日も昇らない前に吹く風が襖を叩くのを、目覚まし代わりに起き上がる。誰も起きていないことを確認してから、音を立てずに襖を開ける。玄関までの長い距離を抜き足差し足忍び足で一気に駆け抜ける。
うちは一族が暮らしているのは、里の端であるから修行場所まではそれなりに距離もあるし時間もかかってしまう。でも持久力や筋肉を鍛えるにはもってこいだ。
「いっちょやってやるってばよ!」
五月蠅くならない程度に、しかし自分に気合いが入る程度には大きな声を出して走り出す。地面を蹴って門を飛び越え、中心部へ向かって伸びる路地を駆けた。
「まったくよくもまあ、こんな朝早くから修行に行けるもんだ。俺なら布団で丸くなっているのに。それに似てサスケは熟睡中だ」
うちは一族が暮らす住居の中でも最も高い建造物から見下ろす人影。そこにいたのは頬に深い皺が刻まれている少年だった。
口から漏れる息は白く、寒い季節であることを如実に示している。
「寒いってばよぉぉ!でも負けねぇ俺は負けねぇぞぉぉぉ!」
『朝っぱらから五月蠅いぞ小僧』
他者には聞こえない。しかし少年には聞こえる未知の声音。だが少年は知っているそれが誰なのかそして何者なのか。
「そっちから話しかけてくるなんて珍しいってばよ。どうしたんだ?」
『お前が叫ぶとワシが居るここにも反響する。もう少し声量下げろ。そして眠らせろ』
「かたいなぁもう少し楽しくやろうってばよ」
『ワシは九尾だ。尾獣の中でも最強の存在。人間などと馴れ合うつもりはない』
「そう言いながらもオレと話してるってばよ」
『ぐっ』
口には出さずとも1人と1体は会話を成り立たせている。それは体内に封印されているからという単純なことではなく、それなりに関係を築いているからだ。
「馴れ合うつもりがなかったら、オレに話しかけなかったらいいんだってばよ。オレから話しかけることがなければそっちが話すこともない。ということはオレと話すことを望んでいる。そして人間と馴れ合うつもりがあるってことだってばよ」
『…グウ』
「狐が狸寝入りするなってばよ!」
『ぐあっ!わかったわかった!だから叫ぶなナルトっ!』
「わかれば良いんだってばよ」
会話をしながらもナルトは、雪の積もった住宅の屋上を脚伝いにして〈火影岩〉へと向かっている。目的地はそこではなくその奥にある岩場だ。到着するまでには、森を少しばかり抜けなければならないがそれも修行の一環。面倒だとか時間の無駄だと考えればそこで終わりだ。
『しかしあれ以来、修行に精を出すようになったようだなナルト』
「チャクラ性質だっけ?サスケには2つあってっとぉ!危ねぇ落ちるところだってばよ」
雪で隠されていた溝に足を取られながらも、ナルトは会話を続けている。
「オレには1つしかなかったから悔しいんだ。修行していたら、いつかもう一つの性質を身につけることができるかもしれない。サスケに負けたくないから、こうして誰にも見つからない時間から頑張るんだってばよ」
『ワシは人間でないしチャクラ性質と関係がない。だからお前の苦労はわからんが、努力するのは間違っていないと思うぞ。結果が出るかどうかは知らんがな』
「母ちゃんはどうだったんだってばよ」
『クシナか?あいつは封印術に長けていたな。うずまき一族自体が封印術を得意としていたから当然と言えば当然だ。そもそも封印術は才能が主にものを言う。できない輩には一生できず、できる輩は一度見せれば再現してみせることも可能だ。ワシはクシナとお前のように関係を築いてこなかった。どのような苦労をしてきたのか理解はおろか知る術もない。ワシは中身でクシナは器というそれだけの関係だった』
「苦労してたんだな2人とも」
『笑止、お前が異常なだけだ。尾獣と仲良くなろうとは誰もが忌避するものであって考えもせん』
実際、尾獣を保有する五大国は道具としか扱わない。尾獣の器である人間通称人柱力を嫌い蔑み迫害してきた。いつ暴走するかわからない何をされるかわからない。といった人間の魂胆に組み込まれた原始的な本能の恐怖。
中にいるからこそ尾獣にはわかる。自分たちが静かに暮らしていたくとも、人間はそれを許さず奪い去るものだと。
「それにしても九喇嘛は随分オレに寛容だってばよ」
『いや、その、ワシもここまで親しくされることはなかったからな。どう接すれば良いのかわからん』
両手の指先を合わせてイジイジしながら、チラチラと自分の下に立つナルトを見ている様子が眼に浮かぶ。小さな山程度の巨体を誇る狐が、そんな行動をしているのを想像すると噴き出しそうだ。
「初い奴だってばよ!」
『ワシを馬鹿にしてるだろこら!』
「いや親近感ってやつだってばよ」
『けっ、図々しい小僧だ』
文句を言いながらも、まんざらでもない様子でそっぽを向く九尾に、ナルトは苦笑しながら〈火影岩〉を目指すのだった。
その頃火影室で3代目火影こと猿飛ヒルゼンは、パイプを吹かしながら資料に目を通していた。手元に積み重ねられた資料には近隣諸国の情勢や軍備拡縮やら。〈木の葉の里〉の経済関係などジャンルが多種多様に含まれている。
一夜漬けで一通りの仕事を終えたところで、久方の一息をついていた。
「まったく年寄りにこの量とはのぉ少しは考えんか。上層部も何をやっているのかわかったもんじゃないぞい」
「ヒルゼン、いつまであの件を放っておく気だ?事は一刻を争うのだぞ。手遅れになっては他国に示しがつかん」
「ノックもせずに入ってくるとは。また礼儀がなくなったのではないか?ダンゾウよ」
「お前と儂の仲だろうに。その程度で怒るとは引退も近いのではないか?」
「相変わらず口が減らんの」
ドアを開けて入ってきた人物に眼を向けずとも、ヒルゼンはほくほくと言葉を交していた。口では言い合ってはいるが、嫌みを言い合うほどには時間も心の余裕もあるようだ。
ダンゾウと呼ばれた老人は右手と右眼がなく杖をついている。不気味な様子の老人の放つ空気は、そこらにいる引退した元忍の老人程度ではなく、歴戦の戦士という強い覇気を発している。実際、かなりの腕前の忍者であるが今は木の葉を裏から支える〈根〉として活躍している。
ヒルゼンと同期で同じ隊であったことから関係は深い。ヒルゼンが3代目を継いだことから若干敵視しているが、互いに信頼はそれなりにあるからか、表と裏の長として里を大切に想っている。
「その件は何度も言っておるじゃろう時間をくれと。時には時間が解決してくれるかもしれんしな」
「とは言うがな。もう見過ごせないところまで来ているのは知っているだろう。いつ暴走しても可笑しくはない」
「だからイタチを使えと?精神的に未熟な子供に、そんな辛い思いをさせるなど儂にはできん」
「未成熟だからこそ矯正ができる。イタチはもう子供ではないと意見は一致したはずだが?奴は子供の考えを持たず、儂ら年長者でさえ驚かされる才能を無駄なく発揮する。それがうちはイタチという忍びだ」
話の内容は皆目見当もつかないが、イタチが話題の中心でありキーマンであることは疑いようもないことだ。
「それに九尾の小僧をうちはに預けるとは何を考えている?九尾襲撃事件の黒幕はうちは一族だというのに」
「これこれ結論はそう急ぐものではないぞ。まだうちは一族が犯人だとは誰も下しておらんのだ。事は慎重に行かんとな。それにナルトをうちは一族に預けたのは、双方に利益があるからじゃ」
「ほう?聞かせてもらおうか」
ダンゾウが向ける冷ややかな視線にもめげず、ヒルゼンは穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ナルトの母親であるクシナはフガクの妻のミコトと仲が良かった。それに誕生日も近いこともあり、容易に受け入れてくれるだろうと儂は考えた。結果、儂の考え通りに事件後に引き取ってくれたので満足じゃった」
「それはうずまきナルトの利益だ。うちは一族に利益があるということはどういうことだ」
「九尾の人柱力がいるとなれば、うちは一族は力を得たことになる」
「暴走する理由になるではないか」
「まあ最後まで聞け。九尾を手中に置いたところで、事件の容疑をかけられているうちは一族は、容易に事を動かせなくなる。クーデターを起こしたがっている一部とは違い、ナルトの親代わりのうちはフガクは幸いにもクーデターに積極的ではない」
「消極的でもないがな」
ダンゾウの茶々にもヒルゼンは笑みでスルリと躱して話を続ける。
「つまり容疑をかけられているうちは一族は九尾が手中にいることで動けず、フガクにとっては妻の友人の子を育てることと、クーデターを抑えることの理由になる。ここまでくればわかるじゃろう?」
「…イタチが木の葉側にいることで周囲のうちは一族への評価は上がり、木の葉の考えをうちは一族へ漏らすことでイタチの一族内での信頼を得ることができるか。イタチがおらねば成り立たんぞ」
「わかっておる。いたからこそこうして双方に支障をきたさない策を練ることができているのじゃ」
「だがいつまでも保てるとは思っておらんだろうな?」
「…わかっておる。最悪の事態になる前に儂がどうにかしよう」
先程まで浮かべていた笑みは消え失せ、里長としての責務を常に抱えている者にふさわしい顔つきになる。こういう風に気持ちを即座に切り替えることができるから、ヒルゼンが火影として選ばれたのだ。
「あまいなヒルゼン。問題になりそうであれば、芽吹く前に摘み取っておくのがもっとも的確な策だ」
そう言い残して火影室からダンゾウが出て行った後、ヒルゼンはため息を吐いた。普段からダンゾウと会話する場合は話題は決まっている。うちは一族の反乱と里を選べという脅しは、あの事件から続いているからだ。
今の最大の問題はそれであった。
「もしもを語るのは間違っておるじゃろうが、ミナトが生きておれば問題はなかったのかのう。ナルトか。イタチとサスケの2人と関わってどのように成長していくのか楽しみだのう」
そう言って一日の幕開けを告げる朝日を火影室の窓から眺めるヒルゼンの顔には、孫を見るような穏やかで優しい微笑みが浮かんでいた。
「だっしゃあぁ!今日の修行は終わりだってばよ」
そう言って雪が積もった地面へ、玉のような汗をたんまりとかいたナルトが横たわる。
『1ヶ月前よりは成長したな。ワシの毛1本程度だが』
「はんっ、九喇嘛の毛で例えられてもわかんねぇよ!わかりやすく説明しろこの能無し!」
『なんだと!?それが尾獣最強のワシに対する態度かあぁ!?』
「アカデミー入学前のオレと同レベだから言ってるんだってばよ!」
『それ以上口答えすれば身体乗っ取るぞこら!』
いやはや幼児と言い合う厄災とも呼ばれる存在とは見ていて悲しくなる。ダンゾウとヒルゼンが重々しい話をしているというのに、九尾が少年と喧嘩とは世も末かもしれない。
「帰るってばよ。腹減ったしみんなが心配するかもしれねぇ」
『気をつけろよ。最近は里も騒々しいからな』
不器用にナルトの身の危険を心配する尾獣最強。なんとも不思議な光景ではあるが見ていて心安らぐ光景にも見えた。森を向けて父であり4代目火影の〈火影岩〉からダイブする。真冬の凍えるような刺すような冷気も、修行で熱を発している身体にはなんら影響も与えない。
むしろちょうど良い具合に冷却してくれるようでもあった。耳元を抜けていく風音。橙色の朝日に照らされた里は綺麗だ。振り返れば他の顔岩とは違い穏やかな表情にも見える1つの顔。それは顔を全く知らないナルトにとって、色がついていて本来の表情を浮かべているようにも見えた。
『ミナトか。あの頃のワシは暴れることしか知らなかったな。今思えばあんなに破壊と殺戮をしていた自分に吐き気がする』
「父ちゃんってどんな人だったんだ?話では知ってるけど、九喇嘛の方が近くにいただろ?」
『第一印象は女男みたいなひょろい子供だったな。クシナと同じ意見だったことは少し癪だが。だが見た目とは違い、多方面に優れた忍びだったのも事実だ。あいつが使う《飛雷神の術》は、ワシをわくわくさせる代物だったぞ』
「強かったんだな」
『だからこそ火影になった。人望もあり強く優しくもあった。だからこそ誰もがついていきたいと思ったのだろう。その血がお前にも流れていることを忘れるなよ?お前は尾獣となった母であるうずまき一族の血を引き、火影になった男の血を継いだ忍びだ。そして尾獣最強のワシがいる。これほど居心地の良い場所にはもう二度と出会わないだろう。だからナルト死ぬなよ?寿命以外で死ねばこの里を破壊するからな』
「善処するってばよ…」
気が付けば地面まではあと僅か。このままの勢いで地面に着地すれば、いかに人柱力であるナルトでも大怪我は免れない。
だが…。
「よっと、反動が痛いなぁ。どうにかならないのか?九喇嘛」
人間にはない
『無茶言うな。それを使えるだけでも立派なもんだ。ワシのチャクラはお前自身のものとは似て非なるものである以上、本当の意味で得ているわけではないのだから反動は付きものだ。ワシのチャクラには、かつての怨みや憎しみといった怨念が混ざっている。お前の持つチャクラは、真逆の愛や友情といったもので形作られているからな。それに触れている部分がワシのと拒絶反応を起こしているっていうわけだ』
「怨念?拒絶反応?」
『…簡単に言えば負の感情と拒否する反応だ。今はそれだけ理解していればいい』
6歳の子供に理解できる内容ではないのは確かだ。それを話題にする九尾も九尾だが。来たときのように家々の屋上を駆けていると、奥まった路地の一角で可笑しな光景を発見した。
縄で縛られガムテープを口に付けられた少女が、4人ほどの黒装束の男に囲まれていたからだ。異様というよりは危険というのが1人と1体の見解のようで、何も発さずに路地へと着地した。
「何者だ!?」
「それはこっちのセリフだってばよ!なんで女の子をこんなふうにしてんだ!?それにその服装は木の葉の忍びじゃねぇ。誰だ!?」
「金髪碧眼のガキ。まさか…殺せ!こいつは九尾の人柱力だ!」
1人の叫びに合わせて男たちがナルトへ襲いかかった。ナルトの背後には縛られた少女がいるため、避けることはできないし狭い路地である以上応援も呼べない。6歳の子供が大人4人に勝てるビジョンなど見えない。
それはナルトが
「こ、これが九尾の人、柱力か…」
一瞬で無力化された黒装束たちは白目をむいて気を失った。
「やっぱ体術は鍛えておくべきだな。イタチさんやサスケのおかげで戦えたぜ」
『及第点だぞナルト。言葉を発さずに刈り取らなければ、思わぬ不覚を取る可能性もあるぞ』
「わかってるってばよぉ。いちいち細かいんだから」
「んんんんん!」
取り敢えずは肩を塞がれている少女を助けるのが先だ。体に巻かれている縄はそれなりに太く、結び目は固く締められている。手で解くには時間がかかると判断したナルトはチャクラを指先から放出し、ナイフのように形状を変化させた。
「んんんんん!」
「怖がらなくていいってばよ。縄を切るだけだから」
ナルトが落ち着くように言うと、眼に涙を浮かべた少女は大人しくなりされるがままになる。チャクラで形成されたナイフは切れ味が良いらしく、あっという間にロープを切り落としていた。その次に口を塞いでいたガムテープを外す。
「…助けてくれてありがとう」
「偶然だってばよ。それから今のうちに逃げた方がいいぞ。じゃあな」
「あ、待って。…行っちゃった。誰なんだろうあの子」
少女にできたのは、壁をひとっ飛びしていったナルトの背中を見送ることだけだった。
ダンゾウとヒルゼンが九尾事件の黒幕がマダラであるとは知らず、うちは一族でもあるかどうかわからないという設定なのでよろしくお願いします。
自分もわからないので原作改編と言うことで。
九尾とナルトが仲良いのはキャラ崩壊というよりは原作の九尾よりおとなしめな性格だったということで