カワルユウキ   作:送検

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深い闇というものが人生には必ずある。

人が人生という長いレールを歩いていく上で、必ず陥るであろうその闇はスランプと言うべきなのか、挫折と言うべきなのかは知らない。ただ、その闇というものが1つの夢を崩すということは自明の理であり、その深い闇で多くの人は自らの持つ夢や目標を容易に壊す。

闇に絶望し、堕ちた時点でそのレールは終わりだ。壊れた破片を元に戻す術はない。そうなってしまった場合、人はまた新しいレールを見つけ、手際良く乗り換えていかなければならない。

電車の乗り換えのようなものだ。予定を決め、乗り換え、目的地を目指す。ただ1つ違うのは、目的地が所々で変化する──それくらいだ。

 

言うは易し、行うは難しだ。

一見、レールの乗り換えは楽そうに見える。夢を捨て、新しい自分になる。言葉の表面を取れば、新しい夢を見つければ良いだけ。夢なんて直ぐに見つかると思う奴が大半だろう。

人間っていうのは実際の物事に直面しない限りは沢山の選択肢を見出せる人種だ。1人じゃ何も出来ない?仲間と協力すればいい。お金がない?働いて稼げばいい。夢がない?なら探せば良い、という風に感じた不安や心配を有り体な言葉を並べ、覆い隠す。

 

けれど、実際その物事に直面し、追い詰められた時、人は現実を知る。

空想だけではどうにもならないということを知る。

今まで考えてきた安い作戦が全て消し飛ぶ。

何故なら、過去に呟いた空想や作戦は全て他人事だから。

なんの重みもない戯言だから、その考えは考えとして頭に浮かぶ前に破綻しているからだ。

けれど、それを知ることのない人は今日もありもしない空想を発案し、己を慰める。

この先、どんな現実が待っているのか。その事実を知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、頭では分かっていた。

人間は他人事のように、絵空事ばかり考えただけじゃなんともならない。

時に行動に移し、戦って行かなければならない。現実を認識しては、その現実を多少なりともマシなものにするために、行動していく。

未来を変えるために、少しでも動くことが、人には出来るということを俺は知っていた。分かっていた筈だった。

 

けど、当時の俺にはそれが出来なかった。

その勇気がなかったから。頭では分かっていたのに、それを変えるだけの勇気がなかったから。

故に、いつの間にか妥協を覚えた。『こうありたい』が『これでいいや』となり、諦めた。

 

一度でもそうなってしまえば自分を今一度上昇気流に乗せるのは容易ではない。堕ちた自分をもう一度上に引き上げるには想像以上のパワーが必要になる。2倍、3倍、もしくはそれ以上。それが分かっているのに、俺はいつの間にか変わることを諦めかけてしまっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

少なからず言えること、それは以前まで堕ちていた人間がたった一人で這い上がれるほど人生は甘くないということ。そもそも這い上がろうという発想にも至らない比率が多いのが実情だ。現実を知り、その現実に立ち向かうことを諦めることで凝り固まってしまった頭は這い上がるという行為そのものを強く拒否する。

 

 

頭では分かっていること。

それをすれば掴めるということ。

全部分かっているのにも関わらず、どうしようもない程頭の中がいっぱいいっぱいだった、もどかしいと言いきれる過去の俺に『今の俺』を会わせたらどのような言葉を送ろうかと考えた時がある。

俺は何度も何度も考えた。今の俺、昔の俺。2つを鑑みて、現実じゃ有り得ないことを、静かに考えていった。

 

過去を踏まえた出来事を教えて、『お前はこうすれば良い』という啓示を送るかと考えた時がある。

結果は否。今の俺がどの面下げて啓示なんて送るのだ。己は啓示を送るほど尊い生き方をしてきたのかと、俺の心の中のリトル北沢にぶん殴られた。結果、心が壊れそうになりました、はい。

 

調子はどうだ?と当たり障りのない会話を行い、これからどうするのかを尋ねるのかと考えた時がある。

それも、答えは否。過去の自分がどんな思いでいたかは自分が1番分かっている。ああ、言ってやるよ──最悪だったってな。己の気持ちを隠し、本当に居たいと思えた場所を手放そうとして、何もかもから逃げようとした。

寧ろ過去の俺に会えたとしたら、ぶん殴ってやりたい気分だ。それ程までに、過去の俺には腹が立っているんだからな。

 

 

 

 

俺が言ってやりたいのは、もっとシンプルなものだ。

 

『悩め』

 

北沢啓輔という男が欲しいもの、大切にしたいもの、手繰り寄せたいもの。

それらを考え、何がしたいのかを必死こいて考える。

それこそ、今の俺が過去にそうであったように悩んで悩んで悩み続ける。そうすることによって俺は『現在』を掴んだ。長いレールを渡った末の、ゴールを見つけることが出来たのだから。

 

悩みに悩み続けた俺の過去は黒歴史であれど、後悔する要素など何も無い。

暗い闇に向かっていってしまった記憶も。

高校時代の家族のために費やした時間も。

腐れ縁と共に、駄弁り続けた経験も。

そして、1人の女の子と出会った記憶も。

全てが今の俺を形作っており、その経験がなければ俺はこのゴールに至れなかった。苦い記憶も、経験もあった。泣きたくなるような思いもした。けれど、それがなければ今の俺は間違いなくここにはいない。

 

辛い過去から1人で逃げ出し、本当に欲しいものも掴めずに闇の中でレールを乗り換えることすらしなかっただろうから。

 

 

「‥‥‥」

 

 

 

 

 

 

 

俺は忘れない。

あの時俺を救ってくれた一言を。

本当に大切なものを失いかけていた俺に、差し伸べてくれた暖かな手を。

その『手』があったから俺は今、こうして歩いていけている。

己の力で、レールを踏みしめている。

ここに向かおうと、その手を掴もうと、強く決意できたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥ああ」

 

椅子に座るキミを見て、忘れたくないという思いを一層強く願った。

舞台は、思い出とは程遠い、年月も浅く、ムードもへったくれもない場所。

前と後ろ。窓からは日差しが降り注ぎ、空間には陽と影の区別が色濃く付けられる。ワックスで艶が出たタイルは懐かしくて、思わず笑みが零れてしまう。

そんな場所に久しく降り立った『俺』。

既に窓際の後ろから4番目の席に座る彼女がその姿に気が付くと、端正な顔をこちらに向けて、少しだけはにかむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅刻だよ」

 

その一言は、俺にとっては本当に懐かしくて。一瞬過去を思い出してしまい、その過去の情けなさに思わず口角が上がる。

自虐?哀愁?違う。この笑みはきっと──

 

「待ち合わせ通りに来る良い子ちゃんには言われたくねえな」

 

どうしようもない嬉しさからくる笑みだ。

何処までも真面目で、可愛くて。それでいて、真面目故のポンコツっぷりも見せる、1人の女の子がここにいること。

遅刻を咎めるその光景が酷く懐かしくて、笑ってしまったんだ。

窓際に向かい、空いている席に座る。木で作られたそのイスは、固い。いつの日か感じた尻の感覚に、そんな感想を頭の中で思い浮かべつつ、俺は目の前の女に笑いかける。

 

「おたく、全然変わってませんね」

 

俺にしては、少しだけ固い言葉遣い。だが、ここに居たかつての俺と比べて自然体で居られるからこその言葉の意図を悟った女は、挨拶代わりのジャブを打ち込んだ俺に、花よりも綺麗な笑顔で言葉を返す。

 

「いえいえ、キミこそ全然変わってなくてビックリだよ」

 

「‥‥‥これでも服装とか、色々気は遣ってんだけどな」

 

「あ、勿論良い意味で。顔つきも、ちょっと軽い感じも、本当に変わってないなって思って」

 

「褒めてんのか、それ」

 

それはそれでショックではあるんだが。

それでも前言撤回をしようとしない女の笑顔を見ていると、そんな気分も一気に晴れていく。

きっと、嬉しいのだろう。

以前の俺は、そんな当たり前のことすら見落としていたから。

 

 

 

この子がこの場所で笑ってくれているという事実が、どれだけ有難かったことなのか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

「?」

 

言いたいことは山ほどある。

例えば、この場所で起きた思い出とか。昔の俺がやらかした悪行の数々とか。

かつては尖って尖ってナイフのようになっていた俺。そんな黒歴史を明け透けにすると、ちょっとばかり恥ずかしいが、これもこの子と話せば楽しい気分になれる。

正直言うなら、今日はこの場所でずっとその話をしていたい。

尤もそれは、叶わない願いではあるのだが。

 

「言いたいことは山ほどある。けど、先ずはここに来て第1に考えたことを伝えたいんだ。少しだけ付き合ってくれ」

 

けど、それよりも俺は話したいことがある。

キミが教えてくれたこと。

キミがいてくれたこと。

それら全てのお陰で俺がこうしてここに居れることの感謝を、誠心誠意を以て伝えたいんだ。

だから──

 

 

 

 

 

 

「聴いてくれ」

 

1つの勇気と、その顛末の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、(2部が)おしまい。
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