カワルユウキ   作:送検

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第6話

 

 

 

 

 

 

 

 至高の時間、というものは直ぐに終わってしまうものだ───。

 

 

 

 

 2学期も終わりに近付き、次第に本格的な寒さが俺の四肢を襲い始める今日この頃。

 俺は日曜休みとかいう至福で最高の時間を自室のベッドで堪能していた。

 日曜は俺にとっては至高の時間だ。

 それは何故か。

 学校がないからだ。

 

 いつも通り、よく食べてよく寝るという行為をすることにより、いつもの俺なら8時頃に起きて、学校へ行かなければならないのだが日曜日に学校はない。

 それ即ち、どういうことか分かるだろうか。

 

 あの!委員長に!惰眠を妨害される必要がないのである!!

 

 田中琴葉は俺の惰眠の敵だ。俺が寝ようとしたらものの数秒もしないうちに叩き起こされてしまう。しかし、自室に田中がいるはずもなく結果として俺は何時までも惰眠を貪ることができる状態にあるのだ。

 序に言わせてもらえば、スマホをクラッシュさせられる必要もない。

 

 「......とはいえ、腹が空いたな」

 

 そろそろ自分の分の朝飯を食べるか。おっと、今の言葉だけ切り取ったら俺がまるでニートみたいに見えるが決して俺はニートなんかではないからな。勘違いすんなよ。

 

 ......誰に言ってんだろうか、俺は。

 

 得てして、俺は自室を住処から出たありんこよろしく飛び出て、リビングへと向かう。

 部屋に誰もいないのを確認。

 マッマ、リック、買い物か。

 そして、机に書き置き発見。

 

 ふむ、どうやら買い物に行っているらしいな。そして、何時ものように美味しい朝食用意してくれるマッマ最高です。ありがとうございます。

 

 両手を合わせて、感謝の念を母さんに送りつつ朝食を食べ始める。

 すると、ポケットに忍ばせていた携帯が不意に振動した。

 

 「......もう驚かねえぞ」

 

 勿論、最近は携帯の振動が田中のせいで軽くトラウマってたけども。最近はその程度のことで同様はしなくなった。

 寧ろ、携帯の振動でトラウマって毎日毎日『ふぉぉぉぉぉ!?』なんて言ってる人生俺は嫌だ。勘弁して欲しい。

 

 閑話休題───

 

 「なんだ朝っぱらから。お兄ちゃんが恋しくなったか?」

 

『なる訳ないでしょう』

 

 何故か、レッスンに行っていた筈の志保から連絡が来ていた為、電話に応答するとすかさず志保が辛辣な言葉を浴びせる。

 

 否、辛辣な言葉を言ってはいるものの何分その言葉には覇気がない。寧ろ元気すらないように思える。

 巫山戯てはいられない。そう思った俺は咄嗟に声色を落とした。

 

 「どうかしたか、一大事か?」

 

 「......ええ、そうよ。一大事。全くもって不覚だわ」

 

 珍しく聞く、志保の気を落としたかのような声。そして、俺の頭を駆け巡る焦燥感。思わず俺は声を出し、会話の内容を急かしてしまった。

 

 「どうした、何があった」

 

 暫し、間が空く───まるで言おうか、言わざるかの選択を迷うかのように。

 

 やがて、決心したのかこくりと息を呑む音が聞こえるのとほぼ同時に志保は内容を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 「お弁当を忘れてしまったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 ...

 

 

 

 ......

 

 

 

 

 

 

 「おし、後で志保説教な」

 

 安寧の時間は、容易くぶっ壊れてしまうものなのである。あれ、さっきまでもそれっぽいこと考えていた気が......

 

 

 

 

 ま、別に良いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあ、まさか自分の部屋にお弁当を置いてきてしまうなんて志保ったらおっちょこちょい!」

 

『気持ち悪い』

 

 今、俺は志保の部屋にあった弁当箱を抱えて外へ出ている。目的としては、志保がレッスンをしているとされている765プロライブシアターまで弁当を届けるためだ。傍から見たら出前とか、過保護の馬鹿兄貴とか思われそうだけど、志保の為を思えばこれしきのこと、『多分』辛く......ないです。

 

『それよりも兄さん、道は分かっているわよね。そのまま道なりに行ったところを真っ直ぐ行けば目的地に着く。鉄則よ、兄さん。道なり、真っ直ぐ』

 

 「お、おーけー!ばっちこい!!」

 

『......甚だ不安ね、兄さん方向音痴だから』

 

 そう、妹の話の通り、俺は極度の方向音痴なのだ。それはもう、妹が困る位には方向音痴を拗らせてしまっている。

 

 「俺的にはちゃんと目的地に着いている筈なんだがな」

 

『そう、兄さんは妄想と現実の区別が付けられない迷子兄貴なのね。私、初めて知ったわ』

 

 「喧しいわ!」

 

 俺だって好きで迷子になっている訳じゃないのだ。そう.....気が付けば迷子になっている。半ば運命的に迷子になってしまっているだけなのだ。

 ただし、今回だけは別だ。志保の弁当箱を届けるというミッションを授かり、スマホでマップも開いて、現在進行形でてくてく歩いている今の俺なら目的地に絶対に辿り着ける。そんな気がしてならないのだ。

 

 「.....待ってろよ。お兄ちゃんの.....お兄ちゃんの意地を見せてやる!」

 

 「期待しないで待ってるわ」

 

 そんな妹の失礼な一言を右耳から左耳へと流しててくてく歩く。道なりに歩いていく。

 

 

 

 そう、てくてくと───

 

 

 

 ......

 

 

 

 つれずれなるままに───

 

 

 

 ............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「志保助けて、迷った」

 

『兄さん後で正座』

 

 志保に無機質な声でそう言われた。さて、どうする北沢啓輔。これで志保に説教すら出来なくなったぞ。

 

 「し、仕方ないだろ!?そう!これはもう運命なんだよ!新しい場所に行こうとすると迷うっていう───運命は、変わらないんだ!!」

 

『大体、さっきまで持ってた意地はどうしたのよ』

 

 「そこら辺の川に捨てた」

 

『随分軽い意地だったのね』

 

 失礼な、まあ.....事実だが。頭の中でそう考え、地団駄を踏んでいると少し声のトーンを落として志保が続ける。

 

『......昼までに着いてくれればいいからマップとか使って何とかお願い』

 

 「せ、せやな」

 

『それと.....迷惑かけて、ごめんなさい』

 

 そう一言だけ言うと、志保は通話を終了し、俺の耳にはツーツーといった機械音しか聴こえなくなってしまった。

 

 1度、通話が切れたのを確認した俺はその勢いのまま再度マップを開き、現在位置と目的地を確認しようとする。

 その瞬間、俺の目に映るのは訳の分からない細い道と現在地を示す方向キーみたいなの。

 あれ、これって方向キーが左向いてるな。志保が道なり真っ直ぐとか言ってたからこの道を真っ直ぐ進めば良いのか?

 

 そもそも、ここどこ?

 

 「......ジーザス」

 

 1度落ち着こう。落ち着きのない男はモテないとかいう噂まであるしな。や、別にモテたい訳じゃないんだけど。

 適当な自販機でブラックコーヒーを買い、公園のベンチに腰掛ける。すると、先程まで焦燥感に駆られていた俺の心は次第に落ち着きを取り戻し、呼吸も少しずつだが安定していく。

 寒いし、17歳がベンチに腰掛けてコーヒー飲んでる姿はなんというか、個人的にシュールに感じてしまう。まるで、新たな職場を探しているフリーター......

 

 考えたら腹が立ってきた。

 

 おっと、いかんいかん。心頭滅却だ。落ち着きのない男はモテないとか言うし(2回目)。

 

 「......ま、やるしかねえわな」

 

 方向音痴がなんだ。俺にはスマホという文明の利器があるじゃあないか。

 さあ、行こう。無事に765プロライブシアターにまで辿り着く。そして、志保に説教して、土下座する。

 

 ここから先はお兄ちゃんの独壇場だ───

 

 

 「ねえねえ!どしたのそんな所でガッツポーズなんてして!」

 

 と、決意した瞬間にこのザマだよ。俺ったら恥ずかしい。

 何事かと振り向くと、そこには茶髪のロングヘアーに着崩した服がそれとなく色っぽい女が俺を純真無垢な目付きで見ていた。

 

 あ、やめてください。その目付きは俺に効きます。主にメンタルが、死ぬ。

 

 「......いや、別に」

 

 「えー、そんなことないっしょー。さっきからスマホのマップずっと眺めて悶えてたじゃん」

 

 バレテーラ。

 

 「......お前、何時から俺の事見てたんだよ」

 

 俺がそう言うと、先程まで俺を見ていた女は少しだけ悩んだ素振りを見せ、うんと頷き、再度俺を見る。

 

 「コーヒー飲んでた頃からかな?『ここはどこだー』って嘆いてたじゃん」

 

 「や、嘆いてねーから」

 

 確かに迷ったことによって俺のハートはガクリときていたが、嘆くほどのものでもない。

 ついでに悶えてもいねーよ、この......なんだ。お、お洒落ヘアーめ。なんて悪態にすらなってない悪態を心の中で突いていると、目の前の女は俺のスマホの画面を覗き込む。

 

 「というか目的地765プロライブシアターじゃん!」

 

 「あ?」

 

 なんと、彼女は765プロライブシアターまでの道程を知っているのか。

 

 「お前、本当に何者?」

 

 疑心暗鬼の状態でそう尋ねると、女の子はまさに元気溌剌といった笑顔で、俺を見て─────

 

 「私は所恵美!まあ、通りすがりの一般人だよ!」

 

 自己紹介された。別に自己紹介して欲しくて尋ねた訳じゃないんだけど。しかし、自己紹介をされてしまった以上一般的な礼儀として、俺も名前を言わなくてはいけない。

 最低限のマナーだ......ソースは母さん。うん、信用に値する。

 

 「そっか。俺は北沢啓輔だ。よろしくな、所」

 

 そう言って俺が差し出した右手を、所は華麗にスルー.....というか忘れたのかは知らないが無視し、まるで有り得ないものを見るかのような目付きで見ていた。

 

 「......『北沢』!?」

 

 「ああ、北沢啓輔だ」

 

 そう言いつつ、手を引っ込める。なんだろ、行動が空回りした時って物凄く恥ずかしいよね。きっと、目の前にいる女の子もなんて馴れ馴れしい奴なんだとか思っていることだろう。

 この瞬間、俺の黒歴史がひとつ刻まれた。タイトルは『思春期だんし!黒歴史と化した勘違い』......うん、これは強い。なんか分からないけど強い気がするよ(小並感)!

 

 「......それってもしかして志保───」

 

 「妹の知り合いか」

 

 「見事に当たってた!?というか反応速っ!」

 

『志保』の名前を出した瞬間、自分でも驚く程の速さでそう尋ねた俺を所は大袈裟なアクションで驚く。勘弁してくれ、志保の名前が出てきたので思わず反応してしまったのだ。

 

 「ああ」

 

 「ってことはー......妹関連で何かあったの?」

 

 「ビンゴ」

 

 俺がそう言って、志保の弁当を見せると彼女......所はニヤリと笑みを見せて、俺の肩を小突く。

 

 「妹想いですなぁ〜、良いですなぁ〜、家族愛!」

 

 ヒューヒューと俺を茶化す所を見て、俺は胸を張る。

 

 「ああ、何せ俺はシスコンだからな!志保は最高だ!可愛い!!」

 

 「良いですなぁ!妹自慢!」

 

 お互いにニヤリと笑い合い、拳を合わせる。一時はどうなるかと思ったが、彼女とは仲良くなれそうだな。彼女には、周りを元気にする能力でもあるのかもしれない。これがコミュ力とでも言うのか。

 と、どうでもいいことを考えていると不意に所が俺の先を歩き始め、一言───

 

 

 

 

 「付いてきてっ、案内するよ!」

 

 

 

 

 ───あたし達のシアターへ!

 

 振り向いて、言い放った言葉の意味は分からなかったけれども。

 

 今現在は所恵美という女に頼らざるを得なくて、俺は渋々目の前の先を歩く所の後を付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フルーティーな香りが、俺の周囲に漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所恵美という少女は、凄まじい程のコミュ力を持っていた。

 今日、成り行きで所に道案内をしてもらっていた俺の今日の感想が、これだ。あれから所は765プロライブシアターの事など、最近流行りの服やらミックスジュースやらの話を俺に教えてくれていた。

 無論、そういったものに疎かった俺はなかなか話題に乗っかることは出来なかったが、一方的に話題を提供する訳でもない所の話し方は意外にも好感を持てた故に苦にはならなかったのだ。

 

 

 閑話休題───

 

 

 「そういえば」

 

 ライブシアターまでの道程を歩いている所の後を付いていっていると所が減速して俺の隣を歩く。

 

 「『所』なんて他人行儀だなぁ、志保だって『恵美さん』って呼んでくれるのに......」

 

 なんと。

 

 貴女は出会って間もない思春期の男子に、名前で呼べと、そう仰るんですか。

 

 「俺はな、滅多に名前呼びはしない主義なんだ。分かったら頬を膨らませた顔を近付けるな!残念そうな顔をするな!」

 

 さっきからやたらと距離が近い所から距離を取りつつ、後を付けようとするも、その距離感はあっという間に詰められてまた距離が近くなる。

 

 「ぶーぶー、いいじゃん別に減るもんじゃなし」

 

 口を尖らせてそう言う所を見て、俺は何とも言えない気持ちになる。確かに所って呼びにくい。あんまり苗字に聞き覚えがないからか、単に俺がアホなだけなのか。どちらにせよ、所って苗字には若干の違和感がある。

 

 「それにさ、所って呼びにくくない?アタシが嫌なんだよねぇ、友達にも『恵美』って呼ばせてるし!」

 

 「俺らいつの間に友達になってたの......?」

 

 あっという間に友達となっているかのような一連の会話術。これがリア充とかいう奴か。やだもう、石崎といい田中といい所といいリア充怖い。

 

 「どうかな!ここはアタシを助けるって感じで!」

 

 「......」

 

 

 まあ、百歩譲ったとして?

 

 これは俺が好きでやってるわけじゃなくて、所恵美という少女にやらされてるってことになるし。

 

 志保とかに『名前呼びとか何考えてるの?』とか言われても、呼ばされてるんだって言い訳できるし。

 

 別に、個人的に不都合はないし。

 

 基本的には名前呼びはしない主義だが、本人が名前で呼んで欲しいというのなら、その希望に応えるべきか───

 

 

 

 「......分かったよ。機会があったらな」

 

 そう言うと、所は指パッチンを決めて、俺を見る。

 

 「やたっ!それじゃあ早速言ってみようか!」

 

 「言う必要性を感じない、却下」

 

 「ぶーぶー!」

 

 より声量を増した所からのブーイングが俺の心を何処かのジェフさんも吃驚なスライダーで抉る。こうなったら仕方ない、心にデッドボールを喰らいまくって俺のメンタルが廃人になる前に、話題転換だ。

 

 「.....志保はシアターではどんな感じだ?元気してるか?」

 

 俺がそう尋ねると、恵美は『にゃはは......』と少し苦笑いしつつ頭をかく。

 

 「他の子達と比べてちょっと孤立気味だけど......良い仲間が沢山いるから自然に溶け込んでいくと思うよ!」

 

 「おお、マジか」

 

 孤立気味っていうのは何時もの志保を想定したらなんとなく分からなくもない。俺が気になったのはそれをカバーしてくれる良い人達がいるか否かだ。

 俺は志保のプロデューサーでもなければ、介入者でもないから直接関わるようなことは出来ない。それに、下手に介入した所で何が出来るわけでもなし、そういった類のものは妹が嫌がることも知っている。心配だけど、見守る事しか出来ない。歯痒いけど、それしか出来ない。

 だからこそ、志保には不器用ながらも同期の人達と仲良くして欲しい。

 

 何をするにしても1人では限界があるから。

 

 何はともあれ、俺の心配事を聞いた恵美は俺の心の靄を振り払うかのような太陽直下の笑みで親指を立てる。

 

 「本気と書いてマジってヤツだよ!なんならスマホでビデオ送っても構わないし!」

 

 「いや、良いよ」

 

 流石にそこまでして頂けるのは、申し訳ない。志保の頑張ってる姿とか絶対に見たいけど、己の欲の為だけに他人に負荷をかけるような事はしたくない。

 志保の頑張る姿を見るのは、彼女の初ステージまでお預けである。ああ、今から楽しみだなぁ。今から心臓ヒエッヒエだよ!

 

 と、心ではヒエッヒエとか言っときながら実の所は『わくわくが止まらないよお』状態になっている俺がふと上を見上げると、そこには『765PRO LIVE THEATER 』と建てられた看板が目に入る。

 

 「見えたっ!ここだよここ!」

 

 歩行を止め、意気揚々とこちらを見て建物を指さす恵美を見て、俺は感慨に耽る。成程あれが765プロかと建物を斜めからから見上げてそう呟くと、恵美は俺の手を引っ張って走り出す。

 

 「ちょ......所さん!?自重!!自重!!」

 

 こんなシーン.....傍から見たら手を繋いで仲睦まじい姿でいるように見えなくもない醜態を妹に見られてしまったら俺はもう羞恥で軽く死ねる。しかし、こんなシーンで俺は死にたくない......!主に!!社会的に!!

 しかし、そんな俺の叫びを他所に恵美の足は更に加速......加速......止まらねぇ!!

 

 「お願い止まってぇ!!」

 

 「良いじゃん別に!!さあドアを開けるよー!!」

 

 「あああああッ!!!!!」

 

 そして、恵美が意気揚々とドアが開き俺が目にしたのは───

 

 睨み合う志保と、もう1人の女の子───どうやら、かなり修羅場な場面に出くわしてしまったようだった。

 

 「......孤立してないようで何よりだ」

 

 俺がそう呟くと、恵美は何故か慌てふためき俺に弁解をする。

 

 「ほ、ほら!あれだよ!!喧嘩するほど仲がいいとかいうしっ......!静香と志保は同世代の仲間のような......そう!ライバルっ!好敵手みたいな関係だよっ!安心して!志保と静香は仲間だから!」

 

 目をぐるぐるさせて、そう言う恵美。それを落ち着かせる為に、俺は恵美に深呼吸を促す。

 

 「はいストップ。先ずは深呼吸なー」

 

 恵美は言われるがまま、スーハーと深呼吸する。それを確認した俺は肩を竦める。

 

 「気にしちゃいねえよ。寧ろ安心した」

 

 「あ......安心?」

 

 こくりと頷き、俺は続ける。

 

 「志保があんだけ自分の主張を同年代にぶつけるなんて見たことなかったし......いや、寧ろ羨ましいわー。あんだけの事を言える仲だなんてー......と、俺はこのまま見てても良いんだけど、恵美は止めなくて良いのか?」

 

 そう言うと、恵美はハッとなって、またしても顔を強ばらせる。簡単に言うと、顔が二段変身した。

 

 「今さり気なく恵美って......だああああ!!そんなこと今気にしてる場合じゃなかったぁぁ!!」

 

 慌てて恵美が志保と静香と呼ばれる女の子の間に入って仲裁する。話を聞く限りでは練習方針の食い違い、か。まあ俺はアイドルの練習とか知らないし、それよりも優先しなきゃいけないことがあるんだけど。

 

 「おーい!志保ー!」

 

 お互いがそっぽを向き、漸く話が終わったかというタイミングでドアの前にいた俺は志保に声をかける。すると、その声に気が付いた志保は小走りで俺の元へ向かい、早速両肩を掴まれ、揺さぶられる。

 

 「兄さん!本当に兄さんなの!?こんなに早く来たこともない場所に来れるなんて......!」

 

 開幕早々失礼なこと言われてる気がするんですけど。それよりもだ。

 

 「所さんとやらに助けて貰ったんだ。それと後で志保説教な?」

 

 色々な意味で。や、もう失礼なこと言われたこととか弁当忘れたこととか色々。

 

 「そう......恵美さんには感謝しなきゃね。ああ、それと兄さんこそ後で正座よ」

 

 「ちゃっかり覚えてやがった......!?というか元はと言えば志保が弁当忘れたところから始まったんだぞ?」

 

 「それはごめんなさい。説教は甘んじて受け入れるわ。だからこそ兄さんも正座で私を心配させてしまったこと、詫びてほしいの」

 

 「なして俺が正座しなきゃいけないんですかねぇ......!?」

 

 北沢啓輔は激怒した。必ずかの邪智暴虐な妹をなんとかせねばならないと。

 何とかしようと顔を引き攣らせながら志保を見ると、目の前にはまたしても仲裁に入った恵美がこちらを苦笑いで見つめていた。

 

 「はいはい!ストップストップ!兄弟水入らずで喧嘩は良いけど場所は考えよ!」

 

 ふむ。

 

 確かにそうだった。良く良く周りを見渡すと今の今まで様々な場所にいた女の子達が何事かとこちらをまじまじと見ている。

 やましい事は何も無いが、用がないのにこれ以上長居するのも良くはない。そこで、志保に弁当を渡したことにより手持ち無沙汰になった俺は志保の方を見て、笑顔を見せる。

 

 「正座は甘んじて受け入れる。ああ、後は......頑張れよ」

 

 そう言うと、志保は少しだけ───俺にしかわからない程度に口角を上げて。

 

 「分かってるわよ、兄さんも帰り道......気を付けてね」

 

 そう一言だけ言って別の場所へと向かっていった。

 

 「道案内、ありがとな恵美」

 

 「んん!気にしないでいーよ!それに、志保の意外な面も見れたし......ねぇ?」

 

 何だか志保関連でとんでもないくらい嫌な予感がするのだが。

 

 「......お手柔らかに頼む」

 

 両手を合わせてお辞儀、ななめ45°の姿勢を取ると『にゃはは』と独特な笑い声を上げた恵美は俺の肩をぽんぽんと叩く。

 

 「志保の事は任せて!後は......そうだ!」

 

 と、恵美がぽんと拳と掌を合わせた乾いた音がしたので前方を向くと、恵美は俺にピースサインを向けて高らかに声を上げる。

 

 「アイドルとしてのアタシ......所恵美をヨロシクね!」

 

 ああ、薄々勘づいてはいたが彼女もアイドルだったらしい。恐らく彼女の今日イチとも称されるであろう笑みと同時に、俺の中でリア充で美人のアイドルの卵と親しく話してしまったという黒歴史が新たに追加された。

 

 「は、はは、はははは」

 

 乾いた笑いだけが、俺の口からは発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路についた流れで、昼まで何もやることのなくなった俺は、バイトの予定こそ立っていなかったが渋谷生花店で適当に手伝いをしていた。

 とはいえ、特に特別な事をするまでもない。ただ単に店番して、接客して、渋谷と話す。ただそれだけの事だったが、暇つぶしにはなったのだ。

 

 「それにしても、啓輔の方向音痴って相変わらず治ってないんだね」

 

 「喧しい」

 

 先程までの話を凛に話すと、予想通り凛が俺を見てクスリと笑う。

 渋谷凛という少女は、人をからかうのが本当に得意な女だ。尤も、それは慣れ親しんだ人間にだけなのだが。これから凛と友達になるであろう人間が個人的に不憫に思えてならない。

 

 「大体志保が弁当を忘れたのがだな......」

 

 「はいはい、どうせ妹が悪いだなんて欠片も思ってないんでしょ?」

 

 「......まあ、そうなんですけど」

 

 「なら、思ってもないことは口に出さない。あんたが方向音痴だったから志保に正座させられる。それで良いじゃん」

 

 「そうなんですけどさー」

 

 「敬語だかタメ口だかはっきりしないよね......」

 

 俺のはっきりしない態度に渋谷は何とも言えない表情で俺を見る。端的に言ってしまえば顔を引き攣らせて、可哀想なものを見るかのような目付き。いや、そんな表情出来る渋谷さん凄い!きっと将来役者になれるよー!

 

 渋谷が役者となり敵をバッサバッサ斬っている様子を想像しながら、茶を飲みこむ。

 

 

 

 

 

 

『踊ってるの───?』

 

 

 

 

 

 「ははははは!!!」

 

 「なんか凄い失礼な事考えられた気がするんだけど、取り敢えず泣くまで殴っていい?」

 

 「......すみません」

 

 流石、長年バイトを共にこなしてきた戦友───もとい好敵手だ。俺の考えている低俗な事など渋谷にとってはお見通しならしく、さっきから手首を回して臨戦態勢でこちらを睨みつけてらっしゃる。

 何処の紫髪のバイク通学委員長だよ。と心の中で悪態を付いていると、渋谷はため息を吐いて、俺に尋ねる。

 

 「何かあったの?」

 

 「は?」

 

 「啓輔が悩んでいる時っていうのは大抵訳わかんない言い回しをするからね。何かあったんでしょ?」

 

 

 

 

 

 .........

 

 

 

 

 

 ...............

 

 

 

 

 

 「......はあ、やっぱりバレちまうか」

 

 俺は、目の前で微笑む少女を何処かで甘く見ていたのかもしれない。誰にもバレないであろう俺の悩みもこの少女にはきっと筒抜けなのだ。

 尽く秘密ごとがバレる18歳。うん、だっせえ。

 

 「言っとくけど啓輔の隠し事の下手さは重症レベルだからね。バレてないとでも思ったの?」

 

 「ああ、寧ろバリバリで隠せてるんじゃねえかって現在進行形で考えてた」

 

 「阿呆ここに極まれり、だね」

 

 「うっせい」

 

 そう言った俺は、お茶を啜り喉を潤した後に頭に残っていた悩みを言葉に変換する。

 

 「俺さ、分かんねえんだよ」

 

 「何が?」

 

 「俺がちゃんと『兄』としてやっていけてんのかって」

 

 そもそも、兄って何をしたら兄なのかなと思う時が時々ある。弟妹の夢の応援をするのが兄?それともただひたすらに前を見て、手本を見せて、目指すべき指針となるのが兄?

 それとも、もっと他のことを当たり前のようにこなせてるのが兄なのか。俺は、志保や陸にとって『頼れる兄』でいられているのか。俺には分からない。

 甚だ不安だ。俺は兄としてやっていけているのか。

 

 「急に何を言い出すのかと思えば......」

 

 渋谷がそう言ってため息を吐く。失礼だとは思わない。寧ろ、いきなりこのような事を他人に言われれば誰だって困惑する。実際に俺だって石崎やら田中やらにそんな家庭内の事情聞かれたら困るから。

 けれど、俺は聞いてみたかった。この目の前の友達なのか親友なのか分からないこの女に、俺は『兄』としてやっていけてるのかを。

 

 「ずっと、前だけ向いてきたからな。いざ後ろを振り向いたら見えてるはずだったものが見えないんだよ」

 

 「......そういうもの?」

 

 「どうだろうな、昔から見えてなかったかもしれない。けれどあの時の俺が見えてなかったのは確かだったんだ」

 

 いわば、中学時代前半の俺は弟妹に無関心だったのだ。ただひたすらに『夢』を追い続けて、弟妹を蔑ろにし続けてきた。言い方は悪いんだろうけれど、中学時代の俺は志保を、そして陸をないがしろにし続けてきたと自負している。

 第三者がなんと言おうとこの評価が変わることはない。これは、他ならぬ俺がそう思っていることなのだから。

 

 「......そっか。啓輔は悩んでいるんだね」

 

 「......お前だって分かってんだろ。俺がここまで家族のことで悩むようになっちまった原因が」

 

 いわば、今の俺が今の俺たらしめる原因を。家族のことを優先して、学校を億劫に感じて、不真面目、不勤勉、寝坊助な原因───

 

 

 「俺が『部活』やってない理由」

 

 俺が1つ間を置いてそう言うと、凛は少し真顔で頷く。

 

 「うん。分かってるよ」

 

 「......そりゃそうだよな。お前と俺って小学生の頃からそれなりにつるんでいたしな」

 

 出会いは、小学3年生の頃だった。家族のプレゼントを花にしようと思い、近場の生花店を選んだ時に初めて来た生花店が渋谷生花店だった。

 そして、たまたま店に迷い込んできた凛と、俺は入口の手前でずっと睨み合っていたのだ。

 凛は、警戒心を露わに。

 俺は、その警戒心に反抗するかのように。

 

 そこから紆余曲折を経て、仲良くなった。学校が同じなのも幸いしたのか、少しずつ気安く話しかけられるようになった。

 

 そして、今はこうして事情を知りつつもこうして気安く話しかけてくれる。それだけで、俺は有難かった。

 

 そんな彼女は俺を見て呆れながらも笑みを崩さずにこちらを見続ける。

 

 「何年啓輔の腐れ縁やってきたと思ってるのさ。あんたが頑張ってたってことは人並みに見てきたつもりだし、分かってる......ま、私に分かられたって嬉しい訳ないんだろうけど」

 

 「そんなことない。現にこうして心がウッキウキな俺がいる」

 

 「無理矢理奮い立たせてるんでしょ......」

 

 あは、バレてしまったか。

 

 「実は今、少しだけ落ち込んでるんだ」

 

 それは、思い出す必要のない過去を思い出してしまったから。あの時の『夢』のようなナニカに縋り付いていた俺を思い出してしまったから。

 

 「やっぱり、か」

 

 渋谷は、ため息を吐いて俺を見る。そんな光景も最早当たり前のように感じてしまう。俺の言うことなすことにため息を吐かれ、それでも何かと世話を焼いてくれる。果たして年上はどっちなのか、実年齢を教えずに誰かに聞いたとしたらその誰かさんはどっちを選ぶだろうかな。

 俺が思うに、それは渋谷を選ぶ人間が多いんだろうなと。きっとそう思う。

 

 「あのさ」

 

 渋谷が俺を真剣な眼差しで見つめる。それに釣られて、俺の視線は彼女の鋭い眼差しに釘付けになる。

 

 「啓輔はさ、『変わらないもの』見つけた?」

 

 その問い───何度も何度も問われているその問題に、俺は昔から同じ回答をし続けている。

 

 「───欠片も見つからねえよ」

 

 最早、その考えすら放棄しているのかもしれない。何せ、俺はこのお題に対して何を思うことも無くなったのだからな。

 

 何もかも、変わらずにはいられない。

 

 そんな言葉を風の便りで聞いた時、俺は天啓を得たかのような、もしくは諦観を覚えたかのような、そんななんとも言えない想いを得た。

 

 それからの俺はというものの、その言葉を思い出しては、実感。思い返しては実感を繰り返し、心を痛めていた。まあ、痛めたといっても対してダメージは少ないし、鬱にもならないし、本気で悩んでいるヤツらにとっては俺のそれなんぞフンコロガシのフンのようなものなのだろうが。

 

 「......渋谷、俺は昔からひとつだけ信じているものがある」

 

 「うん、それも分かってる」

 

 そう、渋谷凛という少女が俺に同じ質問をするのと同様に俺という人間も彼女に対して同じ回答を繰り返している。

 だからこそ、彼女はこれから言うであろうその一言を覚えていたし、知っていた。

 

 「『変わらずにはいられない』とでも言うんでしょ?」

 

 その言葉に、待ってましたとシニカルに笑う。

 

 「正解した渋谷凛選手には啓輔検定1級を贈呈しよう」

 

 「うん、それはいらない」

 

 「辛辣だな」

 

 渋谷は、その言葉に冷たい眼差しを送るものの直ぐにその瞳を渋谷にとっては珍しい優しい笑みを孕んだ瞳に変えて俺に言う。

 

 「啓輔が志保や陸のお兄ちゃん出来てるかどうかは私には分からないけど。今の私がいるのは啓輔が私の面倒を見てくれたり、話しかけてくれたりしたからだよ。そんな啓輔が妹弟に関して道を違えることは絶対にない......断言出来るよ。だから自信を持て......とまでは言わないけど、虚勢位は張りなよ。『俺は志保と陸の面倒を見れてるブラコンでシスコンの北沢啓輔だ!』って感じにさ」

 

 「ふむ......?」

 

 虚勢、か。

 

 なかなかに斬新なアイデアだ。お前本当に俺より年下か。

 

 そんな面持ちで渋谷を見ると、渋谷はまだ言い足りないかというような表情で少しだけ笑う。

 

 「啓輔のブラコンシスコン子供好きは筋金入りだからね。そんな啓輔だったら何故か監視なんて事しなくてもお兄ちゃんやってる......そう思っちゃうんだよね」

 

 あ、子供好きって要するにショタコンか......と、何やらとんでもないことを口走ってやがる渋谷を見て、俺は過去を少しだけ思い返す。

 

 弟......陸と、妹である志保に全くもって構っていなかった酷いお兄ちゃんだった過去。

 妹弟たちは気にしていなくとも、俺にとっては気にする。

 

 

 

 

 北沢啓輔の人生の『汚点』だ。

 

 そして、その汚点は俺の記憶に度々現れては俺の心境を大いに狂わせる。

 

 

 

 

 

 「......なんてね」

 

 まあ、そんな汚点を作り出した原因とはとっくのとうにおさらばしたのだから最早そんな事柄を思い出す必要はない。なんなら変わらずにはいられないその記憶とやらを新しい、楽しい記憶で塗り潰していけばいいのだ。

 

 俺と、母さんと、妹と、陸と。

 

 そして、少ないけど特徴があって愉快な友達と。

 

 「うん、分かったよ」

 

 「何が」

 

 すかさず聞こえる渋谷の疑問の声に、俺は胸を張って答える。

 

 「明日から虚勢を張って生きている俺の未来」

 

 「へえ、その心は?」

 

 ああ、そりゃ勿論───

 

 

 

 

 「田中(委員長)にあっという間に見破られて、チョップを喰らう1日」

 

 

 

 

 そんでもって、その1日は、日常は何処かで崩れる。

 

 

 道を違える。

 

 

 俺も、田中も、石崎も、それぞれの未来がある。

 

 

 分岐して、違えて、すれ違って、時が経って───

 

 

 そして、時が経った俺の元には変わらないと信じていたものは、微塵も残らず砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 俺は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『変わらない』を信じられない俺自身が、心底大嫌いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新撰組ガールズすこ。

2019/07/25 11:01加筆修正
「オワタァァァ!?」⇒「あああああッ!!!!!」
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