カワルユウキ   作:送検

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第2話

 

俺と田中との邂逅を改めて考えてみると、なんとも情けない姿を見せた──というのが最初に来る感想だった。

何せ、俺はあの日──入学式という大事な日に大遅刻をかますという殊更学生がやってはいけないことを犯してしまったのだから。

 

『いっけねぇ、やっちまいましたぜ‥‥‥』なんて言葉を内心に留めながら指定された自分の席に向かうと、隣の席から声が聴こえる。

 

『遅刻だよ』

 

『ひっ!?』

 

田中さん。

──彼女の誠実さや可愛さなんかを腐れ縁に延々と聞かされていたため、ある程度の予備知識は持っていた俺ではあったが、それは急に話しかけられて平然と答えを返せる力にはならない。

不良生徒である俺を叱った田中。

その声に肩を跳ね上げ、隣を見た俺。

そんな俺と田中の行動がほぼ数コンマの時間で起こったその瞬間、視線は交錯し、俺は田中の整った顔立ちを見ることになったのだった。

 

 

 

 

ファーストコンタクトにしちゃ、カッコつかないだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生において、目覚めというものは肝心なものだと俺は思っている。その日に始まる人間生活で、1番初めに行うものは目を覚まし、体を起こすこと。その時の気分により、今日1日の生活も決まるものだ。

気分が良ければ、外に出ようと思う。

気分が悪ければ、体温計を持ってきて熱を測る。

眠ければ、更なる安息を得ようとする。

トイレに行きたけりゃ、用を足しにいく。

 

人の気分により、目覚めは多種多様。選べるのならば、やっぱり気分が良い目覚めを選びたい。

かくいう考えもあって、今日も今日とて、俺は快適な睡眠もとい惰眠を貪っていたのだが──

 

 

 

「あああああ!」

 

 

 

そんな俺の今日の惰眠の目覚めは、あれだ。

 

そう、急にポケットに忍ばせた携帯の振動による目覚めだった。

何がとは言わないが、変なところに振動が当たってしまい、俺は睡眠を思わぬ形で、そして最悪の形で妨害される。

 

「!?」

 

振動により、情けない声を出した俺の隣で勉強をしていた田中が肩を跳ねあげてこちらを見る。うん、何だろう、意外と恥ずかしい。というか、スマホのバイブで情けない声を出してしまう俺、物凄くだっせえ。

 

「ど‥‥‥どうしたの北沢くん?」

 

何はともあれ、そんな俺を隣の席の田中さんが心配しつつも訝しげな表情を浮かべてこちらを見て、尋ねているのだ。ここはしっかり反応───もとい弁解をしなければ、俺のメンツに関わるってもんだろう。

大体、弁解しなきゃ勉強してた田中さんに失礼だろ.....そんなことを頭の隅っこで考えながら、俺は遠慮気味にポケットを指さす。

 

「‥‥‥何かポケットから振動が」

 

「マナーモードにした方がいいよ.....?」

 

「すまん、迂闊だった」

 

指さした方向が生憎名状し難い所だった事に後から気付いた俺は少し呆れ気味な声色でそう言った田中に謝罪の意味を込めて盛大に机に頭をぶつける。その間にもバイブはまだ動いている。しつこいぞバイブ。空気読めよバイブさん。

 

そう言って何気なくスマホを取り出そうとして、気付く───

 

『次、スマホを見せる素振りを見せたらもれなくスマホが壊れます。それでも見ようとするなら貴方の骨に───』

 

ヒビが入る。その恐怖的な一言を忘れる程、俺の記憶力はそこまで悪くない。

田中のチョップは華奢な身体の割に合わず、鋭く、重い。そんな田中のチョップで物理的に骨を折られてしまったら色々生活が不自由なことになったり、色々大変になっちまうだろう。

ヤバイよヤバイよ‥‥‥なんて慌てているのかどうかすらも分からない思考を重ねていると、田中がぽつりと一言。

 

「‥‥‥まだ振動、止まらないの?」

 

「え、えっと‥‥‥ほら、ほっとけば治まるだろ」

 

「そうかな‥‥‥」

 

「お、おう!きっと、多分、恐らく、めいびー‥‥‥」

 

しかし、依然として着信音は止まない。持ち主の性格に似てしまったのか、空気を読まない俺のスマホは依然として着信音を鳴らし続けている。

制服のポケットから伝わる微細な振動も、俺にとっては煩わしいことこの上なく、その振動と音に次第にフラストレーションを溜めていると、田中の訝しげに細められた目が俺を捉えた。

 

「本当に?」

 

「‥‥‥可能性は、限りなく薄いな」

 

「早く出てあげた方が良いと思う」

 

「ごめんな、本当にごめんな」

 

ポケットでまだ振動が治まらない中、俺は田中という女の子に女王様よろしく媚びへつらう事を決心し、潔く頭を下げた。

土下座外交も吃驚の弱腰な態度と媚び方である。ここで気の強い輩なら『スマフォくらい使わせろやぁ!アアン!?』みたいに脅迫出来るんだろうが、俺にはそんな強さも度胸も趣味もない。

故に、見る方も思わず軽蔑するような眼差しを向けるだろう勢いで頭を下げたわけなのだが、どうにも田中の表情は明るい。

天使のような慈愛の篭った笑みに、不信感を抱きつつも田中を見つめる。すると、左手の人差し指を唇に添えた田中が俺を見て、一言。

 

「急な電話だと良くないから、出て良いよ。先生が来たら誤魔化しといて上げる」

 

「田中ァ‥‥‥!?」

 

神を見た。

天使を見た。

そんな言葉で表現したとしても、恐らくし足りないであろう田中の慈愛に俺の心は盛大に高鳴り、感謝の言葉がつらつらと頭の中から湧いてくる。

 

そうだ。

いつもチョップをぶち込まれているからかやることなすこと厳しさの先行する田中ではあるのだが、その実心根は優しいのだ。

 

 

「うう‥‥‥ありがとう、ありがとう‥‥‥!」

 

意外性の塊としか思えない田中の一言に俺が泣きながら田中に感謝を告げると、田中はいつも通りの声色で俺に諭す。

 

「...別に良いから早く電話に出てあげなさい」

 

「.....それもそうだな」

 

 諸悪の根源であるバイブは今後、マナーモードにするとか対策を練ることにして、今は目の前で起きている事案について対処をしなければならない。

 そうこうしている間にもスマホは俺のポケットで暴れている。痺れを切らした俺は、勢いで電話に出ることで心に溜まった鬱憤を晴らそうとする。

 

 「悪徳商法と!オレオレ詐欺は通用しねえからなぁ!?」

 

『......何言ってるの兄さん』

 

 おっと、急いでしまっていて誰の着信だか忘れてしまっていた。そうだ───コミュニケーションアプリ『LIME』で俺に電話をかけてくれる人物といいこのタイミングでの電話といいかかってくるのはただ1人ではないか。

 

 「おお、どうしたんだ我が愛しのシスターよ」

 

『その気持ち悪い言い回しを即刻辞めて。今時間はあるの?』

 

 「昼休みだからあるにはあるぞ.....んで、どした『志保』」

 

 俺が電話越しでまる1日かけて考えた独特の言い回しを拒絶されてしょげつつも、返答するとそれを聞いた妹.....志保が会話を始める。

 

『あの...今日のお迎えなんだけど』

 

 「ああ、良いぞ別に。『用事』だろ?頑張れよ志保。家の事なら俺がやっとくからさ」

 

『本当はこんなこと頼みたくは無かったんだけど、ごめんなさい兄さん。この借りは絶対返すから』

 

 「借りなんてお前もよそよそしいなあ。俺達兄妹だろ?困った時はお互い様だ」

 

『.....なら、お願いね兄さん』

 

 「おうよ、任せとけ」

 

 最後にもう一度、ありがとうと志保は言って電話を切った。

 

 「んー...」

 

 北沢志保。

 

 北沢啓輔の4個下の可愛い妹。クールな目付きといい、歯に衣を着せない残虐性といい、整ったスタイルといい、なにかと中学生離れしている妹である。

 

 そんな妹の珍しいお願いに、暫し思案───

 

『私、アイドルのオーディションを受けようと思っているの』

 

 当初、志保からそのような言葉を聞いた時には本当に驚いた。何せ今の今まで相談も何も無い上にそのような予兆すらもなかったのだ。しかしその後の志保の話を聞いていくうちに、元々拒む意思もなかった俺の心は驚きの心境から妹を応援する気持ちへと変わっていった。

 彼女にも、彼女なりの道があるのだ。それを拒むような兄は兄ではないし、口出しをする権利もない。志保がやりたいと思った道を突き詰めればいい。そして思う存分力を発揮し『夢を叶えればいい』と思う。

 

 

 

 

 夢叶うといいな、志保。

 

 お兄ちゃん、影ながら応援しているからな。

 

 

 

 「頑張れよ...」

 

 俺がそう呟いた瞬間だった。

 

 「誰が?」

 

 「ふぉぉぉぉぉ!?」

 

 思わぬ背後からの声に、不覚にも浸ってしまっていた俺は驚きのあまり声が出てしまっていた。

 声のした方を振り向くと、そこには唐突に叫ばれたことによる驚きと、本日2回目の叫び声を上げた俺に対する呆れをミックスさせたかのような表情をしている田中琴葉がそこにはいた。

 

 「そこまで驚かなくても良いと思うんだけど...」

 

 「驚くわ!突然背後の至近距離から話されたらな!」

 

 「それでも『ふぉぉぉぉぉ!?』って......男の人が『ふぉぉぉぉぉ!?』って......」

 

 「2度も言わんでいい!」

 

 全く、さっきの電話(志保)といい田中といい間が悪すぎる。そもそもの話田中みたいな可愛い女の子が突然後ろから話しかけてきたら誰だって驚きますわ。

 もう少し田中は自分がどれだけ世の男子高校生に影響を与えているのか知る必要がある。

 

 「...妹だよ」

 

 「北沢くんの妹さん...」

 

 「おっと、俺の妹を北沢啓輔と同じように考えるんじゃねえぞ。妹は俺と比べて高スペックで、可愛いくて、家族に対して面倒見の良いちょっとスポーツが苦手なのを除いたら非の打ち所のない女の子なんだからな」

 

 シスコン?はっ、何とでも言いやがれ。何ならブラコンの血を引き継いでいる迄ある。

 シスコンとブラコン、併せて...ダメだ。良い言い回しが思いつかない。

 

 「...私からしたら北沢くんもかなりの高スペックだと思うんだけど」

 

 は?

 

 俺が高スペック?

 

 「ないないない。俺は精々そこら辺の雑草位のスペックだよ」

 

 勉強‥‥‥うん、並ですわ。

 

 スポーツ‥‥‥もう衰えてますわー。

 

 ルックス‥‥‥うん!お察し!

 

 「石崎を見てみろよ。アイツは良いぞー、野球も出来て、ルックスも良い!頭は‥‥‥うん。まあ、伸びしろですねぇ!」

 

 勉強なんて努力次第でどうにでもなるだろうし、そもそもここそれなりの進学校だからな。だから...うん、きっと、きっと大丈夫さ、心配するな。

 

 「まあ、そんなわけで他にもスペック高い奴は沢山いるし、何ならお前だってスペックは高いんだから。お前さん普通に可愛いし、勉強出来るし、運動だって出来るし」

 

 だから気にすんな。

 

 そう言おうと口を開きかけると若干顔を赤くした田中が俯きながらボソリと呟く。

 

 

 「自信無くすなぁ...」

 

 「あ?」

 

 何を言ったのか分からないが、それを考える間もなく田中は顔を上げる。

 

 「...何でもないっ、馬鹿」

 

 何故か罵られたんだが、何でか分かるやつがいるのなら教えてくれやしないだろうか。

 

 そっぽを向いた田中の耳は依然として朱に染まっていた。

 

 

 

 

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 終業のベルが鳴り、HRが終わる。

 

 ここで何時もの俺なら、更に惰眠を喰らって田中に叩き起こされるか、渋々帰り支度をするかのどちらかなのだが、今回の俺は風のように素早く帰り支度を始めていた。

 

 「え、ええっ...」

 

 俺が惰眠を貪ることに慣れている田中も隣で困惑の声を上げているが、そのようなこと知ったこっちゃない。急いで宿題をバッグに入れて...尤も、家でやるわけじゃないが。更に学習参考書をバッグに入れて...これまた家でやる訳では無いが。

 

 「...そういやあ田中は俺のこの速さを見たことが無かったか」

 

 教科書を厳選しながら、田中に尋ねると隣にいた田中も同様に帰り支度を始める。

 

 「...ここまで北沢くんの帰り支度が早いのは初めてかも」

 

 「なら、覚えといた方が良いな。北沢啓輔七不思議の1つだ」

 

 「残り6つは何よ...」

 

 それはな、俺も分からん。

 

 「俺は、家族が大好きなんだ」

 

 「良い事だと思うよ?家族を敬うことって結構大事......はっ」

 

 おい。

 

 今の驚いたかのような声はなんだ。

 

 「まさか北沢くん、ブラコンでシスコンなの?」

 

 ......

 

 「...き、北沢啓輔七不思議の1つだ」

 

 「何か今、妙な間があったんだけど...まさか図星?」

 

 「な、七不思議だぜっ」

 

 「...ああ、そうなんだね」

 

 田中は、まるで何かを察したかのようにそう言うと帰り支度をしながら続ける。

 

 「シスコンでブラコン......良いと思うよ。別に恥ずかしがることはないと思うの。だって、家族が好きなだけなんだもん。妹や、弟と、もしかしてお母さん、マザコンも......」

 

 「んなわけねぇだろ!!マザコンは絶対にねぇっ!!」

 

 マザコンっていうのは、大好きなのはお母さん!お母さんと結婚したい!!って奴の事の筈だ。俺は前提条件として母さんは好きだが結婚したいとは思えない。せめて結婚するなら年の離れていない普通の女の子と普通の恋をして、普通に結婚したい。ただ、結婚願望のようなものを持っている訳でもない。

 

 「兎に角俺はマザコンじゃないから!お前マザコンの意味知ってて発言してんのか!?」

 

 「え、お母さん嫌いなの?」

 

 「うわああああ!めんどくせえ!!田中ってものっそいめんどくせえ!!」

 

 「めんどくさいって.....失礼だよ。疑問を述べただけなのに」

 

 「人には言っていい事と悪いことがあるんだよっ!」

 

 

 俺は頭を抱え、そそくさと田中から逃げる。奴は危険だ、不味い、死ぬぞと俺の中のリトル北沢が警鐘を鳴らしている。

 このままでは、あえなくして俺の羞恥ポイントがMAXになって死んでしまう。俺という人間だって恥のかき方と死に方くらいは選びたい。

 

 後で田中のご機嫌でも取って先程までの会話を忘れて貰おう。そう思いつつ、俺は帰路───天使が待つエデンへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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兄は往々にして強くあるべき。

そんな言葉が仮にまかり通るのだとするのなら、それは私にとって挑発以外の何物でもない。それは、兄妹で支え合っていこうと決めている私達にとって、その固定観念のような何かは忌避するべきものだと他ならない私がそう感じているから。

仮に兄がそんな舐め腐った独善的な考えを抱いているのだとしたら、1発殴ってやろうとすら思っている──

そんなことを考えながら、私は今日の陸のお迎えを兄に任せたことに、ちょっとした罪悪感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ふう」

 

学校の片隅──誰もいない廊下の隅で、私はとある男に電話をしていた。

その男は、普段から阿呆で、馬鹿で、それでも私の事を良く見てくれていて、面倒を見てくれて。

口には出さないけど憧れている。そんな男の人。

 

北沢啓輔。

私の4個上の兄だ。

 

普段から、遅刻寸前で起きてきて、急いで学校行って、それでも何時も家族の手伝いをしてくれる大切な兄。偶に気が向いた時に、家族のお弁当を作ってくれる気まぐれな兄。

口は一丁前な癖に、いざ実力行使となると腰が引けてしまう、そんな兄である。

 

そんな兄に、わざわざ学校にいる時間帯に何故連絡しようとしたのかと言うと──

 

『悪徳商法と!オレオレ詐欺は通用しないからなぁ!?』

 

所謂、私の不手際にあった。

買い物鞄を肩にかけながら買い物をしていると不意に見かけたアイドル募集のポスター。

その紙に目を奪われた私は気が付けばそのポスターを携帯のレンズに合わせ、パシャリと音を立てていた。

使命感のようなものがあったのかもしれない。基本的に学生バイトや、仕事で家計を助けることが出来るのは高校生になってから。それでも、できることなら今すぐに家族が少しでも贅沢できるように、少しでも行きたいところに行かせてあげられるように──そう考えていた私にとって、この紙は天啓にも近いものがあって。

 

 

 

 

 

『拒否なんてしねえよ。志保がやりたいって言うのなら、応援する。やりたいことを正面切って応援すんのは、お兄ちゃんの役目なんだからな』

 

家族の誰よりも先に相談をした──そして、私のやりたいことを肯定してくれた兄の期待に応えたいと思うようになったのは紛れもない本音である。

 

 

 

今日は大切なオーディション。失敗するかもしれない。私の実力が出せないかもしれない。そう思うと、少し怖くなる。

 否、もう緊張とプレッシャーで押し潰されそうになっている。私だって、人間だ。普段から兄さんに『クールと落ち着きを絵に描いたかのような子だ!世界一可愛い!』とか言われたりするけれども、私より可愛い子は沢山いるし、何より私だって落ち着けない時はある。

そもそも兄さんは調子が良いのだ。誰彼構わずピンチになれば人を持ち上げる。時として、その言葉は励ましになることはあるものの、何度も聞かされれば、それは次第に効力を失っていく。

少しは自重して、そのボキャブラリーを増やす要因となっている思考力を多少は早起きをするための知識に使って欲しいと、私は切に願っている。

 

例に漏れず、今日も兄さんは遅刻しそうになっている。

これに懲りたら、少しはバイトやら家事の量を減らして欲しいものなのだが──と考えたところで、3時を告げるチャイムの音が鳴る。

 

「──本当に、馬鹿な兄さん」

 

さあ、行こう。

私は私のやりたいことをやって、自分の夢を叶える。

私にできること、私にしかできないことをするために、強く歩いていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あれから教室での田中の弄りを何とか回避した俺は、時間もあまりなかった為に早歩きでとある場所へと向かっていた。

 

 「あーあ...学校がも少し早く終わりゃあいいんだけどなぁ」

 

 学校は、確かに大事な時間だ。しかし、頭では分かっていても理不尽だと感じることは時としてある。

 俺の中では学校はそのひとつであり、学校で半日を過ごすことに最近は意義を見出しきれていない。

 正直、学校の時間を早く終わらせて家に帰って家族と過ごしていた方が俺にとっては良い。もしくは何処かで遊んでたりとか、尤も最近は遊びに繰り出すことは無くなったのだが。

 

 さて、そんな事を考えていたらもうすぐ目的の場所だ。俺はそこの門を潜ると、俺より小さな子供達がいるところまで歩き出して、ドアを開ける。

 

 「こんにちわー」

 

 「あ、啓輔君!こんにちは!」

 

 保育園の先生に挨拶をして周りを見る───

 

 「陸くん!お兄ちゃんが来たよ!」

 

 保育園の先生がそう言って、子供を呼ぶと帰り支度をした1人の男の子がこちらへてくてく歩いていく。

 

 「お兄ちゃん......おかえりなさい」

 

 少し遠慮がちな笑顔で、北沢陸は俺に微笑んでくれた。

 

 

 

 「ごっふ!!」

 

 ああ、また鼻血が出た。ここに来ると何時もこうなってしまう。故に、大抵何時も陸を迎えに行くのは志保の役目なんだけど、今日は致し方がない。それにこうなることを予期していた俺は盛大に鼻血を吹き出したように、ポケットティッシュを持っている。

 

 「き、啓輔くん!?」

 

 「お兄ちゃん!?」

 

 先生と、陸から慌てた声が聞こえるも、それを左手で制して、右手で鼻を抑える。陸のあまりの可愛さに鼻血が出てしまいましたなんて、死んでも言えない。

 

 「だ、大丈夫......最近、暑いですからね」

 

 「...いま、10月だよ?」

 

 なら、体温が上がっているんだろうな。心配するな、多分風邪じゃあないから。

 鼻血を止めて、振り向くとそこには最早伝統芸と化してしまっている俺の鼻血ブーに苦笑いの先生と、それを心配そうに見守る陸がいて、また鼻血ブーしそうになるも何とか堪える。

 

 「よし、それじゃあ行こうかりっくん」

 

 俺が陸に向かって手を差し伸べると、陸はその手をしっかりと握る。

 

 「それじゃあ、先生。失礼します」

 

 「はーい。陸くんもまた明日!」

 

 見送ってくれる先生を背に、俺達は靴を履いて園内を出る。外は、既に日が暮れかかっており、冬の訪れが近いということを教えてくれる。

 

 「りっくん、今日も楽しかったか?」

 

 「うん!楽しかった!」

 

 「そっか、それなら良かった!」

 

 子供は遊びを楽しむのが半分仕事のようなものだ。遊びを楽しまないような奴は、子供じゃない。俺だって、子供の頃は馬鹿みたいに遊んでたからな。

 

 「にしても、驚いたか?お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんが来たこと」

 

 本来なら、志保が陸のお迎えに行くはずだったので突然俺が来て驚かれたらどうしようと内心思っていたのだが。

 しかし、陸はさして驚いた様子もなく俺を見上げて首を振る。

 

 「お姉ちゃん、今日はお兄ちゃんが来るってこと言ってたから全然驚かなかったよ」

 

 「おおっ」

 

 用意周到、完全無欠とはこのような事を言うのだろうか。サンキューシッホ、図らずも俺の懸案事項を解消してくれた志保は出来る妹。はっきり分かんだね。

 

 「お姉ちゃん、今日大切な発表会なんだって。大丈夫かなぁ...?」

 

 「なんだ、陸はお姉ちゃんのこと信じてないのか?」

 

 少し悪戯っぽく返すと、陸は慌てたようにふるふると首を横に振る。

 

 「なら、心配しなくても大丈夫だよ。志保は頑張り屋さんだから、きっと報われるさ」

 

 スポ根ものを全肯定する訳では無いが、これでも努力は報われるという言葉にはそれなりに信頼を置いている。先ずは努力をしなければ、始まらない。

 そして、志保はそれを実践した。だから、志保は成功する。明確な根拠はないが、そんな気がする。志保可愛いし。

 

 若干妹補正が入ってないの?と問われたら、多分入っていると答えると思うけど。

 

 とはいえ、陸が心配するのも分かる。現に陸は姉想いだから。

 

 頑張っている姉を応援しているからこその不安って、やっぱりあるよな。

 

 「陸、じゃあお姉ちゃんの必勝祈願に何かやろうか」

 

 「ひっしょうきがん?」

 

 「おう、お姉ちゃんが発表会で大成功する為のおまじない。今日はハンバーグかオムライスを作ってケチャップで何か描いてやろうぜ」

 

 そう言うと、陸はぱあっと擬音が付きそうな程の笑みを見せて、俺の手を握る力を強める。

 

 「僕が描く!ハンバーグにケチャップで描く!」

 

 「お、いいな。じゃあどでかいハンバーグ作るぞー」

 

 「おー!!」

 

 

 その後、近所のスーパーで挽肉を買って、陸と一緒にハンバーグを志保に振舞った。

 志保は、疲れた表情で帰ってきたが陸を見て直ぐに元気になる。

 陸と一緒に作ったハンバーグはケチャップアートの甲斐もあり、志保にとても喜ばれたということと、陸がとても喜んでいたということだけ伝えておこう。

 

 因みに、何故か俺だけ頬を抓られた。

 

 志保が言うには『したり顔の表情が何故かムカついた』らしい。

 

 解せぬ。

 

 急に抓ってくるウチの妹、怖すぎるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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