第8話 謝るのがステータスになっているのはちょっと駄目な気がする
かつて、俺には夢があった。
それは、俺にとっては無謀で、無計画で、それでも壮大で希望に満ちた夢。
夢があったから野球が楽しかった。
夢があったから野球が上手くなった。
夢があったから野球が出来たんだ。
仮にその夢を純粋に追いかけられていたのなら、俺はその夢を叶えることが出来たのだろうか。その先にある幸福へ、俺は進めたのだろうか。
それは、今の俺には分からない。
『夢が壊れた』俺には、一生知ることが出来ない。
野球は、嫌いだ。
野球には、酸いも甘いも含めた沢山の思い出があるから。
そして、今では壊れ、崩れた夢を持っていた頃の俺を思い出してしまうから。
何度だって、言ってやる。
『俺は────』
☆☆☆☆☆
その日は、驚くべき一言から始まった。
そう言っても、過言ではない。
新年が明けて、2回目の登校日。朝、いつも通りギリギリに起きて、ギリギリで支度して、ギリギリで学校間に合って、ギリギリ田中さんの馬場チョップを回避することに成功したギリギリじゃないと生きていけないらしい俺は、田中に寒い目で見つめられながらも教室の自分の席に着き、ふらふらと悠々自適な時を過ごしていた。
「新年経ってもギリギリの癖は変わらず......か」
田中がそう呟いて、こめかみに手をやる。その様子はまるで出来の悪い子供の対応に困る母のような姿であり、不覚にも自分が情けなくなってしまった。
とはいえ、多少自分が情けなくなった程度で行動を改めるのならば、とっくのとうに行動は改まっている。
「ははっ、いっその事チャイムと同時に教室に入ってこようか」
───途端、頬に鈍痛が走る。痛みに悶えながら田中マッマを見ると、田中はニコリと黒い笑顔を見せながら俺の頬に手を伸ばしていた。
「抓るよ?」
「うん、ごめん。調子に乗り過ぎたのは謝るから有言実行やめれ、痛い」
しかも、次第に力が強くなっていくのだからタチが悪い。どうやら、今の田中には遠慮なんてものは持ち合わせてないらしく、俺はひたすら田中の抓り攻撃を耐えていた。
すると、次第に田中の抓る力は弱まり、手は俺の頬を離れる。そんな田中の様子を見て、やっと解放されたのか、そうなのかと内心コロンビアガッツポーズをして浮かれていると、田中はニヤニヤしている俺の顔を見て、少しばかりのため息を吐いた。
「常に規則正しい生活を送って余裕を持って行動する。そうすれば日常にゆとりを持つことが出来るし、何より健康に良いんだよ?」
「規則正しい生活、か」
「因みに北沢くんは何時も何時に寝てるの?」
「10時」
その瞬間、田中の顔は驚きに包まれる。なんだろう、今日の田中は表情がころころ変わるなあ。その表情ひとつひとつが画になるのは、やっぱり田中が演劇部の部長として演劇に真摯に取り組んでいた故か、と思っていると、田中はその表情のまま続ける。
「......私としてはその時間に寝て何故そんなに惰眠を貪れるのかを聞きたい所なんだけど」
「そりゃあお前、俺を誰だと思ってるんだよ。惰眠マスターのケイスケだぞ?」
「随分マスターになるのが簡単そうな称号だね......」
うっせい真面目マスター。こちとら妹にも何度も何度も寝坊助を叱られているんだ。
この前なんか遅刻間際でぼーっとベッドでうたた寝していた俺の頬を思いっきり抓ってきたんだぞ。そんな痛い思いをしても寝坊助が治らないってことはそれ即ち、俺の寝坊助&惰眠は一種のステータス......否、俺の天命ってことになってるんだよ。『ちゃんと寝てね☆』っていう神のお告げなんだ。
「......今、本当にどうしようもないこと考えなかった?」
「考えてない」
そして、心を読むのは止めろ。冷や汗かくだろうが。
そう思い、内心田中の読心術に肝を冷やしていると俺と田中の前に言わずとも知れた野球バカが現れ、ドヤ顔で身を乗り出す。迫力あるそのドヤ顔はまさに男前───なんて、またしても頭の中で馬鹿な事を考えていると、今度は読心術なんぞ心得てもいないだろう真正の馬鹿、石崎洋介が俺の肩を掴みながら耳元で叫ぶ。
「球技大会だっ!!」
「耳元で唾を吐きかけるな、気色悪い」
「辛辣!?お、お前心友と書いてズッ友と読む間柄にある俺になんて事を───!?」
「うん、ごめん石崎くん。今のテンションは流石にちょっと......ダメ、かな?」
「田中まで!?酷い!!酷すぎるよっ!現実は......残酷や!」
それを言うならお前が最近ハマりだしてるホラーゲームも随分残酷だと思うけどな。現実を残酷と言ってしまう位ならお前が常日頃からゾンビーズに殺られて『こ......興奮するぜッ!』とかいって授業中や休み時間にこっそりピコピコやってるゲームにも残酷って言ってやってほしいものなのだが。
後、事ある毎に『嘘だッ!』とか言うの止めろよな。昔やってたゲームを思い出すからさ。
「......ああ、そうだ。確かに球技大会近いよね。そろそろ練習とかするのかな?」
さて、先程から項垂れて地面にのの字を書いている石崎を他所に、思い出したかのようにそう尋ねてきた田中に俺は『知らん』と肩を竦めて溜息を吐き、何処と無く呟く。
「球技大会、か」
かつて、暇を持て余した運動部員がこぞってやる気を出していた例の運動部の運動部による運動部の為の玉遊び。中学生時代は渋々参加していたが、高校生になって初めの球技大会は体調不良を理由に欠席した。無論、今回も体調不良を理由に応援に回る予定である。
「北沢くん、何かやるの?」
「おサボりって競技があるなら是非是非参加したいんだが」
サボりと惰眠なら一等賞を取れる自信があるぞ。
「そんな競技あるわけないでしょう」
「なら出ない。拒否権を行使する───」
「即答───!?」
田中から驚きの声が上がるも、俺はそれを華麗にスルーして石崎を見る。石崎は依然として地面にのの字を書いてぶつぶつ言っている。俺はそんな石崎の坊主頭をペシっと叩き、正気に戻させる。てか、こいつの頭感触いいな。ツルッとしてて気持ちがいいぞ。
「痛ってえな!馬鹿になるだろうが!!」
「お前の場合もう馬鹿だから関係ない。それよりも、分かってるな石崎。今回の球技大会は俺は出ないぞ。体調不良で欠席する未来が見えたからな」
「テメエが勝手に未来を捏造してんだろうが......!」
石崎はわなわなと震えながら俺を見る。やだなあ、そんな熱い眼差しで俺を見ないでくださいよー。そんな目で見られても俺はお前の期待には応えられないぜ?
冗談はともかく、俺は球技大会には出たくないのだ。その為には何をしたらいいのか、それは球技大会を取り締まっている体育委員の石崎に早い内に休養宣言をしてしまう事だ。生憎、我が高校の球技大会種目は団体戦が多い。それ故に1度でも頭数に入れられてしまえば、休んだ後にクラス中から強烈で鮮烈なバッシングが襲うだろう。只でさえメンタルがボロ雑巾の俺にそれはキツイ。絶対にキツイ。
「大体お前だって分かってんだろ!?俺がその手の競技が嫌いなの!腐れ縁さんよォ!」
「知らねえよ!てかお前普通にやればどの種目でもハイレベルにこなせるだろうよ!!なまじ運動神経は良いんだからよ!」
「かーっ!分かってねえなぁこの石像は!上には上がいるんだよ!!それに比べたら俺の運動神経は並より下なの!クソなの!お前の頭と同じでな!!」
「せ、石っ......言いやがったなこの野郎!!」
遂に石崎がこめかみに青筋を立てて俺を見据える。しかし、それがどうした。お前の怒りなんぞ俺は既に分かっているし、見切っている。
「......なあ、石崎。そろそろお前とは決着を付ける必要があると思うんだよ」
「ああ......そうだなぁ。前々からお前のアップルパンチにはうんざりしてたんだ。丁度良い、ここら辺で俺をペシペシ殴っている事がどれ程愚かな行為なのか、身を以て分からせてやんよ」
「......え、待って。何で北沢くんと石崎くんが決着をつける羽目になっているの?」
田中が何やら怪訝な表情でこちらを見るが、そんなことは俺の知ったことではない。今、俺は目の前の石崎を熱い眼差しで見ることで精一杯なのだから。
そして、何よりアップルパンチにうんざりする奴には負けられない。何故か分からないが、俺の心の中に眠る獅子の魂が今回限定で蘇ったのだ。今ならいける、そんな気がしてならない。
「容赦はしねえ!安心して昇天しろ石崎ィ!!」
「ほざけ!!ろくに運動してねえ奴に俺が負けてたまるかァァァ!!」
2人揃って飛び出し拳を振り構える。俺はそのままストレートを打つために、腰を捻る。対する石崎は独特なステップを刻み、見るも明らかなアッパーを繰り出す為に上体を低くする。
そして、同時に放った拳と言葉は───
「アップルパンチ───ぶふぉ!?」
「熱男ぉぉぉ───へぶしッ!?」
両者相打ちの、手痛い一撃となってしまった。
「みぞ......鳩尾痛い......!」
「畜生......!喉に拳喰らわせんじゃねえよ......!」
目の前には喉を抑えながら悶絶している石崎が、俺を苦し紛れに見つめていた。かくいう俺も鳩尾付近にアッパーカットを喰らった為、かなり痛くて蹲っている。
石崎の熱男の威力を心底思い知ると同時に、拳に走った確かな感触に浸っていると、突如視線の恐怖を感じる。所謂、鋭い剣の切っ先を向けられているかのような感覚に陥った俺は、恐る恐る後ろを振り向く。すると、そこにはジト目でこちらを見やる委員長、田中が。おのれ、視線を送っていたのはお前か。
「......二人共、何やってるの?」
恐らく、俺の記憶史上最も恐ろしいオーラのような何かを引っ提げ、田中は尋ねる。
先程まで悶えていた石崎は、田中の表情を見るなり無言で土下座を敢行する。幾ら潔さが大事だと言っても無言で速攻土下座って立場的にどうなん?貴方仮にも野球部キャプテンのリア充ですよね?
......なんて、場違いな事を頭の中で考えている俺も、内心では土下座しようかなー、なんて考えており、さっきから両手がわなわなと動いている。その動き、まさに変態。自分でもそう感じてしまう醜態に俺は心が痛くなりました。
まあ、結局のところここまで田中さんに言われてしまえば、端的に言って『非』しかない俺達は頭を下げるしかなく───
「......自分マジで調子乗ってました、すいません」
「.....さーせん」
しっかり者の委員長に、俺達は土下座でこの場を切り抜けようと、頭を教室のタイルにくっつけた。
☆☆☆☆☆
あれから、田中によって強制的に仲直りさせられた俺と石崎は特に蟠りを残すこともなく、最後は清々しい程の握手をすることで、田中の機嫌を戻すことに成功した。
委員長のジト目から逃れる為の方法が握手という何とも言えない攻略法であったが、まあいいだろう。別に石崎と仲直りをした事で何かが大幅に変わる訳でもない。変わるというのなら、それは石崎の『野球やろうぜ!』口撃が緩和されることくらいだろう。
そう、俺の安寧は守られた───石崎に殺られることも無く、田中さんのジト目も元通りになり、今日の授業は殆どが自習。ここから先はまさに独壇場、惰眠し放題の睡眠入りっぱなしモードへ移行できるものだと......現時点までの俺はそう思っていた。
不意に、目が覚める。
時刻は12時、昼食の時間だ。あれから随分と惰眠を貪ってしまっていたらしく、机の上には手付かずの課題と適当に漁っていた大学のパンフレットやら何やらが乱雑に置かれていた。
辺りは自習故にざわざわしている。最近流行りの服やら化粧水やら髪型やらの話だろう。尤も、俺にとってはそんな話は分からない上に興味もないのだが。
ぼんやりとしていた視界が次第に開ける。それと同時に前を向いていた俺が最初に目にするのは必然的に黒板の方となる。それ故に、俺は黒板に書かれていた文字に目を見開き、驚愕することになる。
それもそのはず、そこには球技大会と大きく黒板に書かれており、バドミントンと書いてある所に大きく俺と田中の名前が記入されていたのだった。
「お、おい......」
俺は、球技大会は不参加でお願いしますと言った筈だよな。果たしてあの野球馬鹿は何をお聞きになりやがってたのでしょうかね?
というか球技大会がある事すら石崎とのタイマンで忘れてた───てへっ、なんて寝起き早々気持ち悪い事を考えていると、俺が起きた事に気付いたらしい田中が申し訳なさそうな顔で俺の肩をつつく。
「田中......?」
「ごめん、今回の球技大会全員参加って言うの忘れてたって石崎君が」
「おい......石崎それ......!先に言ってよぉ......!!」
不覚だった。
思い返されるのは1年生の時に参加していた体育祭。部活動にも所属していないやる気のない俺は体育祭のありとあらゆる競技に難癖を付けて、参加することを拒否した。
全員参加が求められていなかった1年生の球技大会では、拒否する俺に種目選択を強制する輩はいなかった為、俺は何の競技に参加することもなく、悠々自適に時を過ごすことが出来ていたのだ。
そして、今回の球技大会も悠々自適な時を過ごせるのだと錯覚していた───
「仕方ないでしょう。北沢くん、全員参加なんて初めから言ったら適当に個人競技選んで適当に不戦敗するだろうし」
「流石田中、俺のやらんとしていることがパーペキに分かってらっしゃる!」
「北沢くんが分かりやすいだけだよ......」
失礼だな。まあ、俺が分かりやすいとか言われてんのは事実だし、色んな奴から言われてるから別にいいけどさ。
「それにしたってバドミントンとは......しかも田中とって......」
「む......何か失礼だよそれ」
「そういう訳じゃないって。折角の楽しい球技大会をお前は俺『なんか』と同じ競技で過ごしてて良いのかって言ってるの」
大体、クラスで人気者の田中なら頼まなくても他の女子やら男子やらと球技が出来るだろうて。
そんな至高の時間を俺のような不良生徒と一緒にバドミントンして時間を潰して良いのか。
そのような意味を持った言葉を発すると、田中が何故かジト目で俺を見返す。あ、やめてください。その瞳は俺のメンタルに響く。
「北沢くんは自分をなんだと思ってるの?」
「不良生徒」
「即答......まあ、北沢くんらしいけど」
「というのは建前で、実際の俺はシスコンブラコン変態お兄ちゃんなのだよ!」
「うん、確かに妹にジョルトカウンターされたのを自慢する北沢くんは変態だね......って、そうじゃなくてっ」
失礼な言葉を発しかけた田中はその言葉を1度区切り、俺の目を見つめる。その眉目秀麗な顔付きは、若干の怒りと、悲しみをミックスさせたよくわからない顔付きだった。
「北沢くんは、確かに不良生徒だよ。遅刻はするし、偶に失礼なこと言うし、直ぐにサボろうとするし......うん、それに関してはもうフォロー出来ないくらいに不良生徒やってると思う」
「お前は俺を貶したいのか?それとも罵りたいのか?」
「多分罵りたいのかも」
「見事に喧嘩吹っかけやがったな、よし表出ろ田中」
俺がそう言って立ち上がろうとするも、それは田中さんの頬を抓る攻撃により阻止される。というか田中さん無視するとかやだもうこの子酷すぎる───
なんて、考えていると抓られていた頬を開放された後、田中が俺を真剣な目で見つめ、一言───
「だけど、私にとってそんなレッテルは北沢くんを忌み嫌う原因にはならない。私は、私が北沢くんと球技大会をやりたいから一緒にバドミントンをするんだよ」
そう言って、ニコリと笑う田中さん。その一方で、俺は目の前の女の子の思わぬ言葉に驚き、目を見開いてしまった。
俺は迂闊だったのだ。田中がそこまで考えてくれていたにも関わらず自分を勝手に卑下して、折角の誘いを有耶無耶にして断ろうとした。今、自分の目の前で起きていることを認識できていない証拠だ。結局物事というのはなるようにしかならない。今自分が何を要求されているのか、それを考え、出来ることなら流されていく。それこそが今の現代人がストレスやら重い何かを提げない秘訣なのだ。
ならば、北沢よ。お前がやらねばならないことはなんだと自問し、今までの自分の行動を詫びようと頭を下げる。
「.....まあ、何だ。そこまで考えてくれていたのに俺『なんかと』なんて言うのは失礼だったな。すまん」
「別にいいよ。北沢くんがそういう人だってこと、分かってるから」
「ああ......お前の中で俺は随分と失礼な評価をされている節があるけどな」
「失礼な、ちゃんといい所も知ってるよ」
ほう。
なら、何処が良いのか当ててもらおうではないか。尤も俺の良いところなんて俺自身分かっていないのが本音なのだが。
「例えば?」
俺が、皮肉るようにそう尋ねる。すると、田中はあっけからんとした表情で俺を見て一言───
「マザコンな所とか」
「よっしゃ表出ろ真面目カチューシャ」
このあと無茶苦茶口喧嘩した。
☆☆☆☆☆
球技大会───以前の俺にとっては縁もやる気の欠片もないイベントだった筈なのだが、頭数に入れられてしまった以上、人様に迷惑をかけることを望まない俺はやはり球技大会に参加せざるを得ないのだろう。
競技内容はバドミントン。はっきり言おう、俺にとっては縁もゆかりも無いスポーツだ。似たような競技でバレーとテニスをやったことはあるが何方も上手くいかず、ピンとこなかった為にテキトーに不真面目にこなしていた。てか、野球以外の競技のルール真面目に分からない。バスケの人数は何人だっけ、11人だったか?確か、サッカーが5人でやるんだったか?
まあ、そんな状態の俺がバドミントンなんてもののルールを知っているわけないし、そもそも球技大会なんて遊びだし別にそこまでマジにならなくてもいいんじゃねー?なんて、最初はそう思っていた。
もう一度言おう。
「最初はそう思っていた......!」
「急にどうしたの......?」
おっと、心の声が出てしまったみたいだ。いけないいけない。心の中で留めておくものは留めておかないと俺の周りが周りなだけに幾ら命があっても足りない。
閑話休題───
「......もう一度、言ってみようか」
先程まで、考え事に耽っていた俺は改めて田中を見据える。彼女の目は、まさに
「練習しよう」
「俺が素直に練習するとでも思ってんのか?」
もし、仮にそう思っているのだとしたら俺は田中の頭の中身をリセットさせてやらなければならない。果たして田中が俺のスポーツに対する姿勢をどう感じているのかは甚だ疑問だが、少なくとも俺はスポーツに熱意やら熱情やら情欲やらを感じる程清々しくない。
寧ろ、1周回ってサボることに熱意を持っているまである。
「大体、どの時間に球技大会の自主練習をするんだ?体育の時間は球技大会の練習に使ってもいいらしいけど、絶対お前体育の時間以外も練習しようとしてんだろ」
俺が、田中の言っていた自主練習とやらに疑問を呈すると、田中はあっけからんとした表情で頷く。
「まあ、それはそうだけど」
「......やめとけやめとけ。てかお前アイドルだろ。球技大会に気合を入れすぎて怪我とかしたらどうするんだよ。時間を無作為に治療とリハビリに費やすことになるんだぞ?」
「......そんな事言って。実は自分が1番休みたい癖に」
「バレた?」
「バレるよ!」
田中はおちゃらけた調子でそう言った俺を一喝し、俺に詰めてかかった。その動き、まさに疾風の如く。俺が気付いた時には、田中は既に俺を見上げじっと睨みつけていた。
「常に目先の勝利に全力で戦っていく......確かに北沢くんの性格からしてそんな事するのは難しいんだと思うけど、折角の球技大会なんだから勝ちに行こうよ!」
「あのな、別に俺戦いとか求めてもいないし敵を踏み潰すような趣味も持ち合わせてないの!分かったらその可愛い顔をこちらに寄せて来るな!怒っているのは分かるが詰めてかかるな!周りの視線が痛いんだよ!!」
現に、周りがざわついているのを田中は理解した方が良い。ただでさえ球技大会とか面倒事が目白押しなのに、根も葉もない噂とかが出来上がってしまった日には俺はもうストレスマッハで死んでしまう。
やがて、周りの視線に気が付いた田中は辺りを見渡した後、コホンと咳払いをして若干赤く染まった顔を俺に見せる。表情が幾らか緩和している所からして、冷静にはなれたようだ。いいね、やっぱり人間COOLにならないとね!間違ってもKOOLにはなっちゃダメだからね!
「......本当に、ダメかな?」
その表情を見て、俺は少し後ろ髪を引かれる思いになる。一応、警告はしたつもりだ。それでもやると言っているのならば、俺は付いていくべきなのだろうしやらなければならないのだろう。折角誘ってくれたのだ、寧ろやらなければいけないだろう。
「......んー」
なら、折衷案で行こう。そう思った俺は田中を見てひとつの提案をする。
「プレゼンをしてみてくれ」
「え」
「知ってんだろ?こう......俺が球技大会の練習をやって得があると思える何かを俺に言ってみてくれよ。その結果『おっ』て思えるものがひとつでもあったら俺は本気でバドミントンやるよ。約束だ」
「......本当?」
「ああ、嘘は吐かないよ」
正直、『ラブアンドピース』とか抜かしてこの場を凌ぎたいのが本音なのだがそれを言った暁には周りに変な目で見られるだろうし、何より面倒だ。そして、球技大会の練習をやることで俺に何か得があるのだとしたら、それほど俺にとって喜ばしいことは無いのだ。
故に、先ずは話を聞こう。その後でやるか否かを決めれば良いじゃないかと頭の中で自問自答して田中の話に耳を傾けるべく、席に着き田中の言葉を待つ。
鳥の鳴き音を耳をすまして聞いて時間を潰す。やがて、考える素振りを見せていた田中が意を決したかのようにこちらを見るのを確認すると、俺は少し口角が上がる感覚を得る。
「......北沢くん」
「おう」
「北沢くんは、誰かに応援されたことってある?」
「あるな」
かつて、俺が野球をやっていた頃に家族が応援してくれてたな。尤も、それも小学生が終わる頃には各々の事情があったことで家族が応援に来れなくなり、その感覚は薄れてきているのだが。
「誰かに応援されるって本当に気持ちいいことだと思うんだ。プレー中、厳しい時に後一歩踏み込めれば、後一歩手が出れば。そんな時に応援されると......勇気が出る」
「実体験か?」
「うん」
なら、信用に値するな。誰かの実体験ってやっぱり大事で、そういった話を踏まえるからこそ励ましの言葉やアドバイスに現実味を帯びてくる。苦しみを知らない人のアドバイスよりも、苦しみを知っている人物のアドバイスの方が俺は好きだ。
「私はその1歩で助けられたことがあるから。そして、そんな応援を貰って......その上で勝ちたい」
「だから、最善の努力をしたいと」
「......それが、『私の最善』だから。北沢くんと練習して、万全を期して試合に臨みたいって、私自身がそう思っているから。もし、仮に練習を積み重ねて臨んで、その上で応援されて勝てたのなら......これ程嬉しいことってないと思わない?」
成程、ね。
流石田中と言ったところだ。なんでもそつなくこなせる故に即興のプレゼンも上手い。人を乗せるのも上手だし、事実俺は田中のプレゼンに乗せられそうになっていた。
「......ダメ、かな?」
そして、自信なさげに上目遣いだ。こんなの、即断で断れるわけがなかろう。仮にここで練習を断ったらどうなる?精々クラス中から非難の目付きとバッシング。そして、石崎の援護射撃が俺の心を蝕むことであろう。
毎度、毎度田中と石崎が絡むことになるとろくなことにならない。バイトの件で誤解され、喧嘩の原因は殆どが石崎の情報漏洩。そして、今回の球技大会の件。本当に、タッグでも組んでるのかってぐらい俺に悩みと怒りとチョップをプレゼントしてくれる。
兎に角、周りの視線が痛い。その視線に逃げるかの如く、俺は苦笑い───
「田中の言わんとしていることは分かった。この件は家でよく考えて......明日には結論を出す。絶対だ」
時間もないしな、今回ばかりはまともに期限を守らないと、球技大会をやること自体が有耶無耶になって、中途半端な精神のまま中途半端な結末を迎えることになる。
俺は、ハッピーエンドやバッドエンドというはっきりした展開は好きだが、ノーマルエンドみたいな含みを持たせる展開は大嫌いなんだ。
「......本当に?」
「信じないならそれでいい。俺が明日になったら結論を田中に言うまでだからな」
俺がそう言うと、終業のチャイムが鳴り響き部活動へ行く輩、帰る輩、駄弁る輩とそれぞれの行為に勤しむ為に帰り支度を始める。
田中は......事務所に行く輩。俺は直帰の輩に分類される故に、自然と帰りも別々になる。
「じゃ、明日な」
俺が先に支度を済ませ、帰ろうとドアに手をかける。すると、ボソリと田中のつぶやく声が聞こえる────
「......優柔不断」
放っとけ。
どうでも良い設定
北沢啓輔
テレビ中継があれば、野球は観る。密かに妹が始球式をやらないのかと期待している。好きな言葉は『秋の風物詩』。
石崎洋介
根っからの野球好き。好きなチームは福岡の球団。嫌いなチームはキャッツ。
理由は大好きな選手がFAでキャッツに移籍したから。