少女は何処までも真面目で、優しくて、真摯に物事に取り組む───それでもちょっとポンコツで可愛いところもある普通の女の子。

 だが、その言葉を聴いた琴葉は賞賛を賞賛と受け取ることなく啓輔に対抗すべく啓輔をじっと見つめる。その表情から察せられる感情は、不機嫌である。

 

「む......それを言うなら私だって。北沢くんみたいな時々真面目な不良生徒、こっちから願い下げだよ」

 

 

(......いや、田中さんに北沢くんよ。お互い貶すのか褒めるのかどっちかにしろやい)

 

 お互いがお互いを見て物を言い合う。そんな光景を傍観しつつ、石崎は感謝していた。何故かって、かつて北沢啓輔がこうして同年代の女の子とわいわい話すなんてこと────それこそ啓輔が『同年代の人間と』話すなんて琴葉に会うまで長いこと見ていなかったから。

 

 1人の腐れ縁として何が出来るかと石崎が考えた時、出来ることは殆どなかった。だからこそ、啓輔自身に安寧の時を与えてくれているこの女の子に、石崎は多大なる感謝と賛辞を送っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 時が過ぎるのは早いもので、時間が惜しいと感じる程に時の速さは比例していくような錯覚を受ける。

 

 それは俺にとっては間違いでもなんでもなく、端的に言うと俺はもっと時間が欲しかった。

 もっと勉強して、万全な状態で臨みたかったと現在進行形で考え、時間の経過をより体感的に速くしてしまっていた。

 

「啓輔!! テスト勉強どうだ!? 上手くいったか!? 俺!? 俺はもう負ける気せえへん!! 地元やし!!」

 

「......地元は関係ねえだろ坊主」

 

 しかも聞いてねえし。

 

「がっはっは!! もしや啓輔さん余裕がないんじゃないんですかぁ? 何時ものお前ならこの程度の煽りなんて煽りで返すくらいの気概を持ってんだろぉ?」

 

「余裕がないんだ」

 

 

 

 

「......え、マジで?」

 

「腹が痛い、風邪も引いたみたいなんだ」

 

 ずっと徹夜で勉強していたのが祟ってしまったのだろう。喉も痛けりゃ腹も痛い。倦怠感も先程から一入にあり、その痛みが今回の無理ゲーをより一層際立たせている。

 

「あ゙ー......腹痛いい゙ぃ.........」

 

「と、取り敢えずあれだ......俺漢方薬持ってくるよ!」

 

 中谷ぃ! 漢方薬をくれぇっ!! と石崎が走り出す。それを見た俺は漸く訪れた安寧に息を吐き、机に突っ伏す。

 

 本来なら、もっと復習とかしたかったんだが‥‥‥悲しいことにやる気が出てこない。体調不良ってここまで辛かったんだなぁ。風邪をあまり引いたことの無い俺にはよく分からないなぁ‥‥‥なんて軽く自己嫌悪のような何かに浸っていると隣から聞こえる物音。

 

 

 

 

「......大丈夫?」

 

 そして、聴こえた声に俺は思わず肩をぴくりと反応させた。

 

「あ゙ぁ......田中かぁ......」

 

 いつも通り、ストレートヘアーに少しマルサルってる髪色が俺の視界に入る。そして、その後に俺の顔を伺った田中の表情は、心配そうな顔つきだった。

 

「......なんて、大丈夫なわけないか」

 

 そう言うと、田中は自分のバックから水筒と飴を取り出す。手際の良いその姿に、思わず呆けてしまっていると田中が湯気を放つコップを俺の机に置いた。

 

「......なに、これ」

 

「柚子茶だよ。これを飲むと風邪に効くらしいから、是非飲んで」

 

 柚子茶、とな。

 柚子といえば、冬になると母さんや志保が柚子湯に浸かってるってのを何回か聞いたことがあるけど、本当に効果ってあるんだな。

 

 ここは、厚意に甘えて口にしよう。てか、もうコレ敵に塩を送られすぎて勝負どころじゃなくなってんな。まあ、良いか。有耶無耶にしてしまえば───

 

 

 

 

 

 や、それは田中が怒る。

 

 何が不味いって1度かけた勝負を有耶無耶にしてしまう不誠実な行為が1番不味い。何よりこの勝負は俺から仕掛けた勝負だ。ここで引き下がるのはあまりに恥ずかしい事ではないか。

 

 厚意は有難く頂く。

 勝負は本気でやる。

 勝ったら......その時はその時だ。

 

「田中」

 

「?」

 

「ありがとう。柚子茶は有難く頂きます」

 

 そう言うと、田中は何とも言えない引き攣った笑みを浮かべながら俺を見る。なんだ、何かおかしなことしたか俺。

 

 また何かやっちゃいましたか? 

 

「北沢くんが素直にお礼を言うなんて」

 

「失礼な。俺だってお礼の1つや2つ、安いもんだぞ」

 

「でも、何時もの北沢くんならこの勝負に辿り着くまでに風邪引いてたら欠席してたよ。基本無理はしない人だったし......何より寝坊助だったし」

 

 その言葉で思い起こされるのは、2年生序盤から中盤にかけてのの月一寝坊助オンパレード。あの時は、何度も何度も惰眠を喰らって田中にチョップを喰らっていたのだが、今では叩かれ癖が着いてしまったのか、ただ単に心境の変化でも起こったのか。

 

 まあ、あの時の俺に会えたなら今の俺に言えることはたったひとつ。『寝坊助は止めとけ』って警告だ。何せ田中のチョップは回数を追うごとに俺の頭に強く響くようになるんだから。

 

「......そうかい」

 

 何はともあれ、柚子茶の入ったコップに口を付ける。そう言えば、このコップ俺に使っていいのかな。

 確か世の中にはこういうのを如何わしく感じる輩がいると聞いたのだが。

 

 ......そう考えると、何か段々この状況が不味いように思えてきた。

 

「時に田中」

 

「?」

 

「このコップどうすんだ? 見たところステンレス製の水筒にくっついてる奴なんだけど......」

 

「え、普通に飲めば......」

 

 ファッ!? 

 

 まさか先程まで考えてたのって俺の考えすぎ!? 

 それとも田中が人生経験豊富なだけ!? 

 

 どうしよう......俺、地雷踏んじゃった? と色々考えて悶々としていると、漸く田中も俺の言わんとしている言葉の意味に気が付き、3秒程固まった末に顔を瞬間的に赤くした。

 

 おお、すげえな。『ぼふっ』ってこういうことを言うんだな。何時ぞやのポンコツアンドロイドな田中さんもなかなか面白かったが、自らの行った行為に『ぼふっ』てなる田中もこれまた可愛気があって、愉快である。

 

「そういうの嫌な奴だっているだろ? もし田中が嫌なら俺自重するけど」

 

「なっ......!? いや、別に大丈夫だよ! そんな理由で目の前の病人を放っとく訳にはいかないし......」

 

 ふむ、病人を放っとく訳にはいかないからそういうことを許してくれるってか。

 

「お前、あれだろ。天使か何かだろ」

 

「別に天使なんかじゃ......!?」

 

 田中が反論している間に柚子茶を飲む。うっわ、普通に上手い! 喉が楽になる!! 

 

「はー......美味い」

 

「............」

 

「何絶句してんだよ」

 

「......ちょっと廊下出てくる」

 

「おう、そうか。テストまでには戻ってこいよ」

 

「......うん、多分戻ってくる」

 

「は? 多分───っておい」

 

 心ここに在らず、といった感じで田中が教室を出ていく。テスト前だってのに、そんな余裕があるのか。一生懸命勉強してきたから、少し休憩するってか。

 

 ああ、畜生。

 

 やっぱりアイツ、カッコイイ(可愛い)なぁ。

 

 

 

 

 

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