異世界転生だろうが魔界転生だろうが、俺のやることは変わらない。
音楽、音楽、音楽だ。
この妙に男の少ない世界に生まれ落ちてから、俺は前世と同じように音楽に身を捧げてきた。
3歳にしてピアノを習い、1ヶ月で破門。
その後なんとか独学で学ぼうとしたが、なぜか怒り狂った親におもちゃのピアノを破壊されて金輪際鍵盤に触れることを禁止された。
なぜだ。
4歳にして声楽を学び、一週間で破門。
親には家で歌う事を禁じられ、歌って学ぶ系の教育テレビは完全にロックアウトされた。
なぜだ。
5歳にしてヴァイオリンを学び、3日で破門。
親は俺に頑なにヴァイオリンを買い与えなかったので、そもそも家では練習できなかった。
なぜなのだ。
幼稚園でもお遊戯の時間は俺だけ年少の子供と積み木で遊ばされ、何もさせてもらえなかった。
教育の敗北だろうそれは!
ただリスニングは許されていたので、親のCDやレコードを何でも聴いた。
うちの母親はプロの作曲家で、家には様々な本や音源がしこたまあった。
貪るようにそれらを聴き込み、本からは理論を学び、テレビでやっているアニメも見ずにライブやコンサートの映像を見続けた。
親はことあるごとに俺の事を『かわいそうな子』扱いしたが、こんな最高の環境を用意してもらって『かわいそうな子』なんてことはあり得ない。
俺は最高に充実していた。
だが実践の方はなかなかに厳しい。
家で楽器に触らせてもらえないのは序の口で。
小学校の音楽の時間では毎回観客役を任され。
中学では俺だけ自習の時間だ。
小遣い貯めて習いに行ったギター教室は1時間で叩き出され。
一念発起して向かったピアノ教室では塩をまいて追い返された。
なぜなのだ!
しかし、そんな俺でも迎え入れてくれる場所が1つだけあった。
ライブハウスだ。
頭に『場末の』とつくその店『ワニの酒場』は歴史だけは古く。
あとは小汚く、ヤニ臭く、品性下劣な人間の集う場所だった。
しかし、誰が来ても受け止める懐の深い場所でもあったのだ。
俺は15歳の夏のその日、アコースティックギターを持ってそのステージに立った。
イントロのCのアルペジオが始まった瞬間『いいぞー兄ちゃん!』『脱げー!』とか盛り上がっていた客席がざわつき。
出口へと向かう人の列が5秒とかからず出来上がったが……バカめ!出口は塞いでおいたぜ!!
2曲目の途中でヤンキー女が耳を塞いでステージへと特攻してきたが、俺の空手3段キックで客席へと逆戻りだ。
しっかり30分演奏して、倒れ伏す雑魚どもにファルセットでとどめを入れて楽屋へと戻る。
出禁にはならなかった。
ここの店長は神だ。
「兄ちゃん人気なくてブッキング組めないよ」
と最近めっきり耳が遠くなったと噂の初老の店長に言われてしまったが、ブッキングが組めないなら組める相手を連れてくればいいのだ。
普段から出席日数削ってバイトしてまで各所のライブハウスに入り浸りな俺は、様々なバンドに声をかけまくった。
腕なんか気にしない、人を集めて俺が演奏できるなら相手はこだわらなかった。
方向性のブレてるバンドにはCDを貸しまくったり人を紹介したりして恩を売り。
初心者にはいい楽器屋からスタジオから色々連れてって面倒を見てやった。
いまいちブレイクしないバンドにはプロモーターやレーベル、ライブハウスを紹介して手助けしてやる。
俺は対バン相手を集め続けることができ、各所には人材が回り、バンドは選択肢が増え、ライブハウスは何もせずにブッキングが組めた。
Win-Winだ。
ただ俺の定期イベントの名前を『天領
暗黒歌謡は俺に効く。
そのうちバンドは勝手に集まるようになった。
というか初心者だとか、方向性に迷ったバンドだとか、メンバーが抜けちゃったバンドだとかそういうのがわんさかやってきて俺に相談してくれるようになったのだ。
『暗黒歌謡祭』からメジャーに行ったバンドや、インディーながらブレイクしたバンドも結構いて、その人達の紹介で出向いて来る奴らもいた。
いつのまにか、暗黒歌謡祭は地域のバンドの登竜門的イベントにまで出世していたのだ。
俺は音楽の話ができて嬉しい、彼らは悩みが解消できたりして嬉しい。
Win-Winだ。
ただ俺の事を
俺はアーティストなんだ!
演奏がしたいから対バンを集めてるだけなんだ!
外圧で演奏時間を10分にまで縮められたんだから、それぐらい我慢してくれ!
そんなある日。
暗黒歌謡祭の仲間の1人が作ったライブハウスで開店前から店長と駄弁っていたら、背が高くてキツい顔の美人がスーツにヒールでやってきた。
「私はこういうものだが」
と差し出した名刺には『346プロダクション アイドル事業部課長 美城美舟』とあった。
「バンド系のアイドルを探してるって事?ちょうど今日ここでいいのが演るよ」
「いいや違う、私がほしいのは君だ」
この世界に生まれ落ちて、初めて人から音楽的に求められた瞬間だった。
後で聞いたが、このときの俺は非常にだらしのない顔をして馬鹿みたいな早口で喋っていたらしい。
「えっ?俺……?まいったな〜俺か〜、わかっちゃうよねやっぱ、才能だからな〜俺もな〜。あっ、なんか飲む?奢るよ」
「結構」
「いや〜即答はできないんだけどね〜俺も仕事(コンビニバイト)あるからね〜。でもせっかく来てもらったんだから一曲ぐらい聴いてもらおうかな?店長!後でステージ使わしてよ」
「マイク持ったあんたは一生出禁」
「そこをなんとか!頼む!!」
「だめだめ、裏の墓地で歌ってきなさいよ。死体も蘇るわよ」
「いいじゃねぇか一曲ぐらい!」
「うちはカラオケじゃないの」
「カラオケも出禁なんだよ!!」
俺が店長と掴み合いの言い合いをしていたら、ステージでリハしていたバンドから「あのー」と声がかかった。
「うちらもうリハいいんで、その時間で歌わせてあげてくださいよ。せっかくの
「こいつを甘やかすな!」
「いいって言ってんだからいいだろ!」
「知らないからね!5分したら戻ってくるから。全員外に出な!!」
その場にいた人間がバタバタと店外へと出ていき、残ったのは俺と美城さんだけだ。
「別に歌を聴きにきたわけではないが、そこまで言うなら聴かせてもらおうか」
と腕組みをする美城さんに向かって、俺の魂からの熱唱は響き渡ったのだった。
俺はアイドルじゃなくてプロデューサーとしてリクルートされていたらしい。
後日呼びつけられた超巨大な美城芸能の中のアイドル事務所で、俺は自分の恥ずかしい勘違いを詫びた。
しかし美城課長は「いや、こちらにも非があったこと」と真顔で言ってくれて一安心。
ただ、用意されている契約書に赤文字で『業務の上で絶対に歌唱及び演奏を行わないこと、鼻歌も禁ずる』とでっかく書いてあるのに、少しだけ恨み節を感じた。
少しだよな?
美城課長の話をよくよく聞いてみると、俺の事を推薦してくれたのはこれまで暗黒歌謡祭に出てくれたバンドの子たちだった。
俺がコンビニバイトのフリーターだということを心配してくれていたらしい。
最近は親からも「働かないなら婿にでもいけ」と言われていたしな。
この就職氷河期の時代に、職の紹介自体は大助かりだ。
「君の音楽以外の能力、人格、人脈の全てを買いたい、一緒にやってくれるか?」
と美城課長に言われたので。
俺は「喜んで!」と書類に判をついた。
アイドルに対するビジョンは何もなかった。
だが当面の問題はなかった。
事務所にアイドルなんていなかったからだ。
2012年の春、俺はスーツを着て街へと出ていた。
この春発足した美城芸能アイドル事業部は3人のプロデューサーでそれぞれ1つづつ、計3つのプロジェクトを開始することになったのだ。
まず1つは今西部長による、バラエティ向けのアイドルを緩く育成する『スリースマイルプロジェクト』。
これは裏方とアイドルとファンの、3つのスマイルを大事にしようという意味だそうだ。
今西部長は各地の養成所に向かって足でアイドルを集めるとのこと。
次に美城課長による、歌って踊れるハイエンドアイドルを育成する『プロジェクト・クローネ』。
色々言ってたけどよくわかんない。
基本は書類選考と紹介でアイドルを集めるとのこと。
最後に俺の『プロジェクト・オブ・シークレット』。
何も考えてない。
ただ期限が来てしまったから「敵に奇襲をかけんとするならば、まず身内に秘さねばなりません……」とかぶっこいただけだ。
美城課長は「ふむ……『プロジェクト・オブ・シークレット』か……」と呟き、許可を出した。
あの人は高二病だから通ると踏んでたぜ。
今西部長は小声で「天領くん、何も思いつかなかったらいつでも相談してね」と言ってくれた。
やさしい。
そんな俺が今からアイドルを見出すのは、街だ。
まずはフィーリングの合うメンバーを揃えてからやる事を決める、そういうバンドは意外と長持ちするからな。
窮屈なネクタイをちょっとだけ緩めて、俺はMADなCITYへと潜るのだった。
一人目はあっさり見つかった。
「あれ?
とびっくりしたような顔で声をかけてきたのは、地下アイドルのウサミンちゃん(17)だ。
ティッシュ配りのバイトをしていた彼女を喫茶店に連れ込み、事務所付きになりたくないかと聞いたら「なりたい」と即決だ。
俺は手帳に「ウサミン(17)←4年目」と書き込んだ。
二人目もあっさり決まった。
その後飲みに行った先で、ウサミンが呼び出した地下アイドルその2だ。
「ワニの酒場の牢名主が就職ってマジかおい〜☆あそこはバンドの登竜門だけど、頭のお前だけは世に出ていけないので有名だったじゃん。婆さん店長の跡継ぐんだと思ってたわ〜」
「知らねぇよ。それより佐藤お前アイドルやらねぇか?」
「やるやる〜☆」
即決だ。
俺は手帳に「しゅがーはぁと(23)←ウサミンの後輩」と書き込んだ。
三人目もさっさと決まった。
「ねぎ焼きです」
「こっちじゃないぞ☆」
「あ、それわらし、わらしのれす」
佐藤の隣で飲んでいた、結婚式帰りっぽいお姉さんが赤ら顔で手を上げていた。
赤ら顔でもわかる、美人だった。
「お姉さん……」
「なぁにぃ?」
「すっごい美人ですね、アイドルやりません?」
「かーしまぁみじゅきぃはぁ……アイドルにぃ……なりたぁい……あと結婚もじだい……」
俺は手帳に「婚活系アイドル←クール系」と書き込んで、横にお姉さんから聞きだした電話番号を書き加えた。
「じゃあ私達みんなアイドルですね」
「俺はプロデューサー」
「スウィーティーに、固めの盃いっとくか☆」
「おぉ〜店員さん〜いいちこを瓶で頂戴〜」
「よし!このいいちこをナポレオンにできるようにこれから頑張るか」
「そうね〜頑張りましょ〜」
「いいちこは下町のナポレオンですからね」
「このMAD CITYで飲めばこいつも立派なナポレオンっしょ☆」
「松戸でMAD……ふふ、面白いですね」
どこからか知らぬ声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
互いのグラスに溢れるほどいいちこを注くと、俺とウサミン(17)は立ち上がり、四人で杯を合わせる。
「我ら四人、生まれた場所は違えども……」
と言ったところでバカ笑いした佐藤に頭をどつかれた。
「
「鍍金さんちょいちょい誰にもわかんないネタやりますよね」
「四人の出会いにぃ〜かんぱぁ〜い」
「「「かんぱーい!」」」
そうか、この世界に三国志はなかったな。
痛飲して翌日。
2日酔いで会社に行った俺は、アイドル事業部の実質的な頭である美城課長に呼び止められた。
「どうだ、進捗は?」
「決まりました」
「ほう……?早いな、どういう人材だ?」
俺は手帳をめくってみる。
『ウサミン(17)←4年目』
『しゅがーはぁと(23)←ウサミンの後輩』
『婚活系アイドル←クール系』
とだけ書かれていた。
俺は手帳を厳かに胸元へと仕舞い「電話して確認します」とだけ言って一礼して部屋を出た。
残された美城課長は、なんとも言えない困惑した顔をしていたそうだ。
ワニの酒場出身のバンドが武道館を5回満員にしています。
前作の主人公はメダロッターりんたろう+カンタロスで勘太郎という名前だったので、今作はイッキ+メタビーでメッキ君になりました。